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2018年7月16日 (月)

「相澤徹カルテット」のこと (長野医報8月号:ボツになった「あとがき」より)

■長野県医師会の広報委員を拝命して1年になろうとしている。先輩広報委員の先生方のご支援のもと、今までなんとか務めることができた。本当にありがとうございます。

■次号「8月号」は3度目の担当号で、ぼくが「あとがき」を書く順番だった。珍しく締め切り1ヶ月前から力を入れて原稿を書いた。しかし、如何せん長すぎた。「あとがき」は1ページに収まらなくてはならない。という訳で、ボツ原稿になってしまいました。内容的にも少し問題があったのかもしれないな。仕方ないので、ブログにアップすることにしました。

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「長野医報8月号:あとがき」(ボツ原稿)

 山下達郎や大貫妙子の1970年代シティポップが、YouTubeによって海外で再発見され、いま注目を浴びています。しかし、日本国外ではネット配信されていない音源が多いため、熱烈なマニアはオリジナルレコードを求めてわざわざ来日し、都内の中古レコード店を物色して廻っているのだそうです。

 昨年の8月『Youは何しに日本へ?』(テレビ東京)に登場し、一躍注目を浴びた大貫妙子ファンのアメリカ人スティーヴ君(32歳)は、今年2月に再来日して遂に御本人との対面を果たし、再び大きな話題となりました。


YouTube: Youは何しに日本へ🗾🎌8月7日(月)18時55分~20時まで放送中です。✈

 1970年代に日本人が演奏したジャズレコードの希少盤も、いま海外の好事家の間では大変なブームで、一枚数十万円で取引されるレコードもあるのだそうです。その中でも最も入手困難な「激レア盤」として有名なレコードが、相澤徹カルテット『TACHIBANA』です。

 イギリス人のジャズコレクター、トニー・ヒギンズ氏は、このレコードが日本人ジャズの中では一番好きだと断言します。彼が最近ネットに挙げた文章によると、当時、群馬県沼田市の赤谷湖畔でドライブインを経営していた地元の名士「橘一族」の御曹司、橘郁二郎氏が大のジャズフリークで、彼が注目していた地元のアマチュア学生バンドを、私邸に呼んで演奏させ録音したレコードが、相澤徹カルテット『TACHIBANA』なのでした。橘氏は、このレコードを名刺代わりに数百枚ただで配りました。もちろん自主製作盤なので市販されていません。

 リーダーの相澤徹氏は、群馬大学医学部ジャズ研のピアニストで、レコードが収録された1975年3月に大学を首席で卒業し、信州大学医学部順応内科大学院への進学が決まっていました。他のメンバー3人は医学部ではなく、音大や法学部の大学生でした。


YouTube: Tohru Aizawa Quartet - Philosopher's Stone

 学生アマチュアバンドとはいえ、真摯で若さがほとばしるその熱烈な演奏は、絶頂期のジョン・コルトレーン・カルテットを彷彿とさせる鬼気迫るジャズを響かせます。バンドはこのレコードを収録後に解散してしまい、メジャーデビューすることはありませんでした。従って彼らの音源はこの1枚しか残されていません。

 一時はプロへの道も考えた相澤徹氏は演奏活動を止め、その後は医学の分野で名声を博します。大学院修了後にアメリカへ留学。帰国後は大学へ戻り、糖尿病を専門に研究。信州大学医学部医学教育センター教授を経て、現在は相澤病院糖尿病センター顧問を務めていらっしゃいます。このレコードをプロデュースした橘郁二郎氏もその後は数奇な運命を辿り、最後は田宮二郎と同じく猟銃で自らの命を絶ったとのことです。

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 この6月20日、なんと『TACHIBANA』は世界初でCD化され入手可能となりました。伝説の演奏は、43年経ったいまでも決して色褪せることはありません。

 さて、来月号の特集は「私の好きな作家・思想家」です。元国税庁長官の佐川宣寿氏が学生時代の愛読書として公言したのが『孤立無援の思想』高橋和巳(河出書房新社)でした。

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「どんなに意地をはっても、人はたった独りでは生きてゆけない。だが人の夢や志は、誰に身替りしてもらうわけにもいかない。他者とともに営む生活と孤立無援の思惟との交差の仕方、定め方、それが思想というものの原点である。さて歩まねばならぬ」

 この本のことを唄った森田童子も、先ごろ亡くなってしまいましたね。

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注1)相澤徹氏は、松本の「相澤病院」理事長とは兄弟ではない。従兄弟かもしれないが、親類でも何でもないと、本人が発言しているという話もある。出身も、長野県松本市ではなく、茨城県水戸市だ。ただ、ぼくは相澤先生とは面識がないので本当のところは不明です。

注2)橘郁二郎氏の消息も不明な点が多い。猟銃自殺を遂げたという情報は、相澤氏の群馬大学医学部ジャズ研の後輩で、ピアニスト兼、脳外科医の「甲賀英明氏のブログ」 によります。

6月20日に出たCDのライナーノーツ(尾川雄介)の最後にも「橘は残念ながら後年自殺している。」と書かれています。

・この尾川雄介氏の解説、冒頭の文章がすばらしい。

「相澤徹カルテットの演奏には聴く者を真っ直ぐに貫く勢いと鋭さがある。それはただ鳴って中空に消えてゆく音ではなく、必至とも言える切実さでこちらに迫ってくる。しかも、さながら内圧に耐え切れずに噴出したマグマのように熱く滾っている。」

注3)佐川宣寿氏は 1957年生まれで、ぼくより1つ年上だ。連合赤軍、あさま山荘事件を経て、内ゲバ事件に辟易していた僕らの年代は「シラケ世代」と呼ばれた。だがしかし、2年後輩の「共通一次試験世代」とは決定的に違う。そのことは、ぼくと同い年の坪内祐三氏が『昭和の子供だ君たちも』(新潮社)の中で、詳細に語っている。

それにしても、佐川氏がなぜ「高橋和巳」だったのか? 謎だ。高橋和巳が草場の陰で泣いてるぞ!

