『地平線の相談』細野晴臣&星野源(文藝春秋)
■『地平線の相談』細野晴臣・星野源(文藝春秋)を読んでいる。これ、面白いなぁ。
横町の「ご隠居」の所へ、長屋の「八っつぁん」がバカっぱなしをしに来る落語の感じそのままだ。『TVブロス』はよく買って読んでるけど、この連載は活字が特別小さく、しかも白抜き文字で目がチラついてしまい、老眼の身にはとてもとても読めないので、今まで一度も読んだことがなかったんだ。失敗したなぁ。
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■星野源は、その著書『働く男』(マガジンハウス)の中で、彼が敬愛してやまない師匠「細野晴臣」を評して、こう書いている。
創り出す音楽はいつだって最高で、顔や服装も超カッコよくてセクシーで、話すこともユーモアにとんでいて面白い。世界中の音楽ファンから「神様」と呼ばれている大大大スター。
でも、行きつけの店が「ジョナサン」だったり、『さま〜ず×さま〜ず』が好きで毎週録画していたり、「歌うときは目をつぶらないようにしてるんだ、自分に酔っているように見えるから」と、いつまでも羞恥心や日本人の普通の感覚をわすれていなかったり。
そのすべて持ち合わせているところが、世界中のどこにもいない僕にとって最も神に近い、大好きな普通の人です。(88ページ)
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☆さて、実際の対談内容についてだが、「ばかばかしい話」の代表として、以下抜粋
細野:実年齢っていうのは、圧倒的な力があるね。今の世の中、なにかやるたびに年齢書かなきゃならないでしょ?
星野:ネットとかでもありますよね。0歳から100歳以上まで選択肢があったり。
細野:そう。ああいうときは思わず嘘ついちゃおうかと思うよ。(中略)
星野:現場に出続けるということは大事ですね。がんばります。
細野:やっぱり、人前に出るときはちゃんとした服装しなきゃならないしね。
星野:それが年を取らない秘訣かも。(中略)
星野:昨年末、細野さんがレコード大賞に出演したときは、別の意味で若返ったんじゃないですか・KARAとかに囲まれて(笑)
細野:若さのエキスを吸うってことね。でも、ほんとに若返るかもしれないよ。
星野:どういうことですか?
細野:昔、太極拳の先生と話したことがあるんだよ。どうやって若さをキープしているのか聞いたら、「若い女性たちと一緒にお風呂に入るんだよ」だって。
星野:ええー!(笑)
細野:すごいよね。恵まれてるよね
星野:恵まれすぎですよ!(笑)
細野:実際、そうやってエキスを吸ってるんだと思うよ
星野:よりによって風呂場で(笑)
細野:普通は、男ってエキスを吸われる側だからね。だから、吸う側の女性は強いじゃない?
星野:いつまでも年取りませんもんね
細野:そういえば、最近、どうも叶姉妹が気になるんだよ
星野:あの方々も魔女っぽいですね
細野:というのも、週に一度は、必ず謎のリムジンを見るんだよ。僕の車の前や後ろを、ベージュの長ーいリムジンが走ってる。曇りガラスで中は見えないんだけれど……
星野:中から出てくるところ見ました?
細野:見てない(笑)。でも、僕は勝手にあれは叶姉妹だと信じ込んでるんだ。
星野:行動範囲が一緒なんですね
細野:もうひとり、僕が行くところに必ずいるのが、野村サッチー
星野:おお!
(2012年3月31日号) 『地平線の相談』文藝春秋 p133〜136より引用
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■まぁ、それにしても「いいかげん」なご隠居だよなぁ。
でも、その発言は無責任なようでいて、とてつもなく哲学的でもあり、人生の深淵をかいま見せてくれているかように読者に錯覚させる「マジック」がある。それこそ、この本の神髄だ。
個人的には、ちょうど6月に読んだからかもしれないけど、27ページ「数字の秘めた不思議な魔力を探ってみたら……。」が、まずは「ピン」ときたんだ。「666」は悪魔の数字。
それから、「揚げ物とドーパミンの関係とは。我々は油に支配されている !?」とか、二人とも「下戸」だったりとか。細野さんは、パジャマに着替えてベッドで寝たことがない(いつもソファーでうたた寝)とか、「貧乏ゆすり」の効用や別名を考えたりとか。まぁ、役に立たない、くだらない話ばかりなんだけれど。
あと、星野源が「くも膜下出血」で入院・手術した前後の話もでてくるぞ。
その他、印象に残った部分をいくつかピックアップ。
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星野:そういえば、先生は、何本か映画にでてらっしゃいますよね?
