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2018年7月

2018年7月16日 (月)

「相澤徹カルテット」のこと (長野医報8月号:ボツになった「あとがき」より)

■長野県医師会の広報委員を拝命して1年になろうとしている。先輩広報委員の先生方のご支援のもと、今までなんとか務めることができた。本当にありがとうございます。

■次号「8月号」は3度目の担当号で、ぼくが「あとがき」を書く順番だった。珍しく締め切り1ヶ月前から力を入れて原稿を書いた。しかし、如何せん長すぎた。「あとがき」は1ページに収まらなくてはならない。という訳で、ボツ原稿になってしまいました。内容的にも少し問題があったのかもしれないな。仕方ないので、ブログにアップすることにしました。

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「長野医報8月号:あとがき」(ボツ原稿)

 山下達郎や大貫妙子の1970年代シティポップが、YouTubeによって海外で再発見され、いま注目を浴びています。しかし、日本国外ではネット配信されていない音源が多いため、熱烈なマニアはオリジナルレコードを求めてわざわざ来日し、都内の中古レコード店を物色して廻っているのだそうです。

 昨年の8月『Youは何しに日本へ?』(テレビ東京)に登場し、一躍注目を浴びた大貫妙子ファンのアメリカ人スティーヴ君(32歳)は、今年2月に再来日して遂に御本人との対面を果たし、再び大きな話題となりました。


YouTube: Youは何しに日本へ🗾🎌8月7日(月)18時55分~20時まで放送中です。✈

 1970年代に日本人が演奏したジャズレコードの希少盤も、いま海外の好事家の間では大変なブームで、一枚数十万円で取引されるレコードもあるのだそうです。その中でも最も入手困難な「激レア盤」として有名なレコードが、相澤徹カルテット『TACHIBANA』です。

 イギリス人のジャズコレクター、トニー・ヒギンズ氏は、このレコードが日本人ジャズの中では一番好きだと断言します。彼が最近ネットに挙げた文章によると、当時、群馬県沼田市の赤谷湖畔でドライブインを経営していた地元の名士「橘一族」の御曹司、橘郁二郎氏が大のジャズフリークで、彼が注目していた地元のアマチュア学生バンドを、私邸に呼んで演奏させ録音したレコードが、相澤徹カルテット『TACHIBANA』なのでした。橘氏は、このレコードを名刺代わりに数百枚ただで配りました。もちろん自主製作盤なので市販されていません。

 リーダーの相澤徹氏は、群馬大学医学部ジャズ研のピアニストで、レコードが収録された1975年3月に大学を首席で卒業し、信州大学医学部順応内科大学院への進学が決まっていました。他のメンバー3人は医学部ではなく、音大や法学部の大学生でした。


YouTube: Tohru Aizawa Quartet - Philosopher's Stone

 学生アマチュアバンドとはいえ、真摯で若さがほとばしるその熱烈な演奏は、絶頂期のジョン・コルトレーン・カルテットを彷彿とさせる鬼気迫るジャズを響かせます。バンドはこのレコードを収録後に解散してしまい、メジャーデビューすることはありませんでした。従って彼らの音源はこの1枚しか残されていません。

 一時はプロへの道も考えた相澤徹氏は演奏活動を止め、その後は医学の分野で名声を博します。大学院修了後にアメリカへ留学。帰国後は大学へ戻り、糖尿病を専門に研究。信州大学医学部医学教育センター教授を経て、現在は相澤病院糖尿病センター顧問を務めていらっしゃいます。このレコードをプロデュースした橘郁二郎氏もその後は数奇な運命を辿り、最後は田宮二郎と同じく猟銃で自らの命を絶ったとのことです。

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(写真をクリックすると、もう少し大きくなります)

 この6月20日、なんと『TACHIBANA』は世界初でCD化され入手可能となりました。伝説の演奏は、43年経ったいまでも決して色褪せることはありません。

 さて、来月号の特集は「私の好きな作家・思想家」です。元国税庁長官の佐川宣寿氏が学生時代の愛読書として公言したのが『孤立無援の思想』高橋和巳(河出書房新社)でした。

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(写真をクリックすると、もう少し大きくなります)

「どんなに意地をはっても、人はたった独りでは生きてゆけない。だが人の夢や志は、誰に身替りしてもらうわけにもいかない。他者とともに営む生活と孤立無援の思惟との交差の仕方、定め方、それが思想というものの原点である。さて歩まねばならぬ」

