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2014年10月 6日 (月)

小津安二郎記念・蓼科高原映画祭で『そして父になる』を観てきた

■昨日の日曜日、茅野市民会館で開催されていた「小津安二郎記念・蓼科高原映画祭」に今年も行ってきた。

『彼岸花』デジタル・リマスター版は、土曜日午前中の上映だったのでダメだったが、『そして父になる』をずっと見よう見ようと思いながら未だだったので、会場一杯の観客と共に大きなスクリーンで見ることができて幸せだった。

ただ、上映15分前に着いたら、入場を待つ人たちでいっぱい。最後列に並んでようやく場内に入ると、空いている席はステージ前の最前列正面のみで、仕方なくスクリーンを2時間見上げての鑑賞となった。

映画は、いい意味で「福山雅治」の魅力を世界に知らしめるための作品であり、それに見事に成功したのだと思った。後半まで、今回は泣かないぞと思っていたのに、福山が涙するシーンが横顔のアップで撮られているのを目にして、思わずいっしょにグッときてしまい、結局泣かされました。

それから、これは是枝監督の映画はみなそうなんだけれど、二人の対照的な子役の男の子がじつにいい演技をしているのだ。あと、リリー・フランキー&真木よう子家の3人の子供の中でも特に次男の子。これまた実に無邪気な子供らしさにあふれていて、スクリーンを見ながら思わず何度も微笑んでしまった。弁当屋の店先での場面とか、お風呂のシーンとか。

そしてリリー・フランキーさん。

ピエール瀧もちょこっと出ていて、正反対の映画『凶悪』を未だ見てなくてよかったな。

あと、音楽がよかった。今回は「ゴンチチ」じゃなくて、クラシックのピアノ曲。オリジナルの「絆」という曲がいい。それから、エンドロールで流れる、グレン・グールドのバッハ。優しいようでいて厳しく敬虔なピアノの響きが、映画を見終わった余韻と重なる。何かこう、ずっしりとくるのだ。

上映終了後、是枝裕和監督がステージに登場し、長野日報でいつもスルドイ映画評を書いている映画コラムニストの合木こずえさんが聞き手となって、30分間『そして父になる』の裏話をしてくれた。これまた面白かったな。あやふやな記憶でいけないが、思い出した話題を以下に挙げてみたい。(会話はニュアンスのみで、二人が正確にそう発言した訳ではありません)

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合木:まずは、福山さんのキレイなお顔が存分に拝める映画を作って頂き、感謝いたします。

是枝:いや、本当に美しいんですよ。特に、彼の横顔。ここぞという大切なシーンに彼の横顔をアップで使わせてもらいました。

合木:福山さんの一家が、リリーさん一家に会うために車で移動する時に挿入される風景のカットが素晴らしい。首都高を車がカーブして行く時の流れゆく防音壁を見ていて、主人公の気持ちと完全に同調してしまった。その後の、並んだ高圧送電線の風景とか…。

是枝:撮影監督の瀧本幹也さんは、元々はスチール・カメラマンで、トヨタのクルマのCMとかたくさん撮っている人なんです。あの風景のカットは、ものすごく時間をかけて撮っている。彼がクルマを撮ると違うんですよ。無機質じゃなくて暖かみがあるとでもいうか。

 あと、マンションの部屋の中にテント張って模擬キャンプするシーン。外からガラス越しに撮っている。あれ、素晴らしいですよね。

合木:尾野真千子さんが息子の慶太くんを迎えに行って電車で帰る、あの車内の母と子の二人のシーンも本当に素晴らしかったです。あれは、どうやって撮ったのですか?

是枝:じつは、あのテイクはNGだったんですよ。何度も撮り直して上手くいかなくて、暗くなってくるし。最後に撮ったのがこれ。セリフが終わらないうちに駅に着いちゃって、乗客が乗り降りする中でまだ撮ってたんです。撮影の瀧本さんが「NGだったけど、すごくよかったね!」って。結局、これが一番良くって。撮れたのはまったくの偶然だったんですよ。

合木:「琉晴くん」役の男の子。前から子役で出ていたのですか?

是枝:いやぁ、オーディションではまず真っ先に落とされる感じの子ですからねぇ。とにかく絶えず動いている。じっとしてない。いつも「なんで?」「なんで?」って訊いてくるんです。だから「あのシーン」では逆に、福山さんの前でいつもみたいに「なんで?なんで?」って、ずっと言ってればいいからねって撮ったんですよ。

合木:リリーさんが「スパイダーマンて、蜘蛛だって知ってる?」って子供に言うところ。あれは、リリーさんのアドリブですか?

