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2013年3月

2013年3月28日 (木)

『今日 Today』伊藤比呂美・訳、下田昌克・画(福音館書店)


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■本日入手した本とCDたち。(昨日のツイートを転載)

いとうせいこう氏の推薦で、イタリアの天才ピアニスト、ポリーニが弾くストラヴィンスキー「ペトルーシュカ」を入手した。あとは森山威男4と、ウェイン・ショーター4の最新作。これ聴くと、ジャズはまだまだ死んじゃいないなって確信できるし、何だか無性に元気がでるのだよ!


■福音館書店の『今日 / Today』伊藤比呂美・訳、下田昌克・画。これ、すっごくいい! 10数年前、ニュージーランドのとある子育て支援施設の掲示板に貼ってあった詩。たった22行の英語の詩。それを見開きで数行ずつ素敵な挿絵付きで1冊の小冊子にしたのがこの本だ。

同じような本がある。『昔日の客』関口良雄・著を出した、夏葉社から出ている『さよならのあとで』だ。こういう本に 1400円払えるかどうかで、人間の度量が問われるんじゃないか? 僕は買って損しなかったって、誓えるよ!


■でも、さすがに訳者の伊藤比呂美さんは『今日』だけじゃ、まずいんじゃないか? って思ったのかな? 読者としては、ぜんぜんOKなんだけれど、訳者あとがきに「おまけ」の詩が実はもう一つ載っているのだ。『虹の橋』っていうの。個人的には本篇よりも好きかもしれない。

(追記:ネットで読める「この訳詩」を読むと、伊藤比呂美さんが如何に優れた詩人であるかがよく判るな。この詩は、是非とも伊藤比呂美・訳で読みたい。)


これも、ネット上に流れる「読み人知らず」の詩なんだけれど、愛犬家にはホント堪らない詩なんだ。我が家に子犬がやって来て9ヵ月。彼はすっかり家族の一員だ。いや、案外一番偉いと思っているんじゃないか。うん、きっとそうに違いない。


で、ぼくはソファーに寝そべって『今日』(福音館書店)に収録されていた『虹の橋』を、たまたま今日の午後読んだのね。そしたら、涙が突然あふれ出して止まらなくなったんだ。すると、

「えっ!どうしたの?」って、我が家の愛犬が素っ飛んできた。僕のお腹に飛び乗って僕の顔をぺろぺろ舐めだしたんだよ。


不思議だなぁ。犬って、飼い主の気持ちを瞬時に察することができるんだね。「大丈夫だよ!ぼくはここにいるよ!」ってね。 オススメです。『今日』(福音館書店)。

2013年3月22日 (金)

想田和弘監督作品・観察映画『演劇1』『演劇2』感想(その3)

■『演劇1』のファーストシーン、アゴラ劇場の稽古場で3人の役者が『ヤルタ会談』の稽古をしている。役者の実に些細なセリフの言い回しや間合いに何度も「ダメだし」する平田オリザ。その度に、役者たちは同じシーンをはじめから何度でも繰り返す。しごく当たり前のように。観客はまずここでビックリする。


次のシーン。どこか地方の体育館。平田氏が「演劇ワークショップ」を行っている。”エアー長縄跳び”の実演だ。平田オリザは言う。


「演劇ってのは基本的にこのイメージを共有するゲームなわけです。舞台上でなんかやってて観客が観てるわけですけど、これしょせん嘘ですから。裸の大様みたいなもので、子供がとことこ入ってきて『なんか一生懸命やってるけど、ここ劇場じゃないか』って言ったらシラケちゃうような、架空のイメージを作る仕事ですね。ただ、このイメージが上手く作れると、それが伝わって観客もあたかもそういう世界で生きているような気分になる。」


この説明を聞いていて、あぁ、落語と同じじゃん。そう思った。もしかして平田オリザは、先代の「桂文楽」を目指していたんじゃないかな。何度でも、同じ演目を数秒違わず再現して見せた桂文楽をね。

実際、ぼくは映画を観ながら、ドキュメンタリー映画『小三治』のことを思い出していた。あの映画も、3年半にわたって被写体に密着し撮影を続けたドキュメンタリーだ。こういう映画って、監督の直向きな「被写体への愛」がなければ絶対に完成しないんじゃないか。


■平田オリザ氏は「まさか自分が生きているうちに、自分のドキュメンタリー映画ができるとは思ってもいなかった。」と書いているが、じつは「似たような番組」をテレビでは毎週日曜日の夜にやっている。TBSの『情熱大陸』だ。

最近『笑っていいとも』のテレフォン・ショッキングに登場した「ノマドワーカー」の姉ちゃんも、確か「あの番組」を足掛かりに名前を売った。有名になった。かっこいいナレーションに、葉加瀬太郎のテーマ曲が被さって、彼女が颯爽と街をかっ歩している映像がテレビで流れた。

『情熱大陸』の毎日放送スタッフは、相当しつこく時間をかけて取材を続けるのだそうだ。たしか、中川ひろたか氏がそう言ってた。でも、たかだか30分番組で、CMタイムを差し引くと正味何分だ? で、あのナレーションとBGMだろ。だから、なんか毎回みんな「おんなじ雰囲気」になっちゃうんだよ。


