« 『かめくん』北野勇作(河出文庫)読了 | メイン | 土岐麻子『CASSETTEFUL DAYS』のCDを買った »

2012年10月20日 (土)

『かめくん』北野勇作(河出文庫)読後感想の追補

■ところで、河出文庫版『かめくん』は、徳間デュアル文庫版『かめくん』とは「全く同じ」ではない。ただ、

旧版のほうを通して読了してないので、確実なことは言えないが、映画でいうところの「ディレクターズ・カット版」的な、新たなエピソードを追加したり、泣く泣くカットしたシーンを復活させたり、といったような文章はなかった。

そうではなくて、文章のきめ細やかなブラッシュ・アップやリファインが随所に施されているのだ。それは、2冊並べて読んでみれば直ちに分かること。微妙な言い回しや、ちょっと不自然で引っかかった表現が変更されている。作者の『かめくん』に対する思い入れの強さを思い知らされた。


■それから、脳の器質的機能障害の一つに「カプグラ症候群」と呼ばれる特異的症状を呈する疾患群が実際にあるのだそうだ。

カプグラ症候群というのは、家族や恋人や親友など自分にとって大事な人が本人そっくりの偽者と入れ替わってしまったという妄想を抱く症候群である。1923年にフランスの精神科医ジョゼフ・カプグラと研修医のルブル・ラショーが初めて論文で報告した。」(『エコー・メイカー』リチャード・パワーズ作、黒原敏行・訳、新潮社、訳者あとがき より)

ビックリした。そうなのか。


■ぼくは読んでいるうちに、読者としての確固たる立脚点が突然揺らいでガラガラと崩れだし、何が本当で何が偽物なのか、何が何だかわからなくなってしまう、という小説が好きだ。いわゆる「現実崩壊感」というヤツ。

僕にとってのその代表的小説は、フィリップ・K・ディックじゃぁなくて、クリストファー・プリーストの『魔法』であり、『奇術師』であり『双生児』なのだな。信用できない一人称の主人公の「語り」を、はたして読者はそのまま受け取ってもいいんだろうか?

そんなふうに不安にさせられる小説。そういうのが僕は好き。

そういう意味で『かめくん』は、僕にとって プリースト『魔法』を読み終わった時の感覚に近かったか。ただ、『かめくん』最終ページの「あの」諦観、寂寥感は特別だな。


■最後に、この小説のキーポイントの部分を引用します(ネタバレか?)


 この宇宙のすべては、たったふたつの要素に分けることができる すなわち、甲羅の内と外。

 カメというものは、自らの甲羅のなかから外界を見るように出来ている。そうすることによって、自らの甲羅のなかに外界のモデルを構築する。それをもとにして、カメは世界を認識するのだ。

 つまり、甲羅の内部に形成された外界のモデルを操作することによってそれを推論し、そして行動を起こす。行動することによって得られた情報によって、甲羅のなかに作られた世界のモデルは更新される。そして、さらにそれを操作することで推論する。

 だから、じつはカメが外側だと感じているのは、自分の甲羅の内側に作られた外側の模型でしかないのではないか。
 かめくんは考える。

   そういう意味で、カメというものは所詮、自分の甲羅から出ることが   出来ないものなのでは ----- 。(p255〜p256)


■追伸。 佐々木敦氏による「かめくんのかいせつ」が素晴らしい。ちょっとだけ引用する。

 かめくんはかめくんである。かめくんはかめくんでしかない。だが、それと同時に、まちがいなくかめくんは、北野勇作自身でもあり、わたしたちのことでもあるのだ。

『かめくんに描かれている、のほほんとした日常のようで、その実、殺伐としていたり酷薄であったりする世界、安穏としているようでいて、じつはただ生きてゆくだけでも、とても大変だったりしんどかったりする世界は、まちがいなく、われわれが生きる、この世界のことでもある。

『かめくん』が少しかなしいのは、「かめくんはかめくんでしかない」ことを、かめくん自身がよくわかっていて、そしてそれを受け入れているからだが、そのかなしみ、そのはかなさは、かめくんだけのものではない。

 北野勇作の描く世界は、どれもこれも不思議ななつかしさに満ちているが、それはいわゆるレトロ・フューチャー的道具立てによるものというものというよりも、そこがいつもどこか、今ここ、に似ているからに他ならない。このような感じは『かめくん』以降の作品群において、着実に、より深められていって、現時点での最新作である、あのすこぶる感動的な「きつねのつき」へと至ることになるだろう。(p291〜292)


■さて、前回挫折した『昔、火星のあった場所』だが、もう一度チャレンジしてみよう。今度は大丈夫。いけると思うぞ。

トラックバック

このページのトラックバックURL:
http://app.dcnblog.jp/t/trackback/463039/30091883

『かめくん』北野勇作(河出文庫)読後感想の追補を参照しているブログ:

コメント

コメントを投稿

Powered by Six Apart

最近のトラックバック