2018年6月18日 (月)

若い人たちの力は凄いな! 木ノ下歌舞伎『三番叟/娘道成寺』を観て思ったことなど

■昨日、まつもと市民芸術館小ホールで「木ノ下歌舞伎」舞踊公演『三番叟(SAMBASO )・娘道成寺』を観てきた。素晴らしかった。圧倒された。演劇は「ことば」よりまず「身体」の表現なのだ。

2年前に同じ劇場で観た『勧進帳』で、初めて木ノ下歌舞伎を知ったのだが、いやいや凄い演劇集団だな。


YouTube: 信州・まつもと大歌舞伎関連公演/木ノ下歌舞伎 舞踊公演/主宰:木ノ下さんコメント

■「娘道成寺」。指の爪の先まで神経が行き届いて完璧にコントロールされていた。無駄な動作が全くなかった。そして、なんと美しい筋肉であることよ! 60分間、長唄(これは生演奏ではなくて録音だった)の伴奏に耳を傾けつつ、たった一人で踊る。60分間も、一人だけで、観客を厭きさせることなくステージを務めることなんて、本当にできるのか?

ところが! 出来たんだね、これが。観客は、その一瞬一瞬を見逃すまいと、最後まで舞台上の小さなダンサーの一挙手一投足に注目し続けたのだ。正直、たいへんな緊張感だった。だって終演後、どっと疲れたもの。

彼女が舞台に登場した当初は、まるで転形劇場『水の駅』の役者さんみたいに、超スローモーションでほとんど動かない。一重で細長のダンサーの眼は、じっと正面を見つめ動かない。ああ、和的な顔だ。どことなく、安藤サクラに似ている。そう思った。

BGMで流される「長唄」。一生懸命その意味を理解しようと聴いたのだけれど、ほとんど意味不明だった。次々と「花」が語られたかと思ったら、いきなり「山」の話題に変わる。どこが「娘道成寺」なんだ!

■でも舞台後半、フランス人形のドレスみたいな真っ赤な衣装が、まるでトイレットペーパーみたいに舞台下手から巻き取られる。残ったのは、銀色のテカテカ光沢も艶めかしい爬虫類の皮膚の衣装だ。そう、彼女は大蛇に変身したんだね。

しかし、これから怨念のパワー爆発ダンスが始まるかと思ったら、そうじゃなかったんだよ。彼女の背中から上腕に伸びる筋肉。その、うねるような動きは、間違いなく「へび」だ。そう、楳図かずお『へび少女』の動作。でも、不思議と激しくはない。怒りとか怨みとか、そうじゃあないんだ。

「かなしみ」かな。バカな男にだまされ、それでもついて行って、最後にまた裏切られる。その感情は、たぶん怒りよりも悲しみ(哀しみ)だったのだ。ああ、もう一度見てみたい。

■きたまりさんは、てっきり「モダン・ダンサー」なのだとばかり思っていたのだが、いろいろ検索してみたら、彼女は「山海塾」岩下徹さんに師事したこともあったのだ。なるほどそうか! だから「和」なんだ。土方巽、田中泯、山海塾、大駱駝鑑。たぶん、彼女の踊りには脈々と続いてきた「舞踏」の伝統があったのか。

それにしても、圧倒的な踊りだった。

作家で歌舞伎にも詳しい松井今朝子さんの評がよいな。

ぼくの右側、通路を挟んで2メートルちょっとしか離れていない席で、中村七之助さんが彼女の舞台を涼よかな風情で微動だにせず観ていたが、彼はいったい、どう感じたのだろうか? すっごく興味深いぞ。 (まだまだ続く)

■演じられた順番は逆になってしまったが「三番叟(さんばそう)」も凄かった!

こちらの演目も何度目かの再演だそうだが、演者3人(ダンサー)・音楽・振付・衣装・演出、すべてが刷新されていた。前回演じられた写真を見ると、応援団の学ランを着た男性3人が手に白いボンボンを持っている。大きなダルマを持った写真もあった。

今回は、舞台上にサッカーかバスケットボール試合会場の「ロッカールーム」が設置されていて、演者の3人は客席後方から「おめでとうございます! おめでとうございます!」と笑顔を振りまきながら登場する。私服の大学生たちといった風情だ。

彼らが舞台に上がると、それぞれ徐に着替え始める。サッカー・ワールドカップ「サムライ・ブルー」を思わせる鮮やかな青のユニフォーム。着替え終わった彼らは、ベンチに座って真っ赤なナイキのシューズを履き、ゆっくりと靴紐を結ぶ。

舞台が暗転すると、スピーカーから地響きの如きダンス・ビートが「ズンズン」鳴り響く。まるで、渋谷あたりの「クラブ」に紛れ込んでしまったかのようだ(行ったことないけど)。

まず最初に踊る(舞う)のは「翁」役の坂口涼太郎くんだ。2年前のこの同じステージで観た『勧進帳』で、富樫左衛門を快演(怪演)した彼ではないか! 舞台俳優なのに踊れるのか? 踊れた!