注4)相澤徹カルテットに関して、ぼくがツイートしたのを、以下にあげておきますね。

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ついに入手。相澤徹カルテット『 TACHIBANA』1曲目「賢者の石」めちゃくちゃカッコイイ! (6月24日)

イギリスから、またまた超ディープな「和ジャズ」コンピが届いた『SPIRITUAL JAZZ vol.8 / JAPAN: Parts 1+2』だ。選曲は JAZZMANレコードのオーナー、ジェラルド・ショートと尾川雄介。先発の『J-JAZZ: Deep Modern Jazz From Japan』とは一曲もダブらない。凄いぞ!日本語訳ライナーノーツ付き。

 

続き)このコンピで出色なのは、高柳昌行(g)が2曲、森山威男が2曲ちゃんと選曲されていることだ。高柳が「SUN IN THE EAST」と、TEE & COMPANY「SPANISH FLOWER」。森山は「EAST PLANTS」と「WATARASE」だ。森山さんは松風鉱一「UNDER CONSTRUCTION」でもタイコを叩いている。

 
続き)この2枚組CD『SPIRITUAL JAZZ vol.8 / JAPAN: Parts 1+2』にも『J-JAZZ: Deep Modern Jazz From Japan』にも収録されているのが、相澤徹カルテット『TACHIBANA』だ。まったく知らないグループだった。ライナーによると、群馬のアマチュア学生バンドの自主製作版とのこと。ところが、演奏が凄い
 
続き)まるで、1964年〜65年頃の後期コルトレーン・カルテットみたいな、強烈に熱い演奏を聴かせてくれる。特に『スピリチュアルジャズ8:日本編』CD2の2曲目に収録された「サクラメント」がいい。3拍子だからね。ピアノを弾く相澤徹は、板橋文夫みたいだ。モロぼくの好みじゃないか!
 
続き)で、検索してみたら、RTした記事を見つけた。ビックリだ。相澤徹は群馬大学医学部を主席で卒業後、信州大学医学部内分泌学教室大学院に進学。ちょうどその頃、このレコード盤はプロモーション目的でわずか数百枚プレスされた。もちろん販売はされなかった。それが今や世界中から垂涎の激レア盤
 
続き)主席→首席の間違い。相澤は演奏活動をやめ、本業の医学の道を邁進する。1975年群馬大学医学部卒業。1982年信州大学大学院修了。オレゴン大学研究員、ロチェスター大学研究員、信州大学健康安全センター教授、信州大学医学部医学教育センター教授を経て、2010年から相澤病院糖尿病センター顧問。
 

なな、なんと! 噂の激レア盤『TACHIBANA』相澤徹カルテットが、6月20日にCDで再発されるとのこと。ほんとビックリ!

2018年6月28日 (木)

今月のこの一曲『ユニコーン』作詞:友部正人、作曲:原田郁子


YouTube: 原田郁子fujirock08

■3年くらい前の6月(2015/06/13)に、クラムボンの「Folklore(フォークロア)」を取り上げた。6月に台風がやって来る歌だったからね。

以前から、6月は鬼門で、いろいろと厄介なことが起きてきた。確か、そのちょうど1年前(2014年の6月7日)体調を崩し伊那中央病院に2週間入院することになるのだった。慢性硬膜下血腫だった。転倒を繰り返す、老人の病気じゃん。ほんと恥ずかしい。どこで転んだか、よく覚えていないのだ。

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■クラムボン「フォークロア」に関して書いた、その約1ヵ月後の 2015年の7月5日、このとき初めて、2007年から毎年この時期に南箕輪村の酒店「叶屋」で開催されている「友部正人ライブ」に参加したんだ。そのとき、彼が歌ってくれたのが、この「ユニコーン」だった。なんていい曲なんだ。なんていい歌詞なんだ。マジで泣いてしまったよ。

 友部正人を知ったのは、ぼくが中学2年生の時だ。1972年のことだ。フォークソングがブームだった。吉田拓郎のレコードは無視したが、泉谷しげる『春夏秋冬』、加川良『親愛なるQに捧ぐ』と買って、特に加川良はそれこそ毎日毎日レコードがすり切れるほど聴いた。フォークギターも買ってもらって、フィンガー・ピッキング奏法とか一生懸命練習した。

そして、1973年に入ってから新宿のレコード店「アカネヤ」で入手したレコードが、友部正人『にんじん』(URC) だ。加川良とはぜんぜん違う友部の歌声は衝撃的だった。特に『乾杯』って曲。1972年2月に、日本国民全員がテレビの前に釘付けとなった、あの「あさま山荘事件」を唄ったトーキング・ブルース(加川良「下宿屋」や、海援隊「母に捧げるバラード」みたいに、唄わない歌のこと)だ。キーが外れた彼の歌声は正直下手だ。だけど、14歳の中2男子のココロには真っ直ぐ突き刺さったのだ。そう、一本道の「中央線」みたいにね。

■最近読んだネット記事によると、人間は14歳の時に聴いた音楽が、その人の一生に、ずっと強い影響を与え続けるのだそうだ。ほんとその通りだと思う。あの頃信じたものは、みんな「ほんもの」なんだよ。絶対にそうさ!

なにも音楽だけに限らないぞ。ぼくの場合、TBSラジオ・アナウンサー林美雄の深夜放送「パックイン・ミュージック」の影響は絶大だった。

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■そうさ! 60歳になろうとしているというのに、未だに中坊だった14歳の自分を抱えているのさ。それが「ユニコーン」なんじゃないかな? 

君から生まれた ぼくは

ユニコーンだよ

若い涙は

強い角になったよ

君から生まれて

孤独を知ったよ

音のない世界で

■Twitter より。

南箕輪村の叶屋酒店での友部正人ライヴ。今年で11年目だって。毎年6月末にこうして目の前で友部さんに歌ってもらえる贅沢を噛みしめている。ラス前の「一本道」「反復」そしてアンコールで「遠来」と「夕日は昇る」を歌ってくれたよ。来年もまた来てくれるって。

続き)叶屋店主の倉田さんが、開演前にリクエスト曲を募って回っていたので、ぼくは「ユニコーン」をリクエストした。友部正人さんの詩にクラムボンの原田郁子さんが曲を付け彼女がソロで歌っている。大好きなんだこの曲。CDも買った。ただ、初めて聴いたのは3年前のここ叶屋で、友部さんが歌ってくれたんだよ。

続き)前半で友部さんが歌ってくれたのは「ぼくは君を探しに来たんだ」「ある日ぼくらはおいしそうなお菓子を見つけた」「いっぱい飲み屋の唄」「歯車とスモークド・サーモン」「夜よ、明けるな」「朝は詩人」「ダチョウのダック」「地獄のレストラン」あとは忘れちゃった。

続き)後半で友部さんが歌ってくれたのは「誰もぼくの絵を描けないだろう」「マオリの女」「老人の時間 若者の時間」「小林ケンタロウの回鍋肉」そして、歌ってくれましたよ「ユニコーン」。泣いちゃったな。

続き)あ、いま思い出した。最初の頃に「待ちあわせ」と「けらいのひとりもいない王様」も歌ってくれたな、友部正人さん。

メモしていたワケじゃないから、ものすごく不正確なのだけれど、あと「日暮の子供たちの手を引いて」「船長坂」「ブルース」も歌ってくれた。「ブルックリンからの帰り道」もだっけ?

