2010年4月18日 (日)

映画『ホノカアボーイ』

■ジェイムス・テイラー&キャロル・キングの日本武道館でのコンサートの模様が、そこかしこにアップされてきた。

「rockin'on ライブレポート
「ぐうたらRYOSEIのチェロ修行日記」
「McGuffin.」
「自然と音楽を愛する者」


■いま『レコード・コレクターズ増刊/ シンガー・ソングライター』を読んでいるところなのだが、36ページからの「細野晴臣インタヴュー」がとっても面白い。


「たしか小倉エージに”こんなのはどう?”って紹介されたのがJTだったわけ。彼の歌は、僕にもぴったりとくる音域だったんだ。しかもノン・ヴィブラートのストレートな発声法っていうのは初めてだった。ロックにもフォークにもなかったのね、JTスタイルは」(中略)

「まず、ギブソンのJ50、あのギターにあこがれたんだよ。あの地味な音がね、なかなか出ないの。他の人はだいたいマーチン系の派手な音でやってたの。で、小坂忠がJ50を手にいれてね、それで『ありがとう』を作った」


そっかぁ、初期の小坂忠は「和製ジェイムス・テイラー」って言われてたっけ。だから僕は小坂忠が好きなんだ。でも、『ほうろう』の頃には細野さんも小坂忠も JTからずいぶんと離れていってしまったなぁ。


■ところで、「ほぼ日刊イトイ新聞」の黒柳徹子さんインタヴューがとっても面白い。
特に「森繁久弥さんのはなし」。すっごいなぁ、森繁さん。

ちなみに、森繁久弥さんの血液型はB型。渥美清さんもB型。柳家喬太郎さんもB型。じつは、芸能人には多いのだB型の人。血液型の話をすると、松尾貴史さんに怒鳴られそうだが、でもぼくは結構信じていたりする、血液型。特に、B型の人をリスペクトしているのだ。この人たちは、DNAからして「特別」で、ぼくがどんなに努力して背伸びしてみても、絶対に追いつけないものを既に手にしているのだよ。すごいジェラシーを感じているのだ。

そういう思いって、B型の人たちには、決して判ってもらえないのだろうなぁ。


■あ、映画『ホノカアボーイ』。じつはまだ見終わっていないのだ。
感想はまた後日。

2010年4月17日 (土)

Singer Songwriters

■あぁ、そう言えば、大好きなジェイムス・テイラーとキャロル・キングが来日中なのだった。

今夜はパシフィコ横浜か?

あれは歌ったのかな?
「Up on the Roof」

名古屋まで来てくれれば、行ってたかもしれない。でも、
今度ジェイムス・テイラーが来日するのは、いったい何時なんだろう?


しかたないんで、TSUTAYA で『レコード・コレクターズ増刊 シンガー・ソングライター』を買ってきて読んでいるところ。


■ところで、「菊地成孔さんの日記」を読むと、

 続きまして、帝都の夜の巷を揺るがす最終メディア、天才宇川直宏主催の「ドミューン」ですが、5月9日を皮切りに「菊地成孔と大谷能生のジャズドミューン」という番組がレギュラー化します。まあ、レギュラーたって、相手はドミューンですから(笑)何がどうなるか解ったもんじゃありませんが、スポンサーがつき、放送コードが発生するまでは、大谷くんと共に、ジャズの素晴らしさを啓蒙する、21世紀のジャズメッセンジャーズとして大いにターンテーブルを回そうと思います(ケーキやお刺身などを乗せて)。

http://dommune.com/

だそうだ。まずは目出度い。「憂鬱と官能を教えた学校TV」が有料チャンネルだから見られないので、これは有り難いな。


■3月18日(木)夜7時からの第1回目 UST を聴いたが、
それにしても、メチャクチャな選曲だったな。
あの番組を見た人が「ジャズって面白いな」って思ったようなら、
それはそれで恐ろしいことだ。


特に、大谷能生氏の好みはホント偏っているぞ。
なんで「MJQ」なんだ? ジョン・ルイスがそんなにいいのか? わからない。

エリントンが好きだってことは知ってたが、死ぬ前のヨボヨボじいさんで総入れ歯のチェット・ベイカー(tp)来日公演のレコードなんか何でかけるの? ぜんぜんわからない。コルトレーンなら、やっぱり「ジャイアント・ステップス」でしょ。菊地さんは正しい。それをなんで「コルトレーン・ライブ・イン・ジャパン vol.2」(1966年7月22日サンケイホール録音)なの?


