2017年10月 4日 (水)

「映画おたく」少女なのか? 橋本愛。

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■今年の「小津安二郎記念蓼科高原映画祭」は、第20回記念の節目を迎え盛大に行われた。ぼくは、9月23日(土)の夕方、茅野市民館で上映された『秋刀魚の味』(1962)と、翌24日(日)の『バースデーカード』(2016)の2本を見てきた。以下は当日のツイートから(一部改変あり)。

今日は、茅野市民会館で小津の遺作『秋刀魚の味』を見てきた。上映前に、主演の岩下志麻さんが素敵な真っ赤のドレスでステージに登壇して映画に関するトーク。有名な巻き尺のシーンとか、アイロンがけの場面とか。颯爽としていて、よく声が通ってカッコよかったなあ。佐田啓二のアパートがある駅。池上線の石川台だったね。

岩下さんは言った。「小津先生は、映画のフレーム内に必ず紅いモノをアクセントに置いたのね。それから小道具の食器とか、九谷、古伊万里。みんなホンモノ。小津先生が行きつけの小料理屋から持ってきて使っていたわ。」


YouTube: GoutDuSake-Ozu

『秋刀魚の味』といえば、岸田今日子がママの「トリスバー」。加東大介と笠智衆がカウンターに並んでいる。笠「けど、負けてよかったじゃぁないか」 加東「そうですかねぇ? う〜ん。そうかも知れねえなぁ。バカな野郎が威張らなくなっただけでもね」

続き)『秋刀魚の味』で使われている映画音楽は、広末涼子が出ているサントリーのCM「のんある気分」で、ロバート秋山が金の斧を持って池の中から登場するシーンに転用されている。斉藤高順作曲の「燕来軒のポルカ」だ。

でも、デジタル・リマスター版の映画って、どうなんだろう。劇場で映画館で古い昔の映画をずいぶんと見てきたけれど、あの雨が降り、左右上下に微妙にブレるフイルムの加減、ぷちぷち言う音声。自宅リビングで寝転びながら見るなら、デジタル・リマスター版のほうが、確かにいいのだけれど。難しいね。

第20回小津安二郎記念蓼科高原映画祭最終日。今日は茅野市民館で、諏訪・茅野・富士見でロケされた映画『バースデーカード』を観る。上映終了後、主演の橋本愛、吉田康弘監督が舞台挨拶。前から4列目の席だったから、スクリーン見上げて肩凝ったけど、愛ちゃんはよく見えた。顔ちっちぇー。やっぱりキレイだなぁ。

映画『バースデーカード』に主演した橋本愛の役名は「紀子」だ。映画の冒頭と後半の大切なシーンで、彼女自身が自分の名前の由来を説明している。ところで「紀子」って、原節子が小津安二郎監督作品『晩春』『麦秋』『東京物語』の3本で演じた役名だ。名字は平山だったり間宮だったり変わるけど、名前はみな「紀子」。その事に、橋本愛さんも監督も触れなかったのが残念。

橋本愛。先週の日曜日に茅野市市民館での壇上トーク。いろいろと発見があった。彼女はまず「映画」を監督で観る。気に入ったら、その監督作品ばかりを見続ける。そのことを彼女は「勝手に個人映画祭」と呼んでいた。面白い娘だなぁ。

続き)映画『バースデイカード』に関して、橋本愛は脚本を読んで「ダメ出し」をしたらしい。

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■映画『バースデーカード』。不治の病のおかされた母親(宮崎あおい)は、10歳になった娘に約束します。毎年「バースデーカード」を彼女に送ると。娘が11歳の誕生日を迎えた日、すでに母親はこの世にいません。リビングに笑顔の写真があるのみ。

けれどもこの日、お父さん(ユースケ・サンタマリア)は、母親から彼女宛の「バースデーカード」を取り出したのです。それから毎年、彼女の誕生日に母親からの「バースデーカード」が届きました。その内容は毎回違っていて、おいしいクッキーの作り方とか、上手なキスの仕方とか、ちょうど「スパイ大作戦」の冒頭、フェルプス君に当局から指令が来て、メンバーがその任務を苦労のすえ達成するみたいな展開になります。

中学生時代の「紀子」を演じた子が、橋本愛に雰囲気がそっくりで驚きです。高校生になった17歳の紀子から橋本愛の登場です。この年の母からの指令は、母親の生まれ故郷「小豆島」へ渡って、彼女の同級生たちと「タイムカプセル」を掘り起こすこと。

小豆島では、母親の親友だった木村多江が待っていて、橋本愛を歓待します。木村多江には不登校の中学生の女の子がいて、母娘の関係はギクシャクしています。最初は橋本愛を無視していた娘は、彼女が大好きなバンド「GOING STEADY」と「銀杏BOYZ」のCDを、ある朝、橋本愛に聴かせるのでした。

次のシーン。その娘の自転車を借りて、島の細い道を駆け下りる橋本愛。BGMは、峯田和伸の絶叫が爆音で流れます。ここは「この映画」の中で、最も気持ちがいいシーンだったな。このあと、宮崎あおいと木村多江の当時の確執と友情の回復が語られるのだが、それは映画を見て下さい。

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■さて、19歳の誕生日がやってきます。もちろん、母親からの「バースデーカード」が届きました。しかし、橋本愛は「カード」を開封しようとはしません。どうしてだ? と訝る父親に、彼女は言うのです。「私、イヤなの! おかあさんの思い通りに生かされて行くのが」

正確なセリフを憶えていないのだけれど、「ここ」の部分に関して、橋本愛は監督に意見したのだそうだ。当初のシナリオでは、彼女は素直にずっと「指令」に従っていた。でも、それって嘘じゃない? 彼女の人生は母親のものではなくて、彼女自身の人生でしょ。と。

2017年10月 1日 (日)

中川村の陣馬形山(1445m)登山

■日曜日は天気がいいようだったので、4月に守屋山へ行って以来の山登りを決行。目指すは、頂上から360度の展望が素晴らしいと噂の、中川村「陣馬形山」1445m。

午前8時半に家を出て、9時23分に麓の駐車場を出発。登山口までの2kmの車道の登りが結構キツくて、登山道に入る前にすでにバテ気味で情けない。

じつは、陣馬形山の山頂は「村営キャンプ場」になっていて、舗装された林道を頂上の直近まで自動車で行くことができるのだ。それを徒歩で登る登山道は、この林道を6回横切って直登する。2時間かかった。キツかったな。

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■写真は、登山口から登り始めて60分で到着する「丸尾のブナの木」。樹齢600年! 文明元年(1469年)に、地元の庄屋・宮沢家が諏訪大社へ御神木となるよう植林し、奉納したという。その頃の世の中は、ちょうど「応仁の乱」で京都は荒んでいた。そう室町時代だ。