細野:『パラダイスビュー』(1985)に出たときも向いてないと思った。『居酒屋兆治』(1983)に出たときは函館の居酒屋の常連で、公務員の役だったの。店は加藤登紀子さんと高倉健さんがやってて。伊丹十三さんが酔っ払って入ってきて、くだを巻くという。
星野:すごい店です(笑)
細野:僕が伊丹さんにキレると、後ろから高倉さんが僕を押さえて「まあまあ、ここはひとつ」って。それだけのシーンなんだけれど、「もう二度とやらない」と思った(笑)。
自分のミュージシャンとしての精神が破壊されるんだよ。かなぐり捨てないとできないから。だから、星野くんはすごいなあと思うんだ、両方使い分けてるわけでしょう。
星野:確かに演技しているときに、音楽の心がパーッと破壊されるのを感じます。
細野:修行だ。
星野:修行ですね。(中略)
星野:最近よく聞かれるんです。役者やってるときと音楽やってるときと、どう違うの? って。全然違うんですけど、ただ映画でも音楽でも、自分が楽しくなれるときって、自分がなくなるときなんですよ。なにも考えていないのに、台詞がどんどん出てくるとか。音楽も同じで、空っぽの状態がいいんです。
細野:それはわかるな。その気持ちよさは。(95〜96ページ)
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『居酒屋兆治』は、先達て日本映画専門チャンネルで見た。細野さんが出ていてビックリした。ひょろりと背が高くて、くねくねしてて、まるで「アンガールズ」の田中みたいな雰囲気だったぞ。
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「小学校の先生から受けたトラウマを語り合いたい!」(212〜215ページ)
細野:星野くんはどんな小学生だったの?
星野:3年生のとき、ウンコを漏らしました(笑)。その後、あだ名が ”ウンコ”になって、ちょっと人生が狂い始めて。
細野:それはかわいそうだなあ。
星野:体育の時間にマラソンしてたらお腹が痛くなっちゃって、先生の許しを得て校舎のトイレに走ったんです。でも、間に合わず、下駄箱のところで漏れちゃって。
細野:もう少しだったのに、悲しいねえ。
(中略)
細野:僕にも似た経験があるよ。
星野:細野さんもウンコを……?
細野:いや、ウンコは漏らしてない(笑)。僕も、小学4年生まではお調子者って呼ばれるような子どもだったの。自分じゃそんなつもりはなくて、照れ隠しでいろいろふざけてるだけだったんだけど。
星野:その気持ち、わかりますよ。
細野:ところが、新しい担任の教師に、僕は図に乗る生徒として目を付けられちゃった。そのうち、容姿にまで口出しされるようになったんだ。「なんでお前は目と眉毛の間がそんなに離れてるんだ」とかさ。
星野:ひどい! 小学校の先生がそんなこと言うんですか?
細野:そう。まあ、当時はそんなの気にしなかったんだけど、子どもながらにどこか深いところで傷ついていたんだろうね。
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「嫌な思い出が忘れられない理由とは?」(236ページ)
星野:人間。生きていると、忘れてしまいたい記憶があるじゃないですか。でも、ふとしたときに思い出して、うわあ! となってしまう。(中略)
細野:わかるよ。僕にもある。ひとりで、ごめんなさいとか謝っちゃうんだよ(笑)。つまり、自分が悪いと思ってるんだよね。
星野:なるほど。
細野:逆に、自分が他人から傷つけられたこととかは忘れちゃうんだよ。(中略) 子どもの頃にさかのぼってみても、そういうことは多いもん。
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■でも、二人の会話を読んでいて、これは! と思うのは、やはり「音楽」に関する話題だ。
「ギターを始めた孫を見つつ、自らの音楽開眼を振り返る。」(202〜205ページ)では、細野さんがどうしてベースをやるようになったのかが語られる。細野さん。実は、アコースティック・ギターもキーボードも弾けばめちゃくちゃ上手いのだ。ぼくは、中川イサト『お茶の時間』に収録されている「その気になれば」のピアノ演奏が好き。
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(177ページ)、井上陽水の『氷の世界』(1973年)で、
星野「細野さんもベース弾いてるんですね。」
細野「……そうだっけ?」
星野「弾いてますよ!(笑)」
細野「まあ、なんか覚えがあるような……。」
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■細野晴臣さんが参加したレコーディングに関しては、HP上で完璧に整理されている。
この頃のレコードは、けっこう持ってるぞ。荒井由実、加川良、高田渡、友部正人、中川イサト、岡林信康、金延幸子、小坂忠。それに「はっぴいえんど」。
(15〜16ページ)に出てくる、細野さんがベースでスタジオ・ミュージシャンとして参加し、一人だけ遅刻した某歌手のレコーディングって、いつだったんだろう?
