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2017年5月19日 (金)

映画『牯嶺街少年殺人事件』エドワード・ヤン監督作品をみた

■映画とは、本来、真っ暗な映画館のスクリーンに向かってたった一人、その観客はこれからの上映時間を「この映画」に捧げることを覚悟のうえスクリーンと対峙するものであった。少なくとも、ぼくが映画を見始めた頃はそうだった。

まずは闇だ。映画は闇から始まることになっている。

斉藤耕一『旅の重さ』のファースト・シーンを見よ。


YouTube: 旅の重さ

■この、真っ暗な闇に、縦に白い光が差し込む瞬間が映画の始まりなのだ。ちなみに、このシーンは、ジョン・フォード監督作品『捜索者』へのオマージュとなっている。このことを教えてくれたのは、当時映画雑誌『リュミエール』編集長だった、蓮実重彦氏。


YouTube: 捜索者(プレビュー)

「リュミエール」とは、フランス語で「光」という意味だ。ただ、世界で初めて「映画」を発明した兄弟の名前が、偶然にも「リュミエール」であったことが全てを象徴しているのかもしれない。

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■映画雑誌『リュミエール』の最終号(vol.14 / 1988年冬号)は、どうしても棄てられなくて未だに持っている。エドワード・ヤン監督のことは、同じ台湾出身の映画監督、ホウ・シャオシェンと共に、この雑誌を通じて蓮実重彦氏から教わった。

ただ当時、侯孝賢(ホウ・シャオシェン)の映画は何本か観たが(『恋恋風塵』『童年往事』『非情城市』)何故か楊徳昌(エドワード・ヤン)監督の映画には触手が伸びなかった。当時は1本も観てないのだ。バカなことをしたものだ。どうして観に行かなかったのだろう? 

■『牯嶺街少年殺人事件』の紹介記事では、藤えりかさんの「この記事」がよい。

■それから、今回公開された、3時間56分のオリジナル全長版の「あらすじ」を【ネタバレ】で最後までコンパクトに分かり易く紹介しているのが「こちらのサイト」だ。映画を観た人が、よく分からなかったところを整理するのに実に良く出来ているのでオススメです。

■以下は、今回初めて「この映画」を観た直後の感想ツイート(一部改変あり)

エドワード・ヤン監督作品の台湾映画『牯嶺街(クーリンチェ)少年殺人事件』を初めて観た。松本シネマセレクト。圧倒的な3時間56分。これは凄いな。大傑作。思春期特有の残酷さ。切なく痛い映画だ。公開時なぜ見に行かなかったんだろう。
続き)むかし、スクリーンで見た『青春の殺人者』『十九歳の地図』『サード』などの日本映画を思い出した。主人公の家族が日本家屋に住んでいたせいか、妙に懐かしい感じもしたんだ。侯孝賢『非情城市』は公開時に見た。あれは本省人の苦悩の話だったが、今度は外省人の家族の生き辛さか。
続き)『牯嶺街少年殺人事件』の英語のタイトル名が『A Brighter Summer Day』なのが泣ける。エルヴィス・プレスリーの「Are You Lonesome Tonight」の歌詞から取られている。懐中電灯を持ち歩く主人公は言う。「この世界は僕が照らしてみせる」と。
続き)映画の光と闇。山東 (217 グループ) 一味のビリヤード場がやたら停電する設定になっていて、だからこそ、台風が来た夜に彼らを急襲する、台南ヤクザと小公園一味に停電がミカタするのだ。敵ボスの死に際を懐中電灯で照らす主人公。ここのシーンは忘れられない。『牯嶺街少年殺人事件』
続き)あと、中国本土から逃げてきた家族、知人、恩師の奥さん皆で記念写真を撮るシーン。侯孝賢『非情城市』にも、トニー・レオン一家が写真館で家族写真を撮るシーンがあったな。それから小津安二郎『麦秋』にも、印象的な家族一同での記念撮影のシーンがあった。『牯嶺街少年殺人事件』。
続き)おっと忘れていた。主人公の父親がじつにいい。父親が学校に呼び出されたあと、自転車の父子が家路につくシーンが「3回」登場するが、この反復はズルいな。しがない公務員の父親は、外省人であるがために毛沢東中国共産党のスパイではないかと、台湾当局から執拗な尋問を受ける。拷問に近いな。
続き)もうさ、4時間近くお尻痛いのを我慢してスクリーンを凝視してるとさ、映画の主人公と完全に一体化しちゃうんだよ。ちょうど『昭和残侠伝』の高倉健と池部良を見ているみたいに。『牯嶺街少年殺人事件』
映画『牯嶺街少年殺人事件』のことを、もっとよく知りたくて、季刊誌『映画芸術』最新号(2017年春/第459号)を買ってきて読んでいる。故・梅本洋一氏によるエドワード・ヤン監督インタビュー(1991年10月東京)がまずは読ませる。いくつも発見があったぞ。
続き)父親が拷問に近い尋問から解放され帰宅した後、彼の妻は公務員を辞めて民間企業に再就職を薦める。その面接の日、主人公の小四(シャオスー)は母親に映画を見に行って時間を潰すよう言われて、映画館で小翠(小馬の当時の彼女)と会うのだが、彼らが観ていた映画は、音声だけで何かは解らない。
続き)ところが! 梅本洋一氏は音声だけで映画の名前とそのシーンまで特定してみせる。凄いな。その映画とは、ジョン・ウェイン主演、ディーン・マーティン共演、ハーワード・ホークス監督作品『リオ・ブラボー』だ。エドワード・ヤン監督は、この映画を少なくとも10回は見たと言っている。
続き)ここで西部劇を主人公が観ていることが、後半中学校の誰も居ない保健室で、校医の若先生のハットをかぶって「鏡」を見ながらジョン・ウエィンになりきる主人公に繋がるし、小馬の家で、小明(シャオミン)が、まるで南海キャンディーズ「しずちゃん」みたいに『ばーん!』て発砲する場面に繋がる
続き)主演のチャン・チェンは一番最後に決まったんだそうだ。楊徳昌監督は言う。「それに、何よりも、僕が彼に引きつけられたのは彼の目です。彼の目の表現には、時にはすごく深いものがあるし、また時には、何かはっきりとは形にならない感情を伝えてくれたんです。他の少年にはない目の表現が」
続き)「あの子にあった。」小明と二人、午後の授業をサボって河川敷での軍隊演習を遠く見学している時に絡まれた、主人公と敵対する「217グループ」の下っ端を見事撃退した後の主人公が、自転車を引きながら彼女と帰路につくシーン。彼の眼は、東大寺詩仙堂に安置された「広目天」みたいだったぞ。
続き)ただ、よくわからないのはヒロインの小明(シャオミン)だ。決して美人ではない。目は小さいし離れている。ひょろりと痩せていて、胸もないし、ただ首が長いだけの14歳の少女だ。そんな小明が、次々と男を手玉に取る。もちろん本人にその意識はない。ただ生き延びる手段に過ぎなかったのだ。
続き)でも、そんな彼女のために、男たちは自らの命を捧げた。ハニーに殺された、217グループ・リーダー。小公園リーダー「ハニー」、中山堂経営者の息子「滑頭」、建国中学校の校医の若医者、建国中学校バスケット部のエース「小虎」、台湾国軍司令官の息子「小馬」、それに主人公の小四。7人の男
続き)【ネタバレ注意!】映画館で小翠から、あの夜、滑頭が会っていたのは小明であったことを知る主人公。しかも、その小明は母親と共に親友「小馬」の家の住み込み家政婦として働くことになったことを知る。主人公にとっては「もう、なんだかなあ」の世界だ。映画撮影スタジオに、大切な懐中電灯を置いてゆくのは、もちろん意識的だ。だって、遺書みたいな文章もしたためているのだから。つまりは、主人公の総決起決意表明なワケだ。となると、彼が殺したかったのは「小馬」なのか? ぼくはそうは思わない。だとすれば『曽根崎心中』みたいになるべき? いや、それとも違う。難しいな。
続き)この世で一緒になれないならば、あの世で一緒になろうとしたのが、曽根崎心中だったワケだが、牯嶺街少年殺人事件の主人公は自ら死のうとはしなかった。そのことは、じつは重要だと思う。
『牯嶺街少年殺人事件』の主人公シャオスー(小四)とシャオミン(小明)は14歳の中学2年生だった。『タレンタイム 優しい歌』の二人は17歳の高校2年生。無垢の二人は、キスさえためらう。ところが、14歳の小明は既に幾多の男を知り尽くしている。大竹しのぶみたいに。無知な小四が実に憐れだ


