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2013年7月

2013年7月28日 (日)

伊那のパパズ絵本ライヴ(その97)市立岡谷図書館

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■7月21日(日)は、市立岡谷図書館にて「伊那のパパズ絵本ライブ」

ぼくが窓口になってオファーを請け負った会だったのだが、なんと! 当日は「当番医」に当たっていることに、6月9日になって初めて気づいたという衆多落。「ごめんなさい、これから当番医の日程を変更してもらうことは不可能です。誠に申し訳ないのだけれど、ぼく抜きで行ってきて下さい」そう、お願いしたのでした。

当日は、このところメチャクチャ忙しい伊東パパも欠席となり、結局、倉科・宮脇・坂本の3人での「パパズ」と相成った次第。

本当にありがとうございました。

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先週、倉科さんから届いたメールと写真です。

北原先生
 
昨日の岡谷無事終わりました。

久々の3人パパ’Sでしたが、乗り切りました。
親子連れ、いつものようにおじさんおばさんも多かったですが、4,50人といった所でしょうか。
ちょうどよかったです。
 


はじめまして
どうぶつピッタンことば  宮脇
おっきょちゃんとかっぱ  坂本
うちのおばけ
うなぎにきいて  倉科
わがはいはのっぺらぼう  宮脇
かごからとびだした
ねこガム  坂本
すいかとかぼちゃのだいぼうけん  倉科
ふうせん
世界中のこどもたちが
 

以上です。
 

使えるか分かりませんが、写真も送りますので見てください。

2013年7月22日 (月)

『小説すばる 8月号』林美雄とパックインミュージックの時代

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『長野医報7月号』特集「心に残る一冊」に載せてもらった『想像ラジオ』いとうせいこう著(河出書房新社)のノーカット版を「こちら」にアップしてあります。

絶対に芥川賞を取ると思って、このタイミングで書いたのに。本当に残念。


『長野医報7月号』のこの特集記事で面白かったのが、松本市多田内科医院、多田久也先生の文章だ。『わが青春とアントニオ猪木「1976年のアントニオ猪木」柳澤健(文藝春秋)

僕はプロレスに疎いのでダメだが、プロレス愛好家のあいだでは『1985年のクラッシュ・ギャルズ』と共に「この本」は名著らしい。

著者の柳澤健氏はどうも「○○○○年の○○」というタイトルが好みなのか?


いや実は、先日発売になったばかりの『小説すばる8月号』に、「ノンフィクション新連載」として始まったのが、柳澤健氏による『1974年のサマークリスマス -- 林美雄とパックインミュージックの時代』だったからだ。

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■今年の2月上旬だったか、佐久市在住の放送作家、加瀬清志さんが「ぼくの昔のHP」を見てメールをくれたのだ。

当時、林美雄パックの常連だった加瀬さんは、それが縁で放送作家になったのだそうだ。その彼のもとに近日柳澤健氏が取材に来るとのことだった。林美雄さんのこを取材しているのだそうだ。


そのあと、加瀬清志さんと電話で直接お話する機会を得たのだが、柳澤健氏による林美雄のルポルタージュが『小説すばる』に春から連載されると加瀬さんは言っていた。それが「この連載」だったんだね!

予想以上に力が入った文章で泣けてきたよ。そうさ、あの頃ぼくらには林美雄兄貴がいたんだ。


 林美雄が熱く語る音楽もまた、極めて偏向している。

 たとえば、荒井由実「ベルベット・イースター」、石川セリ「遠い海の記憶(つぶやき岩の秘密)」、能登道子の「むらさきの山」、荒木一郎の「僕は君と一緒にロックランドに居るのだ」、桃井かおりの「六本木心中」安田南の「赤い鳥逃げた?」や「愛情砂漠」、頭脳警察の「ふざけんじゃねえよ」等々。(中略)


 もうひとつ、沼辺にとって林パックは特別な存在になった理由は、ユーミンこと荒井由実の出現だった。

 のちのスーパースター松任谷由実は、驚くべきことに、デビューからおよそ一年半もの長きにわたって、林パック以外のメディアで取り上げられることはほとんどなかったのだ。

 ただひとり林美雄だけが、荒井由実のデビューアルバム『ひこうき雲』を一聴して「この人は天才です!」と絶賛。”八王子の歌姫”と命名し、他の番組が無視する中、先週は3曲、今週は4曲、来週は録音したての新曲、と執拗に紹介し続けた。

