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2016年3月18日 (金)

麻生久美子の舞台『同じ夢』。それから映画『亀岡拓次』のこと

■女優・麻生久美子を初めて意識したのは、テレ朝で深夜に放送されていた『時効警察』だった。すっとぼけた演技のオダギリ・ジョーとの丁々発止のやり取りで大いに笑かせてもらった、キュートで清楚なコメディエンヌが彼女だったのだ。こんな女優さんがいたのか! 正直驚いた。

しかし、彼女の魅力がフルパワーで全開したのは、なんと言っても、日テレ土曜9時台のドラマ枠で放送された『泣くな、はらちゃん』の「越前さん」役だったと思う。


YouTube: 泣くな、はらちゃん ♪♪

神奈川県三浦半島の先端に位置する三崎町。その漁港近くにある蒲鉾工場で働く、婚期をちょいと過ぎた越前さん。彼女の唯一の楽しみは、モヤモヤとした鬱憤をマンガを描くことで晴らすことだった。

それにしても、麻生久美子には「制服」がよく似合う。お巡りさんはもちろん、蒲鉾工場の作業衣だって妙に様になってるじゃないか。

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■そんな麻生久美子は、映画界では引っ張りだこで、田口トモロヲ『アイデン&ティティ』、大根仁『モテキ』、園子温『ラブ&ピース』などなど、いっぱいありすぎてきりがないな。美人だけれど、幼年期に苦労があったに違いない不穏な陰があって、年増域に入って既婚で子持ちの女優になってしまったのに何故か(原田知世とはちょっと違った)ピュアで清廉潔白な雰囲気が漂うという、この血液型B型の摩訶不思議な女優を、映画監督は「俺ならこう撮る」っていう自負が出てしまうんだろうなぁ。

同じことが舞台の演出家にも言えて、「俺ならこういう役を彼女に演じさせたい」っていう欲望がふつふつと湧き上がってくるのであろう。岩松了がそうだし、今回『同じ夢』を作・演出した赤堀雅秋がそうだったに違いない。でなければ、あの「麻生久美子」に寝たきり老人の通いの介護士「ホームヘルパー」役なんて振るわけないもの。


YouTube: 「同じ夢」 スポット動画!


YouTube: 『同じ夢』 trailer movie 2016/2 シアタートラム

■このお芝居が松本でも公演されると知って、年末にネットで予約を入れたのだが、1週間以内に「まつもと市民芸術館」チケットセンターで現金支払いのことだったので、年末年始で忙しかったのに、12月29日にわざわざ松本まで出向いて行ったら、もう年末年始休業でお金を払えず。従って、松本公演のチケットは流れてしまったのでした。

仕方なく、チケットを取り直したら、小ホールの最後部席。正直、もっと前の席で「麻生久美子さま」のおすがたを拝みかたったなぁ。

でも、このお芝居は本当に面白かった!

ここ1〜2年で僕が観たお芝居(そんなに見てはいないが)の中では、ピカイチだった。

舞台俳優ではあるけれど、生身の人間が舞台上から「はける」には、それなりの必然性が必要だ。この舞台では、後ろから前への動線が4つ。肉屋の店先から奥の勝手口への動線と、中央奥の右側にあるらしいトイレ。それに、中央やや左にある階段を上った先にあるであろう2階の部屋と、舞台下手リビングの奥に「ふすま」で隔離された介護部屋(この動線はめったに使われないが重要だ。)

それに、舞台上手(かみて)に用意された勝手口。

麻生久美子は、最初この扉から登場する。

■その佇まい、話し方は「越前さん」そのままなのに、このお芝居での麻生久美子の発言・行動は、ことごとく僕のイメージをぶち壊してくれたのだった。(項を改めて、さらに続く)



2015年12月12日 (土)

12月12日は、小津安二郎の誕生日&命日

■女優の原節子が亡くなった。

ただ、ぼくの中では「永遠の人」だから、彼女は決して死ぬことはないのだ。そら、映画『東京物語』の中でも言っていたでしょ。「わたし、年をとらないことに決めてるんです」ってね。

今週号の「週刊文春」12月17日号の、小林信彦の連載「本音を申せば」のタイトルは、「原節子という大きな星」だった。読んでいて気になったのは、小林氏が

「戦時下での原節子の映画でハッとするのは一本だ。(中略)『望郷の決死隊』と同じ43年、山本薩夫の『熱風』である。」

と書いていることだ。この『熱風』は見たことがない。見たい。ぜひ見たい!

それから、小林さんが「木下恵介の映画の中で、ぼくがもっとも好きな作品だ」と言って、紹介しているのが『お嬢さん乾杯!』(昭和24年公開。木下恵介監督作品、佐野周二、原節子主演)だったこと。なんだか、うれしくなっちゃったな。

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原節子というと、戦前の映画『河内山宗俊』『新しい土』での、まだ10代だった彼女の笑顔と、ぼくが大学病院で受け持った高校生の女の子、Hさんの笑顔がそっくりだったことを思い出す。夏目雅子と同じ病気で美人だったHさんは、原節子さんの一生の6倍の速さで人生を終えた。

■彼女のことは、ずいぶんと以前に書いたような気がする。小津安二郎・生誕100年 そして、原節子のこと。(2003/12/12)(クリックして、下のほうへスクロールしてゆくと出てきます)

ぼくの一番の原節子は、やっぱり『東京物語』だけれど、『麦秋』の台所で一人「お茶漬けさらさら」の場面と、ラスト前の藤沢「鵠沼海岸」でのシーンも好き。あと、木下恵介『お嬢さん乾杯!』と、成瀬巳喜男『めし』も。小津安二郎『秋日和』の喪服姿も案外好きだったりする。合掌。(2015年11月26日

