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2014年12月14日 (日)

第15回「上伊那医師会まつり」

■「上伊那医師会報 12月号」の原稿を、ようやく書き上げた。最近、なんだかちっとも文章が書けなくなってしまって困ってしまう。

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第15回 上伊那医師会まつり

 

 11月14日(金)は今期一番の冷え込みで、身を切るような夜風を避けるようにコートの襟を立て、皆さん足早に会場の信州INAセミナーハウスへ向かいます。この日は2年に1度の医師会まつり。今回は、日本の伝統芸能、江戸太神楽と落語で大いに笑って楽しんで、心の底からぽかぽかと暖まって頂きました。

 最初に登場したのは落語家の春風亭柳朝師匠。軽妙な「まくら」と小咄で場内を和ませた後、「真田小僧」の前半を一席。よく通る声で、所作がきれいな噺家さん。じつは鉄道オタク(乗り鉄)で、岡谷から伊那北まで、今回初めて飯田線に乗ることができたと喜んでいらっしゃいました。

 続いての登場は、夫婦太神楽「かがみもち」の鏡味仙三、鏡味仙花ご夫妻。太神楽(だいかぐら)は、400年前の江戸時代初期に誕生した神事芸能(獅子舞、曲芸)で、お正月のテレビに「おめでとうございま〜す!」と言って登場した海老一染之助・染太郎の傘回しの芸ならご存知でしょう。

 鏡味仙三さんが先ずはその傘回しを披露。毬に始まって、四角い升、鋼のリング、くまモンまで回してくれました。続いて奥さんの仙花さんが「五階茶碗」と呼ばれるバランス芸を披露。始めに棒を顎に立て、その上に板や茶碗、化粧房を積み上げていきます。棒を2本にして、その間に毬を2個挟む段になると、見ていてハラハラドキドキです。最後は細い糸で空中へ吊り上げ、回転させながら糸の上を綱渡り。それはそれはお見事でした。夫婦揃っての曲芸は曲撥(投げ物)です。流石に夫婦息の合った芸を見せてくれました。

 再び高座に上がった春風亭柳朝さん。旦那に悋気(りんき)する女将さんが、使用人の権助に夫の尾行を命じたけれど、逆に権助は旦那に買収されてしまう「権助魚」という噺で場内は笑いの渦に包まれました。

 参加者が150人を越えた大宴会では、サイン色紙争奪ジャンケン大会でまた大いに盛り上がりました。最後に伊藤隆一先生が高座に上がり締めのご挨拶。この「医師会まつり」は30年前に樋代昌彦先生のご発案で始まったのだそうです。こちらも伝統を絶やさぬよう、末永く続けて行きたいものです。

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2014年9月 3日 (水)

近ごろ観たもの聴いたもの

■このところ更新がとどこおっていたので、何時、どこで、何を観たか、まとめてメモしておきます。

・7月22日(火)アントワン・デュフォール ギター・ソロ 飯田市「Canvas

7月23日(水)『三人吉三』まつもと大歌舞伎 松本市民芸術館

水曜日の夜、まつもと大歌舞伎『三人吉三』を見に行ってきた。いい席が取れなくて、四等席(3階最後列)2000円。いやぁ面白かった!因果応報の陰々滅々とした話なのだが、三幕目の若い歌舞伎役者3人がエネルギッシュに大立ち回りで魅せる外連と様式美に圧倒された。3階から俯瞰したのが案外正解

7月26日(土)伊那保育園夏祭り

午後4時から伊那保育園の夏祭りで絵本を読む。ワンマンで『ふしぎなナイフ』福音館書店『もくもくやかん』かがくいひろし『はなびがあがりますよ』のむらさやか(こどものとも年少版8月号)『まるまるまるのほん』ポプラ社『こわくないこわくない』内田麟太郎、大島妙子(童心社)つづく…

『うんこしりとり』tupera tupera(白泉社)『おどります』高畠純(絵本館)『ふうせん』湯浅とんぼ(アリス館)『へいわってすてきだね』長谷川義史(ブロンズ新社)『世界中のこどもたちが』篠木眞・写真、新沢としひこ・詞(ポプラ社)で終了。声が枯れてしまったよ。

・7月28日(月)伊那市医師会納涼会「三浦雄一郎講演会」セミナーハウス

・8月9日(土)日本小児科学会中部ブロック連絡協議会 松本市・松本館

・8月10日(日)伊那のパパズ 下伊那郡喬木村「椋鳩十記念館図書館」

・8月16日(土)映画『STAND BY ME ドラえもん 』アイシティ・シネマ 山形村

・8月29日(金)諸星大二郎原画展 阪神百貨店梅田本店8階

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・8月29日(金)落語会「ハナシをノベル!! vol.45」大阪市中央公会堂

宿泊が APAホテル大阪肥後橋駅前だったので、中之島の中央公会堂へは歩いてもすぐ。何とも趣のある歴史的建造物だった。会場は、地下一階の大会議室。

・月亭文都師、今回の新作落語は、

『あるいはマンボウでいっぱいの海』 田中啓文・作

『ランババ』 北野勇作・作

あ、ランバダじゃなくて、ランババだったんだね。いやぁ、ビックリした。こんな落語初めて。笑った笑った。文都師、これ十八番の持ちネタにするといいよ絶対。ただ、会場によっては体力持たないかも。