強烈なビートに乗せて、坂口君は低音で唸るように意味不明の呪文を発する。不気味だ。次に登場したのが内海正考。ヒョロリと背が高く、手足が異様に長い。どことなくアンガールズ田中を思わせる。ところが、身体反応は素晴らしい。キレキレのダンスを披露してくれた。

そして最後に登場したのが北尾亘。3人の中で一番小さい彼が、最もダイナミックなダンスを演じた。ああ、彼が振付師だったんだな。「GOD」と書かれた黒いキャップを被り、手には鈴を持っている。

3人が踊り終わると、音楽が不意に止む。静寂。呆気にとられ、ちょっと置いてけぼりを食った観客の気分を代弁する演者たち。「なんか、ぜんぜん伝わってないんじゃね?」

怒った坂口君。この責任の全ては、振付師の北尾亘にあるとばかり、突然北尾の頭をピシャリと叩く。じつにいい音がした。吉本興業のベテラン漫才師でも、これほどの絶妙のタイミングで、ツッコミがボケを叩くことはなかなかにできないぞ。

さて、仕切り直し。演者たちが客席後方の音響担当者に向かって「あれ、いってよ!」と要求。新たなビートが鳴り出すと、今度はマイク片手にラップで語り出す。いつしか青色の上着を脱ぎ捨てた3人。白のアンダーウエアーの背中には「GOD」の黒い文字。

その3人が並ぶと、背丈が「大・中・小」だ。なんだかそれだけで「松竹梅」的にお目出度い。その「大中小」が同時に同じ振付で踊り出す。おおぉっ! 凄いな。完璧にシンクロしている。どれだけ練習したんだ。見ていてとにかく気持ちがいい! 踊りはどんどん盛り上がり、熱狂的なダンスが次々と繰り出される。EXILEの、縦に並んでグルグル回るヤツまで披露された。

いつしか客席右前方から手拍子が始まる。まるで、リオのカーニバル会場みたいな祝祭空間になっていたよ。ビートはサンバじゃなかったけれど、三番叟(さんばそう)だからな。

 

2018年5月14日 (月)

最近書いた文章(その3)『犬の目』

「犬の目」(長野医報 2018年3月号「我が家のアイドル」より)

 

 いぬは わるい めつきはしない

 

 これは、子供の詩集『たいようのおなら』灰谷健次郎・編(のら書店)21ページに載っている、さくだ みほちゃん(6歳)の「いぬ」というタイトルの詩です。なんか、圧倒されますよね。こう自信を持って断定されると、思わず納得してしまうから不思議です。では、みほちゃんが「目付きが悪い」と思っている動物は何だったのでしょう? 昔話や絵本に登場する悪者と言えばキツネとタヌキでしょうか。どの絵本にも、残忍で狡賢い眼が必ず描かれています。

 タヌキもキツネも、イヌとは遺伝子の多くが一致しているはずなのに「目付き」はなぜ違う印象になるのでしょうか? それは、イヌにだけ「白目」があるからです。

 白目は眼球の強膜の部分です。動物の目にも当然強膜はあるのですが、眼裂が丸いので外からはほとんど見えない(もしくは周囲の皮膚と同色で目立たない)ようにできています。それは、ライオンに狙われたシマウマが、逃げる方向を決して敵に悟られないようにするためです。弱肉強食の生存競争激しいサバンナでは、追う肉食獣も逃げる草食動物も、相手に自分が見ている方向が分かってしまっては決して生き残れないのです。

 ところが、ヒトは眼裂が横長なので白目がよく見えます。しかも白と黒のコントラストが鮮明で、見ている方向が一瞬にして相手に分かります。同じ類人猿でも、チンパンジーやオランウータンには白目はありません。ゴリラはよっぽど横を見れば辛うじて白目が見える。それなのに何故ヒトだけ白目が目立つのでしょうか?

 

 アイコンタクトは、言葉と並んでヒトの重要なコミュニケーション・ツールです。生後3ヵ月の赤ちゃんは、おかあさんの目をじっと見つめ「アー」とか「クー」と声を出して呼びかけます。すると母親も赤ちゃんの目を見つめ「アー、クー」と同じように返事をします。これがコミュニケーションの始まりですね。6ヵ月になると、母親が見ているものに視線を合わせるようになります。この視線追従を「共同注意 Joint attention」と言います。

さらに1歳前後になると「指さし」を始めます。赤ちゃんが指差す方向にあるものを見た母親は「○○ちゃん、それはワンワよ、ワンワ」と返します。こうして赤ちゃんの中に言葉がどんどん蓄積されていくのです。言葉が出ない自閉症の子供は「指さし」をしません。また、対面した時に決して視線を合わせようとはしません。

 ところがイヌとオオカミは、視線を交わし、相手の視線の先にある目標物を共有することができます(共同注意)。なぜなら、イヌにもオオカミにも「白目」があるからです。

 2002年のサイエンス誌に載った Hare氏らの論文によると、コップを2つ離して置いて、実験者(ヒト)が片方を指差した時、その正しいコップを選ぶかどうかイヌとチンパンジーとで比較検討したところ、チンパンジーの正答率が60%くらいしかなかったのに対して、イヌは80%近く正解しました。これは飼い犬、野生犬で差はなく、イヌの年齢にも関係はありませんでした。しかも、イヌの祖先あるオオカミの正答率は60%弱しかなかったのです。つまり、ヒトの家畜となって何世代も経つ中で、オオカミからイヌに進化した時点で初めて、この能力は遺伝的に記憶されたのですね。

