2017年5月19日 (金)

映画『牯嶺街少年殺人事件』エドワード・ヤン監督作品をみた

■映画とは、本来、真っ暗な映画館のスクリーンに向かってたった一人、その観客はこれからの上映時間を「この映画」に捧げることを覚悟のうえスクリーンと対峙するものであった。少なくとも、ぼくが映画を見始めた頃はそうだった。

まずは闇だ。映画は闇から始まることになっている。

斉藤耕一『旅の重さ』のファースト・シーンを見よ。


YouTube: 旅の重さ

■この、真っ暗な闇に、縦に白い光が差し込む瞬間が映画の始まりなのだ。ちなみに、このシーンは、ジョン・フォード監督作品『捜索者』へのオマージュとなっている。このことを教えてくれたのは、当時映画雑誌『リュミエール』編集長だった、蓮実重彦氏。


YouTube: 捜索者(プレビュー)

「リュミエール」とは、フランス語で「光」という意味だ。ただ、世界で初めて「映画」を発明した兄弟の名前が、偶然にも「リュミエール」であったことが全てを象徴しているのかもしれない。

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■映画雑誌『リュミエール』の最終号(vol.14 / 1988年冬号)は、どうしても棄てられなくて未だに持っている。エドワード・ヤン監督のことは、同じ台湾出身の映画監督、ホウ・シャオシェンと共に、この雑誌を通じて蓮実重彦氏から教わった。

ただ当時、侯孝賢(ホウ・シャオシェン)の映画は何本か観たが(『恋恋風塵』『童年往事』『非情城市』)何故か楊徳昌(エドワード・ヤン)監督の映画には触手が伸びなかった。当時は1本も観てないのだ。バカなことをしたものだ。どうして観に行かなかったのだろう? 


2017年5月12日 (金)

ラジオを聴いていて、個人的関心事項がいきなりシンクロした瞬間がうれしい。『All The Joy』Moonchild


YouTube: Moonchild - 'All The Joy' (Official Video)

■GWは、4月30日(日)に守屋山(1651m)を登りに行った。初めて登ったんだ。今年は近くの里山登山をすることに決めていて、守屋山は、その第一弾というワケだ。高遠町片倉を超えて立石登山口より登攀開始。国道右側に駐車場があって、アクセスは抜群だ。巨石群を巡りながら、1時間10分で頂上に到達。疲れた。汗ビッショリ。でも、山頂からは 360度の展望が望めるのだ。これには感動したな。

写真は、守屋山山頂からの南側の眺め。左端は仙丈ヶ岳(3033m)、真ん中に北岳(3193m)、右側は間ノ岳(3189.5m)。さらに右には塩見岳(3047m)が連なる。

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■登山口まで車で乗り付ける途中に聴いてきた FMカー・ラジオから、久々に聴いたのが、土岐麻子『TOKI CHIC RADIO /トキシック・ラジオ』だ。子供が小学生だった頃は、日曜日といえば毎週朝から車で外出していたから、土岐麻子のこの番組(2009年10月放送開始。FM長野では、毎週日曜日の朝9:30〜。地方局のみの放送で、収録している東京FMでは何故か放送されていない)は以前はよく聴いていたのだ。

この日の特集は「G・W・ニコル」GW特別「いやし空間特集」だった。

で、土岐麻子さんが選曲してFMラジオで流したのが、この曲「All The Joy」Moonchild だったのだ。車で聴きながら「あっ! この曲知ってる。CDでさんざん聴いたぞ」と思ったのだが、その日は「どのCD」で聴いたのか、よく思い出せなかった。

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■で、暫くして思い出したのがこのCD。『フリー・ソウル〜2010s・アーバンジャム』の、17曲目だ。去年はさんざん聴いてきたCD。「この曲」は、聴きながら「土岐麻子みたいなヴォーカルだなぁ」って思っていたんだよ。土岐さん自身もそう思ったのかなぁ。不思議なシンクロ。なんだか嬉しくなったんだ。

このCDには、ジャネット・ジャクソンをはじめ、エリカ・バドゥ、コリーヌ・ベイリー・レイなど、ネオ・ソウル界ベテラン女性歌手の新譜が収録されていることに加え、ルーマーとか KING とか要注目の新人も多数ピックアップされている。Moonchildも、そんな一つだった。

■ラジオといえば、5月4日(木)の午前中、NHKラジオ第一『すっぴん!』が渋谷で公開放送していて、金曜日レギュラーの高橋源一郎氏と、月曜日レギュラーの宮沢章夫氏が「大人の恋」をテーマに、それぞれ「オススメの一冊」を紹介し合っていて(ビブリオバトルの感じで)面白かった。

演出家である宮沢さんは、チェーホフの『三人姉妹』を、離婚を繰り返し、幾多の修羅場を経験されてきた高橋源一郎さんは、島尾敏雄『死の棘』。なんか、笑ってしまったよ。

さらに、5月5日(金)の夕方、外出先からわが家に帰って来て、たまたまラジオを付けたら、同じくNHKラジオ第一で放送していた「なぎら健壱のフォーク大集会」の終盤だけ聴くことができたんだよ。今回は「著名人リクエストアワー!」と題した有名人限定のリクエスト特集で、サイト内の「セットリスト」に載っている曲が、それぞれ有名人からのリクエストで順次流れたようだ。

