2010年1月10日 (日)

『黄色い涙』永島慎二

昨日の夜、「嵐」の5人がそろって出演したドラマを家族全員で見た。
我が家の次男が、熱烈な「嵐」ファンで、いつしか家族全員が嵐ファンになってしまったからだ。それは、3年前から家族全員で中日ドラゴンズ・ファンになってしまった経緯とまったく同じ。彼の影響力は絶大なのだ。

昨年末、「おとうさんだけ忘年会がいっぱいあっていいな」って言うから、家族忘年会をしようということになり、初めて家族で近くのカラオケ・ボックスへ行った。寒い夜道を歩いてね。夕食後の寝る前の1時間(よる9時まで)がリミットと決めてあったから、彼は最初からエンジン全開で「嵐メドレー」を熱唱した。もうマイクをぜんぜん離さない。最初は遠慮していた長男も、後半は遅れまいと一緒になって盛り上がって歌った。おとうさんがマイクを握ったのは結局30秒くらいしかなかったな。瞬く間に過ぎ去った1時間、彼はぜんぜん歌い足りなくてこう言った。「おとうさん、楽しかったね。これから毎週来ようよ」


■昨年末のNHK紅白歌合戦はすごく面白かったな。それまで、大晦日は除夜の鐘が鳴り出すまで起きていることが出来なかった子供たちも、この日は珍しく眠くならずに最後まで画面を見入っていた。確かに、時代は「嵐」だった。「週刊文春」にも書いてあったが、ジャニーズ・トップの座が、SMAP から嵐へと移行した瞬間を目撃した、時代の証言者にでもなったような気分だった。そして、浜崎あゆみのバックバンドで何気によっちゃん(野村義男)がギターを弾いていたのも凄かった。ジャニーズ恐るべし!

で、昨日のドラマだが、正直たいしたことはなかった。メンバー5人の個性を生かせつつ、サスペンスとサプライズが用意してあり、脚本はなかなかによく考えられていたワケだが、それじゃぁドラマは面白くならないのだよ。はじめにキャストありきだからね。よくある「アイドル映画」といっしょ。


■そこで、映画『黄色い涙』なのだった。1週間前に TSUTAYA から借りてきたこのDVD。今日が返却日だったのだ。

伊那市の新型インフルエンザ集団予防接種から帰って、あわてて午後4時からこの映画を見た。本当は、原作の漫画が大好きだったから、おとうさんも嵐ファンになったついでに借りてきたのだが、そういう感覚で映画を見ると、やっぱり「嵐ファン」の目で映画を見ていて、映画の原作は向こうに押しやられてしまう。そのことが、この映画の悲劇だ。

映画としては、時代考証とかも凝っていてすっごく真面目に原作をリスペクトして作られているのに、観客は皆「嵐」のファンなのだよね。しかも、原作のマンガを知らない。そうして僕はというと、嵐のファンではあるのだが、やっぱり原作と、森本レオ主演のNHKドラマのイメージが強烈だったがために、この映画は最後までしっくりこなかった。嵐の5人に、森本レオや、下条アトム、岸辺シローを演じさせるのは無理だ。大野くんはまぁよかったが、岸辺シロー役の櫻井君は苦しかったな。「ハチクロ」はよかったのに。

ぼくは昔、永島慎二のマンガが大好きだった。特に『フーテン』。それから『若者たち』。映画の中で二宮くんが描いていた『かかしがきいたかえるのはなし』は、兄貴が買ってきた月刊誌「ガロ」のオリジナル掲載誌で読んでいる。今でも忘れられない漫画だ。

この『若者たち』が、NHK銀河小説で『黄色い涙』とタイトルも変わってドラマになった。脚本は、当時新進気鋭の脚本家だった市川森一。当時の画像は残っていないが、ドラマのオープニングを再現した画像が、YouTube にあった。これだ。


そうそう、小椋桂の主題歌だったっけ。当時、あれだけ大切にしていたはずの漫画本だったのに、いまは手元にない。何故だろう? そんなかんなを思い出しながらDVDを見たのだが、見ている間は「単なる嵐ファン」だった。アイドル映画としては失敗かな、そう思った。だって、松潤がほとんど出てこないんだもの。まぁ、原作は4人組で、嵐は5人だから仕方ないか。そして、原作大好き人間としては、漫画の内容を、ほとんど忘れてしまっていたことが一番ショックだったりする。


■「ぼのぼの」で有名な漫画家、いがらしみきお氏が熱烈な永島慎二ファンであることは、一部には有名な話だ。彼の自伝を連載しているブログには、何カ所かで永島慎二に言及している。例えば<ここ>とか、<ここ>とか。それから、嵐の映画『黄色い涙』を見た感想もあったぞ。<ここ>だ。