2016年12月25日 (日)

今月のこの一曲。『チーク・トゥ・チーク』

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■先達て(12月11日)に観た、ケラリーノ・サンドロヴィッチ作・演出『キネマと恋人』に、いまだに囚われている。ほんと、よかったなぁ。観劇中の3時間が夢のようだった。

それにしても「贅沢なお芝居」だ。東京では、客席数が218席しかない「世田谷パブリックシアター」の「シアター・トラム」で上演され、ぼくが観た松本公演も、大劇場ではなくて収容人数300人の「実験劇場」のほうで上演された。

出演する役者さんが、妻夫木聡・緒川たまき・ともさかりえ・橋本惇(NHK朝ドラの名作『ちりとてちん』に出演していた、貫地谷しほりの弟役の彼じゃないか!)・三上市朗・佐藤誓・村岡希美・廣川三憲・尾方宣久+ダンサー5人という布陣の豪華メンバーであれば、東京なら「シアター・コクーン」とか三軒茶屋でも、三谷幸喜のお芝居『エノケソ一代記』と集客上でもタイマン勝負を張ることができる人気なのに、あえてケラさんは「小劇場」を選んだ。

昨年の「KERA MAP」で企画された『グッドバイ』も傑作だった。僕はまつもと市民芸術館「大ホール」で観た。ただ、チケットを取るのが遅れたために、1階最後列での観劇だった。だから、折角の小池栄子の熱演も彼女の表情がよく見えなかったのがホント残念だった。双眼鏡を持ってけばよかったな。

今回なぜ、作演出のケラさんが「小さなハコ」にこだわったのか? それは、観客全員に役者の微妙な表情を見逃さないで欲しいと思ったからに違いない。

と言うのも、今回のお芝居の元になっているのが、ケラさんが大好きだと以前から公言していた、ウディ・アレンの映画『カイロの紫のバラ』だからだ。ケラさんが大好きな「奥さま」である緒川たまきさんを主演に芝居を作るとしたら、当時ウディ・アレンの愛人であった、ミア・ファローをヒロインにして作られた傑作映画『カイロの紫のバラ』を選ぶしかあるまい。

女優:緒川たまきには、独特の雰囲気がある。彼女の舞台は、松本で『グッドバイ』の他にも、清水邦夫の『狂人なおもて往生をとぐ』を観た。ひとことで言えば「レトロ」な女優だ。竹久夢二が描く帽子を被った上品な洋風美人の感じ。そう、モボモガが帝都東京の銀座を闊歩していた1920年代末の典型的な美人。


YouTube: Cheek to Cheek - The Purple Rose of Cairo (1985)


で、ほとんど「ネタバレ」になってしまうのだけれど、映画『カイロの紫のバラ』のラスト・シーンが「これ」です。ミア・ファローの微妙な表情の変化を、おわかり頂けましたでしょうか?

ミア・ファロー役を緒川たまき主演で、まして映画ではなく「お芝居」でやるには、このラストシーンを舞台上でどう見せるかが勝負になる。だからケラさんは「小劇場」での上演にこだわったに違いない。

また、映画の翻案なので場面転換が早くて多い。これを舞台上でどう表現するのか? それから、スクリーンの中から登場人物で飛び出してきたり、映画の中の人と舞台上の役者が、あうんの呼吸で会話したり、さらには、妻夫木君が2人同時に舞台上に登場して語り合う場面も必要だ。

プロジェクション・マッピングの有効利用には長けているケラさんではあるが、技術的にもかなりの高度なワザが要求された舞台であったはずだ。そして、それらが「完璧」にこなされていたのだから驚いた。

12月11日
『キネマと恋人』まつもと市民芸術館の夜公演から帰って来て、なんだかずっと「しあわせ」な気分に浸っている。ほんとよかったなぁ。また月曜日からの1週間。がんばってやってゆく元気をもらった。ありがとう。凄いな、お芝居って。

続き)ただ、ときどき妻夫木くんが「ますだおかだ」の岡田圭右にかぶって見えてしまった。ゴメンチャイ。あと、緒川たまきさんのウクレレ上手かった。あの『私の青空』の歌のシーンには泣けた。

『キネマと恋人』の余韻に浸っている。購入したパンフを読みながら。このパンフ、もの凄く充実している。ケラさんへのロングインタビューは必読だ!

ちなみに、ミア・ファロー主演でぼくが大好きな別の映画がある。『フォロー・ミー』だ。イギリスの大監督キャロル・リードが、小予算の片手間企画で撮ったに違いないこの小品。ぼくは、TBSラジオの深夜放送「林美雄のパックイン・ミュージック」で教えてもらって、たしか、テレビの吹き替え版で見た。ジョン・バリーのテーマ・ミュージックが切なくてね、絶品なんだよ。


YouTube: アステアの歌7「cheek to cheek」

■1930年代が舞台の『カイロの紫のバラ』にも登場する、フレッド・アステア & ジンジャー・ロジャースの『トップ・ハット』(1935)。アステアが歌うのが『チーク・トゥ・チーク』だ。

Heaven. I'm in Heaven

And my heart beats so that I can hardly speak

And I seem to find the happiness I seek

When we're out together dancing cheek to cheek

作曲はアーヴィング・バーリン。『キネマと恋人』でも、当然のごとくテーマ音楽として使われ、アレンジを変えて何度も流れた。それから、劇の後半に緒川たまきがウクレレの生伴奏をして、妻夫木聡が「私の青空」を歌うシーンがあった。ここはよかったなぁ。たまきさん、ウクレレ上手い!

