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2017年3月

2017年3月28日 (火)

『親子で向きあう発達障害』植田日奈・著(幻冬舎)

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■あれは、医者になって2年目のことだ。信州大学小児科に入局させていただき、1年間大学病院で研修した後、ぼくは厚生連北信総合病院小児科に配属された。優秀な3人の先輩小児科医のご指導のもと、貴重な症例を含め、たくさんの患者さんを受け持たせていただいた。

大学病院では未経験だった新生児の主治医にもなった。今でもよく憶えているのは、ダウン症の女の子のご両親に、生後1ヵ月して染色体検査の結果が出てから「その事実」を告げた時のことと、重症仮死で生まれて、脳室周囲白質軟化症(PVL)になってしまった赤ちゃんのご両親に、早期療育の必要性を説明した時のことだ。

その時ぼくは、いずれも同じことを口にした。

「確かにこの子は、生まれながらに大きなハンディキャップを背負ってしまいました。でも、ご両親の献身的な療育によっては、もしかするとこの子だって、将来は日本の首相になれる可能性だってあるのです。だから、どうか前向きに、この子と共に生きて行ってください!」と。

その当時、ぼくは自分の言葉に酔っていた。いま考えれば、あまりに無責任な言葉だよな。医者になって2年目、まだ何もできないくせに、何でも出来るような錯覚に陥っていた。

■再び大学に戻って、下諏訪町にある、身体障害児・心身障害児療育施設「信濃医療福祉センター」へパート出張した時のことだから、あれから更に3年後のことだ。センター小児科医長の八木先生に病院を案内してもらって、館内を廻っていた時のことだ。

母子入院をして初期療育をしている、障害がある乳児が多数いる病棟を訪れたのだが、八木先生がふと、「この子には無限の可能性がある! みたいな、過度の期待を親に持たせて『ここ』へ送り込んでくる小児科医がいるんだけれど、ハッキリ言って迷惑なんだよ。」

あ、それを言ったのは俺だ……。

ぼくは、八木先生に申し訳なくて、そのとき何も言えなかったのだった。(まだ続く)

2017年3月20日 (月)

『ウインドアイ』ブライアン・エヴンソン著、柴田元幸訳(新潮クレスト・ブックス)

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■もともとは「敬虔なモルモン教徒」だったのに、何故か教会から破門されてしまったアメリカ人作家、ブライアン・エヴンソン氏のことを、ぼくは今まで全く知らなかった。興味を抱いたきっかけは、書評家:池上冬樹氏による以下のツイートだ。

▼1)「週刊文春」でブライアン・エヴンソンの『ウインドアイ』(新潮社)をとりあげました。本欄でも簡単に紹介しましたが、もっと詳しく書きますと、収録作品は25篇。駄作と水準作はなくてすべて佳作以上。前作『遁走状態』も傑作短篇集でしたが、こちらはもっと完成度が高くて鋭い作品が揃っている
池上冬樹
@ikegami990
12月16日
▼2)ブライアン・エヴンソンの『ウインドアイ』(新潮社)のお薦めは、消えた妹を探すうちに兄の不安と恐怖がつのる「陰気な鏡」、縫いつけられた別の耳から聞こえる謎の声「もうひとつの耳」、殺した少年に何度も襲われる「タパデーラ」、殺人をめぐり対話者の尋問にあう「溺死親和性種」・・
池上冬樹
@ikegami990
12月16日
▼3)少年が祖母の家で体験する地獄譚「グロットー」、愛と悪意がおぞましく交錯する(ラストが怖い!)「アンスカン・ハウス」などがベスト6。そのほかにも「モルダウ事件」「赤ん坊か人形か」「不在の目」などもお薦め。ともかくブライアン・エヴンソンの『ウインドアイ』(新潮社)は必読です!

■ぼくが信頼している書評家の豊崎由美さんも、信毎日曜版の書評欄で「稀有な体験をもたらす25の物語」と題して、この本を紹介している。

(前略)ブライアン・エヴァンソン作品のつかみの魅力は超ド級だ。一気に引きずりこまれる感じ。いきなりヘンテコな世界に連れ込まれた揚げ句、何が起こりつつあるのかよくわからないまま右往左往させられ、不安な気持ちを抱えたまま物語の中で宙づりにされてしまう。(中略)

それまでわたしたちが盤石と信じていた世界を、気味の悪いゼリーのように不確かな何かに変えてしまうのだ。

 なかでも、慣れ親しんでいるはずの家の、外からは見えるのに中に入ると存在しない窓に気づいてしまった幼い兄妹にふりかかる出来事を描いた表題作が、いい。今回の短編集には、家や屋敷が魔窟と化す話や、自分が事実と思っている記憶や出来事が別の貌(かお)を見せるという展開の物語が多いのだけれど、表題作にはその双方が活かされていて、じわじわと怖ろしいのだ。

