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2021年8月10日 (火)

『誰がために医師はいる クスリとヒトの現代論』松本俊彦(みすず書房)

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■松本俊彦先生の『誰かために医師はいる』(みすず書房)を、休日一日かけて一気に読了。

これは噂に違わず凄い本だった。見よ!この付箋の数。

■その道の専門家は、案外自ら「その分野」に困難を抱えていて、何故だ?と追求し続けるうちに最先端に躍り出ることがある。例えば、海馬と記憶の専門家、東大薬学部教授の池谷裕二先生は、著書『海馬』で「九九」が出来なかった過去を告白している。『「色のふしぎ」と不思議な社会』川端裕人(筑摩書房)や『どもる体』伊藤亜紗(医学書院)も同様に、著者自身が当事者でもある。

松本俊彦先生は、著書『誰がために医師はいる クスリとヒトの現代論』(みすず書房)の中で、16歳から始めた喫煙を未だに止められないでいることを告白する。コーヒー嗜好がいつしか「エスタロンモカ」錠剤によるカフェイン依存症に陥った過去も正直に書かれている。

なんだ、松本先生自身が薬物依存者だったのだ。そういえば、ドラッグや高濃度(蒸留)アルコールの害を声高に警告する松本先生が、タバコ(ニコチン)の害に関して発言しているのを読んだことがなかったな。

■この本で特に印象的だった部分。32ページ。松本先生が薬物依存の自助グループのミーティングに初めて参加した場面だ。僕は不思議な既視感を味わった。あれ?この雰囲気以前から知ってるぞ。あ、あれだ!アル中探偵マット・スカダーが、ニューヨークの片隅で深夜に開かれるAAの集会に参加する場面だ。

彼が主人公の小説群のいろいろな場面に AA(アルコホリクス・アノミマス)の集会が登場するが、中でも最も印象深い場面が『八百万の死にざま』ローレンス・ブロック著、田口俊樹訳(ハヤカワ文庫)のラストだろう。

■精神科医は読ませる文章を書く先生が多い。作家になった人もいる。

北杜夫、加賀乙彦、なだいなだ、帚木蓬生、北山修。もう少し若手では、山登敬之、斎藤環(敬称略)。

松本先生もグイグイ読ませる文章の書き手だ。以下は、印象に残った(付箋を貼った)文章をランダムに書き留めておきます。

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・「彼と何の話をしていたの?」(中略)気が遠くなるような沈黙の後、彼女はようやく口を開いた。

「さっき彼に尋ねてみたの。何でまたシンナーをやったのかって。するとね、こういうのよ、「人は裏切るけど、シンナーは俺を裏切らないからさ」って。すごく悲しくなった」(中略)「それで私、「どうしたらあなたはシンナーをやめられるの? 私に何かできることがある?」(中略)「私、彼にやらせてあげたほうがいいのかな?」(中略)彼女は真剣な表情だった。(p17)

・依存症専門病院で患者を診るようになって驚いたのは、覚せい剤を使ったからといって、誰もが幻覚・妄想を体験するわけではない、という事実だった。(中略)むしろ典型的な覚せい剤依存症患者は、覚せい剤を数日間連続で使ったときだけ、一時的に「警察に尾行されている」「盗聴されている」といった妄想を体験するものの、覚せい剤をやめて一日二日経てば、それもすみやかに消えてしまう。

なかには、これまでそうした症状をまったく経験しないまま、それこそ二十年以上覚せい剤と「よいつきあい」を続けてきた者もいる。だからこそ、彼らは覚せい剤のデメリットに懲りることなく、年余にわたってくりかえし覚せい剤を使用することができたともいえる。(中略)

しかし(中略)困ったことに大半の覚せい剤依存症患者は、血液検査のデータが正常だったからだ。すでに当時(中略)経静脈的な覚せい剤摂取経路に代わって、経気道的摂取経路「アブリ」が主流になりつつあり、注射器のまわし打ちによるC型肝炎ウイルス感染は確実に減少傾向にあった。むしろ内臓がボロボロになり、病気のデパートと化しているのは決まってアルコール依存患者であり、それに比べると、覚せい剤依存症患者ははるかに健康だった。(p26-27)

■私の考えですが、自助グループには二つの効果があります。一つは、過去の自分と出会うことができるという効果です。依存症という病気は、別名「忘れる病気」ともいわれています。(中略)薬物をやめるのは簡単です。難しいのは、やめつづけることです。

 なぜ難しいのかというと、薬物による苦い失敗という最近の記憶はすぐに喉元過ぎてしまうからです。いつまでも鮮明に覚えているのは、薬物を使いはじめた時期の、はるか昔の楽しい記憶ばかりです。(中略)

もう一つは、未来の自分と出会うことができるという効果です。(中略)自助グループに行けば、何とか苦しい日々を乗り越えて一年間やめつづけた人、あるいは、三年やめつづけて気持ちにゆとりが出てきた人、さらには10年20年やめつづけ、薬物がない生活があたりまえになっている人とも出会うことができます。

そこには、近い未来の自分の姿や、遠い未来の自分の姿があります。

「この先の人生ずっとやめつづける」なんて考えると、先の長さに気が滅入ってやる気を失いそうになります。だから、私たちは薬物を使いたくなったときにはこう考えるようにしています。「今日一日だけ使わないでいよう。使うのは明日にしよう」って。で、明日になったらまた同じように自分に言い聞かせる。その積み重ねです。(p37)

「神様、私にお与えください/変えられないものを受け入れる落ち着きを/変えられるものを変える勇気を/そして、その二つを見分ける賢さを」

 とても簡単な言葉だが、それがなぜか私の無防備な胸にもろに突き刺さったのだ。私は、自分が変えられないものを変えようとして一人で勝手に落ち込んでいたことを一瞬にして悟った。(p38)

■それは薬物使用に関連するフラッシュバックなどではなかった。どう考えても心的外傷後ストレス障害の症状、すなわち、トラウマ記憶のフラッシュバックだった。(p52)

・薬物依存症の本質は「快感」ではなく「苦痛」である(中略)その薬物が、これまでずっと自分を苛んできた「苦痛」を一時的に消してくれるがゆえ、薬物が手放せないのだ(=負の強化)

ある女性患者は、自身が自傷行為をする理由についてこう語った。「心の痛みを身体の痛みに置き換えているんです。心の痛みは何かわけわかんなくて怖いんです。でも、こうやって腕に傷をつければ、「痛いのはここなんだ」って自分に言い聞かせることができるんです」(p55-56)

■少年矯正の世界から学んだことが二つある。一つは、「困った人は困っている人かもしれない」ということ、そしてもう一つは、「暴力は自然発生するものではなく、他者から学ぶものである」ということだ。(p74)

■断言しておきたい。もっとも人を粗暴にする薬物はアルコールだ。さまざまな暴力犯罪、児童虐待やドメスティックバイオレンス、交通事故といった事件の多くで、その背景にアルコール酩酊の影響があり、その数は覚せい剤の比較にならない。(p122)

最近つくづく思うことがある。それは、この世には「よい薬物」も「悪い薬物」もなく、あるのは薬物の「よい使い方」と「悪い使い方」だけである、ということだ。(p131)

