『ウインドアイ』ブライアン・エヴンソン著、柴田元幸訳(新潮クレスト・ブックス)
■もともとは「敬虔なモルモン教徒」だったのに、何故か教会から破門されてしまったアメリカ人作家、ブライアン・エヴンソン氏のことを、ぼくは今まで全く知らなかった。興味を抱いたきっかけは、書評家:池上冬樹氏による以下のツイートだ。
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池上冬樹 @ikegami99012月16日 ▼2)ブライアン・エヴンソンの『ウインドアイ』(新潮社)のお薦めは、消えた妹を探すうちに兄の不安と恐怖がつのる「陰気な鏡」、縫いつけられた別の耳から聞こえる謎の声「もうひとつの耳」、殺した少年に何度も襲われる「タパデーラ」、殺人をめぐり対話者の尋問にあう「溺死親和性種」・・
池上冬樹 @ikegami99012月16日 ▼3)少年が祖母の家で体験する地獄譚「グロットー」、愛と悪意がおぞましく交錯する(ラストが怖い!)「アンスカン・ハウス」などがベスト6。そのほかにも「モルダウ事件」「赤ん坊か人形か」「不在の目」などもお薦め。ともかくブライアン・エヴンソンの『ウインドアイ』(新潮社)は必読です!・
■ぼくが信頼している書評家の豊崎由美さんも、信毎日曜版の書評欄で「稀有な体験をもたらす25の物語」と題して、この本を紹介している。
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(前略)ブライアン・エヴァンソン作品のつかみの魅力は超ド級だ。一気に引きずりこまれる感じ。いきなりヘンテコな世界に連れ込まれた揚げ句、何が起こりつつあるのかよくわからないまま右往左往させられ、不安な気持ちを抱えたまま物語の中で宙づりにされてしまう。(中略)
それまでわたしたちが盤石と信じていた世界を、気味の悪いゼリーのように不確かな何かに変えてしまうのだ。
なかでも、慣れ親しんでいるはずの家の、外からは見えるのに中に入ると存在しない窓に気づいてしまった幼い兄妹にふりかかる出来事を描いた表題作が、いい。今回の短編集には、家や屋敷が魔窟と化す話や、自分が事実と思っている記憶や出来事が別の貌(かお)を見せるという展開の物語が多いのだけれど、表題作にはその双方が活かされていて、じわじわと怖ろしいのだ。
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■読み始めて、もうずいぶんと経ったので、巻頭の表題作『ウインドアイ』のことは正直よく憶えていない。ただ、主人公の幼い妹が(自宅外壁を覆うヒマヤラスギの板張りの一部が雨風の影響で反って捲れあがっていて、)その「すき間」に軽々と「小さな手」を差し込むことができた、その時の、何だか暖かくて、ちょっとゴワゴワしたに違いない彼女の手の感触を、ものすごくリアルに記憶している。本を読んだだけなのに、触感が残っているのだよ。
■以下は、読み終わってはリアルタイムでツイートした各短篇の感想です。
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@shirokumakita1月20日 猛吹雪の中、進路を見失い彷徨する少年2人に赤い鬼が追いかけて来る。と言えば、宮沢賢治『ひかりの素足』だが、僕が読んでいたのは『ウインドアイ』ブライアン・エヴンソン著、柴田元幸訳(新潮クレストブックス)より『二番目の少年』。こんな悪夢はゴメンだ。醒めても醒めても夢の続き。無間地獄だ
1月27日 『ウインドアイ』ブライアン・エヴンソン著、柴田元幸訳(新潮社クレストブックス)より、1日1篇ずつ読んでいる。昨日は『ダップルグリム』を読んだ。もともとダークなグリム童話をエヴンソン流に料理したらどうなるか? そうなるのか(笑)。
1月27日 続き)『ウインドアイ』。今日は『死の天使』を読む。確かアストル・ピアソラの曲に「天使の死」があったが、これは凄かったな。『どろんころんど』とコーマック・マッカーシー『ザ・ロード』と『デスノート』を足して3で割った黙示録であり、人間が生きて行くことを端的に表す哲学書でもあると思う。
昨日は『ウインドアイ』より「陰気な鏡」を読む。これは怖いな。でも大好き。『猿の手』みたいなゴシック・ホラーをエヴンソン流に料理したら…。話の途中に、古事記の「イザナギ・イザナミ・黄泉の国」の話が出てくるのだが、これって、世界中にある神話なのだろうか?(まだまだ続く)
2月5日 ブライアン・エヴンソン『ウインドアイ』より、今日は『モルダウ事件』を読む。「ストラットン事件」だったはずが、いつしか事件名が変わっている不思議。ある組織に所属する秘密諜報部員(工作員)の調査報告書という体裁の文章なのだが、いったい誰が書いているのか?
