お芝居 Feed

2015年11月 3日 (火)

宮沢章夫 × ケラリーノ・サンドロヴィッチ

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写真をクリックすると、もう少し大きくなります。以下は、ツイッターでの発言を一部改変。

 『ユリイカ 10月臨時増刊号/総特集・KERA / ケラリーノ・サンドロヴィッチ』(青土社)の巻頭対談『「笑い」の技法』宮沢章夫 × ケラリーノ・サンドロヴィッチ を読んだ。すっごく面白い!ケラさんが中学生の時、小林信彦に往復葉書で何度も喜劇(役者)に関して質問して逐一返答が来たという。そして、こう書かれていたのだそうだ。

「本当にあなたは中学生ですか? 呆れました」

続き)宮沢章夫氏が21~22歳の時に30回は読み返したという、小林信彦『日本の喜劇人』を、ぼくもずっと探しているのだが、未だ未読。ただ、『世界の喜劇人』小林信彦(新潮文庫)のほうは、10数年前に伊那のブックオフで見つけて読むことができたのだった。

(この発言のあと、ネットの古書店で『定本・日本の喜劇人』を、6,000円で見つけて、思い切って購入したのでした。)

昨日の NHKラジオ『すっぴん』。月曜日のパーソナリティは宮沢章夫氏。午前10時台のゲストは、ケラリーノ・サンドロヴィッチさんだ。あわてて、iPad に登録した tunein で録音しようとしたら、いつの間にか NHKが聴けなくなっていた。仕方なくラジオの前にボイスレコーダー設置。

続き)録音したラジオを聴いていて、耳をそばだてたのは、宮沢さんが最近ウエルベック『服従』を読んで、悪い冗談じゃないかと戦慄したっていう話と、宮沢章夫・ケラ・松尾スズキの鼎談を、とある演劇批評家が「けっ!」ってバカにした話かな。あと、ケラさんの地声はなかなか渋いじゃないか。

■お芝居を観に行くのが好きだ。ただ、人に言えるほど数多く観ているわけではぜんぜんなくて、落語と同じで(いや、もっとか)地方在住者にとっては実に厳しい現状がある。

というのも、「演劇」は、都会の文化だからだ。ニューヨーク、ロンドン、そして東京。生きのいい「お芝居」は都会でないと絶対に観ることはできないのです。ぼくが演劇に興味を持って見はじめたのは、大学卒業後だったから、1983年以降のことだ。その頃は、すでに長野県へ帰ってきていた。

1984年に北信総合病院勤務となって、先輩オーベンの安河内先生の薦めで「長野市民劇場」に入会した。いまでもそうだが、地方在住者が「いま」のお芝居を上京することなく観るためには「市民劇場」に入会するのが一番だ。そうすれば、2500円くらいの月会費で、2ヵ月に1度はナマのお芝居が地元に居ながら観ることが出来たのだった。

あの頃、長野市民会館で観た、オンシアター自由劇場の『上海バンスキング』が今でも強烈な印象が残っている。あまりに衝撃的だったから、翌年?、銀座博品館劇場まで同劇団で斉藤憐・脚本『ドタ靴はいた青空ブギー』を観に行った。主演の吉田日出子がステージを降りてきて、通路脇の僕の席のすぐそばで歌ってくれた。ほんと、至福の時だった。こまつ座の『きらめく星座』も、確かこの頃みた。すまけい。死んじゃったなぁ。

「ふるさとキャラバン」のミュージカルを軽井沢で観たのは、1986年か? この年、佐久市の浅間総合病院小児科に勤務していたのだ。同年11月、前橋市で開かれた演劇祭に、太田省吾が率いる「転形劇場」が『水の駅』を上演して、それを確か車で碓井峠を越えて観に行った。これまた大変な衝撃だった。

エリック・サティなんてぜんぜん知らなかったし、役者さんたちが緊張感を維持したまま超スローモーションの身体で登場する様に、あまりにビックリしたので、当時「転形劇場」がホームグランドにしていた、氷川台の「T2スタジオ」まで行って『風の駅』も観た。開演前に、ロビー脇で、枝元なほみさんが作った(?)ボルシチ(?)を食べた。

1987〜88年の夏には「松本現代演劇フェスティバル」があって、あがたの森の野外ステージで、ブリキの自発団『夜の子供』を観た。北村想のプロジェクト・ナビ、六角精児が主演した「善人会議」の芝居も観た。

当時、東京・下北沢で大きなブームになっていた、野田秀樹「夢の遊眠社」鴻上尚史「第三舞台」を頂点とした「小劇場演劇ムーブメント」の一部を、松本に居ながらにしてちょいと垣間見るくとができた貴重な体験だった。

でも、ぼくの芝居熱はそれまでで、それからしばらく全くご無沙汰だった。(飯山日赤から松本に戻って松本市民劇場に入り、何本かは観たが…)さらに数年が経って、厚生連富士見高原病院小児科勤務となった2年目(1995年)、八ヶ岳と富士見高原療養所をモデルにしたと思われる、平田オリザ氏の戯曲『S高原から』を富士見町図書館から借りてきて読んだ。

堀辰雄『風立ちぬ』の冒頭にある、ポール・ヴァレリーの詩「風立ちぬ いざ生きめやも」の「めやも」の謎について、平田オリザ氏は『S高原から』の中で分析していたからだ。