あと、中入り前の「トーク de ノベル」。田中啓文氏と北野勇作氏が浴衣姿で高座に並んで座りしゃべったのだが、何だか二人ともボケの不思議な漫才を見ているみたいで、これがまためちゃくちゃ面白かった。

会場には、我孫子武丸氏に牧野修氏、それからぼくは気がつかなかったが、あの傑作SF『皆勤の徒』の著者、酉島伝法氏もいらしたようだ。ものすごく作家さんの人口密度の高い希有な落語会だった。『聴いたら危険!ジャズ入門』(アスキー新書)と『昔、火星のあった場所』(徳間デュアル文庫)は持って行ったので、終演後にがんばってサインして頂いた。

うれしかったなあ。ほんと、お二人ともずっと前からファンだったんです。『こなもん屋うま子』も持っていたから、こっちにもサインしてもらえばよかったなあ。残念。

○ 

・8月30日(土)芝居『朝日のような夕日をつれて 2014』森ノ宮ピロティホール

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■ゴドーを待ちながらヒマつぶしに遊んでいたら、ゴドー1とゴドー2の「ゴドーがふたり」もやって来て、でも「みよ子」は来なくて、舞台がすごい傾斜の斜面になっても、それでも彼らは踏ん張って立ち続ける。そういうお芝居だった。

う〜む。何だかよくわからんうちに、颯爽と終わってしまった。凄いな。昔から憧れていて、でも観ることができなくて、今回たまたま大阪で初めてナマで観た。観れてよかった。第三舞台の『朝日のような夕日をつれて』。

5人の役者さんたちは2時間連続で目まぐるしく動き、機関銃のようなセリフの応酬で、背広の背中が汗でぐっしょり濡れているのがはっきり見える熱演だった。この日は昼夜2公演だったが、55歳の大高さん、52歳の小須田さん、2人とも年齢を全く感じさせないクールで余裕の(顔はぜんぜん汗をかいていない)舞台に、同世代のぼくは感動した。ほんど凄いな。

2014年版の戯曲も売ってたが、パンフしか買わなかったのだけれど、後になって、あの時のセリフが気になって仕方がない。特に終盤。この戯曲集を図書館で探して読んでみようと思った。

■ 9月2日(火)の夜、テルメに行ったら会社創立記念日の臨時休業。あちゃぁと落ち込んで、近くの「ブックオフ」に寄ったら、100円単行本コーナーの「演劇・宝塚」のところに、なんと!「83年版」と「91年版」の戯曲集があった。もうビックリ。買って帰って読んでみると、2014版でも「まったく同じセリフ」のところが結構あるぞ。

「83年版」を読んでいると、そこに載っているギャグや歌(キングトーンズ「グンナイベイビー」とか)が、鴻上さんと同じ昭和33年生まれの僕には逆にリアルで、不思議な感覚に陥った。過去じゃなくて「いま・ここ」の感じ。面白い! ほんとよくできた脚本だなあ。

2014年5月18日 (日)

春風亭一之輔独演会 +『HAPPY』の動画を集める(その2)

■いやぁ、笑った笑った。今宵、駒ヶ根の大宮五十鈴神社で行われた春風亭一之輔師匠の独演会。毎回思うのだけれど、落語ってホントいいなあ。聴き終わって何とも幸せな気分になれる。演目は「狸札」「鈴ヶ森」「お見立て」の3つ。

一之輔さんのヨーロッパ公演を記録した写真集や、色紙、手ぬぐいが当たる抽選会(大盤振る舞いだった)には外れてしまったけれど、お土産に真打ち昇進披露公演の50演目が書かれた記念の手ぬぐいを頂戴して大満足でした。

一之輔さんも書いているけれど、ぼくらの左前に座っていた4歳の少年。たしか、はるたろう(晴太郎?)君といってたか。ふつう3〜4歳の男の子だと、じっと座っていられるのは30分が限度だ。しかし、落語通の彼は違った。後半の、吉原の廓噺「お見立て」まで2時間近くいい子で聴いていたぞ。凄いな!

写真集が当たってよかったね。

ただ、幼気な4歳児に容赦なく「廓噺」を聴かせる一之輔師匠って、どうよ。

昨日駒ヶ根にいた4歳の男の子は怪獣図鑑の如くに噺家名鑑を見てるらしい。楽屋まで「いちのすけは初天神、青菜をよくやるんだよ」と聞こえてきた。「ツインテールは海老の味がするんだよ」的に。

■落語をナマで聴いた後に必ず感じる、あの「多幸感」って、ファレル・ウィリアムス『HAPPY』の「気持ちよさ」と同じなんじゃないか? たわいのない日々の日常の暮らしの内に、実は「しあわせ」はあるんだよ、きっと。

 

HAPPY - Pharell Williams [ We are from SXM ] #HAPPYDAY
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HAPPY We Are From Minsk
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Pharrell Williams - #JamaicaHappy #HappyDay
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Pharrell Williams - Happy (Venezuela - Coro) #HAPPYDAY
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HAPPY in Greenland
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2014年5月 3日 (土)