是枝:いいえ、台詞にあるんです。ただ撮影に入る前、子供たちと仲良くなるためにリリーさんが「そう」話していたのが印象に残っていて、台詞に使いました。

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翌日の「長野日報」に載った記事。記者さんと同じ話を聞いていたのに、印象に残ったポイントがぜんぜん違うのが可笑しい。

 

■福山雅治「オールナイト・ニッポン 魂のラジオ 2013.12.14」ゲスト:是枝監督、リリー・フランキー を見つけた。『そして父になる』の裏話を3人が寛いだ雰囲気でしていて、すごく面白い。

福山雅治 魂のラジオ ゲスト:是枝 裕和 監督・リリーフランキー〔トーク部分のみ〕2013.12.14【転載・流用禁止】
YouTube: 福山雅治 魂のラジオ ゲスト:是枝 裕和 監督・リリーフランキー〔トーク部分のみ〕2013.12.14【転載・流用禁止】

■あと、宇多丸さんがラジオで『そして父になる』を激賞している。

宇多丸が映画『そして父になる』を語る
YouTube: 宇多丸が映画『そして父になる』を語る


2014年8月 6日 (水)

『母に欲す』→ 映画『ハッシュ!』と『ボーイズ・オン・ザ・ラン』(その2)

■芝居『母に欲す』に出演していた片岡礼子さんと、銀杏BOYZ・峯田和伸のことがもっと知りたくなって、TSUTAYAで映画のDVDを借りてきて見たんだ。『ハッシュ!』と『ボーイズ・オン・ザ・ラン』。どっちもすっごく面白かった。こんな映画が出ていたなんて、ぜんぜん知らなかったよ。

『ハッシュ!』は、仲良し男子2人組に女がひとり絡むという、フランス映画『冒険者たち』『突然炎のごとく』、藤田敏八監督作品『八月の濡れた砂』など、よくある青春映画のデフォルト設定(『そこのみにて光輝く』も、この設定のひねり版だった。)のようでいて、ところがどっこい、ぜんぜん違うぞというビックリ仰天の映画だった。

と言うのも、仲良し男子2人組(田辺誠一・高橋和也)は、ゲイの恋人同士で同棲しており、片岡礼子が演じるのは歯科技工士なのだが、30歳にしてすでに人生を諦め切っちゃったかのような刹那的で日々ただただ惰性で生きている孤独な女だからだ。これで彼女と彼らにどういう映画的接点ができるというのか?

そこがこの映画の見どころなワケです。

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■『母に欲す』では、田口トモロヲがいない夫婦の寝室で片岡礼子が一人ベッドに腰掛けタバコをふかす場面があった。『ハッシュ!』に彼女が初めて登場するシーンでもタバコを吸っていた。『母に欲す』で峯田和伸が暮らす東京のボロアパートとそっくり同じ汚い部屋で。彼女の圧倒的な孤独がにじみ出ていたな。

そういえば、高橋和也が勤めるペット・ショップの店長、斉藤洋介が密かに狙っている常連客の深浦加奈子さんは、宮沢章夫『ヒネミの商人』の片岡礼子の役を初演時に演じた女優さんだ。

映画の山場は、兄夫婦が上京して来て田辺誠一のマンションで一同が会するシーン。橋口亮輔監督は固定カメラによる異様な長回しで、まるで舞台中継かのように見せる。緊張感あふれる場面だ。片岡礼子がいい。対する秋野暢子も凄い。

秋野暢子が病院の公衆電話から田辺誠一に電話をかけるシーン。サンダルをぬいで裸足の角質化した踵を親指と人差し指でつまむ。妙に印象に残っているのだが、こういう中年女性の何気ない仕草に生活感がリアルに表れている。

家族会議で啖呵を切った秋野暢子だったが、彼女の主張した家族の絆、「家」を引き継いで行くことの重み、血のつながりを、秋野自身がいとも簡単に捨て去ってしまうことになる。皮肉なものだ。

人間はひとりでは生きてゆけない。

マイノリティのゲイ・コミュニティの中ではさらに、カップルを維持することは難しい。結局は一人で生きて行かねばならぬ宿命を高橋和也はイヤと言うほど感じている。年を取ればなおさらだ。ましてや自分の子孫を残すことなんて考えてみたこともなかった。喧嘩してすねた高橋和也が、冷蔵庫からでっかいハーゲンダッツのアイスクリームを出してきて、一人で抱えてスプーンでむしゃむしゃ食べるシーンが可笑しい。