これはほんと面白かった。その話は、以前に書いた。

■1987年〜1991年。日本はバブル景気に浮かれていた。

しかし、演劇界ではその頃すでに「小劇場ブーム」のバブルは、とうに弾けてしまっていたのだな。そして、そんな中から「しぶとく」誰も注目していなかった辺境から這い出てきて、バブル崩壊後の1990年代の演劇界を、なんだか知らないうちに、いつの間にか中心となって牽引していったのが、

宮沢章夫氏(1956年生まれ)を師と仰ぐ、松尾スズキ(1962年生まれ)と、ケラリーノ・サンドロヴィッチ(1963年生まれ)の二人だったわけだ。(もう少し続く)

2014年9月18日 (木)

太田省吾(その3)→ 鴻上尚史・宮沢章夫・岡田利規

■『水の希望 ドキュメント転形劇場』(弓立社/1989/8/5)86ページに、「転形劇場さんへ」と題された鴻上尚史さんの文章が載っている。その一部を抜粋。

 僕が、初めて転形劇場を見たのは、今から8年ほど前のことでした。T2スタジオは、もちろん、まだできていませんでしたから、民家を改造したスタジオで、僕は、『水の駅』を見たのです。

 ちょうど、その時、僕は、自分の劇団を作ったばかりで、まだ、早稲田の演劇研究会に在籍していました。

 観客席で、じっと舞台を見つめながら、僕は、自分がこれから作ろうとしている舞台との距離を確認していました。(中略)

 不遜な言い方をすれば、演劇という地平の中で、僕は、おそらく、ちょうど正反対の方向へ進むだろうと思っていました。つまり。それは、絶対値記号をつければ、同じ意味になるのではないかということでした。

 そぎ落とすことで、演劇の極北へと走り続けているのが、この舞台だとすれば、僕は、過剰になることで、演劇の極南(という言葉はヘンですが)、走りたいと思ったのです。

 それは、例えば、『水の駅』のラスト、歯ブラシで歯を磨く、あの異様とも感じてしまう速度からスタートしようと思ったということです。(中略)

 僕達は、スローモーションのかわりにダンスを、沈黙のかわりに饒舌を、静止のかわりに過剰な肉体を選びました。

 ですが、演技論としては、それは、リアリズムという名のナチュラリズムから真のリアリズムを目指しているという意味で、これまた不遜な言い方になりますが、転形劇場の方法と、同じだったと思っています。

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『演劇最強論』徳永京子、藤原ちから(飛鳥新社)p234〜p243 に載っている、チェルフィッチュ主宰:岡田利規氏のロング・インタビューを読むと、前掲した太田省吾氏の文章と同じことを言っていて大変興味深い。

岡田「(前略)あと、僕のどこに影響を受けるかというのがね、なんか、僕には偏っているように感じられるんですよ。ダラダラした文体とか、身体の用い方とか、反復という手法とか、そういうところに影響を受けてる人がいる感じはあるけど、例えば時間感覚については、僕のやってることはむしろ否定されてる気がします。

引き延ばすのは退屈なだけだからポップな時間感覚にすることをもってアップデート、みたいな。僕はそういうポップな時間感覚を演劇に求めることを面白がれないんですよね。」

岡田「僕が思ってる時間って、ふたつある。ひとつは時計で測れる時間。この時からこの時まで何秒でした、っていう。それとは別に、裸の時間っていうのがあるんですよ。秒数ではなくて体験としての時間。でそれは、退屈というのとニアイコールなんですよね。

退屈っていうのは、時間を直に体験しているということ、時間の裸の姿を目の当たりにしてるということ。だからそれって、ものすごく気持ちいいことなのかもしれない。苦痛が快感かもしれない。子供にとってビールって苦いだけで何が美味しいか分かんないけど、やがてそれが美味しいって分かってくる、みたいなのと似たことだと、僕は思うんですけどね。違うのかな。」

■あと、『演劇最強論』では、宮沢章夫氏へのロング・インタビューがいろいろと示唆に富んでいてとても面白い。宮沢氏はいま、毎週金曜日の夜11時からEテレで『ニッポン戦後サブカルチャー史』の講師を務めているが、その先駆けがこのインタビューの中にあるのだ。

徳永「平田(オリザ)さんに書けないものというと?」

宮沢「サブカルチャーだと思う。分かりやすい例が音楽で、平田くんが劇中でほとんど音楽を使わないのはなぜかというと、彼自身が言っていたけど、よく分からないからだと。

90年代、僕や岩松(了)さんや平田くんは、音楽について非常に慎重になったんです。前の時代の演劇の反動で。劇的な音楽を使えば、芝居は簡単に劇的になる。そういうことに疑いを持って、そうならないためにはどうしたらいいかと考えたんです。」

『演劇最強論』p282〜p283)

 

2014年9月16日 (火)

太田省吾『舞台の水』(五柳書院)つづき

■昨日のつづき。『舞台の水』太田省吾(五柳書院)より、76ページ「演劇とイベント」

                  ○

 企画の時代で、演劇の世界も企画の目を意識しないとやっていけなくなっている。(中略)

