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2017年2月23日 (木)

浜田真理子の新譜『Town Girl Blue』がイイぞ!

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■ちょっと心配だったのは、浜田真理子さんが昨年から事務所を離れて、真理子さん自身がマネージメントするようになったと聞いたことだ。彼女の個人レーベル「美音堂」には、優秀なマネージャーさんがいて、いつも二人三脚で全国をライヴ活動に行脚し、スタジオ・レコーディングを行ってきたはずだ。それがどうして活動を辞めてしまったのだろうか? 仲違いしてしまったのか? それとも、マネージャーさんにのっぴきならない事情(例えば、親の介護とか)が生じて、仕事を辞めざろうえなかったとか……。

いやいや、事情はまったく分からない。「ここ」の、おしまいのあたりに少しだけ書かれてはいるが。

(まだまだ続く予定)


YouTube: 浜田真理子 『Town Girl Blue』 (全曲試聴)

■湯川れい子さんの弟子で、音楽評論家&お相撲評論家、コンビニのパート勤務体験手記(これが面白い!)の著者でもある、和田静香さんのツイート。

和田靜香#石ころ‏ @wadashizuka  2月16日

 ■その和田静香さん自身による「このCDの解説」より、以下抜粋。

真理子さんはレコーディング後にこう言っていた。

「久保田さんとやってイヤな思いなんて微塵もしなかった。すごく気を遣ってくださって、曲へのダメ出しも『もうちょっとこんな感じの曲ない?』って風に言う。ジェントルマンだわ。ああ、でも曲はいっぱい書いた! 普段書かないような曲も書いた。それは採用されてないけど(笑)。今回はドロドロした感情を沈殿させ、その上澄みのところを歌った感じかな。決して真水じゃないのよ。元は泥水でそれをろ過したもの」

久保田さんというのは、あの久保田麻琴さんのことだ。1970年代前半、あの細野晴臣にトロピカル・南国無国政音楽を伝授した「久保田麻琴と夕焼け楽団」の久保田さんが、今回彼女のレコーディングをプロデュースしたのだった。となると、真理子さんもトロピカルになるのか? いや、そうはならなかった。

和田静香さんの解説つづき。

驚いたのはインスト曲が2曲もあったこと。

「最初のアルバム『mariko』(2002年)の重要な魅力にピアノがあったんですよ。インストの比重があった。浜田さんは手が大きくないけど、ピアノに渋いヴォイシングと健気な響きがある。そこを意識して聴いてほしい」

久保田さんは『mariko』をとても愛してらして、真理子さんとも打ち合わせの最初の頃に「ああいう感じ」を今また違うアプローチでやろうというような話をしていたらしい。ああ、言われたみたら、『mariko』に入ってる「song never sung」なんて、ピアノが歌詞より多くを語っていたなぁと思い出す。あのピアノを聴くと、私が置いてきてしまった、無下にした、放り出した、色々大切なものが胃のあたりでモワモワと動き出してキュ~とした気持ちになるんだ。

ちなみに『mariko』を聴くと私は、真理子さんてクリスティン・ハーシュに共通するものあるなぁと思って真理子さんにそう言うと、
「いつもみんな自分の好きな誰かに私を似ているという。たぶん8割方はその人の言う誰かに似てて、それが私の親しみ易さになっているのかも。でも残り2割は似てないという自負がある。私にロールモデルはいない。アイデンティティーないのがアイデンティティー。浜田真理子という棚に置かれるのが私の音楽なの」

■長年連れ添ったマネージャーさんと離れたことが、結果的には正解だったのかもしれない。久保田麻琴さんは、彼女の原点回帰を見事に成し遂げてくれたのだった。実際、新作『Town Girl Blue』は、浜田真理子の伝説的デビューアルバム『mariko』に匹敵する(いや、いまの時代状況を考慮すれば、2cmくらい上を行っているんじゃないか。)傑作だと、ぼくは思ったぞ。

以下、ツイートより一部改変あり。

 

@shirokumakita
2月16日
浜田真理子さんの新譜が届いた。メチャクチャ音がいいぞ。インスト・ナンバーの『Yakumo』と、昭和歌謡調ボサノバ『愛で殺したい』が、まずはお気に入り。 pic.twitter.com/p3LeOQbYIn

@shirokumakita
3月5日
浜田真理子『Town Girl Blue』から、「明星」と「静寂(しじま)」を聴いている。このCDはホント音がいいな。また今年も、3月11日がやって来る。 「おまえは生きたか どれほど生きたのか ほんとに生きたか いのちぜんぶ生きたか」思わず背筋を伸ばして深呼吸し、襟を正さなければ、絶対に聴けない唄だ。

   
しかし、浜田真理子の『Town Girl Blue』の真価は、CDの後半にこそあるのだ。和歌山県那智勝浦に住む孤高のシンガー・ソングライター濵口祐自さんの「なにもない Love Song」から続くインスト・ナンバー「Yakumo」そうして、昔サーカスが歌っていた「愛で殺したい」。「好きなの ラヤヤ、ラヤヤ。ラヤヤ、ラヤヤ。 行かないで…」聴いててゾクゾクする。オリジナルよりずっとイイじゃないか!

続き)その後に続く曲が「Mate」。これがね、めちゃくちゃいい曲なんだよ。真理子さんのオリジナル。そしてラストに収録されているのが、あがた森魚『春の嵐の夜の手品師』のカヴァー。真理子さんはどうして、誰も知らないこんな素敵な歌を見つけて来るのだろうか?

■ツイートはしなかったが、このCDには「洋楽のカヴァー」が2曲入っている。「You don't know me」と「Since I fell for you」だ。この2曲、ジャズと言うよりは、アメリカ・ディープサウス(ミシシッピー・リヴァー河口のニューオーリンズ周辺)の、レイジーなブルースの感じがする。

正直言って、真理子さんは決定的にジャズのタイム感覚が欠落している。彼女の歌は決してスウィングしないのだ。ゴメンナサイ。でも、不思議なことにブルースを唱わすと「めちゃくちゃ黒いブルース」になるのだ。

気怠い日曜日の午後ひとり。何の予定もなくただ無為にすごす贅沢な時間を、彼女の新譜は間違いなく保証してくれている。


2017年2月 7日 (火)

ドクター・ジャズ(その2)

■ジャズ評論家ではなくて、現役医師でなおかつ、プロのジャズ・ミュージシャンという「二足のわらじ」を履く人もいる。

まず思い浮かぶのは、女性ジャズ・ヴォーカルのアン・サリーだ。旧姓は安佐里。卒業大学は不明だが(東京女子医大らしい)アメリカ・ニューオリンズに留学経験のある循環器内科の医師だ。

■「ジャズ 医者 二足のわらじ」で検索すると、結構引っかかる。これはツイッターで教えて頂いたのだが、綾野剛主演、星野源共演でドラマにもなった漫画『コウノドリ』の主人公、産婦人科医:鴻鳥サクラには、実在のモデルがいた! 香川医大卒で、大阪府りんくう総合医療センターで産婦人科医を務める荻田和秀先生だ。

