ジャズ Feed

2016年2月29日 (月)

カマシ・ワシントンの続き

■ジャズはやっぱり、ブラックミュージックであることと、コンテンポラリー・ミュージックであることが、いま重要なんだと思う。

ぼく自身は、1990年代以降、同時代のジャズに興味を失って、新しいジャズをフォローすることをすっかり止めてしまっていた。気が付けば、ヨーロッパの演奏者ばかりが話題に上っていて、アメリカでは過去の博物館入り音楽に成り下がってしまった感があった。ニューヨークの若者たちはみな、ジャズなんて聴かないのだろう。そう思っていた。

『村上春樹 雑文集』(新潮社)112〜127ページに「日本人にジャズは理解できているんだろうか」という、かなり挑発的なタイトル、内容の文章が載っている。月刊総合誌『現代』1994年10月号に掲載されたものだ。

事の発端は、1980年代に颯爽と登場したジャズ界のサラブレッド、ウイントン・マルサリス(tp)の兄貴、ブランフォード・マルサリス(ts)が、アメリカ版「プレイボーイ」誌(1993年12月号)のインタビューに答えて、こう言ったことによる。

「日本人というのは、どうしてかはわからないけれど、歴史とか伝承的なものとかに目がないんだ。他の多くの国の人とは違って、彼らはジャズというものをアメリカ体験のひとつとして捉えている。でも理解しているかというと、ほとんどの人は理解しちゃいないね。

とにかく僕のコンサートに来る客について言えばそうだ。みんな『こいつらいったい、何やってんだ?』という顔で、ぽかんと僕らのことを見ているだけだ。それでもみんなわざわざ聴きにくるんだよ。クラシック音楽と同じことさ。誰かにこれはいい音楽で、聴く必要があるからって言われて聴きにくるんだ。それで頭をひねって、ぱちぱち拍手をして、帰っていく(後略)」

ぼくは「この発言」を読んで、めちゃくちゃ腹が立った。日本のジャズ・ファンの心意気が、本場のジャズメンに対してまったく通じていないことに大変なショックを受けたのだ。

でも確かに、当時(1980年代末〜90年代初め)はバブル最盛期で、斑尾ニューポート・ジャズ・フェスティバルをはじめ、全国各地で野外ジャズ・フェスが毎年開催されていて、金に物を言わせて往年の大物ジャズ・ミュージシャンを多数招聘していたことは事実だ。

そのあたりのことを、村上さんは鋭く突いてくる訳だ。

 さてそこで日本人は本当にジャズを理解しているか、という当初の問題に立ち戻るわけだが、そこには二種類の違った結論がでてくるだろう。

 ①「俺達黒人が歴史的になめてきた苦しみがお前らにわかるものか。そしてそのような苦しみや痛みのわからない人種にジャズという音楽の真髄がわかるものか。お前らは金を積んで俺らを雇ってレコードを作ったり、日本に呼んで目の前で演奏させたりしているだけじゃないか。俺たちはしょうがないからやっているけれど、みんな陰で笑っているんだぞ」

とブランフォード・マルサリスに面と向かってきっぱりと言われたら、たぶん「それはたしかにそのとおりです」と答えるしかないような気がする。あるいは「そうじゃない」という言い分を有効に証明することはできないだろう。そういう観点から見れば、日本人はジャズを本当には理解していないと言われても仕方ない部分はたしかにある。

日本人は経済的に豊になったぶんだけ昔に比べて、他者への素直な思いやりや共感といったようなものがいささか希薄になったのではないかと感じることも時にあるし、だからこそブランフォード・マルサリスだって日本人聴衆に対してそれほど強い親愛感を抱くことができないのではないか。

 ②しかし「いや、それは違うよ、マルサリスさん。そういう言い方はフェアじゃない。ジャズという音楽は既に世界の音楽の中で確固とした市民権を得たものだし、それは言うなれば世界市民の財産として機能しているんだ。

日本には日本のジャズがあり、ロシアにはロシアのジャズがあり、イタリアにはイタリアのジャズがある。たしかに黒人ミュージシャンはその中心的な推進者としておおいに敬意を払われるべきだし、その歴史は決して見過ごされるべきではない。

しかし彼らがその音楽の唯一の正統的理解者であり、表現者であり、他の人種にはそこに入り込む余地がないと言うのであれば、それはあまりにも傲慢な論理であり世界観ではないか。そのような一級市民と二級市民との分別は、まさにアパルトヘイトの精神そのものじゃないか」と反論することも可能である。

そういう文脈においては、日本人はかなり熱心に誠実に、「世界市民的に」ジャズを理解していると言っても差しつかえないだろう。(『村上春樹 雑文集』p124〜125)