■読み始めて、もうずいぶんと経ったので、巻頭の表題作『ウインドアイ』のことは正直よく憶えていない。ただ、主人公の幼い妹が(自宅外壁を覆うヒマヤラスギの板張りの一部が雨風の影響で反って捲れあがっていて、)その「すき間」に軽々と「小さな手」を差し込むことができた、その時の、何だか暖かくて、ちょっとゴワゴワしたに違いない彼女の手の感触を、ものすごくリアルに記憶している。本を読んだだけなのに、触感が残っているのだよ。

■以下は、読み終わってはリアルタイムでツイートした各短篇の感想です。

 

@shirokumakita
1月20日
猛吹雪の中、進路を見失い彷徨する少年2人に赤い鬼が追いかけて来る。と言えば、宮沢賢治『ひかりの素足』だが、僕が読んでいたのは『ウインドアイ』ブライアン・エヴンソン著、柴田元幸訳(新潮クレストブックス)より『二番目の少年』。こんな悪夢はゴメンだ。醒めても醒めても夢の続き。無間地獄だ
1月27日
『ウインドアイ』ブライアン・エヴンソン著、柴田元幸訳(新潮社クレストブックス)より、1日1篇ずつ読んでいる。昨日は『ダップルグリム』を読んだ。もともとダークなグリム童話をエヴンソン流に料理したらどうなるか? そうなるのか(笑)。
 
1月27日
続き)『ウインドアイ』。今日は『死の天使』を読む。確かアストル・ピアソラの曲に「天使の死」があったが、これは凄かったな。『どろんころんど』とコーマック・マッカーシー『ザ・ロード』と『デスノート』を足して3で割った黙示録であり、人間が生きて行くことを端的に表す哲学書でもあると思う。
昨日は『ウインドアイ』より「陰気な鏡」を読む。これは怖いな。でも大好き。『猿の手』みたいなゴシック・ホラーをエヴンソン流に料理したら…。話の途中に、古事記の「イザナギ・イザナミ・黄泉の国」の話が出てくるのだが、これって、世界中にある神話なのだろうか?

(まだまだ続く)

 

2月5日
ブライアン・エヴンソン『ウインドアイ』より、今日は『モルダウ事件』を読む。「ストラットン事件」だったはずが、いつしか事件名が変わっている不思議。ある組織に所属する秘密諜報部員(工作員)の調査報告書という体裁の文章なのだが、いったい誰が書いているのか?

2月8日
ブライアン・エヴンソン『ウインドアイ』より、今日は「スレイデン・スーツ」を読む。これはいいな。何故か諸星大二郎の漫画で読んだイメージがする。古びたゴムの旧式潜水服の「臍の緒」から中に入って行く主人公。すえた汗と血の臭い。船の外は嵐。甲板にはナイフで殺された船長が『白鯨』状態でいる
続き)「スレイデン・スーツ」の着かた。図説があった。これだ。

Sladen_diving_suit


2月15日
エヴンソン『ウインドアイ』より、今日は「知」を読む。面白い。推理小説かと思ったら、哲学の思考実験だった。読んでいて妙に納得されてしまったことが怖い。その次の「赤ん坊か人形か」も同じテイストだな。
2月18日
『ウインドアイ』より「トンネル」を読む。これは不気味だ。ゾワゾワくる。トンネルの中で起こった出来事を『藪の中』的に3人がそれぞれの視点で順番に語るのだが、誰が正しいのか?ではなく、自分たちに何が起こっているのか誰一人分かっておらず、でもこの後、酷いことが起こることは皆わかっている

『ウインドアイ』より「食い違い」。腹話術師「いっこく堂」の得意持ちネタ「口の動きから数秒遅れて声が聞こえてくる」アレを、テレビを見ていた彼女は実際に体験する。しかし、いっしょに横で見ている夫には、何も違和感がないという。じわじわと現実感が崩壊してゆく感じが、実にリアルで怖いぞ

 

2月24日
『ウンドアイ』より一昨日は「不在の目」を読む。潰されてしまった主人公の片目は取り除かれ、後には眼窩と視神経だけが残った。眼球と網膜を失った視神経はしかし、特別なものが見えるようになった。それは、自分と他の人たちの「背後霊」だった。

2月26日
ボン・スコットって知らなかったからApple Music で『地獄のハイウエィ』AC/DC を聴いている。ハードロックは苦手なんだ。それにしても、カーティス・メイフィールドなみの高音だな。いや実は『ウインドアイ』で「ボン・スコット 合唱団の日々」を読んだんだ。モルモン教とオーストラリア出身のロック・ミュージシャンとの意外な接点とは?