■アメリカには、臨床医とジャズ・ミュージシャンの「二足のわらじ」はいるか? いる。

・Denny Zeitlin(デニー・ザイトリン)。プロのジャズ・ピアニストであり、精神科医。

・Eddie Henderson(エディー・ヘンダーソン)も、精神科医でジャズ・トランペッター。ぼくの大好きな『You've got to have freedom』で、華麗なトランペット・ソロを聴かせてくれている。


YouTube: Pharoah Sanders - You've Got To Have Freedom



2017年2月 5日 (日)

ドクター・ジャズ(その1)

■ジャズ好きの医者は多い。

持ち前の探究心が昂じて、玄人はだしの「ジャズ評論」を専門誌で展開した先生もいた。粟村政昭氏がまさにそうだ。粟村氏は、京都大学医学部卒。1933年生まれだから、ご存命であれば現在83歳。ただ、ネットを検索しても最近の消息は全く分からない。スクロールして行くと、2013年に亡くなったというツイートを見つけた。寂しいな。

「スイング・ジャーナル」で同じく古くからジャズレコード評を載せていたのが、牧芳雄氏だ。じつはペンネームで、本名は牧田清志。児童精神医学の専門医で、慶応大学医学部助教授だった。1974年に東海大学医学部精神科初代教授に就任。ジャズ評論では、ビッグ・バンドや女性ヴォーカルに造詣が深かった。彼のコレクション(3000枚以上のレコード収集)は現在、東海大学湘南校舎図書館に寄贈され保管されているそうだ。

■それから、1990年代に突如出現した気鋭の若手ジャズ評論家がいた。加藤総夫氏だ。『ジャズ最後の日』洋泉社 (1993/06)、『ジャズ・ストレート・アヘッド』講談社 (1993/07)の2冊の著書が出ているが、現在は絶版。当時ジャズから気持ちが離れてしまっていた僕は、これらの本を読んでいない。

それでも、納戸から『名演! Jazz Saxophone』(講談社)を出してきて見たら、207ページに彼が書いた文章を発見した。『アウト・オブ・ドルフィー(笑)』加藤総夫 だ。冒頭の部分を引用する。

まずは「笑う」ことからエリック。ドルフィーを聴きはじめることにしよう。その早すぎた死の重さに沈み込むのではなく、ドルフィーを聴いて不意に笑い出してしまうという経験をその入口として共有するために、たとえばオリバー・ネルソンの代表作『ブルースの真実』あたりから聴きはじめてみることにしよう。

曲は「ヤーニン」。冒頭、ビル・エバンスとしてはちょっと珍しい「ゴージャス」(笑) な2コーラスのソロが、いやが上にも「ジャジー」(笑) な雰囲気を高めたのち、きわめてネルソン的な、現代楽理によるブルース解釈ともいうべき4管のアンサンブルが、感動的にテーマを唱い上げる。

そしてその最終小節、ロイ・ヘインズの派手なスネア・ロールがズドドドーッとクレッシェンドする。さあ、アドリブ。ソロだ。その瞬間、我々の耳に凄じい速度をもって飛び込んでくるドルフィーのアルトの音に耳を傾けることからまずはまずは始めてみよう。

 さて、このような圧倒的な体験を、あるいは感覚を、いったい我々はどう受け止めたらいいのだろうか? このあまりにも突然の、あまりにもとんでもないソロへの導入を耳にしたあとでできることといったら、ただ茫然自失としてぽかんと口をあけたまま、形にならない「笑い」を浮かべることしかないのではあるまいか。(『名演! Jazz Saxophone』p207

吉田隆一/黒羊㌠ 吉田隆一/黒羊㌠
@hi_doi
12月18日
大学生のころに読んだこの本にはむちゃくちゃ影響うけたのですが、その中でも特にこの一節は印象的でした。著者の加藤総夫さんは現在、慈恵会医科大学教授(神経科学研究部)jikei.ac.jp/academic/cours…

つい最近、バリトン・サックス奏者の吉田隆一氏の「このツイート」を読んで驚いた。知らなかったな。加藤総夫氏は、慈恵医大の神経生理学教授だったのか!

検索してみたら、加藤総夫氏は慈恵医大卒ではなくて、東大薬学部卒だった。医者ではないけれど、薬学博士でかつ医学博士。1958年生まれだから、オイラと同い年じゃないか!

(まだ続く予定)

2017年1月 1日 (日)

あけましておめでとうございます。

 

本年もどうぞよろしくお願いいたします。

■最近は、ベストテンを挙げるほど本を読んでないのでお恥ずかしいのですが、気になった本を思い出して、並べてみました。

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昨年に読んだ本の「マイベストの3冊」は、

  1)『1☆9☆3☆7』辺見庸(週刊金曜日→河出書房新社)

  2)『ガケ書房の頃』山下賢二(夏葉社)

  3)『ルンタ』&『しんせかい』山下澄人(講談社、新潮社)

ですかね。山下澄人さんには、今度こそ芥川賞を取って欲しいぞ! それから『ガケ書房の頃』の書影がないのは、スミマセン伊那市立図書館で借りてきて読んだ本だからです。ごめんなさい、山下賢二さん。あと、『コドモノセカイ』岸本佐知子・編訳(河出書房新社)もよかった。やはり書影はないけれど、片山杜秀『見果てぬ日本:小松左京・司馬遼太郎・小津安二郎』(新潮社)が読みごたえあった。そういえば、近未来バーチャルSFハードボイルドミステリー『ドローンランド』(河出書房新社)も読んだな。


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・文庫&新書も挙げておきますかね。じつは『エドウィン・マルハウス』。まだ第一部までしか読んでなかった。ごめんなさい。決してブレることのない小田嶋さん。信頼してます。ただ、もう少し内田樹センセイや平川克美氏と距離を置いたほうがよいのではないかな。

小田嶋さんは、決して全共闘世代ではないワケだからさ。ぼくらと同じ「シラケ世代」でしょ。

あと、載せるのを忘れたけれど、『優生学と人間社会』(講談社現代新書)。

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■CDで一番よく聴いたのは、『Free Soul 2010s Ueban-Jam』ですかね。自分の車(CX-5)に搭載されているので、エンジンをかけると必ずかかるのだ。ドライブ中に聴くとめちゃくちゃいいぞ!