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■特に沁みたのは、189ページの「”事象の地平線”にみる”地平線の相談”的音楽論」。
細野:星野くんは、”事象の地平線”っていう言葉、知ってる? (中略) 音楽の世界も、今、事象の地平線にさしかかっていると思う。シンプルに言うと、そこで面白いことをやり続けていないと、音楽なんてできないわけだよ。バンドなら解散できるけど、個人は解散できないから。
星野:確かに(笑)。
細野:面白さは、常に自分の中に持っていなくちゃいけないんだけど、そんなの、意図的に持とうと思っても持てるものじゃないし、なくなっちゃうこともある。すると、醒めた感じになっちゃうんだ。
星野:はい、よくわかります。
細野:つい10年前までそんな気持ちだったんだし、あらゆる音楽はもう全部聴き尽くしたなって白けた感じだったの。ところが、それは無知だということが最近わかった。新しい音楽に発見はないんだけど、古い音楽には発見がいっぱいあるんだよ。これは”今までにない体験”なんだよね。(189〜192ページ)
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星野:前にも話しましたけど「ゼロ年代という括りはいらない」というのも、音楽を時代で語る必要がもうないと思ったからなんです。様々な音楽が横並びで存在するような状態、時代的な流行がない、でもだからこそ純粋に音楽の本質が楽しめるいい時代がやっときたんだと。
あと、ひとつのジャンルを真摯に追いかけている人は「ホンモノ」と呼ばれますけど、あまり納得がいかなくて。俺は、一見様々な音楽をつまみ食いしているように見えるけど、その人でしかありえないような表現をしている、なぜか専門家や批評家の方からはニセモノ、軽薄と呼ばれてしまっている人のほうが好きだったりします。
細野:僕もそうなんだよね。あのホンモノじゃないモノに惹かれてしまう(笑)
星野:自分が思うのは、細野さんは、ホンモノじゃない人のホンモノなんですよ。
細野:それって褒められてるの?
星野:だから、細野さんの音楽が大好きなんです。どんな種類の音楽をやっていても、そこにいるのは細野さんでしかないんです。憧れに飲み込まれてない。自分もそういう人になりたいし、そういう音楽がもっと増えればいいのにと思っていて……。(200ページ)
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細野:アルバムを作るという行為は、セックスみたいなものだと思うんだよ。その結果、子ども、つまり作品が生まれるじゃない? (中略)
だから、どこが一番快感かっていうと、やっぱりレコーディングの最中。
星野:確かに。
細野:いろんな想像しながらわくわくしてさ。だから、エッチなことなんだよ。
星野:アハハハハ! (中略)
星野:とすると、出産はどの段階に当たるんでしょうか。ミックスあたり?
細野:そう! まさにミックスが出産だよ。ちなみに僕は、気に入ったミックスが完成すると、その場で踊るんだよ。
星野:踊っちゃうんですか?(笑)
細野:もう踊らずにはいられない。「この踊り面白い!」と思って、iPhone で自分を撮ったの。そしたら、案の定すごく面白くって、このまま YouTube に上げてもいいかと思ったんだけれど、寝ないで作業してたから、もう見た目がドロッドロ。あまりに汚いんで、ちゃんとした格好で取り直した(笑)。(326〜327ページ)
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YouTube: 細野晴臣/The House of Blue Lights
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■それから、星野源のお父さんがジャズ・ピアニストを、おかあさんがジャズ歌手を目指していたって話。落ち込んだ中学生の星野源に、お父さんが「これを聴け」と、数あるレコードの中から、ニーナ・シモンの「アイ・ラヴ・ユー・ポギー」(ベツレヘム)をかけてくれた話が泣けた。
おかあさんは、アメリカ留学の際、アート・ブレイキー夫妻と仲良しになったなんてのもビックリだ。
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『地平線の相談』細野晴臣&星野源に載っていた(175ページ)星野源のお父さんがやってるジャズ喫茶に、ぼくも行ってみたいな。ほんと便利な時代で、ググるとすぐに判明。埼玉県蕨市にある「signal」っていう店だ。なかなかオシャレで、大人の雰囲気の店じゃないか。
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