■お芝居の劇評は、元六号通り診療所所長の石原先生のブログ、と「しのぶの演劇レビュー」が詳しいです。


YouTube: Lady Gaga Cheek to cheek Live 2015

■「チーク・トゥ・チーク」といえば、レディー・ガガ & トニー・ベネットだ。男性ジャズ・ヴォーカル界のレジェンドであるトニー・ベネットの最新作の2曲目で披露されているのが「この曲」。

二人の共演は、実はこのCDが初めてではない。トニー・ベネットのひとつ前の作『デュエッツ Ⅱ 』の1曲目に収録されているのが、レディー・ガガとのデュエット曲「The Lady is a Tramp」。このCDも買ったけど、とにかくレディー・ガガの歌が上手いのにホント驚いた。奇抜な衣装で歌うゲテモノ歌手だと思っていたのだが、とんでもない。

なんなんだ、このスウィング感。エラ・フィッツジェラルドまっ青の、強烈なグルーブ。恐れ入りました。ところで、この曲の「トランプ」の意味って、あまりいい感じじゃぁないぞ。「その淑女は、じつはとんでもないアバズレ女」みたいな感じか。


YouTube: Tony Bennett, Lady Gaga - The Lady is a Tramp (from Duets II: The Great Performances)



 



2016年9月26日 (月)

第19回 小津安二郎記念「蓼科高原映画祭」茅野市で、『東京暮色』をみる。

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■お昼12時から、茅野市民館で『晩春』デジタル修復版を観る。素晴らしい画像と音声がよみがえっていた。続けて午後2時より、「新星劇場」へ移動して『東京暮色』をみる。

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       ■観客は、ジジババばかりじゃないか!

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■茅野市駅前の「新星劇場」で小津安二郎監督作品『東京暮色』を観る。30年前からレーザー・ディスクでは持っていたのだが、じつは見たことはない。暗いとか失敗作とか、さんざん言われていたからね。いやいやどうして、面白いじゃないか! 140分間まんじりともせずスクリーンに釘付けだ。今こそね!

今回の上映は、プロジェクターでのビデオ上映でなく、ちゃんと 35mmフィルムでの上映だった。思いの外フィルムの状態も良く、子持ちで出戻りで、大きなマスク姿の原節子は妙に美人が際立っていたぞ。それから山田五十鈴。よかったなぁ。ただただその場で流されて行くしょうもない女を見事に演じていた。

それにしても『東京暮色』って、それほど悪くないんじゃないか? むしろ昭和32年の公開当時よりも、平成28年の「いま」観たほうがリアルに響いてくるような気がする。特に、有馬稲子の切実さが何ともやるせない。何故あんなにも最低な男に惚れちゃったんだよ。

『東京暮色』上映の前に、茅野市民会館で『晩春』デジタル修復版(2015)を観る。先だって、NHKBSで放送されたのは録画したのだが、テレビで見ると、白黒スタンダード画面は両端が切れてしまうので、しらけてしまうのだ。だから映画館で観たかった。素晴らしい画像で明瞭な音声。感激だ!

小津の『東京暮色』は、バイプレーヤーの宝庫だ。杉村春子、浦辺粂子、田中春男、藤原鎌足、中村伸郎、長岡輝子、高橋とよ、桜むつこ、高橋貞二、須賀不二雄、宮口精二。『東京物語』の、山村聰もパチンコ屋に登場した。宮口精二と言えば、黒澤明『七人の侍』もデジタル修復完了とのこと。

是非とも観たい!

小津安二郎『東京暮色』の続き。この映画が、アンチ『晩春』であるという感覚は、一昨日たまたま続けて見たから、僕もホントそう思った。「小津安二郎『東京暮色』のすべて(その1)〜(その8)」の詳細な分析は凄いぞ! ameblo.jp/kusumimorikage…

■さらに『東京暮色』の続き。BGMがね、めちゃくちゃ暗い映画には完全にミスマッチの異様な明るさ。『お早よう』〜『秋刀魚の味』で流れる、あの能天気であっけらかんとした音楽が、そのまま使われているのだ。不思議だ。それから、藤原鎌足のラーメン屋「珍々軒」のシーンでは、何故か必ず沖縄民謡の「安里屋ユンタ」。

さらに『東京暮色』。銀行家の笠智衆が住む、坂の上の雑司ヶ谷の家。家に帰る人(笠智衆、原節子、有馬稲子)家を訪れる人(杉村春子、山田五十鈴)みな、坂をのぼってくる。自宅での夜のシーンが多いが、外で犬が遠吠えしていて、山田五十鈴が訪れるシーンで「その犬」が初めて画面に登場する。

■終盤、上野発 21:30分の青森行き夜行列車に乗って、出発を待つ山田五十鈴と中村伸郎。原節子が見送りに来るかもしれないと、冬なのに列車の窓を開けて必死にホームの人混みの中をさがす山田五十鈴が哀しい。来るわけないのに。

列車が停車しているのは、12番ホームだ。小津安二郎は、12月12日に生まれて、12月12日に亡くなっている。

■この映画に関しては、もう少し掘り下げたいと思うので、ネットで見つけた注目すべきサイトを以下に上げておきます。

 ・「ビッグ・ウエンズデーのためのレジメ」ミズモト・アキラ

 ・同上「当日の様子」 ミズモト・アキラ & 堀部篤史

2016年4月 9日 (土)

小津安二郎と戦争(その1)

■映画監督、小津安二郎の死生観を決定付けたのが、1937年(昭和12年)に盧溝橋事件を発端に始まった日中戦争である。同年9月に小津は招集され、以後約2年間にわたり中国大陸を従軍し、一兵卒(伍長)として実際に最前線で戦争体験をしたのだ。

その詳細を初めて明らかにしたのが、『小津安二郎周游(上)』田中眞澄(岩波現代文庫)の第8章、第9章だ。『昭和史』半藤一利(平凡社)によると、昭和11年に 2.26事件が起き、その結果、陸軍「皇軍派」は一掃され、陸軍の実権を握った「統制派」の主導により、翌昭和12年7月7日夜「一発の銃声」(本当はかなりの数の銃弾だったそうだが)が演習中の日本駐屯軍に向けて放たれたことを理由に、盧溝橋事件が起こる。

当初陸軍は、蒋介石が率いる中国国民党軍の本拠地であり、実質的な中国の「首都」であった「南京」を落とせば、簡単に日中戦争を完全勝利で終結できると高をくくっていた。ところが、イギリスやアメリカの後ろ盾があった中国軍は思いのほか強かった。

上海での激戦は、日比野士朗『呉松(ウースン)クリーク』に書かれている。日本から大軍を送り込んで、やっとこさ撃破すると、揚子江をさかのぼって、南京へ後退した中国軍を日本軍は追撃に追撃を重ねる。そこで「南京事件(南京大虐殺)」が起こる訳だ。