次は、ハンバートハンバートの『FOLK』かな。初めてライヴに行ったし、やっぱり好きだ。おっと、カマシ・ワシントンを載せるのをすっかり忘れてしまったぞ。あれだけよく聴いたのに。

そして、小坂忠。渋いゼ! 松任谷正隆のインタビュー本によると、マンタ氏は、忠さんのことがあまり好きではなかったみたい。ないしょだよ。

2016年11月18日 (金)

姜泰煥(カン・テーファン)つづき

■姜泰煥さんに関して詳しく書かれたサイトは、ほとんどない。「CDコレクターは止められない!」くらいか。あとは、ヨーロッパのアヴァンギャルド・ジャズに精通した横井一江さんの「JAZZ TOKYO」でのコラム

その「人となり」を表す文章を、最近CDで再発された「ちゃぷちゃぷレコード埋蔵音源発掘シリーズ」のCD『姜泰煥 KAN TAE HWAN "Solo Duo Trio"』に再録されたライナーノーツの中に見つけたので、例によって勝手に転載させていただきます。ごめんなさい。

〜 佐藤允彦 〜

 フリー・インプロヴィゼイションに欠かせない能力のひとつは、相手の呼吸を読むことである。

 応答、同調、反撃、どのような立場をとるにせよ、まず呼吸を測ればさまざまな手段が見えてくる。逆に言えば、呼吸を読めなかったらなにも成立しない。聴くに耐えない音楽になってしまうのだ。

 姜泰煥氏との最初のセッションがあやうくそうなるところだった。予備知識なしに鎖鎌と立ち会った剣術使いさながら、一瞬なすすべもなく立ちすくんでしまったのだ。しかし、心を鎮めてよく聴いていると、途方もなく長い一音のなかで連続して変化する豊かな色彩が見えてきた。その変化こそ、姜さんの音楽上の、あるいは精神の呼吸なのだと悟ったとき、今まで経験したことのない、全く別次元の対応をしている自分を発見したのである。

 以来、姜泰煥氏と演奏するたびに新しい地平が拓けるように思えるのだが、実の所は壮大な姜マジックにからめとられて白昼夢を見ているだけなのかもしれない。たとえそうであっても、私にとっては大変有意義なことである。とにかく氏の音楽と接したあとは、脳細胞が蘇生するのだから。

〜副島輝人〜

 姜泰煥 - いや、親しみを込めて姜さんと書かせてもらおう - は、ステージに座って、つまり胡座をかいた姿勢で演奏する。これが姜さん独特のスタイルで、決して立って吹くことをしない。それは5年前、ソロでツアーした時から始まった。

旭川で、ステージの床が木造りだった時、胡座をかいてリハーサルしていた姜さんが、アルトサックスの底部を床に付けたり離したりしていて、突然「今日は座って演奏してもいいだろうか?」と云いだしたのである。響き方が違うということだった。後で知ったが、自宅で練習する時は、いつも胡座をかいて吹いていたらしい。

 最近、ネッド・ローゼンバーグとのツアーの時、珍しく一曲だけ立って演奏したことがある。それは共演するネッドへの配慮と共に、広い会場の後方に座っている観客にには演奏する姜さんの姿が全く見えないことを考えたものだった。この優しさが、姜さんの音楽の底を流れている。

 姜さんは、独自のライフ・スタイルを持っている。夜中の12時頃から祈りと瞑想、明け方から3時間くらいがサックスの練習時間、それから眠るのである。練習は毎日絶対に欠かさない。寝台車の中でも、早朝ベッドに胡座をかいて、音を出さないようにしながらマウスピースをくわえ、指を動かしている。

 寝る時は、必ず聖書を枕許に置く。ドイツのホテルに泊まった時、うっかりそれを忘れ、仁王立ちになった悪魔大王に、ベッドをギシギシと揺さぶられることがあった。

 菜食主義者の姜さんは、肉と魚は食べない。野菜も火を通したものでないといけない。しかし、竹輪や薩摩揚げのような、魚の練り物なら食べる。卵や乳製品も大丈夫。鶏の姿煮のようなサンゲタンという料理に、私が箸をつけようとした瞬間、隣に座っていた姜さんが「鶏さん、ゴメンナサイ。」と日本語で呟くのを聞いて、ガックリきたことがある。

「肉食者は瞬発力が強く、菜食者は持久力がある。」と姜さんは云う。昔、オリンピックの1500メートル自由形競泳で金メダルを取ったマレー・ローズは凄い選手だったが、当時としては数少ないベジタリアンだと聞いたことがあるから、姜さんの云う通りなのかもしれない。それに、なによりも、あの姜さんのノン・ブレスが朗々、延々と続けば、納得せざるを得ない。

 そんな姜さんも、2年前のロシア・ツアーでは、かなりこたえていた。ロシアの食事事情がひどく悪い時期で、食事は総てあてがいぶち。小売店の棚は空っぽで、欲しいものは全く手に入らない。出された肉団子を食べなければ、食事は抜きとなる。姜さんは、持参した米の粉に熱湯を注いで -- そのお湯も自由には貰えなかった。-- 何やら重湯のようなものを啜って飢えをしのいでいた。しかし、そういう状況の中で、一言のボヤキもコボシも云わずに、18日間のロング・ツアーを耐え抜いたのだから、これもまた一つの持久力なのかもしれない。

 奥さんの話によると、姜さんは映画を観ていてよく泣くそうである。あのクールな姜さんが? と思われるだろうが、人並み以上に感受性が強いのに違いない。姜泰煥芸術の隠れた一面が知られるように思うのだ。

 そういえば、いつか姜さんが云ったことがある。

「芸術家とは、心の中に<愛>を沢山持っている人々のことだ。」と。

ちゃぷちゃぷレコード埋蔵音源発掘シリーズ」CD『姜泰煥 KAN TAE HWAN "Solo Duo Trio"』ライナーノーツより

2016年11月 7日 (月)

ヒグチユウコ & 姜泰煥(カン・テーファン)

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■ワニが登場する絵本が好きだ。『わにわにのおふろ』小風さち・文、山口マオ・版画(福音館書店)『バルボンさんのおでかけ』とよたかずひこ(アリス館)『ワニぼうのこいのぼり』内田麟太郎・文、高畠純・絵(文溪堂)。中でも一番好きなのは、木葉井悦子『一まいのえ』(フレーベル館)。ところが最近、驚異のワニ絵本が登場した。『すきになったら』ヒグチユウコ(ブロンズ新社)だ。

めちゃくちゃリアルな「ワニ」に、ある日幼気な少女が恋してしまう。だって、好きになってしまったのだから、仕方ないじゃない? 恋とは、そういうものさ。

オジサンにはわかる。その気持ち。でも、今どきの少女やヤングアダルトに、この「切ない気持ち」がはたして解るのだろうか?