この漫画は特別なのだ。あと、例えば<こういう人>の発言もある。やまだ紫さん、亡くなっちゃったんだね。心して読んだ。

2010年1月 9日 (土)

『もののけ姫』と『神無き月十番目の夜』

■いま、テレビで宮崎駿監督作品『もののけ姫』をやっている。この映画を見るのは、「おっこと(乙事)」や「えぼし(烏帽子)」という名の地区がある、諏訪郡富士見町に住んでいた頃に、松本の映画館で観て以来のことだ。いま調べたら、1997年7月12日公開とあった。すごく面白かったのだが、ラストが不満だった。なんか中途半端で投げやりで、大風呂敷を広げるだけ広げといて、きちんと落とし前をつけなかったから。

何故そう思ったのかというと、この映画を観る前に、ほぼ同じ主題の小説『神無き月十番目の夜』飯嶋和一(河出書房新社)を読んでいたからだ。いま調べたら、この小説が発刊されたのが 1997年6月25日で、奇遇にも『もののけ姫』とほとんど同時期だった。当時、この小説と『もののけ姫』との類似性に触れた映画評はなかったと思う。

時代設定は微妙に違う。『もののけ姫』が室町時代末期、『神無き月十番目の夜』は徳川家康が江戸幕府を開く前年、慶長七年十月の出来事。舞台も、山陰地方と関東常陸と違うが、網野善彦の歴史観に大きく影響されているところが共通している。それから、アジールとしての「里山」と、そこに縄文の大昔から中世まで、人々から奉られてきた「土着の神」の存在。ここも同じ。

そこへ「近代」を象徴する専業武士(職業軍人)の軍隊が攻め入り、土着の神と民との共同体を殲滅する話。つまりは、時代の転換点を活写していることでは共通しているのだ。それなのに、小説『神無き月十番目の夜』には読後の圧倒的なカタルシス(かつ、圧倒的な虚無感)があったのに対して、映画『もののけ姫』には残念ながら「それ」はなかった。たぶんそれが不満だったのだ。


■ぼくは、とことん暗い「これでもか!」っていう話が好きなのだ。コーマック・マッカーシー『ブラッド・メリディアン』は、ようやく「第6章」まで読み終わった。まだ全体の 1/4。主人公の少年が、メキシコ・チワワ市の刑務所で、あのトードヴァィンやホールデン 判事と再会し、釈放されたところだ。これからいよいよインディアンの頭皮狩りが始まる。こういう(『神無き月十番目の夜』と同じく、読者に有無も言わせぬ)小説がぼくは好きなのだ。


■閑話休題。今日(昨日)は、今年初めての伊那中央病院救急部の当番日。前回と違って、救急車が1台も入らず、全体に閑な夜だったのだが、夜の8時半を過ぎてから子供が受診しだした。来るならもっと早く受診してよね。だって、聞けば「子供の熱」は今日の午前中からだったり、午後2時からだったりしてるのだ。だったら、日中に開業医を受診できたでしょうに。そう思っても、決して親御さんには直接は言わない。

午後9時までに2人診て、さて帰ろうかと救急部の廊下へ出たら、発熱の子供が受付していた。見て見ぬふりして帰る訳にもいかない。しかたなく第2診察室に戻って、看護師さんの問診が済むのを待つ。夜の9時20分を回っていた。診察が終わって、インフルエンザの迅速診断の結果を待ち、陰性を確認してから処方を打ち込み、親御さんに説明し終わって、さて、今度こそ帰ろうかと思って救急部の廊下へ出たら、デジャブーのように、新たな発熱の子供が受付していた。

でも、ここは心を鬼にして「その子」を無視し、救急口玄関を後にした。だっておいら、明日も午後2時まで診療があるのだよ。しかも、明後日の日曜日は、午前と午後の「まる一日」、伊那市保健センターで小学生に新型インフルエンザの集団予防接種に従事することになっているのだよ。ごめんね。

2010年1月 6日 (水)

『しきぶとんさん かけぶとんさん まくらさん』高野文子・作絵(こどものとも年少版2月号)

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■これは以前にも書いたことがあるが、当時、陸奥A子とか読んで喜んでいたぼくに、一条さゆりや倉多江美、それから、清原なつののことを教えてくれたのは、林竜介くんだった。そうして、椎名誠『さらば国分寺書店のオババ』と、高野文子『絶対安全剃刀』を、「おい北原、これ面白れぇぜ!」って薦めてくれたのが、山登敬之くんだったのだ。

あの頃、男子大学生の癖して月刊誌『りぼん』を定期購読していたぼくも、高野文子の漫画は見たことがなかったし、名前もぜんぜん知らなかった。だから、『絶対安全剃刀』を手にした時は本当にビックリしたな。「田辺のつる」とか、あと「玄関」。この人は絵が上手い! それに、小津安二郎の映画でも見ているようなローアングルの構図やカット割り。光と影の使い方も映画の「それ」だ。当時ぼくは全学の映画研究会に一応属していたからね、幽霊部員ではあったけど、映画にはうるさい。だから余計にたまげたのだ。この人すげ〜!