2015年5月14日 (木)

大森一樹監督作品:映画『風の歌を聴け』(1981)

■ずっと前に「日本映画専門チャンネル」で録画しておいて、見る機会がなかった映画『風の歌を聴け』をようやく見た。監督は、当時新進気鋭の若手映像作家だった大森一樹

京都府立医大を卒業し国試も合格した医師であり、かつ、プロの映画監督となった。メジャーデビュー作『オレンジロード急行』と2作目の『ヒポクラテスたち』を、ぼくはどちらも封切り映画館のスクリーンで見ている。特に医大生の青春群像を瑞々しいタッチで描いた『ヒポクラテスたち』は、オールタイムベストに入る大好きな映画だ。

ただ、彼の3作目である『風の歌を聴け』は映画館に見には行かなかった。

一番の理由は、原作をたぶんまだ読んでなかったし、映画の評判もあまり良くはなかったから、積極的に見たいとは思わなかったのだろう。

30年以上もたって、ようやく見た映画の感想は、正直ちょっと複雑だ。

映画のはじまりは東京。深夜バスの切符売り場。広瀬昌助(藤田敏八『八月の濡れた砂』主演)が「ドリーム号の予約ですね。えっ、神戸まで?」と言う。ここまで、手持ちカメラ目線で、主人公が誰だか、今が何時なのかは判らない。画面は急に風が吹いたようにワイプし、白くなってタイトルが映し出される。続いて、原作 村上春樹 脚本・監督 大森一樹の文字。

その後、電話ボックスの女の顔がアップになって、巻上公一が外で待ちながら I.W.HAPER を瓶でガブ飲みしている。BGMはフリー・ジャズだ。出演者のテロップと共に、酔っ払った巻上公一の視点になったカメラが、暴動のあった「あの夜の神戸まつり」の祭りのあとの残骸を深夜の路上に映し出して行く。

早朝、ドリーム号は神戸三宮に着く。主人公はその足でまだ営業中のはずのジャズ・バーへの階段を上がる。店主の中国人を坂田明(山下洋輔トリオのアルト・サックス奏者)が好演する「ジェイズ・バー」だ。床には客が食い散らかしたピーナツの殻が散らばっている。バックで流れているジャズは、鈴木勲『BLUE CITY』A面2曲目、ウディ・ショウの「Sweet Love On Mine」。

映画の配役はこうだ。

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僕:小林薫

鼠:巻上公一(ヒカシュー)

小指のない女の子:真行寺君枝

僕が3番目に寝た女の子:室井滋

ジェイズ・バーのバーテン:坂田明

鼠の彼女:蕭淑美

ラジオのDJ:阿藤海(声のみ)

少年時代の僕の緘黙症を治療する精神科医:黒木和雄(映画監督『龍馬暗殺』『日本の悪霊』ほか)

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☆とにかく、真行寺君枝がいい! ちょうど、佐々木マキがマンガで描く女の子の実写版そのままだ。特にネコみたいな「あの眼」。原作の「左手の小指がない女の子」のイメージそのまま。双子の妹のほう。

それから、まだ若かりし頃の室井滋。彼女も実にいいな。当時すでに、自主映画の女王と言われていた室井滋だけれど、メジャー・デビュー作は「この映画」だったのか?

役者ではないが、巻上公一の「鼠」がいい味だしていたな。彼も、坂田明もミュージシャンだ。ただ、主演の小林薫はちょっと原作と雰囲気が違う。そこが残念だ。でも、いまもう一度映画を見直しているところなのだが、大森一樹の映画として実によくできているし、小林薫も決してミス・キャストではなかったと思い直しているところだ。

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■映画が原作と違うところを列挙してみよう。

・原作も時系列の異なるエピソードがシャッフルされて語れているが、映画ではさらに細分化されて前後を入れ替え再構成して描かれる。例えば、

・原作では、120〜123ページに書かれている、デレク・ハートフィールド『火星の井戸』の中の文章「君の抜けてきた井戸は時の歪みに沿って掘られているんだ。つまり我々は時の間を彷徨っているわけさ。宇宙の創生から死までをね。だから我々のは生もなければ死もない。風だ。」

 という文章が、映画では冒頭でいきなり紹介される。主人公のナレーションで。「風だ。」これは、映画の方がかっこいいな。

・夜行長距離バス、ドリーム号

・ラジオ局から送られてきた特製Tシャツのデザイン。これも、映画のほうがセンスいい。

・僕が寝た最初の彼女が進学した大学は、内田樹先生が勤務していた神戸女学院なのか?

・2番目の女の子が1週間滞在した、東京の僕の6畳一間のアパート。ジャックス『からっぽの世界』はっぴえんど『風街ろまん』のレコード。本棚には、高橋和巳『わが解体』『日本の悪霊』『黄昏の橋』吉本隆明全集が並んでいる。

・『ヒポクラテスたち』の出演者3人が演じる、当たり屋の狂言。BGMは、浅川マキ。

・僕が小指のない女の子の務めるレコード・ショップで購入したレコード。原作では3枚だが、映画では何故か「はしだのりひことシューベルツ」のLPが追加されていた。

・僕が、室井滋とサンドイッチを食べながらテレビで見る映画。原作では『戦場に架ける橋』なのに対し、映画では、ジェーン・フォンダ『ひとりぼっちの青春』。引用されたのは、原作となった『彼らは廃馬を撃つ』のラスト・シーンからなのだそうだ(僕は原作も映画も見ていない)。日本語吹き替えは、野沢那智と小原乃梨子(ジェーン・フォンダの吹き替えと言えば、この人。タイムボカン・シリーズのドモンジョの声もね)。