2月28日
ブライアン・エヴンソン『ウインドアイ』は読んでいて「その当事者にだけはなりたくないな」っていう短篇ばかりが並んでいるが、昨日読んだ『タパデーラ』は中でも特に嫌な話。野球で言えば、9回表からいきなり小説が始まって、後攻X勝ちかと思ったら、先行がゾンビ復活して恐怖の延長戦を強いられる

続き)「先行」→「先攻」。ところで「タパデーラ(Tapadera)」って何のこと? 調べてみたら、スペイン語の「Taper 覆う、ふさぐ」から来ていて(キッチンで使うタッパーですね)転じて、アメリカ中西部のカウボーイが馬に乗る時に足を保護するための厚い革製の鐙覆いのことらしい。

 

3月3日
昨日は『ウインドアイ』より「もうひとつの耳」。西洋版『耳なし芳一』的だが、でも逆に失った片耳を新たに移植される話。展開が読めず怖い。そして今日は「彼ら」を読む。こちらは『リプレイ』だな。ただし、時間が何度も戻るんじゃないんだ。そこが不気味。「彼ら」って何? システム?
3月6日
今日は『ウインドアイ』より「酸素規約」を読む。これはSFだ。地球から遠く離れた何処かの惑星に植民した主人公。しかし、このコロニーはどうも上手くいかなかったらしい。残存する酸素を皆で分け合う為には、住民が人工冬眠して消費する酸素を節約するしかないのだった。しかし、主人公は拒む。
続き)たぶんこれは著者の暗喩だ。『彼ら』と同じ「システム」に支配された人間と、それに逆らおうとした人間の悲喜劇。「壁と卵」のはなし。はたして、どちらの人間が幸福なのだろうか?

3月8日
『ウインドアイ』より「溺死親和性種」を読む。これは気に入ったな。訳分からないうちに捕まって尋問される主人公。しかも、自分の記憶にない弟から一通の手紙が来て、仕方なく行方不明の弟を探す日々。一体何が本当の記憶で何が植え付けられた偽物の記憶なのか?「本当の事を言え」対話者は尋問する。

読んでいて、ガラガラと地盤が崩れていく感じ。何が何だか分からなくなってゆく不安。あ、そうそう。『プリズナー No.6』と同じだ。毎回「No.2」から尋問される No.6。「No.1 は誰だ?」No.1 て誰?何処にいるの?なんでこんな目に会わなければならないのか?「溺死親和性種」

 

3月11日
今日は『ウインドアイ』から「グロットー」を読む。なんか「やまんば」が登場する『三枚のおふだ』みたいな民話的味わいもあるのだが、やはり絶望的に怖い。後半の展開は、キングの『シャイニング』みたい。

3月15日
『ウインドアイ』より、ラストの「アンスカン・ハウス」を読む。その前の「グロットー」といい強烈な終幕だな。古典的『猿の手』みたいな、願いを叶えてもらうためには、自身の犠牲を必要とされる話。幽霊も悪霊も背後霊もゾンビも「もののけ」も、この短篇集には多数登場するが、なんだ生きた人間が、

続き)なんだ生きている人間が、一番怖いのか。そう思った。実際、フィクションの世界よりも、籠池のおっさん、おばはんと、この夫婦に群がる人々(自民や維新の政治家、財務省官僚、国土交通省官僚、文科省官僚、マスコミ、そして菅野完氏)それぞれの思惑で蠢く魑魅魍魎たちの同行から目が離せない。

2017年3月16日 (木)

伊那のパパス絵本ライヴ(その130)上田市子育て支援センター

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■去る 3月5日の日曜日。上田市子育て支援課からのオファーで「ひとまちげんき・健康プラザうえだ」まで行って絵本を読んできた。

年度末とあって、めちゃくちゃ忙しい小学校の先生の伊東パパと、やはり市役所職員で大変な宮脇パパは欠席。倉科さんの運転で、坂本・北原・倉科の3人だけで初の上田市へと乗り込んだのであった。

しかし、上田は遠いなぁ。伊那から2時間余り。倉科さん、結膜炎で眼が腫れて、アレルギー性鼻炎も悪化の一途という体調不良にもかかわらず、往復の運転すみませんでした。訊けば、坂本さんもこのところ血圧が高く不調が続いていて、この2週間は禁酒しているとのこと。

なんとか気合いでやり切るのだ!

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  ■ <本日のメニュー> ■

1)『はじめまして』(すずき出版)

2)『くんくんくん これはどなたのわすれもの?』はやしますみ(岩崎書店)北原

3)『ねこガム』きむらよしお(福音館書店)→坂本

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4)『かごからとびだした』(アリス館)

5)『おかん』平田昌広・作、平田景・絵(大日本図書)→倉科

6)『ちへいせんのみえるところ』長新太(ビリケン出版)→北原

7)『ぐやんよやん』長谷川摂子(福音館書店)→坂本

8)『うんこしりとり』tuperatupera(白泉社)

9)『おーいかばくん』中川いつ子、中川ひろたか、あべ弘士(ひさかたチャイルド)

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10)『なんでやねん』中川ひろたか・文、あおきひろえ・絵(世界文化社)倉科

11)『ふうせん』(アリス館)

12)『世界中のこどもたちが』(ポプラ社)

13)『すてきなぼうしやさん』増田裕子・文、市居みか・絵(そうえん社)→アンコール

(終了)

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