2025年4月 4日 (金)

私がハマったSF『スローターハウス5』『わたしを離さないで』『あなたの人生の物語』

■ぼくが責任編集した『長野医報4月号』が発刊された。県医師会広報委員も、この6月で8年間の任期終了となるので、最後のわがままで特集テーマを「私がハマったSF」とさせてもらった。

このテーマなら是非とも書いていただきたいと思っていた先生方に原稿執筆をお願いし快諾を得て、充実した特集を組むことができ本当に有り難かった。感謝感謝です。

■自分が書いた文章だけ、ここに再録させていただきます。

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長野医報4月号「前文」

広報委員 北原文徳

 

 イーロン・マスクがスペースX事業に巨額を注ぎ込むのは、彼がSFオタクであったことが関係しているようです。彼は自分がハマったSF小説として、アイザック・アシモフ『ファウンデーション:銀河帝国興亡史』、ロバート・A・ハインライン『月は無慈悲な夜の女王』、ダグラス・アダムス『銀河ヒッチハイク・ガイド』を挙げています。

 トランプ大統領の元でアメリカを手中に収め、次は世界征服さらには宇宙征服まで本気で考えているのではないでしょうか。

 一方、昭和30年代生まれの僕らは、右肩上がりの高度経済成長の日本でSFを読みながら、科学技術の進歩と発展により平和で希望に満ちた明るい未来がやって来るに違いないと信じていました。当時テレビでは『ウルトラQ』『ウルトラマン』『宇宙家族ロビンソン』『サンダーバード』が放送され夢中で見ました。そして、NHK少年ドラマシリーズ『タイムトラベラー』の原作『時をかける少女』で筒井康隆を知り、星新一、小松左京、光瀬龍、半村良など日本のSF作家の小説を読み漁るようになります。いい時代でした。 

さて、あなたのハマったSFは何ですか?

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「ヒア・アンド・ナウ」 いま・ここ のSF

北原こどもクリニック 北原文徳

 

 SF小説というと、時空を越えて展開する荒唐無稽なストーリーを思い浮かべますが、今回は「いま・ここ」を強く感じるSFをご紹介したいと思います。

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1)『スローターハウス5』カート・ヴォネガット著(1969)伊藤典夫 訳(ハヤカワ文庫)1972年に米ユニバーサルが映画化(104分)監督はジョージ・ロイ・ヒル。

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 爆笑問題の太田光が熱烈なファンであることを公言し、村上春樹の初期作品の文体に多大な影響を与えたと言われるSF作家カート・ヴォネガットは、ドイツ系アメリカ人で、第二次世界大戦末期に21歳の若さでヨーロッパ戦線に陸軍歩兵として召集され、1944年12月バルジの戦いでドイツ軍の捕虜となった。移送先の旧東ドイツ南部の都市ドレスデンでは第5食肉処理工場(スローターハウス5)が米軍捕虜の宿舎だった。ところが1945年2月13日の夜、米英連合軍による大空襲でドレスデンの街はすべて焼き払われ壊滅する。死者は13万5千人にも達したという。幸いヴォネガット等は食肉処理工場地下2階の食肉冷蔵室に避難し無事だった。

 翌朝地上に出ると、建物は倒壊し木材は燃え尽き積み重なって、まるで月の表面みたいだった。あたりには黒焦げの丸太のような死体がいくつもころがり、防空壕の中には一酸化炭素中毒で死亡した人々が並んで座っていたという。ヴォネガットたちは死体発掘人夫として駆り出され延々と重労働に従事させられた。ドイツ降伏まであとわずか、軍事施設のない古都ドレスデンへのこの大空襲は、新型焼夷弾の威力を試す一種の軍事実験に過ぎず、とことん無意味で不必要な破壊だったと彼は書いている。連合国側は1963年までこの爆撃をひた隠しにしていた。

 味方の単なる思いつきによる無差別大量殺戮を「被害者」として目の当たりにした強烈な体験は、彼の心的外傷(PTSD)となり戦後もフラッシュバックに襲われていたに違いない。あまりに悲惨で壮絶な体験を作家である彼はそのままでは書けなかった。それから24年後にようやく書き上げたのがSF小説『スローターハウス5』(当初の翻訳タイトルは『屠殺場5号』)だ。

 ヴォネガットと同い年でドレスデン大空襲を体験した主人公のビリー・ピルグリムは、戦後検眼医として成功するが、1967年に空飛ぶ円盤に拉致されてトラルファマドール星の動物園の檻に裸で入れられ見世物となる。そこで彼は痙攣的時間旅行の能力を得るのだが、自分の自由意志で行き先やタイミングを決めることはできない。いま・ここに居ながら突然瞬時に過去のある場面に跳ぶ。これってフラッシュバックそのものだ。ただ面白いのは、彼は未来へも跳ぶ(フラッシュフォワード)ことができ、自分が死ぬ場面もすでに知っているのだった。

 トラルファマドール星人は言う。あらゆる瞬間は、過去、現在、未来を問わず常に存在し続ける。人が死ぬ時、その人は死んだように見えるにすぎない。過去では、その人はまだ生きているのだから。彼らはあらゆる異なる瞬間をちょうどロッキー山脈を眺めるように同時に一望のうちにおさめることができる。あらゆる瞬間が不滅であり、彼らはそのひとつひとつを興味のおもむくままに取り出して眺めることができる。ということは、未来もすでに決まっていることになり、自由意志で未来を変えられるなどと思い上がっているのは地球人だけだと彼らは言うのだった。

 物語は主人公の痙攣的時間旅行により過去・現在・未来がバラバラに寸断され、モザイク状に再構成されているので読者は混乱するが決して読み難くはない。ヴォネガットの軽妙でブラックユーモアに満ちた文章は、この陰惨な話を面白いエンターテインメントとして、そして反戦文学として、かつ哲学的な「存在と時間」論にまで高めることに成功したのではないか。

 作中、人が死ぬたびに「そういうものだ / So it goes. 」という決まり文句がまるでお念仏のように繰り返される。その登場回数を数えた人がいて106回もあったそうだ。この世の中はあまりに理不尽で不条理に満ちている。人間個人の思い通りには決していかない。そういうものだ。この言葉は諦観とも取られるが、充実した幸せな未来を信じ、明日を生き抜く意味を求めて、不安な今をもがき苦しむ必要なんてないんだよ!もっと肩の力を抜いて、いま・ここの瞬間を楽しめばそれでいい。そういう意味だと理解した。読後感は不思議と悪くない。

映画版も原作にかなり忠実にできていておすすめ。音楽を担当したのはグレン・グールドで、タイトルバックにゴールドベルク変奏曲が流れる。この曲は不眠症に悩むドレスデンのカイザーリンク伯爵のためにバッハが作曲し、伯爵のお抱えクラヴィーア奏者ゴールドベルクが毎夜伯爵のために演奏したという。

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2)『わたしを離さないで』カズオ・イシグロ著(2005)土屋政雄 訳(ハヤカワepi文庫)映画版(2010年/イギリス/105分)

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 『スローターハウス5』の86ページには、アメリカの神学者ラインボルト・ニーバーが戦時中の説教で言った有名な「祈りの言葉」が載っている。

