お芝居 Feed

2020年5月30日 (土)

演者と観客とが「息を合わせる」ことについて

■気がついたら、前回の更新から1ヵ月以上過ぎてしまった。

最近「書きたい」って思うことが何もないのだ。情けない。

コロナのせいだ。

この3ヵ月、小説がまったく読めなくなってしまった。

漠然とした不安に常時覆われていて、小説世界に没入することが出来なくなってしまったからだ。それと、フィクションなら有り得ないような信じられないくらい「くだらない、人をバカにしたような」(アベノマスクとか、スピード感をもってとか、賭け麻雀とか、ブルーインパルスとか)不条理でリアルな毎日の堪え難い苦痛を連日我慢していたら、いつしかすっかり慣れてしまって、小説世界の「リアルさ」が、逆に嘘っぽく思えてきたからかもしれない。悲しい。

■そんな中でちょっと「これは!」と思った文章。

「斎藤環氏の note」

山田ズーニー「おとなの小論文教室」Lesson 966 失われた「息」

■「息を合わせる」ためには、ステージ上の演者同士、それから演者と客席の観客とが、同時に息を吸ってそれから吐く動作が必要だ。

その簡単な例が「お笑い」だ。息を吸いながら笑うのは、明石家さんましかいない。普通、人は笑う時、息を吸って貯め込んでから思い切り「わはは!」と息を吐き出す。それが「笑い」だ。

それで思い出したのが、国立こども図書館の松岡享子さんが、語りの「間」について語っている文章だ。『お話しを語る』松岡享子(日本エディターススクール)98〜101ページ。

ずいぶんと前に書いた(本文を引用・抜粋した)文章(2005/04/05)だが、以下に再録します。

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●彼女は、「間」には基本的にふたつの働きがあると言っている (p98)


 ひとつは、語り手がそれまでに語ったことを、聞き手に受けいれさせる働きです。語り手が、「おじいさんとおばあさんがいました」といえば、聞き手は、「ああ、おじいさんとおばあさんがいたんだな」と思い、心のスクリーンに、おじいさんとおばあさんを描きだします。これに必要な時間が間です。(中略)

 間のもうひとつの働きは、聞き手の気持ちを話の先へつなげていく働きです。さきほどの例でいえば、聞き手が、「ああ、おじいさんとおばあさんがいたんだな」と、その事実をのみこんで、さらに「そして、その人たちがどうしたの?」と、問いかける時間です。つまり、聞き手が、語り手に、話を先へすすめるよううながす時間です。(中略)

語り手に話の先をうながす間は、同時に、聞き手に能動的な聞き方をうながす間でもあることがおわかりいただけるでしょう。間が与えられてはじめて、聞き手は、疑問をもったり、予想をしたり、期待したり、要するに、自分の中で話についてさまざまに、思いめぐらすことが出来るのです。これは、聞き手の側からの話への参加です。


『子どもへの絵本の読みかたり』古橋和夫(萌文書林)を伊那市立図書館から借りてきて読んでたら、また、間の働きのはなしがでてきた。「読みかたりでの「間」について 『間で聞き手を魔法にかける』 



「人間的感動の大部分は人間の内部にあるのではなく、人と人との間にある」

フルトヴェングラー、芦津丈夫訳『音楽ノート』(白水社)

◆2つの「間」について
「間」の取り方というのは、休止のことです。この休止については、「論理的休止」と「心理的休止」があると言ったのは、演出家のスタニスラフスキー(『俳優の仕事』千田是也・訳、理論社)です。(中略)

スタニスラフスキーによりますと、「論理的休止」とは、「いろいろの小節や文を機械的に分けて、その意味をはっきりさせる」休止のことです。文章には、句読点がありますが、それが意味のひとまとまりをつくっています。論理的休止とは、この句読点のところに置かれる「間」のことです。

もうひとつの「心理的休止」とは、「思想や文や言語小節に生命を吹きこみ、その台詞の裏にあるものがそとにあらわれるようにする」「間」のことです。(中略)

たとえば、『おおきなかぶ』を例にとりますと、「おじいさんは かぶをぬこうとしました。『うんとこしょ どっこいしょ』……」というところで、「間」をとります。「うんとこしょ どっこいしょ」という言い方は、おじいさんが力を込めてかぶをにいている様子です。それにつられて、聞き手の方も思わず力が入ってしまいます。「ぬけるかな」という期待が高まります。

このような「間」を置いてから、「ところが かぶは ぬけません」といふうに語りますと、その場のイメージに力を感じていた分、抜けないという事実との落差に意外性を感じていくのです。また、それが楽しくおもしろい読みの体験です。このような「間」が「心理的休止」であるといってよいでしょう。(p64 ~ p74)

●何だか、分かったようなわからんような解説だが、またまた出ました、有名なスタニスラフスキー・システム。このあたりのことを、松岡享子さんは、もっと直感的に分かりやすく説明してくれます。例えば、こんなふうに……


 ところで、間には、ここに述べたふたつの基本的な働きのほかに、もっと微妙な、もっとおもしろい働きがあります。たとえば、場面転換に使われる間とか、聞き手の気持ちをひとつにまとめる間などです。


 お話には、パッと場面が変わるとか、長い時間が経過するとかいったように、そこで話が大きく変わるときや、生まれたときある予言をされていた女の子が、時が経ってその予言の成就する年頃になりました……といったときなど。これは、お芝居でいえば、いったん幕が下がったり、暗転したりするところです。

ただ、お話では、それができませんから、そこで十分に間をとることで、場面の転換を表現します。こうした間は、いわば聞き手の心のスクリーンをいちど白紙にして、そこに新しいイメージを迎え入れる準備をする働きをしているといえるでしょう。


 もっと強力な、もっと効果的な間は、話のクライマックスで用いられる間です。これは、緊張を盛りあげるための間といえばよいでしょうか。たとえば、風船をふくらますときなど、強く息を吹きたいとき、わたしたちは、いったん息をとめて、それから勢いをつけて息を吐きだします。

それと同じように、話のおしまいなどで、だんだん積みあげられていったサスペンスが一挙にくずれるとき、あるいは大きなどんでんがえしがあるときなど、もちあげられ、ふくらんだエネルギーが一気に開放される場面では、この「息をとめる」間がとられます。「エパミナンダス」の話のおしまいで、「エパミナンダスは、足のふみ場に気をつけましたよ、気をつけましたとも」のあとに来る間などがそれです。

 この間は、語り手と聞き手の呼吸を共調させる動きをもっています。わたしは、音楽の演奏でも、物語の語りでも、演劇でも、演者と聴衆が時間を共有して行う芸術では、両者の間に一体感が生み出されるときには、両者は同じ呼吸をしているのではないかと思います。

ともあれ、少なくとも、さきの述べたような、”劇的”瞬間には、両者の呼吸は一致していなければなりません。聞き手は、このときの語り手の一言で、ホーッと緊張をといたり、「ワァーッ」と笑ったりするわけで、そのときには、そろって息を吐かなければなりません。そのための時間、それが間なのです。つまり固唾をのむ時間というわけです。

 このことについて、亡くなった落語家の柳家金語楼が、たいへんおもしろいことをいっていました。金語楼は、あるインタビューで、「人を笑わせるこつはなんですか?」と聞かれたのに対し、言下に、「それは、人が息を吐く寸前におかしなことをいうことです」と、こたえていました。そして、「人間というものは、息を吸いながらでは笑えないものですよ」と、いっていましたが、なるほどと思いました。

そういえば、落語の下げの前には、必ず、たっぷりした間があります。その瞬間、聴衆が揃って、「……?……」と息をとめるからこそ、次の瞬間、一斉にドッと笑えるのです。間には、まちまちに吸ったり吐いたりしている聴衆の呼吸を一致させる働きもあるわけです。(p99 ~ p101)『お話を語る』(日本エディタースクール)

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■この柳家金語楼のはなしが大切なことの「すべて」を「たったひと言」で言い表していて素晴らしいですね。

■同じ頃(2005/1月)書いた文章を読んでたら、こんなのもあった。

「落語」と「絵本」の読み聞かせは、よく似てる?(その1)2005/01/04

松岡享子さんの『お話を語る』については、このページの 2005/01/20、01/21 にも記載があります。

2020年4月26日 (日)

演劇のネット配信は、なぜダメなのか?

■先日、面白い「 note 」の文章を Twitter で教えてもらった。

「家で演劇を観る」という心許なさについて。

 なるほどなあ。自宅リビングだと周りに雑音が多すぎて、お芝居に意識を集中できないから、緊張感が維持できないのか。

「劇場の空間は、否が応でも僕と日常を切り離してくる。」

 ただ、著者も言ってるけど、じゃあ何故「映画」ならスマホで見ても見た気がするのか? それに、この方は役者さんだから、観客としてよりもステージ上から客席を見ている立場にあるはずなのに、その視点がまったくない。どうしてだろう?