小津は中国上陸後、呉松(ウースン)に入る。そして南京が陥落した直後に、小津は南京に入城している。1937年12月20日のことだった。

「小津安二郎と戦争」に関しては、同タイトルの田中眞澄氏の著書(みすず書房)が出ているが、ぼくは未読。田中眞澄氏以外で、小津と戦争との関連を取り扱った人は、ぐぐると案外多い。

■保坂正康『太平洋戦争を考えるヒント』(PHP/ 2014/6/20)第14章「小津安二郎と『戦争の時代

茂木健一郎「日常が底光りする理由」(文學界 /2004年1月号所収)

■ガディスの緑の風さん:小津安二郎における戦争の影響 - 追悼の陰膳

             小津安二郎監督が映画に託す追悼の意 

2016年4月 3日 (日)

映画『おみおくりの作法』を見る

■礼服を着る機会が、結婚式よりも告別式のほうが格段と多くなったように思う。小学校や高校の時の同級生の葬儀にも何度か出席した。そして、自分の葬式のことが具体的に気になりだしたのだった。簡素な家族葬がいいんじゃないか、とか、墓はいらないから、どこか木の根元にでも散骨してほしいとか。

■そんなことを考えていたから、「この映画」が妙に沁みたのかもしれない。それから、最近の映画はやたら長いのが普通だが、「この映画」は昔の2本立てプログラム・ピクチャーみたいに、きっちり90分の上映時間。そこが偉い! 以下、ツイートを再録(一部改変あり)

たまたまWOWOWで、映画『おみおくりの作法』を見た。これは参った。もろ好みの映画だ。モノクロみたいな押さえた色調。3回でてくる立ち小便など、随所に織り込まれるとぼけたユーモア。『晩春』の笠智衆みたいにリンゴの皮をむく主人公。私立探偵が関係者を訪ねて聞き込みして廻るハードボイルド小説の味わい。(3月28日)

続き)この映画、イギリス版『おくりびと』みたいなキャッチコピーがされているが、むしろ、是枝裕和監督の『ワンダフルライフ』を見たときの印象に近い。映画の原題も『STILL LIFE』だし。ああ、いい映画をみたな。

映画『おみおくりの作法』が沁み入った一番の理由は、映画が「小津的」であったこと。本来居るべき人がいない無人の部屋のショットとか『晩春』だし、ラスト近く主人公のオフィスのショットから4カット、パッパッパと風景だけでつないでいくシーンは『東京物語』ラスト近くで挿入される、無人の尾道の町並みと同じ効果。

続き)あと、「黄色」の使い方。アキ・カウリスマキは「朱色」にこだわったけど、この監督は「朱色」を避けて、小津のカラー映画を「渋い黄色」で再現しようとしたのではないか? ソファーの色とか、電車のラインとか、漁師の銅像が着ている合羽の色とかね。(3月30日)

ウベルト・パゾリーニ監督は、小津安二郎の死生観に影響を受けたと語ったそうだが、小津の死生観は、日中戦争が始まった昭和12年からの2年間、中国大陸での従軍体験によるところが大きい。今晩『小津安二郎周游(上)』田中眞澄(岩波現代文庫)の第8章、第9章を読む。衝撃が走る。(4月1日)

TSUTAYAで『おみおくりの作法』を借りてきて、改めて見ている。スタークの娘は、フォークランド紛争で落下傘部隊として活躍した父親のベレー帽と同じ煉瓦色のジャージを着ている。彼女が働く犬舎の床は青色だ。そして、父親と同じく、足の折れたソファーに何冊も本を挟む。親子なんだね。

続き)映画『おみおくりの作法』の主人公は、いわば人知れず子供の頃からの発達障害を抱えたまま大人になってしまったアスペルガー症候群の中年だと思う。スクエアーで四角四面。毎日決まり切った日常を変わりなく過ごすことが重要なのだ。だから、道路を渡る時には横断歩道を信号が青になっても、まず、右を見て左を見て、それからもう一度右を見てから道路を渡ってきた。

それくらい、普段と違うことをするのには慣れていないのだ。でも、一番重要なことは、そんな彼に「一人も」友達がいないことを、彼自身は全く何とも思ってはいない。つまりは、決して淋しい人生ではなかったのだ。(4月3日)

続き)几帳面でど真面目な公務員の主人公には、勤務が終了した後、アフター・アワーズの私的楽しみを行きつけの居酒屋(パブ)で味わう経験はなかった。彼のテーブルには、ウィスキーのストレート一杯に、チェイサーの水が2杯。ふと見上げると、喧騒な中に人々がそれぞれに連んで語り合っているのだった。

続き)ただ、その事を主人公は何とも思っていない。他者と自然にまじわわれない自分に対して、仕方のないことだと、静かに諦めているのだ。でも、22年間勤め上げた民生委員の仕事に対しては、確かな自信と誇りがある。こういう性質の彼には、まさに天職であった。(4月3日)

■映画評はいっぱい出ているが、沢木耕太郎氏の評がいちばんしっくりくるな。それから、

「こちらの方」の解説もたいへん分かりやすい。確かに、この映画の主人公は、村上春樹『かえるくん、東京を救う』の「片桐さん」みたいだ。人知れず、誰に褒められる訳でもなく、淡々と「よいこと」を続けてきた彼の人生。すばらしいではないか。

■この映画は、まるで脱色でもしたかのような淡いカラー映像で始まって、主人公の気持ちと同調するように、後半になって次第にカラーの色合いが濃く鮮やかになってゆく。それから、この監督は画面上での「色の配置」にもの凄く意識的だ。特に、黄色と青色、それにエンジ色。

これはやはり、小津のカラー映画『秋刀魚の味』や『彼岸花』を強く意識しているのであろう。

そして、「反復」と「微妙な差異」。これも小津だ。しかし、映画の後半になると、正面からの固定ショットは減って、斜めからやカメラが移動しながら主人公をとらえている。たぶんこの変化も、主人公の気持ちと同期しているのだろうな。

それにしても、映画人の職人気質にあふれた、映画でしか表現できない、実に端正な映画であった。

2016年3月24日 (木)

麻生久美子の舞台『同じ夢』。それから映画『亀岡拓次』のこと(その2)

■舞台『同じ夢』に登場する人たちはみな、それぞれに「手かせ足かせ」の左門豊作状態で、どうにもならない状況下にある。それでも自らの人生を破綻させることなく「いま」をただ、しょうもなく生きている、一見「夢も希望もない」無名で市井の、冴えない中年男ばかりだ。

主人公の「光石研」は、父親が始めた肉屋を引き継ぎ、妻を10年前に交通事故で亡くしたあと、男手一つで一人娘を育て上げた。娘は成人し就職したが同居中。父親は倒れて寝たきり状態だ。夜ひとりリビングを掃除し終わり、掃除機を仕舞おうとしてコード収納ボタンを押す。しゅるしゅるしゅる。また、コードを引っ張り出す。また押す。しゅるしゅるしゅる。

