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2011年12月23日 (金)

『津波 TSUNAMI! 』キミコ・カジカワ再話、エド・ヤング絵(グランまま社)

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■長年お世話になっている「グランまま社」の田中尚人さんから、12月はじめに1冊の絵本が送られてきた。それがこの『津波 TSUNAMI! 』キミコ・カジカワ再話、エド・ヤング絵(グランまま社)だ。

ぼくは絵本の表紙とそのタイトルを見て、度肝を抜かれた。

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画家のエド・ヤングは中国系アメリカ人で、天津に生まれ上海で育った。今年は、同じく中華の血が流れる絵本作家、ショーン・タン(『アライバル』の著者)が注目を集めたが、絵本界におけるオリエンタリズムの本家は、何といってもこのエド・ヤングだ。


その卓越したセンスの画法が僕も大好きで、翻訳本が出ている『ロンポポ』と『七ひきのねずみ』は以前から持っていた。

だから、この絵本に「エド・ヤング」の名前を見つけてさらに「おおっ!」と思ったんだ。


上の写真を見ていただければ判るが、この本、かなりの大型の絵本だ。それには訳がある。作者には、このサイズがどうしても必要だったのだ。


このサイズで、さらに見開き一面となるとそうとうに大きい。しかも、全てが見開き一面の絵だ。まるで、映画館でワイドスクリーンを見ている感じ。エド・ヤングは様々な材質の色紙、写真、和紙などを切ってちぎって張って、コラージュのようにして画面を構成する。その圧倒的な迫力を、ぜひ本屋さんで実際にこの「絵本」を手にとって、実物大の絵をめくってみて欲しい。ほんとうに、ほんとうに凄いぞ。 特に、第10場面〜第12場面。


■こちらの「花のある風景(438)」を読むと、この時の地震と津波は、1854年12月23日に起こった安政東海南海大地震で、実際に和歌山であった話がもとになっているようだ。それを、小泉八雲が『生神様(A LIVING GOD)』という作品に残したのだ。


さらにそれを、キミコ・カジカワ(日本人の母とアメリカ人の父を持つアメリカ在住の作家)が、ある日の図書館で発見し感動して絵本用の原稿を書き上げる。絵はぜひエド・ヤングに描いて欲しいと、彼のもとに原稿を送ったのが「いま仕事がおしていて無理だし、あまり興味もないね」との冷たい返事が。それから10年経って、失望しすっかり諦めていた彼女のもとになんとエド・ヤングの「この絵」が届き、2009年2月、出版のはこびとなった。


そう、この絵本は 3.11 の「あの日」から2年も前にアメリカで出版されていたのだ。驚くべきことにね。


その翌年、日本での出版権を取った「グランまま社」の田中さんは悩んだ。そのあたりのことは「このインタビュー」に詳しい。


■なぜ、宮城県石巻市立「大川小学校」の子供たちに犠牲者が多かったのか?  「釜石の奇蹟」が、単なる奇蹟ではなく「必然的」だったのは、つね日頃どんな準備がなされていたからか?


人間は忘れやすいように出来ている。そうでないと、辛くて生きてゆけないから。


だからこそ、繰り返し繰り返し、しつこすぎるくらい日々繰り返し語り継ぐことが重要なのだな。しみじみそう思った。



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