『ポップスで精神医学:大衆音楽を”診る”ための18の断章』(日本評論社)山登敬之、斉藤環、松本俊彦、井上祐紀、井原裕、春日武彦
■「この本」は面白かったな。さすが手練れの文章家揃いで、一気に読まされてしまったよ。
もちろん、勉強にもなる。それに、信じられないような「花形人気精神科医夢の共演企画」であり、それがピタリと決まって、予想以上に執筆者たちがお互いに対抗意識丸出しで、みな結構本気の真剣勝負に挑んでいるのだ。手を抜いて軽くいなしたような文章が一つもないことに驚く。
山登敬之氏の「はしがき」によると、この本は『こころの科学』164〜181号に連載された、6人の精神科医による「この病、この一曲 --- 大衆音楽を“診る”ための18の断章 」を編み直し、一冊にまとめたもので、
企画の趣旨は、精神科医は自分のこだわりのある病気をひとつ選び、同時にそれを語る際のテーマとなる一曲を選んで思いの丈をぶつけてみようというもの。
内容的には、斎藤環の言葉を借りていうと、「精神疾患の隠喩として大衆音楽をサンプルに」とる手法を用い、ふだん馴染みの薄い精神科の病気を一般向けに解説しようと考えた
のだそうだ。いやぁ、これは「企画」の勝利だね。
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【山登敬之】
・『天才バカボン』アニメ主題歌 →「発達障害」
・『少女』五輪真弓 →「摂食障害」
・『DESIRE --情熱 --』中持明菜 →「性同一性障害」
【斎藤環】
・『トランジスタラジオ』RCサクセション(忌野清志郎)→「中心気質者」
・『失恋記念日』石野真子 →「解離(離人症)」
・『友達なんていらない死ね』神聖かまってちゃん →「いじめ」
【松本俊彦】
・『ステップUP↑』岡村靖幸 →「薬物依存」
・『ま、いいや』クレイジー・ケン・バンド →「うつ病・自殺予防」
・『サヨナラ COLOR』スーパー・バター・ドック →「アルコール依存症」
【井上祐紀】
・『タンゴむりすんな!』TVドラマ「あばれはっちゃく」主題歌→「ADHD」
・『Get Wild』TM NETWORK(小室哲哉)→「乳児のこころの安全基地」
・『Something Jobim 〜光る道〜』祐生カオル →「PTSD/ネガティブ体験」
【井原裕】
・『遠野物語』あんべ光俊 →「対象喪失後も人生は続く」
・『ANAK(息子)』杉田二郎 →「マザコン:親不孝息子から母へ」
・『風』はしだのりひことシューベルツ →「北山修を定義する」
【春日武彦】
・『昆虫ロック』ゆらゆら帝国 →「統合失調症」
・『ケッペキにいさん』吉田美奈子 →「強迫症状」
・『逃ガサナイ』あざらし →「ストーカー」
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■さすが「あまのじゃく」な春日武彦氏だ。氏が選んだ「3曲」は、すべて聴いたことがなかった。取り上げられた18曲のうち、聴いたことがあるのは10曲。多いのか少ないのか、よく分からないけれど。
でも、便利な時代になったもので、聴いたことのない曲も、本を読みながら「YouTube」で検索して聴くことができた。斎藤環氏オススメの「神聖かまってちゃん」。名前は知っていたが、ちゃんと聴いたのは初めて。衝撃的だった。ただし、春日武彦氏が選んだ『逃ガサナイ』あざらし だけは、どうしても見つからなかった(^^;; 「ケッペキにいさん」も、吉田美奈子のオリジナルじゃなくて、サーカスのヴァージョン。それにしても「いい曲」じゃないか! 大瀧詠一&細野晴臣の楽曲を彷彿とさせる名曲だ。
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YouTube: CIRCUS Keppeki Niisan
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ちょっと興味深いことは、これらの文章が「どういう順番で」連載されたのか? ということだ。
この本では、前掲の【もくじ】のように同じ著者ごとに載っているが、連載時は6人が順番で執筆していったはずだ。『こころの科学』は定期購読していないので、連載時の同誌で僕が持っているのは2冊のみ。166号「赤ちゃんの精神保健」と、170号「いじめ再考」だ。見てみると、前者(連載第3回)には松本先生の「岡村靖幸」が、後者(連載第7回)には山登先生の「少女:五輪真弓」が載っていた。
ということは、やはり本に収録された順番で執筆されたのか?
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ただ、読みながら思ったことは、6人の執筆者がお互いの文章に影響されて、更なる「一篇」を編み出していることが手に取るように感じられたのだ。こういうのって、今までありそうでなかったよなぁ。
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■巻頭が『天才バカボン』とは、山登先生の初球変化球攻めにほくそ笑む。五輪真弓『少女』は想定内だったけれど、新宿二丁目の「おかま」たちが、中森明菜『デザイアー』(ぼくの大好きな曲だ!)と結びつくとは思いも寄らなかった。恐れ入りました。
驚いたのは、斎藤環先生の「忌野清志郎愛」だ。いつも冷静な氏からは想像も出来ないような直球ど真ん中の熱い文章だった。そしたら、続く松本俊彦先生の「岡村靖彦愛」も、ぜんぜん負けていない熱烈な文章でほんと感動した。ところが、同じく著者自身の個人的音楽体験に根ざした昔から愛聴してきたお気に入りミュージシャンを取り上げているのに、何故かよそよそしい井上祐紀先生の「小室哲哉論」が実に対称的で興味深かった。
井原裕先生の「北山修愛」も相当なものだぞ。ぼくも最近ウイニコットを勉強していて、北山修先生にはお世話になっているのでした。
『ANAK(息子)』は、杉田二郎ヴァージョンでなく、オリジナル「タガログ語」のシングル盤を持っている。先日テレビで中居正広クンが落ち込んだとき「この曲」を聴いて元気を出すと言っていて驚いた。『ポップスで精神医学』(日本評論社)p212を読んでいる。この本は、ほんと面白いなあ。 2015年12月19日・
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