岡谷の「イルフ童画館」では、11/14(月)まで『ヒグチユウコ・石黒亜矢子二人展』をやっていて、『すきになったら』の原画が展示されていると知り、今日(11/6)の日曜日、あわてて見に行ってきた。ワニの原画、すばらしかった! 『せかいいちのねこ』(白泉社)に登場する「迷子のアノマロカリス」もよかったよ。

ヒグチユウコ恐るべし! だな。イルフ童画館内は、彼女のファンの若い女の子ばかりで、50歳をとうに過ぎたオジサンは、思いっきり場違いの「およびでない」状態で焦ったぞ。でも、ぼくと同じ気分であろう、彼女に無理矢理連れてこられた、なんとも居心地の悪そうな彼氏(20代前半)を見た。それから、このところずっと機嫌が悪かった奥さんのために、予定していたゴルフをキャンセルして仕方なくやって来たと思ったら、なんだ漫画かよ! とでも思っているに違いない、おもいきり機嫌が悪い雰囲気の40代男性とか、いたな。

でも、思いのほか良かったのが「石黒亜矢子さん」の展示だ。この人は絵が上手い。申し訳ないけれど、彼女の絵本は持っていなかった。京極夏彦氏と組んだ「妖怪もの」で知られた人なのか。最近では、糸井重里さんのツイートの中で「そのお名前」をよく目にした覚えがあるぞ。

売店を物色すると、サイン本は売り切れ。ポストカードもほぼ売り切れ。しまったな。もっと早く見に来るべきだった。仕方なく童画館を出て、いったん駐車場から車を出す。ここの立体駐車場は、なんと!「5時間まで無料」なのだ。じつは、これから甲府まで「あずさ」に乗って行く予定なので、車はこの駐車場に置いて行かなければならない。帰りは夜6時半過ぎの予定だから、午後1時半過ぎに再チェックインすれば、駐車料金は無料のままなのね。

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■車を市営駐車場に置いたまま、岡谷駅から午後2時発のあずさに乗って甲府へ。午後3時過ぎ着。ライヴ・ハウス「桜座」で『TON KLAMI トン・クラミ』佐藤允彦(p)高田みどり(perc)姜泰煥(as)のトリオ演奏を聴くのだ。櫻座は、ガラス工場だった建物を改装して劇場に作り直したという不思議な空間。

むかし、氷川台にあった転形劇場の「T2スタジオ」の雰囲気を、寺山修司の東北下北半島的古来日本のどろどろとしたイメージで掻き回したような、他ではちょっと見たことない空間だったな。毎年年末には「渋さ知らズ」の公演があるそうだが、なるほど、彼らにピッタシの劇場に違いない。

山下洋輔、富樫雅彦、ペーター・ブロッツマン、エヴァン・パーカーは、生で見たことがある。『AKU AKU』でだったかな。でも、佐藤允彦・高田みどり・姜泰煥(カン・テーファン)は初見。

最初にステージに登場したのは、佐藤允彦さんだ。おもむろにピアノを弾き始める。左手で繰り返される基礎音に右手が自由に乱舞する。ダラー・ブランドの『アフリカン・ピアノ』を、もっと知的に研ぎ澄まされた緊張感を維持した、素晴らしいソロ・ピアノだった。それにしても、佐藤允彦さんは超ベテランなのに、繊細な指使いを駆使する一方、山下洋輔ばりの体育会系超パワフル演奏で、めちゃくちゃ若々しいかった。凄い人だ。

暫くして、舞台下手から高田みどりさんが鈴を鳴らしながら登場。マリンバとピアノのデュオが始まる。お互いに音を探り合う感じが、ビシビシと客席に伝わってくるぞ。インタープレイというのは、こういう演奏のことをいうのか。

そして満を持して姜泰煥の登場だ。音がデカイぞ! 驚いたな。アルト・サックスなのに、図太い音が朗々と劇場空間を占拠して、一瞬にして姜泰煥の世界へ引き込まれてしまったよ。とにかく、スケールの大きさが尋常ではなかった。大地の鼓動、マグマの唸り。地球そのものが僕に語りかけているような感じだった。

ぼくは、姜泰煥さんの日本で初めて出たレコードを持っている。ずっと前から、ぜひ一度、彼の演奏を生で見たかったのだ。

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■ピアノにマリンバ、太鼓に銅鑼も打楽器だから、音は断続的に短いパッセージで連なる。ところが、姜泰煥のアルト・サックスは音が途切れることがない。まるで他の二人の対極を悠々自適に大河がとうとうとと流れる如く勝手にリードしてゆく。これが「サーキュラー・ブリージング(循環奏法)」だ。圧倒された。

今回、サーキュラー・ブリージング奏法を初めて詳細に目の前で見た。ほっぺたを膨らませたり縮めたり。じつに不思議な光景だったな。

姜泰煥さん。特殊な奏法を駆使し続けるためか、アルト・サックス管内に貯まった唾液を、何度か管を外して排していたのが印象的だった。それから、頻回にリードを交換していたぞ。他のサックス奏者では見たことがない光景だった。リードを換えることで、サックスの音色が変わるのだろうか? 

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■演奏は、ソロ、デュオ、トリオと臨機応変に自由に変化し、ファースト・セットのラストでは3人が一丸となった異様な高揚感を体感した。姜泰煥さんのこの日一番の激しい演奏で、思わず身震いしてしまったよ。あぁ、来てよかった。第二部が終わって、これでおしまいかと思ったら、思いがけずアンコール演奏をしてくれた。この曲がメチャクチャよかったのだが、なんていう曲目なんだろう?

■佐藤允彦さんも是非一度ナマで見たかったピアニストだ。今日は長年の夢が叶って本当にシアワセだ。終了後、無理を言ってサインもしてもらった。佐藤さんには持参した『YATAGARASU』「珍しいの持ってるね」って言われたけど、佐藤さんのCD・LPは、『パラジウム』など古いものしかないのです。ゴメンナサイ。

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姜泰煥さんは、座ったままサックスを演奏する。そのことは以前から知っていたから、別に驚かなかったのだけれど、胡座をかいてサックス・ソロを吹く姜泰煥さんが、おもむろに左足を伸ばした。足が吊ったのか? いや、そうじゃなかった。彼はサックスの「あさがお」を伸ばした左足の太腿に押しつけ、アルトサックスを演奏しだしたのだ。まるで、トランペッターがミュート演奏するみたいにね。でも、聴いていて音がどう変化したのか、いまひとつ判らなかった。

■エリントン楽団みたいな重層的なハーモニーを、たった一人で再現しようとした盲目のジャズマンがいた。そう、ローランド・カークだ。ソロで演奏しているのに、何本ものサックスが同時に鳴っている演奏を再現するために彼が考え出したことは、一度にサックスを3本くわえて吹けばよいということだった。

それから「サーキュラー・ブリーシング」。息継ぎせずに、延々とサックスを吹き続ける手法。この奏法を確立したのが、エリントン楽団の重鎮、ハーリー・カーネイ(バリトン・サックス)だ。その後継者が前述のローランド・カーク。ただ彼の演奏は、見世物的でグロテスクなものとして聴衆には受け取られた。

そうは言っても、息継ぎせずにサックスを吹き続けることは大変な修練と体力とテクニックが必要だ。だから、この特殊技法を完璧にマスターしたミュージシャンはそうはいない。その、数少ないジャズマンが、イギリス人のエヴァン・パーカーだった。

