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2010年12月14日 (火)

『空白の五マイル』(その3)

■チベット、ツアンポー川探検の歴史は、『空白の五マイル』第一部「伝統と現実の間」にテンポ良く簡潔にまとめられている。最初にこの峡谷にスパイとして潜入したのは、キントゥプという名のインドの仕立屋で、1880年のことだった。いっしょに潜入したラマ僧に裏切られ、奴隷として売り飛ばされたり、幾多の死ぬ思いまでし命かながら4年後にようやく任務を終えてダージリンに帰り着いたキントゥプは、ツアンポー峡谷の最深部に、落差50m近い幻の大滝があることを報告した。

また、以前からチベット人の間でツアンポー峡谷の何処かに「ベユル・ペマコ」と呼ばれるシャングリラのような伝説の理想郷があるという言い伝えがあった。


■英国のプラントハンターであった、フランク・キングドン=ウォードは、高山植物から亜熱帯のジャングルの植物まで見られる植物学者の楽園のようなツアンポー峡谷に魅せられ(彼は、名高いヒマラヤの青いケシをこの地で発見しイギリスに持ち帰ったのだ)さらには前述の探検家心をくすぐる伝説の真偽を確かめるべく、1924年、ツアンポー峡谷の最深部の無人地帯のほとんどの区間を踏破した。

ただこの時、キングドン=ウォードがどうしても行けなかった区間があった。それが『空白の五マイル』なのだ。


『空白の五マイル』第一部では、ツアンポー川探検の歴史を上手にサンドイッチしながら、著者が 2002年12月〜2003年1月にかけて行ったツアンポー峡谷探検の詳細が語られる。この時、現地で雇ったモンパ族のガイド兼ポーター役のジェヤンが実にいい味を出しているのだ。本来、死の淵を彷徨うような危険に満ちた探検行なのに、彼が登場すると何だかとたんに「ほのぼの」してしまうのだな。

だから逆に、ジェヤンが出てこない終始単独行の「第二部」では、文章のトーンがガラッと変わってしまっていて、その落差に驚いてしまう。まさに「死の淵を彷徨う」そのものなのだ。

それから、この本が出版された1番の(いや2番目か)功績は、今までごく一部の人たちにしか知られていなかった「武井義隆氏」の人となり、そして彼の生涯を、彼の両親、友人、後輩、先輩、恋人に、著者角幡氏が丹念に取材して、かなり詳細にページを割いて記載している点だと思う。


正直言って、NHKスペシャルの映像からも、『空白の五マイル』第一部の終わりに挿入されたカラー写真からも、ツアンポー川のスケールのデカさ、奔流の怖ろしさはぜんぜん伝わってこなかった。でも、早稲田大学カヌークラブOBであった武井義隆氏が、NHKのテレビ取材を兼ねた「日本ヤルツァンポ川科学探検実行委員会」の一員として遠征隊に参加し、1993年9月10日、数年ぶりの大雨で増水し荒れ狂うツァンポ川に無謀にもカヌーで漕ぎ出し、結局は転覆遭難した、そのくだりを読みながら、ぼくは初めてツアンポー峡谷の本当の怖ろしさを肌で感じることができたのだった。


例えば、武井氏の人柄を、カヌークラブの先輩である松永秀樹氏はこう語る。


「武井って本当にすごい人間なんです。(中略)説明するのは難しいですが、例えば司馬遼太郎の『竜馬がゆく』を読んだら坂本龍馬ってすごいなって思うじゃないですか。でも龍馬より大物だと感じましたね。もう人間の質として。別に何をしたわけじゃないんですけど……」。


いったい、どういう奴だったんだ!? 武井義隆って男は。

■なぜ著者がここまでしつこく武井義隆という男に拘ったかというと、冒険者としての武井義隆の「生きざま」が、そのままそっくり著者が 2009年冬に遂行した2回目のツアンポー峡谷探検行の「意味」に直結していたからだと思う。

だって、前回の探検行で「空白の五マイル」のほとんどを既に踏破したにも係わらず、著者は朝日新聞記者という栄光の職場を辞めてまで、今回の再度探検行に行かなければならないと、もうほとんど悲痛な決断に至ったのだから。まさに、その点と直結していたのだな。だって、既に未踏の「空白の五マイル」を制覇しているのですよ。探検家としてのチャレンジの意味がぜんぜん分からないじゃないですか、読者として。


■もう少し違った視点から見たら、思いがけずその答えが書いてある本に気がついた。それは、

『哲学者とオオカミ』です。


ぼくが引用した部分(終いのほう)に、図らずも「その答え」が書いてあったのだ。もうびっくり!

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