・鼠の女。原作では、結局登場しない(ただし、後述するが、ずっと出ていたという解釈もある)。映画では何度か登場し、鼠はチャイナ・ドレスの彼女を新幹線・新神戸駅のホームで見送る。鼠と僕は、彼女が引っ越した後のがらんとしたマンションの部屋(鼠の父親に囲われていた?)を訪れる。

・動物園の猿と鼠の父親。息子の父親殺しの物語。原作では周到に隠されていた裏テーマを、大森一樹は「神戸まつり暴動」を介して顕在化させ、鼠が何に対してそんなに悩んでいたのかという彼なりの解答を示した。

・さらに大森一樹が凄いのは、原作では「鼠」に小説を書かせていたけど、映画では自主制作映画を撮らせたことだ。タイトルは『ホール(掘〜る)』。この映画の中で、鼠は「自分が立っているすぐ足元の土」を掘るには、どうしたらよいのか悩む。これは予言的映像とでも言ってもいいんじゃないか。と言うのも、この映画が公開されたずっと後になってから、村上春樹にとっては自分の脳味噌に穴を(井戸を)掘って無意識の領域まで下りて行くことが、彼の小説作りにおいてすごく大切なことなのだと確認されるのだから。

・「何だか不思議だね。何もかもほんとに起こったことじゃないみたい」

 「本当に起こったことさ。ただ消えてしまったんだ」

 「戻ってみたかった?」

 「戻りようもないさ。ずっと昔に死んでしまった時間の断片なんだから」

 「それでも、それは、あたたかい想いじゃないの?」

 「いくらかはね。古い光のように!」

 「古い光? ふふっ」「いつまでも、あなたのボーナス・ライトであることを祈ってるわ」

・ただ、どうしても判らないのは、原作を読んでいて、何だか分からないうちに感動してしまった「あのセリフ」。ラジオDJの「僕は・君たちが・好きだ。」(144ページ)を、映画では消去してしまった(出てこない)ことだ。小説の中では、最重要タームじゃなかったのか?

・それから、原作では、128〜129ページ。「しかし彼女は間違っている。僕はひとつしか嘘をつかなかった」

この小説で、ポイントとなるキーワードだが、僕がついた嘘に関しては、いろんな解釈が成り立つ。後年の解説書によると、「子供が欲しい」が「そのウソ」ではないか? とのことだが、映画では違った。

「言い忘れてたんだ。」が、嘘だったと。

その直後に挿入されるシーン。

真行寺君枝が正面のバスト・ショットで不思議な雰囲気の微笑を浮かべてこう言う。

「ウソつき!」

なんて色っぽい、素敵な表情なんだ!

 

  

・映画の中では、「いつか風向きも変わるさ」っていう台詞が、いろんな人から交わされるけど、こんなセリフ、原作にあったっけ。あったあった。140ページだ。

 「…ずっと嫌なことばかり。頭の上をね、いつも悪い風が吹いているのよ。」

 「風向きも変わるさ。」

 「本当にそう思う?」

 「いつかね。」

・映画のラスト近く。10年後の廃墟と化した「ジェイズ・バー」。床いっぱいに5センチの厚さでピーナツの殻がまち散らかしてある。そこにふと一陣の風が吹く。スローモーションで巻き上がるピーナツの殻。映画的に、ほんとうに美しいシーンだ。

・ラストシーン。主人公の独白。「神戸行きドリーム号は…… もう、ない」

ビーチ・ボーイズ「カリフォルニア・ガールズ」が流れる中、エンドロール。このタイミングがめちゃくちゃカッコイイ。いやいや、やっぱり何だかんだ言って凄くいい映画だったんじゃないか?

(まだまだ続く)

2014年12月 7日 (日)

佐々木昭一郎『さすらい』と、ピーター・フォンダの『イージーライダー』

■録画しておいたNHKアーカイヴス「佐々木昭一郎特集」を、少しずつ見ている。初めて通しで見た『夢の島少女』は、思いのほかエロくて驚いた。ただ、感想を語るにはもう2〜3回見ないと言葉にできないような気がしている。

こちらも初めて見たのだが『さすらい』(1971)は面白かった。すごく気に入っている。これはいいな。

■常に無表情で淡々とした主人公の青年が北海道の孤児院から上京して来て、渋谷で映画の看板屋に就職する。その後、ふらふらと東北を旅して廻るのだ。いろいろな人たちと出会う。看板描きの職人、歌い手を目指すフォーク青年(友川かずき、遠藤賢司)「いもうと」みたいな中学生の少女(栗田ひろみ)サーカスのブランコ乗り(キグレ・サーカス)アングラ旅芸人一座(はみだし劇場)、氷屋、三沢米軍基地近くに住み、渡米を夢見るジャズ歌手(笠井紀美子)などなど。でも、結局なにも起こらない。

彼はただ、「ここ」ではない「ほか」の場所、「ここ」ではない「ほか」の人を求めて旅に出るのだ。

あぁ、わかるよ。すっごくわかる。だって、俺も「そう」だったから。

オープニング。海岸の画面下から、ふいに青年がひょこっと現れる。なんか変。そこから『遠くへ行きたい』みたいな映像が続く。でも、どことなくユーモラスで、妙に軽い。深刻なようでいてぜんぜん暗くない。不思議な乾いた感触が心地よいのだ。ラストシーン。青年は浜辺に棒を一本立ててから再び夕日が沈む海に戻って行く。見ていてすごく「すがすがしい」ラストだ。

ドラマに何度も挿入されるBGMの影響があるのかもしれない。バーズ「イージーライダーのバラッド」。これだ。

The Byrds / Ballad of Easy Rider
YouTube: The Byrds / Ballad of Easy Rider

The river flows
It flows to the sea
Wherever that river goes
That's where I want to be
Flow river flow
Let your waters wash down
Take me from this road
To some other town

