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2010年2月

2010年2月27日 (土)

Twitter は何が面白いのか?

■ Twitter の何が面白いのか?

基本は、楽だからかな。
だって、このプラットホームだけ見てれば、
ネット上の主な話題は、即拾えるから。
しかも、リアルタイムで。

それに、以前からブログをチェックしてきた人が
Twitter を始めたから、即フォローしたのだが、
面白いことに、みなさんブログの感じとまたちょっと
雰囲気が違っているんだな。


「さとなお」さんとか、浜松「弁いち」の親方とか、片岡先生とか。


NiftyServe 時代(FADV) の頃お世話になった
ダークピット(未読王)さんや、スマイリー(獺亭)さんとか、
ドラゴンズ・ファンで名古屋在住の大矢さんとか。


作家の角田光代さんが、ぼくとほほ同時期に Twitter を始めたのも
うれしかったな。


■雰囲気として感じるのだが、
Twitter にハマる人はみな中年だ。しかも自営業。案外、その事って
重要なのかもしれない。


ぼくが初めて電話回線から NiftyServe に繋いだのは、たしか……
1994年秋のこと。パソコン通信初体験だった。


右も左も判らない初心者の発言に対して、
優しいレスを付けてくれたのが、スマイリーさんだった。
うれしかった。感謝した。


訳もわからず、チャットに入ったら、
突然! ダークピットさんが話しかけてきて
あわてて、オフしたことを今でも忘れない。
未読王さんは、当時新人をからかうのが
趣味だったんだね。

何でこんなことを思い出したかというと、
Twitter は、パソコン通信に似た感じのメディアだからだ。
当時は ROM と呼ばれていたが、Twitter でも基本は
ROM で許される。


自分でつぶやかなくても、
いろんな方向から聞こえてくる「つぶやき」を
ただフォローしているだけで楽しい。


でも、誰が誰をフォローしているかは、
誰にでもお見通し。


そこが、Twitter の凄いところかな。

■それから、Twitter の一番怖いところは、
「リアルタイム検索」に威力だ。


グーグルさえ恐れる「リアルタイム検索」。
つまり、下手なことを「つぶやく」と、
即、RT される覚悟が必要だということ。


自分のフォロワーが少ないから、
際どいことを「つぶやい」ても許されると
誤解しがちだが、

とんでもない!


世の中、誰が細かく検索かけてるか
判らないのですよ。


リツイートが繰り返されれば、
あっという間に自分の発言が広まってしまう。
これは要注意ですね。


■あと、Twitter を見ていてしみじみ感じることは、
世の中いろんな人がいるなぁ、ということ。


朝、ぼくが診察を始める頃に「おやすみ」と
ベッドに入る「いしかわじゅん」氏がいる。


いしかわ氏は、
彼にコメントする人すべてにコメント仕返すのだ。
しかも、決して手を抜かない。すごいな。

ハッシュタグの、#nowplaying で検索すれば、
世界中のいろんな地域の人たちが「いま」聴いている
音楽がつぶやかれている。
もう、何がなんだかわからないくらい
いろんな曲。


当たり前のことだけど、人それぞれ
好みがぜんぜん違うんだなぁって、しみじみ思う。


2010年2月25日 (木)

個人的には、三遊亭円丈さんに七代目「圓生」を継いでもらいたいな

■『子どもとことば』岡本夏木(岩波新書)読了。
う〜む、難しかった。特に後半。


「情動的・行動的性質のくびき」とか、「対人関係のくびき」とか、
ところで「くびき」って何?

あっ「足かせ」と同じ事?

「くびき」とは「縛るもの。自由を妨げるもの。」という意味

だとしたら、よけい分からん。あと、
シンボルの「恣意性」とか。


最終章の「自我の形成とことば」とか、
「ことばによって失われるもの」とかは、
何となく判ったかな。


でも、すっごく大切なことが書いてある本。
もう一回読もう。


■で、いま読んでるのは、
『5人の落語家が語る ザ・前座修行』(NHK出版生活人新書)


最初に読んだのは、
三遊亭円丈さんのインタビュー。
面白い!