友部正人に関して書いた過去の記事(2016)

友部正人に関して書いた過去の記事(2017)その1

友部正人に関して書いた過去の記事(2017)その2

2018年4月25日 (水)

今月のこの一曲『ダチーチーチー』。R&B界の名ドラマー、バーナード・パーディー


YouTube: King Curtis - Memphis Soul Stew

■去年のいつ頃だったか。星野源と細野晴臣の『TV.Bros』での連載「地平線対談」を読んでいて、あっ!と思ったのだ。星野:「今度の新曲『Family Song』では、シンバルを使わないでみようと思ったんですね。60年代末から70年代前半のソウルを聴いていると、シンバルを一回も使ってないんです。ハイハットはあるんですけど…」

気がつかなかったよなあ。R&Bのドラマーはシンバルを使わないのか! 目からウロコでしたよ。ジャズ・ドラマーでは考えられないよなあ。ロック界ではなおさらね。

それで思い出したのが、R&B界の重鎮ドラマー、バーナード・パーディーだ。彼の名は恥ずかしながらつい最近まで知らなかった。初めて記憶に留めたのが、TBSラジオ『ライムスター宇多丸のウィークエンド・シャッフル』2017年1月14日の放送の回を、たまたまリアルタイムで聴いていた時のことだった。(YouTube に最近まで確か音源が残っていたはずなんだが、検索しても残念ながら見つからない)


YouTube: Alice Clark - Never Did I Stop Loving You

■ちょうど1年前の5月に、たまたま来日していたバーナード・パーディーを、ライムスター DJ JIN と、オカモト "MOBY" タクヤの2人が突撃インタビューした音源は「ニコニコ動画」に残っていたぞ。

http://www.nicovideo.jp/watch/sm31258691

文章での書き起こしは「こちら」ね。

で、この放送を聴いたレコード会社の人が「ダチーチーチーのCDを出しましょう!」って言ってきたんだって。そうして発売されたのがこれだ。ぼくも買ってしまったよ。ただ、P-VINE だったから、冒頭にあげた『King Curtis / Memphis Soul Stew』は、残念ながら収録されていない。アトランティック・レコードだったからね。


YouTube: V.A.『ダチーチーチー』ティーザー

【追記】:CD「ダチーチーチー」に、契約レーベルの関係で収録できなかった「重要な楽曲」に関して、なんと! MOBYさんが「ダチーチーチー補習編」として、30曲も Spotify にプレイリストを挙げてくれた。

こちらの3曲目に『King Curtis / Memphis Soul Stew』が入っている。続いてアレサ・フランクリン。スティーリー・ダンや、日本人の曲も。

■で、自前のCDで、バーナード・パーディーがドラムを叩いて「ダチーチーチー」しているのを探したんだ。すぐに見つかった! ラリー・コリエル『FAIRYLAND』(フライング・ダッチマン)のラストに収録された「Further Explorations For Albert Stinson」だ。

2017年11月 8日 (水)

「今月のこの1曲」:Pat Martino 『Sunny』

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■オリジナルは、Bobby Hebb(1966)だが、ぼくが「この曲」を初めて聴いて、いいなって思ったのは、オランダの歌姫:アン・バートンが『ブルー・バートン』で歌っているヴァージョン。なんかね、下町の「小股の切れ上がった姐さん」が唄ってる感じ? じつに格好良かったんだ。


YouTube: 「Sunny」 Ann Burton

次に聴いたのは、ソニー・クリスの「サニー」だ。これもよく聴いた。ソニー・クリスのサックスは、西海岸の乾いた音がしたんだよ。根っから明るいカリフォルニアかと思ったら、でも少しだけ陰りがある。そこがたまらない。何だろうなぁ。どーせ俺なんか、チャーリー・パーカーの足下にも及ばないB級サックス吹きでいいんだよって、開き直って演奏している。

ちなみに、このレコードのライナーノーツは、若かりし頃の村上春樹氏が書いている。ピアノは、村上さんが大好きなシダー・ウォルトンだ。


YouTube: Sunny - Sonny Criss

■でも、最近初めて聴いて「おっ!」と思ったのが、パット・マルティーノの『ライヴ!』3曲目に収録されたヴァージョン。これだ。


YouTube: Pat Martino - Sunny

ドラムスが「しゃかしゃか」してるけど、決して出しゃばらない。そのリズム・キーピングのテクニックが、まずは素晴らしい。それから、パット・マルティーノが同じフレーズを「これでもか!」とリフレインして場を盛り上げるのもズルい。そのプレイにつられて、キーボードも熱いソロをカマしてくれているんだ、これが。

■ YouTube 上には、2002年にパット・マルティーノが、ジョン・スコフィールドと共演したライヴ・ヴァージョン(映像)とか、こんなライヴ映像とかもあったぞ。

YouTube: Pat Martino - Sunny - LIVE at Chris' Jazz Cafe


YouTube: Pat Martino Trio with John Scofield - Sunny

■検索したら、オリジナルの Bobby Hebbの音源に加え「この曲」を洋邦問わずいろんな人たちが歌う、数々のカヴァー・ヴァージョンを集めた「まとめサイト」を見つけた。驚いたな。ラストに収録されているのは、なんと、勝新太郎が歌っている「サニー」なのだ。

2017年8月 8日 (火)

ハンバートハンバートの新譜『家族行進曲』が素晴らしい!


YouTube: ハンバート ハンバート"がんばれ兄ちゃん"(Official Music Video)

■7月の初めに発売されたハンバートハンバートの新譜『家族行進曲』を繰り返し聴いている。処置室のラジカセに入れて、エンドレスで朝から夕方までね。もう1ヶ月以上毎日ずっと聴いているけれど、まったく飽きない。

なんかね、咬めば咬むほど味が出る「スルメ」とでも言うか、習慣性、いや「中毒性」がある、ある意味危険な音楽なんだよ。その原因をずっと考えていたのだけれど、少しずつ判ってきたんだ。まず、

1)佐野遊穂さんの「声」が、優しい。

  ぼくは以前「こんなこと」を書いている。女の人だって、年をとれば加齢と共に「声質」は変わってゆく。これは生理的なことだから、どうしようもないんだ。『道はつづく』の頃の遊穂さんの声を、いまの遊穂さんに求めても、それは無理な話なんだよ。じつはそう諦めていたんだ。ほんと言うとね。

ところがどうだ! このCDの、7曲目「真夜中」8曲目「ひかり」9曲目「ただいま」と、3曲続く遊穂さんの歌声に、ぼくはたまげてしまったんだよ。なんて優しい声なんだ。慈愛に満ちあふれていて、すべてを許してくれているような、そっとやさしく抱きしめてくれるような声。

確かに『道はつづく』の頃の、天空まで突き抜けるような鮮烈な高音の伸びはない。でも、あの頃の彼女の声は、いま改めて聴いてみると案外つっけんどんで冷たいことに気付くんだよ。特に『おなじ話』とか聴いてみるとね。

何なんだろう? この違いは。遊穂さんが3人の男の子たちの「おかあさん」になったからなのかな?