そうじゃないんだ。

本来のドキュメンタリー映画ってぇのはね。

想田和弘監督は、きっとそう思っているに違いない。

だから彼は、ナレーションも、テロップも、BGMも使わない、こだわって作った「観察映画」と言うのだろう。


■ただ、テレビの『情熱大陸』では、必ず被写体の「私生活」にTVカメラが潜入する。オンとオフ、その両方をカメラに収めるためにね。

そういうふうに見てみると、映画『演劇1』『演劇2』に、平田オリザの「オフシーン」は、ほとんど撮影されていないことに気がづく。電車のシーンだって、ましてや寝ているシーンだって、平田オリザにとっては「オン・タイム」なのだ。そこが、この映画のものすごいところなのかもしれない。


平田オリザの私生活が唯一垣間見えるのが、大阪大学でのロボット演劇の場面で初めて登場する平田オリザ氏の妻が語るシーン。この場面が撮影させた2年後、平田氏は彼女と離婚している。

そういう「大切なこと」は、この映画では一切説明されない。平田オリザは、「平田オリザ」という公的な役柄を「この映画」の中で、ただひたすら演じ続けているのだな。

いや、たぶん平田オリザ氏は「オフタイム」だって全く変わらぬあの笑顔のままで、何にも変化ないんじゃないか? その直向きさ、一生懸命さに、観客である僕らは感動するんじゃないか。


■あと、この映画で隠されている「トリック」がもう一つあって、まだ民主党政権が誕生する前に撮影されている「この映画」の中で、当時の民主党参議院議員、松井孝治氏が暗躍しているのが、確かな証拠として映っているのだが、

このあと、民主党は選挙で大勝し鳩山政権が誕生するワケだ。鳩山さんの元で内閣官房副長官となった松井孝治氏は、民間から人脈をいろいろと参入させた。平田オリザ氏がその筆頭だ。あと、湯浅誠氏やさとなお氏にも声がかかった。


フランス政府のように、文化資源に関して最大限の予算を配布するのと、真逆な政策(事業仕分けとして)を打ち出す民主党政権の中にあって、いったい平田オリザ氏はどのように行動してきたのか?

ぼくは「この点」を最も知りたかったのだけれど、この映画では語られることはなかった。アゴラ劇場は、はたして文化庁から、東京都から「拠点施設」としての特別支援事業として、予算が認められたんだろうか?


いずれにしても、これらのことはみな、取材撮影が終了した後の出来事のワケで、文句を言っても仕方ないことなんだけれど、ぼくのこうした疑問に、観察映画『演劇3』として、想田監督がはたして答えてくれるのかどうかは定かではない。


そのあたりのことは、『演劇 vs 映画 --- ドキュメンタリーは「虚構」を映せるか 』想田和弘(岩波書店)に書かれているんだろうか?

とにかく、読んでみなくちゃね。


それから、『演劇2』のラストシーンで平田オリザ氏が着ている黒いTシャツ。「ツール・ド・フランス」の公式ロゴが入っているな。めずらしくオシャレ。フランスみやげかな。 

2013年3月21日 (木)

ドキュメンタリー映画『演劇1』『演劇2』(その2)

■劇団青年団の芝居は一度も観たことがないのだ。


でも、いや、だからむしろ、この映画を見終わって猛烈に青年団の芝居が観たくなった。映画の中で繰り返し繰り返し、ほとんど平田オリザが1人の女優をネチネチと単にいじめているとしか思えない稽古がエンドレスで続いていた『東京ノート』の「あの場面」。実際のお芝居の中で通して観ると、どんな流れの中で登場するシーンなんだろうか? 気になって仕方ないじゃないか。

案外、お芝居も平田オリザのことも何にも知らない人が「この映画」を観たら、一気にハマるような気がするな。ただ、何の予備知識もなくて 5時間42分という時間を映画館の硬い椅子に捧げる勇気がある人は、そうはいないと思うけれど。


■ぼくが厚生連富士見高原病院に勤務していた時に、堀辰雄の『風立ちぬ』のことを調べていて、富士見町図書館でたまたま『平田オリザ戯曲集(その1)』を見つけて読んでみた。「S高原から」と「東京ノート」が収録されていた。

「風立ちぬ。いざ、生きめやも」の「めやも」の本当の意味に関して、とある高原の結核療養所で入院患者たちが他愛もない会話するという、大げさな舞台装置も、劇的展開も何もない静かな演劇。舞台に登場する俳優は、小さな声でぼそぼそ話すので会話がよく聞き取れない。しかも喋る役者が客席に背を向けているし、同時にセリフはかぶるし。

そういう情報だけはずいぶんと前から知ってはいたんだ。


だから、ぼくは映画が始まってビックリ仰天した。

『ヤルタ会談』の稽古をする青年団の役者さん、メチャクチャ大きな声で、しかも大げさな動作。ぜんぜん小津安二郎の映画みたいじゃないじゃん。しかも、次の場面(『冒険王』の稽古シーン)に登場したのは、最近テレビでよく見る、髭モジャで怪しげなトルコ人かモロッコ人みたいな役者さん、古舘寛治じゃないか!

