ケメックスのコーヒーメーカーを買ったのだ
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・昨年末に GLASS ONION で、ケメックスのコーヒーメーカー6カップ用(ガラス製の化学実験器具みたいなヤツ)を買ってから毎朝ドリップコーヒーを入れて飲むようになった。
コーヒー豆は、毎週「カフェ・コーデ」で碾いてもらって200g買う。今飲んでるのは、グァテマラ・ラ・タシータ農園の豆。美味いんだこれ。あと、ボリビア・コパカバーナ農園の豆もね。
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・昨年末に GLASS ONION で、ケメックスのコーヒーメーカー6カップ用(ガラス製の化学実験器具みたいなヤツ)を買ってから毎朝ドリップコーヒーを入れて飲むようになった。
コーヒー豆は、毎週「カフェ・コーデ」で碾いてもらって200g買う。今飲んでるのは、グァテマラ・ラ・タシータ農園の豆。美味いんだこれ。あと、ボリビア・コパカバーナ農園の豆もね。
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あけましておめでとうございます。今年もよろしくお願いいたします。
さて、
【昨日から今日にかけての、ぼくのツイートのまとめ(一部改変あり)】
■ぼくが初めて大瀧詠一さんの歌を聴いたレコードは『中津川フォークジャンボリー'71』(ビクター)のB面ラストに収録されていた、はっぴいえんど「12月の雨の日」だった。加川良と吉田拓郎の「人間なんて」が聴きたくて買ったんだけどね。
だから、快晴の大晦日の午後、追悼を込めて「12月の雨の日」→「春よこい」→「空とぶくじら」→「恋の汽車ポッポ」→「ウララカ」→「さよならアメリカ・さよならニッポン」の順番で聴こうとCDを準備していた。そしたら、高2の長男が来て「深呼吸すると右胸が痛いんだ」と言った。
僕は嫌な予感がした。実は朝から彼は右胸上背部の違和感を訴えていたのだ。「息苦しくはない」と言っていたから、その時は「大丈夫だよ」と軽く受け流した。しかし、やはりこれはマズいよな。で、慌てて聴診器を当ててみた。ちょっとだけ右肺の呼吸音が弱いような気もするが、自信がない。仕方ないのでレントゲンの電源を入れて胸部写真を撮った。
■医者というものは、自分自身と家族や身内に関しては客観的な医学的評価ができない。いつも良い方に無理矢理解釈してしまう。そういうものだ。今回もまさにそうだった。モニター画面に映った胸部写真を見ると、まぎれもなく右自然気胸だった。あっちゃぁ〜。ぼくは慌てて紹介状を書き伊那中央病院へ電話をした。
12月31日の午後4時前だったか。新しくなった伊那中央病院の救急部待合室にぼくはいた。幸い思いのほか待合室は混雑していなかった。少し待って、息子を診察してくださった畑谷先生に呼ばれた。「いま呼吸器外科の先生が来てくれますので」。
という訳で、息子は即入院となり、病棟でトロッカー・チューブを胸腔に挿入された。
伊那中央病院の呼吸器外科の先生の迅速な対応が、ほんとありがたかった。夜になって、息子は妻が届けたおせち料理と「こやぶ」の年越し蕎麦を食ったあと、NHK紅白歌合戦の「あまちゃん最終回」と「ゆく年くる年」まで病棟のベッドの上で見たらしい。
1月2日の晩、家族で泊まる予定だった温泉旅館は当然キャンセルされた。仕方ない。お正月で、しかも宿泊2日前という直前キャンセルにも関わらず「ご子息が入院されたとお聞きしましたので、キャンセル料は20%でいいです。」電話の向こうで女将はそう言ってくれた。ほんとうに有り難かった。
そういう訳で、今ようやく大瀧詠一追悼のため、ラジカセにCDをセットして例の「ウララカ」が鳴っているという次第。
■佐野史郎さんの追悼文が泣ける。「大瀧詠一さん、ありがとうございました」
■清水ミチ子さんの追悼文も泣けた。
■申し訳ないが、ぼくは内田樹先生と違って「ナイアガラー」ではない。大瀧さんはあくまでも「はっぴいえんど」の人なのだ。ただ、内田先生や平川克美さんが羨ましいのは、大瀧さんから成瀬巳喜男の映画の魅力を直接たっぷりと聴いていることだ。