凄いねぇ。そういえば、長谷川義史さんの絵本デビュー作『おじいちゃんのおじいちゃんのおじいちゃん』(BL出版)について書いた時に、同じ思いをしたのだった。

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■丸尾のブナから、さらに登ること45分。ようやく山頂に到着。人がいっぱい。みな自動車で来た人ばかりなんだけどね。

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■噂に違わず、素晴らしい眺めでした。眼下の伊那谷河岸段丘。正面には中央アルプスの空木岳と南駒ヶ岳。振り返れば、南アルプスが北の端の鋸岳から仙丈ヶ岳→北岳→間ノ岳→西農鳥岳→塩見岳→悪沢岳→荒川岳→赤石岳→聖岳。みんな見えたよ。

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■午後2時過ぎに下山して、車を駐車した麓の喫茶店「base camp COFFEE」でアイスコーヒー。美味しかった! 他のお客さんたちはみな「スープカレー」を食べていたぞ。これまた美味しそうだったな。

ここは、JAのスーパー「Aコープ」があった場所で、「この紹介記事」とか、最近出た朝日新聞の記事が、なかなかいいんじゃないか?

この次は、スープカレーを食べに来よう!

2017年9月23日 (土)

映画『サウダーヂ』を、赤石商店の蔵のミニシアターで観た!やっぱ凄いな、この映画

■今週の水曜日の午後は休診にしてるので映画を見に行った。妻は美容院の予約が入っていたから別行動。それにしても驚いたな。平日の午後2時開演なのに、満席! 若者やオーガニック系・夫婦、よく訳の分からないオジサン等々が、どこかしこから湧いてきていた。まぁ、俺だって何処からか「わいてきた」得体の知れないオジサンなワケだけれど。みな地元民なのかな? 駐車場の車は松本ナンバーか、諏訪ナンバーだった。(以下は、その日のツイートより。一部改変あり)

空族プレゼンツ、映画『サウダーヂ』富田克也監督作品(2011年)を、東春近の民泊「赤石商店」の蔵の中のミニシアターで観てきた。予想とぜんぜん違った映画だったけど、うん。面白かった。先に『バンコクナイツ』を見ちゃっていたからね、両方出ている人が多いからさ、なんか懐かしい感じがしたんだよ。

続き)『サウダーヂ』だけに出ていた人で、笑っちゃったんだけど、宮台真司。それから「鉄割アルバトロスケット」の中で一番妙な役者さんが、危ないバーのマスター役で出ていた。そうそう中島朋人さん。中島兄弟の兄ちゃんのほう。

それからラストシーンに、文科省の「ゆとり教育」推し進めた、寺脇研氏が刑事役で出演しています。これは、なんだかな。だな。

少し前に甲府の「桜座」へ、姜泰煥(カン・テーファン)のアルトサックスを聴きに行ってきたばかりなので、映画に何度も登場した甲府の盛り場のシーン。そう、ビジネス・ホテル「ドーミー・イン」のあたりね。リアルに場末感があふれていて、しみじみしてしまったよ。

続き)あ、そういえば、あの甲府の商店街アーケード。NHKBSドラマ『奇跡の人』のロケでも使われていたな。峯田和伸くんと麻生久美子が抱き合う重要シーンだった。第7話だったっけ。

2017年9月18日 (月)

宮沢章夫さんの月曜日、NHKラジオ第一『すっぴん!』

■今日の9月18日(月)は「敬老の日」で休日編成のはずなのに、なぜか NHKラジオは平常の番組編成だったのでビックリした。

NHKラジオ第一『すっぴん!』月曜日のパーソナリティーといえば、宮沢章夫さんだ。前にもブログやツイッターで告白しているから、知っている人には「いまさら」なんだが、ぼくは、ここ15年来の宮沢さんのファンだ。

その「はじまり」に関しても先日ツイートした。とあるお母さんに薦められたのだ「先生は、たぶん絶対に宮沢章夫のエッセイが気に入るはずデス!」と。誰? ミヤザワって、知らねーよ。申し訳ないが、正直言うと、その時はそう思ったんだ。

だから、そのおかあさん(確か Mさん)のオススメを無視して数年を過ごしてしまった。でも、脳味噌の片隅に「ミヤザワ」が残っていたのかな。ある日、伊那の「ブックオフ」の100円コーナーで、『牛への道』宮沢章夫(新潮文庫)を見つけたんだ。で、読んでみたら「ど真ん中ストライク!」面白すぎる! Mさん、教えてくれて本当にありがとうございました。

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『牛への道』では、まえがきの「自動販売機」のはなしと「崖下のイラク人」の話が何と言っても忘れられない。忘れられないはずなのに、その度に「崖下のイラク人」に関して、その内容をまったく憶えていないことに驚き、慌てて読み返しては「あぁそうだった!あはは」と確認しては、また忘れてる

続き)それ以来、宮沢さんの著書は新刊・古書取り混ぜてほとんど入手してきた。で、最新刊の『笛を吹く人がいる:素晴らしきテクの世界』(ちくま文庫)だ。まず読んだのが「文庫版あとがき」。あはは!久々に大笑い。脱力しきった無意味な真剣さ。これぞ宮沢さんの真骨頂に違いない。

■先週の月曜日の「すっぴん!」には、ハンバートハンバートがゲストで生出演するというので、ラジオの前にボイス・レコーダーを置いて4時間ナマ録したのだが、後から聴いてみると、掃除機の轟音や、集金の銀行の人に吠えまくる犬の声で聞き取れない部分もあちこちあったのだけれど、幸いハンバートハンバートが登場した時間帯は雑音はなかった。面白かったなぁ。

・遊穂さんは、なんと『すっぴん!』放送当初からの常連リスナーで、何度か投稿したこともあるとのこと。でも、今まで一度も読まれたことはないんだって。

・今回も遊穂さんから「ぜひ出たい!」と猛烈なプッシュがあり出演が決まったのだが、急な国会中継のために中止となり、8月は『すっぴん!』自体が夏休みで放送がなかったために、結局出演が9月12日(月)となったのでした。

友部正人の還暦お祝いコンサートを、なんと宮沢章夫さんは聴きに行っていて、その時はじめて宮沢さんはハンバートハンバートを聴いている。しかも、彼らがその時歌ったのが『開いてるドアから失礼しますよ』だったのだ。

・で、5月5日のラジオでは謎のまま終わってしまったこと。というのは、「開いてるドアから失礼しますよ」という歌は、その部屋から主人公はいま「出て行こう」としているのか、それとも「入ろう」としているのか? 宮沢さんは疑問に思ったワケだが、何と! 友部正人さんからメールがあって「その答」を教えてくれたのだと。で、どっちだったのか?

