アキ・カウリスマキ と 小津安二郎の「赤いヤカン」(つづき)
■実を言うと、フィンランドの映画監督アキ・カウリスマキの作品を、ぼくは今まで1本も観たことがなかったのだ。
『浮雲』とか『マッチ工場の少女』とか『過去をなくした男』とか、その作品名だけは知っていた。それに、彼の映画はまるで「OZU」の映画みたいだっていう噂も。しかし、彼の映画は伊那では見ることができなかった。TSUTAYAにもなかった。見れば好きになるに違いないということは判っていたんだ。ぼくの大好きなホオ・シャオシェン(侯孝賢)の映画『恋恋風塵』や『往年童子』みたいに。
映画『ル・アーヴルの靴みがき』のファースト・シーン。駅の構内か? 主人公の靴みがきと、ベトナム難民だった同僚が並んで同じ方向を見ている。あっ! 小津だ。そう思った。で、一気にこの映画に引き込まれていった。
それから、画面のどこかに、必ず「朱色(赤色)」のものが存在している。
花瓶、ソファー、妻の洋服。それに、黒人の少年が着るウインドブレイカー。
それが決して突出した不自然さにはならずに、スクリーンがごく自然に「ぽっ」と暖かく灯るのだ。この監督は明らかに「朱色」にこだわっている。小津安二郎が初めてカラーで撮った映画『彼岸花』の時みたいに。
そしたら、アキ・カウリスマキ監督がヘルシンキの街で探して見つけた「赤いポット」を持参して応じたインタビュー画像があったのだ。それがこれ。
YouTube: Aki Kaurismaki on Ozu
映像には、たしかに『彼岸花』の画面に不自然に置かれた「赤いヤカン」が映っている。
■で、先日買ってきた『ユリイカ 11月臨時増刊号:総特集 小津安二郎』を読んでたら、p228 にこんな記載があってビックリした。
外は劫火で、小さな空間に隠れているイメージは、そのまま道成寺につながるが、最初はセリフ、あとはラジオという音声だけの世界。これを具体的な形にすると、小津監督がデンマークで買ったという「赤いヤカン」になる、(「2013年初夏」山本一郎 『ユリイカ 総特集 小津安二郎』p228)
あの「赤いヤカン」は、日本製じゃなくて、北欧デザインだったんだ!
フィンランドのアキ・カウリスマキ監督は、身近な日用品が数千キロも離れた極東の地で50年も昔の映画の中で映っていることに驚いて魅せられてしまったんじゃないか?
ほんと、面白いなあ。
■フィンランドという国は、ヨーロッパの国でありながら不思議と東洋的な雰囲気が漂う。東から「フン族」が攻めてきて出来た国だからね。だから妙に親近感がわくのだ。
フィンランドのヘルシンキでオールロケされた日本映画『かもめ食堂』に、なんの違和感も感じなかったのは、実はそういうことだったのかもしれない。実際、あの映画で主演した小林聡美を、すごく老けさせて、髪の毛を金髪に染めたなら、主人公が通うカフェ(酒場)のマダムそのままじゃないか!
『ル・アーヴルの靴みがき』の登場人物たちはみな、寡黙だ。
でも、みな無表情なのにすごく個性的な「実にいい顔」をしている。そこが見ていて堪らなく愛しい。
先ほどの酒場の女主人。主人公の妻が不治の病(たぶん末期癌)で入院した病院の医者。内田裕也もマッ青の年老いたロックンローラーじじい。それから、ドーバー海峡を泳いで渡ろうとするアフリカの少年の澄んだ目。あと、独特の存在感を示す異国出身の妻。そして従順な飼い犬。
おっと、ル・アーブル警察署の警視も、実に良い味だしていたなぁ。
結局この映画は『あまちゃん』と同じで、悪人が一人も登場しないのだ。いや? 一人だけいたか。密告するオールバックのオヤジ。
とにかく、犬がいい。名演じゃないか?
訊いたら、監督の飼い犬とのこと。驚いたな。
で、伊那の TSUTAYA で探したら、アキ・カウリスマキ監督の映画が「もう一本」だけあった。
『過去をなくした男』だ。
早速借りてきて、先日の日曜日に見たのだが、いやはや、これまた傑作だった。
面白かったなぁ。
主人公は、まるでがたいのよい蟹江敬三(『あまちゃん』のじっちゃ)じゃないか。(つづく)
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