わかってない。後に薬物依存症に罹患する人のなかでさえ、最初の一回で快楽に溺れてしまった者などめったにいないのだ。(中略)つまり、薬物の初体験は「拍子抜け」で終わるのだ。若者たちはこう感じる。「学校で教わったことと全然違う。やっぱり大人は嘘つきなんだ」。(p137)

少なくとも子どもたちに薬物を勧めるくらい元気のある乱用者は、たいてい、かっこよく、健康的に見え、「自分もあんなふうになりたい」と憧れの対象であることが多い。外見は、ゾンビよりもEXILE TRIBE のメンバーに近いだろう。(p149)

かつて私は、わが国の精神科医療をこう評したことがある。曰く、「ドリフ外来」。つまり、「夜眠れているか? 飯食べてるか? 歯磨いたか? じゃ、また来週……」(p176)

ベンゾ依存症の治療は細々と手がかかる。ちなみに、ベンゾ依存症治療を数多く手がける知人の依存症専門医は、こうした減薬治療のことを「ベンゾ掃除」と呼んでいた。(p181)

その意味で、彼女たちは「人に依存できない」人、「物にしか依存できない」人であった。(p182)

そのときようやく気づいたのは、ご婦人の「手のかからなさ」とは、実は、援助希求性の乏しさ、人間一般に対する信頼感、期待感のなさと表裏一体のものであった、ということだった。彼女もまた「人に依存できない」人だったのだ。(p190)

人間は薬を使う動物だ。(p192)

作家ジョハン・ハリは、TEDトークのなかで、「アディクション(依存症)の反対語は、「しらふ」ではなく、コネクション(つながり)」と主張している。鋭い指摘だ。孤立している者ほど依存症になりやすく、依存症になるとますます孤立する。だから、まずはつながることが大切なのだ。(p211)

ラスタ用語に、「アヤナイ I & I」という表現がある。ラスタマンたちは、「あなたと私 You & I」という代わりに、この「アヤナイ =私と 私」を使うという。人はともすれば、「あなたと私」という対峙的な二者関係において、相互理解の美名のもと、相手を説き伏せ、改宗を求め、支配を試み、それに応じなければ、相手とのあいだに垣根を築くものだ。しかし、「アヤナイ」は違う。「相手とのあいだに垣根を作らない。相手を自分のことのように思う」という態度なのだ。(p212)

2021年4月18日 (日)

『日本再生のための「プランB」』兪炳匡(ゆう へいきょう)集英社新書

■この本、ものすごく面白かったのに、世間ではまったく話題になっていない。ネット上でもあんまりだ。なんだ、誰も読んでないのか?

以下、ツイッターで呟いた感想を編集して再録。

 
もうね、日本は「日の出る国」なんて威張っている場合ではないのだよ。とうの昔に隣国の韓国や台湾、そして中国にも追い抜かれていたのに、誰も気づかない。今や先進国どころか、アフリカか南米(そう言ったら彼らに失礼だけど)並みの後進国(いや後退国か)の政府首脳部の指導のもと破局へと一直線。
この本の「第1章:なぜ『プランA』は日本で失敗するリスクが高いか」を読むと、誰もが僕と同じ(上記のような)つぶやきをするのではないかな。
 
 
『日本再生のための「プランB」医療経済学による所得倍増計画』兪炳匡(ゆう・へいきょう:医療経済学者・医師。神奈川県立保健福祉大学イノベーション政策研究センター教授)英社新書。まだ半分だけれど、これ「地方再生」のための切り札なんじゃないか?特に第3章は必読だ。伊那市の白鳥市長さんにこそ読んで欲しい。
 
 
あ、2021年3月22日発行の集英社新書です。経済関係の本では『目からウロコが落ちる奇跡の経済教室』中野剛志(KKベストセラーズ)以来の画期的な本だ。富と人材の東京への流出(漏れ)を防げるのは、地方自治体を含む「非」営利組織なのだな。
 
 
『日本再生のための「プランB」』(集英社新書)p127に載っている「バケツの図」がとても分かりやすい。ダム建設とか巨大公共事業は大手ゼネコンが関わるのでバケツの穴から富は地方から東京へ流出する。

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ところが非営利組織は、事業収入を「組織外の株主」に配当することは禁じられているので、非営利部門の収益は東京へ流出することなく地元内に還元・循環し、さらには増収をもたらすのだ。
この事実は、福島の除染作業の問題とか、東北地方の復興事業とかとも密接に関わっていると思うぞ。MMTは政治で動かせるので、どこにお金を出すかだ。それは、地方行政の公務員増員、保健所を中心とした保健予防衛生事業、医療・介護部門、そして大学での基礎研究、教員を増員して小学級教育の実現。
 
それから、演劇・映画・文学・音楽など文化活動への援助こそが必要だ。そういうことを、もっともっと政治家さんたちに理解して欲しい。自民党の人たちは無理だろうけど、野党の人たちには分かって欲しいな。
 
つまり、一言でいえば「大阪維新」が大阪府内で推し進めてきた政治行政と真逆の地方行政を行うことなんじゃないかな。

 『日本再生のための「プランB」 医療経済学による所得倍増計画 』兪 炳匡(集英社新書)読了した。第4章がまた、途轍もなくぶっ飛んでて、あはは!たまげました。面白かったなあ。もっと評判になってよいはずなのに、誰も読んでないの?
 
 
地方行政で一番問題なのは、お金と住民が東京へどんどん流出していることだ。地元からの転出を減らし、首都圏から地方への移住組(Iターン)を増やすべく魅力ある「田舎暮らし」をプレゼンすること。
 
 
そこで著者が提案したのは「物々交換」だ。Iターンしてきた移住家族に、彼らが提供できる(文化人文学的な)仕事と対等の報酬として、地元農協がお米や野菜を提供すれば、移住した彼らの食費は相当軽減されるのだ。消費税もかからないし。
 
 
著者は、薬を使わずに早期治療&健康予防の医療活動として「演劇」に注目している。患者も治療者もいっしょになって舞台に立ち、それぞれが「他者」を演じることで理解を深めることができるのだ。
 
 
ぼくはこの部分を読みながら、あれ? どこかで聞いたことがある話だぞ? そう思った。あ、なんだ。若月俊一院長が、佐久総合病院に赴任して、無知な農民の健康教育のために始めた病院スタッフによる演劇と同じじゃん。アメリカ仕込みじゃないよ。長野県では脈々と受け継がれているのですよ!
 