 

    神よ願わくばわたしに

    変えることのできない物事を

    受けいれる落ち着きと

    変えることのできる物事を

    変える勇気と

    その違いを常に見分ける知恵とを

    さずけたまえ

 

カート・ヴォネガットは続けてこう書く。ビリー・ピルグリムが変えることのできないもののなかには、過去と、現在と、そして未来がある。

カズオ・イシグロの小説は一人称回想録の形式が多い。主人公の記憶に基づいて語られるので内容は真実ではない。主人公の都合よく記憶が捏造され、過去は自由に変えられるのだ。しかし未来はやはり変えることができない。

『わたしを離さないで』では、自分の意志とは関係なく、あらかじめ決められた運命を静かにただ受け入れる若者たちの諦観が描かれている。もちろん、わずかな望みに全てを託す努力はする。それがまた、あまりにも切ない。

 物語はイギリスの寄宿校ヘールシャムで幼い頃から一緒に過ごした仲良し三人組(キャシー、トミー、ルース)が大人になるまでの出来事をキャシーが回想しながら進行する。でも、何かが変だ。仲良し三人組というと、フランス映画『冒険者たち』のように男女男の組み合わせが多いが、本作では女男女で、前半は萩尾望都か竹宮恵子の少女マンガを読んでいるような気分だった。

 ヘールシャムの4階には「ロストコーナー」と呼ばれている遺失物置き場がある。この言葉には生徒たちだけに通じる別の意味があった。地理の授業でエミリ先生が英国地図の右端の一点を棒で指し「ノーフォークは国の東端です。海に突き出す半島の不便な僻地で、イギリスのロストコーナーとも言えます」と言ったことを、生徒たちは「国じゅうの落とし物は最終的にノーフォークに集められるのだ」と解釈したのだ。

 生徒たちは寄宿校から外出することを許されず、代わりに月に一度やって来る白い大きなバンが搬入する物品の販売会が開かれた。キャシーはそこでジュディ・ブリッジウォーターが歌う音楽カセットテープを購入し、3曲目に収録された「わたしを離さないで/ Never Let Me Go」という曲に魅せられ一人繰り返し聴き入るのだった。しかし彼女はその大切なテープをなくしてしまう。校舎4階のロストコーナーにもなかった。後年、別の捜しものを見つけるため皆でノーフォークを訪れた際、トミーがとある店で同じテープを偶然見つけ出す。ノーフォークはやはりロストコーナーだったのだ。

 映画版は、いかにも英国的な寄宿校の佇まいやノーフォーク海岸の寂寥感、そして役者たちの静かな演技が抑制されたタッチで映し出されていて、驚くほど原作のイメージ通りだ。ただ一つ不満だったのが、実際にカセットテープから流れる曲「わたしを離さないで」。作者が創作した架空の歌手が歌う架空の曲なのだが、映画では古風なR&Bの脳天気な曲調で、歌も妙にセクシーなだけで上手くなく、主人公が何度も繰り返し聴いて心ときめかす楽曲とは思えない。「スローで、ミッドナイトでアメリカン。『オー、ベイビー、ベイビー、わたしを離さないで』のフレーズが何度もリフレーンされる」そう原作に確かに書いてあるので、カズオ・イシグロもOKしたのだろうか。

 じつは「Never Let Me Go」という曲名の古いジャズのスタンダードが実際にある。キース・ジャレットの『スタンダーズVol.2』4曲目、ビル・エヴァンス『アローン』5曲目、ヴォーカルではアイリーン・クラール『ホエア・イズ・ラブ?』5曲目に収録されているが、静かで何とも切ないマイナーのスローバラードで、まさに「この物語」の世界観そのものを感じさせる楽曲なのだ。

 村上春樹のエッセイ「厚木からの長い道のり」(新潮文庫『小澤征爾さんと音楽について話をする』巻末に収録)の冒頭に、彼がカズオ・イシグロと初めて東京で会って、二人だけで会食した時の話が載っている。イシグロも彼と負けず劣らぬ音楽好きで、ジャズにクラシックと話は尽きなかった。イシグロはちょうど長編小説を書き上げて、あとは出版を待つばかりだと言った。でも新しい小説の内容もタイトルもまったく口にしなかった。

 この時、村上春樹がイシグロにプレゼントしたお気に入りのCDが『大西順子トリオ/ビレッジ・バンガードⅡ』 で、なんと2曲目に収録されていたのが「Never Let Me Go」なのだった。

 

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3)『あなたの人生の物語』テッド・チャン著(2002年 / ハヤカワ文庫)映画版『メッセージ』ドゥニ・ヴィルヌーヴ監督作品(2016年/米パラマウント映画/116分)

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 『SFマガジン』2025年2月号で、オールタイム・ベストSF海外短篇部門 第1位に選出されたのが、この『あなたの人生の物語』だ。ちなみに第2位もテッド・チャンの『息吹』。宇宙人とのファーストコンタクトSFの傑作で、『メッセージ』のタイトルで映画化されて原作も人気が出た。映画版では、地球上のあちらこちらに降り立った栗山米菓「ばかうけ」そっくりの巨大な宇宙船が大いに話題になった。

 主人公の言語学者ルイーズは軍部からの要請でエイリアン(樽の胴体上部に7個の眼が円形に配置され、下にイカのような長い足が7本伸びているので「ヘプタポッド」と呼ばれている)の言語解析を行う。しかし彼らの音声言語理解はなかなか進まず、文字言語解析に路線変更し次第に解明が進む。一方、物理法則や数学の認識の調査では、速度×時間=距離 といった簡単な数式を彼らは理解できず、微分積分を用いる複雑な公式を瞬時に理解した。彼らの書記体系も複雑で、各表義文字が回転修飾し結合してグラフィックデザインの寄せ集めのように見える。原作では具体的にイメージできなかったこの表義文字だが、映画はそれを見事な映像で表現して見せてくれて感動的だ。

小説では彼女の言語探求と並行して大切な一人娘との思い出がランダムに挿入される。ただ彼女のモノローグは気象予報士のような物言いで何かが変だ。さらに小説では光の屈折を表す「フェルマーの最小時間の原理」の解説部分が一番の読みどころなのだが、映画には一切出てこない。つまり光は出発時にあらかじめ到達地点が判っているということ。

ヘプタポッドの文字も同様で、結論は始めからあって、その目的のために全体の文字が配列されるのだ。われわれ人間は、因果論的な直線的考え方(原因→結果、過去→未来)しかできないが、彼らには原因も結果も過去も未来もなく、この世界を円環のように包括的に一度に理解しているのだった。つまり、トラルファマドール星人の世界観と同じという訳だ。そこには未来を変えて行く自由意志は存在しない。何故なら未来はすでに決定事項なのだから。

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4)おわりに

 先日92歳で亡くなった谷川俊太郎の第一詩集『20億光年の孤独』のなかに、彼が18歳の時に作った「かなしみ」という有名な詩が載っている。教科書的な解釈では、大人の階段を昇るうちに子供の心を失ってしまったことにふと気付いた「かなしみ」となるが、亡くなってからもう一度読んでみたら違って響いた。