■この文章を初めて読んだ時の僕の感想が書いてあった。「ここ」だ。

残念ながら2011年の現在では、はたしてアメリカ本国で「ジャズ」という音楽が黒人文化や政治運動にどれほどの影響力を持っているのか甚だ疑問だ。

って言ってるが、まことにお恥ずかしいのだけれど、2011年から「たった5年」過ぎ去っただけの「いま・ここ」の現在。まさにアメリカ本国において「ジャズ」という音楽が、ディアンジェロのR&Bや、フライング・ロータス、ケンドリック・ラマーのヒップホップ、それから、ロバート・グラスパーやカマシ・ワシントンの出現によって、黒人文化や政治運動に大きな影響力を「確かに」持つようになってきていることに、正直驚いているのだった。

2016年2月25日 (木)

カマシ・ワシントン『ジ・エピック』を聴く

Img_2829

■カマシ・ワシントンは、期待以上に「おいらの好みの音」そのままだったので、びっくりしている。もう、ど真ん中だ。「こういう音」が、今の世界中の若者たちに受け入れられているのなら、こんなオジサンでも十分ついて行けるんじゃないか? そう確信した。

フライング・ロータス『ユーアー・デッド!』を聴いたあと、カマシ・ワシントン『ザ・エピック』の Disc 3を聴いている。なんか安心するなぁ。これは間違いなくジャズだよ。それにしても、CD3枚組とは。はったりカマしてんなぁ。やっぱり、テレサレーベルでのファラオ・サンダースをかなり意識しているな。 2016年2月7日
つい最近、伊那のブックオフで1550円で入手した、サン・ラー『ディスコ3000【デラックス・エディション2枚組】』を聴いている。案外シンプルでミニマルで、いいではないか。ジョン・ギルモアのテナー・サックスが結構好き。 2016年2月2日
あと、密林で『ブラック・メサイア』ディアンジェロと『ザ・エピック』カマシ・ワシントン(CD3枚組)を入手した。R&BもJazzも、ブラック・ミュージックのルーツからしっかり聴き込んで自らの血と肉にした上で、いまの音楽を自信を持って奏でる、こうした若手の登場は、なんとも頼もしいぞ。2016年2月2日
エリントンの「ロッキン・イン・リズム」(1931)→ ウェザー・リポート「ROCKIN' IN RHYTHM」(1980)→ ディアンジェロ「BETRAY MY HEART」(2014)と聞き継ぐ。ブラック・ミュージックの伝統が見事に継承されているな。たいしたもんだ。

Img_2831

■カマシ・ワシントン『ザ・エピック』(Disc 1)1曲目。いきなりオーケストラの弦楽器が重層的に被さり、さらにはバック・コーラスも乗っかってくる。これじゃあまるで、マッコイ・タイナーの『フライ・ウイズ・ザ・ウインド』じゃぁないか!

2曲目「Askim」。これは実にイイ曲だ。ファラオ・サンダースの楽曲を連想させる。テナー・サックスのソロが、なんかこう「たゆたう」感じがじつにいいぞ。

こうして(Disc 1)を聴いてると、彼のアイドルは、コルトレーンとファラオ・サンダース、それに、マッコイ・タイナーとなるワケだけれど、(Disc 2)に入ると、いやちょっと待てよ? となる。案外、彼が一番好きなサックス奏者は、ウェイン・ショーターだったんじゃないだろうか? 

うん、そんな気がしてきたぞ。

2015年9月13日 (日)

アート・ペッパー『おもいでの夏』(その2)

■前回の続き■

『ザ・トリップ』で、ぼくが一番好きな演奏は、A面2曲目に収録された「A SONG FOR RICHARD」だ。いまでもよく聴いている。これです。ジョージ・ケイブルスのピアノソロも実に美しい。


YouTube: A Song for Richard ART PEPPER


そして、この曲に続くのが、ウディ・ショウの名曲「スウィート・ラヴ・オブ・マイン」。エルヴィン・ジョーンズの控えめでありながら、全員をぐいぐいプッシュしてゆくドラミングが、とにかく素晴らしい。


YouTube: Sweet Love of Mine ART PEPPER

・このレコードが発売された年の 1977年4月に、アート・ペッパーは初来日した。

ただし、麻薬使用の問題から入国が危ぶまれたために、事前に宣伝されることもなく、カル・ジェイダー(vib)セクステットの特別ゲストとして、彼はひっそり来日したのだった。

しかし、どこかで噂を聞きつけた日本のファンは、公演初日の 1977年4月5日、東京芝の郵便貯金ホールに大挙して押しかけ、アート・ペッパーの登場を今か今かと待ち構えていたのだ。以下は『アート・ペッパー・メモリアル・コレクション Vol.1(ライヴ・イン山形)』(トリオ・レコード)の、油井正一氏のライナーノーツ(1983年3月24日記)冒頭部分です。