All he wanted
Was to be free
And that's the way
It turned out to be
Flow river flow
Let your waters wash down
Take me from this road
To some other town

■で、ふと思ったのだが「この曲」がエンディングで流れる(こちらは、ロジャー・マッギンのソロ・ヴァージョン)映画『イージーライダー』を、今までちゃんと見たことがなかったんじゃないかと。アメリカン・ニューシネマの傑作なのに、何故か映画館でもビデオでも見た記憶がない。

町山智浩さんの『映画の見方がわかる本』は読んでいたから、この映画の知識はあった。本に書かれた内容は、「町山智浩の映画塾!」予習編・復習編でほぼ語り尽くされている。これだ。

町山智浩の映画塾! イージー・ライダー <予習編> 【WOWOW】#83
YouTube: 町山智浩の映画塾! イージー・ライダー <予習編> 【WOWOW】#83

■で、TSUTAYAに行って借りてきたんだ、ブルーレイ・ディスク。返却日の深夜にようやく見たのだが、いや実に面白かった。それにしても、デニス・ホッパー、若いなあ。1969年の公開作。

スタントマンのピーター・フォンダとデニス・ホッパーの2人組が、メキシコで仕入れたコカインを金持ちのぼんぼんに売りつけ、儲けた金を改造バイクのガソリン・タンクに隠して、LAからニューオーリンズまで気ままなツーリングの旅を続ける。途中、インディアンを妻とした子だくさんの白人や、ヒッピー・コミュニティのリーダー、アル中弁護士(ジャック・ニコルソン)など、いろんな人たちと出会うというお話し。

ラストの、ヘリコプターによる空撮。これ、『夢の島少女』のラストカット。あの、ヘリコプター空撮による驚異的な長回しのヒントになったんじゃないか? 『さすらい』(1971)も、この映画から大きなインスピレーションを受けているように思った。音楽の使い方とか。

ドラマ『紅い花』のオープニングで使われたドノバンといい、佐々木昭一郎は「川の歌」というか「川の流れ」へのこだわりを、ずっと持ち続けた人だったんだなあ。

■渋谷の街中にたびたび登場した、巨大なモノクロの少女のヌード写真。あの少女はやはり、栗田ひろみ本人だ。

『創るということ』佐々木昭一郎(青土社)で、佐々木氏は『さすらい』の主人公「ヒロシ」に関してこんなふうに言っている。

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『さすらい』はヒロシって主人公がよかったね。このヒロシはオートバイをいたずらしているとこ見つけたんだけど、今は静かに実生活者として横浜で生きている。彫金師になって、奥さんもらって。必ず年に一回電話して、ぼくに会いに来るんだ。「どうしてますか」って、世間話して帰っていく。

ヒロシに会うのは救いだね。(中略)

ヒロシも、彼は実生活ではサンダース・ホーム出身なんだ。で、ハーフでどこかに捨てられてひきとられて、セント・ジョセフっていう横浜の学校に通って、英語が非常に達者でね、日本語もよくできて、学習能力も抜群で、感性がそういうわけだから周囲がなんとなく違うなってことを感じながら生きてるんだ。

ぼくらにはそんなこと言わないけれど、だから孤独っていうのも顔によく出てたし、少年期特有の反抗心も、その反対の優しさも出てたしね。(『創るということ』p117〜p120)

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あ、渋谷道玄坂、百軒店の入り口だ。右手に「道頓堀劇場」。成人映画の看板を運ぶ2人。ずいぶんと昔の渋谷。佐々木昭一郎『さすらい』を見ている。



2014年10月13日 (月)

伝説の佐々木昭一郎が還ってきた。

■以前、松尾スズキ氏の初期エッセイを集中的に読んで感想を書いたことがあった。

師匠とその弟子の関係は連鎖して行く(その1)

師匠とその弟子の関係は連鎖して行く(その2)

師匠とその弟子の関係は連鎖して行く(その3)

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(その2)にある、松尾氏が「那智チャコ・パック」の常連投稿者であったというくだり。本人自身が書いた文章を見つけた。『永遠の10分遅刻』松尾スズキ(ロッキング・オン)138ページ「私の文章ルーツ、私の演劇ルーツ ---- 松尾少年と野沢那智」(初出不明)だ。以下引用。

 もう二十年になりましょうか。

 私だって子供だった時期がありまして。

 野沢那智の声のファンだったんですね私は。そう、子供の頃から「声」というものに興味があったんです。(中略)

 さて、その野沢那智が同じく声優の白石冬美と一緒にやっていた『パック・イン・ミュージック』という深夜の人気ラジオ番組に、中学高校と私はせっせと手紙を投稿しておったのです。葉書ではなく手紙です。

何しろその番組はリスナーのお便りをおもしろければ10分でも20分でも、野沢那智がいろんな声色で読み続けてくれるというもので、だから葉書では当然分量が足りないということで、レポート用紙にボールペンでびっしり5、6枚。私は「北九州の黒タイツ」というペンネームで随分読んでもらったものでした。

足が毛深いから黒タイツ。ラジオの前に齧り付き、大ファンである声の達人に10分も自分の作品を読んでもらっている時間、それはまさに至福の時でした。

読んでもらったのは、泥酔して他人のうちの庭で寝込んだ兄の話、毛深さに悩んで脱毛ワックスを使った話、エトセトラ。うれしかったな本当に。

漫画家になるのを夢見てデザインの学校に行き、絵の勉強こそすれ、小説も大して読まなかった私が何で今文筆の仕事を生業にできているのか、考えてみるとティーンエイジャーの頃、私はラジオで自然と文章修行をしていたのかもしれません。一月に一本は書いていましたから。