 じつは、イヌはチンパンジーよりもヒトに近いコミュニケーション能力を持っていたのです。驚きです。こうしたイヌの能力は、実際にイヌを飼ってみると直ちに実感できます。天ぷらを揚げていた妻の手に油が飛んで「熱い!」と声を上げた瞬間、それまでソファーで熟睡していた我が家の愛犬は、ふいに頭を上げ直ちに台所へ掛け寄り「おかあさん、大丈夫?」と心配そうに妻を見上げます。ぼくは知らんぷりでテレビを見ているというのにね。これは、親愛なる者へのエンパシー(共感力)、相手の痛みを共に感じることができる能力なのです。

 それからイヌの「白目」。これも実際に飼って初めて知ることができました。イヌは熟睡すると、目が半開きになり白目に反転します。レム睡眠中なのか、上下左右にグリグリ眼球が動き、ちょっと気持ち悪いです。あと、おやつを取り出し伏せの状態で待たせると、イヌは上目遣いで白目を出し切なそうにぼくを見つめ「よし!」の一言を待つのです。これはプロのトレーナーの間では「クジラ目」と言われている仕草なのだそうで、イヌが困ったときに「お願い」「助けて」と、飼い主に共感を請う表情なのです。白目を有効に使うすべを、イヌは確かに知っているのですね。

 

 イヌのしつけに関する本には、イヌはオオカミの群れの上下関係で飼い主家族内の優劣・順位を決めると書いてあります。我が家でも、群れのリーダーは妻で、次いで長男→イヌ→ぼく→次男という順位になっています。毎朝30分も散歩に付き合い、エサもあげているというのに、ぼくは低位に甘んじています。じつに理不尽です。

 最近の研究によると、イヌと飼い主の関係は、人間の親子関係の「愛着」と同じように形成されるのだそうです。麻布大学獣医学部教授の菊水健史先生は、愛着ホルモンとも呼ばれる「オキシトシン」を実験の中で測定したところ、イヌの飼い主に向けた視線は飼い主のオキシトシン分泌を促進し、飼い主が愛情深く応答することでイヌのオキシトシン分泌も促進することを明らかにしました。また、イヌにオキシトシンを投与した実験では、イヌの飼い主への注視行動が増加し、それに伴って飼い主のオキシトシン分泌が増えました。オオカミにはこのような視線とオキシトシンの関連はみられません。

 イヌは進化の過程で人間の母子関係と同様の視線とオキシトシン神経系を介した愛着のポジティブ・ループを獲得し、飼い主への情愛と共感力を持つことができるようになったのです。こうして、ヒトとイヌは単なる家畜の関係を超えて、家族として相棒(バディ)として互いに掛け替えのない関係を築いたのです。

 

 ところで、落語の演目に『犬の目』という噺があります。眼病を患った男が、ヘボンの弟子のシャボンと名乗る目医者を訪ねます。医者は男の両眼をくり抜き皿の薬液に漬けます。ところが目玉がふやけてしまって男の眼窩に入りません。仕方なく目玉を日干しすると、隣の犬が食べてしまいました。困った目医者は、その犬の目玉をくり抜き患者に移植するという、何ともシュールで奇想天外な噺です。他にも『元犬』とか、桂枝雀の『鴻池の犬』それに『くしゃみ講釈』で犬糞を踏む場面など、落語には犬が登場する噺が案外多いのですね。

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(写真)我が家のアイドル「れおん」6歳オス。シーズーとトイプードルのミックス犬。

 おあとがよろしいようで。

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■追記■

今年の日本小児科学会は福岡で開催されました。小児科専門医の点数を取るために、すみません休診にして参加して来ました。ただ、専門医制度が厳しくなって参加しただけではダメで、教育講演をいっぱい聴かないと点数(1講演:1点)がもらえなくなったので、会場は大混雑で大変でした。そんな訳で、聴きたかった講演・シンポジウムをずいぶん諦めざろう得ませんでした。

でも、4月21日(土)に大ホールで行われた「特別講演」は無事聴くことが出来ました(点数にならない講演だったので)

演者は、畑正憲氏。御年83歳。あの見慣れたフレームの眼鏡をかけ、ニコニコと登場。

「ぼくはね、犬に噛まれたことが一度もないんですよ。人に噛みつくと評判の犬でもね、ぼくがヨシヨシと撫でてあげると噛まない。それは何故かというと、ぼくのからだから愛情ホルモンである『オキシトシン』が周囲の空気中に溢れ出して、それを犬が嗅ぎ取って安心するんじゃないかと思ってるんです。

それを科学的に実証したいと思って、実験装置の設計図を作り上げたんですけれど、ムツゴロウさん、この機械を作るには何千万円もかかりますよって言われてしまって諦めたんですけれどね

https://www.sankei.com/premium/news/170924/prm1709240005-n1.html 

2018年5月13日 (日)

最近書いた文章(その2)

■長野医報3月号特集「我が家のアイドル」の「苦しまぎれ招請文」
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 3月号の特集テーマは「我が家のアイドル」です。このタイトルから皆さんがイメージするのは何でしょうか?