 僕も、保育園で「絵本の読み聞かせ」をし、准看護学校で小児科の講義をし、講演会の講師としての経験も多々ある。で、そのつど聴衆の心を如何につかみ取るかで四苦八苦し、外した(スベった)時の、あの波が引いていく感じの怖ろしさを何度も体験した。大切なのは、劇場という閉鎖空間に閉じ込められたステージ上の役者と、客席に座っている観客とが、互いに呼応して醸し出す、あの独特な「その場の空気」なのではないか?

■以下は、『長野医報4月号』の特集「お芝居大好き」の「前文」としてぼくが書いた文章です。実際に載ったのは、この短縮版でちょっと(ずいぶん?)違います。ご了承ください。

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 今や映画は、映画館へわざわざ足を運ばなくても、WOWOW、レンタルDVD、ネット配信で、自宅のリビングや外出先のスマホでも見ることができます。もちろん巨大スクリーンで大音響のもと観たほうがいい映画(スターウォーズ・シリーズとか)はありますが、小さな液晶画面でもそれなりに満足してしまうものです。


 ところが、お芝居は違います。テレビの「劇場中継」を60V型の液晶大画面で眺めても全く観た気がしない。何故でしょうか? 理由は簡単です。「そこ」に自分が「いなかった」からです。

 先日、劇作家・前川知大さんのツイートを読んで「はっ!」としました。


「昨日来た姪(高1)は演劇を観るのがまだ二回目。アニメや映画で育ってきて、演劇はどう思ったかと聞くと。干渉可能性が怖いと。つまり立ち上がって叫べば芝居を壊せるという事実が恐ろしく、客席で緊張するのだと言う。よく客が入って芝居は完成すると言うが、そのことを本質的に理解してるのだな。」


 演劇というのは、ステージ上の役者とフロアの観客とが「共犯関係」にある芸術なんですね。劇場というその場限りの閉鎖空間に「いま・ここ」で役者と観客が息を合わせ(同時に息を吸い、同時に息を吐く)その「一体感」を感じることができる。それが「お芝居」なのです。紀元前5世紀のギリシャで生まれた演劇が、2020年を迎えヴァーチャル技術全盛の現在でも未だ途絶えないという不思議は、まさに「そこ」にあるのだと思います。


 一人芝居の極意は落語です。さらに日本の伝統芸能には能や歌舞伎があります。海外には、シェークスピアの演劇やワーグナーのオペラがあるし、劇団四季のミュージカルや宝塚歌劇の語りきれない魅力もあるでしょう。松本には「まつもと市民芸術館」があって、隔年で「信州まつもと大歌舞伎」が開催され、串田和美芸術監督のもと、日本中の演劇人注目の的となっています。

 もちろん自ら役者としてステージ上で大活躍する人もいます。よく言われますよね『○○と役者は三日やったらやめられない』と。さて、どんなお芝居好きが登場するのでしょうか。

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■先日の昼休み、日テレ『ヒルナンデス』を見ていたら、落語家の「柳亭こみち」さんが出ていた。

 早稲田を出て、英語学習で有名な出版社「アルク」に就職した彼女が、なぜそのキャリアを捨ててまで落語家の道を選んだのか? 

 「たまたま入った寄席(新宿末廣亭)で、初めて落語を聴いたんです。ビックリしました! たった1人でその場の空気を支配し、観客の心を鷲づかみしている。冴えないオジサンが1人ただしゃべっているだけなのに、聞いていて目の前にその風景がありありと浮かんでくる。落語って凄いな! そう思ったんです。」

 柳亭こみち師は、学生時代に熱烈な演劇ファンだったのだそうだ。そんな彼女が、究極の「一人芝居」である日本の古典芸能「落語」に出会った。その時に体験した落語家が、柳家小三治だったんですね。以後、彼女は小三治師の「おっかけ」女子となる。

■新型コロナ禍による緊急事態宣言によって、寄席は閉鎖され、地方の落語会もことごとく中止となった。 Twitter でフォローしている落語家さんはみな、3月からは全くの収入ゼロの日々が続いている。そこで、過去の高座の映像をネットにアップする落語家さんも何人か出てきた。


YouTube: 【重大発表】落語家・春風亭一之輔から皆様にお知らせ【緊急事態】


春風亭一之輔さんは、YouTube でなんと! 毎晩「十夜連続公演」をライブ配信で続けている。画面右横に次々と聴視者のコメントが流れてゆく。なるほど双方向で呼応してはいる。でも、何かが決定的に違う。

やはり、落語でネット配信は無理なんじゃないか。映像をやめて「音声のみ」なら、まだあるかもしれない。だって昔から

落語はラジオで聴いてたし、レコードやCDで聴いてきた。見えないほうが想像力がかき立てられるからね。落語のDVDはたくさん買って随分と持ってはいるけど、ほとんど見ないな。だって、面白くないもの。寝る前にCDで聴いていたほうがよっぽど臨場感がある。

ただ、それを言っちゃあおしまいだよなあ。

すみませんでした。

2020年4月14日 (火)

串田和美とオンシアター自由劇場の『上海バンスキング』

■長野県医師会が毎月発行している広報誌『長野医報』の4月号が、先月末に配布されたので、同誌に掲載していただいた、ぼくの文章「串田和美とオンシアター自由劇場の『上海バンスキング』」を、こちらにも転載させていただきます。

(一部改変あり)

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串田和美とオンシアター自由劇場の『上海バンスキング』

上伊那医師会 北原文徳

 

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(写真をクリックすると、画像が大きくなります)


 

 設定は1945年11月の上海。舞台上に一人残され佇む吉田日出子。静寂。静かに幕が下りる。オンシアター自由劇場の音楽劇『上海バンスキング』の終幕だ。万雷の拍手。カーテンコールに応え彼女だけが登場し再び幕。すると、ステージから劇団員の生演奏が流れ出しまた幕が上がる。劇の冒頭でも演奏された、串田和美(くしだかずよし)作詞、越部信義作曲による『ウェルカム上海』だ。

 

     ああ、夢が多すぎる

     にがい夜明けの 朝もやのように

     幻の”ウィ・ムッシュ” なつかしき上海

 

 黒のチャイナドレスに着替えた吉田日出子が唄いながら螺旋階段を降りてきて、各々楽器を手に演奏する劇団員たちが白のタキシードで横一列に並ぶセンター前に合流する。観客一人一人の脳裏には、このお芝居の印象的なシーンが走馬灯のように次々と浮かんでいることだろう。何とも言えない幸せに満ち溢れた瞬間だ。と、その時。

「どんどんつたどん、どんつたつたどん」と、ジーン・クルーパばりの印象的なドラムソロが鳴り出す。ベニー・グッドマン楽団で有名な「シング・シング・シング」だ! 今でこそ、伊那中学校吹奏楽部も十八番にしているこの楽曲は、映画『スウィングガールズ』(2004年公開)で取り上げられ広く知られるようになったのだが、この映画は明らかに『上海バンスキング』のやり方を真似している。主演の上野樹里や貫地谷しほりは、映画の撮影前に数ヶ月間合宿してサックスやトランペット演奏の特訓を受けたという。役者が実際に楽器を演奏するリアルさを監督が要求したからだ。

 1966年に六本木の硝子屋さんの地下室で誕生した「アンダーグラウンド自由劇場」では、新人が入団するとまずは地下劇場の床にずらっと一列に並べた楽器から好きなのを選ばせた。不思議と役者の個性に合った楽器をみな選ぶという。自由劇場の稽古は凄まじくキツイことで有名だったが、さらに楽器の練習が加わり、プロのミュージシャン並の演奏技術が役者たちに求められた。

 小日向文世はアルトサックス、笹野高史はトランペット、主宰の串田和美はクラリネットを担当した。地方を巡る長期公演ではダブル・キャストで応じるので、役者さんは別の役、別の楽器にも対応しなければならないから大変だ。

 

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 大興奮の中「シング・シング・シング」が終わると、曲は「オーバー・ザ・ウェイブ」に変わり、メンバーは次々にステージを降りて演奏しながら客席の合間を行進し、劇場最後部のドアからみな外に出て行ってしまう。そして劇場入口のエントランスで更に演奏を続けるのだ。

 観客はあわてて座席を立って劇場外へと急ぐ。すでにスタンバイした吉田日出子がお立ち台に上り、おもむろに「林檎の木の下で」を唄い始める。観客の目の前で。芝居が終わって劇場の外に出たのにまだ夢の続きの世界にいる陶酔感。しかも、ステージ上にいた役者さんたちが手を伸ばせば触れそうな近距離で唄い演奏している。

 

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 僕はこのお芝居を1984年11月の初めに長野市民会館で観た。猛烈に感動した。お芝居って凄いな!ただただ驚嘆した。

 当時の僕は、大学病院で1年間の研修を終え、厚生連北信総合病院で2年目を迎えた新米小児科医だった。何をやっても上手くいかず出来損ないの小児科医で、日々ただ悶々と過ごしていた。暗く落ち込んだ僕に手を焼いていた先輩の安河内先生は、奥さまと入会していた長野市民劇場の特別公演『上海バンスキング』に僕を誘ってくれたのだ。本当にありがたかった。このお芝居にどれだけ救われたことか。あの時は本当にありがとうございました!