 
 
 
 
 

2021年2月28日 (日)

『ザリガニの鳴くところ』ディーリア・オーエンズ著、友廣純訳(早川書房)

■最近ツイートした本の感想をまとめておきます。

なかなか読み進まない(酔っぱらうと、ツイートはできるが本は読めない)『ザリガニの鳴くところ』ディーリア・オーエンズ著、友廣純訳(早川書房)だが、まだ120ページ。史上最低の父親は NHK朝ドラ『おちょやん』のテルヲか、はたまた本書のヒロイン、カイアの父親か? 今のところいい勝負だな。
 
あと、男も女も LGBTQの人も在日外国人も、みんな読むといいよ『さよなら、男社会』尹 雄大(亜紀書房)。日本という国に住む「居心地の悪さ」の原因が判ったような気がした。戦前の日本陸軍、オウム真理教の上九一色村サティアン、連合赤軍の榛名山のアジト。児童虐待、夫から妻へのDV。みな同じだ。
 
たったいま、『ザリガニの鳴くところ』ディーリア・オーエンズ著、友廣純訳(早川書房)を読み終わった。いやあ、参った。ちょっと例えようがない小説だ。著者が70歳にして初めて書いた小説だという。ミステリーの体裁をとっているが、いやいやもっと怖い小説だ。
 
小説の舞台となるノースカロライナ州の海岸端の湿地帯は、アメリカ南部とはいえ、昔読んだロバート・マキャモンの『少年時代』『遙か南へ』ジム・ジャームッシュの映画『ダウン・バイ・ロー』の舞台ミシシッピ川河口よりは、ずいぶん北東になるな。でも、ボートで湖沼を行く様は、あの映画と同じだろう。

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地図上の【B】の「矢印の先」あたりが、小説の舞台のモデルとなった「ディズマル湿地」
 
そういえば、小説『地下鉄道』の主人公の少女も、確かノースカロライナで大変な目にあうんじゃなかったっけ、忘れちゃったけど。読みかけのまま止まっている『拳銃使いの少女』(ハヤカワミステリ)も同じだけど、虐げられた少女が1人孤独にサバイバルして、理不尽で過酷な運命に立ち向かう話。
 スカッパーは続けた。
「詩は軟弱なものだなんて決めつけないほうがいい。もちろん甘ったるい愛の詩もあるが、笑える詩もあるし、自然を題材にしたものもたくさんある。 戦争の詩だってあるんだ。肝心なのは----詩は人に何かを感じさせるという点だよ」
 
 テイトは幾度となく父から聞かされていた。本物の男とは、恥ずかしがらずに涙をみせ、 詩を心で味わい、オペラを魂で感じ、必要なときには女性を守る行動ができる者のことを言うのだと。
 
『ザリガニの鳴くところ』(早川書房) 70ページより引用。
『ザリガニの鳴くところ』追補。この小説では「クズ男たち」が徹底的に糾弾される。人間の男女の関係が特別視されることはない。鳥も昆虫も、この世界に生きとし生けるもの全ての雄と雌の関係と人間だって同じなのだ。主題は、同時に読んでいた『さよなら、男社会』尹 雄大(亜紀書房)と同じだった。
季刊誌『MONKEY vol.23』より、ルイス・ノーダン『オール女子フットボールチーム』を読む。めちゃ変な小説。男女の役割が完全に逆転している。主人公はアメリカ南部ミシシッピ川三角州に暮らす16歳の高校生。父親はペンキ職人でDVでアル中で無口な典型的南部の男『ザリガニの鳴くところ』の父親と同じ
 
 
古き良きアメリカの高校生といえば、高校対抗のアメフトの試合であり『バック・トゥー・ザ・フューチャー』のダンス・パーティだ。この短篇小説は、主人公の青年が体験する「よくある話」のはずが、彼の父親の介助によって、信じられないようなファンタジーの世界へと昇華される。そこが凄い。
 
 
そして彼は『はらぺこあおむし』の主人公と同じように見事に蝶に変態して羽ばたくのだ。僕はアメフトは不案内で、ハーフタイムに繰り広げられる応援合戦とか歌とか踊りとか分からないのだが、この小説を読んでいて、この場面はめちゃくちゃ気分が高揚した。 この父と息子の他の短篇もぜひ読んでみたい
 
 とにかく『ザリガニの鳴くところ』→『さよなら、男社会』尹 雄大(亜紀書房)→『オール女子フットボールチーム』を読んだ順番は、なんか必然だったんじゃないかと思えたな。
 
アメリカ南部、ミシシッピ河口近くのデルタ。ニューオリンズ近郊。ガンボにジャンバラヤ。いつかは本場で食ってみたい。映画は『ダウン・バイ・ロウ』。小説では『遙か南へ』だ。すっかりストーリーを忘れてしまったけど、確か、エルヴィス・プレスリーが登場した。
 

2020年12月22日 (火)

蓼科仙境都市の想い出(その2)

■どうしてあの日、わざわざ海抜 2000m の高原を越えて松本に帰ろうとしたのか、 まったく憶えていない。たぶん、できるだけ遅くに松本に帰り着く言い訳を考えたことは間違いない。当時「日常」の代名詞であった「松本」は、あまり好きな町ではなかったのだ。国体道路沿いの清水1丁目に結婚したばかりの妻と住んでいたが、正直辛かった。苦しかった。ああ、大学医学部医局にいるということは、そういうことなのか。だから、少しでも逃げ出したかったのだろう。

ぼんぼん育ちの僕は、基本「打たれ弱い」。しかも、小心者で卑怯だった。本当は自分がダメなのに、いつも誰か他の人のせいにしていた。そういうどうしようもない人間だったのだ。

その日、天気は好かった。もう3月だ。雪も溶け出している。あ、そうだ。蓼科山の麓に見えた、あの人口建造物を確認しに行こう! そう思った。

ロードマップ(当時はまだナビは装着されていない)を見ると、スキー場がある。「蓼科アソシエイツ・スキー場」。佐久からのアクセス道路は冬場も整備されているみたいだ。蓼科スカイラインと言うらしい。車幅も広い舗装道路を、当時乗っていた三菱自動車のマニュアル車(ギャラン・ハッチバック)エテルナ4WD は軽やかに上って行く。青空がまぶしい。

(さらに続く)

2020年12月15日 (火)

「蓼科仙境都市」の想い出 〜 『死ぬまでに行きたい海』岸本佐知子

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■季刊誌『MONKEY』に連載されている、岸本佐知子さんのエッセイ『死ぬまでに行きたい海』(スイッチパブリッシング)が、ついに本になった! なんと喜ばしいことか。雑誌連載中から、これは彼女の代表作になるに違いない! そう確信して、ぼくはずっと『MONKEY』を買い続けてきた。もらした号は、古書で探して入手した。だから、Vol.1 〜 Vol.22 まで全部持っている。という証拠に写真を撮ったのだが、あれ? 何故か Vol.21 だけが欠けているぞ。おかしいな?

■さらには、12月に入って、伊那平安堂に何度も見に行っているのだが、残念ながら『死ぬまでに行きたい海』は未だに入荷しない。だから、本は手元にないので読めないのだ。

■以下は、ツイッターで過去に呟いたものを検索して見つけた発言です。

柴田元幸責任編集『MONKEY vol.13』より、連載『死ぬまでに行きたい海』岸本佐知子を読む。今回のタイトルは「近隣」。これは身につまされて怖かった。ウルトラQの世界。日常のすぐ隣に「異界」への扉が開いている。水木しげる『丸い輪の世界』もっとメジャーなら『千と千尋の神隠し』のトンネル。
季刊誌『 monkey vol.16』が届いた。 岸本佐知子さんの連載『死ぬまでに行きたい海』を読みたいがために買っていると言っても過言ではない。今回は「丹波篠山2」。父親の実家で過ごした夏休みの思いでを綴った「1」も、めちゃくちゃよかった。同誌 vol.11 に載っている。
柴田元幸責任編集『MONKEY』vol.1、vol.10 以外は取ってある。まず最初にページを開くのは、翻訳家の岸本佐知子さんの紀行写真連載「死ぬまでに行きたい海」だ。これを読むために買っているようなものかもしれない。赤坂見附の回や多摩川の回も良かったけど、最新号の「丹波篠山」。
季刊誌:柴田元幸責任編集『MONKEY』は、柴田さんには申し訳ないけど、岸本佐知子さんの連載『死ぬまでに行きたい海』を読むために買っている。ああ、最新号の「経堂」も安心・安定の満足した読後感に包まれる。幸せだ。
「べぼや橋」も出てきたしね。ところで、ヤマザキマリさんと岸本佐知子さんて、声が似ている。案外低い声なのだ。
柴田元幸責任編集『MONKEY vol.18 /2019』が届いた。特集は「猿の旅日記」。最初に開くページは決まって、岸本佐知子さんの連載『死ぬまでに行きたい海』だ。p140「地表上のどこか一点」。ああ、上手いな。こういう文章が書きたいものだ。ごく自宅近所の話なのに、旅した気分になった。
 