 先日テレビを見ていたら、NHK総合『所さん!大変ですよ』という番組に、お茶の間でワニを飼うおじいさんが登場しました。ミニチュアサイズのワニではありませんよ。体長2m10cm、体重46kg、推定年齢35歳。そのカイマン君と枕を並べてお昼寝するおじいさん。34年前から毎日こうしてきたのだそうです。でも彼の食費は月5000円ほど。案外安いんですね。月に2回、鶏肉や鯉を与えるだけでOKなんだと。リードを付けてお散歩もします。近所の保育園では、子供たちのアイドルなんです。

Man living with 2 meter alligator 巨大ワニと暮らす男(NHC0014)
YouTube: Man living with 2 meter alligator 巨大ワニと暮らす男(NHC0014)




 ちょっと極端なアイドル愛好家を紹介してしまいましたが、いや「普通のはなし」でいいんです。目の中に入れても痛くない、可愛い娘さん、お孫さんの笑顔。それから、愛犬・愛猫がご主人様に甘えてくる仕草。そんなスナップ写真もぜひ添付して「我が家のアイドル」をご投稿下さい。どうぞよろしくお願いいたします。

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長野医報3月号特集「我が家のアイドル」の「前文」

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 平成30年の今年は「戌年」です。我が家にも犬がいます。シーズーとトイプードルのミックス犬(5歳オス)で、実物はほんと可愛いのに、なぜか写真映りが悪いのが残念です。犬は本当に不思議な動物です。自らは言葉をしゃべれないのだけれど、明らかに人間の言葉を理解して行動している。飼い主の気持ちに共感し、心を通い合わせることができるのです。飼い主を見上げる犬の視線を感じながら、ぼくはよく「コイツ、ほんとは何て言いたいんだろう?」と思います。


 先日、岡谷スカラ座で『僕のワンダフル・ライフ』という映画を観てきました。監督はあの『マイライフ・アズ・ア・ドッグ』『ギルバート・グレイプ』『HACHI 約束の犬』などで名高いスウェーデン人のラッセ・ハルストレム監督です。これには泣けました。愛犬家必見の感動作です。映画の原題は『A Dog's Purpose』。君を愛し君に愛される。ボクはただただ嬉しかった。ボクは君のそばにずっといると決めたんだ。この世界に君がいてボクがいる。ただ「いま」をいっしょに生きる。という犬目線の映画なのです。この 3月7日にDVD発売されるので、TSUTAYAでもレンタル可能です。ぜひご覧下さい。


 さて、今月の特集は「わが家のアイドル」です。いったいどんな予想外のアイドルが登場するのでしょうか? どうぞお楽しみください。

2018年5月 1日 (火)

『今日までそして明日から』上伊那医師会報(2018年1月号)

      「今日までそして明日から」           

 

 私が生まれた昭和33年は、東京タワーが完成した年です。

 高遠第一保育園年長組の時に東京オリンピックがあり、父に連れられ軽井沢まで馬術競技を見に行きました。小学6年生で大阪万博、中1の冬にあさま山荘事件がありました。森昌子・桜田淳子・山口百恵の「花の中3トリオ」は同学年です。(山口百恵は1959年の早生まれ)マイケル・ジャクソンも、プリンスもマドンナも、小室哲哉もじつは同い年です。

 大学受験は、共通一次試験が始まる2年前で、卒業後は故郷に帰って、信州大学小児科学教室に入局しました。時代はバブル景気に浮かれ、映画『私をスキーに連れてって』が大ヒット。空前のスキーブームで、未明の国道18号線は志賀高原・斑尾・野沢温泉に向かう夜行バスが列をなし、リフト待ち30分〜60分は当たり前でした。

 こうして私は、高度経済成長の右肩上がりの時代の波に乗って、たいした苦労もせず温々と生きてきました。戦前・戦中・戦後と、怒濤の時代に翻弄されながら生き抜いた父母とは大違いです。正直申し訳ないです。

 ただ、西丸震哉氏のベストセラー本『41歳寿命説』によると、公害汚染の環境下、人工着色料・保存料・甘味料など添加物まみれの高カロリー高脂肪、高タンパク食品で育った我々世代から、短命化が急速に進むというのです。私が41歳になった年は、ちょうどノストラダムスが予言した1999年でした。幸いどちらも当たらず、なんとか今日まで生き延びています。

 困ったことに、60歳になる実感がまったく湧きません。現代人の精神年齢は、実年齢×0.7〜0.8 くらいと言われているので、気分はまだ40代なのです。しかし、身体の老化は確実に進行していて、体力低下は言うまでもなく、中でも免疫力の低下がショックでした。マスクをせずに連日診療していても、風邪ひとつひかないことが小児科医としての自慢でしたが、この冬はダメです。軽症だったとはいえ、ウイルス性胃腸炎にすでに2度も罹ってしまいました。この分だと、インフルエンザも危ないかも。情けないです。