その答が、『MUSIC MAGAZINE 7月号/2017』p72〜75 に載っている、松永良平氏によるハンバートハンバート・インタヴューで明らかになった。以下引用。

佐藤良成:今までは基本的に遊穂に自由に歌ってもらっていいと思っていました。それが変わったきっかけは、ミサワホームのCMソングで歌唱を依頼されたことなんです。普段のライヴでは、遊穂は結構パワフルに声を張っていて、それが標準になっていたんですけど、今回は先方の意向として「透明感のあるきれいな声で歌ってほしい」というのがあったんです。

それで、昔の作品を聴き返したら、「みんなが聴きたいハンバートハンバートって、そっちだった!」って気がついたんです。自分でもそのことが納得いったので、今回の歌録りではそこを意識して指示を出しました。

佐野游穂:たとえば「雨の街」だったら、「主人公は大変な状況ですごくがんばってるんだから、声もそんなに大きく張り上げる感じじゃない」という指示があったり。(中略)

---- 最後に余談として、二人の「家族」である子供たちは、このアルバムを聴いているのか質問してみた。

佐野游穂:長男は「がんばれ兄ちゃん」が自分のことだと思うみたいで、「この曲飛ばして」って不機嫌になっちゃいます(笑)。次男に「どの曲が好き?」って聞いたら「ただいま」が好きだって。

佐藤良成:ふーん、シブいね! シブいところいくんだなあ(笑)

■『家族行進曲』の9曲目に収録された「ただいま」のタイトルには、ダブル・ミーニングが隠されている。ちょうどいま「お盆」だから分かるのだけれど、「ただいま」って帰ってくるのは、亡くなった「おばあちゃん」でもあるのだよ。

それから、遊穂さんの「声の回復」に関しては、約1年前に出た『FOLK』の感想の中で僕は言及して、2016年6月10日、21日ツイートしている。過去のツイートをたどって行ったら、あったあった。これだ。

注文しておいた、ハンバートハンバートの新譜『FOLK』がようやく届いた。緑色のDVD付き初回限定版だ。DVD付きだと密林は何故か割引価格。得した気分。早速CDを聴く。1曲目「横顔しか知らない」いい曲だな。ビックリするのは遊穂さんの声。若返ってるんじゃないか? 突き抜ける高音の伸び(2016/6/10)

寝る前に、ハンバートハンバート『FOLK』のDVD「FOLK LIVE」を見始めたら良くって、寝むれなくなっちゃったよ。MCが変で可笑しい。ステージ・バックの暖簾イラストが「暮しの手帖」みたい。ミサワホームのCM曲に始まって、次は大好きな「バビロン」。「ロマンスの神様」もいいな。(2016/6/10)

『ミュージック・マガジン』最新号(7月号)を買ってきた。お目当ては、ハンバートハンバートへのインタビュー記事P74~77(小島エージ)だ。新作CD『FOLK』を聴いて、ぼくが一番驚いたのは遊穂さんの声質だ。10年前の「あの声」が、確かに復活している。蔵出し音源かと疑ってしまったよ。(2016/6/21)

続き)でも、違ったみたい。明らかに最新録音のCDだった。ただし、バックのギター伴奏とヴォーカルは別録音。しかも、遊穂さんのヴォーカルは「プロトゥールス」で遊穂さん自ら操作して録音したんだとのこと。あ、なるほどな。そういうことだったのか。納得。(2016/6/21)

続き)『FOLK』というタイトルだから、1970年代の名曲カバーも収録されている。『生活の柄』『プカプカ』そして『結婚しようよ』。「もうすぐ春が~ペンキを肩に~」は、僕ら高校生のころ「便器を肩に~」って歌ってたっけ。でも一つ残念だったのは、加川良の名が出てこないことだ。僕は大好き(2016/6/21)

続き)だって、ハンバートハンバートのことを初めて知ったのは、なんとテレビで、2006年8月にNHKBS2で放送された『フォークの達人』第5回、加川良の回で、ハンバートハンバートとコラボで「流行歌」と「夜明け」が歌われたのを見た時だ。「夜明け」という曲は、加川良作だとばかり思ったよ(2016/6/21)

■ぼくが、ハンバートハンバートの曲を初めて聴いたのが、この『夜明け』だ。彼らの数ある名曲の中で、ぼくが一番好きなのは、実を言うと、この『夜明け』なのかもしれない。

2)サウンドの統一性。計算し尽くされた緻密なアレンジ。

■『家族行進曲』の基本サウンドは、どこか懐かしい雰囲気を醸し出す「アコースティックなカントリー・ミュージック」だ。しかも、曲によって参加ミュージシャンが次々と変わるのにも関わらず、通して聴いても不思議な統一感があって、自然で違和感がない。これはたぶん、佐藤良成による「曲構成の設計図」が、きっちりしていたからなのだろうな。

あと、驚くのは、エレキギターやドラムスが、まったく五月蠅くないこと。特にドラムス。けっこう派手に飛び跳ねているにも関わらず、ぜんぜん「じゃま」になっていない。その真価が『ひかり』という曲で炸裂する。

3)初回限定盤に付いてくる DVD が充実している。前半の、東十条商店街で収録された「PV」。それから、後半の中国ツアー・ライヴ。

 (7月7日のツイートより)

2017年7月20日 (木)

友部正人ライヴ at 『叶屋』(その2)『ロックンロール』

■当日の様子が、叶屋のサイトにアップされているぞ。

そうか、打ち上げは夜遅くまで盛り上がったのだな。帰宅後にアップしたツイートを以下に再録しておきます。

先だっての6月25日の夕方、南箕輪村の老舗酒店「叶屋」で開催された『友部正人ライヴ』についてブログに書きました(まだ途中)。ぼくは中学生のころからのファンなので、やっぱり昔の歌を聴くとイントロだけで涙が溢れてくるんだ「公園のD51」「誰もぼくの絵を描けないだろう」「一本道」、

続き)「大阪へやって来た」「どうして旅に出なかったんだ」「古い切符」「朝は詩人」「地獄のレストラン」。新しい曲も好きだよ。「隣の学校の野球部」なんて笑っちゃうし「日本に地震があったのに」もいい。今回初めて聴いた曲の中では『モスラ』がよかった。僕もほんとそう思う。

続き)ただディランがノーベル文学賞を取ったことだし、友部さんが訳した「アイ・シャル・ビー・リリースト」が聴きたかったし、加川良が亡くなったので、彼が歌詞に登場する「トーキング自転車レースブルース」も聴きたかったな。でも、アンコールの最後のリクエストに応えて歌ってくれた、

「ロックンロール」は、ホントよかった! 今回初めていっしょに行った妻も「この曲」が一番よかったと言ってた。彼の歌に「懐メロ」はない。いつどんな時も「いま歌うべき歌」ばかりなんだ。最近、70年代にヒットを飛ばしたフォーク歌手たちが10組近く集まって同窓会コンサートをやってる。