本当は小心者なのに、目一杯強がって、
自信満々なふりをしている円丈さんが、ぼくは好きだ。

だって、A型なんだもん。


typical なB型の落語家、柳家小三治さんのインタビューは
いかにもだなあ。ぼくの好みの落語家さんはみなB型。
喬太郎さんとか。ていうか、落語家さんにはB型の人が多いのだ。


まだ読み始めたばかりが、林家正蔵さんの血液型はA型。
ところで、立川志らくさんの血液型は、何型かな。

あと、川柳川柳師匠はどうなんだろう。

伊那のパパズ(その65)上伊那郡飯島町・子育てサークル

■2月21日(日)は、午前10時半から「飯島町成人大学センター」で「伊那のパパズ絵本ライヴ(その65)」。

忙しい伊那のパパたちが、珍しく5人フルメンバーでそろった。
おぉ、気が付いたら「嵐」と同じ構成だったのだね。誰がリーダー(大野くん)なんだ?

呼んでくれたのは、上伊那郡飯島町の子育て支援サークルのおかあさん方。
ほんと、ありがとうございました。
おとな、こども合わせて90人近く集まってくれたよ。
うれしいなぁ。


3歳児未満の小さな子が多かったかな。


【本日のメニュー】


1)『はじめまして』
2)『またまたぶたのたね』 佐々木マキ(絵本館) → 伊東
3)『もけらもけら』 山下洋輔・元永貞正(福音館書店) → 北原
4)『タンゲくん』 片山健・作絵(福音館書店) → 坂本


5)『かごからとびだした』(アリス館)


6)『うんこ』 サトシン・文、西村敏雄・絵(文溪堂) → 宮脇
7)『じごくのそうべえ』(童心社) → 倉科

8)『ふうせん』(アリス館)
9)『世界中のこどもたちが』(講談社)


忙しい伊那のパパたちは、絵本ライヴが終わってすぐに解散。
倉科パパは、勤福体育館で開催されていた「親子フットサル大会」へ。
見事優勝を果たしたとのメールが、その日の夜に来ました。


 


2010年2月20日 (土)

今月のこの1曲「Witchi-Tai-To」 written by Jim Pepper

1002193 ■「Witchi-Tai-To」(ウィッチ・タイ・トゥ)という不思議なタイトルの曲を初めて聴いたのは、たぶん、このヤン・ガルバレクの ECM 盤『Witchi-Tai-To』B面1曲目でだったと思う。このLPでは、その次に収録された20分以上の大作「Desireless」が一番の聴き所で、あのガルバレクにまるでコルトレーンが乗り移ったかのようなスピリチュアルで熱いテナー・ソロをとっているのだ。 「Witchi-Tai-To」はその前座みたいな感じの曲で、Bobo Stenson の長いピアノソロに続いて、チャルメラのような、ヤン・ガルバレク独特のソプラノサックスがテーマを奏でる。不思議とのびのびした開放的で明るい音。これが何とも心地よいのだな。今思うと、数年後にキース・ジャレット・クァルテットの一員として録音した「マイソング」や「カントリー」に通じるものがある。 1002191_2 ■その次に「この曲」を聴いたのは、オレゴンのLP『冬の陽』A面2曲目でだった。3分半に満たない短い演奏だが、実に印象的なピアノソロで始まり、曲のテーマは最後の方でちょこっと出てくるだけ。だから、もっと聴いていたいのにという欲求不満が残る。 つい先だって、松本の「ほんやらどう」で日本編集の「オレゴン・ベスト盤 / MUSICA ANOSSA Oregon」の中古盤を見つけて買って帰ったのだが、これがいいんだ。大当たり! もちろん、「Witchi-Tai-To」が 12曲目に収録されている。 1002192 ■ところで、この曲のオリジナルは、Jim Pepper というテナー・サックス奏者が自ら歌ったLP『 Everything Is Everything 』に収録されている。彼にはネイティブ・アメリカンの血が流れていて、おじいちゃんから教わったネイティブ・アメリカン・チャーチ(20世紀初頭にできたネイティブ・アメリカン信仰とキリスト教信仰が合わさってできた新興宗教)の歌を元に「Witchi-Tai-To」を作ったらしいのだ。だから、まるでお坊さんのお経でも聴いているかのような意味不明の不思議な歌詞なのだね。 Witchi Tai To gim-mie rah Whoa ron-nee ka Whoa ron-nee ka Hey-ney hey-ney no wah Water spirit feelings Springin' round my head Makes me feel glad That I'm not dead YouTube に音源がある。それは、これ。