 今日も予防接種に来た生後2ヵ月の乳児を診ながら、ふと「この子が成人する頃にまだ日本はあるんだろうか?」と、思ってしまいました。なんて無責任な奴だ。20年先も豊かで平和な生活をこの子らが送れるよう、いま頑張らなければいけないのは我々自身じゃないですかねぇ。

2018年4月25日 (水)

今月のこの一曲『ダチーチーチー』。R&B界の名ドラマー、バーナード・パーディー


YouTube: King Curtis - Memphis Soul Stew

■去年のいつ頃だったか。星野源と細野晴臣の『TV.Bros』での連載「地平線対談」を読んでいて、あっ!と思ったのだ。星野:「今度の新曲『Family Song』では、シンバルを使わないでみようと思ったんですね。60年代末から70年代前半のソウルを聴いていると、シンバルを一回も使ってないんです。ハイハットはあるんですけど…」

気がつかなかったよなあ。R&Bのドラマーはシンバルを使わないのか! 目からウロコでしたよ。ジャズ・ドラマーでは考えられないよなあ。ロック界ではなおさらね。

それで思い出したのが、R&B界の重鎮ドラマー、バーナード・パーディーだ。彼の名は恥ずかしながらつい最近まで知らなかった。初めて記憶に留めたのが、TBSラジオ『ライムスター宇多丸のウィークエンド・シャッフル』2017年1月14日の放送の回を、たまたまリアルタイムで聴いていた時のことだった。(YouTube に最近まで確か音源が残っていたはずなんだが、検索しても残念ながら見つからない)


YouTube: Alice Clark - Never Did I Stop Loving You

■ちょうど1年前の5月に、たまたま来日していたバーナード・パーディーを、ライムスター DJ JIN と、オカモト "MOBY" タクヤの2人が突撃インタビューした音源は「ニコニコ動画」に残っていたぞ。

http://www.nicovideo.jp/watch/sm31258691

文章での書き起こしは「こちら」ね。

で、この放送を聴いたレコード会社の人が「ダチーチーチーのCDを出しましょう!」って言ってきたんだって。そうして発売されたのがこれだ。ぼくも買ってしまったよ。ただ、P-VINE だったから、冒頭にあげた『King Curtis / Memphis Soul Stew』は、残念ながら収録されていない。アトランティック・レコードだったからね。


YouTube: V.A.『ダチーチーチー』ティーザー

【追記】:CD「ダチーチーチー」に、契約レーベルの関係で収録できなかった「重要な楽曲」に関して、なんと! MOBYさんが「ダチーチーチー補習編」として、30曲も Spotify にプレイリストを挙げてくれた。

こちらの3曲目に『King Curtis / Memphis Soul Stew』が入っている。続いてアレサ・フランクリン。スティーリー・ダンや、日本人の曲も。

■で、自前のCDで、バーナード・パーディーがドラムを叩いて「ダチーチーチー」しているのを探したんだ。すぐに見つかった! ラリー・コリエル『FAIRYLAND』(フライング・ダッチマン)のラストに収録された「Further Explorations For Albert Stinson」だ。

2018年4月11日 (水)

『地下鉄道』コルソン・ホワイトヘッド著(早川書房)を読む

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■最近、ブログの更新が苦痛になってしまった。そうなってしまってはダメなのだ。たとえ月イチでも継続こそ大事。

という訳で、一ヶ月ぶりの更新です。

■『地下鉄道』コルソン・ホワイトヘッド著(早川書房)は、ほんとうに面白かった!

ただ、ネタバレなしで読後感想を書くことを拒絶する本なのだな。だから困ってしまう。仕方ないから、読みながらツイートしたものを再録しておきます。 みなさん! ぜひ読んでください。

・ 

このところ読書がちっとも進まない。仕事が忙しいせいもある。『地下鉄道』コルソン・ホワイトヘッド(早川書房)は未だ66ページ。主人公逃亡前夜。文章が濃くて、書いてある内容がめちゃくちゃリアルだから、1行も読み飛ばせないのだ。

続き)それにしても驚くのは『地下鉄道』の舞台が、今から200〜150年前のアメリカであることだ。日本では幕末〜明治維新の時代。少なくとも中世ではない。近代だ。それなのになんだ! 白人たちが黒人奴隷に対して日常的に平気で行っていたこと。

続き)そういえば、コーマック・マッカーシーの『ブラッド・メリディアン』はもう少し前の西部開拓時代の話だったが、こちらはネイティブ・アメリカンを虐殺しまくったアメリカ暗黒史が描かれていた(まだ半分も読まずに途中で止まったままなのだけれど)。

続き)で、言いたかったことは、自らの先祖たちが行った忘れてしまいたい過去の残虐な行為を、こうして「小説」として後世に語り継ぐことの大切さをアメリカ人はちゃんと認識していて、しかも、その小説がベストセラーになるっていう事実は、素直に凄いことだと羨ましく思う。

続き)「地下鉄道 UnderGround RailRoad」に関しては、ハリエット・タブマンに関して描かれた絵本『ハリエットの道』(日本キリスト教団出版局)に詳しい。感想を以前こちらに書いた。

http://kita-kodomo.dcnblog.jp/top/2014/05/post-b39d.html

 
 