季刊誌『MONKEY vol.21』を買ってきた。あれ? いつも最初に読む連載「死ぬまでに行きたい海」岸本佐知子が載ってないぞ!連載終了か??ちょっと焦った。ほっ、最後にあった。「カノッサ」おっ件の幼稚園の話だ。『気になる部分』p110「カノッサの屈辱」を久々に読むと、巻頭がブレイディさんみたい。
 
『花の命はノー・フューチャー』ブレイディみかこ(ちくま文庫)p199「子供であるという大罪」が書かれたのは、2005/04/06。『気になる部分』岸本佐知子(白水社 Ubooks)p110「カノッサの屈辱」は『翻訳の世界』1996年8月号に載った。岸本さんの勝ち。
 
30年前の3月、出張先の佐久町から松本への帰り。通ったことのないルートを選んだ。蓼科アソシエイツスキー場を越えて行く道だ。午後まだ早い時間なのに、スキー場には誰もいないしリフトも動いていない。隣接する高級リゾートホテルや店舗、別荘も全くの無人。不気味な静けさが怖かった
人里離れた山奥の海抜2000mの高地に忽然と現れた超モダンな建築物群。でも、人っ子一人いない。小説『極北』に登場するシベリアの秘密都市みたいな感じだ。慌てて氷結する鹿曲川林道を恐る恐る下ると、冬季通行止めの道だった。
蓼科アソシエイツスキー場は、1997年まで営業していたから、僕が通った1990年にはバリバリの現役だったはずだし、会員制高級リゾートホテルやレストランも営業中だ。でも、確かに無人だった。それが今や噂の廃墟施設と化し、僕が春日温泉まで下った林道は幾多の土砂崩れで廃道になってしまった。
あれは夢かまぼろしか? 松本に帰り着いても狐につままれたような気分だった。あの時の印象があまりに強烈で、10年ほど前にネットで検索し「蓼科仙境都市」を発見したのだった。岸本佐知子『死ぬまでに行きたい海』発売記念企画に応募しようと思ったが、大幅に字余り。
 
<追補>
 
・飯山日赤から、松本の信州大学小児科医局に戻った年だったか、その翌年だったか。週一回の木曜日にパート勤務で佐久町(いまは八千穂村と合併して佐久穂町)にある「千曲病院」へ通って、小児科外来診療と、午後には健診や保育園に出向いてインフルエンザの集団予防接種(当時はまだ集団接種だった)をしていた。
 
給料は良かったが、とにかく遠かった。朝7時前には家を出て、三才山トンネルを抜けて丸子町に下り、それからまたもう一つ峠を越えて立科町へ。さらには望月町→浅科村(いまはみな佐久市に併合された)を抜けて佐久市へ。でも、まだ着かない。そこから南下して、佐久総合病院がある臼田町を通り過ぎ、ようやく佐久町に到着だ。毎回2時間弱の行程だった。
そうは言っても、ストレスだらけの大学を離れて気分転換ができたこのバイトは、ぼくにとって掛け替えのない時間だったように思う。天気が良ければ、北に浅間山、東には群馬県境の山々。南には八ヶ岳連峰が青空の下に輝いていた。
 
八ヶ岳の北の端には蓼科山が見える。その稜線を北に辿ると、ちょうど人の肩のように平らになった高原が続く。そこに太陽の光が反射して、明らかに人工物と思われる建物が点在しているのが遙か遠くに見えた。
 
あれは何?
 
ずっと気になっていたのだった。(さらに続く)
 
 

2020年12月12日 (土)

英国在住の保育士「ブレイディみかこ」さんて、何モノ?(改訂版)

■「長野県小児科医会会報」に載せた「ブレイディみかこさん紹介文」を、『日本小児科医会会報』に転載して頂きました。光栄です。転載にあたって、ずいぶんと書き直したので、その改訂版を以下に載せます。

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 昨年6月に発刊されベストセラーとなった『ぼくはイエローでホワイトで、ちょっとブルー』ブレイディみかこ著(新潮社)は、テンポのよいパワフルな文章に引き込まれて一気読みでした。たまげました。傑作です。小児科医は絶対に読むべき本だと思いました。

 日本よりもずっと貧富の格差が進み、移民が次々と流入するイギリス。本来先住の「ホワイト」の方が貧困にあえぎ、反対に、努力した移民が中流住宅街に住んで子供たちを中上流小中学校に通わせている現実。その結果として、移民が「ホワイトのアンダークラス」をヘイトし差別するという「ねじれ」が生じています。

 そんな中、彼女の息子(11歳)は、地元のアンダーな白人だらけの「元底辺公立中学校」に入学し、学校が力を入れている音楽部に入部します。最初に仲良くなったのは、ハンサムで歌も上手く、見事ミュージカル『アラジン』の主役を射止めたハンガリー移民の子ダニエル。レストラン経営で成功した父親がとんでもないレイシストで、その影響から息子も当然レイシスト。差別発言だらけのダニエルと何故か友情を育む息子。

 ところが、ダニエルは学校内で次第に「いじめ」に遭うようになります。正義が悪を懲らしめるのは当然だという理由で。それでも、彼は毎日学校へ通い続けます。父親に怒られるからです。そんな彼に、彼女の息子はずっと寄り添い続けます。

 「いじめているのはみんな(彼に)何も言われたことも、されたこともない、関係ない子たちだよ。それが一番気持ち悪い。僕は、人間は人をいじめるのが好きなんじゃないと思う。……罰するのが好きなんだ」(p196)

 クールでスマートな息子の言動に、読んでいて胸がすく思いがしました。もう、すっかり真っ暗闇の世の中ですが、彼のような若者が世界を変えてくれる希望の星なのかもしれません。そんな彼は、どんな両親のもとで生まれ育ってきたのでしょうか?