ま、その変態さ加減がとっても面白かったことは事実。
これからも「この路線」でガシガシやって欲しいものだ。

「ゲッツ・ジルベルト・アゲイン」は、ぼくも持ってるけど、
あのジャケット写真、てっきり合成写真だとばかり思っていたら「カンバン」だったのか。気がつかなかったな。


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2010年4月13日 (火)

今月のこの1曲「しらけちまうぜ」作詞・松本隆、作曲・細野晴臣、歌・小坂忠

■3月は記事にするのを忘れてしまった。ごめんなさい。 4月の「この1曲」は、名盤『ほうろう』小坂忠(アルファレコード)B面1曲目に収録された「しらけちまうぜ」だ。 オリジナルは、YouTube から削除されてしまいました。


YouTube: 小坂忠 「しらけちまうぜ」



1975年1月リリース。今から35年も前の曲なのに、今聴いてもぜんぜん古臭くない。ヴォーカルも、バックバンドの伴奏もすっごくカッコイイ! 

ぼくが「この曲」を初めて聴いた時のことは、今でもよく憶えている。音の記憶というのは不思議で、音楽を聴くと同時に、当時の状況や関連する様々な記憶が芋づる式に次々と思い出されるのだよ。

当時ぼくは伊那北高校に入学したばかりで、クラスは1年C組だった。担任は英語の保坂先生。同じクラスに田中君がいた。ちょっと変わった雰囲気のヤツで、クラスでも少し浮いていたかな。その田中君が、荒井由実のLP『ひこうき雲』を持っていて「大好きなんだ」って言ったんで、ぼくの中では一気に好感度が上がったのだ、田中君。だって、1974年4月の時点ではまだ荒井由実のことなんて誰も知らなかったから。

ぼくはね、TBSラジオの深夜放送、林美雄アナウンサーの「パックインミュージック」で聴いていたから知っていたんだ、荒井由実。ラジオ局の深夜のスタジオで、彼女が「ベルベットイースター」を弾き語りした放送を聴いて、おったまげたものさ。・

■季節は流れ、冬になった。年が明けて、高校のスキー教室が車山高原スキー場で行われ、ぼくらも参加したんだ。確か、リフトに乗りながら耳にした曲が「しらけちまうぜ」だった。もう、繰り返しがんがん流れていたな、車山スキー場に。

たぶん、この曲がLPからシングルカットされたんだね。だから、何度も聞いてすっかり憶えちゃった。 当時すでに「はっぴいえんど」は解散していた。作詞の松本隆さんはまだ、松田聖子(デビューは 1980年)には出会っていないはずだ。作曲の細野晴臣氏は、キャラメルママからティン・パン・アレイを立ち上げたばかりだったと思う。

■先だって NHKBS2 で、荒井由実『ひこうき雲』の16chマルチトラック・マスターテープを、松任谷由実、松任谷正隆、細野晴臣、林立夫、駒沢裕城らがスタジオで「いま」聴き直し感想を述べる番組があった。とっても面白かった。あのLPは、1年間も時間をかけて、丁寧に丁寧に作り込まれていたんだね。ちっとも知らなかった。

そしたら、スチール・ギター奏者の駒沢裕城氏が言った。あの時の演奏には納得していないんだ。できれば今、録り直ししたい、と。 誰でも、若録りの演奏には後悔があるのかもしれない。

ところで、荒井由美『ひこうき雲』の1年後くらいに、同じスタジオ(Aスタジオ)で、ほぼ同じメンバーで録音された LP『ほうろう』の16chマルチトラック・マスターテープも保存されていたのだった。それを聴いた小坂忠氏は、ヴォーカルだけ録り直したいと思ったのだそうだ。

で、『ほうろう 2010』は人知れず密かに誕生した。 そのことを、先日 TSUTAYA で『レコードコレクターズ』を立ち読みしてて初めて知った。びっくりしたな。だから、ぼくはまだ再録CDを聴いてないのです。近々注文する予定。詳細は、以下のインタビューをご参照ください。

『HORO2010』 小坂忠 インタビュー<今月のこの1曲>

2010年4月12日 (月)

