『クイック・ジャパン』vol.105(最新号)太田出版 より、是枝裕和インタビュー
■ゴールデンボンバー特集の『クイック・ジャパン』最新号に、是枝裕和監督初の連続テレビドラマ『ゴーイングマイホーム』に関するインタビュー記事が載っていると、ツイッターで知って、早速「いなっせ」1F「BOOKS ニシザワ」に行って立ち読みしてきた。いや、ももクロには興味があるけど、ゴールデンボンバーはね、ちょっと。だからごめん、立ち読みで済ませたんだ。(追記:でも正確を期すべく、結局もう一度行って買ってきたのだ)
◆『ゴーイング マイ ホーム』最終回直前 是枝裕和(監督・脚本)インタビュー <テレビを支配する「わかりやすさ」への回答>
面白かったのは、このドラマに関する批判として「テレビドラマに映画的手法を持ち込んだ勘違い」という、ほんとよくある切り口を、「うん、そう言ってる人は映画のこともテレビのこともよくわかっていないと思いますけど(笑)。」と、あっさり一蹴していることだ。爽快ですらある。
カンヌ映画祭で賞を取った日本の有名映画監督が、ちょっとテレビで「連続ドラマ」撮ってみたけれどみごと惨敗。的レベルでの批判は、ほんと底が浅い。
そういうことを言う人たちは、是枝さんのことをほとんど全くなんにも理解していないんだと思った。是枝さんは元々が「テレビの人」で、映画を撮るようになったのは後の話だ。
■なんて偉そうなこと言ったぼくも、実は『幻の光』も『歩いても歩いても』も『空気少女』も見ていないのだが。
【ポイント】は……
1)企画、脚本、演出、編集をすべて是枝監督一人でやったこと。
ふつう、テレビの連ドラは脚本家は一人だが、演出家は別に複数いて、例えば、NHK朝の連続テレビ小説の場合、週ごとに変わる。是枝監督は言う。
「今の連ドラってシステムとしては完全に確立されちゃってるじゃないですか。もちろん中には面白い作品もありますけど、『これが連ドラだよ』っていうものの捉え方が、作ってる側も観てる側も固まっていて、とても窮屈になってるように見える。
だから、こうやって脚本と演出を一人が兼ねて全話やるというかたちでも連ドラが成立するんだって思ってもらえたら。テレビの捉え方が広がるんじゃないかなって。それは、テレビドラマで育ってきた自分にとって、チャレンジし甲斐があることだと思ったんですよね。」
2)テレビの分かりやすさについての疑問
「そういうことはドラマに関わらず、テレビでドキュメンタリーを作っていた25年前から、ずっと言われ続けてきたことなんですよ。『どうせテレビなんてみんなちゃんと観てないんだから、集中して観てなくてもわかるように作らなきゃダメだ』とか『番組の中で同じことを三回言え』とか。局のプロデューサーの中には、本当に平気で『視聴者はバカだから』って言う人がいるから。
どうして自分の関わっているメディアなのに、そのお客さんを軽蔑しながら作るんだろうと、そこにはずっと違和感があった。
今回、なるべくセリフの主語や固有名詞を省いていて、『あれ』や『これ』で済ませているんです。日常生活では、『お砂糖取って』じゃなくて『それ取って』っていうでしょ。そういう演出がもし暴力的に映るとしたら、それはむしろ、もう一方の『わかりやすくわかりやすく』っていうテレビの暴力性こそむしろ浮き彫りにしているだけだと思います。」
「うん。だから、今回はそれを全部出そうと思った。テンポがゆったりしているとも言われるけど、全然そんなつもりはないんだよね。確かに表面だけ観ていたらストーリーは『ゆるい』かもしれないけれど、言葉にならない感情だったり表情だったりを画面からすくい取ろうとしている人にとって、この作品って相当な情報量が入ってる作品だと思うよ。
それをすくい取ろうとしている人にとっては一話があっという間に終わるし、そうじゃない人はテンポが遅く感じる。」
3)3.11. 以後のドラマ作りについて