 

 この年、9月〜12月にかけて「オンシアター自由劇場」は全国52ヵ所で『上海バンスキング』を87回公演している。1979年の初演以来、評判を呼んだ舞台は大ヒットし、1996年に自由劇場が解散するまで、日本全国各地で435回も公演が繰り返され驚異的なロングランとなった。更に2010年には、ほぼオリジナル・メンバーによる奇跡的な再演が実現し、渋谷のシアターコクーンで20回の公演が行われている。

 当時ミュージカルと言えばみなブロードウェイから輸入された翻案ものだった。ところが『上海バンスキング』は完全な日本オリジナルだ。この戯曲は斎藤憐(さいとうれん1940 - 2011)が手掛けた。彼は、戦前の日本人ジャズに詳しい服部良一らに取材し、昭和初期に日本を離れ上海でバンスキング(前借り王)の異名を取っていたジャズ・トランペット奏者、南里文雄をヒントに芝居のタイトルとした。

 斎藤憐は、この舞台で演出・美術・主役の波多野四郎を演じた串田和美の2つ年上で幼なじみだった。共に小学校から高校まで成蹊学園に学んだ。斎藤は早稲田に進学したが、串田は演劇がやりたくて日大芸術学部に入った。串田の父親は、哲学者で詩人、山岳随筆家でもあった串田孫一。祖父は三菱銀行初代会長の串田万蔵。母方の高祖父は土佐藩上士の佐佐木高行で、祖父は伊勢神宮大宮司を務めた佐佐木行忠。言わば由緒あるいいとこのお坊ちゃんだ。

 理想とかけ離れた大学を1年で辞めた串田は、1962年俳優座養成所に第14期生として入所。同期には、佐藤信、吉田日出子、原田芳雄がいた。既成の劇団では飽き足らず、1966年に串田と斎藤らは自分たちの劇団と劇場を立ち上げる。「アンダーグラウンド自由劇場」だ。1975年には「オンシアター自由劇場」と改め、吉田日出子、笹野高史の他に、小日向文世、佐藤B作、下條アトム、柄本明、ベンガル、綾田俊樹、萩原流行、高田純次、イッセー尾形、岩松了が当時のメンバーに名を連ねている。

 

 『上海バンスキング』が大成功を収めた後、串田は是非にと請われて東急Bunkamura「シアターコクーン」の芸術監督に就任する。ここでは、亡くなった中村勘三郎とコクーン歌舞伎、平成中村座を手掛け、2003年からは、建設中の「まつもと市民芸術館」の芸術監督に就任。当時松本では有賀市長4選を阻止するべく「劇場などいらない!」と建設反対運動が盛り上がっていて大変だったという。

 しかし、2008年7月から隔年で「平成中村座信州まつもと大歌舞伎」が開催されるようになると、期間中に歌舞伎役者や俳優たちを乗せた人力車が松本市内をお練り行列する行事が恒例となり、一般市民も「まつもと大歌舞伎」の役者として大勢参加した。こうして、松本はいつしか演劇の町として広く知れ渡るようになっていったのだ。

 僕は2014年、2016年、2018年と観に行っているが、注目したのは小ホールで同時開催された「木ノ下歌舞伎」の『勧進帳』と『三番叟』『娘道成寺』だ。京都造形芸術大学出身の木ノ下裕一(1985年生まれ)が主宰する新進気鋭の若手集団で、斬新な演出により歌舞伎という古典芸能が、いま・ここで鮮やかによみがえっていた。客席には中村七之助ほか若手歌舞伎役者たちや笹野高史さんが僕のすぐ近くの席でじっと舞台を見つめていたのが、とても印象的だった。

 

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 ただ、松本での串田和美の真骨頂は、歌舞伎の行われない年の夏に隔年で開催される『空中キャバレー』にある。地下のアンダーグラウンドで始まった自由劇場が地上に出て「オンシアター」となり、松本の地でとうとう「空に浮かんだ」のだ。この舞台は構造的に「まつもと市民芸術館」でしか上演できないように出来ている。

 観客は普段シャッターで閉ざされた大道具搬入口から建物内に入る。するとそこは遙か異国の露天商通り(空中マルシェ)になっていて、いろんな食べ物やビールにワイン、雑貨やアクセサリーも買うことができる場所だ。通りでは出演者たちが楽器演奏をしたりサーカス団のメンバーが大道芸を披露していて、観客はいきなり異次元の祝祭空間に紛れ込んだ感覚に陥るのだ。

 しばらくして串田さんが登場し、舞台の開演を宣言する。音楽監督のアコーディオン奏者cobaがピアソラの「リベルタンゴ」を生演奏し、フランスからやって来たジェロ率いるサーカス団が空中ブランコや綱渡り、アクロバティックな曲芸を次々と披露する。串田和美と大森博史がゴドーを待っていると、実際にゴドーが登場するし、自由劇場のメンバーだった小西康久・内田伸一郎・片岡正二郎(撥管兄弟:バチカンブラザーズ)の3人が、松本出身の秋本奈緒美を加えてサボテン・ブラザーズとなり、達者なマリアッチを演奏しながらショートコントを演じる。劇場専属劇団「TCアルプ」メンバーも頭にサバを被って、フランス語で「サヴァ、サヴァ」言う不思議なエチュードを披露する。

 観客は客席ではなくステージ上に体育座りして演目ごとに舞台上を次々と移動し、真上の空中ブランコを見上げ、振り返って本来の大ホール客席を眺める。時には出演者と手をつないで輪になって踊ったりもする。信じられないくらい演者と観客が近い。こんな舞台は観たことがない。いや、観るというよりも体験したと言ったほうがよいか。前半のラストでは、片岡正二郎と『怪力男オクタゴン』の歌を皆で大合唱する。「人にはそれぞれ才能がある。その才能は放棄できない」と。

 観客の中には幼子を連れた若夫婦も多い。串田さんの演技中に、退屈した子供たちがバックステージを走り回ったりするのもご愛敬。とにかく、演者も観客もみな実に楽しそうで幸せな顔をしている。ああ、これが串田和美が目指したお芝居だったのか。

 

Photo

写真:串田明緒『幕があがる。Vol.53』 p4〜5より転載

(写真をクリックすると、画像が大きくなります) 

 1977年に初演された自由劇場の『もっと泣いてよフラッパー』は、吉田日出子の役を松たか子が演じ歌って2014年に再演された。僕も松本まで観に行った。とってもよかった。松たか子さんは、ホテルから劇場まで歩いて行く途中にある「ポンヌフ」でパンを買って食べるのが楽しみだと終演後のアフタートークで語っていた。じゃあ『上海バンスキング』のマドンナ「正岡まどか」役を松たか子で再演できるかというと、それはもう絶対に無理だ。

 吉田日出子さんは頭部打撲のあと高次脳機能障害(short-term memory loss)を合併し、現在も闘病中だという。いつの日か奇跡的に彼女がステージ上に復帰して、数多のジャズ歌手よりも圧倒的に雰囲気のあるその歌声を、是非ともまたナマで披露して欲しいと切に願っている。

 

  最後に吉田日出子さんの言葉を引用してこの文章の幕引きとさせて頂きます。

「テレビや映画にたくさん出て、何万人もの人に好かれるよりも、たった一人のお客さんでもいいから、その人が一生忘れないような舞台を仲間たちと一緒につくれたら……。そう願って、『劇場でまた会いましょう』というひと言で締めくくりました。」吉田日出子著『私の記憶が消えないうちに』(講談社)より。

(おわり)

【参考文献】

 1)『わたしの上海バンスキング』写真・文 明緒(愛育社)2013年

 2)『私の記憶が消えないうちに』吉田日出子(講談社)2014年

 3)『幕があがる。Vol.53』まつもと市民芸術館「季刊誌」2020年冬号

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【参考映像】

   BSスカパー!「STAGE LEGEND」2016年6月1日放送。

   オンシアター自由劇場公演『上海バンスキング』1991年、渋谷東急 Bunkamura「シアターコクーン」にて収録。

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2018年6月18日 (月)

若い人たちの力は凄いな! 木ノ下歌舞伎『三番叟/娘道成寺』を観て思ったことなど

■昨日、まつもと市民芸術館小ホールで「木ノ下歌舞伎」舞踊公演『三番叟(SAMBASO )・娘道成寺』を観てきた。素晴らしかった。圧倒された。演劇は「ことば」よりまず「身体」の表現なのだ。

2年前に同じ劇場で観た『勧進帳』で、初めて木ノ下歌舞伎を知ったのだが、いやいや凄い演劇集団だな。


YouTube: 信州・まつもと大歌舞伎関連公演/木ノ下歌舞伎 舞踊公演/主宰:木ノ下さんコメント

■「娘道成寺」。指の爪の先まで神経が行き届いて完璧にコントロールされていた。無駄な動作が全くなかった。そして、なんと美しい筋肉であることよ! 60分間、長唄(これは生演奏ではなくて録音だった)の伴奏に耳を傾けつつ、たった一人で踊る。60分間も、一人だけで、観客を厭きさせることなくステージを務めることなんて、本当にできるのか?

