マイク・モラスキー著『ジャズ喫茶論』(筑摩書房)
■先日から、マイク・モラスキー著『ジャズ喫茶論』(筑摩書房)を読んでいる。じつに面白い。彼(モラスキー氏)が来日して初めて新宿アルタ近くの「ジャズ喫茶」体験をしたのは、1976年9月。その約半年後に、ぼくも同じジャズ喫茶で新宿デビューした。それは『びざーる』という名のジャズ喫茶だった。たしか『ディグ』よりも先だったように思う。
当時すでに、ぼくの故郷の伊那市にも「ジャズ喫茶」があった。サッチモの笑顔が白い線で黒地に描かれたマッチの「アップル・コア」だ。僕が高校生になった年(2年生じゃなくて)に伊那バスターミナル向かいから少し南へ下ったビルの2階にオープンした(いま『ジャズ批評別冊・ジャズ日本列島61年版』を調べたら、昭和49年5月21日オープンとある)。同級生だった小林君なんかは、さっそく常連になって昼間から(?)入り浸っていたみたいだが、当時ぼくはまだジャズを知らなかった。
だから、高校生の頃には「アップル・コア」の怪しい雰囲気が怖くて、とても足を踏み入れる勇気はなかったな。結局、この店に初めて入ったのは、1979年の夏だったか。この頃にはもう、タバコをすぱすぱ吸っていたなぁ。
それからさらに数年して、アップル・コアの名物美人ママが突如ニューヨークへ行ってしまい、JBLのオーディオ・システムも、ジャズ・レコードもそのまま居抜きで、この店は人手に渡ってしまった。その途端、客足は一気に減ったという。結局あの店はママさんの妖しい魅力で保っていたんだね。
■読んでいて思わず笑ってしまったのは『ジャズ喫茶論』の55ページ。そうか、ジャズ喫茶のマスターって、じつは店主の意味じゃなくて、スターウォーズの「ジェダイ・マスター」と同じ意味の「師匠」だったんだ。なるほどなぁ。(つづくかも)
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