最近では、モバゲーのCMや、明治チョコレートのCMに、嵐の松本潤と、新井浩文と出ている。

そういえば、阿部寛主演のドラマ『ゴーイングマイホーム』には、新井浩文も古舘寛治も出ていたな。古舘は、やはり怪しげな「クーナ研究家」錦織役でね。この人、ぼくのイメージでは最も「青年団の役者」からは遠い人だ。


■青年団の役者さんで、テレビで見たことがある人がもう一人いた。志賀廣太郎だ。NHK朝ドラ『純と愛』で、館ひろしのホテル総支配人役だった人。彼は確かに「青年団的」ではあるな。彼は『演劇1』のラストで、おいしい役をもらっている。ここは見どころだ。


■すっごく長い映画だから、見ていて絶対に途中で厭きると思っていたんだ。でも、予想外に厭きなかった。

それは、ちょうど小津安二郎の映画で突如挿入される「風景シーン」と同じ感じで、井の頭線「東大駒場前」商店街の佇まいや、地下道のホームレス。それに、鳥取県の田舎で一人田んぼで鎌を持ち、手で稲を黙々と刈っていく爺ちゃん。あと、大阪駅の出入口のガラス戸を、丁寧に丁寧に拭き続ける清掃員のおじさん。そんなシーンが「箸休め」のように挿入されるのだ。

これがいいんだな。

特に猫がよく登場する。想田監督は、たぶんメチャクチャ猫好きなんじゃないか? だって、パリに行ってまで猫撮ってるし。

映画にはたくさんの猫が登場するが、最も印象的な猫は、まるで朝青龍みたいな貫禄で駒場近辺を闊歩する、白い野良猫だ。その自信に満ちたふてぶてしさたるや、ヤクザのボスだね。


それから、映画の途中で突然「音声」が途切れることが何回もあった。ぼくはてっきり、会場のスピーカーにトラブルがあったんじゃないかと勘違いしたのだが、そうじゃなくて監督が意図的に音声をオフしたんだそうだ。

これが効いてたな。だって、観ていて突然「えっ!?」ってビックリするじゃん。沈黙は案外効くな。目が醒める。(さらに、もっと続く予定。)

2013年3月20日 (水)

想田和弘監督作品・観察映画『演劇1』『演劇2』を観てきた

■3月17日(日)電車に乗って松本まで行き、まつもと市民芸術館「小ホール」で、ドキュメンタリー映画『演劇1』『演劇2』を観てきた。


午前10時前に家を出て、映画の上映開始が午後2時。1と2の間に10分間の休憩を挟んで、映画が終了したのは午後7時55分だった。上映時間5時間42分という、想像を絶する体力勝負の大長編を覚悟して見に来た観客はさすがに少なく、30人にも満たなかった。

でも、ぼくを含めたぶん全員が予想外に笑い、驚き、思わぬ発見をし、感心して、心底面白がり、共感したんじゃないか? この長時間、全く退屈することなく、まんじりともせずにね。いいものを見させてもらったなぁ。ぼくは大満足で劇場を後にした。駅前でラーメンと餃子を食って、夜9時過ぎの電車に乗って岡谷で乗り換え、家に帰り着いたら午後10時半をまわっていた。


■この映画を見てみようと思ったのは、いくつかの偶然が重なったからだ。自分にとっての大切なものとの出会いは、たいていは同じような偶然を装った「必然」がお膳立てしてきたように思う。いつだってそうだったからね。


最初に読んだのは「さとなおさんのブログ」でだった。「おっ!?」って思ったんだ。


で、映画の被写体が「平田オリザと青年団」だったことが、その次の理由。じつは僕が「芝居好き」だった期間は短くて、30年前の数年間だった。わざわざ東京まで行って追っかけた劇団はたったのふたつ。

太田省吾の『状況劇場』と、串田和美、吉田日出子の『自由劇場』だ。大好きだったんだ。あの頃。


あと、松本演劇フェスティバルなどで「ブリキの自発団」「プロジェクト・ナビ」「善人会議」の六角精児、「劇団離風霊船」高橋克実主演の『ゴジラ』、竹内銃一郎の『あの大鴉、さえも』も観た。


でも、劇団「青年団」の出世作『S高原から』と『東京ノート』は、すごく興味があったにも係わらずその舞台を観ることはかなわなかった。いや、観に行くパワーが、その頃(今から17年前)のぼくには、すでになかったのだ。たぶん。

そういう訳で、平田オリザと劇団青年団は「憧れつつも諦めてしまった対象」として、ぼくの中ではずっと心残りだったワケだ。その舞台を一度も観たことがない「矛盾するファン」としてね。


そして3番目の理由に、ドキュメンタリー映画監督の想田和弘氏への関心がある。ここ1〜2年で登場した若手論客の中で、突出しているのが、中島岳志氏と、この想田和弘氏だと僕はしみじみ感じていたからね。

だから、中島岳志氏と想田和弘氏のツイートをフォローしている。


特に、ここずっと「TPP」が如何に日本にとってトンデモ条項であるのか、必死でツイートし続ける想田和弘氏には感動すら覚えた。さすが、「元」東大新聞の編集長だ。


■ある日、ツイッターを眺めていたら、想田和弘氏が「松本シネマ・セレクト」が『演劇1』『演劇2』を上映することをリツイートしてたのね。あ、もしかして、これは運命かな? って、思ったワケさ。だから、松本まで観に行ったんだ。それは、決して僕が主体的に観に行ってやったんではなくて、僕は「映画」に呼ばれて観に行ったんだな。ここは、やっぱり重要だ。