いまこうして、URCやベルウッドの「ベスト盤」聴いていると、何かほんとしみじみしてしまう。いま鳴っているのは「僕のしあわせ」はちみつぱい。その次が、西岡恭蔵「プカプカ」で、最後は「生活の柄」高田渡の予定。
でも何故か、いま鳴っているのは『土手の向こうに』はちみつぱい。あ、そうだ。この曲の別ヴァージョンを持っていたんだよ。
あっ! 間違えた。収録されてたのは『塀の上で』だった。次の曲が、奥田民生『さすらい』。こうなったら、矢野顕子の『ラーメンたべたい』奥田民生ヴァージョンでも聴こうか。
このCDは凄いぞ! いま鳴ってるのは『横顔』大貫妙子・矢野顕子。次はやっぱり『突然の贈りもの』大貫妙子かな。
■スティーヴン・キング『11/22/63(上)』302ページまで読んだ。よくできた話だ。うまいなあ、キングは。ただ、1958年にカーラジオから流れる曲が分からない(週刊文春最新号で、小林信彦氏は「みんな判る」と書いているのにね)。雰囲気だけ味わいたくて『James Taylor / COVERS』を出してきて聴いているところ。
■伊那の TSURUYAで前に買ってあった、GABAN「手作りカレー粉セット(各種スパイス20種詰)」と、フランス al badia社製「クスクス」を、今日の午後作ってみた。混ぜたカレー粉を炒めすぎて焦がしてしまったので、何だか焦げ臭くて漢方か薬膳料理みたく苦くなってしまった。それとカレーにはクスクスよりも、やっぱりご飯の方が相性がいいことが判った。午後からずっと時間かけて台所に居たのにイマイチだったな、残念。
でもカレーは、マンゴーチャツネを入れてゆで卵の輪切りを添えたら、渋谷道玄坂百軒店『ムルギー』の「玉子入り」みたいな色と、あの不思議な懐かしい味がちょっとだけした。いつも真っ白な割烹着で、江戸っ子口調の威勢がいい短髪(永六輔みたいな髪型)のおばあちゃん。それから、僕が注文する前に「ムルギー玉子入りですね!」と勝手に決めつけて去って行く店主のあの無表情を、ふと思い出した。
■12月27日(金)夜7時からTBSラジオで放送された年末特別番組『林美雄 空白の3分16秒』を、radiko で聴いた。この放送を、ずっと楽しみにしていたのだ。
出演:宮沢章夫(劇作家・演出家・作家)
1980年9月30日。数多くのアーティストを発掘し、日本のサブカルチャーの目利きとしてリスナーの信頼を集めた「林美雄のパックインミュージック」が最終回を迎えた。そのエンディングで林アナウンサーは、テーマ曲にのせて挨拶を始めたが、途中で自ら音声を絞り、そのまま3分16秒の間、テーマ曲だけが放送された。テーマ曲が終わりかけたころ、再び林アナウンサーの声が流れ、「音としては(放送に)のっていませんでしたが、いろんな事をいま言いました・・・だから、勘弁してくださいね。」の言葉で番組は締めくくられた・・・。
この3分16秒、林アナウンサーは何を語ったのか?何を伝えたかったのか?林アナウンサーが58歳の若さでこの世を去って11年。作家・宮沢章夫が関係者の証言から、林美雄という人物に迫るドキュメント。(TBSラジオ:番組解説より)
■宮沢さんが、TBSアナウンサーだった故林美雄氏の取材をしていることは半年前にツイッターで知っていたのだ。
かつて僕は、90年代以降に「80年代的なもの」を憎悪した者らに疑問を持ち、80年代を擁護したが、林美雄さんは70年代世代として「80年代的なもの」を憎悪したのではなかったか。この二つの「憎悪」は種類と性格が異なる。その差異から80年代を読む方法があるかもしれない。手がかりが。
なぜだろう。何度かここで、林美雄というTBSのアナウンサーのことを書いた。故人となったその人のことを番組にしようとTBSラジオのP氏と相談していたおり、林さんについてのルポルタージュが「小説すばる」に連載される。この奇妙な共時性。
なぜ林美雄さんについて、半年以上かけて、ひとつの謎を追いかけていたか自分でも不思議だった。昨夜、僕のトークの部分を録音しながらわかったのはラジオが好きということだ。(つづく)