彼女が現役の看護婦さんだと知って、なおさら驚いたものだ。あれから30年経つが、高野文子さんの絵を見ると直ちに反応する体質は変わらない。北村薫のデビュー作も、表紙イラストが高野文子だと分かったから買った。すごく面白かった。結果大正解だったな。

そうは言っても、まさか福音館書店の月刊「こどものとも年少版」で、高野文子さんの新作が読めるとは思いもよらなかった。じつは、月刊「こどものとも年少版1月号」『いしゃがよい』さくらせかい(福音館書店)を買った時に、次号予告として『しきぶとんさん かけぶとんさん まくらさん』高野文子・作絵(こどものとも年少版2月号)が載っていたから、ビックリしたのだよ。

■ところで、『いしゃがよい』さくらせかい(こどものとも年少版1月号・福音館書店)は傑作だ。ぼくは凄く好き! 何回か声に出してテキストを読んでたら、ふと、劇団「自由劇場」の看板女優、吉田日出子の笑顔と声が思い浮かんだ。エンさんは体の弱いファンファンを自転車に乗せて医者がよい。エンさんは歌います。



このこだれのこ パンダのこ

やまのふもとで ないてたこ

エンファン エンファン

ふたりは とってもなかよしよ


『上海バンスキング』の舞台を思い浮かべながら、ヒロイン吉田日出子の気持ちになって『いしゃがよい』を歌うように読むと、なんかすっごく「しんみり」するのでした。こども向きというよりも、母親が読んで「じーん」とくる絵本ではあるな。

■蛇足ではあるけれど、高野文子さんが絵本を出したのは、「この本」がはじめてではありません。フェリシモからでたアンデルセンの絵本『火打ち箱』があるのです。この本で彼女は「絵」を描いているのではない。鋏を持って紙を切り刻み、ペーパー・クラフトに挑戦しているのだ。その潔さといったら! すっごいぜ!! これは傑作。

■ただ、『しきぶとんさん かけぶとんさん まくらさん』はかがくいひろし『まくらのせんにん さんぽみちの巻』の主人公たちと「キャラがかぶる」な。でも、そんなことぜんぜん危惧する必要はなかった。さすが高野文子。これはいい! シンプルな構図、シックな色使い。今までにない不思議な雰囲気の絵本なのだ。

「入眠導入絵本」には傑作本が多い。例えば、マーガレット・ワイズ・ブラウンの『おやすみなさいお月さま』。こどもたちは眠る前の儀式が必要なのだよ、入眠儀式が。そのための絵本。しかも、徹底して「和式」なのがいいな。ベッドじゃなくて、畳に敷き布団。


しきぶとんさん しきぶとんさん
あさまで ひとつ おたのみします

どうぞ わたしの おしっこが
よなかに でたがりませんように

まかせろ まかせろ おれに まかせろ

もしも おまえの おしっこが
よなかに さわぎそうに なったらば

まてまてまてよ あさまで まてよと
おれが なだめておいてやる


「まかせろ まかせろ おれに まかせろ」が繰り返されるのだが、これが気持ちいいのだ。なんかすごく安心する。きっと子供たちも「ぬくぬく」と暖まって、朝までぐっすり眠れるに違いない。

2010年1月 3日 (日)

今日聴いたCD、その他の話題。

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■正月休みは今日まで。午前中は診察室で一人のんびりとCDを聴いて過ごす。

最初に聴いたのは、『 30 ANOS 』Mercedes Sosa 。昨年10月に亡くなった、アルゼンチンの国民的大歌手(日本で言えば、美空ひばりだろうなぁ)メルセデス・ソーサが、歌手活動30周年を記念して 1993年に出したベスト盤。「Gracias A La Vida」とか「Alfonsina y el Mar」とか有名曲の目白押し。このCDはいつ聴いてもいいなぁ。元気がでる。今年もがんばろう!


