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2011年5月

2011年5月30日 (月)

『きみの鳥はうたえる』佐藤泰志(河出文庫)その2

■さて、『きみの鳥はうたえる』だ。

東京近郊、中央線沿線で、一橋大学がある街(国立市か?)の本屋に勤める主人公のぼくと、同じ書店で働く佐知子、そして、ぼくと共同生活を営む失業中の静雄の、仲好し男子2人と新たに加わった女子1人の3人組(全員が、アラン・シリトー『土曜日の夜と日曜の朝』の主人公と同じ、21歳だ。ぼくは読んだことないけど。)による「楽しくてやがて哀しき、ひと夏の出来事」という、いわゆる「青春もの」の鉄板設定だ。


この設定で一番有名なのは、フランス映画『冒険者たち』の、アラン・ドロン、リノ・バンチュラ、ジョアンナ・シムカスの3人組で、その日本版が『八月の濡れた砂』藤田敏八監督作品(日活)だ。村野武範、広瀬昌助、テレサ野田の3人と、湘南の海。主題歌は石川セリだった。これは名曲! 男3人+女1人だと『俺たちの旅』中村雅俊、田中健、秋野太作+金沢碧。男3人+女2人だと『ハチミツとクローバー』で、応用編としては、女2人+男1人の『わたしを離さないで』カズオ・イシグロがある。どの作品でも共通して、彼らは「夏の海」へ行く。


でも、デフォルトは、仲好し男2人と新たに加わった女1人の3人組だな。トリュフォーの『突然炎のごとく』がオリジナルなのか?


ポイントは、男子2人がまるでホモ・セクシュアルかと誤解してしまうくらいに密着していることだ。主人公と静雄は、冷凍倉庫のバイトで出会った。ある時、静雄が言った。


  「俺たち、贋物のエスキモーのようだ」と。

思わず僕は笑った。そのときに、僕はあいつが好きになった。
 その夏が終わったときに僕は、共同生活をしないか、とあいつに持ちかけた。静雄はふたつ返事で承知した。すぐに静雄は、今の僕らの部屋に引っ越してきたが、持ちものといったら、レコードが何枚かと蒲団だけだった。僕はあのときにはあきれてしまった。そのレコードは全部ビートルズのレコードで、それは静雄が失業してから、古レコード屋に二足三文で売り払ってしまった。(中略)

引っ越してきた日、静雄はレコードを僕に見せ、財産はこれだけだ、といい、アンプもプレーヤーも部屋にないのを知って、くやしそうに舌を鳴らしたものだった。僕らはあのとき焼酎で乾杯した。あいつはプレーヤーがありませんので僕が唄います、とふざけて、「アンド・ユア・バード・キャン・シング」を僕のために唄ってくれた。(p70)


静雄はこの時、どんなふうに「この曲」を唄ったのだろうか?

サザンの桑田さんが唄ったバージョンはこれだ。






YouTube: 桑田佳祐 Keisuke Kuwa弾き語り生歌 The Beatles - And Your Bird Can Sing


ぼくは「この曲」を聴いたことがなかったのだが、なんとまぁ、いい曲じゃん!

ジョン・レノンが作詞作曲した曲とのこと。なんとも不思議な歌詞だ。


You tell me that you've got everything you want
欲しいものは全部持ってるというのかい
And your bird can sing
それに 君の小鳥は美しい声で歌うって?
But you don't get me, you don't get me
でも 僕を手に入れる気はないんだね

You say you've seen seven wonders
世界の7不思議を見てきたというのかい
And your bird is green
それに 君の小鳥は緑色だって?
But you can't see me, you can't see me
でも 君には僕が見えないんだね

When your prized possessions
貴重な宝物の数々が
Start to weigh you down
重荷になってきた
Look in my direction
こっちを向いてごらん
I'll be round, I'll be round
僕はいつだってそばにいる

When your bird is broken
その小鳥が傷ついたら
Will it bring you down
君は悲しむのかな
You may be awoken
かえって目が覚めるかもしれないよ
I'll be round, I'll be round
僕はいつだってそばにいる