 だが、と私は演劇について思う。演劇もイベントにちがいないが、所謂イベントとどこかはっきり異なるところのあるものではないかと思うのだ。演劇は、それがどこかというところを見出さなくてはならない。なんだか、イベントと演劇の区別がつきづらくなっている。

「痛み、怖れ、ためらい、はじらい、おののきの基本要素がなければ、詩は生まれない」。リルケの言葉だが、私はこの「詩」を「演劇」と置きかえ、「どこか」とは結局のところここらあたりではないかと思っている。なんだと思われるかもしれないが、このリルケの言葉は、喜怒哀楽を除外しているところを注目しなければならない。

 喜怒哀楽を除外するとは、わかりやすく通じやすいところから詩は生まれないと考えることであり、詩を生むのは自分にとっても把えにくいところだとすることである。

 企画の目では、これがまどろっこしい。こういうところを棄てて進もうとする。この「詩」を「演劇」と読みかえれば、「演劇」を棄て、もっと通じやすいところ、いわば喜怒哀楽へ行こうとする。その方向をイベントというのではないか。

■p26〜p28 「<反復>と美」より

 演劇の稽古にはくりかえしが欠かせない。ほんの小さな一つの行動や台詞を半日くりかえしているなどということもよくあることだ。

 そんなとき、何をしているかといえば、多くの場合、たとえばコップに手をのばしコップを取って水を飲むという行動があるとすると、それが最も適確だと思われるやり方をみつけるため、あるいはそれが演技で充分表現できるようにするためである。(中略)

 しかし、私はこのくりかえしをもう少し別の目で見、気づいたことがあった。私には、それは一つの発見のように思えたのだった。

 適確さとは、その人物の設定やその人物が置かれている状況とその行動との関係で見出されていくものだが、そのときには、そんな関係をなしに、ただただその行動をくりかえしてみていたのだった。

 いわば裸のくりかえしだった。コップを見、コップへ手をのばし、水を飲む。コップを見、コップへ手をのばし、水を飲む。コップを見、コップへ手をのばし、水を飲む……。

 この反復の中で浮かびあがってくるものがあった。その動作が、いわば不定詞のように、つまり「人間がコップを見るということ」であり、「コップ(物)へ手をのばすということ」であり、「水を飲むということ」といったように際だって見えてくる。そして、その主語は個別性を越えていくように見えたのだった。

ある人物という主語、つまり<役>とは、ある住所氏名年齢職業性格、といった限定ををもち個別性をもつということだが、それらを失い、それらを越えていった。

 それらの動作の主語、主体は、ある俳優の身体を通じてであるが<類>へ近づいていったように思えた。ある俳優の身体が、人類、人間と溶け合うように思い、それを、私は美しいと感じたのだった。

 人間が物(コップ)を見るということ、人間が物に手をのばすということ、人間が水を飲むということ、ある一個の身体を通じて人間の動作をそんなふうに見ることのできるということ、そんなふうに見ることができる時間をもつことができるということは、演劇の大きな望みなのではないだろうか、そんなふうに思えた。自分の演劇への望みがそういうものだとわかったように思えたのだった。

 私の劇のテンポは遅い。かなり遅い。その遅さは、言ってみればどのような動作も、この、反復を含んだものとするためであり、そうしなければ見ることのできない人間の美を見ようとしていることなのかもしれない。

■p24 「舞台の水」より

「ドラマとは、人生の退屈な部分を削除したものである」という根強い考えがあるが、私はかならずしもそう考えない。そして、それは私だけの考えではなく、現代の表現が徐々に見直している中心のところだと言ってよいのではないだろうか。

 J・ケージは、サティの曲を「魅力的な退屈さ」と言い、サティに学んだことはこういうことだと述べている。

  音は音であり、人間が人間であることをそのまま受け入れて、

  秩序の観念とか感情表現とか、その他われわれが受け継いで

  きた美学上の空論に対する幻想を捨てなければならない。

2014年9月14日 (日)

「演劇の時間」 太田省吾『舞台の水』(五柳書院)より

■錦織のUSオープン決勝戦が見たくて、ネットで WOWOW視聴契約をした。2日前だったが、すぐに見ることが出来た。決勝戦は残念だったけれど、準決勝のジョコビッチ戦も録画できてよかった。

それにしても、WOWOWは3チャンネルもあって、そのコンテンツの充実ぶりには驚くばかりだ。10月には、先達て PARCO劇場で観てきたばかりの芝居『母を欲す』の舞台中継を放送するらしい。さらに、同じ時に渋谷シアターコクーンで上演していた『太陽2068』も放送するそうだ。早いな。

■ただ、テレビで見る「舞台中継」ほどつまらないものはない。DVDでも同じだ。何故なんだろう?