エヴァン・パーカーのソプラノ・サックスのソロ演奏を記録したダイレクト・カッティング盤『モノセロス』を初めて聴いた時の驚きといったらなかったな。上手くは言えないのだけれど「サーキュラー・ブリーシング奏法」に加え、ソロ演奏なのに、同時に3人も4人も演奏しているように聞こえる「マルチ・フォニック奏法」を完璧にマスターして演奏しているのだ。ほんと、たまげた。だって、一度も息継ぎせずに、30分間ソプラノ・サックスを吹き続けるんだよ。信じられないよね。

■そしたら、エヴァン・パーカーと同い年の韓国のジャズ・ミュージシャンが、遙か遠く極東の地で、誰にも知られず理解されずに、まったく同じ「奏法」を開発したのだった。それが姜泰煥だ。

彼が「この奏法」を確立するまえには、エヴァン・パーカーを聴いたことがなかったんだって。信じられないよね。でも、同じ奏法でのサックス・ソロ(エヴァン・パーカーはソプラノ・サックス、姜泰煥はアルト・サックス)でも、聞こえてくる音がぜんぜん違っているのが不思議だ。

パーカーの演奏は、良い意味でも悪い意味でも、西洋のコンテンポラリー音楽の系譜に収斂される。ところが、姜泰煥の演奏は、たとえモダンなピアニスト佐藤允彦や現代音楽の打楽器奏者の高田みどりといっしょに演奏していても、不思議とジャズは感じない。ましてや現代音楽なんて感じじゃないな。

この感じを、うまくは言えないのだけれど、ジャズとも現代音楽とも違う、アジア文化圏の音が鳴っているのだよ。佐藤允彦さんのピアノ・ソロも、努めて西洋的モダンを隠して、東洋的アジアを感じさせる演奏だった。


YouTube: Kang Tae Hwan 강태환 2013/07/14 @ Yogiga, Seoul part 1


それにしても、25年前にレコードで聴いて驚いた、姜泰煥さんの演奏テクニックは、もっともっと進化(深化)していてた。サーキュラー・ブリーシングも、ポリフォニック奏法(最先端のノイズ・ミュージックみたいにも聞こえたよ)も、必然的表現方法として、孤高の頂を極めた感じだ。目を閉じて聴いていると、風景が見えてくる。大地の息吹、荘厳な宇宙の広がり。能舞台の幽玄の世界観。

公演の終了後、姜泰煥さんの出を待って、購入したCDにサインをしてもらった。ステージ上では異様な神秘のオーラに溢れた姜泰煥さんだが、オフの場では、大阪の新世界にでもいそうな、単なる老齢の地味なオッサンだった。ミュージシャンとしての自信と自負を持っているに違いないのに、そのオーラを消し去る術を知っている人なのだな。

あらためて、その真摯で木訥とした人柄と演奏に感化されてしまったよ。

■帰りは、甲府発18:05分の普通列車松本行きに乗車。19:25分岡谷着。めちゃくちゃ寒い。走って駐車場まで。6時間経つから、さすがに有料だった。ただし、250円。偉いぞ!岡谷市。

2016年10月20日 (木)

初めての「ハンバートハンバート・ライヴ」at the ネオンホール(長野市権堂/ 2016.10.15)「今月のこの一曲:『さがしもの』ハンバートハンバート」

■ハンバートハンバートの楽曲『さがしもの』は、一度聴いたらちょっと忘れられない印象的な歌詞と旋律を持った、愛すべき小品だ。この曲を好きな人は多い。驚いたのは、幼なじみと結婚したカップルの結婚式で盛んに使われているらしいということ。

以下のビデオなんか、ブルーノ・マーズ「Marry You」を使ったあのプロポーズ・フラッシュ・モブを彷彿とさせて、兵庫県赤穂市立赤穂小学校が舞台という、その田舎っぽさを全面に出した素朴さ(それでいて色使いとかなかなかのハイセンスだ)が何とも微笑ましい。


YouTube: さがしもの ハンバートハンバート 結婚式余興ムービー

■じつは「この曲」アルバム未収録で、2007年1月に出た『おかえりなさいのシングル盤に「ブラザー軒」と共に同時収録された。現在は 2枚組CD『ハンバートハンバート シングルコレクション 2002 - 2008』DISC.2 の「3曲目」で聴くことができる。それから『10年前のハンバートハンバート』DISK.2「道はつづく --特別篇--」のボーナストラックとして、2006年10月29日に岡山でライヴ録音されたヴァージョンが17曲目に入っている。

ぼくがハンバートハンバートを聴き始めたのが『道はつづく』からだから、もう足かけ10年になるのだけれど、未だ一度も彼らのライヴに行ったことがなかった。去年、松本市アルプス公園で行われた「りんご音楽祭」に出演したことは、後で知った。ただ、ここ数年毎年長野でライヴを行っていることは知っていた。

でも、伊那から長野は遠いのだよ。

今年も彼らは長野へ来た。権堂アーケードの北にある老舗のライヴハウス「ネオンホール」で、10月14日(金)15日(土)の 2days公演。前の週の土曜日が、岐阜県可児市で「浜田真理子コンサート」だったから、ちょっと無理だよなぁって諦めかけていたら、妻が思いがけず「行く」と言った。息子も「行ってきていいよ」と言ってくれた。ぼくが長年かけて仕込んできた甲斐あってか、わが家は妻も息子たちもみなハンバートハンバート・ファンなのであった。


■当日の土曜日は、午後1時45分に外来を終了して、普段は夕方5時に行く犬の散歩を午後2時半に出発。しっかりウンコもさせて3時前には帰宅し、いざ長野へ。時間的には可児市へ行くのと変わらなかったな。1時間50分。長野は、インターを下りてから渋滞するのだ。「ネオンホール」を通り越してすぐ右側に有料駐車場があって満車じゃなく助かった。急いで受付を済ます。整理券番号は、64,65で「座れるか立ち見かギリギリですかね」と言われる。

80人近くが開演を待っていただろうか。若い人が多い。ぼくらみたいなオジサン・オバサンはいないぞ。それに、ハンバートハンバートのコンサート会場は「無添加自然食品」しか食べないような、一種独特な雰囲気を醸し出している「オーガニック・ファミリー」ばかりという噂は、長野では当たってなかったな。

開演まで、ネオンホール南側の小路に並んで待っていたのだけれど、ホールの対面に「憩 カラフルハウス」という謎の平屋施設が目に付いた。入場が始まって振り返って見たら、なんと! 公衆便所じゃぁないか。たまげたな。

「ネオンホール」というネーミングからは、ちょっと想像できないような「つたの絡まる」昔は白かったであろう外壁の古風な2階建て木造建築で、どこが「ホール」なんだよ! っていう雰囲気の狭い階段を昇った先の2階にあったのは、小さな小汚いライヴハウスだった。