 

 ブレイディみかこさんが世間で知られるようになった契機は、内田樹氏とよく似ています。二人とも遅咲きの文筆家で、40歳代までは全くの無名人だったのに、当時アップしていたネットのブログ記事が一部で話題になって出版社の目に留まり次々と本になったのです。

 彼女は1965年6月7日、福岡県福岡市に生まれました。先祖に隠れキリシタンや殉教者がいるカトリック教徒でしたが、父親が土建業を営む赤貧家庭に育ち、荒廃した中学校で地元のヤンキー娘として終わるはずが、担任教師の強引な薦めで福岡一の有名進学校、県立修猷館高校に見事合格。

 ところが、同級生はみな同じ表情をして、同時にパッと顔を上げて一斉にノートを取る。「こいつら人間じゃない!」彼女は新学期早々吐き気がしました。放課後は一目散に教室を飛び出し、近所のスーパーでアルバイト。着替える時間がなく制服のままエプロンをして働いていたら、高校に通報されて担任から呼び出されます。「親が定期代を払えないので学校帰りにバイトしている」と答えると、担任は「遊ぶ金欲しさでやってるくせに嘘つくな、いまどきの日本にそんな家庭はない!」と決めつけました。

 怒った彼女は翌日髪を金髪にしてツンツンにおっ立てて登校。次第に授業はサボりがちになり、嫌いな科目の試験は白紙で提出。代わりに答案用紙の裏に大杉栄の評論を書きました。その文章を読んだ現国の先生が「君は僕が引き受ける」と2年、3年の担任になってくれて、わざわざ家にも何度も訪ね「とにかく学校には来い。嫌いな教科があったら、図書館で本でも読んでろ。本をたくさん読んで、大学に行って、君はものを書きなさい」と言ってくれました。

 ブレイディさんは授業をサボっては図書館に入り浸り、伊藤野枝と金子文子を発見します。大正時代に名を馳せた同郷のアナキスト伊藤野枝は、関東大震災直後の戒厳令下、同志であり愛人であった大杉栄と甥の宗一と共に甘粕大尉率いる憲兵隊に惨殺されます。ちょうど同じ頃、大逆罪容疑で恋人の朝鮮人パクヨルと共に警察に逮捕され、死刑判決から一転恩赦がおりたにも関わらず獄中で自死した金子文子もまた、彼女のアイドルでした(岩波書店『女たちのテロル』参照)。

 高校卒業後、彼女は大学へは進学しませんでした。親にその資金がなかったことはもちろん、彼女がイギリスのロックバンド「セックス・ピストルズ」にはまっていたことも関係しています。彼女は福岡の中洲や銀座でバイトして金を貯めては渡英し、パンクロックのシャワーを全身で浴びました。渡英を何度も繰り返すうち、1996年の入国時に彼女は「私はここに永住するのだ」と決意します。

 ロンドンではキングスロードに下宿し、某日系新聞社のロンドン支店で事務員として勤務。そうこうするうちに、金融街で働くアイルランド移民で9歳年上の銀行マンと結婚。ロンドンから南へ列車で1時間の海辺の保養地ブライトンに移り住みます。ところが旦那は銀行をリストラされ、ミドルクラスから転落して大型トラックの運転手に転職し、さらにはガンにも罹患。

 でも彼女は挫けません。「先なんかねえんだよ。あれこれ期待するな。世の中も人生も、とどのつまりはクソだから、ノー・フューチャーの想いを胸に、それでもやっぱり生きて行け!」そう宣言し、子供が大嫌いだったはずなのに40歳を過ぎてから体外受精で男児を出産。そして生まれたのが彼です。そしたら、わが子は可愛いし面白い!

 2008年、彼女は乳飲み子を抱えながら、地域のアンダークラス(失業者、生活保護受給家庭)を支援する「無料底辺託児所」にボランティアとして参加します。そこには「幼児教育施設の鑑」とリスペクトされている責任者アニーがいて、彼女の元で幼児保育の実践教育を受けながら2年半かけて保育士の資格を取りました。

 当時、労働党のトニー・ブレア政権は抜本的幼児教育改革を行い、移民保育士を積極的にリクルートしました。ブレア政権では多様性(ダイバーシティ)を大切と考え、子供たちがいろんな人種の外国人と共に生活することに、小さな時から慣れていく必要があるとし、外国人移民の保育士養成費用を政府が全額負担したのです。

 ところが、2010年に保守党が政権を握ると一気に緊縮財政へと舵を切り、労働党が作った福祉制度を次々とカットしたため、底辺託児所の様相は一転します。『子どもたちの階級闘争』(みすず書房)には、保育士として働くブレイディさんのリアルな毎日が綴られていて、こちらも必読です。水泳が得意なリアーナの凶暴だった幼児期の記載もありますよ。

 

 『ぼくはイエローでホワイトで、ちょっとブルー』は、そんなパンクでホットなかあちゃんとクールでワイズな息子の成長物語でもあります。まもなく『続編』も出ます。それで思い出すのが、椎名誠の名作『岳物語』と『続岳物語』(集英社文庫)。ただ、岳君の中学入学場面で終わっていて『続々岳物語』が書かれることは残念ながらありませんでした。父親に小説のネタにされた息子の岳君が猛烈に怒ったからです。

彼は『岳物語』と父親の椎名誠のことを真剣に憎んでいました。高校卒業後は日本を脱出し、アメリカの大学を出てプロの写真家になりました。

 ブレイディさんの話では、日本語が読めない息子ケン君も「この本」のことが気になっていて、スマホで接写すると日本語を英語に自動翻訳してくれるソフトを使って密かに内容をチェックしているらしいのです。でも、椎名父子と違って、母親と息子だから、険悪な親子関係に陥る危険性は少ないかもしれないし、そもそも彼の生活の基盤はイギリスです。だから、寛大な彼のこと、きっとパンクなかあちゃんを許してくれるに違いありません。

 

2020年11月 3日 (火)

『物語を売る小さな本屋の物語』鈴木潤(晶文社)

■このところずっと、元気のいい女性が書いた「エッセイ」を続けて読んでいる。

ブレイディみかこさん、伊藤比呂美さん、そして、鈴木潤さん。

『物語を売る小さな本屋の物語』鈴木潤(晶文社)を 110ページまで読む。四日市のメリーゴーランド本店店主の、増田善昭さんとの掛け合いが面白いな。少林寺の師匠にして、はちゃめちゃな上司。苦労が絶えない。(2020/10/31 のツイートより)
 
■でも、落語家の一門と同じなんだね。入門が許された弟子は、師匠から芸と作法を習い教えてもらって、自分流にアレンジし、その芸をさらに高く発展させて行く。ただ、あくまでもオリジナルの基本を身につけ、それを継承してゆくことも大事。
 
だけれども、師匠をそっくり真似してたんじゃあダメだ。師匠の完全コピーなんて、誰も期待しない。
私と増田さんは性格が似ているところがあって、お互いの言い分をぶつけて喧嘩になることがしょっちゅうだった。(中略)天真爛漫ですぐに調子のいいことを言ってあとで自分やスタッフの首を絞める社長にイライラしつつも、(少林寺拳法の)道場ではやっぱり尊敬すべき存在ということを再認識できるのだ。(p83〜84)
 長く一緒にいたからなのか、私と増田さんは呆れるくらい似ているところがある(p87)
しょっちゅう喧嘩をするし、ぶつかり合うけれど増田さんの思想や思いは私の中にしっかりと詰まっている。
 
私たちはとにかくよく働き、よく遊び、よく旅をし、よく話し、よく読み、よく食べ、たくさんの人に会った。増田さんは社長で少林寺拳法の師匠である。そして本に対する情熱、子どもの本専門店として在り続ける意義、縁を大切にすること、恩義を忘れないことなど本当にたくさんのことを増田さんから学んだ。
 
気が付けば全て自分らしく生きることに繋がっているのだ。私にとって増田さんは父親のようであり、親戚の叔父さんのようでもあり、憧れの先輩のような存在でもあり、今でも一番のライバルなのだと思っている。(p89)
 
 

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■京都一の繁華街「四条河原町」を南へ少し下った東側の「寿ビル5F」に、鈴木潤さんが経営する『メリーゴーランド京都』はある。河原町通りに面した一等地。でも、地元京都の人たちはこう言う。

「河原町でも、四条より下へはよう行かへんわ」

■増田善昭さんがやっている、三重県四日市にある児童書専門店『メリーゴーランド』の初めての支店として、2007年9月17日に『メリーゴーランド京都』はオープンした。従業員兼店長の鈴木潤さんが、ひとりだけで業務(現在は2人体制)する。

支店とはいえ、まったくの独立採算制。本店からの経済的支援はない。

赤字が続いて、店長がくじけてしまえば、それでお終い。キビシイ世界だ。

  だけど彼女はくじけない。

  泣くのはイヤだ、笑っちゃお

  進め〜〜!

