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2014年12月

2014年12月30日 (火)

今月のこの1曲。Judy Bridgewater 『Never Let Me Go』

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カズオ・イシグロ『わたしを離さないで』(早川書房)を読んだのは、もう随分と前なのだけれど、ずっと気になっていることがあって、このブログでも何回か取り上げたことがある。

小説の主人公、キャシー・H が何度も何度も聴くカセット・テープに収録された曲、Judy Bridgewater 『Never Let Me Go』のことだ。

(その1)「2006/11/15 の日記」と、11/23、11/25の日記。

(その2)今月のこの一曲『'Cause We've Been Together』アン・サリー

・ポイントは2つ。

1)ジャズ・スタンダードの『Never Let Me Go』とは、どうも違う曲らしい。

2)「この小説」が出版される少し前のこと。村上春樹氏が東京でカズオ・イシグロ氏と会った際に、スタンダードの『Never Let Me Go』が収録された JAZZのCDをカズオ・イシグロ氏にプレゼントしたらしいのだが、「そのジャズCD」が何だったか不明であること。

ところが最近、思いも寄らぬところから事実が判明した。

なんと! 村上春樹氏ご本人が「その種明かし」を季刊誌『考える人』(2013年秋号)誌上においてしてくれたのだ。現在、その全文は『小澤征爾さんと、音楽について話をする』小澤征爾・村上春樹(新潮文庫)のラストに、文庫版ボーナス・トラックとして『厚木からの長い道のり』というタイトルで収録されている。

ネタバレになるので、「そのCD」が何だったか興味のある人は「この文庫」に直接当たって下さい。

もう一つ。『わたしを離さないで』は、2010年にイギリスで映画化されていて「予告編」は公開前に見た。原作を読んでイメージした寄宿学校「ヘールシャム」や、ノーフォーク海岸の映像が、ほぼイメージどおりだったので驚いた。で、逆にちょっと怖くなったのだ。

だから、この映画は見なかった。

でも、「この曲」のことを、映画ではどう処理したのか、ずっと疑問だったので、このあいだ TSUTAYA から借りてきて見たんだ。映画は原作に忠実に作られており、主人公たち3人の切ない思いが映像からストレートに伝わってきて、想像以上にとてもよかった。

ところで、このジュディ・ブリッジウォーターの「Never Let Me Go」は、実際には存在しない歌手の小説の中だけの架空の楽曲だが、映画では案外軽く扱われていて残念だったけれど、ちゃんと2度ほど流れた。いかにもそれらしいレコードジャケットも映画用に作られている。

これだ。

Judy Bridgewater - Never Let Me Go
YouTube: Judy Bridgewater - Never Let Me Go

小説では、以下のように書かれている。

 テープに戻りましょう。ジュディ・ブリッジウォーターの『夜に聞く歌』でした。レコーディングが1956年。もともとはLPレコードだったようですが、わたしが持っていたのはカセット版で、ジャケットの写真もLPジャケットのそれを縮小したものだと思います。

写真のジュディは、紫色のサテンのドレスを着ています。こういうふうに肩を剥き出しにするのが当時の流行だったのでしょうか。ジュディはバーのスツールにすわっていて、上半身だけが見えています。(中略)

このジャケットで気になるのは、ジュディの両肘がカウンターにあって、一方の手に、火のついたタバコがあることです。販売会でこのテープを見つけたときから、なんとなく人目にさらすのがはばかられたのは、このタバコのせいでした。(p106) -- 中略 --

スローで、ミッドナイトで、アメリカン。「ネバーレットミーゴー……オー、ベイビー、ベイビー……わたしを離さないで……」このリフレインが何度も繰り返されます。わたしは十一歳で、それまで音楽などあまり聞いたことありませんでしたが、この曲にはなぜか惹かれました。いつでもすぐ聞けるように、必ずこの曲の頭までテープを巻き戻しておきました。(『わたしを離さないで』p110)

確かに「スローで、ミッドナイトで、アメリカン」そのものなんだが、メロディはよくあるチープなR&Bって感じで、歌も妙にセクシーなだけでぜんぜん上手くないし、主人公が何度も何度も繰り返し聴いて心ときめかす楽曲とはとても思えないんだよなぁ。