しかし、田辺誠一は違った。優柔不断な彼は関係性を断ち切れない。それは彼の欠点ではあるのだが、逆に片岡礼子を受け入れる寛大さとなり、「新しい家族のかたち」を生み出す原動力となるのだった。

いや、凄い映画だな。

橋口亮輔監督は、リリー・フランキーが主演した『ぐるりのこと』で有名になった人だが、ぼくは『ハッシュ!』で初めて見た。他の作品もぜひ見てみたいぞ。

2014年7月31日 (木)

演劇『母に欲す』のこと。それから、映画『ハッシュ!』と『ボーイズ・オン・ザ・ラン』

■7月21日(月)の午後2時から、渋谷「パルコ劇場」で芝居を観た。三浦大輔、作・演出『母に欲す』だ。休憩時間を入れて3時間半近くもあったが、集中力が途切れることなくラストまで舞台に引き込まれた。

帰って来て、いてもたってもいられず、芝居通の山登くんに思わずメールしてしまった。

ご無沙汰してます。いとこ会があって久々に上京し、昨日は1日フリーだったので、パルコ劇場で三浦大輔『母に欲す』を観てきました。いやぁ、よかったです。マザコンだめだめ男が「おかあさ〜ん」って叫ぶ、ピュアーでストレートな母親賛歌で、今どきかえって新鮮な驚きと感動がありました。ラストで泣いてしまったよ。山登くん、もう観ましたか?

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■朝日新聞、扇田昭彦氏の劇評

■日本経済新聞に載った劇評

読売新聞の劇評

■演劇キック「観劇予報」の記事

■いつも勉強させていただいている、六号通り診療所長、石原先生の「母に欲す」劇評

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■舞台の幕が上がると、薄暗い六畳一間の安アパートの一室に主演の峯田和伸がパンツ一丁で客席に半ケツ出したまま寝ている。そのままずっと寝ている。動かない。ようやく起き上がったかと思ったら、スローモーションでも見ているような緩慢な動作で冷蔵庫を開けて水を飲む。もちろん無言のまま。付けっぱなしのラジオ(テレビ?)の音だけが小さく聞こえる。ここまでで既に15分近く経過。

まるで、太田省吾の転形劇場『水の駅』でも見ているかのように、観客はみな緊迫した空気の中で固唾を呑む。

■数十件は入っている、弟(池松壮亮)からの留守電は聞こうともせず、幼なじみからの電話で初めて母親の死を知り慌てふためく峯田。バッグ片手にアパートを飛び出し、上手へ消えたところで暗転。映画なら、ここでタイトルがばーんと出てテーマ曲が流れるんだけどな。そう思ったら、何とスクリーンに車窓から流れる風景が映し出され、真っ赤な字で(まるで東映映画みたいだ)本当に「母に欲す」と大きくタイトルが出たあと、出演者の名前が字幕で続いた。

おぉ! これにはたまげたな。

大音響で流れる大友良英さんの劇伴ギターが、疾走感びんびんで、これまためちゃくちゃカッコイイんだ。

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■とにかく、舞台装置がよくできていた。細かいところまでリアル。東北の実家の台所に、夕方の西日が差し込み、ヒグラシの鳴き声が聞こえている。弟の池松くんは、流しの向こうの窓を少し開け、タバコを吸う。静かに時間が過ぎゆく、こういうシーンが好きだ。

休憩をはさんで後半の幕が開くと、この台所にエプロン姿の「ニューかあちゃん」片岡礼子が立ち、夕食の準備をしている場面で始まる。片岡礼子さんは、3月に『ヒネミの商人』宮沢章夫作・演出に出ているのを観た。成金趣味の派手な義姉の役だった。それがどうだ。雰囲気が全然違う。彼女の大きな魅力である「眼」を黒縁メガネで封印し、地味な衣装で「母親」というより召使いか何かのように従順に振る舞い、田口トモロヲや池松壮亮の理不尽な言いがかりにもひたすら耐え忍ぶ。

何故彼女なのか? それが観ていてよく分からなかったので、先週末 TSUTAYAで彼女が出演した映画『ハッシュ!』を借りてきて見てみたんだ。面白かったなぁ。そして、三浦大輔氏が彼女を抜擢した理由が何となく理解できたような気がした。(この話はまた次回につづく予定)

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■この日の「パルコ劇場」の観客は、8割が女性だった。ただ、息子を持つ母親世代や年配の女性の姿は少なかったように思う。このお芝居に、ぼくは激しく心揺すぶられたわけだが、はたして、うら若き独身女性たちは観劇後どう思ったのだろうか? 判ってもらえたのだろうか? 息子の気持ち。

弟(池松壮亮)の彼女(土村芳)のように、母親の衣装をまとって彼氏の母親役をも受け入れる心の広さを、彼女らは持ってくれているのだろうか? さらには、男の子を産んで育てて「母親」になってみたいと思っただろうか? いや、どうかな?