ところが! 出来たんだね、これが。観客は、その一瞬一瞬を見逃すまいと、最後まで舞台上の小さなダンサーの一挙手一投足に注目し続けたのだ。正直、たいへんな緊張感だった。だって終演後、どっと疲れたもの。

彼女が舞台に登場した当初は、まるで転形劇場『水の駅』の役者さんみたいに、超スローモーションでほとんど動かない。一重で細長のダンサーの眼は、じっと正面を見つめ動かない。ああ、和的な顔だ。どことなく、安藤サクラに似ている。そう思った。

BGMで流される「長唄」。一生懸命その意味を理解しようと聴いたのだけれど、ほとんど意味不明だった。次々と「花」が語られたかと思ったら、いきなり「山」の話題に変わる。どこが「娘道成寺」なんだ!

■でも舞台後半、フランス人形のドレスみたいな真っ赤な衣装が、まるでトイレットペーパーみたいに舞台下手から巻き取られる。残ったのは、銀色のテカテカ光沢も艶めかしい爬虫類の皮膚の衣装だ。そう、彼女は大蛇に変身したんだね。

しかし、これから怨念のパワー爆発ダンスが始まるかと思ったら、そうじゃなかったんだよ。彼女の背中から上腕に伸びる筋肉。その、うねるような動きは、間違いなく「へび」だ。そう、楳図かずお『へび少女』の動作。でも、不思議と激しくはない。怒りとか怨みとか、そうじゃあないんだ。

「かなしみ」かな。バカな男にだまされ、それでもついて行って、最後にまた裏切られる。その感情は、たぶん怒りよりも悲しみ(哀しみ)だったのだ。ああ、もう一度見てみたい。

■きたまりさんは、てっきり「モダン・ダンサー」なのだとばかり思っていたのだが、いろいろ検索してみたら、彼女は「山海塾」岩下徹さんに師事したこともあったのだ。なるほどそうか! だから「和」なんだ。土方巽、田中泯、山海塾、大駱駝鑑。たぶん、彼女の踊りには脈々と続いてきた「舞踏」の伝統があったのか。

それにしても、圧倒的な踊りだった。

作家で歌舞伎にも詳しい松井今朝子さんの評がよいな。

ぼくの右側、通路を挟んで2メートルちょっとしか離れていない席で、中村七之助さんが彼女の舞台を涼よかな風情で微動だにせず観ていたが、彼はいったい、どう感じたのだろうか? すっごく興味深いぞ。 (まだまだ続く)

■演じられた順番は逆になってしまったが「三番叟(さんばそう)」も凄かった!

こちらの演目も何度目かの再演だそうだが、演者3人(ダンサー)・音楽・振付・衣装・演出、すべてが刷新されていた。前回演じられた写真を見ると、応援団の学ランを着た男性3人が手に白いボンボンを持っている。大きなダルマを持った写真もあった。

今回は、舞台上にサッカーかバスケットボール試合会場の「ロッカールーム」が設置されていて、演者の3人は客席後方から「おめでとうございます! おめでとうございます!」と笑顔を振りまきながら登場する。私服の大学生たちといった風情だ。

彼らが舞台に上がると、それぞれ徐に着替え始める。サッカー・ワールドカップ「サムライ・ブルー」を思わせる鮮やかな青のユニフォーム。着替え終わった彼らは、ベンチに座って真っ赤なナイキのシューズを履き、ゆっくりと靴紐を結ぶ。

舞台が暗転すると、スピーカーから地響きの如きダンス・ビートが「ズンズン」鳴り響く。まるで、渋谷あたりの「クラブ」に紛れ込んでしまったかのようだ(行ったことないけど)。

まず最初に踊る(舞う)のは「翁」役の坂口涼太郎くんだ。2年前のこの同じステージで観た『勧進帳』で、富樫左衛門を快演(怪演)した彼ではないか! 舞台俳優なのに踊れるのか? 踊れた!

強烈なビートに乗せて、坂口君は低音で唸るように意味不明の呪文を発する。不気味だ。次に登場したのが内海正考。ヒョロリと背が高く、手足が異様に長い。どことなくアンガールズ田中を思わせる。ところが、身体反応は素晴らしい。キレキレのダンスを披露してくれた。

そして最後に登場したのが北尾亘。3人の中で一番小さい彼が、最もダイナミックなダンスを演じた。ああ、彼が振付師だったんだな。「GOD」と書かれた黒いキャップを被り、手には鈴を持っている。

3人が踊り終わると、音楽が不意に止む。静寂。呆気にとられ、ちょっと置いてけぼりを食った観客の気分を代弁する演者たち。「なんか、ぜんぜん伝わってないんじゃね?」

怒った坂口君。この責任の全ては、振付師の北尾亘にあるとばかり、突然北尾の頭をピシャリと叩く。じつにいい音がした。吉本興業のベテラン漫才師でも、これほどの絶妙のタイミングで、ツッコミがボケを叩くことはなかなかにできないぞ。

さて、仕切り直し。演者たちが客席後方の音響担当者に向かって「あれ、いってよ!」と要求。新たなビートが鳴り出すと、今度はマイク片手にラップで語り出す。いつしか青色の上着を脱ぎ捨てた3人。白のアンダーウエアーの背中には「GOD」の黒い文字。

その3人が並ぶと、背丈が「大・中・小」だ。なんだかそれだけで「松竹梅」的にお目出度い。その「大中小」が同時に同じ振付で踊り出す。おおぉっ! 凄いな。完璧にシンクロしている。どれだけ練習したんだ。見ていてとにかく気持ちがいい! 踊りはどんどん盛り上がり、熱狂的なダンスが次々と繰り出される。EXILEの、縦に並んでグルグル回るヤツまで披露された。

いつしか客席右前方から手拍子が始まる。まるで、リオのカーニバル会場みたいな祝祭空間になっていたよ。ビートはサンバじゃなかったけれど、三番叟(さんばそう)だからな。

 

2017年7月29日 (土)

まつもと市民芸術館で『空中キャバレー』を体感。

■先週の日曜日、まつもと市民芸術館で『空中キャバレー』を観劇、じゃなくて「体験」してきた。凄かったなぁ。面白かったなぁ。まつもと大歌舞伎と交互に隔年で開催されていて、今回で4回目とのこと。ぼくらは今回初めて。

去年は、ここの小ホールで「木ノ下歌舞伎」の『勧進帳』を観たんだ。あれも衝撃的な演劇体験だったが、『空中キャバレー』には、主宰する串田和美さんの「演劇」に対する思いの丈のすべてが詰まっていて、感動してしまったんだよ。

■これは以前にも何度か書いたけれど、ぼくの演劇体験のベースは、オンシアター自由劇場の『上海バンスキング』なんだ。観たのは、取り壊された「長野市民会館」。1984年だったと思う。串田和美さんがクラリネットを吹き、笹野高史さんがトランペットを吹いた。音楽はすべて自由劇場の役者さんたちが生演奏。そのセンター・ステージで、吉田日出子さんが唄う唄う。何曲も何曲もね。

これには感動したなぁ。

しかも、終演後に劇場をあとにする我々観客を、市民会館の入り口ホールで当日の出演者全員が待ち受けていて、生演奏しながら見送ってくれたのだ。

これって、映画館では絶対に味わえない、演者と観客が「いま・ここ(劇場)」でいっしょに共有する「空気であり時間」だったのだと思った。「お芝居って、凄いな!」それが、ぼくの演劇体験の原点なのだ。


YouTube: 空中キャバレー2017 スポット


YouTube: 空中キャバレー2015年ダイジェスト映像


YouTube: 『空中キャバレー2017』(石丸幹二さんコメント)

■今回の『空中キャバレー』もまた、音楽はすべて「ナマ演奏」。しかも、音楽監督があの世界的アコーディオン奏者「coba」さんなのだ。以下は当日のツイートから。

開演の初っ端は、世界的アコーディオン奏者COBA氏が、ピアソラの「リベルタンゴ」を熱演。しかも、ぼくらから1mも離れていない場所で演奏してくれたよ。そうだなぁ見終わった全体のイメージとしては「スズキコージ」の絵本の実写版か。スリル、笑い、感動。めくるめく体感。こんなの初めて。

続き)一番感動したのは、第二部になって後ろの幕が上がった時だ。なんと!観客の僕らが実はステージ上にいて、大ホールの真っ赤な客席を見上げていた。あぁ、役者さんは毎回「この眺め」を味わっていたのか。そりゃぁ、辞められないよな。

続き)フランス語で「元気?」は、サヴァ?「サバだサバサバだ、サバサバだ。サバだサバサバだ、サバサバだ。サバだ、だーだぁー、サバだだぁー」これを、フランス映画『男と女』の曲(フランシス・レイ作曲)の節にのせて歌うと? 一匹の雌鯖に群がる幾多の雄鯖。このエチュードは以前にもあったの?