続き)あれって、何なんだろうなぁ。元「オフコース」小田さんのコンサートの映像とか見ると、客席のほとんどは50〜60代の初老の男女ばかりだ。過ぎ去りし「青春の日々」をただただ懐かしむための「装置」が小田さんなのだ。それって、小田さん、どうよ? 嫌じゃないのかな?(2017/06/26)

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(写真をクリックすると、大きくなって活字が読めるようになります)

■もちろん、小田和正さんにも若い今のファンは多い。毎年年末にTBSで放送される『クリスマスの約束』を見ていると、小田さんをリスペクトする若手ミュージシャンが多数出演している。

ただ、友部正人をリスペクトする若手ミュージシャンはその熱量が違う。

古くは、「ブルーハーツ」真島昌利、「たま」知久寿焼。

友部正人のベスト盤『ミディの時代』には、2010年5月23日に下北沢「ガーデン」で、友部さんの還暦祝いをかねて開催された『友部正人トリビュート・ライブ』の模様を収録したDVDが「おまけ」で付いているのだが、これがほんと見応えがあるのだ。

友部正人のカヴァー曲を歌う参加ミュージシャンは、友部さんの奥様のユミ(小野由美子)さんがリストアップし出演依頼したという。ただ、楽曲選びは「本人におまかせしました」とのこと。驚いたことに、この人には「この曲」を唄って欲しいよなっていう選曲を全員がまさにしていたことだ。

1「あいてるドアから失礼しますよ」ハンバートハンバート

2「なんでもない日には」峯田和伸

3「こわれてしまった一日」森山直太朗

4「夜よ、明けるな」バンバンバザール

5「待ちあわせ」YO-KING

6「一本道」知久寿焼

7「カルヴァトスのりんご」リクオ

8「遠雷」三宅伸治

9「ゴールデン。トライアングルのラブソング」原マスミ

10「誰もぼくの絵を描けないだろう」遠藤ミチロウ

当日のセット・リスト及びコンサートのレポートは、こちら(その1)(その2)に詳しい。

ベストは、知久さんの「一本道」だな。これは凄いぞ!

■ところで峯田和伸クン。彼は「ブルーハーツ」経由で友部を知ったのか? 違うのか?

どうも、実家の「峯田電器」を継いだお父さんが学生時代から友部正人が好きで、同時期に山形大学に在籍していた「遠藤ミチロウ」がプロデュースした友部正人のライブを見ていたらしい。

(まだまだ続く)

■いま、トイレでずっと読んでいるのが『恋と退屈』峯田和伸(河出文庫)だ。245ページまで読んだ。面白い! 峯田クンは「ことば」に対して真摯なんだよね。自ら発した「言霊(ことだま)」に、常に責任を持とうと努力している。もちろん、上手くいかないことの方が当然多いのだけれど、それでも「その姿勢」を崩そうとはしない。

242ページ。銀杏BOYZ 初めての「渋谷公会堂ライブ」2005年1月23日の記載に、友部正人の文字が登場する。ライブ開演前。「満員の会場に友部正人さんのCDが流れている。スタート時間から15分遅れて開演。照明が消える」

『恋と退屈』には収録されなかったが、2005年11月27日のブログに、こんなことが書かれている。

思潮社から出版されている「現代詩手帖」11月号で、友部正人さんが毎月連載している「ジュークボックスに住む詩人」に銀杏BOYZが取りあげられている。友部さんが僕らのことを2ページまるまる書いてくれている。しかも友部さん本人が手紙つきでその本を僕らに贈り届けてくれたんだ。

僕は今日、友部さんに手紙を書いてた。思っている事をそのまま言葉にできればいいのだけれど、なかなかうまく書けない。言葉を選んでしまう。どうしてなんだろう。自分を良くみせようとしてしまうからなんだろう。しばらくペンを置いて、1時間ほど考えこんだよ。結果、もうこうなったらありふれた言葉を使ってもいいから素直に自分の嬉しい気持ちを、嬉しい気持ちのまま書こうと思ったんだ。そもそもなんで友部さんに手紙を書こうとしたかって、その動機は「嬉しかったから」なんだもの。だから「ありがとう」を伝えたいんだ。

■峯田くんとロックに関しては、NHKBSドラマ『奇跡の人』と、エッセイ本『ガケ書房の頃』(夏葉社)の感想のところで書いた。ここにも友部正人が登場する。その続き、小田嶋隆氏が語るロックについて。

■NHK朝ドラ『ひよっこ』で、峯田和伸が演じる、みね子の叔父:小祝宗男が上京してきて「ビートルズ」について熱く語るシーンがあったが、あれがそのまんま「ロックンロール」だったように思う。

2017年7月11日 (火)

映画『バンコクナイツ』を観てきた。+『満月』豊田勇造


YouTube: 豊田勇造「満月」

■この間の日曜日、松本へ映画を観に行ってきた。以下は帰宅後寝る前、酔っぱらって一気に連続ツイートしたので、恥ずかしい間違いだらけだったのだが、訂正して再び載せます。

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松本シネマセレクト企画、富田克也監督作品『バンコクナイツ』を、まつもと市民芸術館へ観に行ってきた。3時間強の上映時間だったけど、今日は座蒲団持参だから尻は痛くない。それにしても見終わった頭の中が未だカオス状態で、うまく言葉に出来ない。それに、じつはタイへは一度も行ったことないんだ。(7月9日)

今まで見たことのない不思議な映画だったな。角田光代の旅エッセイを読みながら、行ったこともない東南アジアの熱帯夜を体感したような。いや違うな。牯嶺街少年たち「外省人」家族が、台湾で生きてゆくしかない閉塞感に苛まれたように、もはや日本に帰ることはできない「沈没組」の菅野の言葉にこそ「リアル」を感じた。

映画『サウダーヂ』は観てないんだ。ただ、菊地成孔氏が絶賛しているのをブログで読んでたし、ラジオで菊地さんが『バンコクナイツ』にはクラウドファンディングで、そこそこのお金を出していると言ってるのも聴いた。さらに、作家の山田正紀氏がツイッターでめちゃくちゃ褒めているのも読んだ。だからこそ見に来たんだ。

 

上映後のアフタートークに登壇した共同脚本の相澤虎之助さんの話が示唆に富んでいたなぁ。一つは「楽園&桃源郷」の意味するもの。それから、元自衛隊員オザワが、パタヤビーチで元ベトナム帰還兵の老人から購入した45口径(9mm)の拳銃の使いみちに関して。あのラスト、荒井晴彦氏からは怒られたとのこと。