いや、この雰囲気は決して嫌いではない。むしろ大好きだ。老舗のジャズ喫茶の感じね。実際、ステージ両サイドに「でん」と鎮座するスピーカーは、何と!あの名器「アルティックA7」じゃないか。入場すると、幸い前から4列目右奥に空席が2つあって、無事座れた。前列は、保育園児の女の子とお母さんだったので、視界も良くステージ上の良成さんと遊歩さんが間近によく見えた。よかったよかった。

(以下、当日のツイートから。一部改変あり)

今夜は、長野市権堂のライヴ・ハウス「ネオンホール」でハンバートハンバートのライヴ。10年来聴いてきたが、目の前でナマは初めて。最高だった。伊那から2時間だったが、行って本当によかった。思いがけず大好きな「さがしもの」も聴けたし。「ツバメ」と「おなべ」と、情けない「お兄ちゃん」のことを次男が歌った曲は新曲か? いいじゃないか。

続き)あと、SMAPの「SHAKE」のカバーがすごく好かった。「待ちあわせ」「さよなら人類」ほか『FOLK』収録曲は「夜明け」以外すべてやってくれた。渋いところでは「ぼくのお日さま」「まぶしい人」それに「ホンマツテントウ虫〜安里屋ユンタ」。安里屋ユンタは『東京暮色』でも聴いたな。

続き)意外だったのは、まるで夫婦漫才みたいな二人の絶妙な掛合トークだ。とにかくテンポがいい。それにオチの予想がつかない話ばかり。いや行き当たりばったりで、オチは用意されてないんだけどね。あまりに可笑しかったから、MCのみを収録した『IT'S ONLY TALK 2014』を買ってしまったよ。

■予想外だったのは、とにかく彼らのMCの面白さだ。これは実際にライヴに行かないと分からないよなぁ。ほんと面白い。ライヴ開始登場するなり、ステージ下手にある控室と隔てる「ドア」が「まるでトイレのドアみたい」という遊歩さんの一言に笑い、良成さんが「ネットで確認してみたら、去年と同じシャツを着てきちゃったよ。秋だからいいかなって思ったのにさ」に大笑い。

さらに、蕎麦屋で「大盛り」を頼んだら、ホントに大盛りでマネージャーは食べ残したとか、果物屋さんで雑キノコ(じこぼう・クリタケ)を見てたら、「ポポー」という名の謎の果物(緑色のアケビみたい)を買いに来たオバサンが「あ〜ら、あんた達知らないの、ポポー。黄色くなるとマンゴーみたいな味がして美味しいのよ!」と言って、ポポーをただで分けてくれたとか。

製麺所があったので入ってみたら、ばあちゃんが一人でやっていて、乾麺の蕎麦を買ったらオマケで「ラフランス」を一個、蕎麦の打ち粉まみれの新聞紙にくるんでくれたとか、別にたわいもない話なんだけど、テレビの「旅番組」が大好きな遊歩さんと全てに面倒くさそうな良成さんが、二人して絶妙な間合いで語られると、これが何だかメチャクチャ可笑しいのだ。

あとは、ネオンホールのトイレには無限に増殖する「謎の植物」があって、その芽を「ご自由にお持ち下さい」って書いてあって、気持ち悪いなぁと思いながら出てきて、ポシェットの中の化粧ケースを開けてみたら、その「謎の植物の芽」が10個入っていたっていう怪談みたいな話。それから、無印良品の大ファンである遊歩さんが、メールで無印良品にコメントを送った時の話とか。で、去年長野に来た時に、何故か「僕ら結婚するんです!」って言うカップルが多くて驚いたら、昨日もそういうカップルがいたんだよ、って話から「さがしもの」を歌ってくれたのだった。

うれしかったな。大好きな曲だからさ。

■そのあたりのことは「マネージャーさんのツイート」にも載っています。

それから、ライヴで見てビックリしたのが「ふたりだけ」なのに超パワフルなパフォーマンスだったことだ。第二部最初の、SMAPの「シェイク」もそうだし、アンコールの「メッセージ」「おいらの船」の迫力は、CDの数十倍はあったぞ。ステージ上手には、アップライトのピアノが設置されていたので、良成さんはフィドルに加えピアノも弾いてくれた。曲目は忘れてしまったけれど、良成さんはキーボードも上手いのだね。

わざわざ2時間かけて長野まで行って、ほんとうによかった。来年も、もし彼らが長野に来るならまた行こう。絶対に。

ただ本当は、ハンバートハンバートの2人には是非「伊那市」へ来てもらってライヴをして欲しいって、ずっと前から思っていたんだ。公式ホームページを見ると「個人からのライヴ招聘はお断りしています」と書いてあるのだけれどね。

浜田真理子さんを岐阜県可児市に呼んだのは、高田さんという、熱烈な個人的ファンだった。じゃぁ僕だって、ハンバートハンバートを伊那市に呼んでコンサートを主催することができるんじゃないか? 可児市でそう思った。

伊那市駅の少し南側、飯田線の線路沿いに築100年近くなる「蚕の繭の集積蔵」を改造した3階建ての「草の音」がある。2階のスペースにはPA設備も整っていて、たびたびライヴも行っている。100人近くの集客が可能だ。蔵だから音響もいい。ピアノはないけど、ここなんて会場にどうだろう?

幸い、数々のロングセラー絵本を出版している「グランまま社」の田中尚人さんから「ハンバートハンバートのマネージャーさんは高校の同級生で、よく知っているんですよ」って話は、ずいぶん前に聞いていたから「ネオンホール」で田中尚人さんのことを出せば、伊那に来てくれるかもしれない、そう淡い期待を抱いて長野に向かったのだけれど、残念ながらネオンホールでは「それらしきマネージャーさん」にお目にかかることができなかったのだ。

勇気を出して、CDを購入するときに「マネージャーさんはいらっしゃいますか?」って、訊けばよかったな。失敗した。

2016年10月18日 (火)

はじめての浜田真理子コンサート 可児市文化創造センター(2016.10.8)

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■「可児市」は読めないなぁ。かじ市? かご市? あっ「児」は「小児科」の「に」か!

最近ファンになって、CDをよく聴いている浜田真理子さん。彼女の半生記が書かれた本『胸の小箱』(本の雑誌社)も読んだ。妻の iPhone にも勝手に真理子さんのCDを入れて、日常的に強制的に無意識に聴かせてきた。作戦は成功し、妻もいつしか彼女のファンとなった。

という訳で、ツイッターで真理子さんが岐阜県可児市にやって来ると知り、妻の了解と留守番を強いられる息子の了解も得て、ネットでチケットを予約した。前売り券2人で合計5,000円。今どき安いではないか!

ただ、可児市には行ったことがない。伊那市からだと、中央道を南下して「土岐ジャンクション」を西に曲がって最初のインターで下車。思ったより遠くはなかったな。1時間50分で着いた。「可児市文化創造センター」と言えば、ぼくが大好きなジャズ・ドラマー、森山威男さんが毎年コンサートを開いている所じゃないか。

道も判ったし、今度こそ森山さんのライヴに行こう!