You tell me that you heard every sound there is
ありとあらゆる音を聞いたというのかい
And your bird can swing
それに 君の小鳥はスウィングするって?
But you can't hear me, you can't hear me
でも 君には僕の声が聞こえないんだね


■この歌を唄ったのは静雄だ。

ということは、You は僕で、Your Bird は、佐知子ということになるな。


『きみの鳥はうたえる』の解説で、井坂洋子氏はいう。
それにしても、「きみの鳥はうたえる」という作品は不思議だと。


ほんとにそうだ。ぼくも読んでいてそう思ったよ。


この主人公は変だ。


すっごく淋しがり屋で人恋しくて、常に親友におんぶに抱っこの関係を求めているのだけれど、でも、変に他人との距離を保つところがあって、親しいのに妙によそよそしかったりするのだ。


それは、佐知子との関係にも表れる。


この佐知子も、じつに不思議な女だ。いわゆる、ジョアンナ・シムカス的「ミューズ」なんだけれど、本人はさかんに否定しているが、どう見ても「尻軽女」なんだ。でも、バカじゃない。けっこう真面目だったりもする。トマトは包丁で切らずに丸ごとかじりつくのが好きで、林檎も丸ごとかじり、桃の皮を剥く姿がセクシュアルだったりする。それから、殴られた主人公が瞼に載せるのは、輪切りのレモンだ。なんか、妙に果物がいっぱいでてくる小説なのだ。


で、僕と静雄の蜜月関係に突然侵入してきた佐知子が言う。静雄は、芥川龍之介『蜘蛛の糸』のカンダタよ、と。さらに彼女は言う。静雄は子供でマザコンだと。


女は直感的に「その人の本質」を言い当てる。


でも、静雄といっしょに毎日暮らしてきた僕は、そんな静雄の一面に、全く気付くことがなかったのだ。


何故なら、密着しつつも、微妙な距離感を保ってきたので、結局は「本当の静雄の気持ち」をじつは全く理解していなかったのだな。佐知子のほうがよっぽど静雄を理解していた。そういう事実を、主人公は小説の最後に知ることになるのだった。


そのことは『草の響き』の主人公が、結局は暴走族のリーダー「ノッポ」のことを、あ・うんの呼吸で全て理解しているような気がしていたのに、じつは何にも分かっていなかった、という事実を最後に知ってショックを受けたことと、小説の構造的には同じだと思った。つまりは、歌のタイトルである「ユー・キャント・キャッチ・ミー」であり、「アンド・ユア・バード・キャン・シング」なのだ。

でも、この主人公が味わう「おいてきぼり感」に、いま読んでも不思議とリアリティがあるように思う。


2011年5月28日 (土)

『きみの鳥はうたえる』佐藤泰志(河出文庫)読了

佐藤泰志氏は、昭和24年(1949年)4月26日函館生まれだ。いま生きていれば、62歳か。ぼくの兄貴と同い年だな。あと作家では、村上春樹、桐山襲、北村薫、亀和田武らがいる。矢作俊彦、内田樹、平川克美、高橋源一郎、中沢新一は、ひとつ下の学年になるようだ。いわゆる団塊世代では「少し遅れてきた青年」に属するのか。


■『きみの鳥はうたえる』(河出文庫)に収録された『草の響き』(1979)は、なんと「ランニング小説」だった。私小説とまでは言えないかもしれないけれど、著者の実体験をもとにしているらしいことが、文章を読みながらリアルに感じられる。


長距離ランナーとしても有名な同い年の作家(早生まれだから学年は一つ上)村上春樹氏が走り始めたのは、1982年の秋のことだ。ジャズ喫茶のマスターを辞めて、タバコも止めて、専業作家となる決意をして千葉に引っ越し、代表作『羊をめぐる冒険』を書き始めた頃のこと。村上氏は言う。当時まだジョギングはマイナーなスポーツで、皇居の周りを走る人もあまり多くはなかったようだ。


