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2017年1月

2017年1月15日 (日)

ダウン症の書家、金澤翔子さんの個展(伊那市「はら美術」2Fギャラリー)に行ってきた。

■先週の月曜日(成人の日)に、伊那市郵便局の前にある画廊「はら美術」へ「金澤翔子さんの個展」を見に行ってきた。彼女の最近の書が数十点、展示販売されていた。もしも買えるなら、手元に欲しい! そう思って出かけたのだが、「夢」とか「愛」とか、これは!と思う作品はみな売約済みだった。残念。

金澤翔子さんの大作の実物を見たのは、一昨年の夏に京都を訪れた際、「風神雷神図屏風」の所有者であるところの「健仁寺」に行き、俵屋宗達の傑作:風神雷神図(レプリカ:本物は京都国立博物館所蔵)の左側に、対峙するように描かれた金澤翔子さんの「風神雷神」の屏風(こちらはホンモノ)だった。素晴らしかった。感動した。

以前から、テレビでお母さんと二人三脚で努力されてきた様子は見聞きしていたが、彼女の展覧会には行ったことがなかった。超大作の展示はなかったけれど、これだけ一度に見たのは初めてだけに、その書から発せられる「オーラ」みたいなものに圧倒された。なんなんだろう。この「気」みたいなパワー。凄いな!

2017年1月 7日 (土)

東田直樹氏と、重度自閉症児を子に持つ親の思い

■トランプ氏が次期アメリカ大統領に決まってしまったため、当初NHK総合テレビで放送予定だった『自閉症の君が教えてくれたこと』の本放送を見逃してしまったのだが、深夜に再放送されたものを録画して見ることができた。その時のツイートから。

@shirokumakita
12月13日
『自閉症の君が教えてくれたこと』NHKスペシャル再放送を見ている。凄いな東田直樹君。さらに思索を深めている。東田直樹君を見ていると、松尾スズキ『永遠の10分遅刻』(ロッキング・オン)に収録されたNHKラジオドラマ脚本『祈りきれない夜の歌』を想う。驚異的に豊かな内的言語世界の存在。

この番組は、自閉症の作家:東田直樹くんを取り上げた「続編」で、最初の番組は『君が僕の息子について教えてくれたこと』だった。この放送を見て、ぼくは衝撃を受けた。見たところ重度の自閉症としか考えられない東田直樹くんの頭の中には、こんなにも膨大な「ことば」で溢れていたのか!

■当院にも重度の自閉症の子が5人以上通ってくれているが、申し訳ないけれど、彼らが東田直樹くんみたいな「知性」を垣間見せることはない。古典的自閉症である「カナー型」は重度の知能障害が必然と言われていて、実際に診察していて「ことば」が彼らの中でどれほどの意味があるのかと訝しく思ってしまうこともしばしばある。だって、彼らから意味のある言葉が発信させることは決してないのだから。

そのことは、ぼく以上に毎日「彼ら」と接している「親御さん」が切実に感じることだと思う。自分の息子と「ことば」を通じて意思疎通ができたら、どんなに嬉しいか……。

だからこそ、3歳前後の患児と共に養育施設へ毎日母児で通所する。で、その努力の成果は確かに出るのです。そういった親御さんを身近で見ていて、親子の愛着形成が日に日にできあがって行く様子や、親子の意思疎通が「ことば」によって飛躍的に進んでいく場面に出くわすことも確かにある。彼らは「確かに」ぼくの話す言葉を理解して反応してくれている! でも、残念ながら彼らは東田くんとは違った。彼らの自閉症が、どんなに熱心な養育によっても、治ることは決してないのだ。

東田直樹君は、同じ自閉症という診断名であるけれども、実は、かなり特殊(レア・ケース)なのだ。めちゃくちゃ特別な人なのだ。もちろん、東田くんが抱える自閉症の幾多の症状は、決して治ることなく存続しているが。

カナー型自閉症児の親御さんは、東田直樹くんをテレビで見ると、自分の息子にも言葉が溢れているに違いない! そう思ってしまうのだろうなあ。実際、アイルランドの作家さんは、重度自閉症児の自分の息子に、東田直樹くんのような「言葉」があるに違いないという「過度の期待」を抱いてしまったのではないか。

自閉症というのは結果であって、その原因は多岐にわたるし、その脳内異常はブラックボックスで、それぞれに全然違うのだけれど、アウトプットは「自閉症」という同じ結果に見えてしまう。そのあたりのことが分かっていながら、自分の息子とは明らかに違う東田直樹くんに嫉妬してしまう親御さんたちが出てきてもしかたないのかもしれない。