【承前】中学生のころに夢中になって聴いたし、考えてみれば仕事を始めたのもラジオが最初だった。だから『林美雄 空白の3分16秒』は、ラジオが好きだという述懐であり、そして、ラジオというメデイアについてのドキュメントだ。
■で、この放送は僕の予想では「青春のノスタルジー」に浸るための装置になるはずだったのだが、とんでもなかった。番組終盤で登場する久米宏の言葉を聴いて、ぼくは「あっ!」と思った。ショックだった。
宮沢氏は「あくまでも」いま現在を見据えていたのだ。そのあたりのことは、雑誌「STUDIO VOICE」に載った、このインタビューを読むと少しは理解できるかもしれない。
遊園地再生事業団「夏の終わりの妹」宮沢章夫 ロングインタビュー(4)
遊園地再生事業団「夏の終わりの妹」宮沢章夫 ロングインタビュー(5)
■このところずっとその著作を追っかけて読んできた宮沢章夫氏は、1956年生まれで、ぼくより2つ上だ。小田嶋隆氏と同学年になるな。いま手元にある雑誌『東京人 特集:青春のラジオ深夜放送 No.294 / march 2011』(都市出版)を紐解くと、40ページに「海の向こうとアンダーグラウンド。」と題した宮沢章夫氏の文章が載っていて、宮沢氏が14歳だった頃、夢中になって聴いていた糸井五郎と林美雄のことが書かれていた。
■ラジオ番組を聴いた直後、ぼくは堪らなくなって、連続ツイートした。もろ「ネタバレ」だった。その部分は削って、以下再録。
・長野県上伊那郡高遠町で、40年前にTBSラジオを聴くのは大変だった。でも深夜だったから、林美雄の「パックインミュージック」をラジオを必死にチューニングしながら聴いていた。メチャクチャ影響を受けた。一度だけハガキも読んでもらった。みどりブタ大明神のお札を貰ったお陰で大学に合格できた。
・続き)1970年代のサブカルを代表するアイコン「林美雄」が、1980年の秋にラジオの深夜放送を辞めたことの本当の意味とは? 1980年代のサブカルをずっと探究してきた宮沢章夫が迫る。これは予想以上に聞き応えがあった。ずしんと僕の胸に突き刺さった。そうか、●●していたのか。林さんは。
・続き)それにしても、ずっと以前に書いたのだが、http://www.clio.ne.jp/home/kita/0303.html … 当時リアルタイムで「林美雄のパック」を聴いていた人間が、いったい何人ツイッター上に残っているのか? なんだ、『小説すばる』で連載している柳澤健氏は、林美雄のファンでもなんでもなかったのか……。
・続き)あれから40年が経って、今やネット経由の「Radiko」から、雑音の全く入らない電波状況も心配する必要のないTBSラジオを僕は聴いている。あの懐かしい林美雄パックのオープニング・テーマ、ブッカー・T の『 タイム・イズ・タイト』お終いの『フォローミー』『青春の蹉跌のテーマ』
・続き)当時はぜんぜん気づかなかった林美雄アナの●●が、33年も経ってからタイムカプセルが開封されたみたいに突如明らかにされたことが、ぼくはラジオを聴いていてものすごくショックだった。55歳になった僕は、フォロー・ミーのテーマを聴きながらただただ泣いた。
・続き)その「林美雄パック最終回」を、僕はリアルタイムで聴いた覚えがない。つまりは、1970年代にあれほど影響を受けていた林美雄氏から、もう既にずいぶんと離れてしまっていたからなのだろう。1980年というと、僕は大学4年生だった。
■『林美雄 空白の3分16秒』宮沢章夫(TBSラジオ) この日の実際の放送録音を早速ネットにアップしてくれた方がいた。ありがたいことだ。
TBSアナウンサー「林美雄」のことを知らない人にこそ、ぜひ聴いてみて欲しい。
■以前、伊那市の子育て支援小冊子「ひとなる」(子どもネットいな)のために書いてボツにした文章をアップしましたが、最終的に載ったのは以下の文章です。けっこう気合いを入れて書きました。
4月から入園するこども、生まれたばかりの赤ちゃんがいるお父さん、おかあさんに読んで欲しいです。
子供はどうして「カゼ」をひくのか?
