伊藤比呂美『道行きや』(新潮社)が面白い!
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■『道行きや』伊藤比呂美(新潮社)は傑作だ。
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以下、ツイートした文章を編集。
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伊藤比呂美『道行きや』(新潮社)を読み始める。面白いなあ。『良いおっぱい悪いおっぱい』の頃からずっと、この人の文章が好きだ。読んでて元気が出る。bastards って「ゴースト・バスターズ」のそれだよね。引いたら、ろくでなし・くそったれって意味だ。
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追記)2020/11/03 khさん がコメントしてくれました。
「ゴーストバスターズはGhostbustersです。動詞のbustは捕まえる、といった意味のスラングです。」
ありがとうございました! スペルが違うのですね。お恥ずかしいです。よく調べもせずに、無知をさらしてしまったなあ。反省。
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表紙の「道行きや」の下に載っている英語が気になる。
「 Hey, you bastards! I'm still here! 」
ググったらすぐに分かった。映画『パピヨン』のラストシーン。椰子の実で作った浮き輪につかまったスティーブ・マックイーンが叫んだ言葉だった。おお、僕も映画館で観たぞ! オリジナルの『パピヨン』。
サントラがね、泣けるんだよ。検索したら、映画の脚本は、赤狩り(マッカーシズム)でハリウッドを追放された『ローマの休日』を書いた脚本家:ダルトン・トランボだったんだね。知らなかったな。
それを思うと、すっごく深いよね。この映画の主題。
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続き)ツイッターはフォローしているので、カリフォルニアから保護犬のジャーマン・シェパードを連れて日本(熊本)に帰国し、早稲田で文学を教えていることは知っている。『犬心』も読んだから、彼女が以前に飼っていたジャーマン・シェパードのことも知ってるよ。だから、「鰻と犬」はハラハラだった。
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続き)これは!と思ったのが、その次の「耳の聞こえ」だ。31ページ。
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「違うのだ」と父も夫もくり返した。
「正面から向き合ってしゃべってくれ」
「1音1音はっきり話してくれ」
「高音のサ行やカ行はとくに聞きにくいから、低い声で発音してくれ」
「固有名詞はゆっくりと確実に発音してくれ」
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これはつい最近知って驚いたことだが、補聴器ってめちゃくちゃ高いんだね。軒並みうん十万円する。義父の耳の聞こえが悪いので「補聴器を買い換えたら?」と言ったら、妻に怒られた。伊藤比呂美さんは、難聴の老人の苛立ちと恥ずかしみ、やるせなさ、悔しさを「humiliating」という単語で表現する。
あ、「屈辱的」っていう意味ね。
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伊藤比呂美『道行きや』(新潮社)の続きを読む。「粗忽長屋」「燕と猫」「木下ヨージ園芸百科」「むねのたが」メガネをなくし、鍵をなくし、とにかく物をなくす。落とす。そして忘れる。一つのことに集中できない。ADHDには、いま、いろいろと良い薬が出ている。生き辛さが酷ければ、それもいいのでは
でもそれだと、彼女の溢れ出る芸術的衝動が損なわれてしまうような気もする。むずかしいな。「燕と猫」はちょっと怖い。熊本には川があって、その遊水池には様々な植物が繁茂している。夕暮れ。椋鳥は南へ向かい、燕は遙か上空から葦原へ落下する。まるで死に向かうみたいに。
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引き続き『道行きや』伊藤比呂美を読んでいる。「山のからだ」は、彼女にしか書けない真骨頂だな。熊本の彼女の家から東方にそびえる立田山には、山の神が三体在る。彼女は三体目の山の神に気に入られている。山を人体とすれば、ちょうど臍下くらいの場所(子宮か丹田)に、その小さな石の祠がある。
山の臍下だから、かなり奥まったところにあって、彼女は犬を連れてそこに行くたび、そこから戻るたびに迷って、数時間歩き続けた。彼女はその「石の祠」に前に立ったとたん、全身をわしづかみされたような気がした。これまで感じたことのない感覚で、信じたこともない何かだったという。
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その「石の祠」が醸し出す異様な妖気に当てられたには、彼女だけではなかった。
ところが、山の神の在るところに近づくにつれて、犬が歩かなくなっていった。後ろから何かが来るというような。聞き慣れぬ音がするとでもいうような、そんな様子で何度も後ろを振り向いて、立ち止まって動かなくなっていった。焦れて呼んだら、ぺたんと座って、赤いペニスを出して、首をかしげてこっちをみつめる犬は、ほんとうに美しかった。(88ページ)
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続き)『もののけ姫』の森のイメージを匂わせつつ、もっとアメリカ的な「荒野」とか「野生」とかを感じる。なにか、生き物と自然の織りなす根源的な「生」と「エロス」を体感させる文章だと思いました。クラカワー『荒野へ』(集英社文庫)を思い出したな。
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■伊藤比呂美さんは、アメリカでよく「オノ・ヨーコに似ている」と言われたそうだ。そうかなあ? と僕は思う。日本からアメリカへ渡った「ヨーコさん」はオノ・ヨーコ(彼女は、日本→ロンドン→ニューヨークだけれどね)だけではない。比呂美さんの周囲にはヨーコさんがいっぱいいる。
陽子さん、容子さん、耀子さん、瑤子さん、洋子さん。あれ? もっといたっけ……。
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アメリカで「グリーンカード」を取得することは、移民としてアメリカに永住権を得ることだ。アメリカに住み続けること、税金は払うこと、でも選挙権はないことを約束させられる。異邦人として。日本領事館へ行けば、日本のパスポート更新ができる。でも、日本に帰ってそのまま居続けることはできない。
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比呂美さんは、結局「市民権」を取得する。「永住権」と「市民権」、アメリカ在住の日本人はみな悩む問題なのだそうだ。さらに厄介なのは、アメリカ人と結婚した日本人女性が、離婚して子供を連れて日本に帰国しようとすると、アメリカには「ハーグ条約」っていうのがあって、監護権のある親(アメリカ人の父親)から同意なしに子供を国外に連れ去ってはいけないという条約。アメリカで暮らすということは、想像できない様々な不都合があるのだな。
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『道行きや』伊藤比呂美 読了。熊本、カリフォルニア、東京、新潟、名古屋、ポーランドと、彼女は常に疾走する。走り続ける。タンブルウィード(転がる草)みたいに。転がる石じゃなくて、もっと軽やかに世界を駆け巡る。かっこいいなあ。
「量も、動きも、存在も、いかにも過剰だった。過剰なのだった。過剰に吹き寄せられ、過剰に吹き溜まり、風が吹くと、風なら、絶え間なく吹きつづけていたのだったが、次から次へと路上に転がり出ていって、車に轢き潰された」
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