そこに映っているものが、実際に劇場へ足を運んで、ナマで体験した舞台とは似ても似つかぬ代物になってしまっているからだ。テレビや映画のようなカメラワーク(役者のアップや、スピーディなカット割り)が過剰でおせっかいなことが原因なのか? とも思っていたのだが、正面から引きの固定画像がほとんどの「落語のDVD」も、CDで聴くのと違って、案外ちっとも面白くないから、もっと根本的な問題があるのだろう。

「臨場感」:演者と同じ場所、空間に観客として「いま・ここ」でいっしょに参加している、同じ「場」の空気を皆で同時に吸ったり吐いたりしている(同じ場面で笑うためには、その前に息を吸っておかないといけない)感覚。テレビでは「それ」が味わえないからなのではないか。

                     ○

むかし買った演劇関係の本を納戸で探したがあまり残ってなくて、転形劇場主宰・太田省吾の本が3冊と、『別冊太陽 現代演劇60's〜90's』(平凡社)が見つかっただけだ。もっと小劇場関係の本もあったように思ったのだが、みんな処分してしまったのか。

この「別冊太陽」の47ページに、「演劇の時間」と題された太田省吾氏の印象的な文章が載っていた。ネットで調べたら『舞台の水』太田省吾(五柳書院)p29〜p31 に収録されている。この本は持ってなかったので、ネットで古書を探して早速手に入れた。便利な時代になったものだ。

そこには、とても大切なことが書かれていたのだ。

                     ○

          「演劇の時間」   太田省吾

(前略)劇場に人々がやってくる。そして幕が開き、芝居が演じられ、幕が下がり、人々が散っていく。---- あれは一体なんだったのだろう。演劇にはそう思わせるものがある。舞台をつくる者と観客、その数百人の人々が劇場という一定の場所に集まり、一定の時間を共有する。これは何ごとかである。しかし、あとに残るものはなにもない。終わると同時にあとかたもなくなる。

 台本は残る。あるいは、ビデオや写真をつかって記録を残すことはできる。それらによって、作品としての構成やその性質を記録することはできる。しかし、どうしてもその記録では記録できないものがある。いわば、あれは一体なんだったのだろうと思わせるところが記録できない。終わると同時にあとかたもなくなるところがビデオには写らない。(中略)

 フィルムやビデオテープに写らないもの、それを自意識の再認識の発端とすると、演劇はその写らないところ、<今ここで>を生きる場にするものだということになる。

<今ここで>とは、生(なま)の時間ということだ。要約できないし、記録できないもののことだ。私は、演劇とはこういう時間に触れようとする望みのものだと思っている。(中略)

 しかし、表現が生(なま)の時間に触れるのは難しい。一切の要約、一切の概念化なしの表現など不可能だからだ。わたしたちの目は、あらゆるものごとをまず概念化する目だ。あるものに目をやる時、わたしたちはそれの名や意味を見、それでそのものを見たことにしている。バラを見る。ああバラだ、きれいだ、でバラを見たことにしている。

 わたしたちの生活は、だいたいこの目で生きていける。だが、それでは見たことにならないものごとにぶつかる時がある。その時、わたしたちはその前で立ち止まらなければならない。

 立ち止まり、それに近づき、時間をかける。その時、わたしたちは概念化の目によって名や意味に要約できないものと出会う。こういった時ではないだろうか、わたしたちが生(なま)の時間、<今ここで>という時間をもつことができるのは。(中略)

 概念化され、要約して生きるわたしたちは、しかし概念化し概念化され、要約し要約されることを拒みたいのだ。言いかえれば、わたしたちは時間に触れたい、時間を見てみたい。殊に、時間の最も時間たる時間、現在という生の時間、<今ここ>が欲しい。それはわたしたちが死ぬ者だからだというのは話のとばしすぎだろうか。

 生まれ、生きることは何ごとかだが、死と同時にあとかたもなくなる。あとかたもなくなるところがわたしたちの生(なま)の生だ。そのわたしたちの生を肯定したい。概念化や要約を拒まなくてはならないのは、その肯定にとって死活問題と言ってよい。演劇は、案外遠くなく、わたしたちのそんなところと血脈を通じているのかもしれない。

  『別冊太陽 現代演劇60's〜90's』p47(平凡社)1991年3月

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■劇作家の宮沢章夫氏は、ブログ「富士日記2.1」2010/07/26 の中で、太田省吾『舞台の水』の中から上記「演劇の時間」と「演劇は本当にライブか」(p32) に言及している。あと、『あるとき太田さんが「演劇は詩に近い」という意味のことを話していた。』と書いてあるのは、「演劇とイベント」(p76) の内容と呼応している。さらに、「この本」の帯にはこう書かれているのだった。

 痛み、怖れ、ためらい、はじらい、おののきから

 演劇は生まれる。 

 喜怒哀楽は表現ではない

2014年9月 3日 (水)

近ごろ観たもの聴いたもの

■このところ更新がとどこおっていたので、何時、どこで、何を観たか、まとめてメモしておきます。

・7月22日(火)アントワン・デュフォール ギター・ソロ 飯田市「Canvas

7月23日(水)『三人吉三』まつもと大歌舞伎 松本市民芸術館

水曜日の夜、まつもと大歌舞伎『三人吉三』を見に行ってきた。いい席が取れなくて、四等席(3階最後列)2000円。いやぁ面白かった!因果応報の陰々滅々とした話なのだが、三幕目の若い歌舞伎役者3人がエネルギッシュに大立ち回りで魅せる外連と様式美に圧倒された。3階から俯瞰したのが案外正解

7月26日(土)伊那保育園夏祭り

午後4時から伊那保育園の夏祭りで絵本を読む。ワンマンで『ふしぎなナイフ』福音館書店『もくもくやかん』かがくいひろし『はなびがあがりますよ』のむらさやか(こどものとも年少版8月号)『まるまるまるのほん』ポプラ社『こわくないこわくない』内田麟太郎、大島妙子(童心社)つづく…