『どーなつ』北野勇作(ハヤカワ文庫)読了

■おとといの夜、『どーなつ』北野勇作/著(ハヤカワ文庫)を読み終わった。面白かった。別に謎解きを期待してなかったので、読者のために何とか辻褄を合わせようと作者が気を使った「その十:溝のなかに落ちたヒトの話」は、なくても僕はよかったかな。じゅうにぶんに、その世界観を堪能させていただいた。

ちょっと時間をかけすぎて、ゆっくり少しずつ読んできたので、冒頭の(その1)(その2)など、どんな話だったかすっかり忘れてしまった。もったいない。

ただ、読み始めから読み終わるまで、ずっと感じていたことは「既視感」だ。

「爆心地」の描写は、タルコフスキーの映画『ストーカー』の「ゾーン」のイメージに違いない。

「電気熊」の設定は、去年見て萌えた映画『パシフィック・リム』とそっくり同じだし、連作短編が「土星の輪」のように連なって、「海馬」とか「シモフリ課長」とか「田宮麻美」とか「おれ」とか「ぼく」とか。それぞれの短編は独立しているのだけれど、共通する(らしい)登場人物が何度も出てくる。

ただ、さっきの話では死んだはずなのに、次の話では元気で生きていたりと、物語の順番の時系列も怪しいし、その場所も、地球上なのか火星なのか、それとも全くの未知の惑星なのか、読んでいて判別がつかない。

で、これら関連する(であろう)収録された10篇の短編を整理して、推理小説の解答編みたいな整合性を極めようとすると、たちまちワケがわからなくなってしまうのだった。ジグゾー・パズルの最後のピースを見つけてはめ込もうとすると、ぜんぜん形が合わない! こういう感じの小説を最近読んだよなぁ、って思ったら、そうそう『夢幻諸島から』クリストファー・プリースト著、古沢嘉通・訳(ハヤカワ・SFシリーズ)じゃないか。設定が、すっごく似てるぞ。

いや、待てよ? 『どーなつ』が出版されたのは、2002年4月のことだ。いまから12年も前。当然、映画『パシフィック・リム』も、小説『夢幻諸島から』も、この世に生まれでるずっとずっと前の話。この、シンクロニシティって何だ?

さっき、「土星の輪」のように短編が連作されてゆくと書いたが、最後までたどり着くと、物語の中心に「大きな深いあな」があることに気付かされる仕組みの小説なのだった。何故、小説のタイトルが「どーなつ」なのか? 本編の中では「どーなつ」に関する記載はまったくない。唯一「作者あとがき」の中でだけ触れられているだけだ。(もう少し続く)

2013年9月29日 (日)

立川志らく「シネマ落語」 in 蓼科高原映画祭

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■「立川志らく シネマ落語」を聴きに、茅野市市民館へ行ってきた。よかったなぁ。泣けたなぁ。大満足だ。

 

以下、昨夜のツイートから。

 

名著『全身落語家読本』立川志らく(新潮選書)は僕にとって「落語のバイブル」だ。何度も読んだし、辞書みたいに使っている。でも、志らく師の落語は今まで一度も生で聴いたことがなかったのだ。スミマセン。

 

続き)今日の土曜日。茅野市で開催されている「第16回 小津安二郎記念:蓼科高原映画祭」で「立川志らく・シネマ落語」があると知り、行ってきたのだ茅野市民館。当日券だったが、何と!前から2列目の正面やや左寄りの席が空いていた。ラッキー! 2500円なり。

 

続き)午後7時開演。開口一番は弟子の立川らく人「出来心」。同会場でその直前に上映されていたのが、小津安二郎の映画『出来ごころ』だったからね。口跡口調はよいのに可哀想なくらい笑いがなかった。ホント御免ね、これも修行さ。

 

 満を持して、立川志らく師が登場。師匠の談志(お骨になって後の顛末も含め)と朋友・先代圓楽の奇人変人エピソードをたっぷりと。それで、落語会慣れしていないであろう聴衆の心をを優しく溶きほぐす。流石だ。演目は『死神』。この噺は「オチ」が決めてだ。演者によっていろいろ工夫がある。さて、志らく師は? あはは!そう来たか。中入り後、すぐには本題に入らず、

 

もう一つ古典落語に入る志らく師匠。神無月の話から入ったんで、あぁ『ぞろぞろ』だなって思ったら、そうだった。メチャクチャ馬鹿らしくて好きな噺だ。

ラストがお待ちかね「シネマ落語」で「人情医者〜素晴らしき哉!人生」。これがよかった。『死神』と『ぞろぞろ』が、ちゃんと「この噺」の前振りになっていたんだね。

 

いい話だ。ラストで泣けて困った。これってさ、言ってみれば、アメリカ版「芝浜」じゃね?