・9月11日(月)の放送の中で宮沢さんは、さらりと言った。「どっちでもいいんだって。」

なんだ、せっかく期待したのに、なんか、つまらない答えだったな。

■ただこの日、8時半からの「宮沢章夫の文化のひととき」のコーナーで、NHK朝ドラ『ひよっこ』を取り上げていて、宮沢さんの「豊子(藤野涼子)押し」がめちゃくちゃ可笑しかった。やついいちろうに「早稲田大学に入学するよう、藤野涼子ちゃんに伝えてくれ。オレがゼミで教える」と頼んだという。ラジオに電話で出演した「やつい」は収録スタジオで彼女と会うごとに、3回は伝えたと言っていた。

宮沢さんがプッシュしたもう一人の女優が、安倍さおり(米子)役の伊藤沙莉。「間の取り方が完璧だ」と絶賛。やついいちろうは「ヤング泉ピン子ですよね」と(笑)。

■今週の「文化のひととき」も面白かったなぁ。尾崎放哉の俳句のはなし。そしたら、ぜんぜん知らなかったのだが、NHKラジオでも「radiko」みたいに、過去1週間分の番組(すべてではないみたい)を無料でオンデマンド聴視できるようになったんだね。

「ここ」で、来週火曜日の18:00 まで聴けます。

■午前10時台「武田砂鉄さんへのインタビュー」も面白かった。

ただ、今週の『すっぴん!月曜日』一番の聞き所は、「お天気メンバー11時」に登場した一般聴視者の女性だ。『牛への道』を読んで宮沢さんのファンとなり(特に「自動販売機のはなし」は何度も読み返していると)ファンが高じて、とうとう「宮沢さんのモノマネ」まで始めてしまったという。

まぁ面白いから、聴けるうちにぜひ聴いてみて下さい。

2017年9月10日 (日)

伊那のパパス絵本ライヴ(その132)下伊那郡「豊丘村」

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2017年9月 1日 (金)

絵本作家「のむらさやか」さんが新作絵本を届けに、わざわざ石川県から当院を訪ねて来てくれたのだ!

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■長年ファンだった絵本作家さんに会いに、各地の「絵本美術館」でのサイン会とか、図書館の講演会とか、ずいぶんと足を運んだものだが、まさか、ぼくが昔からファンである絵本作家さんが自ら、当院「北原こどもクリニック」をたずねてくださるとは。

しかも、わざわざ石川県白山市から、軽自動車を運転して、富山県→岐阜県高山市→安房峠→松本市→中央道→伊那市と、めちゃくちゃ長距離なのに訪ねてきて下さるとは、思いもよらなかった。なんという光栄であろう!

■のむらさやかさんは、福音館書店(こどものとも)から4冊絵本を出している。

1)『これなーんだ?』のむらさやか・文、ムラタ有子・絵

    (こどものとも 0.1.2. /2006/1月号)

2)『かんかんかん』のむらさやか・文、川本幸・制作、塩田正幸・写真

    (こどものとも 0.1.2. /2007/2月号)

3)『はなびがあがりますよ』のむらさやか・文、折茂恭子・絵

    (こどものとも年少版 /2014/8月号)

4)『ぐるぐるぐるーん』のむらさやか・文、サイトウマサミツ・絵

    (こどものとも 0.1.2. /2015/9月号)

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■のむらさやかさんのご実家は上越市だ。御尊父の市川信夫氏は、養護学校・盲学校で教鞭を執りながら児童文学作家として数々の作品を世に出した。中でも児童福祉文学賞を受賞した『ふみ子の海』(理論社)は映画化もされている。(すみません、ぼくは未見)

■夏休みの息子さんを連れて実家に帰るなら、日本海沿いに北陸自動車道を走れば2時間もかからずに到着するはずだ。でも、ニンジャと亀好きの息子さんが「忍者村へ行きたい!」と言ったんだそうだ。忍者村は戸隠にある。戸隠は長野県だ。北原こどもクリニックがある「伊那市」も長野県だ。じゃあ、伊那市に寄ってから忍者村、そのあと上越ならいいんじゃないか? そう思ったのだそうだ。

西から、上越・中越・下越と連なる新潟県も案外広いけど、長野県は南北にメチャクチャ大きい。忍者村は、長野県の北の端、当院は、そこから100km以上南に離れた南信地区に位置する。あのね、とんでもなく遠回りなんですけど。

でも、どうしても「北原こどもクリニック」に寄って、彼女の新作絵本『なかよしなかよし』を届けたかったんだって。ありがたいなぁ。どうして「うち」なんだろう?

のむらさんにお訊きしたら、彼女の処女作絵本『これ なーんだ?』(こどものとも 0.1.2. /2006/1月号)に関して、ネットで取り上げてくれたのが「北原こどもクリニック」のホームページだけだったんだって。それがとってもうれしかったのだそうだ。

■で、自分のサイト内を「のむらさやか」で検索してみたんだよ。こちらです。

おぉ、旧サイトでは10回も取り上げているではないか! 最初はどれ?

「これ」の一番下(2006年2月1日)か。なんだ、たいして大きく取り上げてはいないじゃないか。こんなんで、作家さんは喜んで下さったのか。ありがたいなあ。あと、2006年5月25日にも記載があった。

その次に取り上げたのは、2007年1月20日の「これ」か。

■久しぶりにむかし書いた文章を読んでいたら、2006年2月5日の日記にこんなことが書いてあった。

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●先日送られてきた『母の友 2006/3月号』(福音館書店)をめくっていたら、毎月楽しみにしていた連載「絵本のとびら」伊藤明美(浦安市中央図書館司書)が、今月号で最終回だった。残念だなぁ。その一部を引用させていただきます。

ゆたかな本の世界へ

子どもが本を好きになるためには大人の力が必要です。その一つは心の栄養になる本を選ぶこと。もう一つは、子どもに本を読んであげること。三つめは、共に楽しむこと。最後は、本を身近においてやることです。(中略)

 今、目の前にないものを想像すること、今この瞬間に違う人生を生きている人々がいること、自分と違う考えを持っている人がいること、どうしてそうなったか思い巡らすこと、それが想像力です。本のなかに描かれたたくさんの人生は、子どもたちに、自立した人生を生きてゆくエネルギー=想像する力を養います。

 ちいさいおうちをたてたひとはいいます。
「どんなに たくさんの おかねを くれるといっても、このいえを うることは できないぞ。わたしたちの まごの まごの そのまた まごのときまで、このいえは、きっと りっぱに たっているだろう」