3月7日

コルソン・ホワイトヘッド『地下鉄道』は現在 218ページ。主人公はノース・カロライナまで来た。むかしNHKで見た海外ドラマ『タイムトンネル』の感じだ。主人公はいきなり別世界へ放り込まれ苦難の日々が続き、危機一髪のところで別世界へ跳ばされる。リチャード・キンブル『逃亡者』みたいでもあるな

 
 

『地下鉄道』コルソン・ホワイトヘッド著、谷崎由依・訳(早川書房)読み終わった。圧倒された。凄い本だ。州名の章にはさまれた「人名」の章は短いが、とにかく読ませる。みな哀れだけれど愛しい。あの残虐な奴隷狩り人リッジウェイでさえ、読み終わればイイ奴だったような気がしてくるから不思議だ。

2018年3月14日 (水)

初めての浜松行き

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■ずっと前から、浜松に行ってみたかったのだ。

20年近く前からフォローしてきた「さとなお」さんが、絶賛していた老舗の料理屋さんが、浜松にあったからだ。その名を『弁いち』という。

行きたいけど、遠くて行けないから、数年前から年末に「おせち」を宅配で頼んでいる。確かに、さとなお氏が言う通り、茶色い地味な見た目のお重だった。でも、めちゃくちゃ美味しい。

昨年の3月に銀婚式を迎えたのだけれど、次男の大学受験と重なってそれどころではなくなってしまったので、結婚26年になった今年の3月、一年遅れの銀婚式のお祝いを、浜松の「弁いち」で迎えたいと思った。

さて、伊那市から静岡県浜松市まで行くにはルートはどこが一番近いか? それは、天竜川を下って行くのが最も早い。でも、途中に佐久間ダムとか、平谷ダムとかがいっぱいあるから、カヌーで下るのは無理。

ググると、最短コースは中央道を行って、土岐ジャンクションから豊田に抜けて、浜松まで行くのが一番近いとのこと。それじゃぁ、つまらない。なので、中央道「飯田山本インター」で下車し、国道153号を阿智村 → 平谷村 → 根羽村(ネバーランド!)を通って、愛知県に入ってから左折。国道257号を東栄町へ。愛知県境に、スキー場がいっぱいあって驚く。

その後、国道151号に合流し、鳳来寺町へ。しばらく道沿いに走ると、突然「三遠南信自動車道」のトンネルが出現した。その長いトンネルを抜けると、浜松市だった。(まだまだ続く)

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■しかし、浜松市はメチャクチャ広かった。平成の大合併で、長野県最南端の村「天龍村」と県境で接しているのが浜松市なのだ。(昔は、水窪町だったのだけれど)

なので、浜松市に車で入ってからが長かった。当日宿泊予定の「オークアクト・シティホテル浜松」までには、さらに1時間強かかってしまったのだ。ホテルに着いた後も大変だった。地下駐車場がこれまたメチャクチャ広くて、しかも、ほぼ満車状態で空いている駐車スペースはホテルからそうとう遠かった。

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2018年2月21日 (水)

司馬遼太郎『胡蝶の夢(一)』を読み始める

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(写真をクリックすると、もう少し大きくなります)


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(写真をクリックすると、もう少し大きくなります)

■大学の同級生だった菊池君が、正月に久々のメールをくれて、この司馬遼太郎の『胡蝶の夢』を教えてくれたのだ。主人公は、順天堂大学医学部の創始者、佐藤泰然の次男で、江戸幕府御医師の家系「松本家」の養子となった松本良順と、その弟子の島倉伊之助(のちの司馬凌海)。

これは面白いぞ!

ちょうど、月刊誌『東京人』(2018年2月号) の特集が「明治を支えた幕臣・賊軍人士たち」で、医療分野の偉人たちとして、佐藤泰然、佐藤尚中、松本良順、司馬凌海のイラスト・紹介記事が載っている。順天堂は、170年以上の歴史があったのか。驚きだ。

佐藤泰然が天保14年(1843) に開いた佐倉順天堂は、東国一の蘭方医学(外科)と蘭学の養成所だった。同じ頃、大阪では緒方洪庵が「適塾」を開き『花神』の主人公大村益次郎や福沢諭吉らが学んでいた。東の順天堂、西の適塾と言われ、日本の2大蘭学養成学校だった。

■佐藤泰然の父、藤介の出自は、山形庄内藩の農民だった。兇悍(きょうかん)としか言いようのない不良で、このままでは、やがてこの子は鶴岡城外の処刑場の露になるだけだと思った母親が、息子の将来を憂い「ひょっとすると江戸が適うかもしれない」と思い、あり金を集めて旅費として懐中にさせ、郷村からひっぺがすようにして旅に出した。(189ページ)

江戸までの道中15日間、藤介は旅籠に泊まる毎夜女郎を買った。で、江戸の入り口「千住」に着いた時にはすっからかんだった。困った藤介は宿の女衒に相談した。「おれのような男を、どこかへ嵌めこむ腕はあるか」と。で、紹介された先が貧乏旗本・伊奈遠江守の妾が囲われている家の下男の職だ。