■『演劇1』『演劇2』の関係は、たぶん一般的には「正篇」「続篇」を思い浮かべるのではないか。要するに、時系列的に並べられていると。

でも、それは間違いだ。この2本の映画は「正篇」「続篇」ではなくて、「side A」「side B」の違いなんだね。だから、時間軸的には『演劇2』の方が「古い映像」だったりする。


想田和弘氏が興味を持った「平田オリザ」という被写体に密着し撮影したのは、2008年7月〜2009年3月までの期間で、まだ民主党政権が誕生する前のこと。撮影日数はのべ60日、撮影時間は 307時間にもおよんだ。さらに2年間の編集作業を経て、計4年間の時間を費やして、5時間42分にまで「なんとか」短縮し完成したのが「この映画」なワケで、観客もそれなりの覚悟をもって、この映画に対峙する必要があるのだな。(もう少し続く)

2013年3月16日 (土)

こどもはどうして「カゼ」をひくのか?

■以前、伊那市の子育て支援小冊子「ひとなる」(子どもネットいな)のために書いてボツにした文章をアップしましたが、最終的に載ったのは以下の文章です。けっこう気合いを入れて書きました。

4月から入園するこども、生まれたばかりの赤ちゃんがいるお父さん、おかあさんに読んで欲しいです。

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子供はどうして「カゼ」をひくのか?

               北原こどもクリニック 北原文徳

 

1)はじめに


 子供は本当によくカゼをひきます。しかも、冬だけでなく夏でも春でも秋でも1年中ひきます。でも、子供はカゼをひくことが仕事のようなものですから仕方ありませんね。カゼの原因になるウイルスは200種類以上もあって、イギリスの調査では、小児は1年に12回、成人でも2〜4回カゼをひくそうです。1つカゼをひく毎に免疫ができ、保育園に入園して半年〜1年も経てばずいぶんと丈夫になってきます。そうして10歳になる頃には、もうあまり病気をしなくなるのです。


 子供はカゼを吸い寄せる「歩く磁石」のようなものですから、子供が大勢いっしょに生活する場所は、カゼをはじめ様々な病原体の「るつぼ」になります。例えば、双子ちゃんは乳幼児期に頻回にカゼをひき、しかも治るのに時間がかかるし、兄弟の下の子は、お兄ちゃんが保育園からもらってきたカゼをみんなうつされてしまいます。ゼロ歳児、1歳児のうちに保育園に預ける場合には、さらにその傾向は強まります。



 また、生後2〜3ヵ月の赤ちゃんは母親の免疫があるからカゼはひかないと思っている人が多いですが大まちがい。兄姉がいればカゼをひくし、インフルエンザにだって感染します。ただ確かに軽く済むことが多い。しかし、百日咳とRSウイルス感染症(細気管支炎)は逆に重症化しやすく入院が必要となる場合があるので、お兄ちゃんが「咳のひどいカゼ」を持ち帰った時には要注意です。


 それから、水痘やおたふくかぜは1回罹ったら原則もう2度と罹りませんが、RSウイルスやインフルエンザ、ロタウイルス、ノロウイルスなど、多くの風邪ウイルスや、溶連菌は何度でも感染しますので、なかなか厄介なのです。

 

2)大切な予防接種


 子供の感染症を予防する一番よい方法は、他の子供たちから完全に隔離してしまうことです。保育園には出さず、子育て支援センターにも行かず、小児科医院は絶対に受診しない。兄弟もいなくて、子供と接するのは父母、祖父母のみ。そうすれば、まず間違いなくカゼをひかなくなる。でも、そんな「無菌室育児」は絶対に無理ですよね。第一これでは子供に免疫ができない。


 でも、病気にかからずに「免疫」を作る方法があるのです。そう、それが「予防接種」です。予防接種で防ぐことのできる病気は、保育園に通い始める前にできるだけ予防接種を済ませておくことが何よりも大切です。

特に、1歳までに発症することが多い細菌性髄膜炎を予防するヒブワクチンと肺炎球菌ワクチン(初回免疫3回+追加免疫 の4回接種)は、生後2ヵ月から接種できますので、できるだけ早くに接種を開始して下さい。


ロタウイルスワクチン(2〜3回経口接種)は任意接種で個人負担金額が高いワクチンですが、生後3.5ヵ月までに初回接種を済ます必要があるので、「赤ちゃんのワクチンデビューは生後2ヵ月」を合い言葉に、ヒブと肺炎球菌の2種、もしくはロタウイルスも合わせた3種の「同時接種」を薦めています。


 乳児期は、この他に四種混合ワクチン(不活化ポリオ、ジフテリア、百日咳、破傷風/初回免疫3回)とBCG(結核予防のための生ワクチン)の接種があって、種類や回数も多く接種間隔や接種計画をどう進めていったらよいのか混乱してしまいますので、訪問指導や健診の時に保健師さんに相談したり、最初にワクチン接種を受けた医師にスケジュールを決めてもらうとよいです。


平成254月からは、今まで生後6ヵ月未満だったBCGの接種期間が1歳未満(接種の推奨時期は生後5カ月以上8カ月未満)に延長されたので、ずいぶん予定は組みやすくなりました。また、スマホのアプリに「予防接種スケジューラー」という大変便利なスグレモノツールも登場しました。