■昨年死んじゃった大好きな歌手がもう一人いた。そう、ブロッサム・ディアリー。享年82。ぼくの母親とほとんど同い年。そう考えると、年取ってもずっとあの「カマトト・ボイス」はちょっとどうかな、とも思うが、でも、CDで声だけ聞いてる分には関係ないか。ブロッサム・ディアリーに関しては「今月のこの一曲」にも書いたことがある。ここで取り上げた『Give him the ooh la-la』は、LPでもCDでも持っているはずなのに、今日この話題にすることに決めてから、あちこち散々探したのに結局見つからなかった。だから、この写真に載ってない彼女のCDが、たぶんあと3枚はあるはずなのだが。


ヴァーヴから出ている若い頃の録音もいいが、英フォンタナ盤で、1966年と1967年の二度、ロンドンの「ロニー・スコット」でライヴ録音された2枚のCDや、彼女のオリジナル・レーベルから出た『My New Celebrity Is You』の中で一人弾き語りする 15曲目「ソング・フォー・ユー」が、これまたよい。


■長男の「書き初め」が完成したお昼過ぎ、高遠へ行って母の墓参り。正月に墓参りするのは、日本の「しきたり」的にはどうなのかは知らないけれど、まぁ喪中だからいいのか。昼飯は「蕎麦」にしようと決めていたので、帰りに河南小原の「兜庵」へ寄ったら未だ休業中。仕方なく伊那へ戻って、いつも贔屓の「こやぶ」へ。ここは大丈夫。今日も営業中だった。長男は「鴨かけそば」。次男と妻は「天ざる」。そしてぼくは、いつもの「大ざる」。いやぁ、旨かった。満足満足。


帰宅後一休みして、夕方から一人で「テルメ」へ。今年最初のランニング8キロ。ちょっとへばった。年末は以前からの計画通り、31日の早朝に家族4人で皇居を1周した。ぼくと長男は30分、妻と次男は40分弱でゴールした。天気も良かったし、それほど寒くはなかったから、走っていてすっごく気持ちよかった。前日の宿泊は「東京共済会館(KKRホテル東京)」。パレスホテルが建替え休業中なので、今はこのホテルが皇居周遊コースに一番近く、しかも年末割引プランで安かった。この次は、家族そろって2周完走だ。

元旦は、午前11時から上野鈴本演芸場。家族全員で贔屓にしている、太神楽の鏡味仙花さんが一人きりで登場し見事な「傘の芸」を披露してくれたのにはビックリ! 彼女が出ることは全然知らなかったのだ。来てよかったねぇと、皆でうなずく。仙花さん、客席中央に居たぼくらに気づいてくれたかな?


2010年1月 1日 (金)

2009年「読んだ本」ベスト10+α

喪中のため、新年のご挨拶はご遠慮させていただきます。


■ 2009年「読んだ本」ベスト10+α ■

<フィクション篇>

1)『光車よ、まわれ!』天沢退二郎・著(ピュアフル文庫・ジャイブ)
2)『ミレニアム2 上・下』スティーグ・ラーソン・著(早川書房)
3)『神器―軍艦「橿原」殺人事件 上・下』奥泉光・著(新潮社)
4)『粘膜蜥蜴』・『粘膜人間』飴村行・著(角川ホラー文庫)
5)『鬼の橋』・『えんの松原』伊藤遊・著(福音館書店)

6)『あの犬が好き』シャロン クリーチ・著、金原瑞人 ・訳(偕成社)
7)『みのたけの春』志水辰夫・著(集英社)
8)『おもいで』内田麟太郎・作、中野真典・絵(イースト・プレス)
9)『大きな大きな船』長谷川集平・作(ポプラ社)
10)『いそっぷのおはなし』木坂涼・再話、降矢なな・絵(グランまま社)

11)『ひみつのカレーライス』井上荒野・作、田中清代・絵(アリス館)
12)『みさき』内田麟太郎・作、沢田としき・絵(佼成出版社)
13)『トムとことり』パトリック・レンツ作(主婦の友社)
14)『しでむし』舘野鴻・著(偕成社)
15)『すみ鬼にげた』岩城範枝・作、松村公じ・絵(福音館書店)
16)『しきぶんとんさん、かけぶとんさん、まくらさん』高野文子・作絵(こどものとも年少版/2010/2月号)

<ノンフィクション篇>

1)『スペインの宇宙食』菊池成孔・著(小学館文庫)
2)『落語論』堀井憲一郎・著(講談社現代新書)
3)『支援から共生への道』田中康雄・著(慶應義塾大学出版会)
4)『この世でいちばん大事な「カネ」の話 』西原理恵子・著 (よりみちパン!セ / 理論社)
5)『どんとこい貧困!』湯浅誠・著 (よりみちパン!セ / 理論社)