井上ひさし氏 死去

■今日の信濃毎日新聞夕刊7面に「笑いと奇跡生む舞台」と題して、井上ひさし氏の死を惜しむ印象的な追悼記事が載った。匿名の記事にしては珍しく、書いた記者の井上氏に対する気持ちが切々と伝わってくる名文だった。少しだけ引用する。



 浅草のストリップ劇場、フランス座で台本を書いたのがスタートだった。以来、テレビの人形劇「ひょっこりひょうたん島」の台本をはじめ、小説や評論でも一流の仕事を積み重ねたが、最もこだわり情熱を傾けたのは舞台、しかも喜劇だった。「なぜ舞台なのか」と尋ねたことがある。

 「俳優、スタッフ、観客のすべてが最も良い部分をささげ合う。全員が見えない糸でつながり一期一会の時を共有する。素晴らしい舞台は、そうした奇跡を起こすのです。逆に奇跡が起こるとは思えないような原稿は、初日が迫っていても破り捨てなくてはならない」

 「なぜ喜劇なのか」という問いにはこう答えた。「人は泣きながら生まれてくる。生きる苦しみは最初から人の内部に備わっている。でも笑いは違います。人と触れ合って初めて生まれる。みんなで作り出すのが笑いです。難しいけれど、最も普遍的で大事だと思う」

 小学5年のとき終戦を迎えた。「自分の命は天皇陛下のものではなく。自分のものと実感した。開放感に満たされた」。世の中の価値観が一変する瞬間を見た衝撃が創作の原点にある。

 東北の小さな村が独立を宣言する小説「吉里吉里人」で、国家とは何か、言葉とは何かを問うた。舞台「夢の裂け目」など東京裁判3部作では戦争責任に切り込んだ。常に庶民の側から戦争を見つめた。「言葉は無力です、最初は。でも誰かが声をあげなければ、何も変わらない」。言葉の力を信じ続けた。(後略)

 「2010年4月12日(月)信濃毎日新聞夕刊7面より」


ぼくは井上さんの小説はあまり読んでない。『モッキンポット氏の後始末』『青葉繁れる』くらいか?『ブンとフン』は未読。ぼくにとっては、やっぱり劇作家としての井上氏がまず一番だな。

『きらめく星座』は、たしか時期を変え、キャストも変わって2回観た。大好きな舞台だ。劇中で、宮澤賢治の「星めぐりの歌」を初めて聴いた。それから役者「すまけい」を発見したのも、この芝居だったなぁ。


謹んでご冥福をお祈りいたします。

2010年4月10日 (土)

『考えない人』宮沢章夫(新潮社)その2

■前々回、タイトルだけで内容が伴わない記事だったのを反省して、続きを書きます。

書くからには責任持ってきちんとした感想を述べねばと思い、もう一度読んだ。
そして、気に入ったフレーズに付箋を貼った。もう、いっぱい貼った。
でも、その部分をここに書き出してみても、ちっとも面白くないんだな。


ただ、も一度読み終わってしみじみ思ったことは、
やっぱりぼくは、この本に登場する鈴木慶一さんより客観的に見ても「考えない人」だ。判ってはいたが、ちょっとショック。

鈴木慶一氏は好きだ。でも「この本」を読んだら、もっと好きになったよ。

  「ここに出るのか」
  「でかいなぁ」
  「そこまでは考えていなかった」
  「マン地下」。頭に「ロ」を付けると、「ロマンチカ」だ。ロマン地下。
   人はしばしば「度を越す」のだった。ではいったい、「度」とはなんだろう。
   火事は恐ろしい。なにも考えずに、パジャマ姿で外に出る。


以上、付箋を貼ったところを引用してみたが、どこが面白いのかぜんぜん判らないでしょ。


■ところで、新潮社の季刊誌『考える人』では、今でも宮沢章夫氏の「考えない」という連載は続いている。最新刊「はじめて読む聖書」(2010年春号)には、その連載31回が載っている。題して「ちくっとしますよ」だ。これにも笑った。もう、声をたてて笑ってしまったよ。ちょっとだけ引用する。


 病院で定期的に検査をしているのは、以前も書いたように一昨年の夏、心臓付近の大きな手術を受けたからだ。レントゲン、心電図、エコーといくつかある検査のなかで、私がもっとも好きなのは、血液検査だ。