でも、佐藤泰志氏が走り始めたのはもっと古くて、1977年の春だった。この「年譜」によると、当時彼は28歳で、書店務めのあと、日本共産党の機関誌を印刷する「あかつき印刷」に就職するも、精神の危機的不調に陥るのだった。この頃の話が、小説『草の響き』となっているようだ。当時通っていた精神科の医者に「ランニング」を薦められ、佐藤氏は走り始める。住んでいた八王子の都営団地からほど近い「大正天皇陵」まで、雨の日も暑い夏の朝も、毎日毎日走り続けるのだった。


根が真面目だから、彼は黙々と走り続ける。まるで、シリトー『長距離ランナーの孤独』みたいに。走り始めた当初は、1.8km を13分強で走っていたのが、いつしか5キロを20分で走れるようになって、連日10km以上走ることが日課となっていったという。


小説『草の響き』の中で、ぼくが一番好きな場面は p184〜p191の、暴走族との出会いのシーンだ。淡々と走る主人公に無理して粋がって併走しようとする少年たち。BGMで「ユー・キャント・キャッチ・ミー」が彼らのラジカセから流れている。実際、彼について行ける者はほとんどいなかった。暴走族のリーダー「ノッポ」を除いて。


主人公と彼とはほとんど口をきかない。しかし、いっしょに走り終わったあと二人黙ってタバコを吸い合えば、言葉はなくとも全て分かり合える気がした。読んでいて羨ましいなって思った。正直。


村上春樹氏は、自作の中でランニングに関して語ることはほとんどない。でも、ぼくには『草の響き』の主人公が何故走るのか、痛いほど切実に伝わってくるのだ。そうだ、そうだよ! ぼくもおんなじさ。


足に力をこめて踏みだすと、ふくらはぎの筋肉がすばやく伸縮する。振り出しに戻るのはまっぴらだ。僕はこのまま走るだろう。(p224)


2011年5月23日 (月)

「フクシマ」を予言するもの


■長野県小児科医会雑誌に載せる文章を書いている。ようやく書き上がったので、ここにも載せます。

「フクシマ」を予言するもの                     北原文徳


 文化人類学者の中沢新一氏は、私たちが生きる生態圏には本来存在しない「外部」が持ち込まれたテクノロジー、思想システムとして、原発と一神教の「神」とを挙げる。どちらも人間にとって実は同じものであると。だから、外国の原子力発電所はどこも巨大な神殿のような外観をしているのだと言う。でも、福島第一原発の原子炉建屋は、まるで映画セットの張りぼてのように簡単に破壊されてしまった。本当は人間の手に負えない「神の火」を、日本政府も、産業界も、われわれ国民も、その神に対する畏怖の念をすっかり忘れてしまって、ただ便利に利用してきたのだ。怖ろしいことだ。


 先日NHK教育テレビで放送された「ETV特集・ネットワークでつくる放射能汚染地図 ~福島原発事故から2か月~」は衝撃的だった。放射能は目に見えない。しかも、それをいま浴びていたとしても痛くも痒くもないのだ。番組のラストは、まるでガブリエル・バンサンの絵本『アンジュール』のようだった。翌日から立入禁止区域となる自宅に残された愛犬を見に帰った老夫婦の車を、いつまでも追いかけてくる黒犬。悲しかった。切なかった。どうしてこんなことになってしまったのだろう?


 ぼくはこの番組を見ながら不思議な既視感に囚われていた。20数年前に観た映画『ストーカー』にそっくりだと。エイゼンシュテインと並び称されるソ連の映画監督アンドレイ・タルコフスキーが1979年に撮ったSF映画だ。反体制の寓意に満ちた映画だったために、このあとタルコフスキーは亡命を余儀なくされる。原作は、ストルガツキー兄弟のSF小説『路傍のピクニック』だが、映画は 1957年9月29日、ソ連ウラル地方チェリヤビンスク核施設にあった放射性廃棄物貯蔵タンクが爆発し、広範囲に放射能汚染が発生した「ウラル核惨事」(ずっと隠蔽されていた)を題材としているようだ。