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 谷川さんは18歳の「いま・ここ」で、自分が生まれてから死ぬまでを一瞬のうちに感知してしまったのではないか。トラルファマドール星人みたいに。もっと言えば、宇宙のはじまりから終わりまで「いま・ここ」と同等に連続していることが自分だけに判ってしまった孤独感、どうにもならない自由意志の喪失感が「かなしみ」だったのではないだろうか? そう思ったのだ。

2024年11月 4日 (月)

NHK朝ドラ『虎に翼』が終わって

長野医報11月号「あとがき」(掲載版でなく、改訂前のロングバージョンです

広報委員 北原文徳

 

■NHK朝ドラ『虎に翼』が終わってしまいました。

 桂場役の松山ケンイチさんは、本篇放送中は思う所があり一度もドラマを見なかったそうですが、最終回2日後の9月29日

「沙莉ちゃんに見てくださいと言われていたのでここに見た証として感想を乗っけながら最終回まで見ます」

とX(旧ツイッター)で宣言し、第1回から視聴感想を連続ポストし始めました。これがまた面白いのです。「初見の感想からしか得られない栄養がある」というオタク界の格言があるのだそうですが、なるほど上手いことを言いますね。

■ぼくが好きな回は、5月24日(金)放送の第40回です。夫の優三(仲野太賀)に赤紙が来て、寅子(伊藤沙莉)とふたり河原で弁当を食べるシーン。

 優三が言います「寅ちゃんができるのは、寅ちゃんの好きに生きることです。また弁護士をしてもいい。違う仕事を始めてもいい。優未のいいお母さんでいてもいい。僕の大好きななにかに無我夢中で、なにかを頑張ってくれること。いや、やっぱり頑張らなくてもいい。寅ちゃんが後悔せず、心から人生をやりきってくれること。それが僕の望みです」と。

 これって、日本国憲法第13条そのものです。憲法に詳しい伊藤真弁護士は、第13条について

みんなの個性を大事にすること。みんな違っていいし、違うことが素晴らしいのだと認め合い、どうやってみんなで一緒に生きていくかを考えようということ。また、自分以外の人たちにも同じように価値があるのだから、大事にしようということ。

人は何かの役に立つから価値があるのではなく、存在するだけで価値がある。豊かな人も貧しい人も、健康な人もハンディキャップを負っている人も、人種も宗教も性別も一切関係なく、人間として生まれた以上はかけがえのない価値がある。

 と解説しています。

 生きにくいのは決して自己責任ではないのです。誰もが生きやすい社会のために必要な福祉や教育、人権を国や地方行政が保障するのは当然であり、われわれも「いつか自分も同じ立場になるかもしれない」と考え、少数派・弱い側にいる人への共感や想像力をもっと高めて行かねばならないと強く感じたドラマでした。

 次号の特集は「山に思う」です。どうぞお楽しみに!

2024年7月28日 (日)

伊那のパパズ絵本ライヴ(その 141 )飯島町図書館 2024/07/28

■今日の午前中は、飯島町図書館のイベント「おはなしの森 夏休みスペシャル」に呼ばれて4人で絵本を読んで来ました。子供たちの反応も良くて楽しかったなあ。

【本日のメニュー】

1)『はじめまして』

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2)『このかみなあに? トイレットペーパーのはなし』谷内つねお(福音館書店)→伊東


YouTube: 「どうぶつしりとりえほん」 おはなし絵本237

3)『どうぶつしりとりえほん』薮内正幸(岩崎書店)→北原

4)『かごからとびだした』

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5)『うみやまがっせん』長谷川摂子 文・大島英太郎 絵(福音館書店)→坂本

6)『いっぽんばしにほんばし

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7)『オニのきもだめし』岡田よしたか(小学館)→倉科

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8)『ふうせん』

9)『世界中のこどもたちが』

2024年7月18日 (木)

『あらゆることは今起こる』柴崎友香 著(医学書院 シリーズ「ケアをひらく」)

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(写真をクリックすると、大きく拡大されます)

■濱口竜介監督が映画化した『寝ても覚めても』の原作者で、芥川賞作家の柴崎友香さんは、47歳で ADHD の診断を受け初めてコンサータを内服した後の様子をこう語りました。

「小学校6年生の修学旅行で夜更かしして翌日眠たくて、それ以来1回も目が覚めた感じがしなかったんですが、今、36年ぶりに目が覚めてます」と。

医学書院の名物編集者白石正明さんが編纂した「シリーズ ケアをひらく」には、医学書の範疇に収まらない不思議な本が多く、中でも ASD当事者でドイツ文学を研究する京都府立大学准教授 横道誠氏の『みんな水の中』には驚きました。専門家の解説書とは全く異なり、ASD当事者の感じるこの世界が鮮やかに瑞々しく言語化されていたからです。

横道氏は ASD 自助グループをいくつも立ち上げ、症状の異なる仲間たちと当事者研究を行う中で『発達障害の子の勉強・学校・心のケア』(大和書房)では、親子で当事者研究をやってその子にぴったり合った方法を独自開発することを提唱しています。

柴崎友香さんは横道誠氏が「ASDの人の自伝的な本は何冊も出ているけれど、ADHDの人のそれはあまり見かけない」と書いているのを読み、だったら自分で書いてみようと思い立って医学書院の白石さんに連絡。そして書き下ろされたのが『あらゆることは今起こる』なのです。

白石氏は「発達障害の人は、地続きだからこそ理解されない。定型発達者が私にもあるあるで終わってしまう。『量の違い』が、当事者にとっては大変な違いで、その生きづらさをわかってもらえないことが問題の核心。文筆の人である柴崎友香さんには、その体験世界をできるだけ正確に、なおかつ魅力的に書いてほしかった 」と言います。

実際たいへん面白くて読みやすく、新たな発見が多々ある本でした。ADHD に関して間違って認識していた事柄も多く反省させられました。柴崎さんは物静かで落ち着いた方で多動ではありません。ただ頭の中は常に複数の考えがランダムに流れ続け、外から刺激があるとさらに次々に思い浮かんで、頭の中が多動で混線し、ぼーっとなって逆に動けなくなってしまうのだそうです。

コンサータが作家の創作活動に悪影響を及ぼすことも懸念されましたが、それはないようです。(もう少し続く)

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■上記は『長野県小児科医会会報79号』に投稿した文章です。スペースが限られていたので一番言いたかったことまで書けませんでした。

■横道誠氏は ADHD を伴う ASD という診断を受けましたが、柴崎友香さんは ASD要素も多少ある ADHD という診断なのだそうです。二人似ているところもあるし、またぜんぜん違う感じもする。発達障害と言っても、ひとりひとり全く違って複雑で、教科書どおりの人って一人もいないということがよく分かります。

それから「文章のプロ」が書いた本は読んでいて内容がすっと入ってきます。例えば29ページ。喘息発作で夜中一人起きていて、気が付くと夜明けになって、市営住宅9階の部屋から外を眺める場面が美しくとても印象深い。