「企画自体がスタートしたのは3年前なんですけど、明確にそういうテーマへと向かっていく話にしようと思ったのは、やっぱり震災があってからですね。放射能という『目に見えないもの』もどこかでそのテーマと繋がっていったし、自分達がこれまで送ってきた生活の方向性とは違うものを一方に置いて、それを意識し始める人達の話にしようって思いも生まれてきた。
それは、同じような経験が自分の中にも大きくあったからで、そこを前面に押し出そうとは思ってなかったけれど、今のほとんどのテレビドラマがあたかも震災などなかったかのようにドラマを作り続けている状況は、やっぱり恥ずかしいことだと僕は思うから。ドキュメンタリーであれだけやってるのに、なぜドラマだけが震災の前と後とで変わらないのかっていうのは、考えるべきことだと思うんですよ。」
4)偶然テレビを見ていて、もの凄いものを見てしまったという「出会いの経験」を視聴者にしてほしかった。
「ただ、映画と違ってテレビってシステムとして偶発性を孕んでいるじゃないですか。映画の場合、観客が劇場に観に行くのは、面白そうだと思った作品だけですけど、テレビの場合は人々の日常の中で、突然始まったり、突然終わったりするものだから。
人が意図しないで出会ってしまうというチャンスがテレビにはあるから。そこが一番面白いと思うし、そんな出会いをこのドラマでしてくれた人が、今まで自分達が観てきたものだけがドラマじゃないんだなって思ってくれて、何か違うものに手を伸ばしてもらうきっかけになればいいと思ってます。」
「自分が10代の時、NHKで佐々木昭一郎(当時NHK所属、現在テレビマンユニオン所属の演出家)さんの『四季・ユートピアノ』という作品が放映されたんですね。音楽を主題にした、一般の人が出てくるドキュメンタリーともドラマとも呼べないような作品なんですけど、それをたまたま観た時に『これはなんだ!』ってすごく衝撃を受けたんです。
映画だと日常があって、劇場という非日常があって、また日常に戻るわけですけど、テレビって日常の中で突然、そういった異なる時間、異なる体験が訪れることがある。
自分の作品を佐々木さんと比べるのはおこがましいですけど、その時、これは作り手が自分の本当に観たいものを作っているんだってことが圧倒的な説得力で伝わってきたんです。僕は、今のテレビにもそういうものがあってもいいと思うんです。」(『クイック・ジャパン vol.105』太田出版 p177〜p182 より抜粋)
是枝監督のインタビュー記事をUPして下さりありがとうございます。新年を迎え今、青柳という所に立ち寄っています。「ゴーイングマイホーム」最終回はとても感動的でした。阿部ちゃん(いつもこう呼んでいます)の泣く演技は初めて見たように思います。『空気人形』は監督作品の中でとても好きな作品です。機会がありましたら観ていただいて感想記事をお願いします。
投稿: くるみママ | 2013年1月 1日 (火) 13:58
くるみママさん
コメントありがとうございました。
たしか、北海道在住とお聞きしたように思いましたが、中央本線の青柳駅ですか? 富士見から言うと、すずらんの里の次の駅。
『空気人形』と『奇跡』はレンタルで借りてきて見ようと思ってます。まずその前に『ワンダフルライフ』をもう一度見てみたい。
それから、この2つのインタビューを読んで「なるほどそうだったのか」と、合点がいったことは、是枝監督の原点が「佐々木昭一郎」であったことと、多大な影響を受けた映画監督が小津安二郎じゃなくて、候孝賢であったことです。
なるほどなぁ、って思いました。『四季・ユートピアノ』は、ぼくも大好きで、NHKで初放映されたのも見てるし、再放送されたものはビデオに録画しました。
候孝賢は、『往年童子』と『恋恋風塵』をビデオで持っています。『非情城市』は銀座シャンテシネだったけなぁ、封切りで見ました。長い映画だったなぁ。そのあと、台湾が好きになって、一度兄弟家族みんなで台湾旅行をしました。もう12年前のことですが。
投稿: しろくま | 2013年1月 5日 (土) 00:06