『空中キャバレー』の画期的なことは、客席とステージの区別がないことだ。観客は役者さんたちと同じ舞台上にいて、観客の間をぬうように役者さんが動き、その役者さんが近くの観客の手を取ったかと思うと、次の瞬間にはいっしょに踊っていたりするのだ。これほど至近距離で役者さんを見た記憶は、ぼくにはない。

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(写真をクリックすると、もう少し大きくなります)

■自由劇場からの役者さん、片岡正二郎・内田伸一郎・小西康久の3人。バチカン・ブラザーズ。今回は「サボテン・ブラザーズ」を演じて、マリアッチをナマ演奏で奏でてくれた。いっしょに登場したのは、松本出身で、初回公演からずっと出演している秋本奈緒美さんだ。前回までは「西部劇」の設定で、スザンナ役で彼女は登場したのだが、今回は「宇宙の果て」の話。(以下、ツイートのつづき)

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続き)あと好きなのは「サボテン・ブラザーズ」。おならの推進力で宇宙に飛び出すってのは、『怪傑ゾロリ』じゃん。でも、ゾロリが凄いのは、おならの力で地球滅亡を救ったこと。分かる人にだけ分かればいい話。

続き)串田和美さんと大森博史さんの二人が、核戦争後の放射能汚染で誰も居なくなった地球上に立ち、ウラディミールとエストラゴンみたいな会話を交わしている時に突如登場するのは「ゴドー」ではなくて、高田聖子演じる笠置シズ子だ。おばはんパワー凄すぎるぞ。ふと北村想の『寿歌』を思い出したよ。

続き)ただ、家族連れで訪れた人たちが多かった日曜日マチネ回では、幼少の子供たちには「退屈で長すぎる」スケッチだったようにも感じた。実際、当日この場面で飽き飽きしてしまった子供たちが奇声を上げてたし、バックヤードを走り回っていたよ。

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■お芝居は、サーカスや大道芸、歌やダンスの合間にショートコントのように挟まれている。

・ブランコ乗りの少女に恋してしまった兵隊のはなし「チョコレートあげるよ!」

・鼻にとまった蝶々を3拍子で踊りながら逃がさずにいる男たちのエチュード。なんと! そしたら、鼻の頭をクワガタに挟まれた男(吉野圭吾)が登場だ。

・「千拍子のうた」ヘイ!ヘイ!ヘイ!

・第一部のラストは「怪力男オクタゴン」の歌。好きで一緒になった花売り女。結婚式のその日に、オクタゴンは彼女を抱きしめた。しかし、怪力男の哀しさ。花嫁はあまりの圧迫で死んでしまう。「人にはそれぞれ才能がある。その才能は放棄できない!」って、片岡正二郎さんが歌のサビで熱唱するのだが、聴いているその時は「そうだ、そうだ!」って凄く気分が高揚してきたんだけれど、この曲の歌詞をしみじみ聴くと、ちょっと何とも言えず辛い気分になってしまったよ。

・片岡正二郎さん等「バチカン・ブラザーズ(撥管兄弟)」の「この歌」は、じつはApple Music に登録されていて、いつでも聴くことができるのだよ。ただ、あの時歌ってくれた「ヘーデルワイス」と「サボテン海へ行く」は収録されていなかったな。

・歌では、第二部でまずは秋本奈緒美さんが「It’s Only A Paper Moon」を歌った。さすがジャズ歌手でデビューしただけのことはある歌唱力。観客で座っている小さな女の子の手を取って立たせ、彼女をクルクルと回しながら歌ってくれた。続いて吉野圭吾さんが「アムステルダム」を歌った。こちらも流石のミューカル俳優。聴かせたなぁ。

おなじく、今回のゲスト高田聖子さんは、笠置シズ子の「買い物ブギ」を熱唱したよ。

それから、あの「サバ」のコント。これは笑ったなぁ。

■今回の公演の重要パートを担うのが、フランスから来たジュロさん率いる「サーカス・チーム」だ。ジョアネスのジャグリング、ジェームス・ヨギの自転車曲芸。茉莉花さんの「上海雑伎団」真っ青の軟体動物的人体の驚異。金井ケイスケ氏の軽業とダンシング。

マットさんの「綱渡り」を観ていて、あの、ニューヨーク貿易センタービルのツイン・タワー最上階に綱を張って「綱渡り」した絵本を思い出したよ。

そうして、ジュロさんのフラフープのスリル溢れる妙技。ジュロさん、命綱付けていないんじゃない?

タルザナとアメリーの「綱芸」も凄かったけれど、やっぱりラストの空中ブランコにすべてを持って行かれた。そのブランコ乗りアメリーの演技はほんと凄かった。

ぼくが体感したイメージを、最も端的に表現してくれているのが、nono さんのツイート「スケッチ・ブック」だ。

それから、7月30日(日)の「こぐれみわぞう」さんの「千穐楽」連続ツイートが楽しい。キャストのみなさんのバックヤードでの写真が多数あり。

■今回の『空中キャバレー』ではなくて、2年前の時の感想では、「休むに似たり」さんの感想が、場内の雰囲気をよく表していて優れていると思った。

今年の感想では、「松本ジャグリングクラブ」と、「夢ならいつまでも二人きりなのに」さんが素晴らしい。

■先達て亡くなった扇田昭彦氏の観劇録『こんな舞台を観てきた』を読むと、2013年の『空中キャバレー』評が載っている(299ページ)。

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(前略)『空中キャバレー』は普通の演劇でもミュージカルでもない。サーカス、大道芸、演劇、音楽、ダンスなどを混ぜ合わせ、娯楽色豊で、だれもが楽しめるショーを目指している。それは19世紀末にフランスで生まれ、20世紀前半にヨーロッパ各地で流行した「キャバレー文化」の新しい形を探る試みでもある。

 約380人の観客は普通の劇場の入口からではなく、大道具などを運び込む搬入口から場内に案内された。上演が行われる特設会場は、ミュージシャンが演奏する小さな移動式舞台以外は何もない広場のような空間だった。

面白いのは、ここには舞台と客席の境目がないことで、観客は立ったり、床に座ったり、手をつないで踊るなど、自由に動きながら演技を見守る。

 cobaがアコーディオンで奏でるサーカス風の曲と、タップダンス(RON×II)とアコーディオンの競演で始まった舞台は、まさに心浮き立つ楽しさだった。(中略)

 アクロバット、エアリエル、ジャグリングなど、串田がパリでオーディションをして招聘したというサーカスのアーティストたちの演技も楽しめた。特にベテランのジュロが、不安定に揺れ動く高いポールの上で、フラフープを使って見せた離れ業はとてもスリリングだった。

 演出の串田和美は物語の語り手を務めると同時に、ルンペン役なども軽妙に演じて活躍し、じつに楽しげだった。

 その姿を見ながら、『空中キャバレー』は『上海バンスキング』『スカパン』『クスコ』などと並ぶ、演出家・串田和美の代表作だと思えてきた。

 初期の音楽劇『もっと泣いてよ、フラッパー』(1977年初演)や、1989年にシアターコクーンで始まった『ティンゲルタンゲル』シリーズなど、串田の演出にはもともと祝祭的な娯楽性、サーカス芸、道化的な笑いを重視する傾向が見られる。とくに『空中キャバレー』では、舞台と客席の区別をなくし、観客を演技者と同じ空間に包み込む大胆な設定に踏み込んだ。つまり、これは串田流の実験劇なのだ。

一部の知的エリートのための実験劇ではなく、子どもも楽しめる敷居の低い実験劇である。地方の公共劇場で生まれた画期的なレパートリーだ。

 舞台を観ながら同時に感じたのは、串田演出らしい強い手作り感と等身大感覚だった。同じサーカス芸でも、シルク・ド・ソレイユのような精密な完璧主義ではなく、どこかユーモラスなすきまがあるような芸がここにはある。

 心に残る光景がある。乳幼児を抱いた若い母親が数人、立ったまま、何とも楽しげにパフォーマンスに見入っていた姿である。なかには途中で泣き出す赤ん坊もいたが、それもこのにぎやかな空間ではほとんど気にならなかった。だれをも受け入れる、大きな祭りのような劇場空間が成立していたのだ。

『こんな舞台を観てきた』扇田昭彦(河出書房新社)より

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2017年2月15日 (水)

舞台『陥没』シアターコクーン

■2月11日(土)に、東京で大学の同窓会があったので、久々に上京した。今まで4回開催されているという、我々4回生の同窓会に今回初めて僕も出席した。大学入学から40年が過ぎた。みな、58〜60歳(加藤さん、江原さんはもっと上だが)になる。懐かしい顔が50人以上そろった。みんな変わらないなぁ。

当時、谷田部町春日3丁目にあった木造2階建てアパート(家賃12,000円)「学都里荘(かとり荘)」の201号室に僕は住んでいたのだが、あの時の同じアパートの住人が、102号室の佐久間君以外全員顔をそろえたのは驚いたし、ほんと嬉しかった。その「学都里荘」も、ずいぶん前に取り壊されて今は存在しないのだそうだ。