ふと、掃除機のコードを自分の首に巻いてみる。でも、いま死ぬことはできない。

なぜなら、通いのホームヘルパーさん(麻生久美子)と、あわよくば再婚できないか、という「はかない夢」があったから。

■『同じ夢』は、地方公演ももう終わっているから、一部ネタバレします。ごめんなさい。

・このお芝居では、役者さんがみな「タバコ」を吸う。驚いたことに、麻生久美子も登場早々にタバコを吸うのだ。でも、「タバコを吸うこと」に必然性があるのだ。特に何も劇的展開は起こらないこの舞台で、ぼくが最も「劇的」に感じた場面は、登場人物がみな肩寄せ合って1箇所に集まり「いつでも夢を」を唄う場面だった。

その、1箇所に集まる必然性が「タバコを吸うこと」なのだ。主人公の光石研は禁煙していた。だから、友人の田中哲司はタバコを吸う時に、キッチンの流し左横上にある「換気扇」を回して、その下で吸うのだ。大森南朋も麻生久美子も、換気扇の下へ行ってタバコを吸う。終いには光石研も禁煙を破ってタバコを吸う。(赤堀雅秋さんだけ吸わないので、一人離れて淋しそうだった。しかも、実際の赤堀さんはヘビー・スモーカーなのに

そういう訳で、「換気扇の下」が、登場人物がみな肩寄せ合って集う場所になったのだ。

・キッチン流し台の換気扇の下でタバコを吸う芝居を以前に観た。三浦大輔・作・演出『母に欲す』だ。峯田和伸(銀杏BOYZ)・ 池松壮亮・片岡礼子・田口トモロヲが出演し、池松壮亮が何度も「そこ」でタバコを吸った。

・それから、舞台上で役者さんがタバコを吹かす場面が印象的だったお芝居に、宮沢章夫・作・演出『ヒネミの商人』があった。タバコをふかすのは、先だってテレビ東京の『テレビチャンピオン』を卒業した「中村ゆうじ」。このお芝居では、銀行員役だった「ノゾエ征爾」が履いてきた「靴」が、片方だけ無くなってしまう。

・『同じ夢』でも、光石研が舞台に登場した時から、片方だけ「靴下」を履いていない。行方不明なのだ。ところで、ノゾエ征爾は映画『ウルトラ ミラクル ラブストーリー』横浜聡子監督作品(2009年)の中で、主人公「松山ケンイチ」の幼なじみで農協職員、でも上京して役者になりたい男を演じていた。

・そんな松山ケンイチが一目惚れしてしまうのが、保育士の麻生久美子だ。彼女が同棲していた恋人(井浦新)は突然出て行ってしまい、他の女が同乗した車で交通事故を起こし死んでしまう。しかも首から上が未だに見つからない。彼女は東京からわざわざ青森に移り住み、カミサマ(イタコ)に「元彼の首」がいまどこにあるのか、どうして彼女のもとを離れていってしまったのか、死んだ彼に訊こうとするのだった。

・自閉症で衝動性と多動、軽度知的障害も合わせ持ったまま大人になってしまった「松山ケンイチ」の頭の中では、絶えず農薬散布のヘリコプターの爆音が聞こえている。舞台『同じ夢』でも、ときどき「肉屋」の上を自衛隊のヘリコプターが爆音を響かせ通過する。

・さらにこの4月から、障害児を育てる麻生久美子に恋してしまった峯田和伸(銀杏BOYZ)が、母子を支援するドラマ『奇跡の人』が、NHKBSプレミアムで始まる。しかも、このドラマの脚本は、あの『泣くな、はらちゃん!』の「岡田惠和」。

・『泣くな、はらちゃん!』には、光石研が出ている。生きて死んで、死んだまま、越前さんにマンガで描かれたことで復活するのだ。それから、あのヤスケン(安田顕)も一話だけ登場しているぞ。

そういえば、松山ケンイチも『ウルトラ ミラクル ラブストーリー』の中で農薬浴びすぎ、心臓はもう動いていないのに、町子センセイ(麻生久美子)のことが好きすぎる「彼の脳味噌」だけが生きているのだった。

・さらに、『泣くな、はらちゃん!』と同じワクで放送された『ど根性ガエル(実写版)』のヒロシ役が松山ケンイチで、どことなく子供のまま大人になってしまった「陽人」の面影があった。脚本は、これまた岡田惠和。


YouTube: 泣くな、はらちゃん 【私の世界】 ロックバージョン


 

・麻生久美子は舞台『同じ夢』の中で、光石研に彼の寝たきりの父親を介護する中で、自らのおっぱいを「そのエロじじい」に揉まれていたことを告白する。映画『俳優 亀岡拓次』の中では、大女優・三田佳子が舞台上で安田顕に自らの乳を揉まれる。

■なんか、ぼくの中では「いろんなこと」がリンクしてつながって行くのだった。

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光石研さんは橋口亮輔監督の映画『ハッシュ!』で田辺誠一の兄貴役の演技が光ってたので、今日のお芝居『同じ夢』を松本まで観に行ってきた。いや、よかった。すっごく面白かった。大森南朋に田中哲司。みんなよかった。橋幸夫の『いつでも夢を』だから『同じ夢』か?ナマ麻生久美子は想像以上だったよ。2016年2月24日
続き)それから、舞台が始まる前から劇場場内に「不思議な香り」が微かに漂っていたんだけれど、あれは、稲葉さん(赤堀雅秋)が付けていた、安物のオーデコロンの匂いだったのだろうか? 舞台『同じ夢』まつもと市民芸術館にて。
昨日の昼休みに、伊那市役所ロビーに行って、伊那谷フィルムコミッションの展示を見てきた。「orange 松本ロケ地 Map」と「俳優亀岡拓次:呑んだくれロケ地 MAP」「伊那谷ロケぶらり」のパンフレットを入手。映画「俳優亀岡拓次」はすごく期待してるんだ。2月27日より伊那旭座で公開
続き)映画主演の安田顕さん。『水曜どうでしょう』に、たまにゲスト出演していた頃から注目していたのだよ。個人的には『下町ロケット』よりも『みんなエスパーだよ!』や『ゴーイング・マイ・ホーム』での、とぼけた演技が好き。(2016/02/06)
映画にも実際に登場する「伊那旭座」で『俳優 亀岡拓次』を観た。しみじみ良かった。先週松本で観たお芝居『同じ夢』に続いての麻生久美子だ。安田顕が帰った後の居酒屋「ムロタ」のカウンター内で一人、立ったまま「お茶漬け」をすする麻生久美子。『麦秋』の原節子を彷彿とさせる名シーンだったな。2016年3月6日
『俳優 亀岡拓次』感想の追加。ヨーロッパ映画みたいだった。フィンランドの映画監督アキ・カウリスマキがフランスで撮ったような。テンポをわざと外して、前のめりに突っ掛かった所で観客を「くすっ」と笑かすみたいな。個人的には、山形のスナックで喝采を唄うオバサンが2度映る場面が一番笑った。2016年3月8日
変な映画『俳優 亀岡拓次』を観て引っかかった横浜聡子監督の『ウルトラ ミラクル ラブストーリー』のDVDをレンタルしてきて観た。おったまげた。めちゃくちゃ変。ラストシーンに唖然。監督の妄想が疾走している。otanocinema.cocolog-nifty.com/blog/2009/07/p… 読んで、もう一度見ないとな。2016年3月22日
続き)幼稚園の子供たちが自然に過激だ。そこがまず凄い。それからカメラの長回し。麻生久美子が自転車を押しながら松山ケンイチと二人夜道を帰るシーン。画面奥の浜辺で花火をしている。緊張と緩和。ここが好き。まるで、テオ・アンゲロプロスか、相米慎二の『雪の断章』ファースト・シーンみたいだった。2016年3月22日