そんな変なことばかり心配しながら、ぼくは渋谷の人混みをあとにした。

2014年7月19日 (土)

テレビドラマ『おやじの背中』(第一話)と『55歳のハローライフ』(最終話)

■日曜日の夜9時。そのむかし、TBSテレビは「東芝日曜劇場」というタイトルで単発ドラマを放映していた。池内淳子主演の「女と味噌汁」(平岩弓枝脚本、石井ふく子プロデューサー)はシリーズ化されていたし、北海道放送が製作した大滝秀治主演のドラマ(脚本は倉本聰)は出色の出来だったなぁ。

この時間枠は、最近『半沢直樹』で一気に注目を集めたワケだが、「半沢2」的ドラマ『ルーズベルトゲーム』が終わった後を受けて、10人の人気実力脚本家が「おやじの背中」というテーマで「単発ドラマ」を競作することになった。

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■その「第一話」が、この間の日曜日に放送された。脚本は、『最後から二番目の恋』『ちゅらさん』『おひさま』『泣くな、はらちゃん』を書いた、岡田惠和。主演は、父親役に「田村正和」。その娘に「松たか子」という布陣だ。

いやぁ、よかった。泣いてしまったよ。これは明らかに 小津安二郎監督『晩春』のリメイクを狙ったドラマだな。しかも田村正和と松たか子という役者を得て、あの笠智衆と結核と戦争で嫁に行き遅れた原節子の、品のある、不思議な距離感の父娘が、リアリティのある現代の父娘として、確かな説得力をもって見事に再生されていた。

『東京物語のリメイクならまず見る気がしないが、まさか『晩春』で来るとは。しかも大成功ではないか。うちは息子二人だから判らないけど、結局は娘を持つ父親の理想というか「叶わぬ願望」なんだろうな。

いや、驚いた。恐るべし! 岡田惠和

■ドラマのロケも北鎌倉で行われたのかと思ったら、なんと国分寺なんだって。武蔵野にはこんな景色が残っていたのか。

あと、松たか子と言えば「歌うシーン」だ。彼女が主演したミュージカル『もっと泣いてよフラッパー』は、松本市民芸術館まで観に行ってきたし、もちろん『アナ雪』も見たよ。

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■単発ドラマといえば、先週土曜日のよるNHKで『55歳からのハローライフ』(第5話)を見たんだ。これがまた本当に良かった。「イッセー尾形」主演。共演が「火野正平」。こちらには、アメリカ映画『真夜中のカーボーイ』を彷彿とさせるシーンがあった。やはり、泣いてしまった。最近めっきり涙腺が弱くなってしまったのだよ。

火野正平は、毎朝BSの『花子とアン』の後、7:45から自転車に乗っている姿を見慣れているので、山谷の簡易宿泊所で逆光のなか咳き込みながら座っている姿が、本物のホームレスそのものといった迫力の佇まいで圧倒された。その後登場する山谷「城北労働・福祉センター?」もリアルだったな。どうやって撮ったんだろう。

 

2013年10月24日 (木)

ユリイカ11月臨時増刊号『総特集 小津安二郎 生誕110年/没後50年』

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■『ユリイカ 総特集:小津安二郎』が面白い。1800円税別は確かに高いが、買って後悔はない。もう語ることなどないのかと思われていた小津だが、いやいやまだ新たな切り口はあるのだな。斉藤環の子供論、宮本明子のおじさん論、四方田犬彦の反小津論。それにやはり吉田喜重が何よりも読ませる。(昨日のツイートから)

 

■まず読んで面白いのは、何と言っても「梱包と野放し」と題された、蓮實重彦 × 青山真治 対談なのだが、蓮實氏が期待どおりの暴走と過激な発言を連発することで、昔からのファンが溜飲を下げるといった内輪受け狙いの内容に過ぎなかった。「デンマークの白熊」のことを知らなかった田中眞澄氏の挙げ足取りをして、嬉々として勝ち誇る蓮實氏の老化ぶりに、僕は正直落胆した。

 

蓮實:(前略)妙な理解はやめよう。とにかく小津を梱包しないこと、野放しにしなければいけないのです。その野放し状態の小津と、どう向き合えばよいのか。ヘルムート・ファルバーにはちゃんと向かい合い方を心得ていたのです。「変」なものを「変」だと指摘したまま、いわば放置しているからです。(p82)

