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2014年6月11日 (水)

『世界が終わってしまったあとの世界で(上・下)』ニック・ハーカウェイ著、黒原敏行訳(ハヤカワ文庫)

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昨夜、『世界が終わってしまったあとの世界で』ニック・ハーカウェイ著、黒原敏行・訳(ハヤカワ文庫)読み終わった。いやぁ、面白かった! 満足した。ラストでは泣いてしまったよ。じつに久しぶりで読書のカタルシスを味わった。

とにかく、下巻の半分まで読み進んでも話がどう展開して行くのか全く見当がつかず、読者は翻弄されっぱなし。それがまた何とも楽しいのだけれど。

■「翻訳ミステリー大賞シンジケート」の「書評七福神の四月度ベスト発表!」で、書評家の杉江松恋氏が「この小説」を絶賛していたので、ここまで滅多に褒めない人だから買ったのだ。杉江氏を信頼して正解だったな。杉江氏のもう少し詳しい紹介文は「本の雑誌」【今週はこれを読め!ミステリー編】でも読める。

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■この本を読んでみようと思った「もう一つ」の理由は、翻訳があのコーマック・マッカーシーの小説をみな訳している黒原敏行氏だったこともある。

ところが、上巻の「第1章」を読み始めておったまげてしまった。

主人公の語りがあまりに饒舌で猥雑で、しかも寄り道ばかり。ちっとも話が進まない。文章もブッ飛んでいて、とてもマッカーシーの訳者の文章とは思えない。「こりゃぁ、ハズレだな。読むの止めよう」正直そう思った。

我慢して「第2章」に入った。場面はいきなり過去に逆戻りして、5歳の主人公「ぼく」と同い年で彼の無二の親友「ゴンゾー」との出会いの場面から始まる。あれっ? なんか雰囲気変わったぞ。イギリス正統派「児童文学」の感じじゃないか。そして「ウー老師」の登場。<声なき龍>という流儀の中国拳法の師範。この爺さんがめちゃくちゃユニークなのだ。彼の命を付け狙う「敵」も出てくる。悪の集団<時計じかけの手>に属する「ニンジャ」たちだ。

このあたりから、一気に物語りに引き込まれていったな。読みながら、この作者、イギリスの「いしいしんじ」なんじゃないかと思った。そう、『ぶらんこ乗り』とか『麦ふみクーツェ』『プラネタリウムのふたご』『ポーの話』の頃の「いしいしんじ」ね。

どこか懐かしい不思議なおはなし。そして、主人公が胸の裡に抱える「深い哀しみ」。

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■ただ、第3章、第4章になると、またちょっと変わる。

著者は 1972年生まれだから、今年42歳か。それなのに、1970年代のB級映画にやたら詳しい。ブルース・リーやジャッキー・チェンの「カンフー映画」や、大学闘争を描いた『いちご白書』。『マラソンマン』の拷問場面。戦争映画では『M★A★S★H/マッシュ』に『フルメタルジャケット』。ボガートとローレン・バコールの『三つ数えろ』に「007 シリーズ」。『七人の侍』にイヴ・モンタン『恐怖の報酬』、絵本『ぐりとぐら』の「あのシーン」まで出てくるぞ。

さらには、懐かしいプロレスラー、アンドレ・ザ・ジャイアントの名前や、『スタートレック』初期シリーズでは「赤いシャツ」を着た乗組員は殺されやすいとかいう記載もある。(上巻440ページ)

それから「下巻」の最初に登場する、<パイパー90>。キャタピラーで自走する巨大な移動式機械で、地上に延々と「パイプ」を設置して行く。このイメージは『ハウルの動く城』というよりも、クリストファー・プリーストの『逆転世界』(創元SF文庫)に登場した「可動式都市」を連想させる。

斯様に、どこかで見たことのある設定のごちゃ混ぜ、てんこ盛り小説なのだった。

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■この小説の「キーワード」は、人間と機械(マシーン)、機構(メカニズム)、そして<システム>の問題だ。そう、村上春樹氏が2009年2月にエルサレムでスピーチした「壁(システム)と卵(人間)」のはなし。

でも、親友「ゴンゾー」の陰でいつも存在感の薄かった主人公の「ぼく」が挫折を乗り越え再生してゆく、恋と友情にあふれた王道の青春小説であることが一番大切だと思う。

ただし、ちょっと読者を選ぶ本かもしれないな。

■宮崎駿『風立ちぬ』を見終わったあとに、岡田斗司夫氏の解説を聴いて「なるほど!」と感心したみたいに、読了後に発見した「杉江松恋氏の解説」を聴いて、1時間「ネタバレなし」で語り尽くすとは、さすがに凄いなぁと思ったのでした。(おわり)

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