とはいえ、ぼくは今まで柴崎友香さんの小説を一冊も読んだことがなかった。ただ、作家の保坂和志氏が柴崎友香さんのことを熱烈にプッシュしていたことは知っていました。

保坂和志氏がプッシュして世に出た作家さんに山下澄人さんがいます。山下澄人さんの小説は僕も大好きで、デビュー作『緑のさる』からずっと読んでいて、やはり保坂氏が世に出した磯崎憲一郎さんも『日本蒙昧前史』で初めて読んで驚いたのでした。

それなら柴崎友香さんも読んでみなきゃと、最近ちくま文庫から出た『百年と一日』を手に取ったのです。

たまげました! これは傑作だ。こんな不思議な短編集は読んだことがありません。

超短編の中で、語り手が変わり、時間が経過し、場所も変化するのです。読み終わった読者は、何時しかここではない何処か遠くの知らない国、知らない時代に連れ去られて、ただただぼーっとなってしまうのです。

■そういえば、山下澄人さんの『緑のさる』『コルバトントリ』も視点や時間、場所がくるくる変わって目まぐるしい変な小説であったなあ。

柴崎友香さんのデビュー作『きょうのできごと』(河出文庫)の解説を、保坂和志氏が書いていると聞いて、今日伊那の平安堂へ行って買ってきました。なるほど、さすが保坂さん。実にスルドイ解析が行われています。

「ジャームッシュ以降の作家」と題されたこの解説で、彼女の小説を「不思議な緻密さによって小説が運動している、その緻密ぶりが面白い」と評して、217ページで細かく解説してくれるのですが、正直なんとなくしか分からないです。終盤の部分を引用します。

つまり、未来はもうかつて信じられていたみたいな”特別”なものではない。それを私たちはよく知っている。だから、『ストレンジャー〜』を境にして、フィクションの時間はもう未来に向かって真っ直ぐ進まなくなってしまった。(中略)未来には希望も絶望もないけれど、今はある。見たり聞いたり感じたりすることが、今このときに現に起こっているんだから、フィクションだけでなく、生きることそのものも、過去にも横にも想像力を広げていくことができるのではないか。もしそれが未来に向かったとしても、過去やいま横にあることと等価なものとしての未来だろう。(p220〜221)

■『あらゆることは今起こる』柴崎友香(医学書院)の第4章「世界は豊で濃密だ」では、保坂氏が指摘した彼女の「小説の作り方」の秘密が垣間見えてとても興味深いです。

227ページにはこう書かれています。

「時間軸」と書いてしまうとやはりそこには目盛りが発生してしまうし、堅いしっかりした一本のものというイメージになるので、今、ここにいる私が生きて感じとっている時間とは違っていく。(中略)

中国人が書いた「八岐の園」から引用している文章がある(この、何重にも引用されているところこそ、私にとっての小説という形式の根源に思える)。

「あらゆることは人間にとって、まさしく、まさしくいま起こるのだ、と考えた。数十世紀の時間があろうと、事件が起こるのは現在だけである。空に、陸に、海に、無数の人間の時間があふれているけれども、現実に起こることはいっさい、このわたしの身に起こるのだ……。」

この「無数の人間の時間」は、独立して並行しているのではなく、「このわたしの身」に含まれている。

229ページには、クロスロードで悪魔に「たましい」を売った引き換えに、素晴らしいギター奏法を手に入れたという都市伝説がある、ブルース・シンガー ロバート・ジョンソンの話も出てきて興味は尽きないです。

本のタイトル『あらゆることは今起こる』のことをずっと考えていて「あ、そうか!」と判ったことがあります。

以前読んだ『哲学者とオオカミ』マーク・ローランズ著、今泉みね子訳(白水社)の終盤に書かれていたことです。人間には「時間の矢」があるが、オオカミは瞬間瞬間を生きる。「いまここ」を生きているのだ。柴崎さんは、オオカミ的な時間感覚の中に生きている。そういうことなんじゃないでしょうか?

■追伸:この本の感想を読んでいて、あまり指摘する人はいませんが、「本の左下」に横断歩道を渡る人々の連続写真(最初は横から後半は縦に移動していく)が載っていて、パラパラ漫画みたいで楽しいです。

2024年7月10日 (水)

伊那のパパズ絵本ライヴ 『みのわこどもフェスタ 2024』

■7月7日(日)は、まる1年ぶりの「伊那のパパズ絵本ライヴ」。

昨年に続いて『みのわこどもフェスタ 2024』で呼んでくださったのだ。ありがたい。

【今日のメニュー】

1)『はじめまして』新沢としひこ(ひさかたチャイルド)

2)『せんのはっけん』鈴木康広(かがくのとも 2019年2月号)→伊東

3)『たぷの里』藤岡拓太郎さく・え(ナナロク社)→北原

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4)『かごからとびだした』(アリス館)→うた手遊び(全員)

5)『けっこんしき』鈴木のりたけ(ブロンズ新社)→坂本

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6)『わがはいは のっぺらぼう』富安陽子ぶん 飯野和好え(童心社)→宮脇

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7)『いっぽんばしにほんばし』(アリス館)→うた手遊び(全員)

8)『ちゃいますちゃいます』内田麟太郎ぶん、大橋重信え(教育画劇)→倉科

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9)『ふうせん』(アリス館)→うた(全員)

10)『世界中のこどもたちが』→うた(全員)

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■昨年の7月16日(日)『みのわこどもフェスタ 2023』での絵本ライヴのもようは、ブログにアップするのを忘れてしまっていました! ごめんなさい。

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1)『はじめまして』

2)『おきにいりのしろいドレスをきてレストランにいきました渡辺朋・高畠那生(童心社)→伊東

3)『あっちむいて ほい』中村征夫(こどものとも年少版 2023 7月号)→北原

4)『かごからとびだした』

5)『ぞうさんのおとしあな』高畠純(ポプラ社)→坂本

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6)『カ どこいった?』鈴木のりたけ(小学館)→宮脇

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7)『うんこしりとり』

8)『かばくん』(ひさかたチャイルド)→うた(全員)

9)『オニのサラリーマン じごくの盆やすみ』

   富安 陽子 文 / 大島 妙子 絵(福音館書店) →倉科

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10)『ふうせん』

11)『世界中のこどもたちが』

 アンコール

12)『パンツのはきかた』岸田今日子・佐野洋子(福音館書店)

2024年6月 7日 (金)

  いま再び、山上たつひこ 作画 『光る風』を読む

『長野医報』2024年6月号「特集:こんなマンガを読んできた」が発刊されました。

 6月号は県医師会広報委員のぼくが編集担当で、テーマもぼくが決めました。マンガのことならぜひ原稿を書いて頂きたいと考えていた、岡谷の小野先生、松代の池野先生、伊那の高橋先生、北原先生には僕から直接電話で執筆をお願いし、快く承諾を頂いて期待以上の力作が集まりました。感謝感謝です。充実した特集になって、ほんとよかったでした。

 じつは僕も原稿を書いたのです。それを以下に転載させていただきます。

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いま再び『光る風』を読む

上伊那医師会 北原文徳

 

 『光る風』は、近未来の日本を舞台に繰り広げられる、ただただ暗いディストピア漫画です。作者は『がきデカ』で一世を風靡した山上たつひこ。「こまわり君」という破壊的ギャグ漫画キャラクターを発明した同じ作者の作品とは到底信じられない、真面目で社会風刺精神に満ちたポリティカルSF漫画なのです。