 1歳のお誕生日を過ぎたらすぐに、MRワクチン(麻疹風疹混合ワクチン)を受けましょう。こちらは肺炎球菌の追加接種(4回目)と同時接種が可能です。未満児で保育園に出す場合には、任意(費用は個人負担)ですが水痘とおたふくかぜ、それにインフルエンザのワクチンを受けておくことをお薦めします。


 3歳から接種(計4回)される日本脳炎ワクチンは、最近、接種直後の死亡例の報道があり不安に思われた方も多いと思いますが、たいへん特殊なケースで、ワクチンとの直接な因果関係はなかった模様ですのでご安心ください。



3)感染経路から見た子供の感染症


 次に大切なことは、保育園などで流行する子供の感染症の「感染様式」の違いを理解することです。以下の表をご覧下さい。


 
 

●空気感染:空気を介して鼻、のど、肺からうつる

→ 麻疹、水痘、結核

 
 

飛沫感染:くしゃみ、咳で飛んだ「飛沫」を吸い込んでうつる

 

 

→ インフルエンザ、マイコプラズマ肺炎、百日咳、SARS、

 

     RSウイルス、アデノウイルス、おたふくかぜ、風疹、

 

     手足口病、伝染性紅斑(りんご病)、ヘルパンギーナ

 
 

接触感染(直接):肌が直接触れることで感染する

 

 

→ とびひ(伝染性膿痂疹)、みずいぼ(伝染性軟属腫)、

 

      帯状疱疹、口唇ヘルペス、咽頭結膜熱とウイルス性結膜炎

 

     (目から感染)、あたまじらみ、白癬(水虫、たむし)

 

   
 

接触感染(間接):ウイルスや細菌が付着したものを触れた手を「鼻」に持っていってうつるもの。

 

 

 

 

→ ライノウイルス(鼻かぜ)、パラインフルエンザ、

     RSウイルス、インフルエンザ、溶連菌感染症

 
 

接触感染(間接):ウイルスや細菌が付着したものを触れた手を「口」に持っ

 

  ていって、経口的に「消化管」に感染する(糞口感染

 

 

 

→ ロタウイルス、ノロウイルス、カンピロバクター、サル

 

     モネラ、病原性大腸菌、A型肝炎、E型肝炎、赤痢、蟯虫

 

     腸炎ビブリオ、腸管アデノウイルス、エンテロウイルス、

 

     コクサッキーウイルス など

 

 


注目して頂きたいポイント(その1):「空気感染」と「飛沫感染」とでは意味が異なります。


 くしゃみや咳に含まれる「飛沫」は水分が多く重いので、感染者から半径2m以上先には飛び散りません。これに対して空気感染の場合は、水分が蒸発し軽くて小さな「飛沫核」で感染するので、室内の空気中に長時間漂いながら感染のチャンスをうかがいます。麻疹と水痘の伝染力が他の感染症と比べてずば抜けて強力なのは、このような理由によるのです。

 

ポイント(その2):カゼの伝染は、飛沫感染よりも案外「手を介した接触感染」の方が重要な感染経路だったりします。


  同じウイルスでも複数の感染経路を持つものがあります。インフルエンザは主に飛沫感染で伝染しますが、例えば患者が右手を口に当てて咳をした後にその右手出ドアノブに触れるとインフルエンザウイルスがドアノブに付着しその場で8時間近く生き続けます。その館に別の人がドアノブを握って、その手で鼻をこすると、それでも感染が成立するのです。


こうした接触感染で主に伝染する代表的なカゼが、いわゆる「鼻かぜ」の原因であるライノウイルスで、すべてのカゼの原因の40%近くを占めています。人間は無意識のうちに何度も手で鼻や目をこすります。

カリフォルニア大学バークレー校の学生を被験者にした観察によると、学生たちは1時間に平均16回も眼や鼻、唇を手で触り、そのうち5回は鼻孔に指を入れたそうです。こうして患者の鼻水中のライノウイルスが手に付着し、その手が触った様々な物(エレベーターの昇降ボタン、ドアノブ、照明スイッチ、テレビリモコン)にウイルスは付着することになります。

そして、ライノウイルスはその物体の表面で18時間は生き長らえ、他の人が触った手に移動して、さらにその手が鼻や眼に触れた時に体内に侵入するのです(ライノウイルスやアデノウイルスは、眼からも感染します)。つまり、鼻水がカゼをうつす主犯格なら、手(ウイルスがついた指先)は共犯者という訳です。

 

ポイント(その3):ノロウイルス、ロタウイルスの生命力、感染力は驚異的!