 1977年4月5日(火)はおそらくアート・ペッパーにとって生涯忘れ得ぬ夜だったと思う。カル・ジェイダー(vib) 六重奏団のゲスト・プレイヤーとして初めて日本のステージに立った夜である。芝の郵便貯金ホールでのことだった。

第二部に入ってジェイダーが「アート・ペッパー!」と紹介し、ペッパーが下手から白蝋のような顔で登場すると、客席は興奮のるつぼと化した。マイクの前まで歩み寄っても拍手は収まらず、ペッパーはなすところなく立ちつくした。

「おじぎをして拍手のおさまるのを待った。少なくとも5分間はそのまま立っていたと思う。何ともいえないすばらしい思いに浸っていた。あんなことは初めてだった。あとでローリー(妻)にきいたが、彼女は客席にいて観客の暖かな愛をひしひしと感じ、子供のように泣いてしまったという。僕の期待は裏切られなかったのだ。日本は僕を裏切らなかった。本当に僕は受け入れられたのだ。(中略)生きていてよかった、と僕は思った」(自伝『ストレート・ライフ』p469/ スイング・ジャーナル社刊)

■この時の演奏を、なんとTBSラジオが録音していたのだ。そして、1989年に『ART PEPPER  First Live In Japan』として発売された。聴いてみると、アート・ペッパーが舞台に登場したとたん、本当に割れんばかりの拍手が起こる。1曲目の「チェロキー」の演奏が終わった直後、客席から「うぉ〜〜!」と怒濤のような歓声と拍手が湧き起こる瞬間は、何度聴いてもゾクゾクする。

残念ながらYouTube には、この時の「チェロキー」の演奏はアップされていない。でも、CD5曲目に収録された「ストレート・ライフ」はあったぞ。


YouTube: Art Pepper Tokyo Debut -Straight Life-

■このCDのオリジナル日本盤のライナーノーツを書いているのが、『再会』ほか、ペッパー復帰後数々のレコーディングを手がけた石原康行氏だ。以下引用。

(前略)ペッパーとの7回のレコーディング・セッションの機会を持った私の個人的なエネルギーは何であったかと考えた。それは、1977年4月5日、アート・ペッパーが初めて日本を訪れ(カル・ジェイダーのゲストとして)あの会場を圧倒したファンの万雷の様な拍手でありペッパーのプレイであったことを再び想い出すことが出来た。そのライヴコンサートの演奏がこのアルバム「アート・ペッパー・ファースト・ライヴ・イン・ジャパン」の総べてなのである。(中略)

彼が代表的な白人アルト奏者として名声を受けていながら麻薬禍に浸り、監獄生活など波乱な人生を送っていただけに東京で聴くことが出来るとは夢にも想っていなかった。それだけに強烈な印象であり喜びでもあった。(中略)

現実的にはゲスト・プレイヤーが同行するとは聞いていたがペッパーが参加することは当日まで知らされていなかった(多分入国の問題などで)し、4月5日の当日の郵便貯金ホールは主であるカル・ジェイダーへの期待より、申し訳ないがゲストのペッパーに会場の聴衆は注目していたと云っても過言ではなかった。

第一部のカルのスケジュールが終了、第二部に入ってゲスト登場となる。そしてMCのペッパーの紹介に竜巻の様な拍手が会場をゆるがせると上手より、ペッパーがアルトを持ってステージの人となった。

決して健康とは云えない顔色から永い闘病生活の影が消えていないし、ペッパー自身も不安な面があったのではないかと思われる様な陰影があった。だが会場の拍手によりペッパーの顔が一瞬赤みを生み、日本のファンの歓迎を意外と感じた様であった。この日から彼は日本のファンに対して限りない愛着を持ったと後日話してくれ、以後この感激をペッパーは心の中に永く持ち続けることになったのである。(1989年12月26日 石原康行)

■油井正一氏と石原氏とで、アート・ペッパーが舞台の下手から登場したか上手からか違っているぞ(笑)。

ところで、石原氏によるアメリカでのレコーディングの現地コーディネーターを務めたのが、大村麻利子さん。ぼくには懐かしい名前だ。1971年ころだったか、中学生になってラジオの深夜放送を聴き始めた。当時よく聴いていたのが、TBSラジオ「パック・イン・ミュージック」火曜日の愛川欽也だ。

いまは「radiko」のネット・ラジオでクリアーな安定した音で聞けるが、当時TBSラジオを信州高遠で聞くのは必死だった。ラジオを954hz にチューニングして雑音まみれの微かな電波を拾っていた。夜11時くらいからだったか、TBSラジオで『麻利子産業株式会社』という不思議な番組を放送していて、DJを担当していたのが、大村麻利子さんだ。落ち着いた大人の雰囲気の彼女の声が実に魅力的で、一気に引き込まれたものだ。