『うんこしりとり』tupera tupera(白泉社)『おどります』高畠純(絵本館)『ふうせん』湯浅とんぼ(アリス館)『へいわってすてきだね』長谷川義史(ブロンズ新社)『世界中のこどもたちが』篠木眞・写真、新沢としひこ・詞(ポプラ社)で終了。声が枯れてしまったよ。

・7月28日(月)伊那市医師会納涼会「三浦雄一郎講演会」セミナーハウス

・8月9日(土)日本小児科学会中部ブロック連絡協議会 松本市・松本館

・8月10日(日)伊那のパパズ 下伊那郡喬木村「椋鳩十記念館図書館」

・8月16日(土)映画『STAND BY ME ドラえもん 』アイシティ・シネマ 山形村

・8月29日(金)諸星大二郎原画展 阪神百貨店梅田本店8階

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・8月29日(金)落語会「ハナシをノベル!! vol.45」大阪市中央公会堂

宿泊が APAホテル大阪肥後橋駅前だったので、中之島の中央公会堂へは歩いてもすぐ。何とも趣のある歴史的建造物だった。会場は、地下一階の大会議室。

・月亭文都師、今回の新作落語は、

『あるいはマンボウでいっぱいの海』 田中啓文・作

『ランババ』 北野勇作・作

あ、ランバダじゃなくて、ランババだったんだね。いやぁ、ビックリした。こんな落語初めて。笑った笑った。文都師、これ十八番の持ちネタにするといいよ絶対。ただ、会場によっては体力持たないかも。

あと、中入り前の「トーク de ノベル」。田中啓文氏と北野勇作氏が浴衣姿で高座に並んで座りしゃべったのだが、何だか二人ともボケの不思議な漫才を見ているみたいで、これがまためちゃくちゃ面白かった。

会場には、我孫子武丸氏に牧野修氏、それからぼくは気がつかなかったが、あの傑作SF『皆勤の徒』の著者、酉島伝法氏もいらしたようだ。ものすごく作家さんの人口密度の高い希有な落語会だった。『聴いたら危険!ジャズ入門』(アスキー新書)と『昔、火星のあった場所』(徳間デュアル文庫)は持って行ったので、終演後にがんばってサインして頂いた。

うれしかったなあ。ほんと、お二人ともずっと前からファンだったんです。『こなもん屋うま子』も持っていたから、こっちにもサインしてもらえばよかったなあ。残念。

○ 

・8月30日(土)芝居『朝日のような夕日をつれて 2014』森ノ宮ピロティホール

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■ゴドーを待ちながらヒマつぶしに遊んでいたら、ゴドー1とゴドー2の「ゴドーがふたり」もやって来て、でも「みよ子」は来なくて、舞台がすごい傾斜の斜面になっても、それでも彼らは踏ん張って立ち続ける。そういうお芝居だった。

う〜む。何だかよくわからんうちに、颯爽と終わってしまった。凄いな。昔から憧れていて、でも観ることができなくて、今回たまたま大阪で初めてナマで観た。観れてよかった。第三舞台の『朝日のような夕日をつれて』。

5人の役者さんたちは2時間連続で目まぐるしく動き、機関銃のようなセリフの応酬で、背広の背中が汗でぐっしょり濡れているのがはっきり見える熱演だった。この日は昼夜2公演だったが、55歳の大高さん、52歳の小須田さん、2人とも年齢を全く感じさせないクールで余裕の(顔はぜんぜん汗をかいていない)舞台に、同世代のぼくは感動した。ほんど凄いな。

2014年版の戯曲も売ってたが、パンフしか買わなかったのだけれど、後になって、あの時のセリフが気になって仕方がない。特に終盤。この戯曲集を図書館で探して読んでみようと思った。

■ 9月2日(火)の夜、テルメに行ったら会社創立記念日の臨時休業。あちゃぁと落ち込んで、近くの「ブックオフ」に寄ったら、100円単行本コーナーの「演劇・宝塚」のところに、なんと!「83年版」と「91年版」の戯曲集があった。もうビックリ。買って帰って読んでみると、2014版でも「まったく同じセリフ」のところが結構あるぞ。

「83年版」を読んでいると、そこに載っているギャグや歌(キングトーンズ「グンナイベイビー」とか)が、鴻上さんと同じ昭和33年生まれの僕には逆にリアルで、不思議な感覚に陥った。過去じゃなくて「いま・ここ」の感じ。面白い! ほんとよくできた脚本だなあ。

2014年8月 6日 (水)

『母に欲す』→ 映画『ハッシュ!』と『ボーイズ・オン・ザ・ラン』(その2)

■芝居『母に欲す』に出演していた片岡礼子さんと、銀杏BOYZ・峯田和伸のことがもっと知りたくなって、TSUTAYAで映画のDVDを借りてきて見たんだ。『ハッシュ!』と『ボーイズ・オン・ザ・ラン』。どっちもすっごく面白かった。こんな映画が出ていたなんて、ぜんぜん知らなかったよ。

『ハッシュ!』は、仲良し男子2人組に女がひとり絡むという、フランス映画『冒険者たち』『突然炎のごとく』、藤田敏八監督作品『八月の濡れた砂』など、よくある青春映画のデフォルト設定(『そこのみにて光輝く』も、この設定のひねり版だった。)のようでいて、ところがどっこい、ぜんぜん違うぞというビックリ仰天の映画だった。

と言うのも、仲良し男子2人組(田辺誠一・高橋和也)は、ゲイの恋人同士で同棲しており、片岡礼子が演じるのは歯科技工士なのだが、30歳にしてすでに人生を諦め切っちゃったかのような刹那的で日々ただただ惰性で生きている孤独な女だからだ。これで彼女と彼らにどういう映画的接点ができるというのか?