 

そんなこと今さら言われたってねぇ、雑誌『リュミエール』や『監督小津安二郎』を読んで多大な影響を受けてしまったかつてのフォローワーは、困ってしまうではないですか。

 

ただ、『蓼科日記』に言及した部分で、小津が画用紙を切って作った「カード」を並べ替えながら、映画のシーンを組み建てていった事実に興味を持った。あれ? 似たような話を最近読んだばかりだぞ。そう思ったのだ。

思い出した。『演劇 vs. 映画』想田和弘(岩波書店)だ。ドキュメンタリー映画作家である想田和弘氏の映画編集の方法が「まさにそれ」だったのだ。面白いなあ。

 

■「総特集 小津安二郎」と掲げるからには、蓮實氏と対極にあった田中眞澄氏の業績にも触れなければなるまい。で、それはちゃんと載っていた。244ページだ。偉いぞ。

  「反語的振舞としての『小津安二郎全発言』」 浅利浩之

これは読み応えがあったな。

2013年10月22日 (火)

アキ・カウリスマキ と 小津安二郎の「赤いヤカン」(つづき)

■実を言うと、フィンランドの映画監督アキ・カウリスマキの作品を、ぼくは今まで1本も観たことがなかったのだ。

『浮雲』とか『マッチ工場の少女』とか『過去をなくした男』とか、その作品名だけは知っていた。それに、彼の映画はまるで「OZU」の映画みたいだっていう噂も。しかし、彼の映画は伊那では見ることができなかった。TSUTAYAにもなかった。見れば好きになるに違いないということは判っていたんだ。ぼくの大好きなホオ・シャオシェン(侯孝賢)の映画『恋恋風塵』や『往年童子』みたいに。

 

映画『ル・アーヴルの靴みがき』のファースト・シーン。駅の構内か? 主人公の靴みがきと、ベトナム難民だった同僚が並んで同じ方向を見ている。あっ! 小津だ。そう思った。で、一気にこの映画に引き込まれていった。

 

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それから、画面のどこかに、必ず「朱色(赤色)」のものが存在している。

花瓶、ソファー、妻の洋服。それに、黒人の少年が着るウインドブレイカー。

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それが決して突出した不自然さにはならずに、スクリーンがごく自然に「ぽっ」と暖かく灯るのだ。この監督は明らかに「朱色」にこだわっている。小津安二郎が初めてカラーで撮った映画『彼岸花』の時みたいに。

そしたら、アキ・カウリスマキ監督がヘルシンキの街で探して見つけた「赤いポット」を持参して応じたインタビュー画像があったのだ。それがこれ。

 

Aki Kaurismaki on Ozu
YouTube: Aki Kaurismaki on Ozu

映像には、たしかに『彼岸花』の画面に不自然に置かれた「赤いヤカン」が映っている。

 

■で、先日買ってきた『ユリイカ 11月臨時増刊号:総特集 小津安二郎』を読んでたら、p228 にこんな記載があってビックリした。

 

外は劫火で、小さな空間に隠れているイメージは、そのまま道成寺につながるが、最初はセリフ、あとはラジオという音声だけの世界。これを具体的な形にすると、小津監督がデンマークで買ったという「赤いヤカン」になる、(「2013年初夏」山本一郎 『ユリイカ 総特集 小津安二郎』p228)

 

あの「赤いヤカン」は、日本製じゃなくて、北欧デザインだったんだ!

フィンランドのアキ・カウリスマキ監督は、身近な日用品が数千キロも離れた極東の地で50年も昔の映画の中で映っていることに驚いて魅せられてしまったんじゃないか?

 ほんと、面白いなあ。

 

■フィンランドという国は、ヨーロッパの国でありながら不思議と東洋的な雰囲気が漂う。東から「フン族」が攻めてきて出来た国だからね。だから妙に親近感がわくのだ。

フィンランドのヘルシンキでオールロケされた日本映画『かもめ食堂』に、なんの違和感も感じなかったのは、実はそういうことだったのかもしれない。実際、あの映画で主演した小林聡美を、すごく老けさせて、髪の毛を金髪に染めたなら、主人公が通うカフェ(酒場)のマダムそのままじゃないか!