(中略)

 野沢那智は今はなき「薔薇座」の座長でした。で、当然芝居に関するエピソードが中心になってくると。それらは、今思うと赤面したくなるほどマバユイものでしたが、九州の田舎町で育ち文化的情報にもうとかった私の演劇への興味は、実はそんなところから育まれていったものだったのです。(中略)

*野沢那智さんはよく三茶で見かけるんだけど、どーしても声かけられないんだよね。恐れ多くて。みなさんにもいるでしょ。そんな人。

『永遠の10分遅刻』p138〜141

(追記)ところで、「この本」のラストに収録された、NHKラジオドラマ『祈りきれない夜の歌』の脚本を読んだのだが、たまげてしまった。松尾スズキって、天才なんじゃないか? 以下、今朝(2014/10/16)のツイートから。

松尾スズキ『永遠の10分遅刻』(ロッキング・オン)より、NHKラジオドラマ脚本『祈りきれない夜の歌』を読む。ラストで異様な感動を覚えた。これは凄いな。障碍児の出てくる話では『時には懺悔を』打海文三(角川文庫)に匹敵するデキだ。ネットでドラマ版も聴いた。ほぼそのまま放送されたんだ。

続き)『祈りきれない夜の歌』は、先月NHKで再放送のあった『君が僕の息子について教えてくれたこと』(11月24日午前10時から NHK総合で再々放送予定)に登場した『自閉症の僕が跳びはねる理由』を書いた東田直樹君とも密接に通じるものがある。

「このラジオドラマ」は、2001年3月3日に放送された。NHK名古屋放送局の制作。「ニコ動」にファイルがあって、ネット上でいまも聴くことができる。

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■佐々木昭一郎・著『創るということ』【増補新版】が、平安堂書店の新刊コーナーにあったので、びっくりして即購入した。2種類の旧版は以前から読んでみたかったのだが図書館にはなく、古本でも高値が付いていて入手困難だったのだ。

佐々木昭一郎氏も、最初はNHKで「ラジオドラマ」を作って認められた人だ。

■これも以前に書いたものだけれど、是枝裕和監督が、佐々木昭一郎の映像を初めて見た時のはなし。

『物語論 17人の創作者が語る物語が紡がれていく過程』木村俊介(講談社現代新書)に載っていた「是枝裕和」インタビュー(2012/12/30)

『紅い花』つげ義春・原作、佐々木昭一郎・演出(2013/01/06)

Respect 佐々木昭一郎
YouTube: Respect 佐々木昭一郎

■その、伝説の佐々木昭一郎が還ってきた。

20年ぶりの新作『ミンヨン 倍音の法則』が、先週土曜日から「岩波ホール」で公開されているのだ。

さらには、11月には「NHKBSプレミアム」で、佐々木昭一郎初期の代表作が一挙放送される! これは必見! 必録画だ。

「詳細パンフレット」 

■検索していたら、「日曜日はテレビを消せ」の「佐々木昭一郎アーカイブス」を見つけた。リンクが切れてしまっているものもあるが、これはすごく貴重な資料集だ。

それから、ホッタタカシさんのブログ「スローリィ・ステップの怠惰な冒険」の

佐々木昭一郎のテレビドラマ全作品解題・そして新作『ミンヨン 倍音の法則』 が、すばらしい。ものすごく力が入っている。

2014年10月 6日 (月)

小津安二郎記念・蓼科高原映画祭で『そして父になる』を観てきた

■昨日の日曜日、茅野市民会館で開催されていた「小津安二郎記念・蓼科高原映画祭」に今年も行ってきた。

『彼岸花』デジタル・リマスター版は、土曜日午前中の上映だったのでダメだったが、『そして父になる』をずっと見よう見ようと思いながら未だだったので、会場一杯の観客と共に大きなスクリーンで見ることができて幸せだった。

ただ、上映15分前に着いたら、入場を待つ人たちでいっぱい。最後列に並んでようやく場内に入ると、空いている席はステージ前の最前列正面のみで、仕方なくスクリーンを2時間見上げての鑑賞となった。

映画は、いい意味で「福山雅治」の魅力を世界に知らしめるための作品であり、それに見事に成功したのだと思った。後半まで、今回は泣かないぞと思っていたのに、福山が涙するシーンが横顔のアップで撮られているのを目にして、思わずいっしょにグッときてしまい、結局泣かされました。

それから、これは是枝監督の映画はみなそうなんだけれど、二人の対照的な子役の男の子がじつにいい演技をしているのだ。あと、リリー・フランキー&真木よう子家の3人の子供の中でも特に次男の子。これまた実に無邪気な子供らしさにあふれていて、スクリーンを見ながら思わず何度も微笑んでしまった。弁当屋の店先での場面とか、お風呂のシーンとか。

そしてリリー・フランキーさん。

ピエール瀧もちょこっと出ていて、正反対の映画『凶悪』を未だ見てなくてよかったな。

あと、音楽がよかった。今回は「ゴンチチ」じゃなくて、クラシックのピアノ曲。オリジナルの「絆」という曲がいい。それから、エンドロールで流れる、グレン・グールドのバッハ。優しいようでいて厳しく敬虔なピアノの響きが、映画を見終わった余韻と重なる。何かこう、ずっしりとくるのだ。

上映終了後、是枝裕和監督がステージに登場し、長野日報でいつもスルドイ映画評を書いている映画コラムニストの合木こずえさんが聞き手となって、30分間『そして父になる』の裏話をしてくれた。これまた面白かったな。あやふやな記憶でいけないが、思い出した話題を以下に挙げてみたい。(会話はニュアンスのみで、二人が正確にそう発言した訳ではありません)