そこがこの映画の見どころなワケです。

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■『母に欲す』では、田口トモロヲがいない夫婦の寝室で片岡礼子が一人ベッドに腰掛けタバコをふかす場面があった。『ハッシュ!』に彼女が初めて登場するシーンでもタバコを吸っていた。『母に欲す』で峯田和伸が暮らす東京のボロアパートとそっくり同じ汚い部屋で。彼女の圧倒的な孤独がにじみ出ていたな。

そういえば、高橋和也が勤めるペット・ショップの店長、斉藤洋介が密かに狙っている常連客の深浦加奈子さんは、宮沢章夫『ヒネミの商人』の片岡礼子の役を初演時に演じた女優さんだ。

映画の山場は、兄夫婦が上京して来て田辺誠一のマンションで一同が会するシーン。橋口亮輔監督は固定カメラによる異様な長回しで、まるで舞台中継かのように見せる。緊張感あふれる場面だ。片岡礼子がいい。対する秋野暢子も凄い。

秋野暢子が病院の公衆電話から田辺誠一に電話をかけるシーン。サンダルをぬいで裸足の角質化した踵を親指と人差し指でつまむ。妙に印象に残っているのだが、こういう中年女性の何気ない仕草に生活感がリアルに表れている。

家族会議で啖呵を切った秋野暢子だったが、彼女の主張した家族の絆、「家」を引き継いで行くことの重み、血のつながりを、秋野自身がいとも簡単に捨て去ってしまうことになる。皮肉なものだ。

人間はひとりでは生きてゆけない。

マイノリティのゲイ・コミュニティの中ではさらに、カップルを維持することは難しい。結局は一人で生きて行かねばならぬ宿命を高橋和也はイヤと言うほど感じている。年を取ればなおさらだ。ましてや自分の子孫を残すことなんて考えてみたこともなかった。喧嘩してすねた高橋和也が、冷蔵庫からでっかいハーゲンダッツのアイスクリームを出してきて、一人で抱えてスプーンでむしゃむしゃ食べるシーンが可笑しい。

しかし、田辺誠一は違った。優柔不断な彼は関係性を断ち切れない。それは彼の欠点ではあるのだが、逆に片岡礼子を受け入れる寛大さとなり、「新しい家族のかたち」を生み出す原動力となるのだった。

いや、凄い映画だな。

橋口亮輔監督は、リリー・フランキーが主演した『ぐるりのこと』で有名になった人だが、ぼくは『ハッシュ!』で初めて見た。他の作品もぜひ見てみたいぞ。

2014年7月31日 (木)

演劇『母に欲す』のこと。それから、映画『ハッシュ!』と『ボーイズ・オン・ザ・ラン』

■7月21日(月)の午後2時から、渋谷「パルコ劇場」で芝居を観た。三浦大輔、作・演出『母に欲す』だ。休憩時間を入れて3時間半近くもあったが、集中力が途切れることなくラストまで舞台に引き込まれた。

帰って来て、いてもたってもいられず、芝居通の山登くんに思わずメールしてしまった。

ご無沙汰してます。いとこ会があって久々に上京し、昨日は1日フリーだったので、パルコ劇場で三浦大輔『母に欲す』を観てきました。いやぁ、よかったです。マザコンだめだめ男が「おかあさ〜ん」って叫ぶ、ピュアーでストレートな母親賛歌で、今どきかえって新鮮な驚きと感動がありました。ラストで泣いてしまったよ。山登くん、もう観ましたか?

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■朝日新聞、扇田昭彦氏の劇評

■日本経済新聞に載った劇評

読売新聞の劇評

■演劇キック「観劇予報」の記事

■いつも勉強させていただいている、六号通り診療所長、石原先生の「母に欲す」劇評

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■舞台の幕が上がると、薄暗い六畳一間の安アパートの一室に主演の峯田和伸がパンツ一丁で客席に半ケツ出したまま寝ている。そのままずっと寝ている。動かない。ようやく起き上がったかと思ったら、スローモーションでも見ているような緩慢な動作で冷蔵庫を開けて水を飲む。もちろん無言のまま。付けっぱなしのラジオ(テレビ?)の音だけが小さく聞こえる。ここまでで既に15分近く経過。

まるで、太田省吾の転形劇場『水の駅』でも見ているかのように、観客はみな緊迫した空気の中で固唾を呑む。

■数十件は入っている、弟(池松壮亮)からの留守電は聞こうともせず、幼なじみからの電話で初めて母親の死を知り慌てふためく峯田。バッグ片手にアパートを飛び出し、上手へ消えたところで暗転。映画なら、ここでタイトルがばーんと出てテーマ曲が流れるんだけどな。そう思ったら、何とスクリーンに車窓から流れる風景が映し出され、真っ赤な字で(まるで東映映画みたいだ)本当に「母に欲す」と大きくタイトルが出たあと、出演者の名前が字幕で続いた。