オリジナルのCDは入手困難だそうだが、橋本徹氏編集のコンピ『 Cafe Apres-midi Safran』の 14曲目に収録されている。この前の曲が、シヴーカの「VOCE ABUSOU」で、後の曲が「バロック・ホーダウン」。さらに、アントニオ・カルロス・ジョビン「チルドレンズ・ゲーム」に、オレゴンの「YET TO BE」が続くというスグレものコンピ。 オレゴンのメンバーである、ラルフ・タウナーの12弦ギターソロ演奏もYouTube に画像があった。これだ。

<今月のこの一曲>

2010年2月18日 (木)

『身の上話』佐藤正午(光文社) ほか

『ウェブを炎上させるイタい人たち—面妖なネット原理主義者の「いなし方」』中川淳一郎(宝島社新書)読了。

『ウェブはバカと暇人のもの』が面白かったから買ってきて読んだのだが、
まぁ買ってまで読む価値はない本かな。
言いたいことはもう十分わかったよ。
そのとおり、リアルの世界を大切にしろと。


twitter 信者はあまりに無邪気で牧歌的すぎると。あと暇人のもの。
確かにね、自営業で個人事業主でもないと四六時中垂れ流され続ける「つぶやき」を
リアルタイムでフォローすることはできないもんなぁ。


あと、フォローされてなんぼの、有名人のためだけのツールだよな。
まぁ、僕なんかは個人的に興味のある人をフォローさせてもらうだけで
十分面白いんだけれど。


それから、2ちゃんねると違って、たとえ匿名でも発言者の背景が
何となく見えてくるところが twitter のいいところだと思う。

最近は、診察室の iMac で、twitter のホームを常時開いていて、
患者さんが途切れると
更新して新たなツイートを読んでいる状態。


という訳で、twitter の可能性に関しては、
もう少し使ってみてから判断したいと思ってます。


■『身の上話』佐藤正午(光文社)は、あの中江有里さんが
NHK週刊ブックレビューで絶賛していたので
これは読みたい! そう思っていた。

しばらく前に、高遠町図書館にリクエストして
ようやく順番が回ってきた。


まず読んだのは、ぼくの妻だ。
最近妻は、なんだかいつも本読んでる。
面白い本に当たると、次々とまた読みたくなるのだ。
ハリー・ポッターの最終刊(下)を読み終わって、
次に手にしたのが『身の上話』だった。


「ほう!」とか、「えぇ!?」とか、
「うっそぉ!」とか、

とにかく読みながらうるさいのだ。


ぼくはと言えば、まだ『横道世之介』の
ほのぼのとした世界に浸っている身だったので、
「いったい何なんだい?」

って訊いてはみたものの、
ネタバレは御免だから実に歯がゆいのだな。


これは僕も読み終わるしかない訳で。

それにしても、最初は苦行だった。
何なんだ! この女!
じつに嫌なオンナ! 俺キライだよ、コイツ。
何考えてんだよ、ほんと。


ところが、勤務先の先輩に頼まれて、事務的に購入した
宝くじ43枚のうちの1枚が、
2億円の「当たりくじ」であることが判明したあたりから、

ぼくは彼女と一身同体になってしまった。


そうだよね、まずは落ち着いて
銀行に行こう。


それから、口座を開いて、2億円を入れる。
その通帳は、肌身離さず持っていなきゃね。


そんな主人公の思惑とは裏腹に、
彼女の周囲では、予想外の事態が次々と
展開するのだった。


これには僕もまいったな。
それは読者の想定外でしょ。
ぜんぜん先が読めないのだ。だから、
主人公がこの先どうなるのか気になって、
読みだしたら途中で止められなくなってしまい、
一気にラストまで行ってしまった感じ。


そうか、そうやって決着をつけるのか……

まぁ、読者としてはこれほど「作者に任せっきり」にした
小説も珍しい。

ジェットコースターに乗せられて、
あとは「キャーキャー」言ってるだけで
終着してしまうといった小説。

だから、手練れの小説好きにこそ
読んで欲しいな。


久しぶりに
嵐の夜の木葉のように、作者に弄ばれる
読者としてはこれほどの「しあわせ」は
ないんじゃないかと思う傑作小説なのだから。



 