ところが、それから間もなく番組は終了してしまう。大村麻利子さんがアメリカへ行ってしまったからだった。

■日本のファンのために、初来日の翌年、今度は自己のカルテットでアート・ペッパーは再来日する。彼の体調は芳しくなく、日本全国を廻る旅公演のタイトなスケジュール(21日間で、19公演)に疲労は重なるばかりだったが、それでも、行く先々で最高の歓迎を受け、気力だけで乗り切った。

この時の日本最終公演が山形で、やはり地元のラジオ局が録音した音源がレコード化(VOL.1 VOL.2 の2枚)されている。この「VOL.2」のほうに、「おもいでの夏」が再び収録されているのだ。

現在『ART PEPPER LIVE IN JAPAN』として、2枚組CDで出ている。

アート・ペッパーは快調に飛ばしているし、小さめの会場のためか、客席との一体感もアットホームな感じでいいのだが、個人的には、ミルチョ・レビエフのピアノがちょっと品がなくてどうしても好きになれないのだよなぁ。



2015年9月12日 (土)

今月のもう一曲。アート・ペッパー『おもいでの夏』

Img_2743

■これは以前にも書いたような気がするが、ぼくがこの40年近く、一番多く何度も何度も繰り返し聴いてきたジャズレコードが、アート・ペッパー『ザ・トリップ』(コンテンポラリー)なんです。(ちなみに、最もよく聴いたフォークのレコードは、加川良『親愛なるQに捧ぐ』)

とにかく、生まれて初めて買ったジャズレコードだったから、大学1年生の学生宿舎で、暑い暑い夏だったか、来る日も来る日も「このレコード」を繰り返し聴いていたんだ。なにせジャズ素人でしょ、1回聴いただけじゃぜんぜん理解できなかったからね。しかも、当時2500円も払って購入したレコード。もったいないじゃない。だから、A面B面、何度も何度もレコードをひっくり返して聴きましたよ。で、だんだんと「ジャズの魅力」に取り憑かれていったのです。

どうして「このレコード」を買おうと思ったのか?

たしか、FM東京だか、NHKFMだったかのジャズ番組で、本多俊夫氏(アルトサックス奏者の本多俊之氏のお父さん)が紹介していたのを聴いたのだ。この時、ぴーんと僕の琴線に触れたのが、ミッシェル・ルグランの「おもいでの夏」だった。これです。


YouTube: The Summer Knows ART PEPPER

■この曲を収録するにあたって、アート・ペッパーはこう言っている。

「おもいでの夏」は偉大な作曲家、ミシェル・ルグランの曲だ。これに彼が付けたコードも素晴らしい。イントロのEフラット・マイナーの1小節、続くAフラット・マイナーの1小節あたりは最高だ。ここの繰り返しは、マイルス・デイビスのような感じで、物悲しく、寂しい雰囲気がよく出ている。そしてメロディに入るが、これがこの上なく美しい。

私はバラードを演奏するのが好きだからね。エルヴィンのワイヤー・ブラッシュも信じられないほど非の打ちどころがないんだ。(『THE TRIP』ライナーノーツより)

■アート・ファーマーの「おもいでの夏」も、なかなかに渋くていいぞ。これだ。


YouTube: Art Farmer / The Summer Knows

■ファースト・ネームが同じ、アート・ファーマー(tp) とアート・ペッパー(as) だが、案外共演したレコードは少ない。名盤『ザ・トリップ』を録音する (1976年9月15日&16日) のわずか1月半前に、ロサンゼルスの同じスタジオで収録された2人の貴重な共演盤が、『オン・ザ・ロード』アート・ファーマー(1976年7月26日28日&8月16日録音)だ。


YouTube: Art Farmer - Hampton Hawes Duet 1976 ~ My Funny Valentine

・YouTube では、残念ながら、ピアノのハンプトン・ホースとアート・ファーマーのデュオしか見つからなかった。



2015年9月 4日 (金)

今月のこの1曲。CRYSTAL GREEN『 FEEL LIKE MAKIN' LOVE 』

Img_2740

                            <写真をクリックすると、大きくなります>

■このところのBGMは、もっぱら クリスタル・グリーンの『レインボー』だ。このCDが録音された1976年5月15日というのは、超人気バンド「Stuff」も「STEPS」も、まだ誕生する前のはなし。それなのに、EAST WIND レーベルの日本人プロデューサーが「これは!」と見込んだ、ニューヨークの実力派スタジオ・ミュージシャンを集めて録音し日本で発売したレコードが「これ」なのだった。

参加ミュージシャンが凄い。マイケル・ブレッカー(ts)に、コーネル・デュプリー(g)、エリック・ゲイル(g)、ゴードン・エドワーズ(b)、スティーヴ・ガッド(ds)、ラルフ・マクドナルド(per)、ウィル・ブールウェア(key)。

アルバムの最後に収録されているのが、ロバータ・フラックが 1974年に全米チャート1位のミリオン・セラーを記録した名曲「FEEL LIKE MAKIN' LOVE(愛のためいき)」だ。