 この「いえ」は、「想像する力」と置き換えることはできないでしょうか。お金では買えず、どんな権力でも曲げることのできない、想像する力こそ、人間を真に自由にします。孫の孫のそのまた孫のときまでも、しっかりと心の中に、想像する力が育っているように、子どもたちに本の扉を開き、さあ、本の世界に一緒に行こうと誘うことができるのは、子どもたちの身近にいる大人、わたしたちです。

 どうぞ、子どもたちに、本を。 (p84)

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■さて、新作『なかよし なかよし』(こどものとも 0.1.2. / 2017年9月号)だ。これまでの4作と違って、今回は のむらさやかさんが一人で絵も文も担当した。しかも絵は描いたのではなくて、さまざまな素材の紙を探してきて、切り絵・貼り絵で造形してある。

その抽象的な形は、ちょっと元永定正の絵本を思わせるが「色合い」がね、ぜんぜん違う。なんかね「和菓子」のような、渋い「和のテイスト」なのだ。

それぞれの「かたち」を「ことば」にしたテキストも楽しい。

  のっとりさん と とことこさん、ぱっくりさん と もじゃもじゃさん。

  もくもくさん と ちゃぷちゃぷさん、ぐるんぐさん と るるんぐさん。

ここで想い出すのは、シェル・シルヴァスタインの『ぼくを探しに』なのだけれど、ちょっと待てよ。お互いの「欠落」を補完するはずの相手は、のむらさんの『なかよし なかよし』の場合、完全には一致していない。ずれているんだよ。

このことは案外重要なんじゃないかって思ったんだ。

しょせん他人なんだから、完全に一致するワケないじゃん!

2017年8月 8日 (火)

ハンバートハンバートの新譜『家族行進曲』が素晴らしい!


YouTube: ハンバート ハンバート"がんばれ兄ちゃん"(Official Music Video)

■7月の初めに発売されたハンバートハンバートの新譜『家族行進曲』を繰り返し聴いている。処置室のラジカセに入れて、エンドレスで朝から夕方までね。もう1ヶ月以上毎日ずっと聴いているけれど、まったく飽きない。

なんかね、咬めば咬むほど味が出る「スルメ」とでも言うか、習慣性、いや「中毒性」がある、ある意味危険な音楽なんだよ。その原因をずっと考えていたのだけれど、少しずつ判ってきたんだ。まず、

1)佐野遊穂さんの「声」が、優しい。

  ぼくは以前「こんなこと」を書いている。女の人だって、年をとれば加齢と共に「声質」は変わってゆく。これは生理的なことだから、どうしようもないんだ。『道はつづく』の頃の遊穂さんの声を、いまの遊穂さんに求めても、それは無理な話なんだよ。じつはそう諦めていたんだ。ほんと言うとね。

ところがどうだ! このCDの、7曲目「真夜中」8曲目「ひかり」9曲目「ただいま」と、3曲続く遊穂さんの歌声に、ぼくはたまげてしまったんだよ。なんて優しい声なんだ。慈愛に満ちあふれていて、すべてを許してくれているような、そっとやさしく抱きしめてくれるような声。

確かに『道はつづく』の頃の、天空まで突き抜けるような鮮烈な高音の伸びはない。でも、あの頃の彼女の声は、いま改めて聴いてみると案外つっけんどんで冷たいことに気付くんだよ。特に『おなじ話』とか聴いてみるとね。

何なんだろう? この違いは。遊穂さんが3人の男の子たちの「おかあさん」になったからなのかな?

その答が、『MUSIC MAGAZINE 7月号/2017』p72〜75 に載っている、松永良平氏によるハンバートハンバート・インタヴューで明らかになった。以下引用。

佐藤良成:今までは基本的に遊穂に自由に歌ってもらっていいと思っていました。それが変わったきっかけは、ミサワホームのCMソングで歌唱を依頼されたことなんです。普段のライヴでは、遊穂は結構パワフルに声を張っていて、それが標準になっていたんですけど、今回は先方の意向として「透明感のあるきれいな声で歌ってほしい」というのがあったんです。

それで、昔の作品を聴き返したら、「みんなが聴きたいハンバートハンバートって、そっちだった!」って気がついたんです。自分でもそのことが納得いったので、今回の歌録りではそこを意識して指示を出しました。

佐野游穂:たとえば「雨の街」だったら、「主人公は大変な状況ですごくがんばってるんだから、声もそんなに大きく張り上げる感じじゃない」という指示があったり。(中略)

---- 最後に余談として、二人の「家族」である子供たちは、このアルバムを聴いているのか質問してみた。

佐野游穂:長男は「がんばれ兄ちゃん」が自分のことだと思うみたいで、「この曲飛ばして」って不機嫌になっちゃいます(笑)。次男に「どの曲が好き?」って聞いたら「ただいま」が好きだって。

佐藤良成:ふーん、シブいね! シブいところいくんだなあ(笑)

■『家族行進曲』の9曲目に収録された「ただいま」のタイトルには、ダブル・ミーニングが隠されている。ちょうどいま「お盆」だから分かるのだけれど、「ただいま」って帰ってくるのは、亡くなった「おばあちゃん」でもあるのだよ。

それから、遊穂さんの「声の回復」に関しては、約1年前に出た『FOLK』の感想の中で僕は言及して、2016年6月10日、21日ツイートしている。過去のツイートをたどって行ったら、あったあった。これだ。

注文しておいた、ハンバートハンバートの新譜『FOLK』がようやく届いた。緑色のDVD付き初回限定版だ。DVD付きだと密林は何故か割引価格。得した気分。早速CDを聴く。1曲目「横顔しか知らない」いい曲だな。ビックリするのは遊穂さんの声。若返ってるんじゃないか? 突き抜ける高音の伸び(2016/6/10)

寝る前に、ハンバートハンバート『FOLK』のDVD「FOLK LIVE」を見始めたら良くって、寝むれなくなっちゃったよ。MCが変で可笑しい。ステージ・バックの暖簾イラストが「暮しの手帖」みたい。ミサワホームのCM曲に始まって、次は大好きな「バビロン」。「ロマンスの神様」もいいな。(2016/6/10)

『ミュージック・マガジン』最新号(7月号)を買ってきた。お目当ては、ハンバートハンバートへのインタビュー記事P74~77(小島エージ)だ。新作CD『FOLK』を聴いて、ぼくが一番驚いたのは遊穂さんの声質だ。10年前の「あの声」が、確かに復活している。蔵出し音源かと疑ってしまったよ。(2016/6/21)

続き)でも、違ったみたい。明らかに最新録音のCDだった。ただし、バックのギター伴奏とヴォーカルは別録音。しかも、遊穂さんのヴォーカルは「プロトゥールス」で遊穂さん自ら操作して録音したんだとのこと。あ、なるほどな。そういうことだったのか。納得。(2016/6/21)