 『光る風』は 1970年の4月から11月まで「週刊少年マガジン」に連載されました。同時期に連載されていたのが『巨人の星』梶原一騎・川崎のぼる、『あしたのジョー』梶原一騎・ちばてつや、『アシュラ』ジョージ秋山、『無用ノ介』さいとうたかお、『ヤスジのメッタメタガキ道講座』谷岡ヤスジ、『リュウの道』石森章太郎です。赤塚不二夫の『天才バカボン』は当初「少年マガジン」で連載されていたのですが、この時期だけ何故か「少年サンデー」に移籍連載されています。

 

 物語は、近未来の日本。東北の寒村沖合の人工島「出島」に隔離幽閉された藻池村の奇形児たちが夜通し繰り広げる「異形祭」のシーンから始まります。漫画連載当時、水俣病やイタイイタイ病などの公害病が大問題になっていました。

 主人公の六高寺弦(17歳)は、先祖代々軍人の家系の次男で、父親は元国防隊陸将、長男はこの年国防大学を卒業した国防隊のエリート幹部防衛官。しかし弦は父兄に反発しドロップアウトします。

 日本は、国家による徹底した管理・監視社会が進み、言論統制が成され、異端・反逆分子は特務警察や憲兵隊によって徹底的に抹殺されました。また、アメリカがカンボジアへ侵攻したのに伴い、政府は「国連協力法案」を作成し

「国連が世界の平和および安全の維持または回復のために軍事力の行使を必要と認め、そのための措置を決定した場合は、政府は国防隊を含めた人員、労力の提供、飛行場、港湾その他基地の提供、物資輸送手段の提供などを行うことができる」

とし、国連軍への参加は憲法に違反せず国防隊法の一部改正で可能という判断で法案を通し、国防隊のカンボジア派兵が決定。弦の兄も出征します。

 

 ぼくはこの漫画を断片的にですがリアルタイムで読んでいます。小学6年生でした。1970年は大阪万博があった年で、夏休みに千里ニュータウンの伯母の家から万博会場へ通いました。日米安保条約は自動更新され、東大安田講堂陥落から学生運動は消退気運に転じ、赤軍派による日航機よど号ハイジャック事件以降、国際的武装革命集団へと先鋭化、あるいは党派間の内ゲバ抗争・殺人へと内部に沈潜して行きました。そして、この年の11月25日に三島由紀夫が市ヶ谷の自衛隊東部方面総監部にて割腹自決。1972年2月19日、連合赤軍あさま山荘事件が起こり政治の季節は終わりを迎えました。

 

 当時ぼくは兄が買ってきた「少年マガジン」を『巨人の星』目当てに読ませてもらっていて、ある時『光る風』を見つけ「何だこれは!?」とビックリしたのです。今でも鮮烈に憶えているページの「コマ」が3つあります。

 政府はカンボジアへの補充戦力として収監中の政治犯300人と「出島」の男たちを招集し戦地へ送り込みます。フリースタイル版『光る風』230ページ。出島に乗り込んで来た国防隊特務班の兵士たちが火星人みたいな容貌の異形の者「堀田」を発見した場面。堀田らは密かに武器を集め反乱を計画していました。

 堀田は主人公の弦に言います「きみたちのように“正常”な人間として生まれ“正常”な環境で育った人間と、おれたちのように奇形人としてこの世に生まれてきたものとでは平等という言葉の感覚そのものが違うんだよ」「わかるか。さっき俺が言った破滅的とさえいえる革命観をささえるものは、困窮からくる絶望感なんだよ!」と。先だって改めてこの部分を読んだ時「まるでガザ地区のパレスチナ人じゃないか!」そう思いました。

 2つ目は、同374ページ。憲兵隊に逮捕された弦は、拷問を受け収容所へ移送されます。囚人たちは米軍の機密建築工事に従事し、完成したあかつきにはみな抹殺される運命にありました。弦たち二人は便所からの脱獄を試みます。このシーンが凄まじい。脱獄といえば、映画『大脱走』か『ショーシャンクの空に』を思い浮かべますが、ぼくは『光る風』が一番です。

 3つ目が、同414ページ。衝撃的でした。弦の兄は負傷兵として戦地から生還します。ただし、映画『ジョニーは戦場へ行った』もしくは江戸川乱歩の『芋虫』状態で。この次の章「暴走列島〔12〕」は「ビッグコミックオリジナル」戦後70周年増刊号(2015年8月30日刊)に特別収録されました。

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 戦後80年を迎えようとする現在、みんなすっかり親米従属に慣れ親しんで、日本はまるでアメリカの51番目の州であるかのようです。だから逆に、六高寺弦の父親や憲兵隊の天勝大尉が示す強烈な反米感情に今の若者たちは違和感を覚えるかもしれません。でもですよ、もしもトランプが次期大統領に当選したなら、アメリカはまず間違いなく「この漫画」と同じ態度で従うことを日本に要求してくるでしょう。いまから覚悟しておいたほうがよいかもしれません。

 最後に『光る風』の巻頭扉に書かれた言葉を紹介してお終いにします。

 

   過去、現在、未来 ------

   この言葉はおもしろい

   どのように並べかえても

   その意味合いは

   少しもかわることがないのだ

2024年5月14日 (火)

カーティス・メイフィールド『new world order』を聴く(その2)

昨日の続きです。 内容は、以下の記事からまとめたものです。

 30 Years Ago: Curtis Mayfield Paralyzed During an Outdoor Concert

■民主党上院議員マルコヴィッツが、野外ステージに登壇した。

「みなさん!カーティス・メイフィールドをご紹介します。私は興奮してゾクゾクしてきました!」

その瞬間、会場に「大きな突風」が吹き荒れた。巨大なスピーカーがぐらつき始め、観客の列が散り散りになったが、マーコウィッツは続けた。「Ladies and gentlemen,  Curtis Mayfield !」

カーティスがステージに上がったその時、時速54マイルにもなる「2度目の爆風」が頭上の巨大な金属製リグを揺り動かし、スピーカーがステージから吹き飛ばされ、照明トラスが倒れた。トラスからステージ照明が外れて上から落ちてきて、そのうちのひとつがメイフィールドの首の後ろを直撃し、彼は崩れ落ちた。この日、12歳の少女を含む少なくとも6人が負傷したという。


メイフィールドは動けなかった。腕も足も使えない状態で救急車を待った。その時、ようやく雨が激しく降り始めた。少なくとも最初は、メイフィールドがいずれ回復するかもしれないという希望があった。しかし、キングス・カウンティ・メディカル・センターの医師はその後、メイフィールドが首の第3、4、5頸椎を骨折していることを伝えた。医師たちは、メイフィールドは歩くことも、ましてギターを弾くこともできないだろうと確認した。このとき彼はまだ 48歳だった。

