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2015年7月17日 (金)

引き続き、ずっと「細野さん」を読んでいる(聴いてもいるんだ)

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■つい最近、ニール・ヤングの『After the Gold Rush』(今まで持ってなかったのだ)の中古盤をネットで安価で入手した。聴いてたら、何故か無性に「エンケン」が聴きたくなったのだ。遠藤賢司は、日本のニール・ヤングだからね。(エンケンが本人に会った時、自らそう自己紹介したらしい)

ただ、わが家にあるCDは『満足できるかな』だけだ。

CD棚の奥の方、加川良や高田渡、友部正人のCDが並ぶその横に、エンケン唯一のCDはあった。久しぶりにかけてみると、これがまた実にいい。本家のニール・ヤングよりもいいぞ。ぼくがこのレコードで一番好きな曲は、当時エンケンが飼っていた「寝図美」という名前のネコのことを歌にした「寝図美よこれが太平洋だ」。

エンケンがウクレレを弾きながら歌うそのバックで演奏しているのは、大瀧詠一以外の「はっぴいえんど」のメンバー3人。そう、鈴木茂・松本隆、それから、細野晴臣。アット・ホームで和気藹々としてて、実に楽しそうなその収録風景が、目に浮かぶようだ。1971年の録音。その前年に収録された『niyago』(URC)にも、「この3人」は律儀に参加している。

どうも、遠藤賢司と細野さんは、ずいぶんと昔からの友だちなのだな。そのあたりのことは、エンケンの「このインタビュー」に詳しい。茨城から出てきて一浪の後大学生になったエンケン(19歳)が、買いもの帰りで片手に大根ぶら下げて、もう片方にはドノバンのレコード(たぶん『カラーズ』だ。)を持ち、友だちと二人でアパートへ帰ろうとしてたら、電話ボックスから声を掛けてきたのが細野晴臣(まだ高校生の18歳)。この時が初対面。

その場で「うちに遊びに来なよ」って細野さんに言われて白金の実家へ行くと、細野さんのお母さんが、ケーキと紅茶を出してくれて、調子に乗ったエンケンがギターを掻き鳴らしながら絶叫したら、細野さんのお母さんが、ガラッと戸を開けて「静かにしなさい!」って言うくだりがすっごく好きだ。

細野さんて、いいとこのお坊ちゃんだったんだね。

それからずいぶんと経って、エンケンが松本隆の家に遊びに行って聴かせてもらったのが、バッファロー・スプリングフィールドのLPで、ニール・ヤングの「I Am A Child」だったワケで、この時、エンケンは初めてニール・ヤングの歌声を耳にした。

大瀧詠一さんが、初めて細野さんと会ったのも、白金の家の細野さんの部屋。

この時の話は有名だ。ぼくでも知ってる。詳細は「この細野さんのインタビュー」を参照して下さい。黒澤明『七人の侍』の前半、志村喬が「これは!」と思う用心棒たちをリクルートする採用試験のことね。

「こちら」の方が、もう少し読みやすいかも。出会うべき人たちは、必然的に出会うように運命付けられているのだな。

総説「細野晴臣論」として最も優れているのは、『レコード・コレクターズ/MAY.,2000 / Vol.19,No.5』44〜47ページに載っている「内なる響きを求める旅人 細野晴臣の音楽とは?」湯浅学 だと思う。その最初のフレーズを採録する。

 いくつかの断層があるように思う人もいるかもしれない。しかし、細野晴臣の音楽活動には不動の姿勢がある。それは常に自分の中で新鮮なものを求め続け、それを作品として表明する、ということである。

しかもそれら ”そのときどきで心底新鮮だと思えたもの” を、それが新鮮だと感じられなくなった時でも葬り去らない。自分の中から消去しないのだ。身体のどこかにそれらは収納される。

 細野晴臣は音楽を消費しない。好奇心によって蓄積してゆく。それを開陳する術には奥床しさがともなっている。それはこの世代特有の美学なのかもしれない。と思う反面、細野のように自分の感覚を常に開放し続けながら、音楽にひたすら従事してきた者はきわめてめずらしいとも思う。

細野は涼しい顔をしてしぶといことをやってきた、という印象が強い。

『音楽が降りてくる』湯浅学(河出書房新社)31ページより。

この文章が再録された、湯浅学氏の音楽評論集『音楽が降りてくる』には、その前後に「日本語はロックにのるか 日本語のロック vs 英語のロック」「ロックとは? 自問自答の中でまさぐった ”ニュー”」「洋楽好きだからこそなしえた発想と実践 はっぴえんど」「”自分のことば” で歌い続ける 遠藤賢司『niyago』ライナーノーツ」「菩薩の誘い、人生の一大事 遠藤賢司『満足できるかな』ライナーノーツ」「漂うべき空を失った煙の行方 加藤和彦 追悼」

など、重要文献満載なのであった。特に、エンケンのライナーノーツは熱い!

エンケンからニール・ヤングに再び話題は戻る。これで円環が完成だ。

先日読み終わった『とまっていた時計がまたうごきはじめた』細野晴臣、鈴木惣一朗(聞き手)平凡社。

この本も実に面白かったぞ。特に、編集者やインタビュアーが狙った「本筋」からは外れてしまった些細な話題に、個人的には興味が引かれた。

例えば、ニール・ヤングだ。以下引用。

鈴木:ニール・ヤングの自伝には、鉄道模型が彼の癒しアイテムなんだって書いてありました。

細野:鉄ちゃんなの?

鈴木:そう。鉄ちゃんなんです。ニール・ヤングは子供がふたりいるんですけど、ふたりともダウン症で。その子供たちとのコミュニケーションのために、鉄道模型をはじめたらしいんです。自宅にすばらしいジオラマがあるらしいんですけど、ほとんど誰にも見せないんですって。見たのはデヴィッド・クロスビーぐらいだって書いてありましたけど、ニール・ヤングはツアーが終わって家に戻ったら、ジオラマで鉄道模型をいじって過ごすという、すごく静かな生活をしてるんですよ。

細野:誰にも見せたくないという気持はよくわかるな。でも、彼の子供がダウン症だとは知らなかった。

鈴木:ニール・ヤング自身も子供のころ、小児麻痺を患っていたそうです。それで、子供の母親はそれぞれ違うから、ニール・ヤングは自分自身に問題があるんだって責めているそうです。

細野:それは大変な話だね。重い話だ。

鈴木:でも、ニール・ヤングは自分の子供がかわいそうだ、とは思っていないとも言ってます。ダウン症の人は、進化した人間のかたちだって言われることも あるから。

細野:うん。気だてがすごくいいんだよね。(『とまっていた時計がうごきはじめた』170〜171ページ)

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