そうして、映画が公開された7年後にチェルノブイリの原発事故が起きた。


ところで、映画のストーリーはこうだ。ロシアの片田舎に巨大な隕石が落下したという政府発表があり、その周囲は危険な放射能が満ちているために周辺地域住民は強制退去させられ「ゾーン」と呼ばれる立ち入り禁止区域となった。


しかし、その「ゾーン」内には人間の一番切実な望みをかなえる「部屋」があるという噂があり、そこへ行きたいと願う作家と教授の2人を秘密裏に案内するのが、主人公のストーカー(密猟者・案内人という意味)の役目だった。彼らが落ち合うバーの向こうに、川を挟んで巨大な原子力発電所が見えている。


映画では「ゾーン」の外はモノクロ、ゾーン内に入るとカラーになるという仕掛けがあった。ゾーン内には「目に見えない」危険な区域がいっぱいあって、案内人のストーカーは「それ」を巧妙に回避しながらゴールの「部屋」へと向かう。



その「部屋」へと至る彼らの行程(滝のように水が流れ落ちる「乾燥室」から「肉挽き機」と呼ばれる恐ろしいトンネルをくぐり抜けハッチを開けると、体育館みたいな建物内に砂丘が広がる。そしてついに「部屋」の入口にたどりつくのだ)は、福島第一原発の原子炉がメルトダウンし、放水を浴びながら、地下に汚染された水が何万トンと貯まった原子炉建屋の中へ、防御服を着た東電の下請け作業員が向かう状況とそっくり同じだ。ほんと怖ろしいほどに。どちらも徹底的に「水びたし」じゃないか。


つまりは、あの「部屋」は、原子炉であり、神なのだった。タルコフスキーが言いたかったことと、中沢新一氏が言いたいことは結局は同じだったのだな。この部屋の前で、ストーカーは言う。「なんだ、結局だれもこの部屋を必要としていないじゃないか!」と。これはダブル・ミーニングで、神も原発も、人間は必要としていないという意味だとぼくは思う。


映画のラストシーンは鮮烈だった。

行って帰って来たストーカー一行を妻と娘がバーで待っている。その娘は、ゾーン内の放射能の影響を受けて歩行できないハンディキャップを負っている。でも、それと引き替えに彼女は、新たな別の力を得たのだった。このラストシーンで何故か画面はカラーに変わる。そこに微かな希望が見えたような気がした。


ところで、「フクシマ」の子供たちはどうか? それがいま、一番の問題だ。


2011年5月19日 (木)

月刊『すばる』6月号「日本の大転換(上)」中沢新一

■Twitter のTLで話題になっていた、月刊『すばる』6月号「日本の大転換(上)」中沢新一を読む。内田樹先生が言っていた「原発は一神教の神である」という意味がよくわかった。なるほど、どちらも地球上の生態圏の「外部」から持ち込まれたものなのだ。ただ、どうもよく分からないのは、じゃぁ、グローバルに拡大を続ける「資本主義」も「外部」から持ち込まれたものかというと、どうもそうではないらしいのだな。


 さて、ここからが重要なところである。社会は自分の外部への回路を、さまざまなやり方で確保しようとしてきた。そうしないと、キアスム構造を内在させた社会は、うまく機能できなくなってしまうからである。

ところが、合理的システムとしての自律性を高めていった自己調節的市場は、しだいに自分の円滑な作動にとって不要な要素を、外部性として外に排除する傾向を強めていったのである。(中略)

 自己調節的市場はますます自分の内部に閉じこもるようになった。市場というものの本質をトポロジーで表現するとトーラスのかたちをした巨大な閉曲面のようなものになる。その巨大なトーラスが生態圏とのつながりを失ったまま、地殻の上に設置され、それは資本の求めるところにしたがって成長を続け、ますますトーラスの大きさは膨らんでいった(中略)

 外部への回路を失ったその自閉システムの内部に、莫大なエネルギーをたえまなく供給し続ける「炉」として、生態圏にとっては本物の外部性である核分裂の「炉」が設置されているのである。市場という外部のないシステムが、生態圏の内部に生まれた。
 なんというパラドックスだろう! (『すばる6月号』p199〜200)