YouTube: Feel Like Makin' Love / M. Brecker S. Gadd C. Dupree

昨日、テルメで久々に走っていたら、iPod から流れてきたのが、またしても「FEEL LIKE MAKIN' LOVE」。歌っていたのは、マリーナ・ショウ。 本家のダイアナ・ロスよりも、ファンキーで楽しい。


YouTube: Marlena Shaw - Feel Like Makin' Love

最近、松尾潔氏の本や『新R&B入門』といった本を読みながら、1990年代以降の「R&B」を勉強しているところなのだけれど、近ごろ来日して再び大きな注目を集めている、ディアンジェロが2000年に出した傑作『Voodoo』を聴いていたら、なんと、また「FEEL LIKE MAKIN' LOVE」の登場と相成った。これだ。


YouTube: D'angelo - Feel Like Makin' Love

■TBSラジオ『菊地成孔の粋な夜電波』のゲストに、松尾潔氏が登場した回を聴いたのだが、その中で菊地成孔氏が「R&Bって、結局は房中音楽だからね」みたいなことを確か言っていたけど、なるほどなぁって思ってしまう1曲。




2015年7月31日 (金)

今月のこの3曲。 細野晴臣『三時の子守歌』と『熱帯夜』


YouTube: Ronny Jordan -Off the record -"Keep your head up"

・あっという間に7月が終わってしまう。おっと、そういえば「今月のこの1曲」がまだだったのだ。当初、ミシェル・ルグラン『ロシュフォールの恋人たち』のサウンドトラック盤を入手したので、今月は「You Must Believe In Spring」Bill Evans Trio にしようって、決めていたのだけれど、連日体温なみ(36.0℃)の猛暑が続く中で、春の哀しい曲の話はないよな。

でも、8月になっちゃうし、コルトレーンの「マイ・フェイヴァリット・シングス」では、ありきたりだし。そう悩みながら、テルメに行って iPod のイヤホンを付けたら、最初に流れてきた曲が、ロニー・ジョーダンの『Keep Your Head Up 』だったのだ。橋本徹監修の「ULTIMATE Free Soul / Blue Note 」の「CD3」6曲目に収録されている。

橋本氏の解説を読むと、こう書かれていた。

ロニー・ジョーダンは、90年代初頭のアシッド・ジャズ期にマイルス・デイヴィスの「So What」やタニア・マリアの「Come With Me」のカヴァーをクラブ・ヒットさせ、コートニー・パインらとともに、レア・グルーヴ〜クラブ・ミュージック世代のジャズ・アーティストとして人気を集めたギタリスト。ヴォーカルにフェイ・シンプソンを迎えたブラックネス薫るこのR&Bナンバーは、2001年の『Off The Record』に収録。

プロデュースはジェイムス・ボイザー&ヴィクター・デュプレ。ジェイムス・ボイザーは J・ディラやクエストラヴらとプロデュース・チーム、ソウルクリエイリアンズを結成した人物で、ブラック・ミュージック史に残るディアンジェロ2000年の金字塔『Voodoo』も彼らが手がけている。ビート・メイキングや空間構築のセンスやメロウネスは、彼とネオ・ソウル〜ネオ・フィリーの雄であるヴィクター・デュプレのセンスによるところが大きいだろう。

ロニーは残念ながら、2014年1月にこの世を去っている。

ロニー・ジョーダンのことは正直知らなかったのだ。案外聴きやすい「懐かしい」ギター・サウンドだな。そう、ウエス・モンゴメリーみたいな感じなのだ。

ウエスが CTI レーベルで出した『夢のカリフォルニア』を、1990年代〜2000年代でやったら「こうなる!」的な、ギター演奏なのだ。そこがいい。めちゃくちゃいい。どうにも面倒臭そうでアンニュイなヴォーカルのバックで、リフを繰り返すロニー・ジョーダン。その演奏のB級加減がたまらない。

ここで「この曲」を何度も聴いていたら、すっかり気に入ってしまい、結局アマゾンで中古盤を購入することになってしまった。近々届く予定です。

■ただ、ここ連日の猛暑を乗り切るべく、先だって伊那の平安堂で入手した『トロピカル・ダンディ』細野晴臣を日中はリピートしてずっと聴いてトロピカル気分に浸っている。ブルー・スペック盤は、確かに音がいい! しかも、ティン・パン・アレイ名義のレコードから細野さんの曲が4曲、ボーナス・トラックとして追加収録されているのだ。「北京ダック」とか大好きな曲がいっぱいあるけど、以前からよく知っていた「お気に入り」の曲が、『三時の子守歌』なのだ。

ぼくが最初に聴いたのは、アン・サリー。だから、オリジナルよりも「こっち」のほうが好き!