2010年2月16日 (火)

さよなら ディック・フランシス

■じつは奥さんがゴースト・ライターだったのでは?という噂が立って
暫くしてからその奥さんが亡くなってしまったので、これでもう二度と
ディック・フランシス「競馬シリーズ」の新作は読めないのだと
諦めていたら、数年後、そうした風評を見事に払拭して新作が発表されたので
ぼくは本当に驚いた。

やるじゃん、ディック・フランシス。恐れ入りました。


イギリス人の作家で一番好きなのは
クリストファー・プリーストだが、一番たくさん本を読んでいるのは
何と言っても、ディック・フランシスだった。


そうは言っても、いま確かめてみたら
思ったほど読んではいなかったか。


『興奮』 『本命』 『度胸』 『大穴』 『血統』
『罰金』 『利腕』 『名門』 『証拠』
『直線』 『標的』 『帰還』 『密輸』
『決着』 『女王陛下の騎手』


一番好きなのは『度胸』かな。鼻の差で『大穴』か。
リアルタイムで読み始めたのは『直線』から。
だから『直線』にもすっごく思い入れがあるよ。


ただ、「菊池光・訳」でなくなって、奥さんが亡くなってからは
正直読む気をなくしていた。

ほんと、ごめんなさいね。

今度こそ、本当にディック・フランシスの新作が読めなくなってしまった。
悲しい。寂しい。

不撓不屈の「ジョンブル魂」は、誰が引き継いでくれるのだろうか?

謹んでご冥福をお祈りいたします。


2010年2月11日 (木)

パパズ絵本ライヴ(その64)韮崎英和幼稚園(山梨県韮崎市)

■今日は高遠の「だるま市」の日。
たいていこの時期は「かみ雪」が降って、
道路にも積もった雪が残っているものだが、
年々暖冬が進んで今年は朝から雨だった。


でも、ぼくは今日、パパズでもって山梨県韮崎市まで行かねばならない。
あさ8時20分に家を出て、TSUTAYA のポストへCDを返却し、
坂本さんが待つ「南信こどものとも社」の事務所へ。


そのあと、坂下神社前で宮脇さんを拾って倉科さん家。

坂を上って伊那インターから一路韮崎へ。
韮崎英和幼稚園の保護者会から、ぼくらが呼ばれたのだ。

■パパズ絵本ライヴ(その64)■


1)『はじめまして』
2)『どうぶつしりとりえほん』 薮内正幸・作(岩崎書店) → 北原
3)『ねぎぼうずのあさたろう』 飯野和好・作(福音館書店)→ 坂本
4)『かごからとびだした』
5)『いろいろおんせん』

6)『スモウマン』 中川ひろたか・文、長谷川義史・絵(講談社)→ 宮脇
7)『ねこのおいしゃさん』
8)『大阪うまいもんのうた』 長谷川義史  → 倉科

9)『ふうせん』
10) 『世界中のこどもたちが』
11) 『パンツのはきかた』

■昨夜、twitter 上で宣言したとおり、当初『はつてんじん』を
読む予定でいたのだけれど、坂本さんが『ねぎぼうずのあさたろう』を
やると言ったので、時代劇がかぶるとまずいから
『どうぶつしりとりえほん』に変更。


でも、今日の幼稚園の子供たちはみんな元気がよかったな。
園児総数で100人満たない小さな幼稚園なのに、
みんなのびのびと実に屈託がなくていいんだ。
反応もよかったしね。

終了後、園長先生と保護者会役員の方々にお昼のお弁当をご馳走になる。
その場でなぜか、伊那名物「ローメン」の話題に。

意外なことに、保護者会役員の中のお父さんに、信州大学農学部
出身のお父さんがいて、伊那で5年間暮らしたとのことで、
やたらローメンに詳しく、みんなでビックリした。


幼稚園の先生方も「謎の食べ物」ローメンに興味と期待を持ったみたいで、
是非「ローメン」を食べに伊那へ行きたいと言ってたな。


でも正直、それほど美味しいもんじゃないけどね。

で、午後2時半過ぎに家に帰ったら、
高遠へだるまを買いに行ってきた妻と息子たちが、
お昼に高遠の「森田食堂」でローメンを食べてきたよ、
と言った。


あれ、またローメンか。不思議とシンクロするんだなぁ。
何だかおいらも、急にローメンが食べたくなっちゃったぞ。


2010年2月10日 (水)