 これらの風邪ウイルスが増殖できるのは、ヒトの細胞内のみで、人間の体外では増えることができず、やがて死に絶えます。体外で生きていられるのは、インフルエンザウイルスが数時間〜半日、ライノウイルスで2〜3日といったところでしょうか。

 ところが、ノロウイルスは2週間から1ヵ月近くも体外で生き長らえることができます。また、 ノロウイルス、ロタウイルスの伝染力は驚異的です。下痢便1g中には約110億個、吐物1g中には10万〜100万個のウイルス粒子が含まれ、このうちの「たった10100個」のウイルス粒子が人間の口に入っただけで感染が成立すると言われています。


しかも、このウイルスは飛沫核となって空気感染する可能性もあるのです。さらには、遺伝子の異なるサブタイプが多数存在するために、人によっては毎年感染を繰り返す人もいます。まさに、最強のウイルスですよね。唯一救いなのは、症状が軽く短期間で治まり、重篤な合併症が少ないことです。


 ノロウイルスに汚染された吐物や糞便で汚れた、フローリング、カーペット、衣類、寝具の消毒は、加熱が可能であれば、85℃で1分間熱湯に浸すか、スチームアイロンで熱します。加熱できない場合は、塩素系漂白剤(ハイター)を、500mlのペットボトルのキャップ2杯入れ、水を加えて500mlにした溶液で拭きます。汚染された衣類や容器の浸け置きには、500mlにキャップ1杯の溶液を作って下さい。ただし、漂白剤で色落ちすることがあります。

 

4)カゼをひかないようにするには?

 

こうして見てくると、風邪ウイルスは「汚染された物」に触れた手から接触

感染するケースが一番多いことが分かります。すなわち、「顔を触らない」(汚染された手を鼻や眼に持っていかない)ことと、「正しい手洗い」をその都度実践することに尽きます。たぶん手洗いは「うがい」よりもずっと予防効果が高い。

基本は、石鹸を泡立てて「手のひら→手背→指の間→爪と指先→親指→手首」

の順番で洗い、水道の流水でよく流します。ネットで花王「ビオレU」のサイトを見に行くと、「あわあわ手洗いの歌」の歌詞と動画が載っています。これスグレモノです。子供といっしょに歌いながら楽しく手洗いして下さい。

 速乾式アルコール消毒は便利ですが、過信は禁物。ノロウイルスやロタウイ

ルスは、アルコール消毒では不十分といわれています。また、抗菌石鹸は細菌には有効ですがウイルスには効果がありません。


 ただ、その度に手洗いすることは子供には無理があります。そこで、右利きの子供は、眼や鼻を左手で触るよう訓練するといいと提案する学者もいます。また、咳やくしゃみをする時は、顔を自分の服の袖に当ててするか、ティッシュの中にするようにしましょう。


 それから、鼻水は正しく上手にかみましょう。鼻をズルズルすすったり、両方の鼻を一度に力まかせにかむと、中耳炎や副鼻腔炎、気管支炎になってしまうので注意して下さい。ポイントは、1)片方ずつかむ 2)口から息を吸ってから鼻をかむ 3)ゆっくり少しずつかむ 4)強くかみすぎないことです。お風呂で暖まって湯気を吸うと、鼻水が出やすくなります。

 赤ちゃんも「鼻水吸い器」を使って小まめに吸ってあげて下さい。コツは、先端を鼻の上の方向に向けるのではなくて、真下に(顔の表面に対して垂直に)向けると吸いやすいです。また、母乳を1〜2滴片方の鼻の穴に垂らしてから吸うと上手く吸えることがあります。

 

5)おわりに

 

 残念ながら、カゼを予防する方法はありません。あまり神経質にはなりすぎず、上手に風邪ウイルスと付き合っていくしか仕方ありませんね。 

2013年3月10日 (日)

『魂にふれる』若松英輔 (その2)と、『想像ラジオ』(その2)

■若松英輔『魂にふれる』で紹介されている、先人たちの「オリジナル本」にはどんな本があるのか、読後興味を持った。わが家にある池田晶子の本は『14歳からの哲学』のみ。小林秀雄に至っては一冊もないという有様。この本にも登場する、小林秀雄の講演テープは図書館から借りてきて聴いたことがあるが。

■そしたらちょうど、著者の若松英輔氏自身が「関連図書」を解説付きで紹介している紀伊國屋書店のサイトを見つけた。 

 【じんぶんや第81講】:若松英輔「魂にふれる 死者がひらく、生者の生き方」 だ。

■あと、ネット上で読める 若松英輔氏のエッセイ

■それから、本書の読後感想が書かれたブログをいくつか読んだのだが、いちばん「なるほど」と思ったのが、 「どこかあるところで、終わりなきままに」。 重要なことは、若松氏の以下の言葉にある。

哲学者池田晶子は、こう言った。「死の床にある人、絶望の底にある人を救うことができるのは、医療ではなくて言葉である。宗教でもなくて、言葉である」(『あたりまえなことばかり』)

 ここで池田がいう「言葉」は、必ずしも言語とは限らない。それは、ときに色であり音であり、光でもあるだろう。それは人間に意味を告げ知らせる働きであり、また、人間に存在の根源を開示する導きとなる実在である。

井筒俊彦は、そうした存在の深みにある「言葉」を「コトバ」と書いて、言語とは異なる存在の位相があることを明示した。池田にとって、「言葉」(あるいは「コトバ」)は、自己を表現する道具ではない。むしろ彼女は、自己が「言葉」の道具になることを願った。「言葉」は、時代の要求に従って、自ずと語り始めると信じたからである。

 死を経験した人はいない。しかし、文学、哲学、あるいは宗教が死を語る。一方、死者を知る者は無数にいるだろう。人は、語らずとも内心で死者と言葉を交わした経験を持つ。だが、死者を語る者は少なく、宗教者ですら事情は大きくは変わらない。

 死者を感じる人がいても、それを受けとめる者がいなければ、人はいつの間にか、自分の経験を疑い始める。ここでの「死者」とは、生者の記憶の中に生きる残像ではない。私たちの五感に感じる世界の彼方に実在する者、「生ける死者」である。(中略)