YouTube: 「三時の子守唄」聴き比べ♪ 細野晴臣~アン・サリー~西岡恭蔵

それから、やっぱりコレでしょう。「熱帯夜」


YouTube: Haruomi Hosono - Nettaiya (Tropical Night)


2015年3月 8日 (日)

先月のこの1曲。アン・バートン「Love is a Necessary Evil」と、『シンドローム』佐藤哲也(福音館)その1

Img_2674

■ずいぶんとご無沙汰の更新になってしまった。

さらには、1月も、2月も「今月のこの1曲」をアップし忘れてしまったことに気がついた。ダメじゃん。ごめんなさい。

という訳で、もう3月ですので、「先月のこの1曲」であります。

Love Is A Necessary Evil (1974) - Ann Burton
YouTube: Love Is A Necessary Evil (1974) - Ann Burton

■アン・バートン『BY MYSELF ALONE』は、ぼくが大学生になった 1977年の5月に、東京の西小山に住んでいた兄のマンションへ行って借りてきた「ジャズのレコード」10枚の中の1枚だった。うん、あれからずいぶんと聴いたぞ。自分で買い直して、盤が擦り切れるほどにね。

中でもお気に入りは、A面4曲目の「Love Is A Necessary Evil」だ。

このレコードは、アン・バートン2度目の来日時(1974年)に日本で録音されたもので、バック・ミュージシャンは全員が日本人という布陣。ピアノは、佐藤允彦と小川俊彦の二人で、「この曲」をボサノバ・タッチの軽妙なアレンジで聴かせるのは佐藤允彦のほうだ。

「この曲」は、A面3曲目に入っている「May I Come In」と同じく、マーヴィン・フィッシャー(曲)ジャック・シーガル(詞)のコンビによる小粋で洒落たリリックの唄で、ブロッサム・ディアリーが 1964年にキャピタルから出した『MAY I COME IN』に2曲とも収録されているが、雰囲気はぜんぜん違う。ぼくは断然アン・バートンだな。

それにしても「歌詞」が面白い。

Love is a necessary evil 
A very contrary hereditary evil
Can't live with it, can't live without it
Can't do a doggone thing about it

You want the pleasure, you've got to take the pain

Cause love is a necessary evil
An evolutionary, interplanetary evil
Your heart's pounding, you get excited
Play with a flame and you're ignited, 
Time out for crying here comes a load of rain

「A very contrary hereditary evil」(矛盾だらけで、遺伝的な悪)

An evolutionary, interplanetary evil」(進化論的な古代からの長い時間と、惑星間ほども距離がある宇宙空間的広がりを持つ悪。てな感じの意味か?)

「うまいことを言うものだ。ほんと、そうだよなぁ。」レコードを何遍も聴きながら、「LOVE」が何たるものかまだぜんぜん判っていない当時のぼくは、うんうんと感心して独りごちた。

つい先日CDで再発されたので、このところよくまた聴いているのだが、ちょうど『シンドローム』佐藤哲也(福音館書店・ボクラノSF)を読んでいて、自意識過剰ぎみな主人公(男子高校生)の思考回路と「この曲」とが絶妙にシンクロして、不思議で懐かしい、そしてほろ苦い気持を追体験したのだった。(つづく)


2015年1月30日 (金)

ゴリゴリのテナーマン、スティーヴ・グロスマン。

20150130

■昨年10月に出た『"LIVE" at THE S0MEDAY 』のCDを聴いて以来、すっかり スティーヴ・グロスマン(ts)にハマってしまった。凄いな! この人。

いや、以前からレコードは持っていたし、その昔ジャズ喫茶でよく聴いた、エルヴィン・ジョーンズの「ライトハウスでのライヴ盤」も、先達てCD廉価版が出たから即購入した。そう、よく知っている人のはずだったのだ。

ところがどうだ。「サムデイ」でのライヴ盤、1曲目の「インプレッション」。凄まじい音圧、強烈な轟音ブロウ。フリーキーなフラジオ奏法に、めくるめくスピード感。なんて気持ちいいんだ! あぁ、彼のアドリブ・ソロ演奏をこのまま永遠に聴き続けていたい。そう願っている恍惚気分の自分がいた。

このテナー・サックス。もろ俺の好みの音じゃないか。

そう、ぼくの大好きなファラオ・サンダースが、突如めちゃくちゃテクニックが上がって、泉のごとく湧き出る印象的なアドリブ・フレーズを連発し、タイム感覚も抜群にいい演奏をしている感じのテナーの音だったのだ。

ファラオ・サンダースと言えば、SF作家:田中啓文氏だ。検索してみたら、やっぱりスティーヴ・グロスマンにも言及していたぞ。

(追記:後から見つけたのだが、「こちら」のほうが本命だ。)

■それから、ジャズ関連のHPでは老舗の名店「ネルソン氏のサイト」にも特集記事が!