(『1974年のサマークリスマス』柳澤健・小説すばる8月号 p261〜p265 より抜粋)



1974年に、僕は長野県立伊那北高校に入学した。1年C組だった。
あの頃、荒井由実のことを知っていたのは、中学3年の深夜に、はるばる東京から幾つもの山々を越えて聞こえてきた「TBSラジオ」の電波に耳をそばだていた僕と、赤穂中から来た田中くんの2人だけだった。

まだ 2nd LP『ミスリム』は、発売前だったからね。



■いま盛んに、宮崎駿の新作映画のテレビCMが流れているが、この映画の主題歌は荒井由実「ひこうき雲」だ。

先日、映画館で予告編を見たら、ナレーションは全く入らずただ「ひこうき雲」がフルコーラスで終いまで流れた。スクリーンを見ながら、なんだか無性に泣けて泣けて困った。


ようやく時代が「林美雄」に追いついたのか、ってね。

2013年7月15日 (月)

伝説のジャズ歌手「安田南」のこと

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■今の若い人にも、案外「有名人」なんじゃないかな、安田南。

西岡恭蔵が作った『プカプカ』に登場する「あたい」が、安田南であることは誰もが知る事実だからだ。

でも、僕ら昭和30年代生まれで「深夜放送黄金時代」と併走してきた人間からしてみれば、安田南と言えば 1974年にFM東京で始まった「気まぐれ飛行船」なのだった。声が渋い片岡義男氏に、やる気のない適当な合いの手を入れるのが彼女の役目だった。

放送中でもたぶんタバコをプカプカ吸ってたんじゃないかな。いつも痰がからんだような『プレイガール』の元締め、沢たまきみたいな、ちょっとしゃがれた声をしていたように思う。


YouTube: 安田南 in 気まぐれ飛行船 with 片岡義男[1/6]

■検索すると、「気まぐれ飛行船」のラジオ放送がちゃんとアップされている。沢たまきの声じゃなかったな。もっと素敵な、落ち着いたアルトの声。


■先日、松本の丸善で購入した『ジャズ批評7月号』 の特集が「日本映画とジャズ」で、さらにその巻頭特集記事が「伝説の女優=ジャズシンガー 安田南と沖山秀子」だった。

寺岡ユウジ氏が、彼女たちのことを昔からよく知る人たち(佐藤信、片岡義男、渚ようこ、渋谷毅、杉田誠一、五所純子、柳町光男)にインタビューして廻って、記事にまとめた労作だ。安田南に関しては、佐藤信、片岡義男。そして沖山秀子に関しては柳町光男監督のインタビューが読ませる。


黒テントの佐藤信氏は、安田南の中学時代からの付き合いがあり、俳優座養成所第14期生で同期だった串田和美、吉田日出子と共に劇団自由劇場を旗揚げした。原田芳雄は一つ下の第15期卒業生だった。この「花の15期生」には、太地喜和子、林隆三、地井武男、高橋長英、秋野太作、浜畑賢吉、前田吟、夏八木勲、河原崎次郎、村井国夫、三田和代、栗原小巻と、キラ星のような有名俳優がいる。

安田南も同期で入ったようだが、卒業はしていないらしい。

面白かったのは、黒テントと関西フォーク人の密接な関係で、当時、吉田日出子と岡林信康がデキていたとか、名曲『プカプカ』誕生の様子とかだな。「俺のあん娘はタバコが好きで」の「俺」とは、西岡恭蔵じゃなくて、やっぱり原田芳雄のことなんだね。


■沖山秀子といえば、映画『十九歳の地図』だ。監督は柳町光男。音楽は板橋文夫だった。『あまちゃん』の「じっちゃ」役で人気急上昇中の蟹江敬三が映画の中で「かさぶただらけのマリアさま」と仰ぎ見たのが沖山秀子だ。