2013年1月17日 (木)

「古今亭志ん朝・大須演芸場CDブック」を聴く

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■せっかく書いた文章が、アップする前に接続が切れてしまったため、消えてしまった。頑張っていっぱい書いたのに、やれやれ。


高遠の兄から『古今亭志ん朝・大須演芸場CDブック』を借りてきた。これは凄いな。CD30枚組。豪華ケース入り。


志ん朝師が、経営悪化で四苦八苦している名古屋大須演芸場の席亭を救うべく、1990年10月から 1999年11月までの10年間、毎年秋に大須演芸場に出向き「三夜連続独演会」を開催した。

いつもは閑古鳥が鳴く大須演芸場も、この時ばかりは大入り満員だったそうだ。晩年の志ん朝師は、浅草演芸ホールでの夏の「住吉踊り」と、秋の名古屋大須演芸場での独演会を何よりも大切にしていたという。


■小林信彦『名人 志ん生、そして志ん朝』(朝日選書)を読んだので、大須演芸場での独演会のことは知っていた。実際に行って聴くことのできた人たちが、ものすごく羨ましかった。

その大須演芸場の「音源」が、まさかこうして公に出るとは思いも寄らなかった。


もともと、雑務で忙しい席亭が個人的に後で聴くために志ん朝師に頼んで師の公演をカセットテープに録音させてもらったもので、その年によって録音状況がずいぶんと異なっている、いわば私家版のブートレクなのだ。

だから、演目によっては音は極端に悪い。


でも、その欠点を補っても余るほどに、この「音源」を聴くことができた喜びは大きいな。

なによりも「マクラがたっぷり」なことが出色だ。

それに、リラックスしてくつろいだ普段着の志ん朝師が感じられる。

独演会とはいえ、大須演芸場の「場」が醸し出す「雰囲気」が、志ん朝師をいつになく普段の「寄席」での高座の気分にさせたのであろう。


それに、晩年の志ん朝師の高座を、これだけ沢山の演目と共に集めた音源は他にはないはずだ。そこが貴重。

2012年10月16日 (火)

第13回 柳家喬太郎独演会 駒ヶ根・安楽寺

■昨日の10月15日(月)は、年に一度の「駒ヶ根安楽寺・柳家喬太郎独演会」。月曜日だったからね、ちょっと今回は無理だと思ってた。


でも、ラッキーなことに午後は案外患者さんが少なくて、午後6時前で診療が終了。急いで着替えて一路駒ヶ根へ。文化会館の駐車場に車を止めて走って安楽寺。18:45 着。よかった間に合った。


しかし、安楽寺本堂はすでに満杯だった。1人だったから、あわよくば前の方にすすっと出て行って隙間を見つけ座ってしまおうと考えていたのだが、とても無理。仕方なく、最後列の窓際の椅子に着席。300人以上は入ってるかな?って思ったら、安楽寺住職の話では 450人来てたんだって。もうビックリ。それにしても大変な人気じゃないか、喬太郎さん。


■開口一番は、ふつうお供で同行した師匠の弟子(前座)が務めるものだが、喬太郎師に弟子はいない。で、最初に高座に上がったのは、この6月に落語芸術協会の真打ちに昇進した春風亭愛橋師匠。


真打ちの落語家に対して「開口一番」なんて言ったら失礼なんだが、正直まだまだ喬太郎師の胸を借りている感じの愛橋師だったなぁ。もっと自信持って堂々と落語やればいいのに。演目は「かぼちゃ屋」。愛橋師得意の「与太郎もの」だ。


まだ、昔昔亭健太郎だった頃、あれは何年前だったか、伊那市駅前に酒蔵を持つ「漆戸酒造」での新酒お披露目落語会に家族4人で行ったことがあった。あの時は「牛ほめ」をやってくれた。妙になよなよした所作で、妙ちくりんな髪型、でも、独特な「フラ」があって、これはこれで面白いぞ! そう感じた。


あのまま突っ走ればよいのだよ。でも、昨日の愛橋師は、450人の聴衆を前にして、やたら肩に力が入っていた。地元だし、真打ち披露ではいろいろと世話になった人ばかりだったからね。戴いた帯とか、お祝いの後ろ幕とか。言及しとかなくちゃいけないことが多すぎた。だからか、本篇の落語が散漫になってしまったのかな。

伊那北高校の後輩だし、これからも一生懸命応援していきますよ。頑張って欲しいな。


■さて、喬太郎師はというと、貫禄の高座であった。


まくらで、こうして安楽寺のご本尊に背を向けて落語をしていると、いつかバチが当たるんじゃないかって思ってるんですよ。って話から、埼玉のお寺であった落語会の話へ。そこのお寺では本堂を使わずに、お寺の境内が客席だったんだって。で、演者は境内に面した「縁側」に座って噺した。

ところが、にわかに大雨が! って話。笑っちゃったなぁ。


そこから本篇の「蒟蒻問答」へ。


この噺、いままで正直それほど面白いと思ったことがない。ところが、喬太郎師の「こんにゃく問答」の面白いことと言ったら、あんた。もう大笑いでしたぜ。放送禁止用語もビシバシ飛び交って、いやぁ、勢いがあったなぁ。


喬太郎師の2席目は「へっつい幽霊」。

この噺、好きなんだ。ぼくが持ってる音源は、先代桂三木助のと、立川志の輔師のCD。何せ、三木助師は「ほんもの」の博打打ちだったからね。


喬太郎師は、基本的に古典落語を演じるときはあまりいじらない。先輩から教わった通りに崩さずに演じる。その態度がぼくは好きだ。最近は「いじりすぎる」落語家がやたら多いからね。本来、数百年の歴史ある噺の骨格がすでに出来上がっていて、それだけで面白いワケだから、変に崩す必要はないのだ。古典落語はね。