■中沢新一氏の話は、平川克美さんの「ラジオデイズ」で4月5日に収録された鼎談(内田樹・中沢新一・平川克美)として聴くことができる。

「ここ」「ここ」にあったが、始まりと終わりのパートで、途中が聴けない。「ラジオデイズ」で有料版を聴くしかないかな。あとは、本『大津波と原発』を買うかだな。

2011年5月18日 (水)

絵本『アライバル』と、映画『ストーカー』のこと

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■先日の日曜の夜に、NHK教育テレビで放送された「ETV特集・ネットワークでつくる放射能汚染地図 ~福島原発事故から2か月~」は衝撃的だった。

「放射能」というものは、「目に見えない」ということが一番怖ろしい。しかも、今現在、大量の放射能を浴び続けていたとしても、痛くも痒くもないのだ。もちろん、10年もすれば寿命を全うして死んでゆく年寄りは関係ない。でも、これから人生が始まったばかりの子供たちはどうか? その危険性に正しく答える人は、文科省にも厚労省にも原子力安全保安院にも誰もいない。


福島第一原発の近隣住民として避難を余儀なくされた人たちの、避難先の浪江町赤宇木公民館の方が、避難してきた自宅よりも数十倍も放射能が高かったなんて、思わず笑っちゃう話じゃないですか。番組では、3万羽のニワトリを餓死させた養鶏場の経営主や、大正時代から続くサラブレッド産地の牧場主とかが、あまりに理不尽で不条理な仕打ちに文句も言えずにいる表情をカメラは捕らえていた。

いや、それは何も彼らだけではない。先祖代々生まれ育った土地を、ワケの分からない目に見えない放射能に汚染されたという政府発表だけで、集団移住を余儀なくされた人々。

もしかすると、20年経っても30年経っても、生まれ故郷はチェルノブイリと同様、人が住めない汚染地帯として閉鎖されたまま、帰ることができないのかしれないのだ。そう考えると、とんでもない事態が進行中なのだと気づき、怖ろしくなってしまった。


■この番組のラストシーンは、爆心地に近い自宅に残してきたペットの犬・猫に餌を与えに帰った老夫婦の車に同乗させてもらったNHKのカメラが、必死で飼い主の車をを追いかけ、とうとう諦めて立ち止まる愛犬(まるで、絵本『アンジュール』のようだった)を望遠でとらえたシーンで終わっていた。悲しかった。切なかった。日本という国は、いったい、どうなってしまったのだろうか。


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■写真は、アンドレイ・タルコフスキー監督作品の映画の中で、ぼくが一番好きな『ストーカー』LDの裏表紙から撮ったものだ。一番好きと言っても、見たことがあるのは『惑星ソラリス』『ノスタルジア』『サクリファイス』『僕の村は戦場だった』と、『ストーカー』だけなのだけれど。


■これはよく言われることだが、タルコフスキーは「水のイメージに異様に執着する作家」だ。


なかでも映画『ストーカー』は、ほとんど「みずびたし」の映画だった。


■ロシアの片田舎に巨大な隕石が落下したという政府発表があり、その周囲は危険な放射能が満ちているために周辺地域住民は強制退去させられ「ゾーン」と呼ばれる立ち入り禁止区域となった。

しかし、その「ゾーン」内には人間の一番切実な望みをかなえる「部屋」があるという噂があり、そこへ行きたいと願う作家と教授の2人を秘密裏に案内するのが、主人公の「ストーカー」の役目だった。

映画では「ゾーン」の外はモノクロ、ゾーン内に入るとカラーになるという仕掛けがあった。ゾーン内には「目に見えない」危険な区域がいっぱいあって、案内人のストーカーは「それ」を巧妙に回避しながらゴールの「部屋」へと向かう。


あの「部屋」へと至る彼らの行程は、福島第一原発の原子炉がメルトダウンし、放水を浴びながら、地下に汚染された水が何万トンと貯まった原子炉建屋の状況とまったく同じだ。ほんと怖ろしいほどに。どちらも徹底的に「みずびたし」じゃないか。


■もしかすると、タルコフスキーには「今回の事態が」目に見えていたのではないのか?