・・

■検索したら「本と奇妙な煙」というサイトに、雑誌『Cut』1994年5月 Vol.30 に載ったカーティス・メイフィールドのインタビュー記事が再録せれていた。

――あの事故が起きた夜のことで何を覚えていますか。


「あんまり話せることはないんだよ。(略)わたしは野外ステージの裏の階段を昇っていった。昇り切って、3歩か4歩歩いて、その次に気がついたときには床に転がっていた。ギターもどっかに行ってしまってて、靴も履いてない、眼鏡もない、そして体がまるっきり動かなかった。みごとに伸びてたんだよ。にっこり笑ってステージに向かっていったその次の瞬間には、まっすぐ夜空を見つめてた。雨が降り出してたなあ。


 すべてめちゃくちゃになっていた。動かせるのは首だけだった。自分がどうなってるのかと見回してみると、ぬいぐるみみたいに床の上でぶざまに寝そべっているんだよ。もちろん目は開けたままでいた、目を閉じたら死ぬんじゃないかって気がしたのさ。みんなが来てわたしを運んでくれた。病院はすぐそこにあった。どこまで深刻な状態なのか自分ではわからなかった、生きるか死ぬかもね。……どこがどうしてどうなったのかまるでわからなかった」


――いまはどんなリハビリを行っているんでしょうか。


「正直に言うと何もしていないんだよ。ただ 単に、リハビリのしようがないからだがね。わたしが完全に寝たきりにならないようにと家族が手足のストレッチをさせてくれる。できるだけ体が固くならないように。でもどこも丈夫なんだよ、麻庫してるだけで。どこかのいいお医者がいつか魔法のような方法を見つけて、麻痺した部分を生き返らせてくれるかもしれない。そういうことが起こらないかぎり、おそらくわたしはこのままで死ぬんだろうね。

・・

■頚椎損傷で四肢麻痺に陥っても、いま現在の最先端医療でなら神経細胞の再生医療によって再び歩けるようになることも可能になった。しかし、カーティス・メイフィールドは事故後もう二度と歩くことも、ギターを弾くための手を動かすことも叶わなかったのだ。ただ、自ら作詞作曲して歌うことだけは、まだできた。

■それから6年後の 1996年。『new world order』は制作されたのだった。

車椅子に座った状態では声が出ないため、カーティスはスタジオで仰向けに横になって、しかもワンフレーズずつ細切れで歌を収録したという。CDで聴くかぎり、彼の魅力的なファルセット・ボイスは健在だし、しっかり声も出ていて、とてもそんなスタジオ収録場面を想像することはできない。

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■以上のような事情を知った上で、改めて「Back To Living Agein」を聴くと、ぜんぜん違って彼の歌声が心に響いてくるのではないか。

曲の後半、バックコーラスにかつての朋友アレサ・フランクリンが参加して歌声を披露する。そして、曲が終わった最後に、アレサ・フランクリンの励ましの声が収録されているのだ。

「 Go Ahead MAYFIELD ! 」

■しかし、持病の糖尿病が悪化して足の動脈がつまり、1998年には右足を切断。翌年のクリスマスの次の日(1999年12月26日)57歳の若さで帰らぬ人となった。

・・

・・

カーティス・メイフィールドが作詞作曲したインプレッションズ時代の代表曲「People Get Ready」(1965) を、1985年に ロッド・スチュアートとジェフ・ベックがカヴァーしヒットしたおかげで、経済的に苦境にあったメイフィールドはずいぶん助かったそうだ。事故後の療養費用にも印税が役だったという。


YouTube: Jeff Beck, Rod Stewart - People Get Ready


YouTube: The Impressions - People Get Ready  1965 歌詞 対訳

2024年5月12日 (日)

カーティス・メイフィールド『new world order』を聴く

■落ち込んで心が弱っているときに聴きたくなる音楽は、ぼくの場合、決して明るく元気が出る曲ではない。そう、例えばビリー・ホリデイの『レディ・イン・サテン』4曲目の「I get along without You very well」。最晩年の録音で彼女のからだはボロボロ、その声は老婆のようだ。でも、ビリーは乙女の気持ちで唄っている。そして優しく包み込むように、すべてを許してくれるのだ。


YouTube: I Get Along Without You Very Well

それから、ニーナ・シモン『ボルチモア』2曲目「Everything Must Change」


YouTube: Nina Simone-Everything Must Change

■彼女ら2人にはずいぶんと助けられてきた。とことん落ち込んで底の底まで沈んで行って、まっ暗やみの遙か彼方から微かな希望の光が差してくる。そういった音楽たちを、ぼくはとっても大切にしている。

 最近、新たな仲間が加わった!

安価な中古盤で入手した、カーティス・メイフィールドの『new world order』(1996年) だ。

1曲目のタイトル曲から全曲素晴らしい。アルバム全体に通底するのは深い悲しみと諦観なのだが、でも違うんだよ。彼は決して諦めてなんかいないのだ。


YouTube: Back to Living Again

■アルバム3曲目「back to living again」は、わりと明るい曲調で歌詞も前向きだ。ライナーノーツには、この曲の一節を使って、カーティス・メイフィールドのメッセージが以下のように載っている。

" Now is always the right time

  With something positive in your mind

  Whenever something pulls you down

  Just get back up and hold your ground "

        To all my old and new fans,

        thank you for caring and sharing my music.

                     - Curtis Mayfield

■ソウル界の女王 アレサ・フランクリンが、低迷した1970年代後半から見事に復活した1980年代。同じくソウル界のレジェンド、カーティス・メイフィールドはすっかり過去の人として忘れ去られようとしていた。

1990年8月13日。新作アルバムを出して再起を賭けていたカーティス・メイフィールドは、民主党上院議員のマーティン・マーコウィッツが、有権者への感謝を込めて毎年ニューヨーク・ブルックリンのウィンゲート・フィールドで開催している「野外コンサート」に招聘され、ヘッドライナーとして出演することになった。

ところが、この日は会場に嵐が近づきつつあり、でも既に1万人もの観客が会場に向かっていたので、主催者のマーコウィッツはコンサートの中止を渋り、カーティス・メイフィールドの出演時間を前倒しにしてコンサートを強行したのだった。

(まだまだ続く)

2024年2月 4日 (日)

今月のこの一曲 「貝殻節」

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■伊那市民会館に「西岡たかしコンサート」を聴きに行った時、僕はまだ中学生だったように思う。西岡さんが五つの赤い風船を解散して、ソロ活動を始めた時だから、1973年 かな。

「血まみれの鳩」「これが僕らの道なのか」「もしもボクの背中に羽根が生えてたら」「まぼろしの翼とともに」「遠い世界に」といった『五つの赤い風船』の代表曲と共に「ジャンジャン町ブルース」「満員の木」「大阪弁」などの新曲も歌ってくれた。

ただ、この日ぼくが一番印象に残った忘れられない曲は、鳥取県民謡を彼がアレンジし哀感を込めて唄った『貝殻節』だったのです。何て悲しくて美しいメロディだろう!そう思いました。


YouTube: 五つの赤い風船「貝殻節」

■ところが最近「民謡クルセイダーズ」が演奏する『貝殻節』のプロモーションビデオを見てたまげてしまいました。なんと! サルサじゃん。これはミスマッチなんじゃないの? って最初はちょっと否定的な感想を抱いたぼくでしたが、聴き込むうちに、これもありかな。いいじゃん!と変化した次第。