■安田南の名前を、意外な人が書いていてビックリした。

先週の「週刊文春」7月18日号 p56「本音を申せば」連載第757回だ。小林信彦御大は、最初に「毎日、NHKの朝ドラ『あまちゃん』を観ている」と書く。しかも、前半(東北編)で見逃したのは2回のみ!と豪語する。流石だ。

小林信彦氏は、とにかく美人好きだし、アイドル好きだ。最近では、映画『桐島、部活やめるってよ』を見て、すっかり橋本愛のファンになったらしい。でも、この週刊文春のでの連載では、小林氏が「アキちゃん」押しなのか「ユイちゃん」押しなのかは明らかにしていないのが不満だな。

小林信彦氏は、次のパートで女優「真木よう子」を絶賛している。美人で巨乳好きなのか!?

で、最後に取り上げているのが「安田南」だったのだ。以下引用する。

 

        「ある歌手のこと」

 昨年の本誌に、2009年に亡くなった安田南さん(ジャズ歌手)の想い出を書いたせいか、彼女の特集をした「ジャズ批評」という雑誌が送られてきた。ぼくの文章は「映画の話は多くなって」(文藝春秋刊)に収められている。

 この特集のおかげで、ぼくが彼女の歌をきいたのは青山のロブロイという店であること、彼女とFM放送をやっていた片岡義男氏がSPレコードのアンドリュー・シスターズからジャズに入ったことを知った。

 すでに書いたように、ばくはアンドリュー・シスターズが好きで、CDを数枚持っている。彼女が三人ならんで敬礼する姿を夢想した。


■ところで、当時南青山にあった「ロブロイ」は、あの阿部穣二の奥さんだった、もとスッチーの遠藤子さんがママをしていた。本も2冊出ている。青森から上京してきたばかりの、まだ10代だった矢野顕子が、ロブロイでピアノを弾いていたことは有名な話。


ロブロイでのライヴ音源は、安田南+山本剛トリオ『South.』 のほかに、初代山下洋輔トリオのサックッスだった、中村誠一のレコードを持っているが、こちらもなかなかの熱演でお気に入りの一枚だ。


■安田南は「気まぐれ飛行船」のDJを辞めたあとは、ずっと行方知れずのままだった。それがなんと、2009年に亡くなっていたのか……

知らなかった。

2013年7月 8日 (月)

『夢でまた逢えたら』亀和田武(光文社)

■亀和田さんはミーハーだ。

テレビに出るのが好きだし、テレビを見るのも好き。
そして、アイドルが好き。

亀和田さんが「週刊文春」誌上で連載する「テレビ評」に、何時になったら『あまちゃん』が取り上げられるのかって、やきもきしてたら、しばらく前にようやく載った。やっぱりなぁ、亀和田さん能年玲奈が可愛くてしかたないのだ。

この週の週刊文春は凄かったな。亀和田さんの他に、小林信彦御大も、みうらじゅん氏も『あまちゃん』を語っていたからだ。


そしたら、毎日新聞夕刊でアイドル評論家(いや、今や能年評論家)中森明夫氏と『あまちゃん対談』なんてしてるし。


■亀和田さんの名前は、ずいぶんと前から知っていた。本も買った。
『ホンコンフラワーの博物誌』亀和田武(本の雑誌社)だ。
そうか、あの頃『本の雑誌』を読んでいて、亀和田さんの名前を覚えたのか。

■ところで、亀和田さんの新作『夢でまた逢えたら』(光文社)の評判がやたらいいので気になって、本屋さんで探したが見つからず、結局アマゾンで入手した。

読み出したら止まらない。面白い!
さすが、文章のキレが違う。めちゃくちゃ巧い。傑作だ。

導入の「漫才ブーム直前。四谷ホワイトで遭遇した寡黙な芸人」がまずは読ませる。印象的な場面は、中野神明小学校の3年生に転校してきた亀和田少年がクラスで出会った2人の少女のうちの地味な方、市川さんと春草の繁る土手で「市川さんの父親自家製の梅酒」を飲む場面だ。