監督の富田克也氏が自ら演じた、PKOでカンボジアに投入された元自衛隊員オザワだが、彼が醸し出す不思議と醒めた(諦めきった)雰囲気。以前にもどっかで観た気がして家に帰るまでずっと気になっていたんだ。あ、そうだ。日活ロマンポルノの傑作、田中登『まる秘色情めす市場』の主人公、芹明香がシャッターが閉まったアーケード商店街で出会った、指名手配の殺人犯そっくりの男だ。

芹明香は、いまだに同業(娼婦)を営んでいる母親(花柳幻舟)を心底憎んでいる。そんな母親が産み落とした弟は白痴だ。飛田遊郭街を死ぬまで出て行くことが出来ない諦め。そのとき「ここより他の場所」へ彼女を連れ出してくれるかもしれなかったのが、あの指名手配の殺人犯そっくりの男だった。

バンコク「タニヤ通り」で日本人相手に体を売るヒロイン「ラック」と、飛田新地で売春する「トメ」(芹明香)は、じつは境遇がよく似ている。そういうことに思い至った。

映画『バンコクナイツ』。カメラがね、とにかくすばらしい! バンコク夜の歓楽街。国北イーサン地方の、とうとうと流れるメコン川を高所から見下ろすシーン。夕闇。いつも満月。ラオスの田舎の山。ベトナム戦争の時、アメリカ軍が空爆して出来たラオスの沢山のクレーター。ぜひとも行ってみたいと思ったよ。

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■この『バンコクナイツ』という映画は、観客を選ぶと思った。若い頃、国内外を彷徨った経験のある、かつてのバックパッカーは、圧倒的共感をもって激賞するだろう。間違いない。だから、ぼくは映画を見終わった直後に思い浮かべたのは、作家の角田光代さんであり、6つ年が離れた成田の兄貴のことだった。

兄貴は学生時代から世界各国を旅して廻っていた。ヨーロッパも東南アジアも。60を過ぎたいまだに旅を続けている。南米マチュピチュ、カンボジア、イギリス、ポルトガル。未だ行ったことのない所は、南極大陸ぐらいじゃないか。

兄貴がなぜ旅に出るのか? よく分からなかった僕は、大学3年生の夏休みに兄貴のバックパックを借りてヨーロッパ1周1ヵ月半の旅に出た。いろいろなことがあったよ。貴重な体験だったと思う。

そんなようなことを、小児科医になってから当時の助教授に偉そうに話したんだ。そしたら、助教授は言った。「君は、インドへ行ったことはあるか? 俺は行ったことがある」と。

 

恥ずかしかったなぁ。何を偉そうに「旅」を語っていたんだ、オレは。

ぼくは東南アジアを旅したことがない。そんな奴に「旅」を語る資格なんかないのだ。間違いない。

 

この映画『バンコクナイツ』を観ながら、あの時の助教授の言葉をリアルに思い出していたよ。

旅とは何か? そのことは長年の謎だった。

日本各地を旅して廻っていた学生の頃、ぼくが考えていたその定義とは、

   旅行:おみやげを買って帰る 

   旅: おみやげは買わない

つまり「旅」とは、非日常の中に「日常」をたぐり寄せる作業。だからもちろん、おみやげは必要ない。その観点からすると、映画『男はつらいよ』の主人公「寅さん」には、お土産を買って「帰って行く場所」が常にあった。

■この、結局は失敗しても常に帰る場所があるってことが、寅さんの甘えだったワケだ。でも、映画『バンコクナイツ』に登場する日本人はみな、帰る場所がない。そのことは重要だと思う。

ぼくはとっくの昔に「旅すること」を止めてしまったのだけれど、いまだに諦めきれず「ここより他の場所 = 楽園」を夢見て、異国のバンコクで蠢いている日本人たち。あぁ、哀れなのか? それとも……。

■映画『バンコクナイツ』には、何度も夜空に月が出ている。しかも、いつも「満月」なんだ。少し前に観た、急逝したマレーシアの女性監督の映画『タレンタイム』にも、満月が何度も登場した。

月は女性の象徴だ。そう思ったよ。

それから、『タレンタイム』と『バンコクナイツ』の重要な共通点が「音楽」だ。ワールド・ミュージック好きを自称するこのぼくが、聴いたこともない超ローカルな地元音楽にあふれているんだ。これ、ちょっと凄いよ! 

タイの東北部、ラオス国境に近いヒロイン「ラック」の生まれ故郷「イーサン地方」にカメラが移動すると、彼女は祈祷所のような部屋に行って、イタコのおばさんが古い物語を語り出すんだ。「モーラム」という語り芸なんだって。このオバサン、次第に語りが「謡い」みたいになって朗々と唄い出す。このシーンはゾクゾク来たな。

あと、メコン川のほとりでオザワが出会う革命詩人の幽霊。ミスター・マリックみたいな風貌で飄々としていて、なかなかに味わい深かった。

■で、映画の最後。エンドロールもそろそろ終わりかと思う頃、流れ出すのが、この豊田勇造さんが唄う『満月』って曲。タイでは誰でも知ってる名曲なんだって。沁みるよね。

■検索したら、監督の富田克也氏への「ロングインタビュー」があった。ビックリだな。最初は、映画作りに関してまったくの素人だったんだね。

 

2017年6月26日 (月)

友部正人ライヴ at 叶屋(南箕輪村)

■昨日は、南箕輪村の老舗酒屋さん『叶屋』で行われた「友部正人ライヴ」に出かけてきた。毎年、この時期に開催されていて、今回で10回目なんだそうだ。ぼくは3年前からの参加で 3回目。会場には40人以上の人たちが集まった。去年も一昨年も見かけた「常連さん」が多い。

■酒店内に作られた特設ステージに、なんと!「サングラス」をかけた友部さんが登場した。驚いたな。

ボブ・ディランにそっくりじゃないか! 鼻が二人とも「鷲鼻」だから、ほんとよく似てる。おもむろに歌い出した曲は何だったか? う〜ん、忘れてしまった。『6月の雨の夜、チルチル ミチルは』だったっけ。いや、違うな。でも、久々に聴いた「この曲」の歌詞が、グサリと僕の胸に突き刺さった。

もう会えないと思うからと

ぼくに1曲うたわせる

それほどよくはうたえなかったのに

最高最高とチルチルは言う

もし死にに行く人になら

いい思い出だけにはなりたくない

そう思いながらも手を振って 黒い車を見送った

知らないことでまんまるなのに

知ると欠けてしまうものがある

その欠けたままのぼくの姿で

雨の報道にいつまでも立っていた

6月の雨の夜、チルチル ミチルは

からの鳥かご下げて死の国へ旅立った

ゆうべのままのこのぼくが

朝日をあびてまだ起きている

■2曲目は『マオリの女』だった。去年も聴いたが、この曲はほんと沁みるなあ。名曲だ。

タヒチへ渡ったゴーギャンが、現地でめとった幼妻のことを歌っている。フランス人のゴーギャンが、骨を埋めるつもりて訪れたタヒチには、結局2年間くらいしか住まなかった。そして帰国後は2度とタヒチへは帰らなかったのだ。幼妻は島に置き去りにされた。あんなにも一生懸命愛した外国人の夫に、いとも簡単に捨てられたのだ。