喬太郎師はそのことをよーく分かっている。


でも、今回はちょっとだけ「くすぐり」を入れてたな。最初に「へっつい」を買ってった客が、しゃべる度に「……道具屋!」と必ず語尾に付けるのだ。これがしつこい。


ぼくはこのくだりを聴きながら、Sさんっていう、いつも娘さんを2人連れてくるおかあさんを思い出していた。このおかあさん、必ず語尾に「……先生!」って付けるのだ。「昨日の夜に熱がでたんですよ、先生。夜中にうなされて苦しそうでした、先生。今朝はごはんを食べたんですけど、先生。そのあと吐いちゃったんです先生。」ってね。


そしたら、久しぶりに「そのSさん」が今日の午前中、娘2人を連れて受診したのだ。申し訳ないけど、ひとりで笑ってしまったよ。


450人の聴衆がみな大笑いした高座だった。大満足でした。やっぱ、ナマの落語はいいなぁ。これだけの人気落語会になったのも、すべて「駒喬会」の皆さまのご苦労あってのものだ。ほんと感謝してます。

来年は6月とのこと。今から楽しみだぞ。


以下、昨日つぶやいたツイートを転載。

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駒ヶ根「安楽寺」での第13回柳家喬太郎独演会から大満足で帰ってきたら、ブランコが逆転満塁ホームランを打っていた。びっくり。ちなみに今夜の演目は、春風亭愛嬌師が「南瓜屋」。喬太郎師は「蒟蒻問答」と「へっつい幽霊」。いやぁ、笑った笑った。


続き)まぁ、これは「ナマ」で落語を聴いた後の帰り道で毎回味わう感覚なのだが、得も言われぬ「幸福感」に満たされる訳だ。何なんだろう? この満足感。落語って、やっぱ凄いぞ。安楽寺住職の話では、今宵の本堂に450人もの人々がつめかけたという。恐るべき集客力だ、喬太郎師。


以前テレビでだったか、喬太郎師がまくらで駒ヶ根の独演会の話をしていた。会の主催者が興奮して言ったという。「喬太郎さん!300人以上入ったってことは、駒ヶ根市の人口の1%だ。東京で言うと10万人の集客ですよ!」ってね。

2012年5月 9日 (水)

映画『小三治』のDVDを見た。これは面白かった。

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■GW中に、伊那市立図書館へ行って「DVDコーナー」を見ていたら、なんと、以前から是非見たいと思っていた落語のDVDがあって感動してしまった。それは、「桂 歌丸 牡丹燈籠DVD5巻完全セット」と「ドキュメンタリー映画 小三治」だ。


で、『牡丹燈籠・お札はがし』『牡丹燈籠・栗橋宿』『映画・小三治』の3本をカウンターに持って行ったら「DVDは2本までしか貸し出しできません」とのこと。仕方ないので、『お札はがし』と『小三治』の2本を借りた。


■『小三治』を見たのは、5月5日の午後。最初に特典映像から見てしまった。そうか、小三治師は「シロクマ好き」だったのか! なんか、すっごくうれしくなってしまったよ。


この映画の中で主役小三治に次いで注目すべき人は、なんといっても「入船亭扇橋師」だ。この2人、昔からすっごく仲がいい。入船亭扇橋師は、昭和6年(1931年)5月29日生まれで、小三治師が昭和14年(1939年)生まれだから、なんと8つも年上(落語界入門は扇橋師が2年早いが、真打ち昇進は小三治師のほうが半年早い。二人とも十何人抜きの大抜擢での真打ち昇進だったそうだ)なのに、扇橋師は小三治師のことをものすごくリスペクトしているし、絶対的な信頼感でもって頼りきっているのだ。そこが可笑しい。


映画の後半、二人旅で東北の温泉旅館に一泊するシーンがある。あっ! この温泉知ってる。小児科学会が一昨年の春に盛岡であった時に、飯田の矢野先生ほかといっしょに泊まった、つなぎ温泉「四季亭」じゃないのか? それにしてもよく食べるね、この二人。


扇橋師は、新宿末廣亭で2回、あと上野鈴本でも確か聴いたことがある。マイクを通しても、何を言ってんだかちっとも判別できない、ごにょごにょとした小さな声で、しかも上半身が常に不規則に揺れていて、観客はみな「このじいちゃん、ホント大丈夫?」と心配してしまう。演目は「弥次郎」だったり「三人旅」だったり「つる」だったり「小三治をよろしく」みたいな漫談なのだが、たいてい突然歌い出すのだ。


「そーらーは、どうして〜 青いの〜」って。これは、そのむかし和田誠さんと永六輔さんが作って、平野レミさんが歌っていた。ぼくも大学生の頃に、TBSラジオで何度も聴いて知っている曲。それを落語とはぜんぜん関係なく、ほんと突然歌い出すんですよ。扇橋師。でも、好きだなぁ。ものすごく好きなんだ、このすっとぼけたような飄々とした佇まいが。