続き)「スレイデン・スーツ」の着かた。図説があった。これだ。
2月8日 ブライアン・エヴンソン『ウインドアイ』より、今日は「スレイデン・スーツ」を読む。これはいいな。何故か諸星大二郎の漫画で読んだイメージがする。古びたゴムの旧式潜水服の「臍の緒」から中に入って行く主人公。すえた汗と血の臭い。船の外は嵐。甲板にはナイフで殺された船長が『白鯨』状態でいる
2月15日 エヴンソン『ウインドアイ』より、今日は「知」を読む。面白い。推理小説かと思ったら、哲学の思考実験だった。読んでいて妙に納得されてしまったことが怖い。その次の「赤ん坊か人形か」も同じテイストだな。
2月18日 『ウインドアイ』より「トンネル」を読む。これは不気味だ。ゾワゾワくる。トンネルの中で起こった出来事を『藪の中』的に3人がそれぞれの視点で順番に語るのだが、誰が正しいのか?ではなく、自分たちに何が起こっているのか誰一人分かっておらず、でもこの後、酷いことが起こることは皆わかっている『ウインドアイ』より「食い違い」。腹話術師「いっこく堂」の得意持ちネタ「口の動きから数秒遅れて声が聞こえてくる」アレを、テレビを見ていた彼女は実際に体験する。しかし、いっしょに横で見ている夫には、何も違和感がないという。じわじわと現実感が崩壊してゆく感じが、実にリアルで怖いぞ
2月24日 『ウンドアイ』より一昨日は「不在の目」を読む。潰されてしまった主人公の片目は取り除かれ、後には眼窩と視神経だけが残った。眼球と網膜を失った視神経はしかし、特別なものが見えるようになった。それは、自分と他の人たちの「背後霊」だった。
2月26日 ボン・スコットって知らなかったからApple Music で『地獄のハイウエィ』AC/DC を聴いている。ハードロックは苦手なんだ。それにしても、カーティス・メイフィールドなみの高音だな。いや実は『ウインドアイ』で「ボン・スコット 合唱団の日々」を読んだんだ。モルモン教とオーストラリア出身のロック・ミュージシャンとの意外な接点とは?
2月28日 ブライアン・エヴンソン『ウインドアイ』は読んでいて「その当事者にだけはなりたくないな」っていう短篇ばかりが並んでいるが、昨日読んだ『タパデーラ』は中でも特に嫌な話。野球で言えば、9回表からいきなり小説が始まって、後攻X勝ちかと思ったら、先行がゾンビ復活して恐怖の延長戦を強いられる続き)「先行」→「先攻」。ところで「タパデーラ(Tapadera)」って何のこと? 調べてみたら、スペイン語の「Taper 覆う、ふさぐ」から来ていて(キッチンで使うタッパーですね)転じて、アメリカ中西部のカウボーイが馬に乗る時に足を保護するための厚い革製の鐙覆いのことらしい。
3月3日 昨日は『ウインドアイ』より「もうひとつの耳」。西洋版『耳なし芳一』的だが、でも逆に失った片耳を新たに移植される話。展開が読めず怖い。そして今日は「彼ら」を読む。こちらは『リプレイ』だな。ただし、時間が何度も戻るんじゃないんだ。そこが不気味。「彼ら」って何? システム?
3月6日 今日は『ウインドアイ』より「酸素規約」を読む。これはSFだ。地球から遠く離れた何処かの惑星に植民した主人公。しかし、このコロニーはどうも上手くいかなかったらしい。残存する酸素を皆で分け合う為には、住民が人工冬眠して消費する酸素を節約するしかないのだった。しかし、主人公は拒む。
続き)たぶんこれは著者の暗喩だ。『彼ら』と同じ「システム」に支配された人間と、それに逆らおうとした人間の悲喜劇。「壁と卵」のはなし。はたして、どちらの人間が幸福なのだろうか?
3月8日 『ウインドアイ』より「溺死親和性種」を読む。これは気に入ったな。訳分からないうちに捕まって尋問される主人公。しかも、自分の記憶にない弟から一通の手紙が来て、仕方なく行方不明の弟を探す日々。一体何が本当の記憶で何が植え付けられた偽物の記憶なのか?「本当の事を言え」対話者は尋問する。読んでいて、ガラガラと地盤が崩れていく感じ。何が何だか分からなくなってゆく不安。あ、そうそう。『プリズナー No.6』と同じだ。毎回「No.2」から尋問される No.6。「No.1 は誰だ?」No.1 て誰?何処にいるの?なんでこんな目に会わなければならないのか?「溺死親和性種」
3月11日 今日は『ウインドアイ』から「グロットー」を読む。なんか「やまんば」が登場する『三枚のおふだ』みたいな民話的味わいもあるのだが、やはり絶望的に怖い。後半の展開は、キングの『シャイニング』みたい。
3月15日 『ウインドアイ』より、ラストの「アンスカン・ハウス」を読む。その前の「グロットー」といい強烈な終幕だな。古典的『猿の手』みたいな、願いを叶えてもらうためには、自身の犠牲を必要とされる話。幽霊も悪霊も背後霊もゾンビも「もののけ」も、この短篇集には多数登場するが、なんだ生きた人間が、続き)なんだ生きている人間が、一番怖いのか。そう思った。実際、フィクションの世界よりも、籠池のおっさん、おばはんと、この夫婦に群がる人々(自民や維新の政治家、財務省官僚、国土交通省官僚、文科省官僚、マスコミ、そして菅野完氏)それぞれの思惑で蠢く魑魅魍魎たちの同行から目が離せない。
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