続き)『FOLK』というタイトルだから、1970年代の名曲カバーも収録されている。『生活の柄』『プカプカ』そして『結婚しようよ』。「もうすぐ春が~ペンキを肩に~」は、僕ら高校生のころ「便器を肩に~」って歌ってたっけ。でも一つ残念だったのは、加川良の名が出てこないことだ。僕は大好き(2016/6/21)

続き)だって、ハンバートハンバートのことを初めて知ったのは、なんとテレビで、2006年8月にNHKBS2で放送された『フォークの達人』第5回、加川良の回で、ハンバートハンバートとコラボで「流行歌」と「夜明け」が歌われたのを見た時だ。「夜明け」という曲は、加川良作だとばかり思ったよ(2016/6/21)

■ぼくが、ハンバートハンバートの曲を初めて聴いたのが、この『夜明け』だ。彼らの数ある名曲の中で、ぼくが一番好きなのは、実を言うと、この『夜明け』なのかもしれない。

2)サウンドの統一性。計算し尽くされた緻密なアレンジ。

■『家族行進曲』の基本サウンドは、どこか懐かしい雰囲気を醸し出す「アコースティックなカントリー・ミュージック」だ。しかも、曲によって参加ミュージシャンが次々と変わるのにも関わらず、通して聴いても不思議な統一感があって、自然で違和感がない。これはたぶん、佐藤良成による「曲構成の設計図」が、きっちりしていたからなのだろうな。

あと、驚くのは、エレキギターやドラムスが、まったく五月蠅くないこと。特にドラムス。けっこう派手に飛び跳ねているにも関わらず、ぜんぜん「じゃま」になっていない。その真価が『ひかり』という曲で炸裂する。

3)初回限定盤に付いてくる DVD が充実している。前半の、東十条商店街で収録された「PV」。それから、後半の中国ツアー・ライヴ。

 (7月7日のツイートより)

2017年7月29日 (土)

まつもと市民芸術館で『空中キャバレー』を体感。

■先週の日曜日、まつもと市民芸術館で『空中キャバレー』を観劇、じゃなくて「体験」してきた。凄かったなぁ。面白かったなぁ。まつもと大歌舞伎と交互に隔年で開催されていて、今回で4回目とのこと。ぼくらは今回初めて。

去年は、ここの小ホールで「木ノ下歌舞伎」の『勧進帳』を観たんだ。あれも衝撃的な演劇体験だったが、『空中キャバレー』には、主宰する串田和美さんの「演劇」に対する思いの丈のすべてが詰まっていて、感動してしまったんだよ。

■これは以前にも何度か書いたけれど、ぼくの演劇体験のベースは、オンシアター自由劇場の『上海バンスキング』なんだ。観たのは、取り壊された「長野市民会館」。1984年だったと思う。串田和美さんがクラリネットを吹き、笹野高史さんがトランペットを吹いた。音楽はすべて自由劇場の役者さんたちが生演奏。そのセンター・ステージで、吉田日出子さんが唄う唄う。何曲も何曲もね。

これには感動したなぁ。

しかも、終演後に劇場をあとにする我々観客を、市民会館の入り口ホールで当日の出演者全員が待ち受けていて、生演奏しながら見送ってくれたのだ。

これって、映画館では絶対に味わえない、演者と観客が「いま・ここ(劇場)」でいっしょに共有する「空気であり時間」だったのだと思った。「お芝居って、凄いな!」それが、ぼくの演劇体験の原点なのだ。


YouTube: 空中キャバレー2017 スポット


YouTube: 空中キャバレー2015年ダイジェスト映像


YouTube: 『空中キャバレー2017』(石丸幹二さんコメント)

■今回の『空中キャバレー』もまた、音楽はすべて「ナマ演奏」。しかも、音楽監督があの世界的アコーディオン奏者「coba」さんなのだ。以下は当日のツイートから。

開演の初っ端は、世界的アコーディオン奏者COBA氏が、ピアソラの「リベルタンゴ」を熱演。しかも、ぼくらから1mも離れていない場所で演奏してくれたよ。そうだなぁ見終わった全体のイメージとしては「スズキコージ」の絵本の実写版か。スリル、笑い、感動。めくるめく体感。こんなの初めて。

続き)一番感動したのは、第二部になって後ろの幕が上がった時だ。なんと!観客の僕らが実はステージ上にいて、大ホールの真っ赤な客席を見上げていた。あぁ、役者さんは毎回「この眺め」を味わっていたのか。そりゃぁ、辞められないよな。

続き)フランス語で「元気?」は、サヴァ?「サバだサバサバだ、サバサバだ。サバだサバサバだ、サバサバだ。サバだ、だーだぁー、サバだだぁー」これを、フランス映画『男と女』の曲(フランシス・レイ作曲)の節にのせて歌うと? 一匹の雌鯖に群がる幾多の雄鯖。このエチュードは以前にもあったの?

『空中キャバレー』の画期的なことは、客席とステージの区別がないことだ。観客は役者さんたちと同じ舞台上にいて、観客の間をぬうように役者さんが動き、その役者さんが近くの観客の手を取ったかと思うと、次の瞬間にはいっしょに踊っていたりするのだ。これほど至近距離で役者さんを見た記憶は、ぼくにはない。

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(写真をクリックすると、もう少し大きくなります)

■自由劇場からの役者さん、片岡正二郎・内田伸一郎・小西康久の3人。バチカン・ブラザーズ。今回は「サボテン・ブラザーズ」を演じて、マリアッチをナマ演奏で奏でてくれた。いっしょに登場したのは、松本出身で、初回公演からずっと出演している秋本奈緒美さんだ。前回までは「西部劇」の設定で、スザンナ役で彼女は登場したのだが、今回は「宇宙の果て」の話。(以下、ツイートのつづき)

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続き)あと好きなのは「サボテン・ブラザーズ」。おならの推進力で宇宙に飛び出すってのは、『怪傑ゾロリ』じゃん。でも、ゾロリが凄いのは、おならの力で地球滅亡を救ったこと。分かる人にだけ分かればいい話。

続き)串田和美さんと大森博史さんの二人が、核戦争後の放射能汚染で誰も居なくなった地球上に立ち、ウラディミールとエストラゴンみたいな会話を交わしている時に突如登場するのは「ゴドー」ではなくて、高田聖子演じる笠置シズ子だ。おばはんパワー凄すぎるぞ。ふと北村想の『寿歌』を思い出したよ。

続き)ただ、家族連れで訪れた人たちが多かった日曜日マチネ回では、幼少の子供たちには「退屈で長すぎる」スケッチだったようにも感じた。実際、当日この場面で飽き飽きしてしまった子供たちが奇声を上げてたし、バックヤードを走り回っていたよ。

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■お芝居は、サーカスや大道芸、歌やダンスの合間にショートコントのように挟まれている。

・ブランコ乗りの少女に恋してしまった兵隊のはなし「チョコレートあげるよ!」

・鼻にとまった蝶々を3拍子で踊りながら逃がさずにいる男たちのエチュード。なんと! そしたら、鼻の頭をクワガタに挟まれた男(吉野圭吾)が登場だ。

・「千拍子のうた」ヘイ!ヘイ!ヘイ!