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合木:まずは、福山さんのキレイなお顔が存分に拝める映画を作って頂き、感謝いたします。

是枝:いや、本当に美しいんですよ。特に、彼の横顔。ここぞという大切なシーンに彼の横顔をアップで使わせてもらいました。

合木:福山さんの一家が、リリーさん一家に会うために車で移動する時に挿入される風景のカットが素晴らしい。首都高を車がカーブして行く時の流れゆく防音壁を見ていて、主人公の気持ちと完全に同調してしまった。その後の、並んだ高圧送電線の風景とか…。

是枝:撮影監督の瀧本幹也さんは、元々はスチール・カメラマンで、トヨタのクルマのCMとかたくさん撮っている人なんです。あの風景のカットは、ものすごく時間をかけて撮っている。彼がクルマを撮ると違うんですよ。無機質じゃなくて暖かみがあるとでもいうか。

 あと、マンションの部屋の中にテント張って模擬キャンプするシーン。外からガラス越しに撮っている。あれ、素晴らしいですよね。

合木:尾野真千子さんが息子の慶太くんを迎えに行って電車で帰る、あの車内の母と子の二人のシーンも本当に素晴らしかったです。あれは、どうやって撮ったのですか?

是枝:じつは、あのテイクはNGだったんですよ。何度も撮り直して上手くいかなくて、暗くなってくるし。最後に撮ったのがこれ。セリフが終わらないうちに駅に着いちゃって、乗客が乗り降りする中でまだ撮ってたんです。撮影の瀧本さんが「NGだったけど、すごくよかったね!」って。結局、これが一番良くって。撮れたのはまったくの偶然だったんですよ。

合木:「琉晴くん」役の男の子。前から子役で出ていたのですか?

是枝:いやぁ、オーディションではまず真っ先に落とされる感じの子ですからねぇ。とにかく絶えず動いている。じっとしてない。いつも「なんで?」「なんで?」って訊いてくるんです。だから「あのシーン」では逆に、福山さんの前でいつもみたいに「なんで?なんで?」って、ずっと言ってればいいからねって撮ったんですよ。

合木:リリーさんが「スパイダーマンて、蜘蛛だって知ってる?」って子供に言うところ。あれは、リリーさんのアドリブですか?

是枝:いいえ、台詞にあるんです。ただ撮影に入る前、子供たちと仲良くなるためにリリーさんが「そう」話していたのが印象に残っていて、台詞に使いました。

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翌日の「長野日報」に載った記事。記者さんと同じ話を聞いていたのに、印象に残ったポイントがぜんぜん違うのが可笑しい。

 

■福山雅治「オールナイト・ニッポン 魂のラジオ 2013.12.14」ゲスト:是枝監督、リリー・フランキー を見つけた。『そして父になる』の裏話を3人が寛いだ雰囲気でしていて、すごく面白い。

福山雅治 魂のラジオ ゲスト:是枝 裕和 監督・リリーフランキー〔トーク部分のみ〕2013.12.14【転載・流用禁止】
YouTube: 福山雅治 魂のラジオ ゲスト:是枝 裕和 監督・リリーフランキー〔トーク部分のみ〕2013.12.14【転載・流用禁止】

■あと、宇多丸さんがラジオで『そして父になる』を激賞している。

宇多丸が映画『そして父になる』を語る
YouTube: 宇多丸が映画『そして父になる』を語る


2014年8月 6日 (水)

『母に欲す』→ 映画『ハッシュ!』と『ボーイズ・オン・ザ・ラン』(その2)

■芝居『母に欲す』に出演していた片岡礼子さんと、銀杏BOYZ・峯田和伸のことがもっと知りたくなって、TSUTAYAで映画のDVDを借りてきて見たんだ。『ハッシュ!』と『ボーイズ・オン・ザ・ラン』。どっちもすっごく面白かった。こんな映画が出ていたなんて、ぜんぜん知らなかったよ。

『ハッシュ!』は、仲良し男子2人組に女がひとり絡むという、フランス映画『冒険者たち』『突然炎のごとく』、藤田敏八監督作品『八月の濡れた砂』など、よくある青春映画のデフォルト設定(『そこのみにて光輝く』も、この設定のひねり版だった。)のようでいて、ところがどっこい、ぜんぜん違うぞというビックリ仰天の映画だった。

と言うのも、仲良し男子2人組(田辺誠一・高橋和也)は、ゲイの恋人同士で同棲しており、片岡礼子が演じるのは歯科技工士なのだが、30歳にしてすでに人生を諦め切っちゃったかのような刹那的で日々ただただ惰性で生きている孤独な女だからだ。これで彼女と彼らにどういう映画的接点ができるというのか?

そこがこの映画の見どころなワケです。

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■『母に欲す』では、田口トモロヲがいない夫婦の寝室で片岡礼子が一人ベッドに腰掛けタバコをふかす場面があった。『ハッシュ!』に彼女が初めて登場するシーンでもタバコを吸っていた。『母に欲す』で峯田和伸が暮らす東京のボロアパートとそっくり同じ汚い部屋で。彼女の圧倒的な孤独がにじみ出ていたな。

そういえば、高橋和也が勤めるペット・ショップの店長、斉藤洋介が密かに狙っている常連客の深浦加奈子さんは、宮沢章夫『ヒネミの商人』の片岡礼子の役を初演時に演じた女優さんだ。

映画の山場は、兄夫婦が上京して来て田辺誠一のマンションで一同が会するシーン。橋口亮輔監督は固定カメラによる異様な長回しで、まるで舞台中継かのように見せる。緊張感あふれる場面だ。片岡礼子がいい。対する秋野暢子も凄い。