 

『ル・アーヴルの靴みがき』の登場人物たちはみな、寡黙だ。

でも、みな無表情なのにすごく個性的な「実にいい顔」をしている。そこが見ていて堪らなく愛しい。

先ほどの酒場の女主人。主人公の妻が不治の病(たぶん末期癌)で入院した病院の医者。内田裕也もマッ青の年老いたロックンローラーじじい。それから、ドーバー海峡を泳いで渡ろうとするアフリカの少年の澄んだ目。あと、独特の存在感を示す異国出身の妻。そして従順な飼い犬。

おっと、ル・アーブル警察署の警視も、実に良い味だしていたなぁ。

結局この映画は『あまちゃん』と同じで、悪人が一人も登場しないのだ。いや? 一人だけいたか。密告するオールバックのオヤジ。

 

とにかく、犬がいい。名演じゃないか?

訊いたら、監督の飼い犬とのこと。驚いたな。

 

で、伊那の TSUTAYA で探したら、アキ・カウリスマキ監督の映画が「もう一本」だけあった。

『過去をなくした男』だ。

 

早速借りてきて、先日の日曜日に見たのだが、いやはや、これまた傑作だった。

面白かったなぁ。

 

主人公は、まるでがたいのよい蟹江敬三(『あまちゃん』のじっちゃ)じゃないか。(つづく)



 

 

 

 

 

2013年10月 5日 (土)

蓼科高原映画祭、香川京子さん登場!

■ブラッシュアップされた『東京物語』は、確かに素晴らしかった。

 

麻織り生地をバックに「終」の字がでたスクリーンに向かって、客席からごく自然に拍手が起こった。そしたら、ステージに登場した「NHK衛星映画劇場支配人」渡辺俊雄さんが開口一番こう言ったのだ。

「今どき珍しいですねぇ、映画の終了時に拍手が聞かれるなんて。」

 

確かになあ。日本映画の黄金時代の1950年代くらい昔でなくても、そうだな、ぼくが大学生だった70年代後半でも、池袋文芸座での土曜日夜のオールナイトとか行くと、エンドロールで主演の高倉健の字が出たり、最後の、監督:寺山修司 とか、大島渚 とか出て画面が暗転する前に映画館場内に盛大な拍手が湧き上がったものだ。

 

それから渡辺俊雄さんは、突然TBSのドラマ『半沢直樹』の最終回の話をし始めた。ええっ? と思ったら、あ、そうか! そうだった。

「大和田常務がリビングの電気を消して一人テレビで『東京物語』を見ているシーンがありましたよね!」

あったあった。そうそう。香川照之が一心に画面を見つめていたっけ。

 

 

■一方、舞台上手から登場した香川京子さんは、たしか御年80うん歳を迎えたはずなのに、背筋がピンと伸び実にしゃんとしいて、ぜんぜん「おばあちゃん」ぽくないないのだ。そのスタイル、立ち姿は、先ほどスクリーンで見た「では、行って参ります」と小学校へ出勤する、二十歳そこそこの香川京子さんと、驚くべきくらい寸分と違わない。こういう人のことを、本当の「凛とした佇まい」っていうんだろうな。

 

『東京物語』の撮影に入る前に『ひめゆりの塔』を撮り終えたばかりの香川京子さんは、社会に積極的にコミットしてゆく決意でいたのに、小津安二郎監督は香川さんに向かってこう言ったのだという。

「俺は、世の中の流れには興味がないんだ」

彼女はすごく意外だったという。どうして監督はいまの社会問題を映画に取り上げようとしないのかと。

「でも、いまになって小津監督の言葉の意味が判るような気がします。流行り廃りに関係なく、時代を越えて民族も文化の違いも越えて、小津安二郎監督の『東京物語』は世界中の人々からいまも一番に愛されている。小津監督は、「家族とは?」という人間にとって普遍的なテーマをずっと描きたかったのですね、きっと。」

「それから、公開当時は、自分の役そのままの気持ちでこの映画を見たのですが、結婚して暫くすると今度は、杉村春子さんの立場が判るようになる。親はいても、やっぱり自分の生活が一番大切になってしまうのです。そして今は、笠智衆さんの気持ちですよね。不思議な感じです。」

 

「ほんとうはね、この映画に出させてもらえることになって何が一番うれしかったかというと、小津監督じゃなくて原節子さんと初めて共演できるからだったの。私は、原さんに憧れてこの世界に入ったんですから。狛江のご自宅にも呼んで頂いたことがあるんですけれど、実際の原さんはね、すごく気さくで明るい人なの。」

 

「溝口健二監督は、役者に全く演技指導をしない方で、何十回もただただテストを繰り返すんです。どこがいけないのかぜんぜん説明してくれない。『近松物語』の時には本当に困りました。人妻役なんて初めてだったし、着物の着こなしや京都弁。カメラの前でどう動いたらいいのか見当も付かない。