映画では、そんな扇橋師の可笑しさがじつによく捉えられていた。

よく言われることだが、『ねずみ』とか『鰍沢』『茄子娘』など、師の落語は「唱い調子」で完成されている。そういう意味では、春風亭柳好の落語と似ている。もともと浪曲が大好きで、広澤虎造に惚れ込んで最初は浪曲師になろうとしていた人だった。ただ、浪曲師にはなれなず、落語家になったのだ。彼の師匠は三代目桂三木助。三木助と五代目柳家小さんとは「兄弟仁義」の仲。そういうワケで、三木助は長男の名前を小さんの本名をもらって「小林盛夫」と名付けた。それが自死してしまった四代目桂三木助だ。三代目が亡くなって、まだ二つ目だった扇橋師は「小さん門下」の一員となる。


俳句作りは、中学生のころから玄人肌でならし、「光石」の俳号を持つ俳人でもあり、小三治、小沢昭一、永六輔、加藤武、桂米朝らが参加する「東京やなぎ句会」の宗匠でもあるのだ。

ちなみに、扇橋師も小三治師も下戸で酒は一滴も飲めない。あと扇橋師は、焼肉と「メーヤウ」の激辛タイカレーが大好きでトマトが嫌い。そんな兄弟子のことを、小三治師もすごくリスペクトしている。それは、このドキュメンタリー映画を見れば自然と判るようにできている。

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■さて、映画のファーストシーンは、柳亭こみちが高座の座布団を返して舞台袖に引っ込み、続いて「 二上がりかっこ」の出囃子とともに小三治師が肩を左右に揺らしながら、すこし面倒くさそうに高座に向かう場面を下手幕袖の舞台斜め後ろからカメラはとらえる。さらに高座に上がった小三治師を舞台下手真横からカメラは撮す。演目は『あくび指南』。そこにタイトル「小三治」。これがすっごくいい。


失敗をしでかした前座に対しての小三治師。「しつれい、じゃないよ、お前」

前座「はい。ひつれいしました」
小三治「そう。」


そう言ったあとに高座に上がってかけた噺は「らくだ」だ。
これ、いいなぁ。CDでもDVDでも持ってない。
「らくだ」と言えば三笑亭可楽だ。でも、小三治師のはいいんじゃないか。


小三治師が、楽屋で鏡に向かって電気カミソリで髭を剃るシーンが何度もある。師はわりと髭が濃い。見ていると、誰かに似ているなぁ、と思った。そうだ、マリナーズのイチローだ。二人ともB型で、人知れず努力を重ね「その道」を極めた武士というか、求道者のような佇まいが似ているのだな。


「自分で楽しくやれないことはね、ストレスの元だよね。(中略)こんな程度の人生だもの、あんな一生懸命やってどうすんだよ。(中略)しょうがねぇよな。そういう奴だったんだよ、どうも。生まれ育ちかな。なぜ百点取れないんだ!つって、95点の答案を前にして正座させられて親父から小言を言われたっていう、そういう刷り込みっていうのが、やっぱりずうっと消えないんじゃないかなぁ。自分で百点満点を取らないと、自分で自分を許可しない。そういうのが嫌な、それが嫌でこの世界に逃げ込んだのにねぇ、結局はそこから逃れられない。」


■あと、柳家三三の真打ち昇進披露の口上がよかった。実になんとも、うまいこと言うなぁ。


控え室で、サンドイッチを食べながら三遊亭歌る多を相手にしみじみ語るその背後で、三三さんが一人黙々と稽古している場面が好きだ。食べ終わった小三治師は、おもむろに「お手拭き」で目の前のテーブルを拭きはじめる。


「柳家の伝統だよ、テーブル拭くのは。」
「人に言われて気が付いたんだよ。柳家ですねぇって。」

「そう、明らかにそれは小さんの癖なんだよね。」
「うそだろう!? って、ビックリした。えっ、みんな拭くのって。で、自分が拭いていることも意識にない。」


「そういうところがつまり、背中を見て育つってことかねぇ。気が付かないでやっていることがいっぱいあるんだろうねぇ。気が付いていることもいっぱいある。あぁ、これ師匠だなって、いっぱいある。」


「だからねぇ、教えることなんか何もないんだよ」
「ただ見てればいいんだよ」


次のカットで、三三さんが黙々と稽古しているとこに、音声だけで小三治師の指示が入る。すごく具体的で丁寧な教え方だ。あれっ? 三三さんに師匠が教えてるじゃん! ていうのは勘違いで、カメラが引くと、なんと小三治師が「足裏マッサージ」のやり方を柳亭こみちに懇切丁寧に教えているのだった。これには笑っちゃったよ。


小三治師は、スキーも懇切丁寧に教えてくれるらしい。
でも、落語の稽古はつけてくれない。


■それから、映画のナレーション。女優をやっている小三治師の実の娘さんだったんだね。「歌 ま・く・ら」の時、上野鈴本の楽屋に兄嫁といっしょに顔を出している。この時も、入船亭扇橋師の話で盛り上がるのが可笑しい。

2011年8月 5日 (金)

最近のこと(健忘録としての覚え書き)

■医学書院の看護師のためのWebサイト「かんかん」で連載されている平川克美氏の『俺に似た人について知っていること ---- 老人の発見』が、しみじみ読ませる。


平川克美氏は 1950年生まれで、内田樹先生とは小学校で同級生になった時からずっと親友なのだそうで『東京ファイティングキッズ』を読んでから、ぼくは平川氏の事を知った。『東京ファイティングキッズ・リターンズ』も買ったし、『ビジネスに「戦略」なんていらない』も買った。『移行期的混乱―経済成長神話の終わり』(筑摩書房)も、少しだけ読んだが積ん読中。あと、平川氏がやっている『ラジオデイズ』からもよく落語をダウンロードさせてもらっているのだった。