秋野暢子が病院の公衆電話から田辺誠一に電話をかけるシーン。サンダルをぬいで裸足の角質化した踵を親指と人差し指でつまむ。妙に印象に残っているのだが、こういう中年女性の何気ない仕草に生活感がリアルに表れている。

家族会議で啖呵を切った秋野暢子だったが、彼女の主張した家族の絆、「家」を引き継いで行くことの重み、血のつながりを、秋野自身がいとも簡単に捨て去ってしまうことになる。皮肉なものだ。

人間はひとりでは生きてゆけない。

マイノリティのゲイ・コミュニティの中ではさらに、カップルを維持することは難しい。結局は一人で生きて行かねばならぬ宿命を高橋和也はイヤと言うほど感じている。年を取ればなおさらだ。ましてや自分の子孫を残すことなんて考えてみたこともなかった。喧嘩してすねた高橋和也が、冷蔵庫からでっかいハーゲンダッツのアイスクリームを出してきて、一人で抱えてスプーンでむしゃむしゃ食べるシーンが可笑しい。

しかし、田辺誠一は違った。優柔不断な彼は関係性を断ち切れない。それは彼の欠点ではあるのだが、逆に片岡礼子を受け入れる寛大さとなり、「新しい家族のかたち」を生み出す原動力となるのだった。

いや、凄い映画だな。

橋口亮輔監督は、リリー・フランキーが主演した『ぐるりのこと』で有名になった人だが、ぼくは『ハッシュ!』で初めて見た。他の作品もぜひ見てみたいぞ。

2014年7月31日 (木)

演劇『母に欲す』のこと。それから、映画『ハッシュ!』と『ボーイズ・オン・ザ・ラン』

■7月21日(月)の午後2時から、渋谷「パルコ劇場」で芝居を観た。三浦大輔、作・演出『母に欲す』だ。休憩時間を入れて3時間半近くもあったが、集中力が途切れることなくラストまで舞台に引き込まれた。

帰って来て、いてもたってもいられず、芝居通の山登くんに思わずメールしてしまった。

ご無沙汰してます。いとこ会があって久々に上京し、昨日は1日フリーだったので、パルコ劇場で三浦大輔『母に欲す』を観てきました。いやぁ、よかったです。マザコンだめだめ男が「おかあさ〜ん」って叫ぶ、ピュアーでストレートな母親賛歌で、今どきかえって新鮮な驚きと感動がありました。ラストで泣いてしまったよ。山登くん、もう観ましたか?

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■朝日新聞、扇田昭彦氏の劇評

■日本経済新聞に載った劇評

読売新聞の劇評

■演劇キック「観劇予報」の記事

■いつも勉強させていただいている、六号通り診療所長、石原先生の「母に欲す」劇評

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■舞台の幕が上がると、薄暗い六畳一間の安アパートの一室に主演の峯田和伸がパンツ一丁で客席に半ケツ出したまま寝ている。そのままずっと寝ている。動かない。ようやく起き上がったかと思ったら、スローモーションでも見ているような緩慢な動作で冷蔵庫を開けて水を飲む。もちろん無言のまま。付けっぱなしのラジオ(テレビ?)の音だけが小さく聞こえる。ここまでで既に15分近く経過。

まるで、太田省吾の転形劇場『水の駅』でも見ているかのように、観客はみな緊迫した空気の中で固唾を呑む。

■数十件は入っている、弟(池松壮亮)からの留守電は聞こうともせず、幼なじみからの電話で初めて母親の死を知り慌てふためく峯田。バッグ片手にアパートを飛び出し、上手へ消えたところで暗転。映画なら、ここでタイトルがばーんと出てテーマ曲が流れるんだけどな。そう思ったら、何とスクリーンに車窓から流れる風景が映し出され、真っ赤な字で(まるで東映映画みたいだ)本当に「母に欲す」と大きくタイトルが出たあと、出演者の名前が字幕で続いた。

おぉ! これにはたまげたな。

大音響で流れる大友良英さんの劇伴ギターが、疾走感びんびんで、これまためちゃくちゃカッコイイんだ。

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■とにかく、舞台装置がよくできていた。細かいところまでリアル。東北の実家の台所に、夕方の西日が差し込み、ヒグラシの鳴き声が聞こえている。弟の池松くんは、流しの向こうの窓を少し開け、タバコを吸う。静かに時間が過ぎゆく、こういうシーンが好きだ。

休憩をはさんで後半の幕が開くと、この台所にエプロン姿の「ニューかあちゃん」片岡礼子が立ち、夕食の準備をしている場面で始まる。片岡礼子さんは、3月に『ヒネミの商人』宮沢章夫作・演出に出ているのを観た。成金趣味の派手な義姉の役だった。それがどうだ。雰囲気が全然違う。彼女の大きな魅力である「眼」を黒縁メガネで封印し、地味な衣装で「母親」というより召使いか何かのように従順に振る舞い、田口トモロヲや池松壮亮の理不尽な言いがかりにもひたすら耐え忍ぶ。

何故彼女なのか? それが観ていてよく分からなかったので、先週末 TSUTAYAで彼女が出演した映画『ハッシュ!』を借りてきて見てみたんだ。面白かったなぁ。そして、三浦大輔氏が彼女を抜擢した理由が何となく理解できたような気がした。(この話はまた次回につづく予定)

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■この日の「パルコ劇場」の観客は、8割が女性だった。ただ、息子を持つ母親世代や年配の女性の姿は少なかったように思う。このお芝居に、ぼくは激しく心揺すぶられたわけだが、はたして、うら若き独身女性たちは観劇後どう思ったのだろうか? 判ってもらえたのだろうか? 息子の気持ち。

弟(池松壮亮)の彼女(土村芳)のように、母親の衣装をまとって彼氏の母親役をも受け入れる心の広さを、彼女らは持ってくれているのだろうか? さらには、男の子を産んで育てて「母親」になってみたいと思っただろうか? いや、どうかな?