仕方ないので、共演した浪速千枝子さんに泣きついて、立ち振る舞いから歩き方、京都弁の指導と、みんな教えていただいたんです。溝口監督は、とにかくよく『反射してください!』って仰るんですね。当時はその意味がよく分からなかったのですが、要するに、相手の芝居を受けてのリアクションが大切なんだと。そういうことだったんですね。」

 

「成瀬巳喜男監督は、声が小さい方でしたね。原節子さんと共演させていただいた『驟雨』という作品が私も大好きなの。

渡辺「あれは、今で言う『成田離婚』みたいな話でしたね。それから、これは山田洋次監督にお訊きした話なんですけれど、晩年の黒澤明監督が自宅の居間で『東京物語』のビデオを何度も繰り返し見ていたんですって。ちょうど『まぁだだよ』を撮る前のことで、狭い室内でどう人間を動かしたらいいのか、小津の映画を見て研究していたということです。『まぁだだよ』には香川京子さんも出ていらっしゃいますよね。

 

香川「はい。確かに『まぁだだよ』は、ぜんぜん黒澤監督らしくない、まるで小津監督の映画みたいでしたね。黒澤監督は声の大きな方でしたが、細かい演技指導はされない監督でした。小津監督は、たぶん頭の中にスクリーン上に映る映像がすでに出来上がっていて、そのイメージ通りに役者をカメラの前に配置して、演技をさせていた。だから、役者が勝手にする余計な演技をすごく嫌ったのです。

小津組、溝口組、黒澤組、成瀬組。監督によって、現場の雰囲気はぜんぜん違いましたね。もうぜんぜん違う。」

 

■本当は、ボイスレコーダーを持ち込んで隠し撮りしたかったくらいだったのだが、さすがにそれはマズイので出来ず、いま1週間経って思い出しながら書いているので、香川京子さんが「あの時」話した内容を正確にトレースするものではありません。ぼくが勝手に構成したので、個人的な思い込み勘違いが多々あることをご容赦下さい。

 

映画『東京物語』に登場する役者さんたちの、そのほとんどが既に亡くなっている。

桜むつ子も高橋トヨも。それから、十朱久雄の妻役だった文学座の長岡輝子さんも3年前に亡くなった。子役の2人がどうしているか知らないが、確実に生きているのは、香川京子さんと原節子(90歳を越えているが)の二人だけなんじゃないか。

(おわり)

2013年9月29日 (日)

小津安二郎監督作品『東京物語』(1953) デジタルリマスター版

『東京物語 ニューデジタルリマスター』 修復before&after比較映像
YouTube: 『東京物語 ニューデジタルリマスター』 修復before&after比較映像

『東京物語 ニューデジタルリマスター』予告編
YouTube: 『東京物語 ニューデジタルリマスター』予告編

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■昨日の夜に続いて、今日も「茅野市民館」へ行ってきた。

朝9時半から、小津安二郎監督作品『東京物語』ニュー・デジタルリマスター版の上映会があるのだ。しかも、上映後にこの映画に出演している、女優の香川京子さんとNHKアナウンサー・渡辺俊雄さんの対談がステージ上である。香川京子さんは、最近「信濃毎日新聞」で「私が出演した6本の印象に残る映画」とかいう? 連載をしていた。

 

彼女は、日本映画界の名だたる巨匠監督全ての代表作に出演している稀有な女優だ。

溝口健二『山椒大夫』『近松物語』、小津安二郎『東京物語』、黒澤明『天国と地獄』『赤ひげ』『まあだだよ』、成瀬巳喜男『おかあさん』『驟雨』、今井正『ひめゆりの塔』、熊井啓『深い河』『式部物語』などなど。

 

何故そのようなことが可能だったのか? 当時は「五社協定」のため各映画会社が専属女優を抱えていたので、監督は自社の女優しか使えなかったし、女優も自社の映画にしか出られなかったのにだ。実は、香川京子は日本で初めて「フリー」の女優になった人で、だからこそ映画会社各社の巨匠が使いたいとオファーがかかり、フリーだったからそれが可能になった。という渡辺俊雄さんの解説。なるほどね。

 

 

■映画『東京物語』のことは、2003年12月12日の日記 に以前書いたことがある。初めて見たのは、銀座「並木座」でだった。映画館で見た2回目は、長野市権堂に今もある「長野松竹相生座」だったような気がする。確か30年前、松竹が『生きてはみたけれど〜小津安二郎伝』というドキュメンタリー映画を作って、同時上映に全国系列館で「小津安二郎作品展」と称して、小津安二郎監督の代表作『東京物語』『秋刀魚の味』『彼岸花』『秋日和』をリバイバル上映したのだ。当時、北信総合病院小児科勤務だったから、その時見たに違いない。(上の写真は、その時のパンフレット。クリックすると別ウインドウで大きくなります。)