ほんと、そう思いたくなるほど「リアル」な映像が「この映画」には充ち満ちている。

2011年5月13日 (金)

PABLO LIVE AFRO BLUE IMPRESSIONS / John Coltrane

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■コルトレーンが好きだ。もう、ずっと前から大好きだ。

特に、夏が近づくと無性にコルトレーンが聴きたくなる。
ぼくが大学に入学した年の夏は暑かった。1977年のことだ。


この夏、ぼくは来る日も来る日も自分で買った2番目のジャズ・レコード『マイ・フェイバリット・シングス』ジョン・コルトレーン(Atlantic)を、汗を拭き拭き繰り返し聴いていた。なにか不思議な中毒性があったのだと思う。だからいまだに、コルトレーンといえば『マイ・フェイバリット・シングス』なのだ。


あの頃、火曜日の深夜にFM東京で「アスペクト・イン・ジャズ」というジャズ番組があって、ジェリー・マリガンの「ナイトライツ」をBGMに「こんばんは油井正一でございます」で毎回始まる有名番組だった。確かあの番組でだったか、それともNHKFMの本多俊夫さん(as奏者、本多俊之氏のお父さん)でだったか、この『PABLO LIVE AFRO BLUE IMPRESSIONS / John Coltrane』LP2枚組の1枚目B面に収録された「My Favorite Things」をFMで聴いてたまげたのだった。

「コルトレーン、すっげぇ!」ってね。この演奏は、欧州演奏旅行途中のコルトレーン・カルテットを、1963年11月にドイツ・ベルリンでライヴ収録したものだ。


このレコードは、ヴァーヴ・レーベルを大手レコード会社に売り払って、スイスで悠々自適な老後生活を送っていた JATP興行主のノーマン・グランツが、1970年代に突如復活して「パブロライヴ」というライヴ録音専門のジャズ・レーベルを立ち上げた中の目玉商品として発売されたものだ。当時これには皆がビックリした。


だって、ノーマン・グランツとコルトレーンって「水と油」だもん。


だから、当時はこのレコードは「キワモノ」的あつかいを受けていたように思う。スイング・ジャーナルでの点数も、それほど高くなかったんじゃないかな。録音もよくなかったしね。


でも、ぼくはオリジナル・スタジオ録音よりも気に入ってしっまったのだ。アフリカ大陸の地図のジャケットもよかったしね。このレコードは、ほんとよく聴いたなぁ。たぶん、コルトレーンのレコードの中では一番数多く僕のターンテーブルにのったレコードだ。


そういえば、以前コルトレーンに関して「こんなふうに」書いたこともある。


■コルトレーンを聴いていると時々体験することだけれど、「あちらの世界へ連れて行かれる」感じ? とでも言ったらいいのか、例えば、あの烈しい「トランジション」のあとに「ディア・ロード」が始まった瞬間とか、「クレッセント」の後の「ワイズ・ワン」とか、「サンシップ」の冒頭とか。ぼくのタマシイが、ふわっと「あちらがわ」へ持って行かれる感覚。コルトレーンの魅力はそこに尽きると僕は思っている。


■いつだったか、月間「KURA」を読んでいたら、高遠の老舗まんじゅう店「亀まん」店主の平沢さんが、自慢のオーディオ・ルームを公開した写真が載っていて、その中で平沢さんが一番好きなジャズ・レコードとして、この『PABLO LIVE AFRO BLUE IMPRESSIONS / John Coltrane』を挙げていたのでビックリした。

なんだ、おいらといっしょじゃん!