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■最前列の左端のおじさん。上下「真っ赤」! 真理子さんとは以前から顔見知りみたいで、どうもバイクで彼女のコンサートを全国「追っかけ」しているらしい。凄いな。

会場は、大・小のホールではなくて、3つある多目的スペースの一つだった。80人くらいは入ってただろうか。

■ライヴ終了後に、今日のライヴでやった曲目の「セットリスト」を配ってくれた。これはありがたかったなぁ。

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■コンサートの始めに「浜田真理子可児コンサート 2016 実行委員会」代表の高田さんがご挨拶。まだ若い好青年(と言っても30歳以上か)。CBC中日放送〜TBSテレビ『情熱大陸』をたまたま見て浜田真理子さんのことを知り、以来大ファンになったのだそうだ。いつかナマで観たい聴きたい、彼はずっと思っていた。そしたら昨年、たまたま名古屋のライヴハウスに彼女が出ることを知り、岐阜県可児市から多治見市で乗り換えて名古屋まで行き、浜田真理子ライヴをナマで初めて体験した。

CDで聴くよりも数十倍感動した彼は、生ビールを飲んだ勢いもあって、ライヴ終了後に彼女のもとにしゃしゃり出て「ぜひ、ぼくが住む岐阜県可児市でコンサートをやって下さい!」そうお願いしたのだという。それから、真理子さんと80通にも及ぶメールのやり取りをして「ライヴの日」を迎えることが出来たのだそうだ。

実行委員会といっても本当は「たった一人きりの実行委員会」。フライヤーの作製から広告取り、チケット予約に振り込みの確認等、高田さんが一人で全部やっていたのだね。ものすごい情熱だ。感服です。

■10月20日(木)追記:検索していたら、主催者である高田さんの「奥さま」がブログで詳細に当日の様子を報告しているのを発見! 写真も多数。素晴らしい内助の功。仲むつまじいご夫婦だなぁ。

(以下は、当日つぶやいたツイートより。)

岐阜県「可児市文化創造センター演劇ロフト」で行われた、浜田真理子コンサートより帰宅。伊那からは1時間50分。素晴らしかった! 初めてナマで、目の前で浜田真理子さんのピアノ弾き語りを聴いた。しかも知ってる曲ばかり。最初の「カラス」で涙があふれ「教訓 Ⅰ」「シャレコウベと大砲」に感動

続き)「シャレコウベと大砲」のラストは、レナード・コーエンの「ハレルヤ」で終わった。なんていい声なんだ。真理子さん、真っ赤なドレスで、まるで「ミシン」の主人公みたい。あと、大好きな「水の都に雨が降る」も聴けてシアワセ。サインもしてもらった。長野県ではライヴをしたことがないんだって

続き)浜田真理子さんに関しては、1年前にブログで書いています。 http://kita-kodomo.dcnblog.jp/top/2015/11/post-fa7f.html … あと、こちらにも。 http://kita-kodomo.dcnblog.jp/top/2015/11/post-1564.html …

続き)今夜は聴けなかったけれど、浜田真理子さんは、中島みゆきの「アザミ嬢のララバイ 〜 世情」とか、浅川マキ『夕凪のとき』のカバーが絶品なんだよ。


YouTube: アザミ嬢のララバイ-世情

浅川マキ『夕凪のとき』。そうか、生前の彼女は自作曲のカバーのオファーを受けても決して許可しなかったのか。jkmusic.co.jp/blog/2013/12/p…


YouTube: 夕凪のとき-浜田真理子


2016年9月 8日 (木)

「はちみつぱい」 追補

■復刊『ロック画報:特集 はちみつぱい』(Pヴァイン)を読んでいる。いろいろと初めて知ることが数多く載っていて、じつに面白い。

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例えば、40ページ。大動脈解離から復活した、武川雅寛インタヴュー。かぐや姫「神田川」のイントロで流れる、あの印象的なバイオリンのフレーズに関して。

武川:「あれアドリブだよ。コードと仮歌が入ってて、1回聴かせてもらって『じゃあやってみようか』って。1回しか演奏してないと思う。」

あと、鈴木慶一へのインタヴュー。(25ページ)

小川:『センチメンタル通り』の異様なまでの完成度はなんだったんですか。

鈴木:リハーサルの時間の多さでしょうね。仕掛けを考える時間を大量に使った。新宿の西口にヤマハのリハーサル・スタジオがあって、そこを90時間以上使った。後で、スタジオ代使い過ぎだって会社から怒られたけどね(笑)。

小川:レコーディングはどこを使ったんですか?

鈴木:田町のアルファ・スタジオ。16ch が使える貸しスタジオってのは、こことモウリ・スタジオくらいしか無かった。ヴォーカル録りは、渋谷ジャン・ジャンの地下にあった吉野金次さんの HIT STUDIO 。「塀の上で」も吉野さんのところで録音したんだけど、なかなか上手く出来ずにウイスキーを1本空けた。あのヴォーカルは吐く寸前の声なんだよ(爆笑)。

それから、「幻の名盤解放同盟」(船橋英雄×根本敬×湯浅学)の連載企画『廃盤 風雲文庫』番外編(文=湯浅学)。ちょっと引用する。

 夕方になると音を立てないのに見た目でパタパタという動きに音をつけたくなる飛行を繰り返している動物がうちの近所にもいる。(中略)きのうの夕方も見た。6月の中ごろ、この季節だと午後7時ごろに飛んでいることが多い。陽の沈みかけに出会う。(中略)

 小学生のとき、校庭の大きなイチョウの樹の根本や樹の幹にそいつらがへろへろになっていることがあった。巣に帰りそこなって樹にぶつかって朝になってしまったから弱っているのだ、と友だちの一人がいっていたが、樹の下でぐったりしたそいつ、蝙蝠(コウモリ)は、いつもねむそうで人前に出るのがはずかしそうだった。

蝙蝠が音もなく空にいるのを見ると自分が生きていることが不思議に少しだけ楽しく思えるのだ。

 蝙蝠が飛んでいる様を歌にした日本でも稀なバンドがはちみつぱいだった。いつはてるのはわからない演奏だった。(中略)

 若々しいロックというものはなかったような気がする。1970年から 73年の日本のことだ。73年に荒井由実の『ひこうき雲』を聴いたとき、若者の手によるロック(ポップス)がついに出現した、と漠然と思ったが、それはひとつの衝撃だった。そのとき高校2年生になった俺は、それまでの日本のロック(フォーク、ポップス)は、年上のお兄さんお姉さんとおっさんおばさんが”作ってくれている”ものだと思っていたのだ。

『ひこうき雲』にはその”お姉さん及びおばさん”感がなかったのだ。それについてはまた別の機会に語るが、実は、はちみつぱいの『センチメンタル通り』は、『ひこうき雲』とほぼ同時期に同じスタジオで録音されたアルバムだ。田町のアルファ・スタジオだ。そのころはまだお試し使用期間だったのでスタジオ代が極めて安くしかも長時間好きなように使えたのだという。