・第一部のラストは「怪力男オクタゴン」の歌。好きで一緒になった花売り女。結婚式のその日に、オクタゴンは彼女を抱きしめた。しかし、怪力男の哀しさ。花嫁はあまりの圧迫で死んでしまう。「人にはそれぞれ才能がある。その才能は放棄できない!」って、片岡正二郎さんが歌のサビで熱唱するのだが、聴いているその時は「そうだ、そうだ!」って凄く気分が高揚してきたんだけれど、この曲の歌詞をしみじみ聴くと、ちょっと何とも言えず辛い気分になってしまったよ。

・片岡正二郎さん等「バチカン・ブラザーズ(撥管兄弟)」の「この歌」は、じつはApple Music に登録されていて、いつでも聴くことができるのだよ。ただ、あの時歌ってくれた「ヘーデルワイス」と「サボテン海へ行く」は収録されていなかったな。

・歌では、第二部でまずは秋本奈緒美さんが「It’s Only A Paper Moon」を歌った。さすがジャズ歌手でデビューしただけのことはある歌唱力。観客で座っている小さな女の子の手を取って立たせ、彼女をクルクルと回しながら歌ってくれた。続いて吉野圭吾さんが「アムステルダム」を歌った。こちらも流石のミューカル俳優。聴かせたなぁ。

おなじく、今回のゲスト高田聖子さんは、笠置シズ子の「買い物ブギ」を熱唱したよ。

それから、あの「サバ」のコント。これは笑ったなぁ。

■今回の公演の重要パートを担うのが、フランスから来たジュロさん率いる「サーカス・チーム」だ。ジョアネスのジャグリング、ジェームス・ヨギの自転車曲芸。茉莉花さんの「上海雑伎団」真っ青の軟体動物的人体の驚異。金井ケイスケ氏の軽業とダンシング。

マットさんの「綱渡り」を観ていて、あの、ニューヨーク貿易センタービルのツイン・タワー最上階に綱を張って「綱渡り」した絵本を思い出したよ。

そうして、ジュロさんのフラフープのスリル溢れる妙技。ジュロさん、命綱付けていないんじゃない?

タルザナとアメリーの「綱芸」も凄かったけれど、やっぱりラストの空中ブランコにすべてを持って行かれた。そのブランコ乗りアメリーの演技はほんと凄かった。

ぼくが体感したイメージを、最も端的に表現してくれているのが、nono さんのツイート「スケッチ・ブック」だ。

それから、7月30日(日)の「こぐれみわぞう」さんの「千穐楽」連続ツイートが楽しい。キャストのみなさんのバックヤードでの写真が多数あり。

■今回の『空中キャバレー』ではなくて、2年前の時の感想では、「休むに似たり」さんの感想が、場内の雰囲気をよく表していて優れていると思った。

今年の感想では、「松本ジャグリングクラブ」と、「夢ならいつまでも二人きりなのに」さんが素晴らしい。

■先達て亡くなった扇田昭彦氏の観劇録『こんな舞台を観てきた』を読むと、2013年の『空中キャバレー』評が載っている(299ページ)。

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(前略)『空中キャバレー』は普通の演劇でもミュージカルでもない。サーカス、大道芸、演劇、音楽、ダンスなどを混ぜ合わせ、娯楽色豊で、だれもが楽しめるショーを目指している。それは19世紀末にフランスで生まれ、20世紀前半にヨーロッパ各地で流行した「キャバレー文化」の新しい形を探る試みでもある。

 約380人の観客は普通の劇場の入口からではなく、大道具などを運び込む搬入口から場内に案内された。上演が行われる特設会場は、ミュージシャンが演奏する小さな移動式舞台以外は何もない広場のような空間だった。

面白いのは、ここには舞台と客席の境目がないことで、観客は立ったり、床に座ったり、手をつないで踊るなど、自由に動きながら演技を見守る。

 cobaがアコーディオンで奏でるサーカス風の曲と、タップダンス(RON×II)とアコーディオンの競演で始まった舞台は、まさに心浮き立つ楽しさだった。(中略)

 アクロバット、エアリエル、ジャグリングなど、串田がパリでオーディションをして招聘したというサーカスのアーティストたちの演技も楽しめた。特にベテランのジュロが、不安定に揺れ動く高いポールの上で、フラフープを使って見せた離れ業はとてもスリリングだった。

 演出の串田和美は物語の語り手を務めると同時に、ルンペン役なども軽妙に演じて活躍し、じつに楽しげだった。

 その姿を見ながら、『空中キャバレー』は『上海バンスキング』『スカパン』『クスコ』などと並ぶ、演出家・串田和美の代表作だと思えてきた。

 初期の音楽劇『もっと泣いてよ、フラッパー』(1977年初演)や、1989年にシアターコクーンで始まった『ティンゲルタンゲル』シリーズなど、串田の演出にはもともと祝祭的な娯楽性、サーカス芸、道化的な笑いを重視する傾向が見られる。とくに『空中キャバレー』では、舞台と客席の区別をなくし、観客を演技者と同じ空間に包み込む大胆な設定に踏み込んだ。つまり、これは串田流の実験劇なのだ。

一部の知的エリートのための実験劇ではなく、子どもも楽しめる敷居の低い実験劇である。地方の公共劇場で生まれた画期的なレパートリーだ。

 舞台を観ながら同時に感じたのは、串田演出らしい強い手作り感と等身大感覚だった。同じサーカス芸でも、シルク・ド・ソレイユのような精密な完璧主義ではなく、どこかユーモラスなすきまがあるような芸がここにはある。

 心に残る光景がある。乳幼児を抱いた若い母親が数人、立ったまま、何とも楽しげにパフォーマンスに見入っていた姿である。なかには途中で泣き出す赤ん坊もいたが、それもこのにぎやかな空間ではほとんど気にならなかった。だれをも受け入れる、大きな祭りのような劇場空間が成立していたのだ。

『こんな舞台を観てきた』扇田昭彦(河出書房新社)より

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2017年7月20日 (木)