6)『東京大学のアルバート・アイラー 東大ジャズ講義録・歴史篇&キーワード篇』菊池成孔&大谷能生(文春文庫)
7)『17歳のための世界と日本の見方』松岡正剛・著(春秋社)
8)『単純な脳、複雑な「私」』池谷裕二・著(朝日出版社)
9)『水曜日の神さま』角田光代・著
10)『とんぼの目玉』長谷川摂子・著
11)『LIFE なんでもない日、おめでとう! のごはん。』『LIFE 2』飯島奈美・著(ほぼ日刊イトイ新聞)
12)『33個めの石』森岡正博・著(春秋社)
13)『世界は分けてもわからない』福岡伸一・著(講談社現代新書)
14)『人はなぜツール・ド・フランスに魅せられるのか』土肥志穂(小学館文庫)
15)『13日間で「名文」を書けるようになる方法』高橋源一郎・著(朝日新聞社)


■個々のコメントは省略します。多くは以前に「このサイト」内で発言しているはずですので、ご参照ください。

2009年12月30日 (水)

『13日間で「名文」を書けるようになる方法』高橋源一郎(朝日新聞出版)

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■例年だと、「今年読んだ本、ベスト10」をアップする時期になったのだが、何かと忙しいので「その発表」は年越しということにしました。スミマセン。


今年読んだ本の傾向として、学生さんへの講義録をそのまま本に起こしたものが何冊もあって、それがどれも案外ハズレなく面白かったことがあげられる。その筆頭は、菊池成孔&大谷能生コンビの『東京大学のアルバート・アイラー 東大ジャズ講義録・歴史篇&キーワード篇』(文春文庫)なワケだが、他にも、セイゴー先生の『17歳のための世界と日本の見方』松岡正剛(春秋社)に、『カムイ伝講義』田中優子(小学館)、『単純な脳、複雑な「私」』池谷裕二(朝日出版社)、『それでも日本人は「戦争」を選んだ』加藤陽子(朝日出版社)など、けっこう出ているね。ポイントは「読んでわかりやすい」ということだ。

むかしの読書家は、難解な本を何冊も読み込んで、その教養の高さを誇ったものだが、バカなぼくらには、内田樹センセイを筆頭に、消化のよくない食べ物を母親が噛み砕いて赤ちゃんに与えてくれる人、みたいな「センセイ」が絶対的に必要なのだよ。いま、内田センセイの『日本辺境論』(新潮社新書)を読んでいるところなのだが、丸山眞男センセイの文章を、内田センセイに「翻訳」してもらわないと理解できない自分のバカさ加減が実に嘆かわしい。

でもそれは、決して恥じるべきことではないのではないか? バカはバカとして正直に認めちゃって、その道の専門家の先生に教えを請えばよいのだから。50歳を過ぎて、高校生や大学生と机を並べて講義を受けるのは恥ずかしいことではあるけれども、これらの本を読みながら、僕はすっごく刺激的で楽しかったな。勉強って、強制されるものではなくて、自分が知りたいことを幾つになっても求め続けることなんだよね。


■そうした「流行の講義本」の最新刊が、『13日間で「名文」を書けるようになる方法』高橋源一郎(朝日新聞出版)だ。後半はザックリ読んだだけなので何だが、この本もじつに面白かった。作家の高橋源一郎氏が、明治学院大学国際学部の木曜日第4時限に持っていた「言語表現法」全13回の講義を、季刊誌「トリッパー」誌上で連載再構成したものだ。

よくある「文章読本」のようなタイトルだが、決してそうではない。もっと深いのだ。人間はなぜ「文章」を書かねばならないのか? そういう問いに答えようとしている本、とでもいうか。先週の金曜日の夜、高遠町図書館からあまり期待せずに借りてきたのだが、いやいやグイグイ読まされた。

いい文章を書くためには、まず「いい文章」をいっぱい読まなければならない。そう、高橋源一郎教授はいう。

そうして、いきなり1回目の講義でスーザン・ソンタグの文章を紹介している。これが、講義を受ける学生さんはもちろん、本を読む読者に対しても強烈な先制パンチとなっているのだ。少し引用する。


若い読者へのアドバイス……
(これは、ずっと自分自身に言いきかせているアドバイスでもある)

 人の生き方はその人の心の傾注(アテンション)がいかに形成され、また歪められてきたかの軌跡です。注意力(アテンション)の形成は教育の、また文化そのものまごうこかたなきあらわれです。人はつねに成長します。注意力を増大させ高めるものは、人が異質なものごとに対して示す礼節です。新しい刺激を受けとめること、挑戦を受けることに一生懸命になってください。