『センチメンタル通り』は ”ただ今制作中” といわれながら、なかなか完成の報が聞こえてこないアルバムだった。じっくりと時間をかけているのだろう、とファンとしては想像していた。

でき上がってきたのを見たら、おや、はちみつぱいの代表曲だと思っていた「煙草路地」と「こうもりが飛ぶ頃」が入っていない。やられたと思ったが、まあこの人たちはお兄さんというよりもおじいさんだからしょうがないな、と思った。(『ロック画法 特集はちみつぱい』p148〜149)

■この「こうもりが飛ぶ頃」という曲に関して、ベーシストとして参加していた和田博巳が、CD『センチメンタル通り』のライナー・ノーツで面白いことを書いている。

 それにしても、たった5曲しか持ち曲が無いと、コンサートやライヴハウスではけっこう大変である。「演奏時間は30分で」と言われたら、『こうもりが飛ぶ頃』というダラダラと長い、(グレイトフル・デッド)っぽい曲を10分くらい演奏して、残りの4曲を普通のサイズで演奏するとだいたい丁度よい長さだ。

もし1時間やってくれと頼まれたら、ステージ上でチューニングを7〜8分やってから「こうもりが飛ぶ頃」を20分以上やり、そして残りの4曲を普通にやって何とかその場をしのいでいた。

というわけで 72年の秋頃になると、渡辺勝が、いつまで経っても同じ曲ばかり演奏することに飽きてしまい、さらに、いつまで経ってもアルバムのレコーディングに入れないことに愛想を尽かして、ある日突然脱退してしまった。

■『センチメンタル通り』は、鈴木慶一:作詞・作曲・歌、の曲だけではない。そこも重要だ。特に、渡辺勝が作って歌った「ぼくの倖せ」と「夜は静か通り静か」の2曲が、めちゃくちゃ味わい深い。

   何も知らぬうちに すべてはね

   変わっていったさ

   地球はまわりまわって 

   もとの位置

なんて「いい曲」なんだ、なんて素敵な歌詞なんだ。ほんとうにね。

『はちみつぱい Re:Again Billboard Sessions 2016』 を聴くと、最初に入っているのが「くだん」の曲『こうもりが飛ぶ頃』。16分近く収録されている。コルトレーンが「ワン・コード」で延々と吹きまくる「モード奏法」みたいな曲だから、ゆるい感じでいつまでもエンドレスな気持ちよさだ。

1970年代当初は、アメリカではベトナム反戦運動の時代だ。ヒッピーがドラッグでラリって、サイケデリックな幻覚を共有していた。そう、映画『イージー・ライダー』の世界を、彼らは日本で再現しようとしていたのか?

そうして、渡辺勝だ。まるで、麿赤児みたいな風貌で、古代中国の伝説の仙人みたいな歌声を聴かせてくれている。じつに素晴らしい。

2016年9月 4日 (日)

今月のこの一曲。 はちみつぱい『塀の上で』

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■中学生の頃は、加川良が大好きだった(いまでも好きです)。最初に買ったレコードが『親愛なるQに捧ぐ』。新宿三越前の「アカネヤ」レコード店で購入した。1972年の12月のことだ。このレコードは、来る日も来る日もほんとよく聴いた。いまの若い人たちには「盤がすり切れるほど」と言ったって理解できないだろうが、文字通り本当にそれくらい聴いた。

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■このレコードは、スコッチ・テープのジャケットに書いてあるように、昭和47年4月20日、モウリスタジオで録音完了している。ミキサーは、はっぴいえんどのレコーディングを担当した吉野金次だ。参加ミュージシャンが凄いぞ。

Piano: 今井裕、渡辺勝、細野晴臣  Steel Guiter: 駒沢祐城 Dobrro: 駒沢祐城  Fidle: 武川雅寛  A.G.: 中川イサト  E.G.: 伊藤銀次  Chorus: 村上律、若林純夫、大瀧詠一、岩井宏  Dr.: 松本隆  E.B.: 細野晴臣

当時、大好きだった曲がA面1曲目の「偶成」だ。ピアノは渡辺勝か? フィドルは武川雅寛だ。「白い家」では、駒沢祐城のドブロ・ギターも味わい深い。このメンツをいま見てみると、なんと、「はっぴえんど」と「はちみつぱい」なんだよね。

で、もしやと思って加川良のデビュー盤『教訓』を出してきて見ると、「頑張った人」として、以下の人々が挙げられている。その一部のみ抜粋。

あがた森魚、石塚幸一、岩井宏、大滝詠一、河村要助、斎藤哲夫、鈴木慶一、鈴木茂、高田渡、早川義夫、細野晴臣、松本隆、村上律。

親愛なるQに捧ぐ』には参加していなかったけれど、あがた森魚も鈴木慶一も、ちゃんと参加していたんだ。石塚幸一氏は、はちみつぱいが所属していた事務所「風都市」で彼等を担当したマネージャーだ。

■という訳で、中学2年生の時から「はちみつぱい」のメンバーの音を繰り返し繰り返し聴いてきたので、はちみつぱい『センチメンタル通り』が出た時には、なにか懐かしいような嬉しいような気がしたものだ。でも当時は、鈴木茂と鈴木慶一の区別がよくつかなかった。混同してしまっていたのだ。恥ずかしい。


YouTube: 塀の上で-はちみつぱい


YouTube: はちみつぱい  センチメンタル通り 【Full Album】

■もう少し続く……

 

@shirokumakita
8月16日
高校生になったばかりの頃だったかな、はちみつぱい『センチメンタル通り』を聴いて衝撃を受けた。そう、「土手の向こうに」と「塀の上で」の2曲にシビれたのだ。曲もいいが歌詞がカッコよかった。そして、鈴木慶一のあの切ないヴォーカル。あぁそうだよ、羽田空港で彼女が乗ったロンドン行き飛行機を見送った。

 

いま『はちみつぱい Re:Again Billboard Sessions 2016』を聴いている。『ロック画報』復刊号も買ったけど、小川真一氏がライナーノーツでも書いているが、「本当の意味での日本語のロックを作りだしたのは、はちみつぱいではなかったのか」僕もそう思うんだ。

■はちみつぱいの「塀の上で」に関しては、『TAP the POP』の記事 が詳しい。

あと、こちらの「はちみつぱい ストーリー」。細野晴臣が遠藤賢司や大瀧詠一と出会った時のように、鈴木慶一が あがた森魚と出会うべくして出会う必然を思うと不思議な気がする。

TAP the POP の冒頭にある、『LIVE Beautiful Songs』 大貫妙子・奥田民生・鈴木慶一・宮沢和史・矢野顕子 に関しては、2003年8月8日の「今月のこの一曲」(ずっと下の方へスクロールして行くとあります)に、こう書いた。

「塀の上で」 は、いま聴いてもぜんぜん古臭くないんだ。歌詞もいいね。失恋の歌でこれほどカッコイイ歌を、ぼくは知らない。


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