そんな訳で、彼のブログやツイッターは暫く前からずっとフォローさせてもらっていて、ご母堂が亡くなられた後くらいからの様子は、断片的にではあるがリアルタイムで聞いてきてはいた。しかし、こうして「団塊世代・後期」である人が自分の父親を介護する話を読むと、二番手である我々にもあまりに身近で普遍的で、近々我が身(1950年代後半生まれ)に迫る必然的な問題であるだけに、こんなふうに淡々と語られるとかえって、リアルに迫ってくるのだと思う。

実際、ぼくの同級生にも最近親を看取った友人が何人かいる。子育てもまだ終わらないというのにだ。平川氏のこの連載は、「そういう」覚悟を、ぼくらの世代にどうしようもなく確認させる、強い力がある文章なのだだと思った。


ぼくは父親を16年前に、母親を2年前に亡くした。しかし、父も母もその看病と介護に当たったのは、昭和24年1月生まれの兄貴(平川氏より学年は2つ上)に任せっきりだった。仙台市在住の平川氏の弟さんと違って、ぼくはすぐそばに住んでいたにもかかわらずにだ。その点に忸怩たる思いがある。兄貴、本当にごめんなさい。


いや、もちろんぼくの妻は嫁として彼女のできる限りの最善を尽くしてくれたよ。ぼくの父や、母に対して。本当によく看病と介護をしてくれたと思う。素直に本当に感謝している。よくやってくれたと。

でもだ。実の息子であるぼく自身はどうだったのか?


今となっては仕方ないことではあるが、9月にある母親の三回忌の時には、ちゃんと兄貴に謝ろうと思っている。


  (閑話休題)


■■ 落語の演題『替り目』は、寄席に行くと結構頻回にかかるネタだ。


時間が押していて、持ち時間が7分ぐらいしかなく、トリの2つ前とか、中入り前に上がった大御所、中堅の噺家がよくやっている印象がある。ぼく自身、新宿末廣亭で柳家さん喬師の「替り目」を聴いたし、浅草演芸ホールで古今亭菊之丞の「替り目」を聴いた記憶がある。いや待てよ。「片棒」だったかもしれないなぁ。「片棒」はさん喬師の十八番だしね。


「替り目」はサラッと流せて、いくらでも時間調整ができる噺で、しかも落ちでしんみりさせることができるという、寄席ではたいへん重宝する噺なのだな。


ま、ぼくは「この噺」を、その程度に理解していたのだ。


ところが先日、偶然にも「古今亭志ん生の『替り目』」を初めて聴いたのだ。
驚いた! 前半を聴きながら、大笑いの連続で、自分自身が「この噺」の主人公とまったく同じ酔っぱらいのダメダメ亭主だから、余計に心情移入してしまうのだな。

外で飲んで帰って、どんなに酔っぱらっていたとしても、仕上げに家でもうちょっと飲みたい。でも女房は言う。「あんた! それだけ飲んできたのに、まだ飲むの? 今まで何度も約束したでしょ。ダメよ!」って。


志ん生の落語を聴いていたら、なんだわが家の日常「そのまま」じゃん! って思ってしまって大笑いしたあと、例のサゲまできて何だか急に泣けてきてしまったのだ。


いや、本当に泣けるのだ、志ん生の『替り目』は。ダメな亭主はしっかり者の女房のことを本当に愛しているのだよ。でも、志ん生の『替り目』は特別なんだろうなぁ。この噺がこんなにイイとは思わなかった。

でも、この落語を女房に聴かせても、絶対に判ってはくれないのだろうなぁ。酔っぱらいの気持ちは。悲しいなぁ。しみじみ。

 
(閑話休題)

■■ なんだろうあやしげ氏のツイッターで知ったのだが、四コマ漫画「根暗トピア」以来大好きで、「ぼのぼの」も「Sink」もフォローしてきた天才漫画家、いがらしみきお氏の新作漫画単行本が7月末に発売されたのだという。


この漫画は、現在も月刊漫画雑誌「IKKI」(小学館)連載中だ。


昨日の晩、伊那のTSUTAYA へ行って『 i【アイ】』いがらしみきお(小学館)を買って帰った。で、その「第1回」を読んだ。おったまげた!! すんげぇ〜じゃないか!!

でも、いがらしみきお氏は「この漫画の連載中」に、「3.11」を迎えたのだな。いったいどうするんだこの後。心配してしまうよ。物語はどう展開してゆくのだろうか?