死者が接近するとき、私たちの魂は悲しみにふるえる。悲しみは、死者が訪れる合図である。それは悲哀の経験だが、私たちに寄り添う死者の実在を知る、慰めの経験でもある。

既に空が青くそこに在り、また、そうとして知っていたならば、再びそれを自身につぶやく必要はない。それではそのつぶやきは、一体誰に向けられたものなのか。私が私につぶやくのではない。私がつぶやきによぎられるのだ。つぶやきは「絶対」の自己確認であり、無私の私がその場所となる。(『事象そのものへ!』)

 

池田晶子の初めての本にある一節である。無私の私になったとき、私たちは悲しみと共に死者と出会う。。男性が「今日は、悲しい」、と言ったのは、テレビカメラに向かってではない。彼がそうつぶやいたのは、死者を傍らに感じていたからである。

 (悲しむ生者と寄り添う死者『魂にふれる』p6〜9)

■集英社の季刊誌『kotoba』vol.7(2012年春号)  の中に、「死者と共に生きる、ということ」と題して、中島岳志 × 若松英輔 の対談が載っている。

■ぼくが、信濃毎日新聞に載った、中島岳志氏の論説に関して書いたのは、2011年4月19日(火)のこと。この時はじめて、中島岳志氏を知ったのだった。

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■いとうせいこう『想像ラジオ』(河出書房新社)を読んで、DJアークがかけた楽曲が気になって仕方がない。

知ってる曲ならばね、頭の中でも想像でいつでも鳴らすことはできるんだ。でも、聴いたことのない曲は、さすがに想像だけでは響いてこない。

だから「YouTube」で確認すればよい訳なのだが、実はそこに「落とし穴」があって、楽曲だけ聴いただけでは、作者いとうせいこう氏が意図する「選曲の意味」は理解できない。つまりは「歌詞」をちゃんと判ってあげないと、ダメなんだよ。

さらには、その楽曲が収録されたCDを最初から最後までトータルで聴いた上での「その楽曲」が選択された意味を理解しないとね。ここは重要。「この本」が書かれた意味を理解しようとする上では、それくらいの個人的努力と実際的な時間と場所と金銭的な労苦は惜しまない。ぼくはね。

海よ

荘厳な海よ、あなたは

全てを壊し

全てを砕き

全てを洗い浄め

私の全てを

呑み込んでくれるのね

(コリーヌ・ベイリー・レイ「あの日の海」のラスト・フレーズ)

さて、次は「ストラヴィンスキー」を入手しなければ。

おっと、演奏するピアニストは、ポリーニじゃなきゃ、絶対にダメなんだよね。(以下、『想像ラジオ』より抜粋)

「さっきからうっすら耳の奥に届いている曲があって、カーラジオ付けてたんかなと途中まで思ってたんやけど、チャラい放送やってることの方が多いし聴くのやめようってナオ君が決めたからスイッチは絶対切ってるんですよ。でも、明らかに聞こえてきてるんです、ラジオから。雑音混じりで。飛び飛びに。

 信じて下さい。聴こえるのはアントニオ・カルロス・ジョビンってボサノバの巨匠の『三月の水』って曲で、原題は  water of march  って言うて、『三月の雨』とか訳されてたりするんやけど、僕とかボサノバが好きな人はあえて『三月の水』って直訳することもあって。それの、エリス・レジーナって歌姫とジョビン本人がデュエットしてる、ガチに定番なバージョンなんです。

 考えてみたら、皮肉なタイトルにもほどがありますよ、被災地からの帰り道に。けど、何回もかかってます。繰り返し繰り返しです。」(中略)

 では、ここで一曲、あなたに。マイケル・フランクスで『アバンダンド・ガーデン』。打ち棄てられた庭。

 いやはや、生楽器とボーカルがしみる一曲でした。昨日、と一応は認識している日の放送で何回もリピートしたブラジルのアントニオ・カルロス・ジョビン。その死を悼んで、彼をこの上もなく敬愛していた米国人マイケル・フランクスが急遽制作したアルバムの中の、これはタイトル曲でありました。1996年の作品。(中略)

 ええと、リスナーの皆さんには一曲聴いてもらっていいですか? 少々僕にも気持ちの整理が必要なようです。

 あの、そうですね、ここでイギリスの若い女性歌手コーリーヌ・ベイリー・レイのしっとりとした声をお送りします。彼女、デビューアルバムが世界的に成功したあと、夫の突然の死があってしばらく音楽から離れるんですよね。

しばらくして出来上がったアルバムが 2010年の『The Sea』。おじいさんが海難事故で亡くなったのを、彼女の叔母が岸辺から見ているしかなかったという事実をモチーフにした表題作をどうぞ。邦題は『あの日の海』。(中略)

 

 では、本当にここで音楽を。

 コーリーヌ・ベイリー・レイで『あの日の海』。

   想像して下さい。(いとうせいこう『想像ラジオ』より引用)

■という訳でぼくは、マイケル・フランクス『アバンダンド・ガーデン』と、コーリーヌ・ベイリー・レイ『あの日の海』の2枚のCDを、最近入手した。歌を聴きながら、歌詞カードを読んでみると、いとうせいこう氏の「深い意図」が初めて見えてくるような気がした。