2016年3月18日 (金)

麻生久美子の舞台『同じ夢』。それから映画『亀岡拓次』のこと

■女優・麻生久美子を初めて意識したのは、テレ朝で深夜に放送されていた『時効警察』だった。すっとぼけた演技のオダギリ・ジョーとの丁々発止のやり取りで大いに笑かせてもらった、キュートで清楚なコメディエンヌが彼女だったのだ。こんな女優さんがいたのか! 正直驚いた。

しかし、彼女の魅力がフルパワーで全開したのは、なんと言っても、日テレ土曜9時台のドラマ枠で放送された『泣くな、はらちゃん』の「越前さん」役だったと思う。


YouTube: 泣くな、はらちゃん ♪♪

神奈川県三浦半島の先端に位置する三崎町。その漁港近くにある蒲鉾工場で働く、婚期をちょいと過ぎた越前さん。彼女の唯一の楽しみは、モヤモヤとした鬱憤をマンガを描くことで晴らすことだった。

それにしても、麻生久美子には「制服」がよく似合う。お巡りさんはもちろん、蒲鉾工場の作業衣だって妙に様になってるじゃないか。

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■そんな麻生久美子は、映画界では引っ張りだこで、田口トモロヲ『アイデン&ティティ』、大根仁『モテキ』、園子温『ラブ&ピース』などなど、いっぱいありすぎてきりがないな。美人だけれど、幼年期に苦労があったに違いない不穏な陰があって、年増域に入って既婚で子持ちの女優になってしまったのに何故か(原田知世とはちょっと違った)ピュアで清廉潔白な雰囲気が漂うという、この血液型B型の摩訶不思議な女優を、映画監督は「俺ならこう撮る」っていう自負が出てしまうんだろうなぁ。

同じことが舞台の演出家にも言えて、「俺ならこういう役を彼女に演じさせたい」っていう欲望がふつふつと湧き上がってくるのであろう。岩松了がそうだし、今回『同じ夢』を作・演出した赤堀雅秋がそうだったに違いない。でなければ、あの「麻生久美子」に寝たきり老人の通いの介護士「ホームヘルパー」役なんて振るわけないもの。


YouTube: 「同じ夢」 スポット動画!


YouTube: 『同じ夢』 trailer movie 2016/2 シアタートラム

■このお芝居が松本でも公演されると知って、年末にネットで予約を入れたのだが、1週間以内に「まつもと市民芸術館」チケットセンターで現金支払いのことだったので、年末年始で忙しかったのに、12月29日にわざわざ松本まで出向いて行ったら、もう年末年始休業でお金を払えず。従って、松本公演のチケットは流れてしまったのでした。

仕方なく、チケットを取り直したら、小ホールの最後部席。正直、もっと前の席で「麻生久美子さま」のおすがたを拝みかたったなぁ。

でも、このお芝居は本当に面白かった!

ここ1〜2年で僕が観たお芝居(そんなに見てはいないが)の中では、ピカイチだった。

舞台俳優ではあるけれど、生身の人間が舞台上から「はける」には、それなりの必然性が必要だ。この舞台では、後ろから前への動線が4つ。肉屋の店先から奥の勝手口への動線と、中央奥の右側にあるらしいトイレ。それに、中央やや左にある階段を上った先にあるであろう2階の部屋と、舞台下手リビングの奥に「ふすま」で隔離された介護部屋(この動線はめったに使われないが重要だ。)

それに、舞台上手(かみて)に用意された勝手口。

麻生久美子は、最初この扉から登場する。

■その佇まい、話し方は「越前さん」そのままなのに、このお芝居での麻生久美子の発言・行動は、ことごとく僕のイメージをぶち壊してくれたのだった。(項を改めて、さらに続く)



2015年12月12日 (土)

12月12日は、小津安二郎の誕生日&命日

■女優の原節子が亡くなった。

ただ、ぼくの中では「永遠の人」だから、彼女は決して死ぬことはないのだ。そら、映画『東京物語』の中でも言っていたでしょ。「わたし、年をとらないことに決めてるんです」ってね。

今週号の「週刊文春」12月17日号の、小林信彦の連載「本音を申せば」のタイトルは、「原節子という大きな星」だった。読んでいて気になったのは、小林氏が

「戦時下での原節子の映画でハッとするのは一本だ。(中略)『望郷の決死隊』と同じ43年、山本薩夫の『熱風』である。」

と書いていることだ。この『熱風』は見たことがない。見たい。ぜひ見たい!

それから、小林さんが「木下恵介の映画の中で、ぼくがもっとも好きな作品だ」と言って、紹介しているのが『お嬢さん乾杯!』(昭和24年公開。木下恵介監督作品、佐野周二、原節子主演)だったこと。なんだか、うれしくなっちゃったな。

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原節子というと、戦前の映画『河内山宗俊』『新しい土』での、まだ10代だった彼女の笑顔と、ぼくが大学病院で受け持った高校生の女の子、Hさんの笑顔がそっくりだったことを思い出す。夏目雅子と同じ病気で美人だったHさんは、原節子さんの一生の6倍の速さで人生を終えた。

■彼女のことは、ずいぶんと以前に書いたような気がする。小津安二郎・生誕100年 そして、原節子のこと。(2003/12/12)(クリックして、下のほうへスクロールしてゆくと出てきます)

ぼくの一番の原節子は、やっぱり『東京物語』だけれど、『麦秋』の台所で一人「お茶漬けさらさら」の場面と、ラスト前の藤沢「鵠沼海岸」でのシーンも好き。あと、木下恵介『お嬢さん乾杯!』と、成瀬巳喜男『めし』も。小津安二郎『秋日和』の喪服姿も案外好きだったりする。合掌。(2015年11月26日

2015年5月14日 (木)

大森一樹監督作品:映画『風の歌を聴け』(1981)

■ずっと前に「日本映画専門チャンネル」で録画しておいて、見る機会がなかった映画『風の歌を聴け』をようやく見た。監督は、当時新進気鋭の若手映像作家だった大森一樹

京都府立医大を卒業し国試も合格した医師であり、かつ、プロの映画監督となった。メジャーデビュー作『オレンジロード急行』と2作目の『ヒポクラテスたち』を、ぼくはどちらも封切り映画館のスクリーンで見ている。特に医大生の青春群像を瑞々しいタッチで描いた『ヒポクラテスたち』は、オールタイムベストに入る大好きな映画だ。