で、久々に「いがらしみきお氏のブログ」を見にいった。


なんか、読んでマジでしみじみしちゃったじゃないか。

がんばれ! いがらし先生。

2011年3月 4日 (金)

春風亭一之輔さんを、初めてナマで聴く

■先週は、流行中のウイルス性胃腸炎に罹って水様下痢に悩まされたが、下痢がよくなったかと思ったら、今週は喉をやられて声が出なくなってしまった。濃い鼻汁に痰のからんだ咳、熱はないが、得もいえぬ体の怠さが続いている。そんなに不摂生な生活をしているつもりはないのだが、体力が弱ると、次々と病原体が容易に侵入してくるようだ。


また、こういう時に限って忙しいときている。


今度の日曜日は当番医で、来週の火曜日までに上伊那医師会2月の理事会の議事録をテープ起こしして事務長さんに提出しなければならない。翌日、水曜日の昼には伊那東小学校へ出向いて、卒業間近の6年生に「薬物依存とタバコの害」の授業をすることになっているのだが、その準備も全くできていない。さらには、上伊那医師会報3月号の巻頭言を書く約束になっていて、その締め切りが来週末の金曜日ときている。いやはや、まいったなぁ。


■さて、小学館『サライ』責任編集「隔週刊CDつきマガジン・落語 昭和の名人完結編」の刊行が始まった。その第1巻は「桂枝雀・代書、親子酒」で、確かこの音源は持っていたように思ったので買わなかった。で、その2巻目が「古今亭志ん朝」だ。これは即買った。東横落語会の音源(「居残り佐平時」s55/05/16 「猫の皿」 s53/11/29 収録)だったからだ。


よく、立川志らく師が言っていることだが「江戸の風が吹くものを古典落語という」と。


古今亭志ん朝の落語は、まさに「江戸の風」が吹いている。
志らく師が大好きな志ん朝師の兄、金原亭馬生の落語にも、たしかに「江戸の風」が吹いていた。

ただ、勘違いしてはいけないのだが、じゃぁ、チャキチャキの江戸っ子でなければ「江戸の風」を落語の中に吹かせることができないかと言うと、決してそうではないのだな。そこが落語の面白いところだ。


■と言うのも、今週の日曜の午後、駒ヶ根「音の芽ホール」で落語を聴いてきたのだが、そこには確かに「江戸の風」が吹いたように思ったのだ。っていうか、その落語家さんの所作、立ち振る舞い、口調に、古今亭志ん朝の粋と江戸前が重なって見えたのだ。

ところで、その落語家さんは江戸っ子ではない。


なんと、山下洋輔氏のお兄さんが醤油を作っていた(ヒゲタ醤油)千葉県野田市の出身なのだ。そう言えば、柳家三之助さんは千葉県銚子市の出身だったか。そうは言っても、彼は実力派正統落語家を数々生んできた、あの「日大芸術学部・落研」出身。今は亡き古今亭右朝。それから高田文夫、立川志らく。みな「日大芸術学部・落研」出身だ。(ちなみに、柳家喬太郎師は、同じ「日大」でも、名門「日大芸術学部の落研」出身じゃなくて、日大商学部の落研出身なのだった。)


で、「その落語家さん」の写真が、例の「隔週刊CDつきマガジン・落語 昭和の名人完結編2」の14〜15ページに載っているのですよ。「羽織の着方」の説明ページ。でもこの人、写真写りが悪すぎる! 実物はこの10倍いい男なのに。


彼の名は、春風亭一之輔。


昨年10月からは、日曜日の早朝にFMラジオのパーソナリティも務めている。『SUNDAY FLICKERS』だ。ぼくも何度か車の中で聴いたことがある。じつはこの放送、収録もとの「東京FM」では放送してなくて、FM長野をはじめ全国地方FM局でネットされているのだとか。


でも「こちら」で、ポッドキャストが聴けます。一之輔さんの「ダイジェスト落語」も聴けます。


■世間では、日本で一番「落語会」に通いつめているライターは堀井憲一郎氏であると思われているけど、堀井氏にまけないほど「落語会」に通い詰めているライターがいた。それが、月刊音楽雑誌『BURRN!』編集長の広瀬和生氏だ。


その広瀬氏が「いま一番の注目の若手落語家」として追っかけているのが、春風亭一之輔さんだ。


広瀬氏がどれほど春風亭一之輔に惚れ込んでいるかは、『この落語家を聴け!』(集英社文庫)の「文庫版のためのあとがき」を読めばよくわかる。なんと、まだ二ツ目の春風亭一之輔さんのために、まるまる3ページを割いているのだ。これは破格のあつかいと言えるな。


■追加(Twitter に書いたこと)


今日の午後3時から駒ヶ根市「音の芽ホール」であった「春風亭一之輔 噺の会その弐」を聴きに行ってきた。面白かったなぁ。一之輔さんはぜひ一度ナマで聴いてみたいと前から思っていた人だ。最後に入場したら最前列正面の3席だけ空いていて僕ら家族で座る。高座の落語家さんと超至近距離で緊張したよ。


(続き)観客は全部で30数人のアットホームな会で、そこがまたよかったな。考えてみれば贅沢な落語会だ。演目は「ろくろ首」「天狗裁き」「竹の水仙」。評判には聞いていたが、いや実際、この人はうまい。面白い。声もいい。ぜひまたナマで聴いてみたいと思う。


(じつは続き)春風亭一之輔さんの噺では、「あくび指南」か「茶の湯」を聴いてみたかったのだが、「あくび指南」は去年の6月に駒ヶ根へ来た時にやったんだね。その時、今日うちの次男が座った席にやはり小学性がいて、でも横の父親と本人の許可を得て郭噺をやったと一之輔さんが言ってたが「明烏」か? (追伸:H22年6月に駒ヶ根に来た時の演目は、「初天神」「あくび指南」「明烏」だったそうだ。)

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