なぜなら、血液検査は、なにも考えなくていいからだ。だってそうだろう。いったいなにを考える余地があるというのだ。シャツをまくりあげ腕を出す。親指を内側に入れてこぶしをつくる。ゴムの管で腕をきつく縛る。血管が腕の内側に浮かび上がる。(中略)


 では、レントゲンを撮られるとき、人はなにか考えているだろうか。
 血液検査と同様、なにも考えていないと思われがちだが、じつはレントゲンはさまざまなことを人に考えさせる複雑な検査である。なぜなら、レントゲンが目に見えないからだ。いったい、レントゲンというやつは何者なんだ。もちろん私も、レントゲンがどのように開発されたかについて多少の知識はあるし、「レントゲン」という名前がX線を発見したドイツの学者の名前からきていることぐらい知らないわけではない。

たとえば、X線を、日本の科学者が発見していたらどうだったろう。たとえばその人の名が権田原だったらどうだったか。

 病院に行くと係の人から言われるのだ。
「宮沢さん。きょうはまず、ゴンダワラの検査ですから」
 そんなものは受けたくないのだ。
(『考える人』2010年春号/新潮社 p260〜261)


あははは。ゴンダワラだって!

ゴンダワラ。凄い語感だ。
ラーメンズの「日本語教室」に出てきたら面白いのに。

2010年4月 9日 (金)

高遠城趾公園の夜桜

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2010年4月 6日 (火)

『考えない人』宮沢章夫(新潮社)その他の話題

■少し前のことになるが「こどもネット伊那」の井上さんが、この間の「独演会」の感想アンケートを持ってきてくれた。



●いつも病院にいる時の先生と
ぜんぜんちがくて ビックリしました。
すごく おもしろかったです。

●いつも北原こどもクリニックではお世話になっています。
先生がとてもおもしろくてビックリしました。
絵本もとても楽しいのばかりでまた子供と読んでみたいと思いました!
ありがとうございました。


●パパ's ライブも楽器持参で親子で足を運ぶ程、ファンです!!
知らなかった絵本によって 世界が広がっていく喜びは、
子どもだけでなく 大人も同じです。

また近くでライブがある際には
是非 駆けつけます!
応援しています!


●今日、初めて参加させて頂きました。
先生の明るく楽しいお話が
最後なのは残念です。
ぜひ、早い時期に活動を再開してほしいと思います。
              (3ヵ月児の母より)

ほか多数、頂戴しました。みなさん、本当にありがとうございます。


■このアンケート用紙を読んだ妻はこう言った。

「いつも診察室ではどれだけ無愛想なの? もっと明るくしたら?」


いや、でもぼくは「明石家さんま」じゃないのだよ。
24時間ハイテンションを維持することはとても出来ない。


このはなしは以前にもしたことがあるが、
ぼくがまだ開業する前、厚生連富士見高原病院小児科一人医長だった時のことだ。

ある昼休みの病棟休憩室で、当時の病棟婦長だった樋口婦長が言った。
「先生ね、このあいだ娘を諏訪の歯医者に連れてったの。そしたら、この歯医者さん、あっかるいのよ! はいっ! どうしましたぁ〜? って大きな声でにこやかに、まるで歌うようにね。先生も見習ったら」って。


そう言われた僕は、そうかなるほどな、と思った。
で、次の日の朝のこと。
小児科外来にやって来た最初の患者さんに対して
思いっきりの笑顔と大きな声で、
「はい〜っ、どうしましました〜?」って言いながら
聴診器をあて続けた。


そしたら、午前10時半前に疲れ切ってしまったのだ。
人間、無理しちゃ続かないね。

ぼくの場合、無理してハイテンションに持ってくと、
翌日の反動が大きいのだ。
一気に落ち込む。
いわゆる「エネルギー保存の法則」ってヤツだね。
別な言い方をすれば、「ゾウの時間とネズミの時間」てヤツか?違うか。