楽しい時間を過ごさせていただき、幹事さん、本当にありがとうございました。

■いささか飲み過ぎで、二日酔の翌日曜日。せっかくなので午前中に上野へ出て、国立科学博物館で「ラスコー展」を見る。期待が大きすぎたのか、正直イマイチだったな。

午後は渋谷へ移動して、東急文化村「シアターコクーン」でお芝居を観る。ケラリーノ・サンドロヴィッチ作・演出『陥没』だ。当初同窓会は欠席するつもりでいたのだが、今年に入って急きょ出席を決めたので、このお芝居のチケットは取っておらず、仕方なく「立ち見」での観劇となった。

中2階、舞台上手側の横に並ぶ前から2番目のドアの4席並ぶ一番前の席の後ろに立つ。

舞台上手の端にあるカウンターとテレビは見えない位置だ。しかも、15分間の休憩を入れて3時間半の上演時間。二日酔に寝不足の体調不良に加えて立ちっぱなしなワケで、かなりキビシイ観劇条件だったのだけれど、いやぁ、面白かったなあ。笑ったなあ。さすが絶好調のケラさん。優れた役者さんを集めて見事な群像喜劇を完璧に仕上げてくれたのだった。『グッドバイ』といい『キネマと恋人』といい、ケラさんて、天才なんじゃないか。

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(写真をクリックすると、もう少し大きくなります)

以下は、ツイートより。一部改変。

シアターコクーンで『陥没』ケラリーノ・サンドロヴィッチ作・演出を観てきた。立ち見で足疲れたけど面白かったなぁ。『グッドバイ』に続いての小池栄子。『キネマと恋人』直後の緒川たまき。『消失』以来の犬山イヌ子。まずは女優陣が圧倒的に素晴らしい。それから松岡茉優の初々しさ、高橋惠子の貫禄。

続き)もちろん男優陣もみな熱演だ。NHK朝ドラ『あさが来た』で知った山内圭哉、瀬戸康史。山内さんは NHKBSドラマ『奇跡の人』のイメージ。基本いい人なんだよ。瀬戸さんの弟役は『消失』みのすけ氏と同じ、知能は足りないけれど無垢でイノセントなトリックスター。彼が舞台に登場すると、劇場内の空気が変わる。凄い存在感だ。このお芝居では、彼がキーだと思った。

続き)ネタバレ注意! 小池栄子の父親役の山崎一。開幕早々に死んでしまうので驚いた。京大卒の山西惇さんは「ハンバートハンバート」好き。井上芳雄さんは、松本で観た『ひょっこりひょうたん島』よりぜんぜん良かった。そして生瀬勝久。舞台では初めて観た。凄いな。『べっぴんさん』とぜんぜん違うじゃん。

続き)緒川たまき。彼女は最高のコメディエンヌとして、もっともっと認識されていいんじゃないか。先だってNHKBS地域発ドラマ(山口編)を見た時にもそう思ったぞ。

■シアターコクーンの舞台『陥没』のポスター。真ん中に描かれた女性のイラストは小池栄子に間違いない。じゃあ、右上から彼女を見下ろす男性は? 井上芳雄ではないな。山崎一だろう。

では、お芝居のタイトル『陥没』の意味はなにか? それは、オリンピックを3年後に控えた1961年の東京。行け行けどんどんの高度経済成長の波に上手く乗った人たちの陰で、変に「ためらい」が邪魔をして沈んでしまっている舞台の登場人物たち。

そして、同じく東京オリンピックを3年後に控えているのに、まったく明るい未来を想像できないで、むしろディストピアが眼前に迫っている「いま」を生きる僕ら自身の「へこんだ」思いではないのか。

だからこそ、ケラさんは主人公にあえて「夢」を語らせるのではないか。僕らは彼らの夢破れた現実を生きている。その陥没感が逆に56年前の「彼らの希望」を浮き上がらせる。いい時代だったのだ。

続き)それはつまり、明日はやって来ないかも知れないという、ほとんど、どうしようもない絶望感を抱えて生きるしかない「いま」のわれわれに、もしかして、それでも「明日はあるのかもしれない」と観劇後に確信させる不思議な力が、このお芝居には確かにあると思ったんだ。

■終演後、夕暮れの家路を急ぐ観客たち(ケラさんのことなんて全く知らない、井上芳雄ファンのおばさん達に違いないぞ)の会話が聞こえてくる。「楽しかったね!」「面白かったね!」って、みなニコニコの笑顔だ。幸せなお芝居だな。まだまだ上演は続きます。当日券も立ち見券もあるみたいなので、お芝居好きの方はぜひ、劇場シアターコクーンへ足をはこんでみて下さい。

2016年12月25日 (日)

今月のこの一曲。『チーク・トゥ・チーク』

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■先達て(12月11日)に観た、ケラリーノ・サンドロヴィッチ作・演出『キネマと恋人』に、いまだに囚われている。ほんと、よかったなぁ。観劇中の3時間が夢のようだった。

それにしても「贅沢なお芝居」だ。東京では、客席数が218席しかない「世田谷パブリックシアター」の「シアター・トラム」で上演され、ぼくが観た松本公演も、大劇場ではなくて収容人数300人の「実験劇場」のほうで上演された。

出演する役者さんが、妻夫木聡・緒川たまき・ともさかりえ・橋本惇(NHK朝ドラの名作『ちりとてちん』に出演していた、貫地谷しほりの弟役の彼じゃないか!)・三上市朗・佐藤誓・村岡希美・廣川三憲・尾方宣久+ダンサー5人という布陣の豪華メンバーであれば、東京なら「シアター・コクーン」とか三軒茶屋でも、三谷幸喜のお芝居『エノケソ一代記』と集客上でもタイマン勝負を張ることができる人気なのに、あえてケラさんは「小劇場」を選んだ。

昨年の「KERA MAP」で企画された『グッドバイ』も傑作だった。僕はまつもと市民芸術館「大ホール」で観た。ただ、チケットを取るのが遅れたために、1階最後列での観劇だった。だから、折角の小池栄子の熱演も彼女の表情がよく見えなかったのがホント残念だった。双眼鏡を持ってけばよかったな。

今回なぜ、作演出のケラさんが「小さなハコ」にこだわったのか? それは、観客全員に役者の微妙な表情を見逃さないで欲しいと思ったからに違いない。

と言うのも、今回のお芝居の元になっているのが、ケラさんが大好きだと以前から公言していた、ウディ・アレンの映画『カイロの紫のバラ』だからだ。ケラさんが大好きな「奥さま」である緒川たまきさんを主演に芝居を作るとしたら、当時ウディ・アレンの愛人であった、ミア・ファローをヒロインにして作られた傑作映画『カイロの紫のバラ』を選ぶしかあるまい。

女優:緒川たまきには、独特の雰囲気がある。彼女の舞台は、松本で『グッドバイ』の他にも、清水邦夫の『狂人なおもて往生をとぐ』を観た。ひとことで言えば「レトロ」な女優だ。竹久夢二が描く帽子を被った上品な洋風美人の感じ。そう、モボモガが帝都東京の銀座を闊歩していた1920年代末の典型的な美人。


YouTube: Cheek to Cheek - The Purple Rose of Cairo (1985)


で、ほとんど「ネタバレ」になってしまうのだけれど、映画『カイロの紫のバラ』のラスト・シーンが「これ」です。ミア・ファローの微妙な表情の変化を、おわかり頂けましたでしょうか?

ミア・ファロー役を緒川たまき主演で、まして映画ではなく「お芝居」でやるには、このラストシーンを舞台上でどう見せるかが勝負になる。だからケラさんは「小劇場」での上演にこだわったに違いない。

また、映画の翻案なので場面転換が早くて多い。これを舞台上でどう表現するのか? それから、スクリーンの中から登場人物で飛び出してきたり、映画の中の人と舞台上の役者が、あうんの呼吸で会話したり、さらには、妻夫木君が2人同時に舞台上に登場して語り合う場面も必要だ。

プロジェクション・マッピングの有効利用には長けているケラさんではあるが、技術的にもかなりの高度なワザが要求された舞台であったはずだ。そして、それらが「完璧」にこなされていたのだから驚いた。

12月11日
『キネマと恋人』まつもと市民芸術館の夜公演から帰って来て、なんだかずっと「しあわせ」な気分に浸っている。ほんとよかったなぁ。また月曜日からの1週間。がんばってやってゆく元気をもらった。ありがとう。凄いな、お芝居って。

続き)ただ、ときどき妻夫木くんが「ますだおかだ」の岡田圭右にかぶって見えてしまった。ゴメンチャイ。あと、緒川たまきさんのウクレレ上手かった。あの『私の青空』の歌のシーンには泣けた。

『キネマと恋人』の余韻に浸っている。購入したパンフを読みながら。このパンフ、もの凄く充実している。ケラさんへのロングインタビューは必読だ!