なんか、映画の1シーンみたいに、ぼくの心に刻印されてしまったよ。

それから、かつての『笑っていいとも!』タモリの「テレフォンショッキング」みたいに、次から次へと僕の大好きな(ちょっとマイナーな著名人たち)が連想ゲームみたいに登場してくるのだ。いや、まいったなぁ。
亀和田さんは(かつて〜今も)知り合いだった人々のことを、親愛の情を込めて懐かしくしみじみと語っているのだよ。

高信太郎、ビートたけし、ナンシー関、佐野洋子。

ナンシー関がテーブルに彼女の名刺をばらまく場面がカッコイイったらない。それから、佐野洋子さんの別れた夫、広瀬郁氏のデザイン事務所に、コピーライターとしてあの芹沢俊介氏が務めていて、ヨーコさんに
「セリザワさんってマジメでさあ。一緒にいても、退屈でおもしろくないのよ。ギャグいっても、つまらないし。マジメな人って、あたし苦手」と言わせる。

当時若手では吉本隆明の一番弟子といわれ、いまも教育や文芸評論の分野で活躍している芹沢俊介さんも、ヨーコさんにかかると散々である。

あはは! 笑ったなぁ。

『ミッドナイト in 六本木』の頃の話では、森田健作に、若くして亡くなったショコタンの父親、中川勝彦が絡む。そしてドクター荒井。4代目桂三木助に、松野頼久のダークさ加減。館ひろしがCMタイムにいきなり司会席にやってきて、ピンクレディのミイちゃんを口説き始めたこと。スゲー世界だなぁ。

それから、亀和田さんが何故『本の雑誌』に連載していたのかずっと不思議だったのだが、そうだったのか! 亀和田さんは、目黒考二氏の会社の後輩だったんだ。知らなかったなぁ。


あと、嵐山光三郎氏の忠告。国立駅南口にある深夜ジャズ喫茶 → 国分寺駅南口にあったジャズ・バー「ピーター・キャット」と村上春樹のこと。同時期に国分寺駅北口にあったジャズ喫茶「モダン」に、亀和田さんは高校生のころ入り浸りで、午前中から行って弁当食ってても、ウエイトレスのお姉さんは優しく黙認してくれて、どうも後になって思うと、彼女は『海炭市叙景』の佐藤泰志の奥さんだったかも? っていう話とか。しみじみ読ませるなぁ。

千駄ヶ谷に移転したからの「ピーター・キャット」の話は、シュートアロー氏の『東京ジャズメモリー』(文芸社)に詳しい。


ジャズつながりで、マイク・モラスキー『ジャズ喫茶論』は前に読んだし、片岡義男氏がデビューする前に、あの『マイナス・ゼロ』を書いたSF作家、広瀬正氏からテナー・サックスの手解きを受けていたこと。ビックリだよ。

堺屋太一の女子プロレス好きにも驚いた。横山剣がメジャーになる前から亀和田さんはずっと押していたこと、さすがだ。マンガの神様、手塚治虫氏との会話。ゴジラ松井秀喜の哀愁。デーモン小暮の素顔。鈴木いづみが阿部薫に左足の小指を切断された時の話を佐藤愛子としている「週刊微笑」の記事。


ナンシー関に「この間、亀和田武さんに会ったら、やっぱり裕木奈江好きだって言ってたもの。とことん一緒に堕ちてみたい、田舎の温泉宿に恋の逃避行して住みついて、裕木奈江が仲居になって自分が下足番やれたらいい、だって(笑)。」って言われてるし。山崎ハコも林美雄の名前も出てくるし。

沖縄コザにあったライブハウスのオーナー、カッチャンこと川満勝弘氏のこと。五つの赤い風船の歌「まぼろしのつばさとともに」を彷彿とさせるような、1969年、避暑地の別荘にかくまったアメリカ脱走兵の話。あと「噂の真相」の元編集長、岡留安則氏はいま那覇に住んでるんだ。

ラストは、最近落語評論家として売り出し中の広瀬和生さんの話。彼の本は3〜4冊持ってるよ。


なんかなぁ。亀和田さんがしみじみ羨ましいなぁ。こんなにも素敵な人たちと知り合いでさ。
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