そんな変なことばかり心配しながら、ぼくは渋谷の人混みをあとにした。

2014年7月19日 (土)

テレビドラマ『おやじの背中』(第一話)と『55歳のハローライフ』(最終話)

■日曜日の夜9時。そのむかし、TBSテレビは「東芝日曜劇場」というタイトルで単発ドラマを放映していた。池内淳子主演の「女と味噌汁」(平岩弓枝脚本、石井ふく子プロデューサー)はシリーズ化されていたし、北海道放送が製作した大滝秀治主演のドラマ(脚本は倉本聰)は出色の出来だったなぁ。

この時間枠は、最近『半沢直樹』で一気に注目を集めたワケだが、「半沢2」的ドラマ『ルーズベルトゲーム』が終わった後を受けて、10人の人気実力脚本家が「おやじの背中」というテーマで「単発ドラマ」を競作することになった。

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■その「第一話」が、この間の日曜日に放送された。脚本は、『最後から二番目の恋』『ちゅらさん』『おひさま』『泣くな、はらちゃん』を書いた、岡田惠和。主演は、父親役に「田村正和」。その娘に「松たか子」という布陣だ。

いやぁ、よかった。泣いてしまったよ。これは明らかに 小津安二郎監督『晩春』のリメイクを狙ったドラマだな。しかも田村正和と松たか子という役者を得て、あの笠智衆と結核と戦争で嫁に行き遅れた原節子の、品のある、不思議な距離感の父娘が、リアリティのある現代の父娘として、確かな説得力をもって見事に再生されていた。

『東京物語のリメイクならまず見る気がしないが、まさか『晩春』で来るとは。しかも大成功ではないか。うちは息子二人だから判らないけど、結局は娘を持つ父親の理想というか「叶わぬ願望」なんだろうな。

いや、驚いた。恐るべし! 岡田惠和

■ドラマのロケも北鎌倉で行われたのかと思ったら、なんと国分寺なんだって。武蔵野にはこんな景色が残っていたのか。

あと、松たか子と言えば「歌うシーン」だ。彼女が主演したミュージカル『もっと泣いてよフラッパー』は、松本市民芸術館まで観に行ってきたし、もちろん『アナ雪』も見たよ。

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■単発ドラマといえば、先週土曜日のよるNHKで『55歳からのハローライフ』(第5話)を見たんだ。これがまた本当に良かった。「イッセー尾形」主演。共演が「火野正平」。こちらには、アメリカ映画『真夜中のカーボーイ』を彷彿とさせるシーンがあった。やはり、泣いてしまった。最近めっきり涙腺が弱くなってしまったのだよ。

火野正平は、毎朝BSの『花子とアン』の後、7:45から自転車に乗っている姿を見慣れているので、山谷の簡易宿泊所で逆光のなか咳き込みながら座っている姿が、本物のホームレスそのものといった迫力の佇まいで圧倒された。その後登場する山谷「城北労働・福祉センター?」もリアルだったな。どうやって撮ったんだろう。

 

2013年10月24日 (木)

ユリイカ11月臨時増刊号『総特集 小津安二郎 生誕110年/没後50年』

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■『ユリイカ 総特集:小津安二郎』が面白い。1800円税別は確かに高いが、買って後悔はない。もう語ることなどないのかと思われていた小津だが、いやいやまだ新たな切り口はあるのだな。斉藤環の子供論、宮本明子のおじさん論、四方田犬彦の反小津論。それにやはり吉田喜重が何よりも読ませる。(昨日のツイートから)

 

■まず読んで面白いのは、何と言っても「梱包と野放し」と題された、蓮實重彦 × 青山真治 対談なのだが、蓮實氏が期待どおりの暴走と過激な発言を連発することで、昔からのファンが溜飲を下げるといった内輪受け狙いの内容に過ぎなかった。「デンマークの白熊」のことを知らなかった田中眞澄氏の挙げ足取りをして、嬉々として勝ち誇る蓮實氏の老化ぶりに、僕は正直落胆した。

 

蓮實:(前略)妙な理解はやめよう。とにかく小津を梱包しないこと、野放しにしなければいけないのです。その野放し状態の小津と、どう向き合えばよいのか。ヘルムート・ファルバーにはちゃんと向かい合い方を心得ていたのです。「変」なものを「変」だと指摘したまま、いわば放置しているからです。(p82)

 

そんなこと今さら言われたってねぇ、雑誌『リュミエール』や『監督小津安二郎』を読んで多大な影響を受けてしまったかつてのフォローワーは、困ってしまうではないですか。

 

ただ、『蓼科日記』に言及した部分で、小津が画用紙を切って作った「カード」を並べ替えながら、映画のシーンを組み建てていった事実に興味を持った。あれ? 似たような話を最近読んだばかりだぞ。そう思ったのだ。

思い出した。『演劇 vs. 映画』想田和弘(岩波書店)だ。ドキュメンタリー映画作家である想田和弘氏の映画編集の方法が「まさにそれ」だったのだ。面白いなあ。

 

■「総特集 小津安二郎」と掲げるからには、蓮實氏と対極にあった田中眞澄氏の業績にも触れなければなるまい。で、それはちゃんと載っていた。244ページだ。偉いぞ。

  「反語的振舞としての『小津安二郎全発言』」 浅利浩之

これは読み応えがあったな。

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