いいじゃないの、めったに見られない「ぼくのハイテンション」を見れたのだから。


てな言い訳を、直ちに妻に返す能力を持ち合わせてはいないので、
妻にそう言われて、ぼくはただ黙ってしまう。
そうすると、妻は決まってこう言うのだ。

「いま、すっごく考えているようなふりして、実は何にも考えていないんでしょ?」

ドキッとしてしまう。
そのとおりなのだ。なにも考えていないのだった。
ポーズを取って気取ってみても、
いつでも妻はお見通しだったんだね。


そうさ、おいら、何時だって考えていません。
そう開き直ってみたいものだ。


そしたら、
『考えない人』宮沢章夫(新潮社)という、おいらにピッタシの本を見つけたので読んでみた。おもしろい。じつに面白い! そして、笑える。


 そうだ。考えたってろくなことはないのだ。考えるなんて無駄である。人生の展望。将来の生活設計。老後の見通し。考えるな。考えたところで、それほど大差はないのであって、考えたからってビル・ゲイツの住むような豪邸に住めるかといったらそんなばかなことはないし、
(『考えない人』宮沢章夫 /新潮社 39ページ)


■そうは書いてあるのだが、じつは宮沢章夫さんはよーく深ーく考える人だ。
このエッセイ集の中核をなす「考えない人」も、新潮社の季刊誌『考える人』に連載されていたもの。
ひとは「考えない」で行動することがよくあるが、それってどういうことなのか? ということを深く深く考察したエッセイなのだった。それでいて、別に何かためになることが書いてあるわけではないのだな。そこがいい。

2010年4月 2日 (金)

ロバの音楽座 高遠ゆかしコンサート

■もう1週間も前の話だが、
先週の土曜日午後4時から、高遠町福祉センター「やますそ」で
「ロバの音楽座 高遠ゆかしコンサート」があって、家族で聴きに行ってきた。

いやぁ、よかった。


初めて聴いたのだが、もろ好みの音楽だった。
ま、予想はしてたんだけどね。想像以上だったな。


もともと「ハンバートハンバート」とか、「亀工房」とかが好きなんだ。

アコースティックにこだわり、
どこか懐かしい、古い昔の童謡のような心地よい響きがあって、
はるか遠い大陸から、はるばる吹いてくる「風の音」を奏でるグループ。
中世ヨーロッパからアジア中近東までカバーする、
ワールドワイドで無国籍な、不思議な音楽、不思議な楽器たち。
子供から大人まで楽しめて、守備範囲がじつに広い。


まさに「そのまんまの音楽」だったのだ、「ロバの音楽座」。


じつは、妻も子供らもそれほど興味はなかった。それをぼくが(ちょっとだけ遠慮しながらも)半ば無理矢理連れて行ったのだ。会場となった高遠福祉センターは、立派なステージがあるのだけれど、この日は緞帳が下りたままで、ステージの前に、客席と同じ高さで、ちょうど人形劇の舞台のような彼らの小さな舞台装置が設定されていた。


その前にはゴザがひかれ、僕らが絵本の読み聞かせをする時のように、小さな乳幼児を抱っこした若い夫婦や元気な子供たちが靴を脱いで座った。ぼくもその中に混じりたかったのだけれど、多感な年頃の息子たちが「嫌だ」と言ったので、仕方なくゴザ席の後ろに並べられたパイプ椅子に座ることになったのだった。会場は思いの外たくさんの聴衆で満たされ、何とも和やかないい雰囲気だったよ。


舞台の前には、音を拾うスタンドマイクが2本だけ。
彼らの楽器にはアンプは接続されておらず、ほぼ「ナマ音」だった。


最初は音がやや小さくて戸惑ったけれども、
聴き進むうちに「その音」がなんとも心地よくなっていったのだ。

驚いたのは、彼らのアンサンブルとハーモニーが完璧だったこと。


一発撮りのライヴなのに、楽器演奏を誰も間違わない。もちろん、楽譜はなし。なにも見ない。
それなのに、メンバー4人は完璧なアンサンブルを奏でるのだ。これにはたまげた。
プロって、凄いな! 感動した。


例えば、前日の金曜日に「いなっせ」7Fで、ぼくが一人でギターを弾きながら絵本を読んだ時には、もう、人様には聞かせられないような稚拙な演奏、歌声で、この日わざわざ集まってくれた聴衆に対して申し訳なく思ってしまったものだ。まぁ、入場料は取ってなかったけれどね。