ちなみに、ミア・ファロー主演でぼくが大好きな別の映画がある。『フォロー・ミー』だ。イギリスの大監督キャロル・リードが、小予算の片手間企画で撮ったに違いないこの小品。ぼくは、TBSラジオの深夜放送「林美雄のパックイン・ミュージック」で教えてもらって、たしか、テレビの吹き替え版で見た。ジョン・バリーのテーマ・ミュージックが切なくてね、絶品なんだよ。


YouTube: アステアの歌7「cheek to cheek」

■1930年代が舞台の『カイロの紫のバラ』にも登場する、フレッド・アステア & ジンジャー・ロジャースの『トップ・ハット』(1935)。アステアが歌うのが『チーク・トゥ・チーク』だ。

Heaven. I'm in Heaven

And my heart beats so that I can hardly speak

And I seem to find the happiness I seek

When we're out together dancing cheek to cheek

作曲はアーヴィング・バーリン。『キネマと恋人』でも、当然のごとくテーマ音楽として使われ、アレンジを変えて何度も流れた。それから、劇の後半に緒川たまきがウクレレの生伴奏をして、妻夫木聡が「私の青空」を歌うシーンがあった。ここはよかったなぁ。たまきさん、ウクレレ上手い!

■お芝居の劇評は、元六号通り診療所所長の石原先生のブログ、と「しのぶの演劇レビュー」が詳しいです。


YouTube: Lady Gaga Cheek to cheek Live 2015

■「チーク・トゥ・チーク」といえば、レディー・ガガ & トニー・ベネットだ。男性ジャズ・ヴォーカル界のレジェンドであるトニー・ベネットの最新作の2曲目で披露されているのが「この曲」。

二人の共演は、実はこのCDが初めてではない。トニー・ベネットのひとつ前の作『デュエッツ Ⅱ 』の1曲目に収録されているのが、レディー・ガガとのデュエット曲「The Lady is a Tramp」。このCDも買ったけど、とにかくレディー・ガガの歌が上手いのにホント驚いた。奇抜な衣装で歌うゲテモノ歌手だと思っていたのだが、とんでもない。

なんなんだ、このスウィング感。エラ・フィッツジェラルドまっ青の、強烈なグルーブ。恐れ入りました。ところで、この曲の「トランプ」の意味って、あまりいい感じじゃぁないぞ。「その淑女は、じつはとんでもないアバズレ女」みたいな感じか。


YouTube: Tony Bennett, Lady Gaga - The Lady is a Tramp (from Duets II: The Great Performances)



 



2016年7月25日 (月)

木ノ下歌舞伎『勧進帳』(その4)これでおしまい。

■木ノ下歌舞伎は本当に面白かった。ぜひ、別の演目でもう一度観てみたい! そう思った。それから「ホンモノ」の歌舞伎の『勧進帳』を是非観たい、そう思った。たぶん、ちゃんと理解できるような気がしたから。個人的に思い入れが強い「富樫左衛門」がどう描かれているか確かめてみたいから。それに、木ノ下歌舞伎では省略された「弁慶の飛び六方」を見てみたいし。

松本で初めて見た木ノ下歌舞伎。すごい。凄すぎる。向正面砂かぶり席での観劇。感激した。スタイリッシュでスピード感にあふれ、ラップの歌にダンスもあって、でも確かに歌舞伎の『勧進帳』なんだ。随所で笑わされ、汗ビッショリのリー5世さん演じる弁慶には泣かされた。若い人たちのパワーに感嘆だ

先週の土曜日に松本で観た木ノ下歌舞伎『勧進帳』に、いまだ捕らわれている。義経が弁慶に手を差し伸べる場面。指先が何とも、凛として美しかったなぁ。それから宴会場面。「皆さん楽しそうですね」という時の富樫左衛門の表情。昨日の「今日のダーリン」を読んでいて、ふと判った。そうか「あはれ」か。

■『ほぼ日刊イトイ新聞』のコンテンツの中で、何故か「今日のダーリン」だけはアーカイヴスがサイトにない。日々消えてゆくことを目的としたコンテンツだったのだ。

だから、7月18日の「今日のダーリン」を『ほぼ日』のサイトで今現在読むことはできない。仕方がないので、当日の「今日のダーリン」をここに転載して、勧進帳を観た感想の「まとめ」とさせていただきます。

昨日、海のことについてちょっと書いた。
 いちばん最後のところに、しみじみ思って書いたのは、
 「海って、あのさみしさが怖いんだよなぁ」だった。

 しばらく経ってから、これは海だけでもないなと思った。
 いろんなものごとには、さみしさが隠れている。
 そして、そのさみしさというやつのことを、
 ぼくは嫌がっているのではなくて、おそらく、
 そこに浸ってじわぁっと快感を感じているのだ。
 
 なつかしいものや、あたたかいものについても、
 これは言えるような気がしてきた。
 ずっと昔に聴いた歌やら、人にやさしくされたこと、
 多くの人が好きだろうとは思うけれど、
 それは、どうも、なつかしさやあたたかさ
 そのものを求めているのではなくて、
 その奥に隠れている、
 いちばん根源的なさみしさを探しているのだ。
 
 ぼくらは、人の味覚がさまざま食べものの奥に、
 「甘み」を探しているように、
 あらゆる好きなもの、好きなことのなかに、
 「さみしさ」を発見しては、
 それに浸かってじわぁっとしている。
 これが、快感というものなのかもしれない。
 
 「さみしさ」が、いちばんの価値なのではないか。
 こう言うとずいぶん被虐的に聞こえるかもしれないが、
 うれしいだとか、よろこんでるだとか、たのしいだとか、
 みんな、そのことそのままの状態では続かないよ。
 かならず、「さみしさ」の影とともにあるものだ。

 この「さみしさ」というのが、
 すべての生きものの生きる動機であるような気さえする。
 脳細胞のさきっぽのシナプスが、
 もうひとつのシナプスに向かって「手」を伸ばす。
 そういう動画映像を見せてもらったことがあるのだが、
 あのたがいに伸びる手と手というのは、
 「さみしさ」がつなげているのではないだろうか。
 それを「あはれ」と言ってもいいんだけれど。

今日も、「ほぼ日」に来てくれてありがとうございます。
夏は、たくさんの人が「花火」のさみしさに会いに行くね。

(ほぼ日刊イトイ新聞「今日のダーリン」2016年7月18日 より)

■ところで、ウィキペディアによると「富樫左衛門」のモデルとなった「富樫泰家」は、頼朝から加賀国の守護に任命されていたのだが、義経・弁慶一行を本人と知りつつ通してしまった時に、たぶん彼はその責任を問われ頼朝から切腹を命じられるに違いないと思っていたはずだ。

ところが頼朝は、富樫泰家の加賀守護の職を剥奪しただけで、殺しはしなかった。彼は後に仏門に入り、奥州平泉を訪れ義経と再会を果たしたという。なんか、後日談としては出来すぎなんじゃないか? ホントかなぁ。 

2016年7月23日 (土)

木ノ下歌舞伎『勧進帳』(その3)

■木ノ下歌舞伎は、この7月に31歳になったばかりの木ノ下裕一氏が、まだ京都造形芸術大学の学生だった10年前に立ち上げ、今年で10周年を迎えた。木ノ下氏は、大学博士課程で、武智鉄二の歌舞伎論で 2016年に博士号を取得した、若いのに凄い学究肌の歌舞伎研究者でもある。


YouTube: KYOTO EXPERIMENT 2013 - Kinoshita-Kabuki

今回の『勧進帳』パンフレットに記された、木ノ下裕一氏の「ごあいさつ」の文章が素晴らしので、全文転載させていただきます。

松本のみなさん、はじめまして。木ノ下歌舞伎と申します。私たちは、様々な演出家とタッグを組んで歌舞伎の演目を”現代劇”に作り直している団体です。今回、お目に掛けます『勧進帳』は、2010年に初演した作品で、このたび2度目の上演となします。初演から再演の6年間で、世の中は大きく変わりました。

それにともない作品も大きく刷新されたことは、演出の杉原邦生さんが文章で述べられている通りです。杉原さんとは、これまでに9作品を一緒に作ってきました。いわば”木ノ下歌舞伎、最多登場演出家”です。彼はとにかく<果敢な探求者>です。作品ごとに実験を繰り返し、古典を現代化するとはどういうことなのか、その楽しさと難しさの”深み”にどんどん入り込んでいきます。彼に誘われるようにして、私はいくつもの<新しい風景>を見てきました。今回の『勧進帳』も、まぎれもなく新しい景色、木ノ下歌舞伎の<最新形>です。

そのような作品を松本で上演できることを、本当にうれしく思っています。思えば14年前、当時高校生だった私は、串田さんたちが創った歌舞伎を初めて見て、衝撃を受けました。”古典”がこんなにも溌剌と現代に息づき、エネルギーを発散することができるなんて……将来自分もこんな作品をつくってみたい! と強く志したのもその時のことでした。

ですから、私の<原点>である串田さんたちの歌舞伎と、私たちの<最新形>であるこの作品が、こういうカタチでご一緒できるなんて、感慨無量です。

「古典ってこんなにも現代人の胸を抉(えぐ)るんだ」「古典って堅苦しいものなんかじゃなくて、すごくフリーダムで、たくさんの可能性を秘めているものなんだ」ということを感じ取っていただけたら、本望です。本日はご来場いただきまして誠にありがとうございます!               木ノ下裕一

