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2010年11月 1日 (月)

あの、野沢那智さんが亡くなってしまった

■劇団薔薇座の主宰者で、アラン・ドロンの吹き替え声優としても(いや、主にこちらで)有名だった野沢那智さんが肺がんで亡くなった。ショックだ。本当に悲しい。

この切なさは、林美雄さんが亡くなった時以来か。

と言うのも、ぼくにとっての野沢那智氏は、TBSラジオの深夜放送「パック・イン・ミュージック」木曜日深夜の「ナッチャコ・パック」パーソナリティとしての存在が一番だったからだ。

ただ、個人的な思い入れは「ナッチャコ・パック」が終わったあとから始まる「林美雄みどりブタ・パック」の方が強かったかもしれない。たしかまだ中学生だった。部活が終わって家に帰り、夕飯を食ってからまずは寝る。深夜0時半ころ母親に起こしてもらって、それから勉強机に向かって宿題したり試験勉強したりしていたのだ。

深夜一人きりで起きていると、怖いし寂しい。だから、ラジオを付ける。ニッポン放送は、大石吾郎のコッキーポップで、TBSラジオは大村麻梨子さんの「麻梨子産業株式会社」をやっていた。

そうして午前1時から、地元のSBCラジオでは「オールナイト・ニッポン」が始まるのだが、当時からあまのじゃくのぼくは、東京赤坂のTBS放送から発信され、野超え山超え、南アルプスの上空を通過して、ぼくが住む高遠町まで到達した微弱な電波にこだわっていたのだった。

深夜帯は、不思議とそうした遠くからはるばるやって来る電波が AMラジオから案外クリアーに聞こえたのだ。特に、東京の深夜放送が休止する日曜日の深夜は淋しくて、チューナーを回しても「ヨビゲン・コーリアン・ゴ・スミダ!」みたいな北朝鮮放送しか聞こえなかったりした。そうすると、日曜日の深夜に起きているのは世界で俺一人きりなのか? って、すっごく孤独で不安になってしまったものだ。

それからしばらく経って出会ったのが、ラジオ大阪の「鶴瓶・新野のぬかるみの世界」だった。日曜深夜、あの番組にはホント救われたなぁ。

■あの頃、AMラジオから深夜に聞こえてくるパーソナリティが読むリスナーからのハガキに大笑いしながら、「自分は一人じゃないんだ」と確認していたんだと思う。


この感覚を、最近深夜に Twitterのタイム・ラインを眺めていて思い出したのだ。あ、そうか。ラジオなんだ、ツイッターって。同じ時間を、別の場所にいる会ったこともない人たちといっしょに共有する感覚。一人ぼっちだけれど、世界とたしかに「つながっている」という感覚。

そんなかんなをいろいろと思い巡らしたワケは、今日の「さとなおさんのブログ」 を読んだからだ。ぼくもフォローしている坂本教授のシアトルからのライヴ映像を見て(聴いて)いたから。家族が留守の自宅で一人 Ustream 画面右横に次々と流れゆく「つぶやき」を眺めながら、リアルタイムで日本中の9000人以上の人たちがいっしょに見ていることを確かに実感できた。この感じ、あの頃の深夜放送のラジオを一人聴いていた感じに、たしかに似ているな。(つづくかも)

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