友部正人ライヴ at 『叶屋』(その2)『ロックンロール』

■当日の様子が、叶屋のサイトにアップされているぞ。

そうか、打ち上げは夜遅くまで盛り上がったのだな。帰宅後にアップしたツイートを以下に再録しておきます。

先だっての6月25日の夕方、南箕輪村の老舗酒店「叶屋」で開催された『友部正人ライヴ』についてブログに書きました(まだ途中)。ぼくは中学生のころからのファンなので、やっぱり昔の歌を聴くとイントロだけで涙が溢れてくるんだ「公園のD51」「誰もぼくの絵を描けないだろう」「一本道」、

続き)「大阪へやって来た」「どうして旅に出なかったんだ」「古い切符」「朝は詩人」「地獄のレストラン」。新しい曲も好きだよ。「隣の学校の野球部」なんて笑っちゃうし「日本に地震があったのに」もいい。今回初めて聴いた曲の中では『モスラ』がよかった。僕もほんとそう思う。

続き)ただディランがノーベル文学賞を取ったことだし、友部さんが訳した「アイ・シャル・ビー・リリースト」が聴きたかったし、加川良が亡くなったので、彼が歌詞に登場する「トーキング自転車レースブルース」も聴きたかったな。でも、アンコールの最後のリクエストに応えて歌ってくれた、

「ロックンロール」は、ホントよかった! 今回初めていっしょに行った妻も「この曲」が一番よかったと言ってた。彼の歌に「懐メロ」はない。いつどんな時も「いま歌うべき歌」ばかりなんだ。最近、70年代にヒットを飛ばしたフォーク歌手たちが10組近く集まって同窓会コンサートをやってる。

続き)あれって、何なんだろうなぁ。元「オフコース」小田さんのコンサートの映像とか見ると、客席のほとんどは50〜60代の初老の男女ばかりだ。過ぎ去りし「青春の日々」をただただ懐かしむための「装置」が小田さんなのだ。それって、小田さん、どうよ? 嫌じゃないのかな?(2017/06/26)

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(写真をクリックすると、大きくなって活字が読めるようになります)

■もちろん、小田和正さんにも若い今のファンは多い。毎年年末にTBSで放送される『クリスマスの約束』を見ていると、小田さんをリスペクトする若手ミュージシャンが多数出演している。

ただ、友部正人をリスペクトする若手ミュージシャンはその熱量が違う。

古くは、「ブルーハーツ」真島昌利、「たま」知久寿焼。

友部正人のベスト盤『ミディの時代』には、2010年5月23日に下北沢「ガーデン」で、友部さんの還暦祝いをかねて開催された『友部正人トリビュート・ライブ』の模様を収録したDVDが「おまけ」で付いているのだが、これがほんと見応えがあるのだ。

友部正人のカヴァー曲を歌う参加ミュージシャンは、友部さんの奥様のユミ(小野由美子)さんがリストアップし出演依頼したという。ただ、楽曲選びは「本人におまかせしました」とのこと。驚いたことに、この人には「この曲」を唄って欲しいよなっていう選曲を全員がまさにしていたことだ。

1「あいてるドアから失礼しますよ」ハンバートハンバート

2「なんでもない日には」峯田和伸

3「こわれてしまった一日」森山直太朗

4「夜よ、明けるな」バンバンバザール

5「待ちあわせ」YO-KING

6「一本道」知久寿焼

7「カルヴァトスのりんご」リクオ

8「遠雷」三宅伸治

9「ゴールデン。トライアングルのラブソング」原マスミ

10「誰もぼくの絵を描けないだろう」遠藤ミチロウ

当日のセット・リスト及びコンサートのレポートは、こちら(その1)(その2)に詳しい。

ベストは、知久さんの「一本道」だな。これは凄いぞ!

■ところで峯田和伸クン。彼は「ブルーハーツ」経由で友部を知ったのか? 違うのか?

どうも、実家の「峯田電器」を継いだお父さんが学生時代から友部正人が好きで、同時期に山形大学に在籍していた「遠藤ミチロウ」がプロデュースした友部正人のライブを見ていたらしい。

(まだまだ続く)

■いま、トイレでずっと読んでいるのが『恋と退屈』峯田和伸(河出文庫)だ。245ページまで読んだ。面白い! 峯田クンは「ことば」に対して真摯なんだよね。自ら発した「言霊(ことだま)」に、常に責任を持とうと努力している。もちろん、上手くいかないことの方が当然多いのだけれど、それでも「その姿勢」を崩そうとはしない。

242ページ。銀杏BOYZ 初めての「渋谷公会堂ライブ」2005年1月23日の記載に、友部正人の文字が登場する。ライブ開演前。「満員の会場に友部正人さんのCDが流れている。スタート時間から15分遅れて開演。照明が消える」

『恋と退屈』には収録されなかったが、2005年11月27日のブログに、こんなことが書かれている。

思潮社から出版されている「現代詩手帖」11月号で、友部正人さんが毎月連載している「ジュークボックスに住む詩人」に銀杏BOYZが取りあげられている。友部さんが僕らのことを2ページまるまる書いてくれている。しかも友部さん本人が手紙つきでその本を僕らに贈り届けてくれたんだ。

僕は今日、友部さんに手紙を書いてた。思っている事をそのまま言葉にできればいいのだけれど、なかなかうまく書けない。言葉を選んでしまう。どうしてなんだろう。自分を良くみせようとしてしまうからなんだろう。しばらくペンを置いて、1時間ほど考えこんだよ。結果、もうこうなったらありふれた言葉を使ってもいいから素直に自分の嬉しい気持ちを、嬉しい気持ちのまま書こうと思ったんだ。そもそもなんで友部さんに手紙を書こうとしたかって、その動機は「嬉しかったから」なんだもの。だから「ありがとう」を伝えたいんだ。

■峯田くんとロックに関しては、NHKBSドラマ『奇跡の人』と、エッセイ本『ガケ書房の頃』(夏葉社)の感想のところで書いた。ここにも友部正人が登場する。その続き、小田嶋隆氏が語るロックについて。

■NHK朝ドラ『ひよっこ』で、峯田和伸が演じる、みね子の叔父:小祝宗男が上京してきて「ビートルズ」について熱く語るシーンがあったが、あれがそのまんま「ロックンロール」だったように思う。

2017年7月11日 (火)

映画『バンコクナイツ』を観てきた。+『満月』豊田勇造


YouTube: 豊田勇造「満月」

■この間の日曜日、松本へ映画を観に行ってきた。以下は帰宅後寝る前、酔っぱらって一気に連続ツイートしたので、恥ずかしい間違いだらけだったのだが、訂正して再び載せます。