おぉ! これにはたまげたな。

大音響で流れる大友良英さんの劇伴ギターが、疾走感びんびんで、これまためちゃくちゃカッコイイんだ。

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■とにかく、舞台装置がよくできていた。細かいところまでリアル。東北の実家の台所に、夕方の西日が差し込み、ヒグラシの鳴き声が聞こえている。弟の池松くんは、流しの向こうの窓を少し開け、タバコを吸う。静かに時間が過ぎゆく、こういうシーンが好きだ。

休憩をはさんで後半の幕が開くと、この台所にエプロン姿の「ニューかあちゃん」片岡礼子が立ち、夕食の準備をしている場面で始まる。片岡礼子さんは、3月に『ヒネミの商人』宮沢章夫作・演出に出ているのを観た。成金趣味の派手な義姉の役だった。それがどうだ。雰囲気が全然違う。彼女の大きな魅力である「眼」を黒縁メガネで封印し、地味な衣装で「母親」というより召使いか何かのように従順に振る舞い、田口トモロヲや池松壮亮の理不尽な言いがかりにもひたすら耐え忍ぶ。

何故彼女なのか? それが観ていてよく分からなかったので、先週末 TSUTAYAで彼女が出演した映画『ハッシュ!』を借りてきて見てみたんだ。面白かったなぁ。そして、三浦大輔氏が彼女を抜擢した理由が何となく理解できたような気がした。(この話はまた次回につづく予定)

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■この日の「パルコ劇場」の観客は、8割が女性だった。ただ、息子を持つ母親世代や年配の女性の姿は少なかったように思う。このお芝居に、ぼくは激しく心揺すぶられたわけだが、はたして、うら若き独身女性たちは観劇後どう思ったのだろうか? 判ってもらえたのだろうか? 息子の気持ち。

弟(池松壮亮)の彼女(土村芳)のように、母親の衣装をまとって彼氏の母親役をも受け入れる心の広さを、彼女らは持ってくれているのだろうか? さらには、男の子を産んで育てて「母親」になってみたいと思っただろうか? いや、どうかな?

そんな変なことばかり心配しながら、ぼくは渋谷の人混みをあとにした。

2014年3月28日 (金)

遊園地再生事業団プロデュース『ヒネミの商人』作・演出、宮沢章夫

■隣人に少しだけ遠慮しながら、役者さんちょっと変なセリフに思わず笑って観ていたら、ふと足下をすくわれたようになって、何とも居心地が悪くなり訳が判らなくなってしまった芝居『ヒネミ商人』。

以下、感想ツイートを少し改変してまとめました。

■夜中に連続ツイートしたので、ちょっとアレなんですが、失礼ごめんなさい。

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■先達ての日曜日(3月23日)日帰りで東京に行って来た。天気予報では暖かい春の日和だって言うから、ジャケットにワイシャツだけで特急あずさに乗ったのだが、新宿に着いたら皆冬の格好で焦った。確かに寒いぞ。最初に行ったのは「ビックロ」。朝から人でいっぱいだ。

「ビックロ」へ行ったのは、息子へのお土産に「SHURE」のイヤホンを買うためだ。でも売り場へ行ってみたら、DENON のワイヤレス・イヤホンが安くなってたので、結局こっちにした。DENON インナーイヤーヘッドホン AH-W150

■その後は、ディスクユニオン「新宿ジャズ館」へ行き、欲しかったCDの中古盤をゲット。アニタ・オデイ『オール・ザ・サッド・ヤング・メン』、『VOLUNTEERED SLAVERY』ローランド・カーク、『アット・ザ・ファイヴ・スポット vol.2』エリック・ドルフィー(SHM−CD)。

ディスクユニオン近くの天婦羅屋で天丼を食い、一路高円寺へ。午後2時から「座・高円寺」で芝居を観るのだ。遊園地再生事業団プロデュース『ヒネミの商人』。実は、ぼくが大好きな劇作家なのに、その演劇を生で一度も観たことがなかった宮沢章夫さんの初期の代表作が再演されると知ったからね。

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■「座・高円寺」という小屋は、なかなかに良いんじゃないか。ちょうど、松本市民芸術館「小ホール」の雰囲気によく似ている。キャパは300人くらいか?

始まった芝居『ヒネミの商人』に登場した宮川賢、ろくちゃん。彼を見ていて、誰かに似てるなあって、ずっと考えていたんだ。そしたら、ラストで流れたBGMを聴いて判った。小津安二郎『お早よう』みたいな音楽。あ、北竜二か。そうそう、あのいい加減さは、そうに違いない。

芝居『ヒネミの商人』は再演だ。もしかして、宮沢章夫演出の芝居が再演されたのは、今回が初めてなのかも。僕は初演を観ていない。でも、なんとなく判るよ。「劇的」であることを否定した芝居。時同じくして、平田オリザ氏も同じ地平を見ていた。でも、小津安二郎という方法論は同じでも全然違う。

ポイントは何なんだろう? 地図か? 貨幣か? 今は亡き街の記憶なのか? 確かに存在するはずの物語が、実は存在しない。ガラガラと崩れてゆく現実。その端緒は、銀行員「渡辺」の靴が片方だけ無くなったことから始まる。ところで、「ウルトラ」って何なんだ! 訳わかんないぞ!「ウルトラ」