・あと、東北大学モダンジャズ研究会のサイトにも。

・やっぱり、好きな人は好きなんだなぁ。

Img_2613

■昨年の秋から読み始めた「ジャズ漫画:ブルージャイアント」がいい! 

仙台の進学校に通うバスケ部で高校3年生の主人公「宮本 大」が、中3の卒業間際、友人に誘われてたまたま行ったジャズ・ライヴで雷に撃たれたようにジャズの魅力に取りつかれ、兄に買ってもらったセルマーのテナー・サックスを手に、広瀬川の河原でひたすら無心にサックスの練習をしていた。

めちゃくちゃデカい音で一心不乱に吹きまくる。ゴリゴリ、バリバリ吹きまくるのだ。

漫画だから「音」はしない。

だけど、いや、だからこそ、読者一人一人の心の中で「大」のサックスの音色がイマジネイティブに輝くのだ。これって、もしかして逆転の発想なんじゃないか?

読者は勝手に「その音」をただ想像すればよいのだ。

ぼくには、スティーヴ・グロスマンのサックスの音が聞こえてきたんだよ。

間違いなくね。

2015年1月25日 (日)

『未明の闘争』における保坂和志氏の意図的な文体は、デレク・ベイリーを連想させる

『音楽談義 MUSIC CONVERSATIONS』保坂和志 × 湯浅学(Pヴァイン)を読んだ。これは本当に面白かった。

ぼくらが聴いている音楽は、やっぱり「同時代性 = リアルタイム」が重要なキーワードであることを再確認できた。例えば、ビートルズがなぜ当時(1971年)中学生だった僕らのアイドルになり得なかったのか? よく判った。あの頃、ビートルズはすでに「オワコン」だったんだ。ボブ・ディランは聴いていたけれど。

あと、マギー・ミネンコのこと。若い人たちは誰も知らないだろうな、マギー・ミネンコ。

以下、ツイッターに投稿したものを再収録(一部改変あり)。

『音楽談義 Music Conversations』保坂和志 × 湯浅学(Pヴァイン)をTSUTAYAで立ち読み。面白い! 2人は僕より2つ上。宮沢章夫氏、小田嶋隆氏と同学年だ。保坂さんが中3ではまった、加川良『親愛なるQに捧ぐ』。中1の僕も繰り返し聴いた。「こがらしえれじい」のフィンガー・ピッキング奏法とハンマリング・オン。ギターでさんざん練習したなあ。

続き)保坂和志氏は、何故かその後フリー・ジャズへ。山下洋輔トリオ、セシル・テイラー、スティーヴ・レイシーにオーネット・コールマン。あと、デレク・ベイリーが好きで、CDも30枚は持っているとのこと。そしたら、湯浅学氏も最近よく聴いてるんだって、デレク・ベイリー。知らなかったな。

続き)それから、湯浅学氏と大瀧詠一さんの出会いの話が面白かったな。あと何だっけ。保坂和志さんはギル・エヴァンズも大好きとのことです。それからそれから。やっぱり買うしかないな。この本。

Photo

『音楽談義 MUSIC CONVERSATIONS』保坂和志 × 湯浅学(Pヴァイン)を買った。第三章まで読んだ。めちゃくちゃ面白い。もったいないので今日はここまで。

Img_2608

『音楽談義 保坂和志 × 湯浅学』に続いて、『ボブ・ディラン ロックの精霊』湯浅学(岩波新書)を読み始める。買ったまま未読だったのを思い出したんだ。岩波新書で出たミュージシャンの評伝は、藤岡靖洋氏の『コルトレーン』が力作だったから、ボブ・ディランにも期待大なのだ。

『未明の闘争』保坂和志(講談社)を読み始める。「私は一週間前に死んだ篠島が歩いていた。」って、いきなり変な文章に面食らう。そのあとは池袋駅前「ビックリガード」の解説が延々と続く。何なんだ、この混沌としてとっ散らかった文章は。そうか!デレク・ベイリーの演奏スタイルで書いているんだね

■湯浅学氏に関しては、参考になる音源、画像が YouTube 上にある。

SS22 湯浅 学 「土星から来た大音楽家サン・ラー」 フル(ニュース解説) 2014.11.12
YouTube: SS22 湯浅 学 「土星から来た大音楽家サン・ラー」 フル(ニュース解説) 2014.11.12


坪内祐三×湯浅学 音楽が降りてきたり、音楽を迎えにいったり
YouTube: 坪内祐三×湯浅学 音楽が降りてきたり、音楽を迎えにいったり


湯浅学さんとディラントーク Barakan Morning ディラン祭り 2014
YouTube: 湯浅学さんとディラントーク Barakan Morning ディラン祭り 2014

湯浅学×村井康司 対談:
チャーリー・パーカーから大友良英まで〜ジャズの70年を聴く 『JAZZ 100の扉』刊行記念トークショー(四谷「いーぐる」にて収録)