北原こどもクリニック 北原文徳
1)はじめに
子供は本当によくカゼをひきます。しかも、冬だけでなく夏でも春でも秋でも1年中ひきます。でも、子供はカゼをひくことが仕事のようなものですから仕方ありませんね。カゼの原因になるウイルスは200種類以上もあって、イギリスの調査では、小児は1年に12回、成人でも2〜4回カゼをひくそうです。1つカゼをひく毎に免疫ができ、保育園に入園して半年〜1年も経てばずいぶんと丈夫になってきます。そうして10歳になる頃には、もうあまり病気をしなくなるのです。
子供はカゼを吸い寄せる「歩く磁石」のようなものですから、子供が大勢いっしょに生活する場所は、カゼをはじめ様々な病原体の「るつぼ」になります。例えば、双子ちゃんは乳幼児期に頻回にカゼをひき、しかも治るのに時間がかかるし、兄弟の下の子は、お兄ちゃんが保育園からもらってきたカゼをみんなうつされてしまいます。ゼロ歳児、1歳児のうちに保育園に預ける場合には、さらにその傾向は強まります。
また、生後2〜3ヵ月の赤ちゃんは母親の免疫があるからカゼはひかないと思っている人が多いですが大まちがい。兄姉がいればカゼをひくし、インフルエンザにだって感染します。ただ確かに軽く済むことが多い。しかし、百日咳とRSウイルス感染症(細気管支炎)は逆に重症化しやすく入院が必要となる場合があるので、お兄ちゃんが「咳のひどいカゼ」を持ち帰った時には要注意です。
それから、水痘やおたふくかぜは1回罹ったら原則もう2度と罹りませんが、RSウイルスやインフルエンザ、ロタウイルス、ノロウイルスなど、多くの風邪ウイルスや、溶連菌は何度でも感染しますので、なかなか厄介なのです。
2)大切な予防接種
子供の感染症を予防する一番よい方法は、他の子供たちから完全に隔離してしまうことです。保育園には出さず、子育て支援センターにも行かず、小児科医院は絶対に受診しない。兄弟もいなくて、子供と接するのは父母、祖父母のみ。そうすれば、まず間違いなくカゼをひかなくなる。でも、そんな「無菌室育児」は絶対に無理ですよね。第一これでは子供に免疫ができない。
でも、病気にかからずに「免疫」を作る方法があるのです。そう、それが「予防接種」です。予防接種で防ぐことのできる病気は、保育園に通い始める前にできるだけ予防接種を済ませておくことが何よりも大切です。
特に、1歳までに発症することが多い細菌性髄膜炎を予防するヒブワクチンと肺炎球菌ワクチン(初回免疫3回+追加免疫 の4回接種)は、生後2ヵ月から接種できますので、できるだけ早くに接種を開始して下さい。
ロタウイルスワクチン(2〜3回経口接種)は任意接種で個人負担金額が高いワクチンですが、生後3.5ヵ月までに初回接種を済ます必要があるので、「赤ちゃんのワクチンデビューは生後2ヵ月」を合い言葉に、ヒブと肺炎球菌の2種、もしくはロタウイルスも合わせた3種の「同時接種」を薦めています。
乳児期は、この他に四種混合ワクチン(不活化ポリオ、ジフテリア、百日咳、破傷風/初回免疫3回)とBCG(結核予防のための生ワクチン)の接種があって、種類や回数も多く接種間隔や接種計画をどう進めていったらよいのか混乱してしまいますので、訪問指導や健診の時に保健師さんに相談したり、最初にワクチン接種を受けた医師にスケジュールを決めてもらうとよいです。
平成25年4月からは、今まで生後6ヵ月未満だったBCGの接種期間が1歳未満(接種の推奨時期は生後5カ月以上8カ月未満)に延長されたので、ずいぶん予定は組みやすくなりました。また、スマホのアプリに「予防接種スケジューラー」という大変便利なスグレモノツールも登場しました。
1歳のお誕生日を過ぎたらすぐに、MRワクチン(麻疹風疹混合ワクチン)を受けましょう。こちらは肺炎球菌の追加接種(4回目)と同時接種が可能です。未満児で保育園に出す場合には、任意(費用は個人負担)ですが水痘とおたふくかぜ、それにインフルエンザのワクチンを受けておくことをお薦めします。
3歳から接種(計4回)される日本脳炎ワクチンは、最近、接種直後の死亡例の報道があり不安に思われた方も多いと思いますが、たいへん特殊なケースで、ワクチンとの直接な因果関係はなかった模様ですのでご安心ください。