■ネットで調べたら「叶屋」店主の倉田さんは 1959年7月生まれだそうだ。なんだ僕より1学年若いのか。2〜3歳年上かと思っていたよ。友部さんが初めて「叶屋」を訪れた10年前には、まだ高校生だった倉田さんの娘さん。この日は赤ちゃんを抱っこして会場で笑顔をふりまいていた。

■『6月の雨の夜、チルチル ミチルは』は、理由は分からないけれど生き続けることが出来なくなってしまった哀しい夫婦(子供2人あり)の歌だった。そう言えば『マオリの女』も夫婦の歌だ。友部さんは、冷めきった夫婦の歌をもう一曲歌った。タイトルも知らない曲だ。ぼくは今回、遠慮しいしい初めて妻をさそって珍しく彼女が「行ってもいいよ」って言ったから二人で来たのに、それはないんじゃないか(^^;;

そしたら友部さん。『バレンタインデイ』という、いい感じで年をとった仲むつまじい夫婦の歌も唄ってくれた。でも、ちょっと取って付けたみたいだったな。「叶屋」夫婦に捧げる歌だったのかな。

友部さんの奥さんは「ユミさん」だ。もう、ずっと昔からそうだ。ほんと偉いな、友部さん。

■酒屋さんでのコンサートなので、開演前と「中入り」の時間帯には、無料で日本酒が振る舞われる。ただ、去年も一昨年も、一人で車を運転して行ったから、お酒は飲めなかった。でも、今回は「帰りの運転手」がいる。しかも、彼女のOKもでた! やったね。叶屋イチオシの「夜明け前」吟醸、「久保田」千寿、「緑川」を次々とお替わりして頂く。いやぁ、おいしいなぁ。(まだ続く)

2017年6月 9日 (金)

『新 荒唐無稽 音楽事典』高木壮太(平凡社)

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■読み終わって、もうずいぶんと経つのだけれど、これは傑作だなぁ。しみじみ。

以下は、読みながら連続ツイートしたもの(少し修正・改変あり)を、ここにまとめておきます。

『新 荒唐無稽音楽事典』高木壮太著(平凡社)を、トイレでずっと読んでいる。おもしろい! 事典を「あ」から順番に欠かさず項目を読むなんて、初めての経験だ。 (3月28日)

続き)今日【た】に入った。とんでもない「嘘・ホラ」に満ちてはいるが、マニアでも知らなかった「トリビア」ネタも散りばめられているので侮れないのだ。ただ、この事典の真骨頂は、読者がどんな音楽ジャンルのファンであっても、その3割弱が必ずほくそ笑む記載に溢れていることだ。

続き)例えば、【た】(p117) 項に載っている【ザ・タイガース】「京都のGSバンド。日本で一番人気があったが、解散後ボーカリストは原子爆弾で日本政府を脅かし、タンバリン担当の背の高いメンバーは甲羅を背負って天竺へ向かった」とある。決して嘘は書かれていない。全て真実である。(長谷川和彦監督作品:映画『太陽を盗んだ男』と、日テレ『西遊記』)

続き)109ページ。【ザ・スパイダース】「60年代、東京山の手の芸能人の子弟や上流階級の子弟が結成したバンド。他のバンドには買えない高価な楽器を見せびらかして、うらやましがらせていた。」とある。真実である。かまやつひろしの父親はディープ釜萢、堺正章の父親は、コメディアンの堺俊二。

『新 荒唐無稽音楽事典』と、私家版(旧版)との相違が気になる。PMS(Premenstrual Syndrome:月経前症候群)とあるのは、私家版の「生理中」を改訂したらしい。以下は「私家版」の書評だが、そのとおり! 「ニューロンの混線を誘発する、超知識とデタラメに彩られた滑稽本」濱田智

『新 荒唐無稽音楽事典』(平凡社)【ふ】まで来た。【ふ】は項目が多いな。【ぬ】と【ね】は1項目しか載ってないというのに。しかも、あの「ヌスラット・ファテ・アリ・ハーン」は載ってないじゃぁないか! (4月3日)

続き)『新 荒唐無稽音楽事典』で楽しいのは「シリーズもの」だ。「日本でだけ人気があった外国ミュージシャン」シリーズ。クロード・チアリ、ザ・スリー・ディグリーズ、ピエール・バルー、ファラオ・サンダース。もっといたけど忘れた。ヒガシマルうどんスープのCMに出演したのは誰か?

続き)あと、バラク・オバマ元大統領が登場する【オクターブ】と【ファルセット】。他にもあったかもしれないが忘れた。

ジャズ・ミュージシャンでは、超絶技巧のピアニスト&ドラマーの項目がみな同じ内容だ(アート・テイタム、バド・パウエル、オスカー・ピーターソン、アート・ブレイキー、エルヴィン・ジョーンズ、トニー・ウィリアムス)。ハービー・ハンコックだけちょっと違う。

『新荒唐無稽音楽事典』(平凡社)も、とうとう【り】まできた。残りあとわずかで名残惜しいぞ。「音楽界の巨人シリーズ」。大バッハは身長が10mくらいあったらしい。それから、ニール・ヤングは身長5m、ジェームス・テイラーは2m50cmくらいあるらしい。ニルヴァーナのベーシストは身長4m。(4月8日)

あと、個人的お気に入りは「ザ・ポリス」の3人のメンバーの中で最も地味な【アンディ・サマーズ】が一番フィーチャーされていることだ。続けて【ニール・セダカ】の項目を読むと泣けるよ。

「巨人シリーズ」といえば、もと読売巨人軍ウォーレン・クロマティもやたらフィーチャーされているよ。→【ラッシュ】

「日本でだけ人気があって、とうとう日本に定住してしまった海外ミュージシャン」は、クロード・チアリの他にも、スタニスラフ・ブーニンがいた。あと、これは事典に載っていないが、ファラオ・サンダースの息子は茨城県水戸市に住んでいたらしい。

 4月11日

『新荒唐無稽音楽事典』の【ルディ・ヴァン・ゲルダー】の項。彼は「目医者」ではない。検眼技師。今でいう「視能訓練士」。まぁ、そんなこと著者は承知の上だろうが。(つげ義春『ねじ式』を参照のこと。)

■ぼくは、ロック・ヘビメタ・パンク・テクノ系が弱いから、知らないミュージシャン、バンドが多かったのだけれど、そんな項目でも読むとなんだかとっても面白いのだ。これは著者の力量と抜群のユーモアセンスによるものだ。

それにしても、あの「事典の平凡社」が、よくぞ本にしてくれました!