 検閲を警戒すること。しかし忘れないこと ---- 社会においても個々人の生活においてももっとも強力で深層にひそむ検閲は、自己検閲です。

 本をたくさん読んでください。本には何か大きなもの、歓喜を呼び起こすもの、あるいは自分を深めてくれるものが詰まっています。その期待を持続すること。二度読む価値のない本は、読む価値はありません(ちなみに、これは映画についても言えることです)

(中略)


 自分自身について。あるいは自分が欲すること、必要とすること、失望していることについて考えるのは、なるべくしないこと。自分についてはまったく、または、少なくとももてる時間のうち半分は、考えないこと。


 動き回ってください。旅をすること。しばらくのあいだ、よその国に住むこと。けっして旅することをやめないこと。もしはるか遠くまで行くことができないなら、その場合は、自分自身を脱却できる場所により深く入り込んでいくこと。時間は消えていくものだとしても、場所はいつでもそこにあります。場所が時間の埋めあわせをしてくれます。(後略)

                                      2004年2月  スーザン・ソンタグ


この文章は、実にかっこいい! その後の講義でも、高橋センセイは次々と魅力的な文章を提示してくれる。『ゲド戦記』で名高いSF作家 ル・グィンの「左きき卒業式祝辞」も実に印象的な文章だった。高橋センセイが「この文章」を取り上げたのには実は深い訳がある。そのことは、第9講、第10講を読んでいただくと分かるようになっているので、ここでは「ネタバレ」はしない。

この第10講で取り上げられる文章は、驚くなかれ、「絵本の文章」なのだ。しかも、紹介されたその3冊は我が家にもあって、ぼくも大好きな絵本だ。それは、『トマトさん』『わにわにのおふろ』、そうして『めっきらもっきらどおんどん』長谷川摂子・作、降矢なな・絵(福音館書店)なのだった。「ことば」の力を、まざまざと見せつけられたような「この回」の講義は感動的ですらあるな。

■ぼくは当初、はじめのころから引用される学生さんの「作文」が、どれもこれもみな上手なので、こんなに文章が上手なら、高橋センセイの講義なんて受ける必要ないのに、と訝しく思った。もしかして、講義録と称して、高橋源一郎氏が学生の作文も全部自分で書いてバーチャル講義を創作した本なのではないか? そう疑ってしまったものだ。でも、第10講を読んで、その考えが間違いだと訂正するに至った。それから、第2講で、知る人ぞ知るジャズドラマー「ハン・ベニンク」の話が登場してビックリしたな。女子大生にハン・ベニンクに関して語っちゃうんだ。凄いな。


この本を読めば誰でも「名文」が書けるようになるとは決して思わないが、人間はなぜ文章を書くのか? いったい誰に向かって書くのか? ということを、改めて深く考えさせらる好著だと思う。オススメの一冊です。

2009年12月27日 (日)

映画『ミスト』フランク・ダラボン監督

今日の日曜日も、新型インフルエンザのワクチン接種。喘息の子の2回目と、1〜6歳児の積み残しで合計75人。午前9時から始めて午後3時で終了。今日は早く終わってよかった。BGMは、再発改訂盤『Free Soul』の2枚。


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■夜7時からは、伊那中央病院小児一次救急の当番。今日は子供が多かった。9時半まで12人診る。ほとんどが発熱。看護師さんが診察前にインフルエンザの迅速診断検査をしておいてくれたので、停滞なくスムーズに診療がすすんだ。でも、陽性に出たのは2人だけ。偶然、箕輪中部小学校1年生の同じクラスの子が4人発熱で受診した。3人は陰性だったが、全員限りなく怪しいな。


■このところ落ち着いて海外小説を読む気分になれず、読書は停滞中だ。夜は深夜にテレビばかり見ている。木曜日のイヴの晩は、フジTV系列で「とんねるず」の2人が、離婚したばかりの「爆笑問題」田中の家に押し入り、好き勝手する番組を見た。AI のサプライズには感動したな。soulfulで、実にいい声してる。金曜の夜は、小田和正の「クリスマスの約束」。こちらにも AI が出ていた。それにしても、よくもこれだけの売れっ子ミュージシャンを何日も拘束して練習したね。メドレー凄かったな。泣いちゃったよ。やっぱり、小田さんが「いま」の流行り歌を歌う企画より、「本人」が歌ったほうがいいよね。