『横道世之介』吉田修一(毎日新聞社)

■日曜日の夕方、妻の携帯に「テルメなう。」ってメールしたら、
帰ってから妻に「なうって何よ」と言われた。


「ハマコーさんだって使ってんだぜ」と言おうかとも思ったが、やめにした。
Twitter 用語をメールとかでこれ見よがしに使うのは、かえって格好悪いな。


■そんな Twitter のぼくのタイムライン上に、T先生の「つぶやき」が表示された。
2月5日のことだ。
ぼくと同じく、つい最近 Twitter を始めた T先生のフォロワーになったからね。
それはこんな「つぶやき」だった。


あーっ、ERは、きついなー。 どうして? だって、みんな痛いじんせいで。だれか、幸せになってよー、て。


いやいや、ホントそのとおりだよなぁ。うまいことを言うものだ。
ぼくも「ER」見ながらいつもそう思っていたんだ。

「みんな痛いじんせい」だなって。メンバーに次々と降りかかる苦難やトラブル。
いつも誰かどうか落ち込んで悩んでいるよね。


でも、ふつうの人々の実際の人生では、そんなに辛く切ないことは
次々と起こらないし、多少浮き沈みはあるにせよ、日々の生活は
これと言って特別な出来事のない平凡な毎日だ。


そうやって、何となく1年が過ぎ去ってゆく。


■『横道世之介』吉田修一(毎日新聞社)をようやく読み終わった。
面白くて読みやすい小説なのに、バタバタしていて時間がかかってしまった。


大学生になって長崎から上京してきた18歳の男の子、横道世之介が主人公だ。
大学1年生の彼が過ごした1年間の日々が淡々と綴られた青春小説なのだが、
この世之介クン、いつも飄々としていて、ERの登場人物たちみたいに、
悶々と悩むことなんて一度もないのだ。そいで、サンバを踊っている。

この世之介クンがいいんだな。彼のまわりの人々も
みんないい人。しかも魅力的。倉持くんとか、加藤くんとか。
それから、千春さんに祥子ちゃん。特に、祥子ちゃんサイコー!


読み始めて、文章のテンポや言い回しに夏目漱石の「坊ちゃん」か「三四郎」の
雰囲気を感じたが、その不思議な軽さとでもいうか、さわやかさが
とてもいい。

小説の舞台は、作者が大学生活を送った、バブル時代の東京で、
ぼくが大学生になった時のちょうど10年後にあたる。だから、
ぼく自身が体験した学生生活とはずいぶん雰囲気が違う。田舎だったしね。


でも、読みながら何とも幸せな懐かしさに包まれた気分になった。


そうそう、そんな感じだったよなぁって。
結局、青春時代というのは誰にとっても同じ時間が流れているのか。


■20年後、40歳になった加藤くんがこう「つぶやく」のだ。


「いや、大学一年の頃だけど仲の良かった友達がいてさ」
「……世之介って名前だったんだけどさ、(中略)当時、年上の女に一目惚れしてて、それが高級娼婦っていうか、ほら、当時、バブル真っ盛りだったろ?(中略)」

 世之介と出会った人生と出会わなかった人生で何か変わるだろうかと、ふと思う。たぶん何も変わりはない。ただ青春時代に世之介と出会わなかった人がこの世の中には大勢いるのかと思うと、なぜか自分がとても得をしたような気持ちになってくる。
(p169 ~ p171)


2010年2月 7日 (日)

『ちいさなまち』ふじたしんさく(そうえん社)

100207

■藤田新策さんの表紙イラストを初めて見たのは、たぶん『火車』宮部みゆき(双葉社)だったと思う。

その次は、スティーヴン・キングの『ペット・セマタリー』(文春文庫)かな。いや、逆だったかも?
ねっとりと緻密な筆でもって、黄昏どきの薄暗い風景が描かれると、イラストには描かれていないはずの「もののけ」が確かに「そこ」にいるかのように感じられるから不思議だ。


以来、本屋さんで見覚えのある表紙イラストの本を見つけると、「おっ!」と手に取ったものだ。


■その大好きな藤田さんが、はじめて絵本を描いた。

それがこの、『ちいさなまち』ふじたしんさく(そうえん社)だ。


これがいい。じつにいい。


水辺の街が舞台だから、画面の下 2/3 を水面が占める。
その水面に、さまざまな波紋が広がる。
実際に水面が動いているかのようだ。


そして、はっとするページがある。
風がやんで、波紋も消え、鏡のように静まりかえった水面に
色とりどりの落ち葉が浮かんでいる場面。
なんという美しさ!