ぼくが小説を読みながらイメージした「この曲」は、キース・ジャレットの「Standars, Vol.2」B面1曲目に収録された「Never Let Me Go」だった。これです。

Keith Jarrett Trio - Never Let Me Go
YouTube: Keith Jarrett Trio - Never Let Me Go

ちなみに、村上春樹氏はどうもキース・ジャレットが嫌いらしい。

ヴォーカル入りだと、やはりアイリーン・クラールかな。

Irene Kral - Never Let Me Go
YouTube: Irene Kral - Never Let Me Go



2014年12月23日 (火)

今年はSFをけっこう読んだな。

と言うか、ミステリーをほとんど読んでいない。『その女アレックス』ぐらいじゃないか?

SFは読んだぞ。

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『皆勤の徒』酉島伝法(東京創元社)★★★★★

・『11/22/63 (上・下)』スティーヴン・キング(文藝春秋)★★★★☆

・『know』野崎まど(ハヤカワ文庫JA)★★★★☆

・『どーなつ』北野勇作(ハヤカワ文庫JAコレクション)★★★★☆

・『SFマガジン 700【海外編】創刊700号記念アンソロジー』山岸真=編(ハヤカワ文庫)★★★★★

・『世界が終わってしまったあとの世界で(上・下)』ニック・ハーカウェイ著、黒原敏行・訳(ハヤカワ文庫)★★★★☆

・『ボラード病』吉村萬壱(文藝春秋)★★★★ この本はSFではなくて純文学だけど、日本の近未来だ。

・『昔、火星のあった場所』北野勇作(徳間デュアル文庫)★★★★★

・『光車よ、まわれ!』天沢退二郎(再読)★★★★★

・『クラバート』プロイスラー(偕成社)★★★★☆

・『霧に橋を架ける』キジ・ジョンスン(東京創元社)★★★★★

・『突変』森岡浩之(徳間文庫)★★★

・『火星の人』アンディ・ウィアー(ハヤカワ文庫)→現在読書中

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以下は購入済み、待機中(一部だけ読了)

・『SFマガジン 700【国内編】創刊700号記念アンソロジー』大森望=編(ハヤカワ文庫)

・『NOVA+バベル:書き下ろし日本SFコレクション』大森望=編(河出文庫)

・『ストーカー』ストルガツキー兄弟(ハヤカワ文庫SF)

・『だれの息子でもない』神林長平(講談社)

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■こうやって並べてみると、いまの時代、僕にとってはミステリーよりもSFのほうがずっとリアルでリーダビリティがあって面白いってことがよく分かる。

2014年12月22日 (月)

最近読み終わった本

■直近で読み終わったのは、

『河岸忘日抄』堀江敏幸(新潮文庫): 3ヵ月以上かけて、ゆっくりゆっくり読んだ。これはよかった。堪能したなぁ。この人の文章は、読んでいてほんと気持ちがいい。

ちょうど、WOWOW で『ポンヌフの恋人』やってて、ラストシーン、セーヌ川を下る平底の砂利運搬船を見たし、『その女アレックス』もパリ郊外のはなしだったので、風景をイメージしやすかった。

『回送電車(1)』(中公文庫)は、その前に読み終わっていて、今度は古書で入手した『郊外へ』(白泉Uブックス)を読み始める。

■対談本3冊連チャン。

『サブカル・スーパースター鬱伝』吉田豪(徳間文庫ビレッジ)

『演技でいいから友達でいて 僕が学んだ舞台の達人』松尾スズキ(幻冬舎文庫)

『秘密と友情』春日武彦&穂村弘(新潮文庫):この本を読んで、2人のイメージが変わった。穂村さんは、すごく頭の回転が速いクレバーな人で、若い頃から女の子にもてて、大藪春彦と大島弓子が大好き。春日先生は心配性で常に罪悪感にさいなまれていて、占い好きで、自分の背後霊の存在を感じている、へんな人だった。その著書からは想像もできなかったな。

■絵本一冊。『まばたき』穂村弘・作、酒井駒子・絵(岩崎書店): この絵本、どうもよく理解できないのだ。2枚目の同じ絵(正しくは決して同じ絵ではないのだが)の意味は何? 「まばたき」して目を閉じた瞬間、まぶたの裏に映る残像なのか? それとも、1回まばたきした時には「ほとんど動いていない」ということなのか? う〜む。よくわからん。