■今夜はいま、NHKで「サラリーマン・NEO 冬スペシャル」を見ているところだが、昨日の晩はなに見てたっけ? そうそう、松本人志の「すべらない話」を見て、NHK-HV で「週刊ブックレビュー」の年末特集を見た。そのあと、TSUTAYA から借りてきたDVDを見たんだ。スティーヴン・キング原作、フランク・ダラボン監督『ミスト』だ。TSUTAYA では今「旧作100円」キャンペーン中で、準新作が半額になるレシートももらってあったから、あと、クリント・イーストウッドの『グラン・トリノ』も借りた。


で、『ミスト』を再生して見始めたら途中で止められなくなってしまい、結局ラストシーンの後もエンドロール終了後にサプライズ映像があるんじゃないかと(結局なかったが)じっと見続けたら午前3時を回っていた。今日一日、眠かったワケだ。賛否両論の映画として話題になったけど、結論から言うと、ぼくは否定派だ。

スティーヴン・キングの中篇「霧」が収録された『闇の展覧会(1)』(ハヤカワ文庫)を読んだのは、20数年前だ。ちょうど飯山日赤の小児科一人医長だった頃のことで、しんしんと雪が降る深夜に読了した記憶がある。これは傑作だと思った。たしか「この小説」は、キングの(扶桑社文庫)版にも収録されているが、ラストを含めて少し違っているとのことだった。そのストーリーの大方を忘れてしまったが、霧深いハイウェーをメイン州から車で南へ南へと、ひたすら南下する主人公たちは、決して「希望」を捨ててはいなかったと記憶している。結果は知らないけどね。

ところがどうだ! これはないんじゃないの! ダメだよ、この映画。スティーヴン・キング原作、フランク・ダラボン監督作品では、『ショーシャンクの空に』を封切り映画館で観ている。今はなき「松本中劇シネサロン」でだ。原作は既に読んでいた。『刑務所のリタ・ヘイワース』。これは映画の勝ちだな、そう思った。

次の、トム・ハンクス主演『グリーン・マイル』はテレビで見た。やはり原作は読了済み。これは「原作」の勝ちかな、そう思った。


で、『ミスト』だ。監督のフランク・ダラボンが、原作『霧』に入れ込んでいる気持ちはよく分かった。でも、この映画のラストは、原作とぜんぜん違うじゃん。しかも、この映画の売りが「ラスト15分」にあることが、キング・ファンのぼくには納得いかない。原作者のキングは、小説のラストは別にどうでもよかったはずなのに、この映画は、原作の気品を台無しにしている。主題がぜんぜん違うじゃん。ぼくは嫌だな、この映画のラストは。


コーマック・マッカーシーの『ザ・ロード』を読み始めた時、ぼくは思った。この父と息子の物語は、南へと向かう、キングの『霧』の親子の物語の「続き」に違いないと。確かに、そこには「希望」はない。でも、父と子は、こうでなくっちゃいけないよ。そうでしょ。いま、問題のラストシーンを再生し直しているところだが、確かに、あの「短髪の母親」が画面に一瞬だけ映っていた。なんで? なんでそうなるの? フランク・ダラボンは、世の中の不条理を映画にしたかったのか? 

ぼくには、どうしても納得がいかない。

2009年12月25日 (金)

『ブラッド・メリディアン』コーマック・マッカーシー(早川書房)読み始める

■小説『闇の奥』のはなしは、まだまだ続いているのだった。

「荒野(ウィルダネス)」と言えば、現代アメリカ文学を代表する作家、コーマック・マッカーシーが長年追い求めてきた重要なテーマだ。その彼の最高傑作とかねてから噂されていた『ブラッド・メリディアン』(血の子午線)の翻訳本が、知らないうちに早川書房から発刊されていた。これは直ちに読まねば! ぼくは焦って「いなっせ」西澤書店へと走った。新刊棚にひっそりと1冊だけ「その本」はあったよ。


ちょうど今年1年間の医師会理事会交通費が現金で支給されたばかりだったので、「えぃっ、やっ!」と、思い切って購入した。ところで、最近の図書購入のぼくの基準はというと、原則ハードカバーの小説は買わずに「図書館から借りて読む」なのだった。あの『ミレニアム1』『ミレニアム2』も、じつは南箕輪村図書館から借りてきて読んだ。ごめんなさい、早川さん。訳者さん。『ミレニアム3上・下』も、南箕輪村図書館から借りてきて読み始めたのだが、ちょうど母が危篤の時で、無念ながら未読のまま返却し、10月に西澤書店でちゃんと購入した。でも「自分の本」になっちゃうと、安心してしまって読まなくなっちゃうから不思議だ。


■先日から、ウィンズロウ『犬の力・上』を読み始めたところだったのだが、それどころじゃない、というワケで、『ブラッド・メリディアン』。主人公の少年は、1833年の生まれだ。これはある種、象徴的だな。ジョン・ミューアが、1838年4月2l日生まれ。『闇の奥』の作者コンラッドは、1857年12月3日の生まれ。みな同時代人だ。アメリカでも、リアルな「荒野」はこの時代にしか存在しないのだ。アラスカを除けば。(つづくかも)