PVよりも、2022年10月15日「多摩あきがわLiveForest」でのライヴ演奏が好きです。


YouTube: 民謡クルセイダーズ「貝殻節」ライブ@多摩あきがわLiveForest自然人村「トーキョーマウンテン"森と踊る”」

■YouTubeを検索していたら、もっと凄い「貝殻節」を発見したぞ。なんと!坂田明、ジム・オルーク、山本達久のトリオによる、迫力のパンク・フリージャズだ。2015年6月29日(月) 盛岡「すぺいん倶楽部」にて収録。坂田さん、カッコイイなあ。


YouTube: sakata/O'Rourke/yamamoto / 貝殻節

■本家の民謡以外でも、いろんなヴァージョンが存在する『貝殻節』だが、そうは言ってもぼくが一番好きなのは、浜田真理子さんが唄う「貝殻節」だ。儚なさと哀愁の中に冬の日本海の荒々しさが目に浮かぶような迫力も感じる歌声。ほんと凄いです。


YouTube: 貝殻節/浜田真理子/鳥取県民謡/東京文化会館小ホール

2023年7月10日 (月)

映画『こちらあみ子』を観て思ったこと

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■ じつに8ヵ月ぶりの更新です。『長野県小児科医会会報 77号』の編集が終わりようやく校了した。フライングになってしまうけれど、「会報77号」に僕が書いた文章(一部改変あり)をこちらに転載させていただきます。会報の発行部数は220冊。一般の人は読むことができない冊子なのでどうかお許し願います。

■2023年1月18日、休診にしている水曜日の午後、伊那市東春近「赤石商店」の土蔵を改装した「映画館」で 2022年7月公開の日本映画『こちらあみ子』を観ました。すごい映画を見た! そうは思ったものの、感想をすぐに文章にすることができず、ずっと「この映画」のことを考え続けていて、ようやっと書き上げた文章です。

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映画『こちらあみ子』を観て思ったこと  北原こどもクリニック 北原文徳

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 下校のチャイムが鳴って、教室から小学生たちが一斉に外へと駆け出す。珍しい構造の校舎で、廊下はマンションのような外廊下だ。カメラは校庭から4階建ての校舎を正面に捉え、まるでマスゲームのような子供たちの動きを遠景でフレームに収める。傑作を予感させる映画『こちらあみ子』のファースト・シーンだ。外廊下へと移動したカメラは、遠ざかって行く子供たちに逆らってカメラに向かって近づいて来る1人の少女を映し出す。何か言っている。「ねえ、のり君知らん?」主人公あみ子(11歳)だ。

 芥川賞作家 今村夏子の衝撃のデビュー作『こちらあみ子』を新人監督の森井勇佑が原作をほぼ忠実に映画化したこの作品は、昨年度キネマ旬報ベストテン第4位を獲得し、映画通で知られるライムスター宇多丸氏が2022年のベストワンに挙げた評価の高い映画だ。

 瀬戸内の美しい海をバックに、ちょっと変わった小学5年生の少女が広島弁で大活躍するほのぼのとしたファミリー映画かと思ったら大まちがい。じつは自閉スペクトラム障害(ASD)に軽度知的障害(境界知能?)を伴った女の子の「当事者」目線で描かれた世界が、見事に活写された映画なのだ。(ただし、原作も映画も彼女の障害名への言及は一切ない)

 例えば過剰な音。母親の書道教室を襖のすき間から覗き見していて偶然のり君と目が合い一目惚れするあみ子。思わず手に持つトウモロコシを握り締めると、ボタボタと音を立てて大量の汁が畳を濡らす。あり得ない。でも彼女の感覚ではそうなのだ。真夏の炎天下、母親が退院してくるのを玄関先でじっと待つあみ子。顎の先から止めどなく滴り落ちる汗が、焼けた道路に落ちてジュッという。あり得ない。

 帰ってきた母親は、あみ子の顔を両手で挟んで執拗に撫でくり回す。触られることが嫌で嫌でたまらない感じがリアルに伝わってくる。あみ子がずっと気になって仕方のなかった母親の顎のホクロも、大きくなったり小さくなったりするぞ。

 自分の心と他人の心が違うことが分からないあみ子だから、良かれと思って取った行動がことごとく周囲を傷つけ、母親も父親も優しかった兄も、のり君さえも次第に壊れてゆく。「応答せよ!応答せよ!こちらあみ子」と、誕生日にもらったトランシーバーに向かって彼女が何度呼びかけても誰からもどこからも応答はない。 

 プレゼントの使い捨てカメラであみ子が家族の記念写真を撮る場面も印象的だ。小津安二郎の『麦秋』や候孝賢『悲情城市』でも、家族がバラバラになってゆくのを惜しむように記念写真を撮るシーンが映画の終盤に出てくるが、この映画ではメインタイトルが出たあと、あみ子が1人キッチンで天井に夏みかんを投げる場面からのワンショット長回しに続いて早くも登場する。しかも写真はちゃんと撮られないまま終わる。何かこの後の展開を象徴しているかのように。

 映画の中盤からあみ子を悩ませる音。「コツコツ、ぐる、ササササ、ぼぶぼぶ」2階の自室ベランダから聞こえてくるこの正体不明の奇妙な音は、次第にどこにいても聞こえてくるようになる。「霊のしわざじゃ。幽霊がおるんじゃろ」坊主頭の男子にそう言われて、あみ子は「ある歌」を大声で歌うことで頭の中から奇妙な音を消し去ることに成功する。

 歌いながら音楽室に行くと、壁に掛かった額の中からゾンビになった歴代校長先生にモーツァルトやバッハ、トイレの花子さんまで出てきてあみ子に取り憑き、行列になって行進する。現実逃避したあみこが一人ファンタジーの世界に没入するシーンだ。この何とも楽しい場面は原作にはない映画オリジナル。あとで幽霊たちは再度登場し遠く海上からあみ子に手招きする。自死への誘惑では?という感想をネットで読んだが違うと思う。空想の中だけで生きて行けばそれもいいじゃん、ということなのではないか。

 原作の小説では、あみ子が10歳の誕生日から中学卒業後まで描かれるが、映画は2021年夏の1ヵ月間でクランクアップし、主演の大沢一菜(10歳)が一人で演じた。だから彼女が中学の制服を着るとちょっと不似合いで、幼さが際だってしまう。でも逆に発達障害児と定型発達児の差異が視覚的に露わになったとも言える。残酷なものだ。このあたりから後半は映画を見ていて正直辛くなってくる。

 ここで大切なことは「発達障害児だって発達する」という事実だ。もちろん障害が消失する訳ではない。努力して補うようになるのだ。中学生になったあみ子は、学校で自分だけ一人浮いていることに気付いている。学校は行きたい時だけ行き、久々に登校したら下駄箱の上履きがなくなっていて、仕方なく裸足で過ごす。守ってくれる兄もいない。唯一のアジールは保健室だ。

 雨の日に映画『フランケンシュタイン』(1931年版)をビデオで見るシーンがある。ビクトル・エリセ監督の映画『ミツバチのささやき』の冒頭、村の移動映画館で少女アナが魅せられる映画だ。異物として排除される怪物の哀しみ。