3)感染経路から見た子供の感染症
次に大切なことは、保育園などで流行する子供の感染症の「感染様式」の違いを理解することです。以下の表をご覧下さい。
| ●空気感染:空気を介して鼻、のど、肺からうつる |
→ 麻疹、水痘、結核 |
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● 飛沫感染:くしゃみ、咳で飛んだ「飛沫」を吸い込んでうつる |
→ インフルエンザ、マイコプラズマ肺炎、百日咳、SARS、 |
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RSウイルス、アデノウイルス、おたふくかぜ、風疹、 手足口病、伝染性紅斑(りんご病)、ヘルパンギーナ |
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● 接触感染(直接):肌が直接触れることで感染する |
→ とびひ(伝染性膿痂疹)、みずいぼ(伝染性軟属腫)、 |
|
帯状疱疹、口唇ヘルペス、咽頭結膜熱とウイルス性結膜炎 (目から感染)、あたまじらみ、白癬(水虫、たむし) |
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● 接触感染(間接):ウイルスや細菌が付着したものを触れた手を「鼻」に持っていってうつるもの。
→ ライノウイルス(鼻かぜ)、パラインフルエンザ、 RSウイルス、インフルエンザ、溶連菌感染症 |
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● 接触感染(間接):ウイルスや細菌が付着したものを触れた手を「口」に持っ ていって、経口的に「消化管」に感染する(糞口感染) → ロタウイルス、ノロウイルス、カンピロバクター、サル モネラ、病原性大腸菌、A型肝炎、E型肝炎、赤痢、蟯虫 腸炎ビブリオ、腸管アデノウイルス、エンテロウイルス、 コクサッキーウイルス など |
★ 注目して頂きたいポイント(その1):「空気感染」と「飛沫感染」とでは意味が異なります。
くしゃみや咳に含まれる「飛沫」は水分が多く重いので、感染者から半径2m以上先には飛び散りません。これに対して空気感染の場合は、水分が蒸発し軽くて小さな「飛沫核」で感染するので、室内の空気中に長時間漂いながら感染のチャンスをうかがいます。麻疹と水痘の伝染力が他の感染症と比べてずば抜けて強力なのは、このような理由によるのです。
★ ポイント(その2):カゼの伝染は、飛沫感染よりも案外「手を介した接触感染」の方が重要な感染経路だったりします。
同じウイルスでも複数の感染経路を持つものがあります。インフルエンザは主に飛沫感染で伝染しますが、例えば患者が右手を口に当てて咳をした後にその右手出ドアノブに触れるとインフルエンザウイルスがドアノブに付着しその場で8時間近く生き続けます。その館に別の人がドアノブを握って、その手で鼻をこすると、それでも感染が成立するのです。
こうした接触感染で主に伝染する代表的なカゼが、いわゆる「鼻かぜ」の原因であるライノウイルスで、すべてのカゼの原因の40%近くを占めています。人間は無意識のうちに何度も手で鼻や目をこすります。
カリフォルニア大学バークレー校の学生を被験者にした観察によると、学生たちは1時間に平均16回も眼や鼻、唇を手で触り、そのうち5回は鼻孔に指を入れたそうです。こうして患者の鼻水中のライノウイルスが手に付着し、その手が触った様々な物(エレベーターの昇降ボタン、ドアノブ、照明スイッチ、テレビリモコン)にウイルスは付着することになります。
そして、ライノウイルスはその物体の表面で18時間は生き長らえ、他の人が触った手に移動して、さらにその手が鼻や眼に触れた時に体内に侵入するのです(ライノウイルスやアデノウイルスは、眼からも感染します)。つまり、鼻水がカゼをうつす主犯格なら、手(ウイルスがついた指先)は共犯者という訳です。
★ ポイント(その3):ノロウイルス、ロタウイルスの生命力、感染力は驚異的!