住み着いた3日目、妾が用人と密通している現場を目撃。主人殿様の伊奈遠江守に直訴した。その功績で、藤介は伊奈遠江守の用人になってしまうという、うそのような離れわざをやった男である。

そんな策士の息子が佐藤泰然だ。父親の後を継いで伊奈氏の用人となったが、藤介のように巧みな権謀術数を駆使する力はないことを、父親とは正反対の温厚な性格の彼自身が熟知していた。

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■主人公の一人である佐渡の裕福な質屋(町民)の長男「伊之助」は、本を読み始めて直ちにわかる典型的な「高機能自閉症児」だ。幼少の頃から近所の子供たちとは隔離され、蔵の2階で祖父に漢文などの学問を教わり、小便の時以外はハシゴを外され、強制的に勉強するしかない環境の中で育った。だがその驚異的な記憶力は化け物級で、近所でも評判の神童だった。ただ、性格・社会性・空気を読む力が欠落している高IQ児童。

自閉症児には「カメラアイ」と呼ばれる、見えている物をまるで写真で撮ったかのように瞬時に頭の中に焼きつける能力がある。サヴァン症候群とも呼ばれる障害児に時に認められる超人的で不思議な力だ。司馬遼太郎氏も、資料を読むときは「カメラアイ」を駆使していたらしい。

自閉症児が小説の主人公というのは本当に珍しい。しかも日本の時代・歴史小説でね。海外小説でも少ないぞ。『ぼくはレース場の持ち主だ!』パトリシア・ライトソン(評論社)ぐらいじゃないか?

■『胡蝶の夢』が、朝日新聞で連載されていたのは、司馬遼太郎が『翔ぶが如く』を書き終わった、昭和50年代前半だ。当時は自閉症児もアスペルガー症候群も誰も知らなかったはずなのに、司馬遼太郎氏は不思議なことに「高機能自閉症児」の特徴を、まるで見てきたかのように正確に描写する。これは驚きだ! 

あくまで個人的な感想だが、司馬遼太郎氏の身近に「伊之助」そっくりのモデルとなる人物が実際に存在していたのであろうな。

2018年1月18日 (木)

中川村「base camp COFFEE」の、スープカレーと、自家製干し柿

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中川村の陣馬形山に登った、帰りに寄った「base camp COFFEE」。あの時、他のお客さんたちがみな食べていた「スープカレー」がどうしても食べたくて、12月の雪の舞う日曜日の昼に再度訪れた。しかし、なんと予約分で終了で、せっかく1時間かけて出かけたのに、食べることはできなかった。

そこで、今回は出かける前に電話で予約し万全を期したのだった。いや、美味しかったなあ。自家製野菜に微妙に半熟加減を残したゆで卵。爽やかな辛さ加減も絶妙だ。これは確かに癖になる味かも。また行きたい。

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■食後のデザートに、自家製干し柿のクリームチーズ挟みと、コーヒーを注文。干し柿は、2個で300円。いや、これまた美味しかったぞ! オススメです。

2017年12月 7日 (木)

解剖学者・三木成夫先生のことば

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 『解剖学者・三木成夫先生のことば』       上伊那医師会 北原文徳

 

 

 もう10年以上前のことですが、茂木健一郎氏の『脳と仮想』を読んでいて、突然「あっ!」と思ったのです。もしかして「この人」のこと知っている。確か講義も受けたことがあるぞ! と。そこには、こう書かれていました。

 「昔、東京藝術大学に三木成夫(みきしげお)という生物学の人がいたらしい、ということは薄々知っていた。数年前から、ことあるごとに、『三木成夫という人がね』と周囲の人々が噂するのを聞いていた。解剖学の先生で、生物の形態や進化の問題について、ずいぶんユニークなことを言っていたらしい、ということも理解していた。人間の胎児が、その成長の過程で魚類や両生類や爬虫類などの形態を経る、ということを『生命記憶』という概念を用いて議論していたらしいという知識もあった。」(『脳と仮想』新潮文庫 p182 )

 あれは大学2年生の時だから、1978年か。当時、筑波大学医学専門学群・解剖学教室の助教授だった河野邦雄先生が、東京医科歯科大学時代の恩師を毎年初夏に藝大から呼んで、2コマ連続で系統解剖学の特別講義を行っていました。あの時聴いた講師の先生が、まさにその三木成夫先生だったのです。

 いまから40年も前に聴いた学生時代の講義の内容なんて、皆さんほとんど記憶に残っていないしょう? ところが、あの日三木先生が板書したシェーマやスライド、それに妙に熱のこもった先生の言葉が、断片的ではありますが、僕の頭の中には鮮明な映像として今でも焼き付いているのです。それほど強烈なインパクトがあったんですね。『内臓とこころ』三木成夫(河出文庫)の解説の中で、東大医学部解剖学教室の12年後輩にあたる養老孟司氏はこう言っています。

 「三木先生の語り口は独特で、それだけで聴衆を魅了する。東京大学の医学部である年に三木先生に特別講義を依頼したことがある。シーラカンスの解剖に絡んだ話をされたが、講義の終わりに学生から拍手が起こった。後にも先にも、東大医学部の学生を相手にしてそういう経験をしたことは他にない。三木先生の話は、そういうふうに人を感動させるものだった。」