2009年12月23日 (水)

祝日に、粛々と新型インフルエンザのワクチン接種

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■今日は天皇誕生日で休みだったが、朝8時半から夕方6時半まで(昼休み1時間あり)1歳〜就学前の6歳児への新型インフルエンザワクチンの接種をまる一日行った。当初 138人の予約が入っていたが、来院時に熱があって接種中止になった子や、突発性発疹で昨日解熱したばかりの子、一昨日から父親がインフルエンザで寝込んでいる家の兄弟とかも接種を中止したし、当日キャンセルの電話をしてきた親や、予約時間になっても来ない家とかもあって、結局全部で 122人に接種。さすがに疲れたな。

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■今シーズンは、すでに季節性インフルエンザのワクチンを2回接種済みの子供が多いので、診察室に入ってくる前から大泣きして暴れる子も散見される。まさにそんな感じだった3歳の女の子に、ぼくはこう言った。「今日の注射がんばらないと、サンタさん、来てくれないよ!」そしたら、彼女はすまして言った。「サンタさん、今朝もう来たもん!」 そっかぁ、サンタさんにも都合があって、2日も早くサンタクロースが来てくれたんだね。女の子を膝に乗せた母親は苦笑いしていた。

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■それからもう一つ笑ったのは、看護婦さんが母親に「(こどもの)左の腕を捲って下さい」と言うべきところを、看護婦さんも疲れてきていたのか「左手をあげて下さい」と言ったものだから、そのお母さん、不思議な顔をして「ハイ」って、自分の左手を挙げた。なんか、授業参観で自信なさげに「先生、私に当てないでね」という感じの手の挙げ方だった。これには大笑い。おかあさん、笑ってごめんね(^^;;;


■まる一日、単純作業の連続だったので、BGMがないと耐えられなかった。そこで今日流したBGMはご覧のCDたち。ぼくだけの好みで流すワケにはいかないので、看護婦さんの趣味とかも考慮に入れてるワケです。それなりに気をつかっているのですよ。でもまぁ、ぼく自身も、新しい歌を取り込まないといけないしね。それにしても、絢香って、うた上手いなぁ。それから、山下達郎のケンタッキー・フライドチキン非売品おまけCDは、7年前に「ブックオフ」で100円で購入した。ナット・キング・コールの歌声で有名な「ザ・クリスマス・ソング」を、竹内まりやが歌っているのだが、これが実に上手いんだ。達郎さんは、ジェイムス・テイラーも収録している「Have Yourself A Merry Little Christmas」を歌っている。これまたいい。

「ケンタッキー」と竹内まりやは、切っても切れない縁で結ばれていて、「このCD」には収録されてないが、「竹内まりやベストCD」には必ず入っている「すてきなホリディ」も、忘れがたい名曲だな。


2009年12月20日 (日)

パパズ絵本ライヴ(その61)諏訪市親子文庫(諏訪市図書館)

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■今日は、午前11時から諏訪市立図書館2F視聴覚室にて「伊那のパパズ、絵本ライヴ」。主催は諏訪市親子文庫のみなさん。お世話になりました。ありがとうございました。今回は恒例の「クリスマス・スペシャル・コスチューム」での登場。しかし、4年越しの「サンタの衣装」は、あちこちほころびている。穴も開きそうだ。写真は、赤鼻のトナカイの衣装を着た倉科パパ。他のメンバー4人が「サンタの衣装」。写真はなしでしたが、諏訪市図書館司書の茅野さんが写真を送ってくれましたよ。

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<本日の出しもの>

1)『はじめまして』
2)『ぼくのかわいくないいもうと』 → 伊東
3)『クリスマスのふしぎなはこ』 → 北原


4)『もりもりくまさん』長野ヒデ子・作、スズキ・コージ絵(すずき出版)
5)『かごからとびだした』(アリス館)


6)『むかしむかしとらとねこは』 大島英太郎・作(福音館書店) → 坂本
7)『まくらのせんにん さんぽみちの巻』 かがくいひろし( 佼成出版社) → 宮脇


8)『いろいろおんせん』 増田裕子・作、長谷川義史・絵
9)『ねこのおいしゃさん』 増田裕子・作、あべ弘士・絵


10) 『クリスマスにはおひげがいっぱい!?』
→ 倉科

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11) 『ふうせん』(アリス館)
12) 『世界じゅうのこどもたちが』(講談社)

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