ただ、彼の3作目である『風の歌を聴け』は映画館に見には行かなかった。

一番の理由は、原作をたぶんまだ読んでなかったし、映画の評判もあまり良くはなかったから、積極的に見たいとは思わなかったのだろう。

30年以上もたって、ようやく見た映画の感想は、正直ちょっと複雑だ。

映画のはじまりは東京。深夜バスの切符売り場。広瀬昌助(藤田敏八『八月の濡れた砂』主演)が「ドリーム号の予約ですね。えっ、神戸まで?」と言う。ここまで、手持ちカメラ目線で、主人公が誰だか、今が何時なのかは判らない。画面は急に風が吹いたようにワイプし、白くなってタイトルが映し出される。続いて、原作 村上春樹 脚本・監督 大森一樹の文字。

その後、電話ボックスの女の顔がアップになって、巻上公一が外で待ちながら I.W.HAPER を瓶でガブ飲みしている。BGMはフリー・ジャズだ。出演者のテロップと共に、酔っ払った巻上公一の視点になったカメラが、暴動のあった「あの夜の神戸まつり」の祭りのあとの残骸を深夜の路上に映し出して行く。

早朝、ドリーム号は神戸三宮に着く。主人公はその足でまだ営業中のはずのジャズ・バーへの階段を上がる。店主の中国人を坂田明(山下洋輔トリオのアルト・サックス奏者)が好演する「ジェイズ・バー」だ。床には客が食い散らかしたピーナツの殻が散らばっている。バックで流れているジャズは、鈴木勲『BLUE CITY』A面2曲目、ウディ・ショウの「Sweet Love On Mine」。

映画の配役はこうだ。

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僕:小林薫

鼠:巻上公一(ヒカシュー)

小指のない女の子:真行寺君枝

僕が3番目に寝た女の子:室井滋

ジェイズ・バーのバーテン:坂田明

鼠の彼女:蕭淑美

ラジオのDJ:阿藤海(声のみ)

少年時代の僕の緘黙症を治療する精神科医:黒木和雄(映画監督『龍馬暗殺』『日本の悪霊』ほか)

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☆とにかく、真行寺君枝がいい! ちょうど、佐々木マキがマンガで描く女の子の実写版そのままだ。特にネコみたいな「あの眼」。原作の「左手の小指がない女の子」のイメージそのまま。双子の妹のほう。

それから、まだ若かりし頃の室井滋。彼女も実にいいな。当時すでに、自主映画の女王と言われていた室井滋だけれど、メジャー・デビュー作は「この映画」だったのか?

役者ではないが、巻上公一の「鼠」がいい味だしていたな。彼も、坂田明もミュージシャンだ。ただ、主演の小林薫はちょっと原作と雰囲気が違う。そこが残念だ。でも、いまもう一度映画を見直しているところなのだが、大森一樹の映画として実によくできているし、小林薫も決してミス・キャストではなかったと思い直しているところだ。

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■映画が原作と違うところを列挙してみよう。

・原作も時系列の異なるエピソードがシャッフルされて語れているが、映画ではさらに細分化されて前後を入れ替え再構成して描かれる。例えば、

・原作では、120〜123ページに書かれている、デレク・ハートフィールド『火星の井戸』の中の文章「君の抜けてきた井戸は時の歪みに沿って掘られているんだ。つまり我々は時の間を彷徨っているわけさ。宇宙の創生から死までをね。だから我々のは生もなければ死もない。風だ。」

 という文章が、映画では冒頭でいきなり紹介される。主人公のナレーションで。「風だ。」これは、映画の方がかっこいいな。

・夜行長距離バス、ドリーム号

・ラジオ局から送られてきた特製Tシャツのデザイン。これも、映画のほうがセンスいい。

・僕が寝た最初の彼女が進学した大学は、内田樹先生が勤務していた神戸女学院なのか?

・2番目の女の子が1週間滞在した、東京の僕の6畳一間のアパート。ジャックス『からっぽの世界』はっぴえんど『風街ろまん』のレコード。本棚には、高橋和巳『わが解体』『日本の悪霊』『黄昏の橋』吉本隆明全集が並んでいる。

・『ヒポクラテスたち』の出演者3人が演じる、当たり屋の狂言。BGMは、浅川マキ。

・僕が小指のない女の子の務めるレコード・ショップで購入したレコード。原作では3枚だが、映画では何故か「はしだのりひことシューベルツ」のLPが追加されていた。

・僕が、室井滋とサンドイッチを食べながらテレビで見る映画。原作では『戦場に架ける橋』なのに対し、映画では、ジェーン・フォンダ『ひとりぼっちの青春』。引用されたのは、原作となった『彼らは廃馬を撃つ』のラスト・シーンからなのだそうだ(僕は原作も映画も見ていない)。日本語吹き替えは、野沢那智と小原乃梨子(ジェーン・フォンダの吹き替えと言えば、この人。タイムボカン・シリーズのドモンジョの声もね)。

・鼠の女。原作では、結局登場しない(ただし、後述するが、ずっと出ていたという解釈もある)。映画では何度か登場し、鼠はチャイナ・ドレスの彼女を新幹線・新神戸駅のホームで見送る。鼠と僕は、彼女が引っ越した後のがらんとしたマンションの部屋(鼠の父親に囲われていた?)を訪れる。

・動物園の猿と鼠の父親。息子の父親殺しの物語。原作では周到に隠されていた裏テーマを、大森一樹は「神戸まつり暴動」を介して顕在化させ、鼠が何に対してそんなに悩んでいたのかという彼なりの解答を示した。

・さらに大森一樹が凄いのは、原作では「鼠」に小説を書かせていたけど、映画では自主制作映画を撮らせたことだ。タイトルは『ホール(掘〜る)』。この映画の中で、鼠は「自分が立っているすぐ足元の土」を掘るには、どうしたらよいのか悩む。これは予言的映像とでも言ってもいいんじゃないか。と言うのも、この映画が公開されたずっと後になってから、村上春樹にとっては自分の脳味噌に穴を(井戸を)掘って無意識の領域まで下りて行くことが、彼の小説作りにおいてすごく大切なことなのだと確認されるのだから。

・「何だか不思議だね。何もかもほんとに起こったことじゃないみたい」

 「本当に起こったことさ。ただ消えてしまったんだ」

 「戻ってみたかった?」

 「戻りようもないさ。ずっと昔に死んでしまった時間の断片なんだから」

 「それでも、それは、あたたかい想いじゃないの?」

 「いくらかはね。古い光のように!」

 「古い光? ふふっ」「いつまでも、あなたのボーナス・ライトであることを祈ってるわ」

・ただ、どうしても判らないのは、原作を読んでいて、何だか分からないうちに感動してしまった「あのセリフ」。ラジオDJの「僕は・君たちが・好きだ。」(144ページ)を、映画では消去してしまった(出てこない)ことだ。小説の中では、最重要タームじゃなかったのか?