 原作は三人称一視点で書かれているため、読者はあみ子に感情移入しやすい。しかし映画だとカメラはあみ子だけの視点にならない。『鬼滅の刃』みたいに主人公が自分の気持ちをモノローグで説明することはしないから、映画の観客の中には「のり君視点」であみ子に(この映画自体に)強烈な拒絶反応を示す人もいるだろう。

 終盤に野球部で坊主頭の男子がもう一度登場する。あみ子は何故かこの男子とはコミュニケーションが成立するのだ。その証拠に二人の会話は通常のカットバック手法で撮影されている。あみ子が訊く「どこが気持ち悪かったかね」「おまえの気持ち悪いとこ? 百億個くらいあるで! いちから教えてほしいか? それとも紙に書いて表作るか?」「いちから教えてほしい。気持ち悪いんじゃろ。どこが?」 教えてやれよ!坊主頭。

 この映画の問題点を挙げるとすれば、原作者や監督が子供時代の話ならともかく、いま現在の設定(書道教室で生徒が二人Nintendo Switchを取り出す)だと、絶対にあり得ないということだ。   

 令和の日本なら、あみ子は小学校入学前に就学指導委員会で取り上げられ、その後の教育支援体制が確立されているはずだし、本人や家族への生活ケア・医療面での援助も当然すでに行われているに違いない。それを知りながら観客をミスリードした罪は大きい。このことを厳しく批判した文章を、成人になった当事者として映画を観た nohara_megumi さんが、2023年3月27日のブログに「映画『こちらあみ子』と発達障害(概要篇)」というタイトルでアップしている。これは必読。

 とは言え、ASD当事者がこの人間社会をどのように感知しているのかをリアルに示した文芸作品は今まであまりなかったから、その点は評価してよいと思う。自閉症の人が登場する映画はたくさんある。『レインマン』(1988)『ギルバート・グレイプ』(1993)『旅立つ息子へ』(2020) などなど。ただ、いずれも弟として兄として父親として当事者に接する側のストーリーだ。

 当事者自らが自分の内的世界を文章で表現した例で有名な著作は、『我、自閉症に生まれて』テンプル・グランディン(1986)、『自閉症だったわたしへ』ドナ・ウィリアムズ(1992)、日本では『自閉症の僕が跳びはねる理由』東田直樹(2007)が主たるところか。僕は、脳神経科医のオリヴァー・サックスがテンプル・グランディンにインタビューした『火星の人類学者』(ハヤカワ文庫)を読んで知った。

「彼女は人間どうしの言葉にならない直感的な交流や触れあい、複雑な感情やだましあいが理解できない。そこで、何年もかけて『厖大な経験のライブラリー』をつくりあげ、それをデータベースとして、ある状況ではひとがどんなふうに行動するかを予測している。まるで火星で異種の生物を研究している学者のようなものだ」(p402)

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 テンプル・グランディンは人間が相手だと緊張と不安に苛まれるが、家畜には愛情と安らぎを覚え、その動物がなにを感じているか直感的に判るという。そして彼女は動物心理学、動物行動学のコロラド州立大学教授になった。

 「絵本」に登場するのは、たいてい擬人化された動物たちだ。二本足で立って服も着て、日本語を話している。なぜ人間ではなく、わざわざ動物に変換する必要があるのか? 『絵本論』瀬田貞二(福音館書店)にはこう書かれている。

「子どもは、なぜ動物が好きか、また動物文学が好きか。この質問に対してフランスのすぐれた児童文学者ルネ・ギョーが、明快にこう答えています。『子どもは、大人たちのなかにはいっていくよりも、ずっとずっと、動物のなかにはいっていくほうが、安心がいくんだ』まさにそうなのです。安心がいくからです」(p64) 僕はこの「安心がいく」が今ひとつ分からなかったのだが、『火星の人類学者』を読んで、なるほど!と初めて合点がいった。5b435c3a2a31419ca99b1e19081327c1__c  司馬遼太郎が昭和51年〜54年に新聞連載した小説『胡蝶の夢』の主人公、島倉伊之助(司馬凌海)が典型的なASDとして詳細にリアルに描かれていることは案外知られていない。幕末の日本で蘭方医療を先導したのは、大阪の緒方洪庵率いる適塾と東国では佐藤泰然の佐倉順天堂であった。泰然の息子、松本良順に弟子入りした伊之助には天才的な語学習得能力があり、長崎医学伝習所でオランダ人医師ポンペが行う講義を瞬時に理解し仲間に再度講義した。しかし奇行や人間関係のトラブルが相次ぎ、良順に破門されてしまう。

ASDの概念を知る由もない司馬遼太郎が伊之助をビビッドに描けたのは、彼の近くにモデルとなる人物が実際にいたからに違いない。もしかすると、司馬遼太郎自身にその傾向があったのかもしれない。「適塾」の塾頭だった村田蔵六(大村益次郎)の生涯を描いた『花神』は昭和44年〜46年に朝日新聞で連載された。僕は未読だが、村田蔵六もまさしくASDであったという。

 あみ子は左利きだ。アイザック・ニュートンもルイス・キャロルも、ベートーベン、グレン・グールドも左利き。エグニマ暗号を解読し思考型コンピュータの出現を予言したチューリング、それにビル・ゲイツも左利き。イーロン・マスクはASDであることを公言したが「自分は左利きではない」と言っている。あみ子は見事な連続側転を披露する。でもASDの子はそんなに運動神経よくないよ。

 近ごろは大人のASD当事者や同伴者による書籍・マンガであふれている。それだけ世の中の認知度が上がった証拠だ。しかし、SNSで呟かれる映画『こちらあみ子』の感想を読むと、まだまだ誤解や無理解だらけなことにショックを受ける。nohara_megumi さんの悲痛な訴えは実にもっともな話だ。「ボクシングもはだしのゲンもインド人も、もうしないって約束できますか?」という、尾野真千子の説教にも正直笑えない。

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 最近出た本で、これは!と思ったのが『凸凹あるかな?わたし、発達障害と生きてきました』細川貂々(平凡社)。ベストセラー『ツレがうつになりまして。』で知られる漫画家は、子供の頃から何事も「フツウ」にできない生きづらさを感じ、まるでジャングルの中をさまよっているような人生を送ってきた。彼女は48歳になって初めて自分が発達障害だと知る。幼児期から現在まで順を追って著者の経験談が四コマ漫画で具体的に丁寧に描かれ、読者もいっしょに追体験することになる。これがいい。さらに、同じ生きづらさを抱えた仲間たちのエピソードも載っていて、みな微妙に違っていることがよく分かる。大人になった「当事者」にとっては大きな救いと安心が得られるのではないか。

 前述のテンプル・グランディンは、講演の最後をこんな言葉でしめくくっている。

「もし、ぱちりと指をならしたなら自閉症が消えるとしても、わたしはそうはしないでしょう ---- なぜなら、そうしたら、わたしがわたしでなくなってしまうからです。自閉症はわたしの一部なのです」(『火星の人類学者』p391)

 映画のラストシーン。あみ子が遠く海を見つめ浜辺に凜として立つ姿を見て、僕は同じ決意を感じた。

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