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オリジナルは、シェークスピアの『ヴェニスの商人』だ。それは判った。だから、ユダヤ人の金貸しシャイロックは銀行員「渡辺」なのだな。ビット・コインみたいに、この世に存在しているようでいて、どこにもない貨幣の価値。それを代償する土地という神話。でも、連帯保証人の印鑑をひとたび押してしまったならば、先祖代々護り次いで来た「土地」を、いとも簡単に銀行は差し押さえに来るのだ。バブルが弾けた後とは、銀行が「そんな不良債権」をいっぱい抱えて四苦八苦していた時期だった。

そんな1990年代前半。そこに登場したのが『ヒネミの商人』(物語自体は1970年代の話だが)という芝居だったのだな。

■正直言って、芝居が唐突に終わってしまい、僕は途方に暮れた。何だったんだ? わからない。あの偽札の意味は? いつまで経っても目的地「サルタ石」にたどり着けない旅行者の彼女の苦悩。わからない。その彼女を目的地に導こうと努力する加藤の無駄な努力。わからない。ぜんぜんわからないぞ!

この「現実崩壊感」こそ、じつは大切なんじゃないかと思う。いままで信じて生きて来た、その確信が、あっという間に崩れ落ちてしまう瞬間を、たぶん僕らは「この芝居」を観ることで、再確認するのだ。

で、結局この芝居を観て最も印象に残った役者さんはというと、中村ゆうじ氏ではない。残念ながらね。じゃあ、誰? それはね、佐々木幸子さんさ。彼女の存在感はハンパなかった。凄いな!

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■「ヒネミの商人」。あとからジワジワとボディ・ブロウのように効いてきて、ずっと後を引く芝居だった。「面白かった!」と、単純に呟いていいのか戸惑うほど、個人的にものすごく衝撃的だったことは間違いない。それから、変なところが気になった。「全館禁煙」のはずの劇場で、主演の中村ゆうじ氏はステージ上で煙草をくわえ、当たり前に平然と火をつける。深く息を吸い込み、煙を吐き出す。ちょっと過剰すぎる煙が劇場内にたなびく。

でも、劇場の火災報知器は「その煙」を感知しない。不思議だ。(追記:演出上必要なシーンならば、役者が煙草ををふかすのは芝居では当たり前だったのですね。無知でした。すみません)

ぼくは禁煙して22年になるけれど、なんか久々にタバコを吸ってみたい誘惑に駆られたシーンでした。あーいう「タバコの吸い方」を、そういえば昔、ずいぶんとしていて、すっごく懐かしかったから。たぶん、宮沢章夫さんも現在は「禁煙」されているはずで、あの煙草に「郷愁」を込めたかったんじゃないだろうか?

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■2014年の3月末に観て、これだけショックだったのだから、1993年の初演時にはどれほど衝撃的だったことだろう。だって、主演女優2人が客席に「お尻」を向けて、バック・ステージの方向に平然と「セリフ」を喋るんだよ。

ただ、小津の映画ではそれは「当たり前」のことだ。映画『麦秋』では、原節子と三宅邦子の2人の女優が、その豊かな「お尻」を惜しげもなく正面から、スクリーンを見つめる観客に対して曝しているのだ。『東京物語』でもそう。宮沢章夫氏の演出では、確信的に「それ」を模倣する。

小津演出との類似は、たぶん「模倣」なのではなくて、結果的に「そうなってしまった」んだと思う。小津は、役者の「劇的な演技」を極端に嫌った。『秋刀魚の味』に出演した岩下志麻は、100回以上も繰り返し同じ演技をさせられたという。

ぼくは『ヒネミの商人』の芝居が始まって、役者さんがセリフをやり取りするのを聞き、すっごく心地よい感じがした。なんか、懐かしかったのだ。そう、小津安二郎の映画を観ているみたいでね。特に、ラーメンのくだり。人の会話って、唐突に関係ない方向に行ってしまったかと思うと、また戻ってくるのだ。

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■「劇的」という言葉は「西洋の演劇」と置き換えてもいいかもしれない。そこから最も遠い地平。それは「東洋」の代表的な演劇「能」だ。小津は「能」を映画に撮った『晩春』だ。劇作家、太田省吾は「転形劇場」で小町風伝を演出した。劇的を排した自然の演技を目指す究極は、能の様式美だ。

小津の映画は、そのローアングルで固定されたカメラからきっちりと幾何学的に構図された画面に役者を配置する。決して役者の勝手な演技は許さない。小津が自分で信じる「形式美・様式美」に反するからだ。

そういえば、『ヒネミの商人』の舞台装置も、実にシンプルで様式美を意識していたと思う。舞台後ろに「ふすま」の桟みたいな柱が並んでいて、印刷屋の中と外の道を隔てていた。外を歩く人はみな、転形劇場『水の駅』みたいなスローモーションの歩みをしていて可笑しかったな。

ふと思ったのだが、宮沢章夫氏は「歌舞伎」を演出するんじゃなくって、本来は「能」を演出するべき、なんじゃないかと。

「能」で重要なことは、「死者」が主人公となることだ。平家の幽霊とかね。存在しないはずの人が一人称で語りだす。ここが重要なのかもしれない。

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