2014年12月30日 (火)

今月のこの1曲。Judy Bridgewater 『Never Let Me Go』

Img_2590

カズオ・イシグロ『わたしを離さないで』(早川書房)を読んだのは、もう随分と前なのだけれど、ずっと気になっていることがあって、このブログでも何回か取り上げたことがある。

小説の主人公、キャシー・H が何度も何度も聴くカセット・テープに収録された曲、Judy Bridgewater 『Never Let Me Go』のことだ。

(その1)「2006/11/15 の日記」と、11/23、11/25の日記。

(その2)今月のこの一曲『'Cause We've Been Together』アン・サリー

・ポイントは2つ。

1)ジャズ・スタンダードの『Never Let Me Go』とは、どうも違う曲らしい。

2)「この小説」が出版される少し前のこと。村上春樹氏が東京でカズオ・イシグロ氏と会った際に、スタンダードの『Never Let Me Go』が収録された JAZZのCDをカズオ・イシグロ氏にプレゼントしたらしいのだが、「そのジャズCD」が何だったか不明であること。

ところが最近、思いも寄らぬところから事実が判明した。

なんと! 村上春樹氏ご本人が「その種明かし」を季刊誌『考える人』(2013年秋号)誌上においてしてくれたのだ。現在、その全文は『小澤征爾さんと、音楽について話をする』小澤征爾・村上春樹(新潮文庫)のラストに、文庫版ボーナス・トラックとして『厚木からの長い道のり』というタイトルで収録されている。

ネタバレになるので、「そのCD」が何だったか興味のある人は「この文庫」に直接当たって下さい。

もう一つ。『わたしを離さないで』は、2010年にイギリスで映画化されていて「予告編」は公開前に見た。原作を読んでイメージした寄宿学校「ヘールシャム」や、ノーフォーク海岸の映像が、ほぼイメージどおりだったので驚いた。で、逆にちょっと怖くなったのだ。

だから、この映画は見なかった。

でも、「この曲」のことを、映画ではどう処理したのか、ずっと疑問だったので、このあいだ TSUTAYA から借りてきて見たんだ。映画は原作に忠実に作られており、主人公たち3人の切ない思いが映像からストレートに伝わってきて、想像以上にとてもよかった。

ところで、このジュディ・ブリッジウォーターの「Never Let Me Go」は、実際には存在しない歌手の小説の中だけの架空の楽曲だが、映画では案外軽く扱われていて残念だったけれど、ちゃんと2度ほど流れた。いかにもそれらしいレコードジャケットも映画用に作られている。

これだ。

Judy Bridgewater - Never Let Me Go
YouTube: Judy Bridgewater - Never Let Me Go

小説では、以下のように書かれている。

 テープに戻りましょう。ジュディ・ブリッジウォーターの『夜に聞く歌』でした。レコーディングが1956年。もともとはLPレコードだったようですが、わたしが持っていたのはカセット版で、ジャケットの写真もLPジャケットのそれを縮小したものだと思います。

写真のジュディは、紫色のサテンのドレスを着ています。こういうふうに肩を剥き出しにするのが当時の流行だったのでしょうか。ジュディはバーのスツールにすわっていて、上半身だけが見えています。(中略)

このジャケットで気になるのは、ジュディの両肘がカウンターにあって、一方の手に、火のついたタバコがあることです。販売会でこのテープを見つけたときから、なんとなく人目にさらすのがはばかられたのは、このタバコのせいでした。(p106) -- 中略 --

スローで、ミッドナイトで、アメリカン。「ネバーレットミーゴー……オー、ベイビー、ベイビー……わたしを離さないで……」このリフレインが何度も繰り返されます。わたしは十一歳で、それまで音楽などあまり聞いたことありませんでしたが、この曲にはなぜか惹かれました。いつでもすぐ聞けるように、必ずこの曲の頭までテープを巻き戻しておきました。(『わたしを離さないで』p110)

確かに「スローで、ミッドナイトで、アメリカン」そのものなんだが、メロディはよくあるチープなR&Bって感じで、歌も妙にセクシーなだけでぜんぜん上手くないし、主人公が何度も何度も繰り返し聴いて心ときめかす楽曲とはとても思えないんだよなぁ。

ぼくが小説を読みながらイメージした「この曲」は、キース・ジャレットの「Standars, Vol.2」B面1曲目に収録された「Never Let Me Go」だった。これです。

Keith Jarrett Trio - Never Let Me Go
YouTube: Keith Jarrett Trio - Never Let Me Go

ちなみに、村上春樹氏はどうもキース・ジャレットが嫌いらしい。

ヴォーカル入りだと、やはりアイリーン・クラールかな。

Irene Kral - Never Let Me Go
YouTube: Irene Kral - Never Let Me Go



Powered by Six Apart

最近のトラックバック