■そうだ、木ノ下歌舞伎こそ『越境する舞台』であるな。それは、伝統芸能としての歌舞伎を軽々しくも自由に越境し、さらには1000年も前の平安時代末期の話を時空を飛び越えて、いま現代の物語として観ている観客たちの心の奥底に響き沈殿させるパワーを持っている。

「越境する」ということでは、今回の舞台の初日、2日目は、大ホールの方で上演されていた、コクーン歌舞伎『四谷怪談』は昼公演のみだったので、7月15日の夜には出演している歌舞伎役者さんたちや、現代演劇の役者さんたち、それに歌舞伎舞台関係者たちが、こぞって「木ノ下歌舞伎」を観に来ていたという。もちろん、中村勘九郎、七之助、獅童の三人、それに串田和美さんもね。これこそ、伝統芸能と現代演劇とが「越境」した瞬間なのではないか? 『勧進帳』出演者たちの気持ちを想像しただけで、なんだか身震いするぞ。

また、観に来た観客にとっても「越境」は必要であった。今回の『勧進帳』の公演は、東京での上演はないのだ。だから、芝居好きで「木ノ下歌舞伎」に注目する都内在住の人々は、新宿から「あずさ」に乗って、もしくは中央道を車で飛ばして3時間もかけて、東京都→山梨県→長野県と「越境」して松本までわざわざ来る必要があったのだ。

■そもそも、中村勘三郎と串田和美が始めた「コクーン歌舞伎」自体が、伝統芸能の上に胡座をかいて形式化・マンネリ化してしまった歌舞伎界を「越境」した試みであった。

先達て入手した『勘三郎伝説』関容子(文藝春秋)を読むと、227ページにこう書いてある。

 串田和美さんに出会って親交を結んだことは、中村屋にとって本当によかったと思う。演出家としての串田さんの詩的な表現に感激して、うっとりと語るのを何度か聞いた。

「この間、監督がね『三五大切』の三五郎はイタリア人で、源五兵衛はロシア人で演じてほしいって。これってすごくわかるよね。三五郎は、女好きでそそっかしくて軽いところがある。源五兵衛は陰気で得体が知れなくて重っ苦しい。」(中略)

 歌舞伎には新作を除いて演出家は存在しない。その演目の主役(座頭役者)が演出を兼ねるので、余程でない限り脇役が注文をつけられることはないに等しい。

 歌舞伎は個人芸を持ち寄って成り立つ物が多いので、あれだけの短期間の総合稽古で初日の幕が開くわけで、だから舞台稽古でも一人舞台のところは客席では誰も見ていない、ということもあり得る。

■ところで、主宰者の木ノ下裕一氏自体が「越境」してしまった人なのではないか? と感じているのだ。ネット上には木ノ下氏のインタビュー記事がいっぱい載っているが、読むとどれもみな、ほんと面白い。

特に、<これ>

読んで驚くのは、彼が小学生だった頃に「上方落語」にはまって、学校で休み時間にクラスで落語を披露していたところ「ぼくにも落語を教えて!」と弟子入り志願者のクラスメイトが殺到し、一時は10数人の弟子を抱えていたというのだ。小学生の分際で。たまげたな。

彼は、小学校を卒業したらプロの落語家になるべく、桂米朝一門の中でも特に大好きだった「桂吉朝」に弟子入りしようと本気で考えていたのだそうだ。

木ノ下:「桂吉朝師匠のところに行くつもりでした。当時はほぼ追っかけでしたから(笑)。実は大学に入ってからも迷っていて、何度か本気で噺家になろうかと考えました。しかし桂吉朝さんのお弟子さんで、ほぼ同世代の桂吉坊さんという方がおられることを知り、何だか勝手に自分の分身のような気がして「落語界は吉坊さんに任せた!!」と思い未練が切れました。

これを読んで「あっ!」と思ったのだ。そうか、桂吉坊か! と。木ノ下裕一氏のインタビュー動画を YouTUbe で見てみると、どうしても男性に見えない。「桂吉坊」と同じく、中性的な雰囲気が濃厚なのだった。本当のところは、どうなのだろうか?

2016年7月20日 (水)

木ノ下歌舞伎『勧進帳』(その2)

■「越境する物語」とは、どういうことか?

もちろん、国境(くにざかい)を越えるということが第一義。しかし、弁慶にとっては義経との「主従の関係」を逆転してしまうことであり、義経自身は「もはやこれまで」と死を覚悟したこの関所で「生死の境」を越えたということ。また、富樫左衛門は自らに課せられた任務を放棄して「その一線を越えてしまう」ことに相当する。

斯様に重層的意味合いが込められている訳だが、木ノ下歌舞伎ではさらに「ミルフィーユ」の如く、パイ生地とクリームが重層的に積み重ねられているのだった。

だって、弁慶役のリー5世は、20年近く日本に住むアメリカ人で、役者さんではなく吉本興行所属のお笑い芸人だよ。しかも、セリフは関西弁だ。でも、勧進帳を読み上げる場面や、畳みかけるような緊張感あふれる富樫左衛門との「山伏問答」の場面など、よどみなく流れるようにすらすらとセリフが出てきて、聴いていてとても気持ちが良かったな。あと、義経に小さな声で「ゴメンナサイ」というところ。泣けたよ。

なんでも、初演時の弁慶役だったアメリカ人は帰国してしまって『勧進帳』を再演したくてもできなくて困っていたら、演出の杉原邦生氏がたまたま NHK朝ドラ『マッサン』を見ていて、英語教師役で出ていた「リー5世」を見て、「あ、弁慶見つけた!」となったのだそうだ。面白いなあ。

■それから、初演時の義経役は、女優の清水久美子さんが、幅広の麦わら帽子を被って演じていたという。今回は出演者全員の衣装は「黒」だ。そう、映画『オール・ユー・ニード・イズ・キル』の、トム・クルーズの感じ。でも、あんなにガンダム的ハードでメカニカルではないが真っ黒な戦闘服。少なくとも、山伏や強力の衣装ではなかった。

今回「義経役」を演じたのは、ニュー・ハーフの女優、高山のえみさんだ。ぼくは初めて見る女優さんで、その凜とした佇まいにビックリしてしまった。しかも、舞台が終わって「パンフレット」を読むまで、彼女が「もと男」であるという事実に、まったく気がつかなかったのだ。

とにかく、彼女の所作が美しい。スローモーションの「すり足」で登場する場面は、太田省吾の『水の駅』を彷彿とさせられたし、大きな体をめちゃくちゃ小さくして「ゴメンナサイ」する弁慶に「差し伸べる手」の指先が得も言われぬ色気と妖気と哀愁にあふれていて、ため息がでてしまった。ほんと、すばらしかった。

■岡野康弘、亀島一徳、重岡漠、大柿友哉の4人は、最初、富樫左衛門の番卒として登場したかと思ったら、義経・弁慶一行が下手から登場すると、瞬時に「一行側」の四天王役に早変わりする。これが場面毎に目まぐるしく入れ替わって、とにかく退屈しない。

生死を賭けた弁慶と富樫との、ぴーんと張り詰めた緊張の糸を、彼ら4人がいい感じで緩めてくれ(桂枝雀がいう「緊張の緩和」ですね)場内に笑いがあふれる。また、彼らは「口三味線」「口鼓」をアカペラで伴奏しながら長唄を歌い出したかと思ったら、いつしか曲はヒップホップ調となり、4人が交代でラップを始めるのだった。たまげたな。

場面転換で流れるクラブ・ミュージックの「ずんずん」お腹の底に響いてくる、モノトーンの高速ビートもカッコよかったなぁ。それから驚いたのは、ラスト近くで皆が踊り狂う場面。音楽がいつしか「ディズニーランド」の音楽になっていたぞ!

■リー5世演じる弁慶も、高山のえみ演じる義経も、キャスティングされた時点で「異形」であることが確約されていた。じゃぁ、富樫左衛門を演じる坂口涼太郎はどうか?

最初のシーン。登場するなり小さな椅子の上に体育坐りし、不敵な薄笑いを浮かべてじっと正面を見据える富樫。おぉ、充分すぎるほど不気味で、妖怪みたいで、まさしく彼も「異形」であった。

木ノ下歌舞伎のサイト「こちら」から、坂口涼太郎くんのインタビュー記事を読んでみると、興味深い発言があった。以下の部分だ。

坂口:「今回演じる<富樫>という人物について、まず完コピで掴んだことは、他者に絶望していて、周りに希望を持っていない、すごく生きづらい人なんだということです。人間関係も、裏切られるのが当然だと思っている。仕事として関を守っているだけで、感情は一切ない。

 でも弁慶と義経一行との出会いによって初めて、富樫の心は揺らいだんだと思います。でも今、邦生さんの演出がついて、また変わってきています。他者に絶望しているというのは今も同じなんですけど、山伏の詮議も「頼朝様のために」という意識ではなく、ただ上司の命令だからやっている。関にやってくる人を自分より下にみていて、それで仕分けしているし、人が困っていることに快感さえ覚えている気がします。」

■まだまだ続く予定。

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