 「私のモットーは『当たって砕けろ』だ。」

■もともと、京都の店も、社長の増田さんがある日突然「京都に店出すぞ。潤、京都に行くやろ?」と言い出して、彼ひとりだけの突然の思いつきで始まったプロジェクトだ。

 増田さんはきっと今までだって目に見えない何かに突き動かされて、まだ見えないどこかに向かってきたのだろう。書店の経験も全くない25歳の増田青年がある日突然「子どもの本屋をやりたい!」と言い出し、どんどんいろんな人を巻き込みながら店を作ってきたことだってきっとそういうことなのだ。

 私にはこの「根拠のない自信」がとてもよくわかる。(中略)

 私たちは目の前に波があったらとりあえず乗りたいタイプで、その波が大したことなくても、怪我をしたとしても「乗った」ことが大事。「逃した」ことで後悔したくないのだ。

そういえば増田さんはサーファーでもあった。(p97)

■本の後半、京都での仕事・生活が落ち着いてきた彼女は、京都の男性と出会い恋をし、結婚した。そして2人の男の子の母親になる。

ただ普通の人とちょっと違っていたのは、その男性が「徳正寺」という有名なお寺さんの後継ぎであったことだ。住職で父親の秋野等氏は陶芸家で、その母「秋野不矩」(あきのふく)は大変有名な日本画家という芸術一家だ。

■おおっ! 秋野不矩。以前に浜松を訪れたさい、旧天竜市にある「秋野不矩美術館へ行ってきたのだ。不思議な外観、内装の超個性的な美術館で、設計はあの藤森照信氏。

ちなみに、京都「徳正寺」にも、藤森照信氏が設計した茶室「矩庵」がある。

■大変な芸術一家のお寺さんだから、当然、潤さんの夫「迅くん」もただ者ではない。彼は僧侶という本業のかたわら、

文章を書いたり本の編集やデザインをしたりしている。古本屋めぐりが大好きで、仲間内から「ブッダハンド」と呼ばれている。古書善行堂の山本善行さんさんが古本屋の均一台から煌めくような本を探し出すことから、「ゴッドハンド」と呼ばれていていたことがあり、迅くんも時々そんなことがあったので神に対して仏ということで「ブッダハンド」と呼ばれるようになったのだとか。(p154)

 お互いに好きな作家も読む本も全く違うのだけれど、私は迅くんの言葉や本に対する思い、縁を大切にする人との付き合い方などとても尊敬している。なので時々私の書いた文章を「ええやん」「面白かったわ」と言ってもらえるととても嬉しいのだ。違うけれど同じ方向を向いている。同じだけれど時々違う方向も向く。

わたしたちはそんな夫婦だと思っている。(p157)

その続きを読んで行くと「荻原魚雷さん」の名前が!

おお、迅くんと友だちなのか。しかも、荻原魚雷氏は潤さんと同郷(三重県)なのだ。さらに、ぼくはいまちょうど『中年の本棚』荻原魚雷(紀伊國屋書店)を読み始めていたところだったのだ。

なんか、妙なシンクロニシティだな。

よのなか、不思議な縁でつながっているのかな? 

 ■以下、付箋を貼ったところなど。

もし学校生活に満足していたら、彼氏ができてバイトで稼いだお金で楽しく遊んで暮らしていたら、今のように本屋をやっていなかったかもしれない。

 人生は間違いなく繋がっている。「一生の汚点」と思い出したくないようなできごとも、「一生の不覚」と誰にも話せないようなできごとも含めて、その点と点が繋がって蛇行する川の流れだ。ボタン一つでリセットなんてできるわけがないのだけれど、人は良くも悪くも「忘れる」のだ。

私は自分に都合の悪いことや嫌だったことはちょっと隅っこに置いておいていつもは忘れているのかもしれない。「忘れたいこと」「絶対忘れたくないこと」「自慢したいこと」「つまらなかったこと」などなど全部ひっくるめて私の人生なのだ。(p47〜48)

美味しい料理の条件はまず第一に素材の良さ。次にどんな器に盛り付けるか、つまり見せ方。そして場の雰囲気だろうと思う。

 つまり、味はほどほどであれば良い。どんなに美味しい料理だって重苦しい雰囲気の中でそんなに好きでもない人たちと食べれば味も半減だろう。(p174)

 親は子どもが独り立ちするまでに色んなことを伝えたいと思うだろう。それには様々な方法がある。野生動物ならそれが狩りの仕方だったり、安全な寝ぐらを確保する生き抜くための術なのだろう。

 けれど本で伝えたいのは目には見えないものだ。それは薄ぼんやりした気持ちの揺らぎだったり、人に話さずにはいられないような感動だったりするだろう。それを言葉で話して伝えようとするのはとても難しい。けれど本でなら、すぐには確信できないかもしれないけれど心のどこかにそっと種をまくことができるのだと、私はブッククラブや店に来てくれるお客さんから教わったのだ。(p180)

 本は決して特効薬ではない。けれど行き場のない思いやどうしようもない悲しみ、何だか落ち込んでしまっている状況を少しだけ方向転換するきっかけをもらえたりするのだ。(p186)

 何気ない会話だったけれどみなさんとても仲よさそうで、楽しげで私までなんだか嬉しくなった。こんな風に一言二言だけでいいのだ。旅行で訪れた人も地元の人もさり気無いやりとりだけでいい一日が過ごせるような気持ちになるものだ。

道ですれ違う人みんなと会話するわけにはいかないけれど、店に来てくれた人が「今日は良い一日だった」と思えるひとかけらをメリーゴーランドで感じてもらえたらこんなにうれしいことはないと思う。(p229)

■「おわりに」を読むと、これまた驚いたことに NHKの歴史番組でよく拝見する磯田道史先生とは、息子さんたちの小学校で兄弟ともに「同じクラス」で、家族ぐるみのお付き合いをしているとのこと。

■それから、これは最初にツイートして失礼かと削除してしまったことだけれど、「この本」の表紙の色が、何とも懐かしい見覚えのある色合いなのだ(思い出した! ぼくの実家の便所の便器の色と同じ色なのだった。失礼いたしました、ごめんなさい。 あと、うちのブログの背景色も、なんだ同じ色じゃん!)

Blue In Green」は、マイルス・デイヴィスの名盤『カインド・オブ・ブルー』A面3曲目に収録された、ビル・エヴァンス作の印象的な楽曲だが、「それ」に「薄い灰色」を混ぜた感じの色なんだな。

どうして「この地味な色」が表紙のカラーに選ばれたのか? その答は 115ページに載っていた!