雨が降り出すシーンもいい。
静止画なのに、まるでアニメーションのように動いて見えるのだから
ほんとうに不思議だ。


ストーリー自体も、ちょっとしたミステリーになっているので、
おたのしみに。


「作者自身のブログ」で、絵本制作の裏話が語られているので、こちらも要注目。

2010年2月 4日 (木)

『アバター』(つづき)

■3Dに関しての感想の追加。

3D映像というと、ディズニーランドやユニバーサル・スタジオで
アトラクションとして上映されているものしか見たことなかったので、
所詮「こども騙し」に過ぎないのではないかと思っていた。


実際、『アバター』が始まって、無重力の宇宙船の中で、主人公が長い
人工冬眠から目覚めるシーンで、観客は「おっ、飛び出て見えるじゃん」と
うれしくなるのだけれど、すぐに慣れちゃって「実写場面」の3Dは
どうでもよくなってしまうのだ。


ところが、CGで描かれる「惑星パンドラ」の世界は、3Dが目に馴染むに従って、
逆にどんどんリアリティが増してくるのだ。CGの変な人工的立体感じゃなくなる
とでも言うか。観客はいつしか映画を見ているのではなくて、惑星パンドラを
体験している気分になる。この映画のすごいところは、まずその点にあると思う。

■惑星「パンドラ」と先住民「ナヴィ族」の設定は、
いろいろなところで言われているように既視感が付きまとう。
ナヴィ族はネイティブ・アメリカンそのものだし、その中へ
入っていって通過儀礼をパスし受け入れられる主人公は
『ダンス・ウイズ・ウルブス』のケビン・コスナーだ。


ヒロインが翼竜に乗って自由に空を飛ぶシーンや、巨大な飛行船艦が登場する空中戦、
それに、牛のしっぽのような触手同士をつなげる場面など、『風の谷のナウシカ』を
直ちに想起させた。さらに『天空の城ラピュタ』や『もののけ姫』的な設定も出てきて
宮崎駿の世界をリスペクトしながら上手く取り入れているのだ。


この既視感を、監督は意識的に狙っていたのではないか? そのほうが、こどもから
年寄りまで、世界中のいろんな民族の人々が安心して納得して映画の世界に没入できるから。

■昔から、人類が好む物語構造には「定型」があると言われている。


幼い子供が好む絵本のストーリーにも「定型」があって、児童文学研究者の
瀬田貞二氏は、それを「行きて帰りし物語」であると看破した。


さらに、世界各地に伝わる伝説や神話を長年調査してきたジョーゼフ・キャンベルは
それらに「共通して」みられる特徴(物語構造)をもっているということを発見した。
それがまさに「行きて帰りし物語」なのだった。

1)出立
2)イニシエーション(通過儀礼)
3)帰還

当時 UCLA の学生だったジョージ・ルーカスが、
ジョーゼフ・キャンベル先生の授業を受けていて、この神話構造を学び、
この物語構造をそのまま使って『スターウォーズ』を作ったのは有名な話。


詳しくは、以下の本を参照下さい


『17歳のための世界と日本の見方』 松岡正剛(春秋社)p61~78
『物語論で読む村上春樹と宮崎駿』 大塚英志(角川oneテーマ21)p50~
『幼い子の文学』 瀬田貞二 (中公新書 563)
『神話の力』  ジョーゼフ・キャンベル+ビル・モイヤーズ(早川書房)

■いくつか読んだ映画の感想の中で、これは、と思ったのは以下のブログ。

「キノシタ雑記帳」

「巧言令色 吉野仁」


いかん、『ブラッド・メリディアン』126ページで止まったままだった。


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