 この本のことを唄った森田童子も、先ごろ亡くなってしまいましたね。

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注1)相澤徹氏は、松本の「相澤病院」理事長とは兄弟ではない。従兄弟かもしれないが、親類でも何でもないと、本人が発言しているという話もある。出身も、長野県松本市ではなく、茨城県水戸市だ。ただ、ぼくは相澤先生とは面識がないので本当のところは不明です。

注2)橘郁二郎氏の消息も不明な点が多い。猟銃自殺を遂げたという情報は、相澤氏の群馬大学医学部ジャズ研の後輩で、ピアニスト兼、脳外科医の「甲賀英明氏のブログ」 によります。

6月20日に出たCDのライナーノーツ(尾川雄介)の最後にも「橘は残念ながら後年自殺している。」と書かれています。

・この尾川雄介氏の解説、冒頭の文章がすばらしい。

「相澤徹カルテットの演奏には聴く者を真っ直ぐに貫く勢いと鋭さがある。それはただ鳴って中空に消えてゆく音ではなく、必至とも言える切実さでこちらに迫ってくる。しかも、さながら内圧に耐え切れずに噴出したマグマのように熱く滾っている。」

注3)佐川宣寿氏は 1957年生まれで、ぼくより1つ年上だ。連合赤軍、あさま山荘事件を経て、内ゲバ事件に辟易していた僕らの年代は「シラケ世代」と呼ばれた。だがしかし、2年後輩の「共通一次試験世代」とは決定的に違う。そのことは、ぼくと同い年の坪内祐三氏が『昭和の子供だ君たちも』(新潮社)の中で、詳細に語っている。

それにしても、佐川氏がなぜ「高橋和巳」だったのか? 謎だ。高橋和巳が草場の陰で泣いてるぞ!

注4)相澤徹カルテットに関して、ぼくがツイートしたのを、以下にあげておきますね。

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ついに入手。相澤徹カルテット『 TACHIBANA』1曲目「賢者の石」めちゃくちゃカッコイイ! (6月24日)

イギリスから、またまた超ディープな「和ジャズ」コンピが届いた『SPIRITUAL JAZZ vol.8 / JAPAN: Parts 1+2』だ。選曲は JAZZMANレコードのオーナー、ジェラルド・ショートと尾川雄介。先発の『J-JAZZ: Deep Modern Jazz From Japan』とは一曲もダブらない。凄いぞ!日本語訳ライナーノーツ付き。

 

続き)このコンピで出色なのは、高柳昌行(g)が2曲、森山威男が2曲ちゃんと選曲されていることだ。高柳が「SUN IN THE EAST」と、TEE & COMPANY「SPANISH FLOWER」。森山は「EAST PLANTS」と「WATARASE」だ。森山さんは松風鉱一「UNDER CONSTRUCTION」でもタイコを叩いている。

 
続き)この2枚組CD『SPIRITUAL JAZZ vol.8 / JAPAN: Parts 1+2』にも『J-JAZZ: Deep Modern Jazz From Japan』にも収録されているのが、相澤徹カルテット『TACHIBANA』だ。まったく知らないグループだった。ライナーによると、群馬のアマチュア学生バンドの自主製作版とのこと。ところが、演奏が凄い
 
続き)まるで、1964年〜65年頃の後期コルトレーン・カルテットみたいな、強烈に熱い演奏を聴かせてくれる。特に『スピリチュアルジャズ8:日本編』CD2の2曲目に収録された「サクラメント」がいい。3拍子だからね。ピアノを弾く相澤徹は、板橋文夫みたいだ。モロぼくの好みじゃないか!
 
続き)で、検索してみたら、RTした記事を見つけた。ビックリだ。相澤徹は群馬大学医学部を主席で卒業後、信州大学医学部内分泌学教室大学院に進学。ちょうどその頃、このレコード盤はプロモーション目的でわずか数百枚プレスされた。もちろん販売はされなかった。それが今や世界中から垂涎の激レア盤
 
続き)主席→首席の間違い。相澤は演奏活動をやめ、本業の医学の道を邁進する。1975年群馬大学医学部卒業。1982年信州大学大学院修了。オレゴン大学研究員、ロチェスター大学研究員、信州大学健康安全センター教授、信州大学医学部医学教育センター教授を経て、2010年から相澤病院糖尿病センター顧問。
 

なな、なんと! 噂の激レア盤『TACHIBANA』相澤徹カルテットが、6月20日にCDで再発されるとのこと。ほんとビックリ!

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