「メリーゴーランド京都」のお店に並ぶ本棚の色がみな、この色なのだった。

■前回京都へ行ったときは「古書善行堂」と「ホホホ座」には行ったのに、「メリーゴーランド京都」は訪れなかった。すぐ近くの、四条河原町の高島屋前にはいたのにね。残念。

追記)2020/12/09 

■録画してあった NHKBSP『英雄達の選択』「100年前のパンデミック〜“スペイン風邪”の教訓〜」を見る。大正時代、パンデミック下の京都で 12歳の少女が日記を付けていた。司会の磯田道史氏が訪れたのは、京都市の徳正寺。応対する住職は、井上迅(扉野良人)さん。なんとも優しそうで穏やかな風情の人だ。

続き)そう「メリーゴーランド京都」店主、鈴木潤さんの夫で、磯田道史先生とは家族ぐるみで友だち付き合いをしてるって、本にも書いてあったな。扉野良人(とびらのらびと)さんて、後ろから読んでも同じトマトみたいな回文になっているんだ!

『絵本といっしょに まっすぐまっすぐ』鈴木潤(アノニマ・スタジオ)を読んでいる。こんなふうに読み手に届く文章を書きたいものだ。例えばこんな文章。 「私が本を好きな理由のひとつに、『しあわせなため息』があります。一冊の本を読み終わり、本を閉じるのと同時に、体の中に言葉がおさまっていく

続き)というか、染み込んでいくのをじっと待つとき、思わずもれるため息。この感覚を何度も味わいたいけれど、なかなか出会えるものではありません。」32ページより。(2020/11/10)

『中年の本棚』荻原魚雷(紀伊國屋書店)を読んでいる。面白い! これは!と思ったのが「上機嫌な中年になるには」p32〜40。取り上げられている本は、田辺聖子の『星を撒く』。中でも「余生について」と「とりあえずお昼」それと、1つしかない不機嫌の椅子を夫婦で椅子取りゲームしてること。(2020/11/05)

ある程度の長さの文章を、毎日書き続けることが案外大事なんだな。ジムに通って筋トレするみたいに、日々の鍛錬が「読んでもらえる文章」を書くコツなのかもしれない。そのことは、黒猫の田口さんの文章を読んでいて、しみじみ実感することだ。見習わなければな。

140字以内のツイートばかりじゃ、ダメなんだよ。(2020/11/05)

2020年10月31日 (土)

伊藤比呂美『道行きや』(新潮社)が面白い!

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(写真をクリックすると、もう少し大きくなります)

■『道行きや』伊藤比呂美(新潮社)は傑作だ。

以下、ツイートした文章を編集。

伊藤比呂美『道行きや』(新潮社)を読み始める。面白いなあ。『良いおっぱい悪いおっぱい』の頃からずっと、この人の文章が好きだ。読んでて元気が出る。bastards って「ゴースト・バスターズ」のそれだよね。引いたら、ろくでなし・くそったれって意味だ。

追記)2020/11/03  khさん がコメントしてくれました。

「ゴーストバスターズはGhostbustersです。動詞のbustは捕まえる、といった意味のスラングです。」

ありがとうございました! スペルが違うのですね。お恥ずかしいです。よく調べもせずに、無知をさらしてしまったなあ。反省。

表紙の「道行きや」の下に載っている英語が気になる。

「 Hey, you bastards! I'm still here! 」

ググったらすぐに分かった。映画『パピヨン』のラストシーン。椰子の実で作った浮き輪につかまったスティーブ・マックイーンが叫んだ言葉だった。おお、僕も映画館で観たぞ! オリジナルの『パピヨン』。

サントラがね、泣けるんだよ。検索したら、映画の脚本は、赤狩り(マッカーシズム)でハリウッドを追放された『ローマの休日』を書いた脚本家:ダルトン・トランボだったんだね。知らなかったな。

それを思うと、すっごく深いよね。この映画の主題。

続き)ツイッターはフォローしているので、カリフォルニアから保護犬のジャーマン・シェパードを連れて日本(熊本)に帰国し、早稲田で文学を教えていることは知っている。『犬心』も読んだから、彼女が以前に飼っていたジャーマン・シェパードのことも知ってるよ。だから、「鰻と犬」はハラハラだった。

続き)これは!と思ったのが、その次の「耳の聞こえ」だ。31ページ。

「違うのだ」と父も夫もくり返した。

「正面から向き合ってしゃべってくれ」

「1音1音はっきり話してくれ」

「高音のサ行やカ行はとくに聞きにくいから、低い声で発音してくれ」

「固有名詞はゆっくりと確実に発音してくれ」

これはつい最近知って驚いたことだが、補聴器ってめちゃくちゃ高いんだね。軒並みうん十万円する。義父の耳の聞こえが悪いので「補聴器を買い換えたら?」と言ったら、妻に怒られた。伊藤比呂美さんは、難聴の老人の苛立ちと恥ずかしみ、やるせなさ、悔しさを「humiliating」という単語で表現する。

あ、「屈辱的」っていう意味ね。

伊藤比呂美『道行きや』(新潮社)の続きを読む。「粗忽長屋」「燕と猫」「木下ヨージ園芸百科」「むねのたが」メガネをなくし、鍵をなくし、とにかく物をなくす。落とす。そして忘れる。一つのことに集中できない。ADHDには、いま、いろいろと良い薬が出ている。生き辛さが酷ければ、それもいいのでは

でもそれだと、彼女の溢れ出る芸術的衝動が損なわれてしまうような気もする。むずかしいな。「燕と猫」はちょっと怖い。熊本には川があって、その遊水池には様々な植物が繁茂している。夕暮れ。椋鳥は南へ向かい、燕は遙か上空から葦原へ落下する。まるで死に向かうみたいに。

引き続き『道行きや』伊藤比呂美を読んでいる。「山のからだ」は、彼女にしか書けない真骨頂だな。熊本の彼女の家から東方にそびえる立田山には、山の神が三体在る。彼女は三体目の山の神に気に入られている。山を人体とすれば、ちょうど臍下くらいの場所(子宮か丹田)に、その小さな石の祠がある。

山の臍下だから、かなり奥まったところにあって、彼女は犬を連れてそこに行くたび、そこから戻るたびに迷って、数時間歩き続けた。彼女はその「石の祠」に前に立ったとたん、全身をわしづかみされたような気がした。これまで感じたことのない感覚で、信じたこともない何かだったという。

その「石の祠」が醸し出す異様な妖気に当てられたには、彼女だけではなかった。

ところが、山の神の在るところに近づくにつれて、犬が歩かなくなっていった。後ろから何かが来るというような。聞き慣れぬ音がするとでもいうような、そんな様子で何度も後ろを振り向いて、立ち止まって動かなくなっていった。焦れて呼んだら、ぺたんと座って、赤いペニスを出して、首をかしげてこっちをみつめる犬は、ほんとうに美しかった。(88ページ)

続き)『もののけ姫』の森のイメージを匂わせつつ、もっとアメリカ的な「荒野」とか「野生」とかを感じる。なにか、生き物と自然の織りなす根源的な「生」と「エロス」を体感させる文章だと思いました。クラカワー『荒野へ』(集英社文庫)を思い出したな。