ちなみに、亀まん店主の平沢さんは、高遠小学校で僕の1つ下の学年だったと思う。

2011年5月 7日 (土)

『コルトレーン ジャズの殉教者』藤岡靖洋(岩波新書)

■本は薄いのに、内容はメチャクチャ濃い。

著者は、大阪の老舗呉服店の旦那はん。でも、趣味とか道楽とかの時限を超越している人で、世界的に有名なジョン・コルトレーン研究家なのだった。著書は、この岩波新書が3冊目で、初の日本語で書かれた本だという。と言うことは、前の2冊は英語で書かれたコルトレーンの本なのだそうだ。凄いな。


この本の中で、ぼくが一番に注目したのは p115 に載っている「アンダーグラウンド・レイルロード」という曲に関する記載だ。

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■この曲は『アフリカ/ブラス Vol.2』に収録されていて、ぼくがジャズを聴き始めてまだ間もない頃、すごく気に入ってさんざん聴いた覚えがある。このLPジャケットにも見覚えがあったので、書庫のLP棚を探したが見つからない。もしかして所有してなかったのか? おかしいなぁ。で、ふと気がついたのだが、たぶんあのレコードは、ぼくが大学1年生だった時に長兄から借りた10数枚のジャズレコードの中の1枚だったに違いない。

だから、いまは手元にないし、どんな曲だったかすっかり忘れてしまった。しかも、残念なことに iTunes Store では取り扱っていない。仕方なく、amazonで輸入盤を注文することにした。ぜひ、もう一度じっくり聴いてみたい。まてよ? YouTube にならあるかもしれない。そう思って探したら、あったあった。そうそう、この曲だ。なんとまぁ、自信に満ち満ちた力強い演奏なんだ! ほんと、カッコイイなあ。






YouTube: John Coltrane - Song Of The Underground Railroad

いずれにしても、この本の一番の読みどころは「アンダーグラウンド・レイルロード」や「ダカール」「バイーヤ」「バカイ」「アラバマ」とタイトルされた曲の本当の意味が書かれている、第3章「飛翔」その2「静かなる抵抗」(p108〜p126)にあると思う。「音楽が世界を変える」と信じて、最後の最後まで力の限り演奏し続けたコルトレーンだが、その死から41年後になって、アメリカ初の黒人大統領が誕生することになるとは、さすがの彼でも想いもよらなかっただろうなぁ。


あと、この本を読んで面白かったことを、思いつくままに列挙すると、


・見たことのない珍しい写真や新事実が満載されている。
・南部で黒人教会の名高い牧師であった祖父からさんざん聴かされた黒人奴隷の話。
・信じられないくらい超過密な来日公演スケジュール。
・同郷の友を何よりも大切にするジャズマンたち。
・「ジャイアント・ステップス」にも収録された、カズン・メアリーのこと。
・戦後すぐ、ハワイ真珠湾で海軍の兵役につていたこと。
・その時、任務をサボって収録されたレコードを聴いたマイルズ・デイヴィスが
 コルトレーンをメンバーに招聘したこと。


・コルトレーンという名字は、アメリカでもすごく珍しい姓。
・母親が12回の分割払いで、息子のために中古のアルトサックスを買ってくれたこと。
・良き友であり、良きライバルであった、ソニー・ロリンズのこと。
・彼に白人の愛人がいたこと。その彼女が日記を残していたこと。
・アリス・コルトレーンのこと。
・名盤『至上の愛』誕生秘話。

・コルトレーン「でも、どうやって(演奏を)止めたらいいのか、わからないんだ」
 マイルズ  「サックスを口から離せばいいだけだ!」

・それから、巻末に収録された「当時のニューヨーク地図」。
 当時のジャズクラブの場所や、ジャズメンのアパートの位置が記入されていて、
 これは楽しかったな。そのうち、タイムマシンが実用化された時には、すっごく
 役立つ地図になると思うよ。

 そしたら僕は、1961年7月のドルフィー&ブッカー・リトル双頭コンボを見に、まずは
 「ファイブ・スポット」へ行くな、やっぱし。


2011年5月 1日 (日)

