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2016年7月20日 (水)

木ノ下歌舞伎『勧進帳』(その2)

■「越境する物語」とは、どういうことか?

もちろん、国境(くにざかい)を越えるということが第一義。しかし、弁慶にとっては義経との「主従の関係」を逆転してしまうことであり、義経自身は「もはやこれまで」と死を覚悟したこの関所で「生死の境」を越えたということ。また、富樫左衛門は自らに課せられた任務を放棄して「その一線を越えてしまう」ことに相当する。

斯様に重層的意味合いが込められている訳だが、木ノ下歌舞伎ではさらに「ミルフィーユ」の如く、パイ生地とクリームが重層的に積み重ねられているのだった。

だって、弁慶役のリー5世は、20年近く日本に住むアメリカ人で、役者さんではなく吉本興行所属のお笑い芸人だよ。しかも、セリフは関西弁だ。でも、勧進帳を読み上げる場面や、畳みかけるような緊張感あふれる富樫左衛門との「山伏問答」の場面など、よどみなく流れるようにすらすらとセリフが出てきて、聴いていてとても気持ちが良かったな。あと、義経に小さな声で「ゴメンナサイ」というところ。泣けたよ。

なんでも、初演時の弁慶役だったアメリカ人は帰国してしまって『勧進帳』を再演したくてもできなくて困っていたら、演出の杉原邦生氏がたまたま NHK朝ドラ『マッサン』を見ていて、英語教師役で出ていた「リー5世」を見て、「あ、弁慶見つけた!」となったのだそうだ。面白いなあ。

■それから、初演時の義経役は、女優の清水久美子さんが、幅広の麦わら帽子を被って演じていたという。今回は出演者全員の衣装は「黒」だ。そう、映画『オール・ユー・ニード・イズ・キル』の、トム・クルーズの感じ。でも、あんなにガンダム的ハードでメカニカルではないが真っ黒な戦闘服。少なくとも、山伏や強力の衣装ではなかった。

今回「義経役」を演じたのは、ニュー・ハーフの女優、高山のえみさんだ。ぼくは初めて見る女優さんで、その凜とした佇まいにビックリしてしまった。しかも、舞台が終わって「パンフレット」を読むまで、彼女が「もと男」であるという事実に、まったく気がつかなかったのだ。

とにかく、彼女の所作が美しい。スローモーションの「すり足」で登場する場面は、太田省吾の『水の駅』を彷彿とさせられたし、大きな体をめちゃくちゃ小さくして「ゴメンナサイ」する弁慶に「差し伸べる手」の指先が得も言われぬ色気と妖気と哀愁にあふれていて、ため息がでてしまった。ほんと、すばらしかった。

■岡野康弘、亀島一徳、重岡漠、大柿友哉の4人は、最初、富樫左衛門の番卒として登場したかと思ったら、義経・弁慶一行が下手から登場すると、瞬時に「一行側」の四天王役に早変わりする。これが場面毎に目まぐるしく入れ替わって、とにかく退屈しない。

生死を賭けた弁慶と富樫との、ぴーんと張り詰めた緊張の糸を、彼ら4人がいい感じで緩めてくれ(桂枝雀がいう「緊張の緩和」ですね)場内に笑いがあふれる。また、彼らは「口三味線」「口鼓」をアカペラで伴奏しながら長唄を歌い出したかと思ったら、いつしか曲はヒップホップ調となり、4人が交代でラップを始めるのだった。たまげたな。

場面転換で流れるクラブ・ミュージックの「ずんずん」お腹の底に響いてくる、モノトーンの高速ビートもカッコよかったなぁ。それから驚いたのは、ラスト近くで皆が踊り狂う場面。音楽がいつしか「ディズニーランド」の音楽になっていたぞ!

■リー5世演じる弁慶も、高山のえみ演じる義経も、キャスティングされた時点で「異形」であることが確約されていた。じゃぁ、富樫左衛門を演じる坂口涼太郎はどうか?

最初のシーン。登場するなり小さな椅子の上に体育坐りし、不敵な薄笑いを浮かべてじっと正面を見据える富樫。おぉ、充分すぎるほど不気味で、妖怪みたいで、まさしく彼も「異形」であった。

木ノ下歌舞伎のサイト「こちら」から、坂口涼太郎くんのインタビュー記事を読んでみると、興味深い発言があった。以下の部分だ。

坂口:「今回演じる<富樫>という人物について、まず完コピで掴んだことは、他者に絶望していて、周りに希望を持っていない、すごく生きづらい人なんだということです。人間関係も、裏切られるのが当然だと思っている。仕事として関を守っているだけで、感情は一切ない。

 でも弁慶と義経一行との出会いによって初めて、富樫の心は揺らいだんだと思います。でも今、邦生さんの演出がついて、また変わってきています。他者に絶望しているというのは今も同じなんですけど、山伏の詮議も「頼朝様のために」という意識ではなく、ただ上司の命令だからやっている。関にやってくる人を自分より下にみていて、それで仕分けしているし、人が困っていることに快感さえ覚えている気がします。」

■まだまだ続く予定。

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