■伊藤比呂美さんは、アメリカでよく「オノ・ヨーコに似ている」と言われたそうだ。そうかなあ? と僕は思う。日本からアメリカへ渡った「ヨーコさん」はオノ・ヨーコ(彼女は、日本→ロンドン→ニューヨークだけれどね)だけではない。比呂美さんの周囲にはヨーコさんがいっぱいいる。

陽子さん、容子さん、耀子さん、瑤子さん、洋子さん。あれ? もっといたっけ……。

アメリカで「グリーンカード」を取得することは、移民としてアメリカに永住権を得ることだ。アメリカに住み続けること、税金は払うこと、でも選挙権はないことを約束させられる。異邦人として。日本領事館へ行けば、日本のパスポート更新ができる。でも、日本に帰ってそのまま居続けることはできない。

比呂美さんは、結局「市民権」を取得する。「永住権」と「市民権」、アメリカ在住の日本人はみな悩む問題なのだそうだ。さらに厄介なのは、アメリカ人と結婚した日本人女性が、離婚して子供を連れて日本に帰国しようとすると、アメリカには「ハーグ条約」っていうのがあって、監護権のある親(アメリカ人の父親)から同意なしに子供を国外に連れ去ってはいけないという条約。アメリカで暮らすということは、想像できない様々な不都合があるのだな。

『道行きや』伊藤比呂美 読了。熊本、カリフォルニア、東京、新潟、名古屋、ポーランドと、彼女は常に疾走する。走り続ける。タンブルウィード(転がる草)みたいに。転がる石じゃなくて、もっと軽やかに世界を駆け巡る。かっこいいなあ。

「量も、動きも、存在も、いかにも過剰だった。過剰なのだった。過剰に吹き寄せられ、過剰に吹き溜まり、風が吹くと、風なら、絶え間なく吹きつづけていたのだったが、次から次へと路上に転がり出ていって、車に轢き潰された」

2020年1月 8日 (水)

MMTが日本を救う!?(つづき)

■新年あけましておめでとうございます。

本年もお付き合いのほど、どうぞよろしくお願いいたします。

■今日、ツイッターを見ていて「おっ!」と思ったサイト。「関内関外日記」

文章というものは、書けば書くほど上達するものではありません。それは肉体が衰えるのと同じように、年齢とともに衰えていくものです。あなたが十年もブログを書けば、十年前の自分の文章を見て、そのみずみずしさ、機転、リズムにおどろくことがあるでしょう。それでも、その十年前を読むためには、十年後が必要なのです。

ほんとその通りだと思った。ぼくのブログを一番熱心に何度でも読んでいるのは、ぼく自身さ。それでいいじゃないか。実際、16年前からネット上に文章を残してきたが、あの頃に較べると「書きたい!」という意欲も、文章のパワーも面白さも、現在のぼくはすべて劣化していることを自覚する。

以前は週何度でも記事を更新していたのに、このところは「月イチ」だ。日々のつぶやきは、ツイッターに移動したことがその主な原因ではあるのだが、140字では言えないことはやはり多いし、タイムラインを流れていく「言葉」は、所詮その時目に留まっただけで、忘れられて行く運命にある。そういうものだ。

ただ、書きなさい。写真を載せたければそうすればいい。イラストを描きたければそうすればいい。そして、あなたの見た世界を、あなたの価値観と重なり合うことのある、ただ少数の者のために送りなさい。送り先不明の手紙を、ただひたすらに書きなさい。いろいろの先人の言葉を借りながら、それでも自分の言葉を刻みつけなさい。

そうすることで得られる世俗的な報酬はいっさい期待することのないようにしなさい。十年後に、十年前の自分を振り返ることのできる、ただその権利のためだけに書きなさい。だれにほめられることもなく、だれにけなされることもない、あなたの思う少数の者のためだけに、手紙を送りつづけるのです。たとえ読者がおのれ自身だけであってもいい。ただ、ひたすらに手紙を書くのです。

もし自分がまだ元気で生きていたとして、10年後にも「しろくま通信」のサイトが残っていたなら、

たぶん自分で、今日ここで書いた文章をまた読んでいるのではないか? それでいいじゃん。そんなことをしみじみと思ったよ。

閑話休題

■「MMT理論」に関する個人的なまとめ(その2)

『目からウロコが落ちる 奇跡の経済教室【基礎知識編】』中野剛志(KKベストセラーズ)より。

・ポイントは、世界で日本だけが「この30年間デフレが続いている」ということ。1960年〜1970代の高度経済成長時代、1980年末のバブルを経て、右肩上がりの時代が知らぬ間に終焉し、今やどんどん右肩下がりで、みな貧乏にあえいでいる。ここが大事。

 そのことは、日々の日常診療の中で実感することでもある。みな貧しい。ゆとりも豊かさもほとんど感じられない親子が目につく。中には、明らかに貧困の渦中でぎりぎりセイフティ・ネットに引っかかっている親子もいる。以前は、ぼんやり診療していれば着ているモノも小綺麗だし気づかなかった。でも今は明らかに可視化されるようになってきていると思う。

「子供の貧困」問題は、小児科医にとっても最重要課題だ。(まだ続く)

2019年12月29日 (日)

MMTが日本を救う!?

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■ MMT (Modern Monetary Theory:現代貨幣理論) に関する本を3冊読んだ。

ほんとうに目からウロコが落ちた。

いまや瀕死の日本経済は、この「MMT」に賭けるしかないのではないか?

以下は『MMTによる令和「新」経済論』藤井聡(晶文社)より抜き書き。

・現代社会における「紙幣」とは(中央政府と中央銀行とで構成される)「国家」が作り出すものである。

・政府は、自国通貨建ての国債で破綻することは、事実上あり得ない。言い換えるなら、「日本政府が日本円の借金を返せなくなってしまうことはあり得ない」。

・「緊縮病」借金を恐れて政府支出を削り、消費増税を行えば経済は低迷し、かえって税収が減る。そうなればさらに借金が膨らんでしまうから、政府はさらに激しい緊縮に走り、その結果さらに経済は低迷する ---- こうした「悪夢のスパイラル」に、日米欧の先進諸国は軒並み苛まれたわけだ。その中でも最も激しく衰弱してしまったのが我が国日本だ。(p40)

「民間の黒字」=「政府の赤字」

・好況と不況の違いは循環しているオカネの総量「貨幣循環量」が多いか少ないかの違いなのだ。「好況」の状況にに変化させていくためには、この民間市場に、外部からオカネを注入すれば良い。つまり、政府は財政赤字をどんどん拡大して政府支出量を増やせばよい。

・政府支出の下限値:デフレになってしまう程度に少ない政府支出額

・政府支出の上限値:過剰インフレになっていまうほど多い政府支出額

・そもそもMMTは、経済の目標を「国民の幸福」の確保・拡大においている。失業者がいない完全雇用を目指す(就労保証)と同時に、政府が設定した最低賃金を実現させる(賃金保証)ことを目指す。

・「万年筆マネー」:おカネというものは刷ってできるものではない。おカネというものは実は、人が人から借りることでできる(作られる)ものなのだ。あなたが銀行に行って「100万円貸して下さい」と依頼すると、銀行は100万円の札束をあなたに渡すのではない。あなたの銀行口座に100万円と(万年筆で)書き込むことで、あなたに貸し付けるのである。

・オカネは「負債の記録」である。だから、オカネを返した途端に、オカネは「消える」。さらに言えば、オカネは返済期限のない「国家の借用証書」である。

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