■ページターナー本の2冊。

『その女アレックス』(文春文庫)

『突変』森岡浩之(徳間文庫)

  

2014年12月14日 (日)

第15回「上伊那医師会まつり」

■「上伊那医師会報 12月号」の原稿を、ようやく書き上げた。最近、なんだかちっとも文章が書けなくなってしまって困ってしまう。

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第15回 上伊那医師会まつり

 

 11月14日(金)は今期一番の冷え込みで、身を切るような夜風を避けるようにコートの襟を立て、皆さん足早に会場の信州INAセミナーハウスへ向かいます。この日は2年に1度の医師会まつり。今回は、日本の伝統芸能、江戸太神楽と落語で大いに笑って楽しんで、心の底からぽかぽかと暖まって頂きました。

 最初に登場したのは落語家の春風亭柳朝師匠。軽妙な「まくら」と小咄で場内を和ませた後、「真田小僧」の前半を一席。よく通る声で、所作がきれいな噺家さん。じつは鉄道オタク(乗り鉄)で、岡谷から伊那北まで、今回初めて飯田線に乗ることができたと喜んでいらっしゃいました。

 続いての登場は、夫婦太神楽「かがみもち」の鏡味仙三、鏡味仙花ご夫妻。太神楽(だいかぐら)は、400年前の江戸時代初期に誕生した神事芸能(獅子舞、曲芸)で、お正月のテレビに「おめでとうございま〜す!」と言って登場した海老一染之助・染太郎の傘回しの芸ならご存知でしょう。

 鏡味仙三さんが先ずはその傘回しを披露。毬に始まって、四角い升、鋼のリング、くまモンまで回してくれました。続いて奥さんの仙花さんが「五階茶碗」と呼ばれるバランス芸を披露。始めに棒を顎に立て、その上に板や茶碗、化粧房を積み上げていきます。棒を2本にして、その間に毬を2個挟む段になると、見ていてハラハラドキドキです。最後は細い糸で空中へ吊り上げ、回転させながら糸の上を綱渡り。それはそれはお見事でした。夫婦揃っての曲芸は曲撥(投げ物)です。流石に夫婦息の合った芸を見せてくれました。

 再び高座に上がった春風亭柳朝さん。旦那に悋気(りんき)する女将さんが、使用人の権助に夫の尾行を命じたけれど、逆に権助は旦那に買収されてしまう「権助魚」という噺で場内は笑いの渦に包まれました。

 参加者が150人を越えた大宴会では、サイン色紙争奪ジャンケン大会でまた大いに盛り上がりました。最後に伊藤隆一先生が高座に上がり締めのご挨拶。この「医師会まつり」は30年前に樋代昌彦先生のご発案で始まったのだそうです。こちらも伝統を絶やさぬよう、末永く続けて行きたいものです。

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2014年12月 7日 (日)

佐々木昭一郎『さすらい』と、ピーター・フォンダの『イージーライダー』

■録画しておいたNHKアーカイヴス「佐々木昭一郎特集」を、少しずつ見ている。初めて通しで見た『夢の島少女』は、思いのほかエロくて驚いた。ただ、感想を語るにはもう2〜3回見ないと言葉にできないような気がしている。

こちらも初めて見たのだが『さすらい』(1971)は面白かった。すごく気に入っている。これはいいな。

■常に無表情で淡々とした主人公の青年が北海道の孤児院から上京して来て、渋谷で映画の看板屋に就職する。その後、ふらふらと東北を旅して廻るのだ。いろいろな人たちと出会う。看板描きの職人、歌い手を目指すフォーク青年(友川かずき、遠藤賢司)「いもうと」みたいな中学生の少女(栗田ひろみ)サーカスのブランコ乗り(キグレ・サーカス)アングラ旅芸人一座(はみだし劇場)、氷屋、三沢米軍基地近くに住み、渡米を夢見るジャズ歌手(笠井紀美子)などなど。でも、結局なにも起こらない。