そういった親御さんの中には、東田君に昔から疑念を抱いていた人もいた。[そらまめ式]のお父さんがまさにそうだ。さらには、放送作家でかつ大学院で自閉症の研究をしている高橋英樹氏の、Facilitated Communication(FC)なのではないか? という「疑問」も「この続編」放送終了後にでた。なるほど、仰りたいことはよくわかりました。

ただ、それだから「東田氏のコトバはインチキだ!」って、どうして断定できるのか? 高橋英樹氏は、東田くんと直接会って話したことがあるのか? ないに違いない。

けれども、そうした周りからの伝聞で、あるいは配下からの告げ口によって、本来、当事者である自閉症児の側に立つべき専門家の児童精神科医の中に、東田直樹氏は「まゆつば」だ! と決めつけて、昨年の第57回「日本児童青年精神医学学会」で企画された教育セッション「当事者との対話:東田直樹&山登敬之」を中止するよう理事会にご注進した人物がいたらしい。

驚いたことに、このご注進にびびってしまった理事会メンバーは、誰一人も東田くんに会ったことがないにも関わらず、学会の4ヵ月前に「中止」の決定がなされたのだ。ええぇ? なんで?

■ことの真相は、月刊誌『こころの科学』(日本評論社)最新号 2017 1月号(No.191)特別企画「"コミュ障"を超えて」の中で、当事者であるところの山登敬之先生が「"コミュ障"とは誰のことか」(p27〜p32)の中で、その口惜しい思いのたけをセキララに告発している。清々しいなぁ。

山登先生によると、東田くんと同じように Facilitated Communication(FC)を経て、その後は介助者を介さずに自身の言語表現、コミュニケーションを可能にした自閉症児が他にも何人も報告があるのだそうだ。

このタイプの自閉症(言葉の理解はあるが会話のできない「言語失行」を有する自閉症)は、40年も前に日本で名古屋大学精神科の若林慎一郎先生が「書字によるコミュニケーションが可能となった幼児自閉症の一例」として、1973年に症例報告しているという。東田くんのように「しゃべれなくても言葉はある」自閉症児は確かに存在するのだ。

この山登先生の文章は必読です! ぜひとも、たくさんの人たちに読んで欲しいな。

松尾スズキの NHKラジオドラマ『祈りきれない夜の歌』。YouTube に音声がアップされていたぞ。


YouTube: 祈りきれない 夜の 歌 NHK FMシアター




 

2017年1月 1日 (日)

あけましておめでとうございます。

 

本年もどうぞよろしくお願いいたします。

■最近は、ベストテンを挙げるほど本を読んでないのでお恥ずかしいのですが、気になった本を思い出して、並べてみました。

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昨年に読んだ本の「マイベストの3冊」は、

  1)『1☆9☆3☆7』辺見庸(週刊金曜日→河出書房新社)

  2)『ガケ書房の頃』山下賢二(夏葉社)

  3)『ルンタ』&『しんせかい』山下澄人(講談社、新潮社)

ですかね。山下澄人さんには、今度こそ芥川賞を取って欲しいぞ! それから『ガケ書房の頃』の書影がないのは、スミマセン伊那市立図書館で借りてきて読んだ本だからです。ごめんなさい、山下賢二さん。あと、『コドモノセカイ』岸本佐知子・編訳(河出書房新社)もよかった。やはり書影はないけれど、片山杜秀『見果てぬ日本:小松左京・司馬遼太郎・小津安二郎』(新潮社)が読みごたえあった。そういえば、近未来バーチャルSFハードボイルドミステリー『ドローンランド』(河出書房新社)も読んだな。


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・文庫&新書も挙げておきますかね。じつは『エドウィン・マルハウス』。まだ第一部までしか読んでなかった。ごめんなさい。決してブレることのない小田嶋さん。信頼してます。ただ、もう少し内田樹センセイや平川克美氏と距離を置いたほうがよいのではないかな。

小田嶋さんは、決して全共闘世代ではないワケだからさ。ぼくらと同じ「シラケ世代」でしょ。

あと、載せるのを忘れたけれど、『優生学と人間社会』(講談社現代新書)。

Cd

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■CDで一番よく聴いたのは、『Free Soul 2010s Ueban-Jam』ですかね。自分の車(CX-5)に搭載されているので、エンジンをかけると必ずかかるのだ。ドライブ中に聴くとめちゃくちゃいいぞ!

次は、ハンバートハンバートの『FOLK』かな。初めてライヴに行ったし、やっぱり好きだ。おっと、カマシ・ワシントンを載せるのをすっかり忘れてしまったぞ。あれだけよく聴いたのに。

そして、小坂忠。渋いゼ! 松任谷正隆のインタビュー本によると、マンタ氏は、忠さんのことがあまり好きではなかったみたい。ないしょだよ。

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