■あと、ツイートでは触れなかったが、【リズム・ネタ、擬音ネタ】がこれまたメチャクチャ面白い。

【クリック音】、【ギロ】、【ビリー・コブハム】、【マンボ】、【ミニマル・ミュージック】を見よ!

【ワルツ】もあった。

■それから、お終いに収録されている、【音楽史年表】と【付録1】【付録2】【付録3】にも、これまた大笑いだ。傑作!

■追補:これは著者のツイートで知ったのだが、【坂本龍一】の項。

 そこには、「『博士』の異名を持つ YMO のキーボード奏者」と記載されている。

とある読者が「これ、間違いじゃないですか?」と、指摘してきた。

著者は「なんだかなぁ」と、ガッカリしたそうだ。そこが笑いどころなのにね。水道橋じゃないんだからさ。

 


2017年5月12日 (金)

ラジオを聴いていて、個人的関心事項がいきなりシンクロした瞬間がうれしい。『All The Joy』Moonchild


YouTube: Moonchild - 'All The Joy' (Official Video)

■GWは、4月30日(日)に守屋山(1651m)を登りに行った。初めて登ったんだ。今年は近くの里山登山をすることに決めていて、守屋山は、その第一弾というワケだ。高遠町片倉を超えて立石登山口より登攀開始。国道右側に駐車場があって、アクセスは抜群だ。巨石群を巡りながら、1時間10分で頂上に到達。疲れた。汗ビッショリ。でも、山頂からは 360度の展望が望めるのだ。これには感動したな。

写真は、守屋山山頂からの南側の眺め。左端は仙丈ヶ岳(3033m)、真ん中に北岳(3193m)、右側は間ノ岳(3189.5m)。さらに右には塩見岳(3047m)が連なる。

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■登山口まで車で乗り付ける途中に聴いてきた FMカー・ラジオから、久々に聴いたのが、土岐麻子『TOKI CHIC RADIO /トキシック・ラジオ』だ。子供が小学生だった頃は、日曜日といえば毎週朝から車で外出していたから、土岐麻子のこの番組(2009年10月放送開始。FM長野では、毎週日曜日の朝9:30〜。地方局のみの放送で、収録している東京FMでは何故か放送されていない)は以前はよく聴いていたのだ。

この日の特集は「G・W・ニコル」GW特別「いやし空間特集」だった。

で、土岐麻子さんが選曲してFMラジオで流したのが、この曲「All The Joy」Moonchild だったのだ。車で聴きながら「あっ! この曲知ってる。CDでさんざん聴いたぞ」と思ったのだが、その日は「どのCD」で聴いたのか、よく思い出せなかった。

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■で、暫くして思い出したのがこのCD。『フリー・ソウル〜2010s・アーバンジャム』の、17曲目だ。去年はさんざん聴いてきたCD。「この曲」は、聴きながら「土岐麻子みたいなヴォーカルだなぁ」って思っていたんだよ。土岐さん自身もそう思ったのかなぁ。不思議なシンクロ。なんだか嬉しくなったんだ。

このCDには、ジャネット・ジャクソンをはじめ、エリカ・バドゥ、コリーヌ・ベイリー・レイなど、ネオ・ソウル界ベテラン女性歌手の新譜が収録されていることに加え、ルーマーとか KING とか要注目の新人も多数ピックアップされている。Moonchildも、そんな一つだった。

■ラジオといえば、5月4日(木)の午前中、NHKラジオ第一『すっぴん!』が渋谷で公開放送していて、金曜日レギュラーの高橋源一郎氏と、月曜日レギュラーの宮沢章夫氏が「大人の恋」をテーマに、それぞれ「オススメの一冊」を紹介し合っていて(ビブリオバトルの感じで)面白かった。

演出家である宮沢さんは、チェーホフの『三人姉妹』を、離婚を繰り返し、幾多の修羅場を経験されてきた高橋源一郎さんは、島尾敏雄『死の棘』。なんか、笑ってしまったよ。

さらに、5月5日(金)の夕方、外出先からわが家に帰って来て、たまたまラジオを付けたら、同じくNHKラジオ第一で放送していた「なぎら健壱のフォーク大集会」の終盤だけ聴くことができたんだよ。今回は「著名人リクエストアワー!」と題した有名人限定のリクエスト特集で、サイト内の「セットリスト」に載っている曲が、それぞれ有名人からのリクエストで順次流れたようだ。

ぼくが聴いたのは、その一番最後の宮沢章夫さんのリクエスト。候補曲を何曲か挙げていて、ディランII、斉藤哲夫「悩み多きものよ」、加川良はあったっけ? それから、友部正人の「あいてるドアから失礼しますよ」。

宮沢さんは「この曲」の主人公はいま「そのドア」から部屋の中へ入ってくるところなのか、それとも、たったいま部屋から出て行くところなのか? 気になって仕方がないんだって話をどこかでしたら、それを知った友部正人さんが宮沢さんに直接メールで回答してくれたんだって。

という話を、NHKアナウンサーの道谷眞平さんが読み上げた。じつは、宮沢さんに電話をつないで直接話を伺う段取りだったのだが、番組から電話をすると「留守電設定」になっていて、電話出演のことを宮沢さんはどうもすっかり忘れてしまっていたようなのだ。

このドタキャン騒ぎに、さすがのなぎら健壱さんも怒ってましたよ。当日の夜、宮沢さんはツイッターで以下のように言い分け。

宮沢章夫(笑ってもピンチ)‏ @aki_u_ench

翌週、5月8日(月)の『すっぴん!』は、あまり悪びれるでも、ひたすら恐縮するでもなく、さらっと終わってしまったようだ。

■なぎら健壱さんのラジオで、友部正人の「あいてるドアから失礼しますよ」が流れたあと、出演していたシンガーの辻香織さんが、「私、友部さんが『たま』と共演したCD『けらいのひとりもいない王様』に収録されている『この曲』が大好きで、何度も聴きました」って言っているのを聴いて「おっ!?」と思った。

じつはぼくも「このCD」を最近中古で入手して、よく聴いていたのだよ。ここでもまた、不思議なシンクロニシティ。4月26日の午後松本へ行って「ほんやらどお」で中古CDを物色していたら、店番のバイトの男子学生さんが店内BGM用に「このCD」をかけた。1曲目「夢のカリフォルニア」。

スピーカーから流れてきた友部正人の唄声に「おおっ!」と思った。2枚目のレコード『にんじん』に収録されている「この曲」が大好きなんだ。でも、このCDは初見。学生さんに「これ、売り物ですか?」って訊いたら、彼個人のCDで売り物じゃないとのこと。残念。でもどうしても欲しくなって、ネットで見つけて購入したのでした。

■ところで、この曲の主人公が部屋に入ってくるのか、それとも出て行くのか? 宮沢さんは結局、月曜日のラジオでは教えてくれなかったようだ。

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