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松本シネマセレクト企画、富田克也監督作品『バンコクナイツ』を、まつもと市民芸術館へ観に行ってきた。3時間強の上映時間だったけど、今日は座蒲団持参だから尻は痛くない。それにしても見終わった頭の中が未だカオス状態で、うまく言葉に出来ない。それに、じつはタイへは一度も行ったことないんだ。(7月9日)

今まで見たことのない不思議な映画だったな。角田光代の旅エッセイを読みながら、行ったこともない東南アジアの熱帯夜を体感したような。いや違うな。牯嶺街少年たち「外省人」家族が、台湾で生きてゆくしかない閉塞感に苛まれたように、もはや日本に帰ることはできない「沈没組」の菅野の言葉にこそ「リアル」を感じた。

映画『サウダーヂ』は観てないんだ。ただ、菊地成孔氏が絶賛しているのをブログで読んでたし、ラジオで菊地さんが『バンコクナイツ』にはクラウドファンディングで、そこそこのお金を出していると言ってるのも聴いた。さらに、作家の山田正紀氏がツイッターでめちゃくちゃ褒めているのも読んだ。だからこそ見に来たんだ。

 

上映後のアフタートークに登壇した共同脚本の相澤虎之助さんの話が示唆に富んでいたなぁ。一つは「楽園&桃源郷」の意味するもの。それから、元自衛隊員オザワが、パタヤビーチで元ベトナム帰還兵の老人から購入した45口径(9mm)の拳銃の使いみちに関して。あのラスト、荒井晴彦氏からは怒られたとのこと。

監督の富田克也氏が自ら演じた、PKOでカンボジアに投入された元自衛隊員オザワだが、彼が醸し出す不思議と醒めた(諦めきった)雰囲気。以前にもどっかで観た気がして家に帰るまでずっと気になっていたんだ。あ、そうだ。日活ロマンポルノの傑作、田中登『まる秘色情めす市場』の主人公、芹明香がシャッターが閉まったアーケード商店街で出会った、指名手配の殺人犯そっくりの男だ。

芹明香は、いまだに同業(娼婦)を営んでいる母親(花柳幻舟)を心底憎んでいる。そんな母親が産み落とした弟は白痴だ。飛田遊郭街を死ぬまで出て行くことが出来ない諦め。そのとき「ここより他の場所」へ彼女を連れ出してくれるかもしれなかったのが、あの指名手配の殺人犯そっくりの男だった。

バンコク「タニヤ通り」で日本人相手に体を売るヒロイン「ラック」と、飛田新地で売春する「トメ」(芹明香)は、じつは境遇がよく似ている。そういうことに思い至った。

映画『バンコクナイツ』。カメラがね、とにかくすばらしい! バンコク夜の歓楽街。国北イーサン地方の、とうとうと流れるメコン川を高所から見下ろすシーン。夕闇。いつも満月。ラオスの田舎の山。ベトナム戦争の時、アメリカ軍が空爆して出来たラオスの沢山のクレーター。ぜひとも行ってみたいと思ったよ。

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■この『バンコクナイツ』という映画は、観客を選ぶと思った。若い頃、国内外を彷徨った経験のある、かつてのバックパッカーは、圧倒的共感をもって激賞するだろう。間違いない。だから、ぼくは映画を見終わった直後に思い浮かべたのは、作家の角田光代さんであり、6つ年が離れた成田の兄貴のことだった。

兄貴は学生時代から世界各国を旅して廻っていた。ヨーロッパも東南アジアも。60を過ぎたいまだに旅を続けている。南米マチュピチュ、カンボジア、イギリス、ポルトガル。未だ行ったことのない所は、南極大陸ぐらいじゃないか。

兄貴がなぜ旅に出るのか? よく分からなかった僕は、大学3年生の夏休みに兄貴のバックパックを借りてヨーロッパ1周1ヵ月半の旅に出た。いろいろなことがあったよ。貴重な体験だったと思う。

そんなようなことを、小児科医になってから当時の助教授に偉そうに話したんだ。そしたら、助教授は言った。「君は、インドへ行ったことはあるか? 俺は行ったことがある」と。

 

恥ずかしかったなぁ。何を偉そうに「旅」を語っていたんだ、オレは。

ぼくは東南アジアを旅したことがない。そんな奴に「旅」を語る資格なんかないのだ。間違いない。

 

この映画『バンコクナイツ』を観ながら、あの時の助教授の言葉をリアルに思い出していたよ。

旅とは何か? そのことは長年の謎だった。

日本各地を旅して廻っていた学生の頃、ぼくが考えていたその定義とは、

   旅行:おみやげを買って帰る 

   旅: おみやげは買わない

つまり「旅」とは、非日常の中に「日常」をたぐり寄せる作業。だからもちろん、おみやげは必要ない。その観点からすると、映画『男はつらいよ』の主人公「寅さん」には、お土産を買って「帰って行く場所」が常にあった。

■この、結局は失敗しても常に帰る場所があるってことが、寅さんの甘えだったワケだ。でも、映画『バンコクナイツ』に登場する日本人はみな、帰る場所がない。そのことは重要だと思う。

ぼくはとっくの昔に「旅すること」を止めてしまったのだけれど、いまだに諦めきれず「ここより他の場所 = 楽園」を夢見て、異国のバンコクで蠢いている日本人たち。あぁ、哀れなのか? それとも……。

■映画『バンコクナイツ』には、何度も夜空に月が出ている。しかも、いつも「満月」なんだ。少し前に観た、急逝したマレーシアの女性監督の映画『タレンタイム』にも、満月が何度も登場した。

月は女性の象徴だ。そう思ったよ。

それから、『タレンタイム』と『バンコクナイツ』の重要な共通点が「音楽」だ。ワールド・ミュージック好きを自称するこのぼくが、聴いたこともない超ローカルな地元音楽にあふれているんだ。これ、ちょっと凄いよ! 

タイの東北部、ラオス国境に近いヒロイン「ラック」の生まれ故郷「イーサン地方」にカメラが移動すると、彼女は祈祷所のような部屋に行って、イタコのおばさんが古い物語を語り出すんだ。「モーラム」という語り芸なんだって。このオバサン、次第に語りが「謡い」みたいになって朗々と唄い出す。このシーンはゾクゾク来たな。

あと、メコン川のほとりでオザワが出会う革命詩人の幽霊。ミスター・マリックみたいな風貌で飄々としていて、なかなかに味わい深かった。

■で、映画の最後。エンドロールもそろそろ終わりかと思う頃、流れ出すのが、この豊田勇造さんが唄う『満月』って曲。タイでは誰でも知ってる名曲なんだって。沁みるよね。

■検索したら、監督の富田克也氏への「ロングインタビュー」があった。ビックリだな。最初は、映画作りに関してまったくの素人だったんだね。

 

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