 三木先生は、東大助手から医科歯科大の解剖学教室助教授として転出。ゆくゆくは教授就任と誰もが思った矢先、47歳の若さで突如、東京藝大の「保健センター長」に赴任します。この転身は未だ謎のままですが、当時の藝大生は、難関受験を突破した途端に精神を病んで自殺する学生が多発していたのだそうです。

 これではいけないと危機感を抱いた大学関係者が「いのちの尊さ」を学生たちに実感してもらうべく、医科歯科大から藝大へ芸術解剖学の講義に来ていた三木先生に、学生への個別の精神衛生相談に加え、保健理論と生物学の講義を託したのでした。三木先生は東大学生時代に医学の道を捨てて、バイオリニストとしてプロの音楽家を目指そうとしたことがあり、また医科歯科時代には、自身の不眠と鬱病を克服した経験があったのです。

 

 当時、三木先生から多大な影響を受けた藝大生はたくさんいました。布施英利(1980年入学)村上隆(1986年卒)会田誠(1989年卒)などなど。ただ、三木先生は1987年に61歳の若さで脳出血のために急逝します。したがって、三木先生の講義を直接聴いた学生はそれほど多くはなく、藝大では伝説の名物教授として今でも語り継がれているのです。

 僕が聴いた講義では、三木先生はまず黒板に横長の「土管」と、その断面図を描きこう言いました。「人間はもともと1本の管(くだ)だったのです」と。その管の外側を構成しているのが、体壁系(筋肉・神経・皮膚)で「動物器官」、管の内側は内臓系(腸管・循環・腎泌尿器・生殖)で「植物器官」。その入り口が「くち」であり、その出口が「肛門」です。

 「この口と肛門を同じキャンバス内に納めた人物画を僕は今まで一度もお目にかかったことがないんですよ。描けば間違いなく傑作になるって、藝大の学生たちには言っているんですけどね。」そう言って、三木先生は笑いました。

 ヒトのからだは、地球生命5億年の進化の過程で、ちょうど古い温泉旅館が何度も建て増しして増築と改築を繰り返すように、部位によっては何重にも変形し姿を変えて出来上がっています。例えば、人間の顔の表情筋は魚の鰓(えら)の筋肉が変化したものなのだそうです。

 三木先生は言います。人間の顔は解剖学的には内臓が露出(脱肛)している部分であり、特に唇は感覚がものすごく鋭敏で、いわば内臓の触覚であると。その話を聴いた藝大彫刻科の女子学生が講義のあと教壇にやってきて、三木先生の顔をまじまじと眺め、こう言ったのだそうです。「やっぱり、キスって本物なんですね」

 

 講義の中で、最も印象に残ったスライドがありました。それは、受精38日目のヒトの胎児の顔を三木先生が顕微鏡を覗きながら、正面からスケッチしたイラストです。ちょうど『内臓とこころ』(河出文庫)の獅子頭みたいな表紙イラストが、まさに「それ」でした。

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 「個体発生は系統発生を繰り返す」そのことを実証したのが三木先生です。地球生命5億年の進化を、ヒトは受精32日目~38日目のわずか1週間で駆け抜けます。実際に三木先生がスケッチした胎児の顔貌を見てみると、32日は鰓も露わなフカ(古代魚類)の顔、36日がムカシトカゲ(両生類)、そして38日目はもう哺乳類の顔へと変化している。それは、アマゾンの密林奥深くに生息するミツユビナマケモノの赤ん坊の容貌そっくりなのでした。

 30億年の昔から、30億回春夏秋冬を経験してきた我々の祖先。地球の自転・公転、月の満ち欠け、その太古から変わらない「宇宙のリズム」が、ヒトと共鳴し「内臓感覚」として今でも確かに保存されている。つまり、ヒトのからだの中には、宇宙の広がりと、遙かなる悠久の時の流れが共存しているのだと。それが三木先生が提唱する「生命記憶」なのです。

 没後30年になる今年、三木先生の最後の弟子であった布施英利氏は『人体 5億年の記憶 解剖学者・三木成夫の世界』(海鳴社)を出版しました。表紙のイラストは「うんこ」色をした人体に、口から肛門にかけて「裂け目」が入っていて、カバーを外すと真っ青な海(もしくは宇宙?)が広がっています。すでに5刷の注目本で、三木成夫の世界観を分かりやすく解説した格好の入門書となっています。

 ただ、あの独特の「三木節」を体感するには、埼玉県深谷市にある「さくらんぼ保育園」で、園児の保護者に向けて語られた三木先生の講演録『内臓とこころ』三木成夫(河出文庫)こそ読まれるべきです。この本は本当に素晴らしい! 子供の発達成長の様子が、そのまま人類進化の過程と重なって語られているのです。三木成夫先生のことを、吉本隆明氏から教わった糸井重里さんは、子供が生まれたばかりの知り合いに、よく「この本」をプレゼントしていたとツイートしていました。なんか、ちょっといい話ですよね。

(『長野医報』665号/2017年11月号 p17〜p20 より。一部改変あり)

 

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