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2011年5月30日 (月)

『きみの鳥はうたえる』佐藤泰志(河出文庫)その2

■さて、『きみの鳥はうたえる』だ。 東京近郊、中央線沿線で、一橋大学がある街(国立市か?)の本屋に勤める主人公のぼくと、同じ書店で働く佐知子、そして、ぼくと共同生活を営む失業中の静雄の、仲好し男子2人と新たに加わった女子1人の3人組(全員が、アラン・シリトー『土曜日の夜と日曜の朝』の主人公と同じ、21歳だ。ぼくは読んだことないけど。)による「楽しくてやがて哀しき、ひと夏の出来事」という、いわゆる「青春もの」の鉄板設定だ。 この設定で一番有名なのは、フランス映画『冒険者たち』の、アラン・ドロン、リノ・バンチュラ、ジョアンナ・シムカスの3人組で、その日本版が『八月の濡れた砂』藤田敏八監督作品(日活)だ。村野武範、広瀬昌助、テレサ野田の3人と、湘南の海。主題歌は石川セリだった。これは名曲! 男3人+女1人だと『俺たちの旅』中村雅俊、田中健、秋野太作+金沢碧。男3人+女2人だと『ハチミツとクローバー』で、応用編としては、女2人+男1人の『わたしを離さないで』カズオ・イシグロがある。どの作品でも共通して、彼らは「夏の海」へ行く。 でも、デフォルトは、仲好し男2人と新たに加わった女1人の3人組だな。トリュフォーの『突然炎のごとく』がオリジナルなのか? ポイントは、男子2人がまるでホモ・セクシュアルかと誤解してしまうくらいに密着していることだ。主人公と静雄は、冷凍倉庫のバイトで出会った。ある時、静雄が言った。   「俺たち、贋物のエスキモーのようだ」と。

思わず僕は笑った。そのときに、僕はあいつが好きになった。
 その夏が終わったときに僕は、共同生活をしないか、とあいつに持ちかけた。静雄はふたつ返事で承知した。すぐに静雄は、今の僕らの部屋に引っ越してきたが、持ちものといったら、レコードが何枚かと蒲団だけだった。僕はあのときにはあきれてしまった。そのレコードは全部ビートルズのレコードで、それは静雄が失業してから、古レコード屋に二足三文で売り払ってしまった。(中略) 引っ越してきた日、静雄はレコードを僕に見せ、財産はこれだけだ、といい、アンプもプレーヤーも部屋にないのを知って、くやしそうに舌を鳴らしたものだった。僕らはあのとき焼酎で乾杯した。あいつはプレーヤーがありませんので僕が唄います、とふざけて、「アンド・ユア・バード・キャン・シング」を僕のために唄ってくれた。(p70)

静雄はこの時、どんなふうに「この曲」を唄ったのだろうか? サザンの桑田さんが唄ったバージョンはこれだ。


YouTube: 桑田佳祐 Keisuke Kuwa弾き語り生歌 The Beatles - And Your Bird Can Sing

ぼくは「この曲」を聴いたことがなかったのだが、なんとまぁ、いい曲じゃん! ジョン・レノンが作詞作曲した曲とのこと。なんとも不思議な歌詞だ。

JASRAC からの通告のため、歌詞を削除しました(2019/08/06)

■この歌を唄ったのは静雄だ。 ということは、You は僕で、Your Bird は、佐知子ということになるな。 『きみの鳥はうたえる』の解説で、井坂洋子氏はいう。 それにしても、「きみの鳥はうたえる」という作品は不思議だと。 ほんとにそうだ。ぼくも読んでいてそう思ったよ。 この主人公は変だ。 すっごく淋しがり屋で人恋しくて、常に親友におんぶに抱っこの関係を求めているのだけれど、でも、変に他人との距離を保つところがあって、親しいのに妙によそよそしかったりするのだ。 それは、佐知子との関係にも表れる。 この佐知子も、じつに不思議な女だ。いわゆる、ジョアンナ・シムカス的「ミューズ」なんだけれど、本人はさかんに否定しているが、どう見ても「尻軽女」なんだ。でも、バカじゃない。けっこう真面目だったりもする。トマトは包丁で切らずに丸ごとかじりつくのが好きで、林檎も丸ごとかじり、桃の皮を剥く姿がセクシュアルだったりする。それから、殴られた主人公が瞼に載せるのは、輪切りのレモンだ。なんか、妙に果物がいっぱいでてくる小説なのだ。 で、僕と静雄の蜜月関係に突然侵入してきた佐知子が言う。静雄は、芥川龍之介『蜘蛛の糸』のカンダタよ、と。さらに彼女は言う。静雄は子供でマザコンだと。 女は直感的に「その人の本質」を言い当てる。 でも、静雄といっしょに毎日暮らしてきた僕は、そんな静雄の一面に、全く気付くことがなかったのだ。 何故なら、密着しつつも、微妙な距離感を保ってきたので、結局は「本当の静雄の気持ち」をじつは全く理解していなかったのだな。佐知子のほうがよっぽど静雄を理解していた。そういう事実を、主人公は小説の最後に知ることになるのだった。 そのことは『草の響き』の主人公が、結局は暴走族のリーダー「ノッポ」のことを、あ・うんの呼吸で全て理解しているような気がしていたのに、じつは何にも分かっていなかった、という事実を最後に知ってショックを受けたことと、小説の構造的には同じだと思った。つまりは、歌のタイトルである「ユー・キャント・キャッチ・ミー」であり、「アンド・ユア・バード・キャン・シング」なのだ。 でも、この主人公が味わう「おいてきぼり感」に、いま読んでも不思議とリアリティがあるように思う。

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