彼はただ、「ここ」ではない「ほか」の場所、「ここ」ではない「ほか」の人を求めて旅に出るのだ。

あぁ、わかるよ。すっごくわかる。だって、俺も「そう」だったから。

オープニング。海岸の画面下から、ふいに青年がひょこっと現れる。なんか変。そこから『遠くへ行きたい』みたいな映像が続く。でも、どことなくユーモラスで、妙に軽い。深刻なようでいてぜんぜん暗くない。不思議な乾いた感触が心地よいのだ。ラストシーン。青年は浜辺に棒を一本立ててから再び夕日が沈む海に戻って行く。見ていてすごく「すがすがしい」ラストだ。

ドラマに何度も挿入されるBGMの影響があるのかもしれない。バーズ「イージーライダーのバラッド」。これだ。

The Byrds / Ballad of Easy Rider
YouTube: The Byrds / Ballad of Easy Rider

JASRAC からの通告のため、歌詞を削除しました(2019/08/06)

■で、ふと思ったのだが「この曲」がエンディングで流れる(こちらは、ロジャー・マッギンのソロ・ヴァージョン)映画『イージーライダー』を、今までちゃんと見たことがなかったんじゃないかと。アメリカン・ニューシネマの傑作なのに、何故か映画館でもビデオでも見た記憶がない。

町山智浩さんの『映画の見方がわかる本』は読んでいたから、この映画の知識はあった。本に書かれた内容は、「町山智浩の映画塾!」予習編・復習編でほぼ語り尽くされている。これだ。

町山智浩の映画塾! イージー・ライダー <予習編> 【WOWOW】#83
YouTube: 町山智浩の映画塾! イージー・ライダー <予習編> 【WOWOW】#83

■で、TSUTAYAに行って借りてきたんだ、ブルーレイ・ディスク。返却日の深夜にようやく見たのだが、いや実に面白かった。それにしても、デニス・ホッパー、若いなあ。1969年の公開作。

スタントマンのピーター・フォンダとデニス・ホッパーの2人組が、メキシコで仕入れたコカインを金持ちのぼんぼんに売りつけ、儲けた金を改造バイクのガソリン・タンクに隠して、LAからニューオーリンズまで気ままなツーリングの旅を続ける。途中、インディアンを妻とした子だくさんの白人や、ヒッピー・コミュニティのリーダー、アル中弁護士(ジャック・ニコルソン)など、いろんな人たちと出会うというお話し。

ラストの、ヘリコプターによる空撮。これ、『夢の島少女』のラストカット。あの、ヘリコプター空撮による驚異的な長回しのヒントになったんじゃないか? 『さすらい』(1971)も、この映画から大きなインスピレーションを受けているように思った。音楽の使い方とか。

ドラマ『紅い花』のオープニングで使われたドノバンといい、佐々木昭一郎は「川の歌」というか「川の流れ」へのこだわりを、ずっと持ち続けた人だったんだなあ。

■渋谷の街中にたびたび登場した、巨大なモノクロの少女のヌード写真。あの少女はやはり、栗田ひろみ本人だ。

『創るということ』佐々木昭一郎(青土社)で、佐々木氏は『さすらい』の主人公「ヒロシ」に関してこんなふうに言っている。

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『さすらい』はヒロシって主人公がよかったね。このヒロシはオートバイをいたずらしているとこ見つけたんだけど、今は静かに実生活者として横浜で生きている。彫金師になって、奥さんもらって。必ず年に一回電話して、ぼくに会いに来るんだ。「どうしてますか」って、世間話して帰っていく。

ヒロシに会うのは救いだね。(中略)

ヒロシも、彼は実生活ではサンダース・ホーム出身なんだ。で、ハーフでどこかに捨てられてひきとられて、セント・ジョセフっていう横浜の学校に通って、英語が非常に達者でね、日本語もよくできて、学習能力も抜群で、感性がそういうわけだから周囲がなんとなく違うなってことを感じながら生きてるんだ。

ぼくらにはそんなこと言わないけれど、だから孤独っていうのも顔によく出てたし、少年期特有の反抗心も、その反対の優しさも出てたしね。(『創るということ』p117〜p120)

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あ、渋谷道玄坂、百軒店の入り口だ。右手に「道頓堀劇場」。成人映画の看板を運ぶ2人。ずいぶんと昔の渋谷。佐々木昭一郎『さすらい』を見ている。



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