« 「当事者」について考える | メイン | 土岐麻子 BEST! と、チャットモンチー BEST »

2012年4月 6日 (金)

新聞記事だって、いまは記者の署名記事が多いのになぁ

■昨日は、夜7時から上伊那医師会広報部委員会があって、常務理事として参加した。

広報委員の仕事は、毎月発行される「上伊那医師会報」の原稿集めと編集作業、それからアドプランニングが発行している『月刊かみいな』の中の「健康カレンダー」の記事を提供することだ。


この『月刊かみいな』の「健康カレンダー」は、記事を書いた人はイニシャルのみの表記で匿名記事となっている。ぼくが広報委員だった頃からずっとそうだった。当時ぼくは署名記事にしたほうがよいと主張したのだけれど、名前が出ると、宣伝売名行為と取る医師会員がいるかもしれないとか、匿名のほうが専門分野以外のことでも自由に気楽に書けるからいい、という意見が大多数で、ぼくの意見は却下されてしまった。


だから昨日、もう一度「署名入り記事」にした方がいいんじゃないでしょうかと提案したのだ。


そしたらまた、ほぼ同じ理由で却下された。
なんだかなぁ。


いまは新聞記事だって記者の署名入り記事が多いし、かえって署名入りのほうが入魂の記事であることが読者にひしひしと伝わってきて説得力があるように、ぼくは思うのだが。


■このところ「生まれた年」にこだわっていることを書いているのには、じつは意味がある。


facebook は原則「実名」だ。生年月日も公開されている。


今から20年近く前に「パソコン通信」が始まったころ、ニフティの会議室では大学教授と小学性がそれぞれ匿名の「ハンドル名」で同じ立ち位置で対等にやり取りしているなんてことが実際にあったんだそうで、職業や年齢や性別といった先入観を一切排除したコミュニティの可能性に皆がビックリしたものだ。


でも、時代はもはや「匿名」での発言が説得力を持つことが不可能になりつつあるように感じる。
ツイッターだってそうだ。


この人はどういうバックボーンで「こういう発言」をしているのか?


そういうことが読者に分かったほうが、いまは説得力が圧倒的に高い。ぼくはそう考えているのだけれど、間違っているのかなぁ。

トラックバック

このページのトラックバックURL:
http://app.dcnblog.jp/t/trackback/463039/28849075

新聞記事だって、いまは記者の署名記事が多いのになぁを参照しているブログ:

コメント

同感ですよ。匿名の文章には責任感が不足しがちになりやすいと思います。

コメントを投稿

Powered by Six Apart

最近のトラックバック