これらの風邪ウイルスが増殖できるのは、ヒトの細胞内のみで、人間の体外では増えることができず、やがて死に絶えます。体外で生きていられるのは、インフルエンザウイルスが数時間〜半日、ライノウイルスで2〜3日といったところでしょうか。
ところが、ノロウイルスは2週間から1ヵ月近くも体外で生き長らえることができます。また、 ノロウイルス、ロタウイルスの伝染力は驚異的です。下痢便1g中には約1〜10億個、吐物1g中には10万〜100万個のウイルス粒子が含まれ、このうちの「たった10〜100個」のウイルス粒子が人間の口に入っただけで感染が成立すると言われています。
しかも、このウイルスは飛沫核となって空気感染する可能性もあるのです。さらには、遺伝子の異なるサブタイプが多数存在するために、人によっては毎年感染を繰り返す人もいます。まさに、最強のウイルスですよね。唯一救いなのは、症状が軽く短期間で治まり、重篤な合併症が少ないことです。
ノロウイルスに汚染された吐物や糞便で汚れた、フローリング、カーペット、衣類、寝具の消毒は、加熱が可能であれば、85℃で1分間熱湯に浸すか、スチームアイロンで熱します。加熱できない場合は、塩素系漂白剤(ハイター)を、500mlのペットボトルのキャップ2杯入れ、水を加えて500mlにした溶液で拭きます。汚染された衣類や容器の浸け置きには、500mlにキャップ1杯の溶液を作って下さい。ただし、漂白剤で色落ちすることがあります。
4)カゼをひかないようにするには?
こうして見てくると、風邪ウイルスは「汚染された物」に触れた手から接触
感染するケースが一番多いことが分かります。すなわち、「顔を触らない」(汚染された手を鼻や眼に持っていかない)ことと、「正しい手洗い」をその都度実践することに尽きます。たぶん手洗いは「うがい」よりもずっと予防効果が高い。
基本は、石鹸を泡立てて「手のひら→手背→指の間→爪と指先→親指→手首」
の順番で洗い、水道の流水でよく流します。ネットで花王「ビオレU」のサイトを見に行くと、「あわあわ手洗いの歌」の歌詞と動画が載っています。これスグレモノです。子供といっしょに歌いながら楽しく手洗いして下さい。
速乾式アルコール消毒は便利ですが、過信は禁物。ノロウイルスやロタウイ
ルスは、アルコール消毒では不十分といわれています。また、抗菌石鹸は細菌には有効ですがウイルスには効果がありません。
ただ、その度に手洗いすることは子供には無理があります。そこで、右利きの子供は、眼や鼻を左手で触るよう訓練するといいと提案する学者もいます。また、咳やくしゃみをする時は、顔を自分の服の袖に当ててするか、ティッシュの中にするようにしましょう。
それから、鼻水は正しく上手にかみましょう。鼻をズルズルすすったり、両方の鼻を一度に力まかせにかむと、中耳炎や副鼻腔炎、気管支炎になってしまうので注意して下さい。ポイントは、1)片方ずつかむ 2)口から息を吸ってから鼻をかむ 3)ゆっくり少しずつかむ 4)強くかみすぎないことです。お風呂で暖まって湯気を吸うと、鼻水が出やすくなります。
赤ちゃんも「鼻水吸い器」を使って小まめに吸ってあげて下さい。コツは、先端を鼻の上の方向に向けるのではなくて、真下に(顔の表面に対して垂直に)向けると吸いやすいです。また、母乳を1〜2滴片方の鼻の穴に垂らしてから吸うと上手く吸えることがあります。
5)おわりに
残念ながら、カゼを予防する方法はありません。あまり神経質にはなりすぎず、上手に風邪ウイルスと付き合っていくしか仕方ありませんね。
■「GLASS ONION」で、クリスマスプレゼントとして妻に買ってもらった「SodaSparkle ツインボトルスターターキット」 が、とても重宝している。これはいいや。
液体二酸化炭素のカートリッジ(1本 50円)をセットして、微炭酸なら 1.3L、強炭酸水は 1L できる。
炭酸好きのぼくは、西友で「PEPSI NEX ZERO」1.5L や、350ml のアルミ缶入り炭酸ソーダに、500ml のペットボトル「クラブソーダ」を、テルメに行った帰りに必ず買って帰るので、わが家は「ペットボトル」が山のように貯まってしまうのだった。