そこには、アマチュアだから許されて当然だっていう「甘え」があった。
ところが、プロは違う。


たとえ田舎の会場で、子供ら相手とはいっても、
彼らは決して手を抜かない。
どんな場所、状況でも、つねに最高のパフォーマンスをみせることだけに
心をくだいているのだ。


すっごいなぁ。


■そらからもう1つ驚いたことがある。

男性2人の声が、本当に澄んで「いい声」だったことだ。
男女4人の混声合唱が、聴いていて何とも気持ちよいのだよ。
完璧なハーモニー。


あと、いろいろと知らない珍しい楽器がいっぱい登場して面白かった。
ぜんぜん楽器じゃない「新聞紙」が突如リズム楽器となったり、
ボール紙が不思議な笛に変身したり。おもしろいなぁ。


彼らは、全国の「親子劇場」を廻っているから、
子供らの扱いがじつに上手い。

そうは言っても、高遠の子供らは「引っ込み思案」だから
なかなか大変なんじゃないかなって、ぼくは一人で心配していたのだが、
全くの取り越し苦労だったね。


意外にも、高遠の子供たちは実に積極的だったのだ。
最初に手を挙げてステージに立った子は、高遠小学校低学年の生徒さんで
将来の夢は、なんと「俳優」になることだと言った。
そうかそうか。


アフリカのマサイ族の男たちみたいに、ずっとジャンプさせられた高遠第一保育園年長さんの彼もよかった。

高遠の子ら、やるじゃん!


昔、田山花袋が歌に詠んだ、
「行きかう子らの 美しきまち」そのものじゃん、
ぼくは一人、密かに感動していたのであった。


■「ロバの音楽座」のことは、名前だけは知っていた。全国各地で活動する「親子劇場」のためのプログラム集にいつも載っていたからね。ぼくは「伊那親子劇場」が年間スケジュールを決めるためのアンケートに、何年も続けて「ロバの音楽座」希望! 
と書き続けてきたのだ。でも、ギャラが高かったためか? 僕ら家族が入会中には「ロバの音楽座」が伊那へやってくることは適わなかった。


息子たちも成長し、数年前に「伊那親子劇場」は脱会してしまった。
でも、今回思いがけず「ロバの音楽座」のステージを観ることができ、本当にうれしかった。


ステージの最初、メンバー4人が会場後方から行列で楽器を吹き鳴らしながら登場した曲がよかったな。チンドン屋さんみたいで。たしか「裸の王様の行進」っていう曲だったと思う。そして、次に演奏された曲がめちゃくちゃよかった。なんていいいメロディ、印象的な歌詞なんだろう! コンサート終了後、CDを買うときにメンバーの「大宮まふみ」さんに訊いたら、「プレゼント」っていう曲で、今回持ってきたCDには未収録なんだそうだ。残念。


3曲目は「風が」という曲だった。

風が吹く 風が吹くよ スイカの電車 通り過ぎる 風が吹く 赤いベンチ 昼寝している 風が吹くよ


ぼくは、この曲を聴きながら
カザフスタン、ウズベキスタン、アフガニスタン
の風景を思い浮かべていた。


『よあけ』で有名な絵本作家 ユリ・シュルヴィッツはユダヤ人で、
第二次世界大戦中はナチス侵攻のためポーランドからトルキスタンへの移住を余儀なくされた。食べるものもない毎日。いつも空腹を抱えた家族。そんな中、彼の父親は家族のために食料を得るべく市場へ出かけてゆく。ところが……『おとうさんのちず』(あすなろ書房)より。

そこにはただ、風が吹いているだけなのだ。
砂漠を吹き抜ける「風の音楽」。

それが、彼ら「ロバの音楽座」が目指す音楽に違いない。
ぼくはそう確信した。

2010年3月30日 (火)

「こどもネット伊那」いなっせ7Fでのお話会も50回でラスト

■正直、疲れてきていたのだ。それに飽きてきたのかもしれない。
まる6年間続けてきた「こどもネット伊那」いなっせ7Fでのお話会。


当初は毎月第3金曜日の昼休みにやっていた。
最近では、毎月だとキツイので隔月にしてもらっていたが、
それでも次第にキツくなっていった。
この4月からは、医師会での仕事が増えさらに忙しくなる。

別に、見返りが欲しかった訳ではない。
ただ、惰性で続けるだけの意味が見出せなくなったのだ。
「ほんとうに必要とされているのだろうか?」
ふと、そう思ってしまったのだ。