・それから、原作では、128〜129ページ。「しかし彼女は間違っている。僕はひとつしか嘘をつかなかった」

この小説で、ポイントとなるキーワードだが、僕がついた嘘に関しては、いろんな解釈が成り立つ。後年の解説書によると、「子供が欲しい」が「そのウソ」ではないか? とのことだが、映画では違った。

「言い忘れてたんだ。」が、嘘だったと。

その直後に挿入されるシーン。

真行寺君枝が正面のバスト・ショットで不思議な雰囲気の微笑を浮かべてこう言う。

「ウソつき!」

なんて色っぽい、素敵な表情なんだ!

 

  

・映画の中では、「いつか風向きも変わるさ」っていう台詞が、いろんな人から交わされるけど、こんなセリフ、原作にあったっけ。あったあった。140ページだ。

 「…ずっと嫌なことばかり。頭の上をね、いつも悪い風が吹いているのよ。」

 「風向きも変わるさ。」

 「本当にそう思う?」

 「いつかね。」

・映画のラスト近く。10年後の廃墟と化した「ジェイズ・バー」。床いっぱいに5センチの厚さでピーナツの殻がまち散らかしてある。そこにふと一陣の風が吹く。スローモーションで巻き上がるピーナツの殻。映画的に、ほんとうに美しいシーンだ。

・ラストシーン。主人公の独白。「神戸行きドリーム号は…… もう、ない」

ビーチ・ボーイズ「カリフォルニア・ガールズ」が流れる中、エンドロール。このタイミングがめちゃくちゃカッコイイ。いやいや、やっぱり何だかんだ言って凄くいい映画だったんじゃないか?

(まだまだ続く)

2014年12月 7日 (日)

佐々木昭一郎『さすらい』と、ピーター・フォンダの『イージーライダー』

■録画しておいたNHKアーカイヴス「佐々木昭一郎特集」を、少しずつ見ている。初めて通しで見た『夢の島少女』は、思いのほかエロくて驚いた。ただ、感想を語るにはもう2〜3回見ないと言葉にできないような気がしている。

こちらも初めて見たのだが『さすらい』(1971)は面白かった。すごく気に入っている。これはいいな。

■常に無表情で淡々とした主人公の青年が北海道の孤児院から上京して来て、渋谷で映画の看板屋に就職する。その後、ふらふらと東北を旅して廻るのだ。いろいろな人たちと出会う。看板描きの職人、歌い手を目指すフォーク青年(友川かずき、遠藤賢司)「いもうと」みたいな中学生の少女(栗田ひろみ)サーカスのブランコ乗り(キグレ・サーカス)アングラ旅芸人一座(はみだし劇場)、氷屋、三沢米軍基地近くに住み、渡米を夢見るジャズ歌手(笠井紀美子)などなど。でも、結局なにも起こらない。

彼はただ、「ここ」ではない「ほか」の場所、「ここ」ではない「ほか」の人を求めて旅に出るのだ。

あぁ、わかるよ。すっごくわかる。だって、俺も「そう」だったから。

オープニング。海岸の画面下から、ふいに青年がひょこっと現れる。なんか変。そこから『遠くへ行きたい』みたいな映像が続く。でも、どことなくユーモラスで、妙に軽い。深刻なようでいてぜんぜん暗くない。不思議な乾いた感触が心地よいのだ。ラストシーン。青年は浜辺に棒を一本立ててから再び夕日が沈む海に戻って行く。見ていてすごく「すがすがしい」ラストだ。

ドラマに何度も挿入されるBGMの影響があるのかもしれない。バーズ「イージーライダーのバラッド」。これだ。

The Byrds / Ballad of Easy Rider
YouTube: The Byrds / Ballad of Easy Rider

The river flows
It flows to the sea
Wherever that river goes
That's where I want to be
Flow river flow
Let your waters wash down
Take me from this road
To some other town

All he wanted
Was to be free
And that's the way
It turned out to be
Flow river flow
Let your waters wash down
Take me from this road
To some other town

■で、ふと思ったのだが「この曲」がエンディングで流れる(こちらは、ロジャー・マッギンのソロ・ヴァージョン)映画『イージーライダー』を、今までちゃんと見たことがなかったんじゃないかと。アメリカン・ニューシネマの傑作なのに、何故か映画館でもビデオでも見た記憶がない。

町山智浩さんの『映画の見方がわかる本』は読んでいたから、この映画の知識はあった。本に書かれた内容は、「町山智浩の映画塾!」予習編・復習編でほぼ語り尽くされている。これだ。

町山智浩の映画塾! イージー・ライダー <予習編> 【WOWOW】#83
YouTube: 町山智浩の映画塾! イージー・ライダー <予習編> 【WOWOW】#83

■で、TSUTAYAに行って借りてきたんだ、ブルーレイ・ディスク。返却日の深夜にようやく見たのだが、いや実に面白かった。それにしても、デニス・ホッパー、若いなあ。1969年の公開作。

スタントマンのピーター・フォンダとデニス・ホッパーの2人組が、メキシコで仕入れたコカインを金持ちのぼんぼんに売りつけ、儲けた金を改造バイクのガソリン・タンクに隠して、LAからニューオーリンズまで気ままなツーリングの旅を続ける。途中、インディアンを妻とした子だくさんの白人や、ヒッピー・コミュニティのリーダー、アル中弁護士(ジャック・ニコルソン)など、いろんな人たちと出会うというお話し。

ラストの、ヘリコプターによる空撮。これ、『夢の島少女』のラストカット。あの、ヘリコプター空撮による驚異的な長回しのヒントになったんじゃないか? 『さすらい』(1971)も、この映画から大きなインスピレーションを受けているように思った。音楽の使い方とか。

ドラマ『紅い花』のオープニングで使われたドノバンといい、佐々木昭一郎は「川の歌」というか「川の流れ」へのこだわりを、ずっと持ち続けた人だったんだなあ。

■渋谷の街中にたびたび登場した、巨大なモノクロの少女のヌード写真。あの少女はやはり、栗田ひろみ本人だ。

『創るということ』佐々木昭一郎(青土社)で、佐々木氏は『さすらい』の主人公「ヒロシ」に関してこんなふうに言っている。

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『さすらい』はヒロシって主人公がよかったね。このヒロシはオートバイをいたずらしているとこ見つけたんだけど、今は静かに実生活者として横浜で生きている。彫金師になって、奥さんもらって。必ず年に一回電話して、ぼくに会いに来るんだ。「どうしてますか」って、世間話して帰っていく。

ヒロシに会うのは救いだね。(中略)

ヒロシも、彼は実生活ではサンダース・ホーム出身なんだ。で、ハーフでどこかに捨てられてひきとられて、セント・ジョセフっていう横浜の学校に通って、英語が非常に達者でね、日本語もよくできて、学習能力も抜群で、感性がそういうわけだから周囲がなんとなく違うなってことを感じながら生きてるんだ。

ぼくらにはそんなこと言わないけれど、だから孤独っていうのも顔によく出てたし、少年期特有の反抗心も、その反対の優しさも出てたしね。(『創るということ』p117〜p120)

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あ、渋谷道玄坂、百軒店の入り口だ。右手に「道頓堀劇場」。成人映画の看板を運ぶ2人。ずいぶんと昔の渋谷。佐々木昭一郎『さすらい』を見ている。



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