ビリー・ホリデイ「言い出しかねて」 村上春樹『雑文集』より

ようやっと『雑文集』村上春樹(新潮社)を読み終わった。面白くて、しかも濃い内容で「村上春樹のエッセンス」が見事に凝縮されていたな。 読みどころはいっぱいある。 前回取り上げたほかには、 「東京の地下のブラック・マジック」 「スティーヴン・キングの絶望と愛」 「スコット・フィッツジェラルド ---- ジャズ・エイジの旗手」 「カズオ・イシグロのような同時代作家を持つこと」 「安西水丸は褒めるしかない」 「デイヴ・ヒルトンのシーズン」 「正しいアイロンのかけ方」 「違う響きを求めて」 「遠くまで旅する部屋」 「物語の善きサイクル」 「解説対談」安西水丸 x 和田誠  などなど。 ■ただ、読みながらすっごく悔しい思いをした文章がある。 「言い出しかねて」( p171 〜 p180 ) だ。 なぜなら僕は、ビリー・ホリデイが唄う「言い出しかねて」を今まで一度も聴いたことがなかったのだ。もちろん、彼女のLPは6〜7枚、CDも4枚持っていて、1930年代の絶頂期の録音から最晩年の傑作『レディ・イン・サテン』まで、繰り返し愛聴してきた。でも、それらの中には「言い出しかねて」は収録されていなかったのだ。 あわてて YouTube で検索したら、米コロムビアで、1938年6月にスタジオ収録された演奏が見つかった。レスター・ヤングのテナー・ソロが素晴らしい。これだ。


YouTube: Billie Holiday & Her Orchestra - I Can't Get Started - Vocalion 4457

でもこのピアノは、カウント・ベイシーではない。 村上氏は言う

「言い出しかねて」ならこれしかない、という極めつけの演奏がある。ビリー・ホリデイがカウント・ベイシー楽団とともに吹き込んだ1937年11月3日の演奏だ。ただこれは正規の録音ではない。(中略) 音は今ひとつなのだけれど、演奏の方はまさに見事というしかない。ベイシー楽団のパワーは実に若々しく圧倒的だし、アレンジも楽しい。とくに楽団のアンサンブル間奏のあとに出てくるレスター・ヤングの情緒連綿たるテナー・ソロは、まさに絶品である。レスターの吹く吐息のようなフレーズが、本当に「言い出しかねる」みたいに、ビリーの歌唱にしっとりと寄り添い、からみついていくのだ。(中略)  この1937年のビリー・ホリデイの歌唱と、バックのベイシー楽団の演奏がどれくらい素晴らしいか、どれくらい見事にひとつの世界のあり方を示しているか、実際あなたに「ほら」とお聴かせできればいいのだけれど、残念ながらとりあえずは文章でしか書けない。

読者の目の前にニンジンをぶら下げながら、絶対に食べさせない「いじわる」を、村上氏はよくやるが、これなんかはその最たるものだな。だって、聴きたいじゃないか。ラジオ放送を私家録音した、ベイシー楽団とビリー・ホリデイの「言い出しかねて」。でも聴けない。こういうスノッブ的嫌らしさが、一部で村上春樹が嫌われる原因ではないかな。 ■しかし、村上氏は甘かった! インターネットを駆使すれば、たちどころに判明するのだ。あはは! ビリー・ホリデイの百科事典みたいなサイトがあるのだよ。 そこに載ってました。「1937年11月3日の演奏」。村上春樹氏が書いているのは、まさにこの時の演奏に違いない。この演奏が収録されたCD一覧もあるぞ。 でも、ふと思いついたのだが、iTunes Store へ行けば、曲単位で安く購入できるじゃないか。で、iTunes Store で「Billie Holiday I can't get started」を検索したら、50曲も見つかった。おおっ! この中のどの演奏が「それ」なんだ? 困ったぞ。 仕方なく、1番からかたっぱしに試聴していった。しかし、そのほとんどが 1938年6月スタジオ収録版のようだった。でも、よーく聴いていくと、3,6,34、の演奏は違うみたい。思い切って、34番目をダウンロードしてみた。う〜む、これかなぁ。自信ないなぁ。だって、レスター・ヤングのテナー・ソロが入ってないんだもの。 でも、ビリー・ホリデイがサビを唄うバックで、彼女にぴったり寄り添うようにサックス吹いてるなぁ、レスター・ヤング。 やっぱりコレだな。きっと。

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