2013年3月 3日 (日)

そして、『魂にふれる』若松英輔(トランスビュー)のこと

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■いとうせいこう『想像ラジオ』(河出書房新社)の単行本が発売になった。昨日の土曜日、伊那の TSUTAYA へ行ったら、一冊だけだったが、ちゃんと入荷していた。うれしかった。


本棚から抜き出して、そっと、手に取ってみる。

暖かい手ざわり。ネット上で目にする「その書影」は、もっとずっとあっさりで、冷淡な感じがしたが、実際に手にして帯をはずしてみると、微妙に暖色のグラデーションが重なっていることが分かる。あ、そうか。この「青色」は「水の色」なんだね。そして、東京スカイツリーみたいな「杉の木」。そうか、電波塔なのか。


あ、そうそう。いとうせいこうさんがツイートしていた「最後の一行」のページを確認。なるほど、そういうことだったのか。

そうして最後に、本のカバーを外してみる。シンプルな真っ白い表紙。そこに小さく書かれた文字。思わず微笑んでしまったよ。


で、本を手にレジへ向かおうとしたのだけれど、考えてみたら僕はすでに一度は読んでいるワケで、ここで僕が買ってしまうと、これから読んでみようと「この本」を TSUTAYA 伊那店に来た人は買えないワケで。それはやっぱりマズイんじゃないかと思って、結局、本を本棚に戻したのだった。ごめんなさい。



     <閑話休題>


■若松英輔『魂にふれる』(トランスビュー)は、じつは最初の「悲しむ生者と寄り添う死者」「悲愛の扉を開く」と、最後の「魂にふれる」だけ読んで、残りは未読のままだったことを、『想像ラジオ』を読了後、急に思い出したのだ。

これではいけない。

あわてて「この本」を見つけ出し、今度は一気に読んだ。夢中で読んだ。
これはほんと「凄い本」だった。ここ最近の1年間で、僕の心が最も深く揺り動かされた一冊だと思う。


特に、それまで読んでいなかったパートに「この本の大切なところ」があった。「悲愛の扉を開く」(18ページ)には、こう書かれている。


 この本の後の章では、亡くなった人々の存在をはっきりと感じ、そうした死者たちと新しい関係性を築いていった人々の経験が紹介されている。そこには、哲学者や詩人、批評家、民俗学者、精神科医の肉声がある。また、ハンセン病を患い、療養所で生涯を終えた人もいる。

ここに登場する人は、誰ひとり、聞き書きや調べものによって死者を語ってはいない。みんな、自分が大切にしている経験を礎に、言葉を紡いでいる。そのなかに一つでも、君と死者の関係に呼応する言葉があることを願っている。


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<各章のタイトルと、登場する人たち>

「悲しむ生者と寄り添う死者」
「悲愛の扉を開く」
・『協同する不可視な「隣人」--- 大震災と「生ける死者」
   (上原専禄『死者・生者』、フランクル『夜と霧』)
・『死者と生きる』
   1)「死者に思われて生きる」 (池田晶子)
   2)「コトバとココロ」    (井筒俊彦)
   3)「没後に出会うということ」(小林秀雄)
   4)「冥府の青」       (小林秀雄)
   5)「先祖になる」      (柳田国男)     
   6)「悲嘆する仏教者」    (鈴木大拙)
   7)「死者の哲学の誕生」(西田幾多郎・田辺元)
・「うつわ」としての私 --- いま、『生きがいについて』を読む
               (神谷美恵子、近藤宏一
・魂にふれる            (若松英輔)
・あとがき
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■『魂にふれる』は、新進気鋭の哲学者(1968年生まれ)による、「死者論」である。宗教とも、スピリチュアルとも、ましてやオカルトとは、最も遠いところに到達した(それは、過去の哲学者たちの論考をサーチし、読みくだいた上での体験的「死者論」であることが重要)深淵な思索の結晶である。

■こう言ってしまうと、誤解を招きそうで嫌なのだが、内田樹先生や森岡正博先生による「死者論」と「この本」が決定的に違っていることは、取り上げられている先達全てが「体験的死者論」を「切実に」語っていることを、著者が丁寧に読者に分かり易く読み解いてくれていることだ。


小林秀雄は母を、柳田国男は祖母を、西田幾多郎は長男を、そして、師弟関係にありながら、公然と西田幾多郎を批判した京都大学教授で哲学者、田辺元も北軽井沢で妻を、上原専禄も、鈴木大拙も妻を亡くした。(鈴木大拙の妻ビアトリスは、ボストン生まれのアメリカ人だった。)

ハンセン病の施設に従事した精神科医、神谷美恵子も、まだ10代のうちに恋人を亡くしている。

『夜と霧』の著者、フランクルは妻を、そして名も無き同朋たちを、井筒俊彦と池田晶子は、迫り来る「その自らの死」によって、死者を体感してきた。

それから、鈴木大拙は、ちょうど「ロバート・キャパ」と同じようであったことが明かされる。この偉大なる仏教者は、個人名のようでいて実はそうではない。沢木耕太郎が言うように、偉大なる戦場キャメラマンが「ロバート・キャパ」という「男女二人によるユニット名」だったみたいにね。


そうして、この本の著者、若松英輔氏自身も、3年前に妻を乳ガンで亡くしているのだった。(つづく)
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