ごめんなさい。


という訳で、担当者だった「こどもネット伊那」の井上さんには大変申し訳ないのだが、
このお話会を暫く休止させていただくことにした。


サザンオールスターズも決して解散とは言わなかった。
「バンド活動をいったん休止します」たしかそう言った。
ぼくも同じ気分だな。

疲れたので、少しだけ休ませて下さい。
元気になったら、また活動を再開しますよ。


で、先週の金曜日がその「ラスト公演」だった。
訊けば、今回で50回なのだそうだ。
ちょうど切れがいいではないか!


ラストはテーマを決めずに、ただ好きな絵本を読んで終わりにしたい、
そう井上さんにお願いしてあった。


そしたら、「こどもネット伊那」の井上さんと井口さんは、
かなり無理して頑張って、
かつてないほど沢山の親子連れを当日集めてくれた。

うれしくて、涙がちょちょぎれそうになったよ。
ほんとうにありがとうございました。

【この日のメニュー】 もう、持ちネタ総動員だったね(^^;;

1)『バナナです』『いちごです』 川端誠
2)『うんこ!』 サトシン・文、西村敏雄・絵(ぶんけい)
3)『ぷるぷるたまちゃん』(ベネッセ)
4)『もけらもけら』 山下洋輔、元永貞正(福音館書店)
5)「いっぽんばしにほんばし」(手遊び)中川ひろたか
6)『ひまわり』 和歌山静子(福音館書店)
7)『もりもりくまさん』 長野ヒデ子、スズキコージ(すずき出版)
8)『ぽんぽんポコポコ』 長谷川義史(金の星社)
9)『だじゃれしょくぶつえん』 中川ひろたか、高畠純(絵本館)
10) 『かあさんになったあーちゃん』ねじめ正一、長野ヒデ子(偕成社)
11) 『おしっこ』 谷川俊太郎、小室等
12) 『おどります』 高畠純(絵本館)

2010年3月28日 (日)

『通勤電車でよむ詩集』小池昌代・編著(NHK出版生活人新書)より

■詩は、シロウトなんだ。
でも最近、努めていろいろ読むようにしている。

童話館の『ポケット詩集』とか、谷川俊太郎とか、石垣りんの詩集とか。同人「荒地」の田村隆一の詩集や、タオ以前の加嶋祥造の詩集とか。あと、これはと思う詩人が編んだアンソロジーとか。『詩のこころを読む』茨木のり子(岩波ジュニア新書)や『詩の力』吉本隆明(新潮文庫)。


最近でた中では、『通勤電車でよむ詩集』小池昌代・編著(NHK出版生活人新書)がよいな。

シロウト向けかと油断したら、思いのほか手強い。安易な気持ちで手に取ると、ナイフで突き刺されたかのような
危ない「ことば」がいっぱい詰まっている。下手に理解しようなどとしてはいけないのだな、詩は。


そんな中で、初めてよく判る詩に出会った。これだ。


「胸の泉に」   塔 和子


かかわらなければ

  この愛しさを知るすべはなかった
  この親しさは湧かなかった
  この大らかな依存の安らいは得られなかった
  この甘い思いや
  さびしい思いも知らなかった

人はかかわることからさまざまな思いを知る

  子は親とかかわり
  親は子とかかわることによって
  恋も友情も
  かかわることから始まって

かかわったが故に起こる
幸や不幸を
積み重ねて大きくなり
くり返すことで磨かれ
そして人は
人の間で思いを削り思いをふくらませ
生を綴る

ああ
何億の人がいようとも
かかわらなければ路傍の人


  私の胸の泉に

枯れ葉いちまいも
落としてはくれない


小池昌代さんが、何故わかりやすい「この詩」を載せたのか?
作者、塔和子さんの略歴を読んで、
初めてその意味がわかった。


塔和子さんは、1942年にハンセン氏病となり、翌年からずっと香川県国立療養所大島松園での隔離生活を余儀なくされた人なのだ。国から、社会から、世間から、強制的に隔離されて、人のとの「かかわり」を一方的に拒絶されてしまった人なのだ。そういうことを知ると、「この詩」の意味が 180度反転して、ぼくの心に突き刺さってくるのだった。

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