 

『東京物語』は、その1年後くらいに「レーザーディスク」で発売になり、もちろん即購入して何度も何度も見た。数年前にNHKBSで放送されたデジタルリマスター版は、高品質でHDに録画してある。

今回、茅野市民館で上映された『東京物語』は、ニュー・デジタルリマスター版とのことで、NHKBSで放映されたバージョンをさらにブラッシュアップしたものなのだそうだ。確かに、映像がめちゃくちゃ美しかった。(スピーカーが貧弱で音声はイマイチだったが)

 

今回見て特に良かったシーンは、熱海の海岸の防波堤のロングショット〜上野公園の西郷像横から上野駅方面を見下ろす場面直前の、小津監督には珍しい移動撮影。そうして、東山千栄子だけ原節子のアパートに泊めてもらう夜のシーン。東山千栄子が何も言わずただ原節子の手を取って涙するところ。ここが良かったなぁ。泣けた。(もう少し続く)

 

立川志らく「シネマ落語」 in 蓼科高原映画祭

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■「立川志らく シネマ落語」を聴きに、茅野市市民館へ行ってきた。よかったなぁ。泣けたなぁ。大満足だ。

 

以下、昨夜のツイートから。

 

名著『全身落語家読本』立川志らく(新潮選書)は僕にとって「落語のバイブル」だ。何度も読んだし、辞書みたいに使っている。でも、志らく師の落語は今まで一度も生で聴いたことがなかったのだ。スミマセン。

 

続き)今日の土曜日。茅野市で開催されている「第16回 小津安二郎記念:蓼科高原映画祭」で「立川志らく・シネマ落語」があると知り、行ってきたのだ茅野市民館。当日券だったが、何と!前から2列目の正面やや左寄りの席が空いていた。ラッキー! 2500円なり。

 

続き)午後7時開演。開口一番は弟子の立川らく人「出来心」。同会場でその直前に上映されていたのが、小津安二郎の映画『出来ごころ』だったからね。口跡口調はよいのに可哀想なくらい笑いがなかった。ホント御免ね、これも修行さ。

 

 満を持して、立川志らく師が登場。師匠の談志(お骨になって後の顛末も含め)と朋友・先代圓楽の奇人変人エピソードをたっぷりと。それで、落語会慣れしていないであろう聴衆の心をを優しく溶きほぐす。流石だ。演目は『死神』。この噺は「オチ」が決めてだ。演者によっていろいろ工夫がある。さて、志らく師は? あはは!そう来たか。中入り後、すぐには本題に入らず、

 

もう一つ古典落語に入る志らく師匠。神無月の話から入ったんで、あぁ『ぞろぞろ』だなって思ったら、そうだった。メチャクチャ馬鹿らしくて好きな噺だ。

ラストがお待ちかね「シネマ落語」で「人情医者〜素晴らしき哉!人生」。これがよかった。『死神』と『ぞろぞろ』が、ちゃんと「この噺」の前振りになっていたんだね。

 

いい話だ。ラストで泣けて困った。これってさ、言ってみれば、アメリカ版「芝浜」じゃね?

2013年8月30日 (金)

映画『八月の濡れた砂』藤田敏八監督作品(日活1971年)

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■夏の終わりが近づくと、見たくなる映画が2本ある。1本は、フランス映画『冒険者たち』。それから、もう1本がこの『八月の濡れた砂』だ。

そのことに関しては、ずいぶん前に書いた。「2007/08/31 の日記」

ここには、高校生になってから、新宿「蠍座」で見たと書いてあるけれど、よくよく考えてみたら、中学3年生の夏休み、「中央ゼミナール」の高校受験夏期講習に西小山の兄貴のマンションから高円寺まで数日間通った記憶があって、確かその時に新宿で見たんじゃないか。

ずいぶんとマセた中坊だった訳だ。


いや、待てよ。蠍座が閉館したのは、1974年の大晦日だ。ということは、高校1年生の夏休みに上京して見た可能性もありだな。親には夏期講習を口実にして、渋谷「全線座」とか、新宿「蠍座」とか、大塚「鈴本キネマ」とか見て歩いたんじゃなかったっけ? あぁ、よく憶えていないんだなこれが。


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■例の「シングル盤」も見つかった。名曲だね!


今週は、BS「日本映画専門チャンネル」で『八月の濡れた砂』をやっているんだ。鮮烈な青春映画の傑作。
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