ビン、缶、ペットボトルの回収の日には、うちのペットボトルだけで回収箱があふれてしまうので、妻は「恥ずかしい」と、いつも言っていた。
でもしかし、この「SodaSparkle」を購入後はペットボトルを全く買わなくなったのだ。子供らも「おとうさん、炭酸水作って」と言っては、毎晩「カルピスソーダ」を楽しんでいる。妻も機嫌がいい。よかったよかった。
■『ゴーイングマイホーム』(第8話)に関してのツイート。
いやぁ、号泣しながら笑ってしまったよ『ゴーイングマイホーム』。番組ラストの西田敏行と宮崎あおい父娘のやり取り。それから、常田富士男が、亡き妻の石膏で象られた上顎歯形を愛おしそうに指で優しく撫でるシーンにも泣いた。でも今回は何と言っても宮崎あおいだな。高遠町役場屋上で掌を太陽にかざす顔のアップとか。
続き)つれない元夫との別れ際に、さっと振り返って「横向きアップ」になった時の涙腺決壊寸前で魅せる眼力の強さ。しみじみすっごい女優だなぁ。
ところで、加瀬亮が働く牛舎。てっきり富士見町あたりで撮影されたとばかり思っていたのだが、なんと高遠なのか。高遠町下山田にある竹内牧場とのことです。
■ぼくが初めて見た、是枝裕和監督の映画は『ワンダフルライフ』だった。映画館で見た記憶がないから、レンタルビデオで見たのか? どうして借りて見ようって思ったのか、まったく記憶にない。
でも、圧倒されたのだ。この映画に。どこか都内の取り壊しが近い古いコンクリート造りの研究施設が舞台だった。季節は冬。ちょうど今朝のように、宮沢賢治の『永訣の朝』みたいな「みぞれ混じりの雪」が施設屋上に積もっていたように思う。
いまで言えば「北野ブルー」の冷たい冬の色調で統一された静かな画面。
たったいま死んだばかりの人たちが「この施設」に集まってくる。施設職員は、彼らから1週間かけて「生前の一番大切な思い出」を聞き出し、最終日にその場面を再現して「記念写真」を撮るのだ。
今にして思えば、是枝監督が追い求めてきたテーマは一貫しているのだね。つまりは、「死者に対する敬意」だ。だからこそ、あの 3.11. を経験して、テレビドラマ『ゴーングマイホーム』が作られたに違いない。
「クーナ」は、生者が忘れられない「愛しい死者」に引き合わせてくれる存在なのだから。
■つい最近、このTVドラマとは全く関係なく、映画『ワンダフルライフ』の1シーンが鮮明に甦った。ちょうど、本を読んでいたんだ。『なんらかの事情』岸本佐知子(筑摩書房)p42 『上映』だ。
死ぬ間際には、それまでの人生の思い出が走馬灯のように目の前に立ち現れるとよく言われる。
その走馬灯の準備を、そろそろしておいたほうがいいのではないかと最近思うようになった。
死ぬ時はたぶん苦しい。どこかが痛いかもしれないし呼吸もできないかもしれない。血とか内臓とかが出ていたりするかもしれない。だったらせめて目の前で上映されるシーンくらいは、楽しいものや愉快なもの、ドラマチックなものだけで構成されていてほしい。そのほうが気がまぎれるし、いい人生だったなあと思いながら死ぬことができようというものだ。
岸本エッセイでは、いつものようにこの後どんどん脱線してゆき、とんでもない着地点に降り立つことになるのだが、それはまた別のはなし。
■その次に見た是枝作品は『誰も知らない』。これは「伊那旭座」で見た。休診にしている水曜日の午後だった(2004年12月16日、18日の日記参照)
この映画も沁みたなぁ。育児放棄の YOUに無性に腹が立ち、長男として必死に妹弟たちを守ろうとする設楽君に涙した。
■共同通信が配信している連載記事『新日本の幸福』は、信濃毎日新聞では夕刊で連載している。その最新シリーズ「震災1年半 今も傷痕」をこのところずっと読んでいるが、正直とても辛い。でもなぜか読まされてしまうのだ。
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