ぼくが聴いたのは、その一番最後の宮沢章夫さんのリクエスト。候補曲を何曲か挙げていて、ディランII、斉藤哲夫「悩み多きものよ」、加川良はあったっけ? それから、友部正人の「あいてるドアから失礼しますよ」。

宮沢さんは「この曲」の主人公はいま「そのドア」から部屋の中へ入ってくるところなのか、それとも、たったいま部屋から出て行くところなのか? 気になって仕方がないんだって話をどこかでしたら、それを知った友部正人さんが宮沢さんに直接メールで回答してくれたんだって。

という話を、NHKアナウンサーの道谷眞平さんが読み上げた。じつは、宮沢さんに電話をつないで直接話を伺う段取りだったのだが、番組から電話をすると「留守電設定」になっていて、電話出演のことを宮沢さんはどうもすっかり忘れてしまっていたようなのだ。

このドタキャン騒ぎに、さすがのなぎら健壱さんも怒ってましたよ。当日の夜、宮沢さんはツイッターで以下のように言い分け。

宮沢章夫(笑ってもピンチ)‏ @aki_u_ench

翌週、5月8日(月)の『すっぴん!』は、あまり悪びれるでも、ひたすら恐縮するでもなく、さらっと終わってしまったようだ。

■なぎら健壱さんのラジオで、友部正人の「あいてるドアから失礼しますよ」が流れたあと、出演していたシンガーの辻香織さんが、「私、友部さんが『たま』と共演したCD『けらいのひとりもいない王様』に収録されている『この曲』が大好きで、何度も聴きました」って言っているのを聴いて「おっ!?」と思った。

じつはぼくも「このCD」を最近中古で入手して、よく聴いていたのだよ。ここでもまた、不思議なシンクロニシティ。4月26日の午後松本へ行って「ほんやらどお」で中古CDを物色していたら、店番のバイトの男子学生さんが店内BGM用に「このCD」をかけた。1曲目「夢のカリフォルニア」。

スピーカーから流れてきた友部正人の唄声に「おおっ!」と思った。2枚目のレコード『にんじん』に収録されている「この曲」が大好きなんだ。でも、このCDは初見。学生さんに「これ、売り物ですか?」って訊いたら、彼個人のCDで売り物じゃないとのこと。残念。でもどうしても欲しくなって、ネットで見つけて購入したのでした。

■ところで、この曲の主人公が部屋に入ってくるのか、それとも出て行くのか? 宮沢さんは結局、月曜日のラジオでは教えてくれなかったようだ。

2017年3月28日 (火)

『親子で向きあう発達障害』植田日奈・著(幻冬舎)

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■あれは、医者になって2年目のことだ。信州大学小児科に入局させていただき、1年間大学病院で研修した後、ぼくは厚生連北信総合病院小児科に配属された。優秀な3人の先輩小児科医のご指導のもと、貴重な症例を含め、たくさんの患者さんを受け持たせていただいた。

大学病院では未経験だった新生児の主治医にもなった。今でもよく憶えているのは、ダウン症の女の子のご両親に、生後1ヵ月して染色体検査の結果が出てから「その事実」を告げた時のことと、重症仮死で生まれて、脳室周囲白質軟化症(PVL)になってしまった赤ちゃんのご両親に、早期療育の必要性を説明した時のことだ。

その時ぼくは、いずれも同じことを口にした。

「確かにこの子は、生まれながらに大きなハンディキャップを背負ってしまいました。でも、ご両親の献身的な療育によっては、もしかするとこの子だって、将来は日本の首相になれる可能性だってあるのです。だから、どうか前向きに、この子と共に生きて行ってください!」と。

その当時、ぼくは自分の言葉に酔っていた。いま考えれば、あまりに無責任な言葉だよな。医者になって2年目、まだ何もできないくせに、何でも出来るような錯覚に陥っていた。

■再び大学に戻って、下諏訪町にある、身体障害児・心身障害児療育施設「信濃医療福祉センター」へパート出張した時のことだから、あれから更に3年後のことだ。センター小児科医長の八木先生に病院を案内してもらって、館内を廻っていた時のことだ。

母子入院をして初期療育をしている、障害がある乳児が多数いる病棟を訪れたのだが、八木先生がふと、「この子には無限の可能性がある! みたいな、過度の期待を親に持たせて『ここ』へ送り込んでくる小児科医がいるんだけれど、ハッキリ言って迷惑なんだよ。」

あ、それを言ったのは俺だ……。

ぼくは、八木先生に申し訳なくて、そのとき何も言えなかったのだった。(まだ続く)

2017年3月20日 (月)

『ウインドアイ』ブライアン・エヴンソン著、柴田元幸訳(新潮クレスト・ブックス)

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■もともとは「敬虔なモルモン教徒」だったのに、何故か教会から破門されてしまったアメリカ人作家、ブライアン・エヴンソン氏のことを、ぼくは今まで全く知らなかった。興味を抱いたきっかけは、書評家:池上冬樹氏による以下のツイートだ。

▼1)「週刊文春」でブライアン・エヴンソンの『ウインドアイ』(新潮社)をとりあげました。本欄でも簡単に紹介しましたが、もっと詳しく書きますと、収録作品は25篇。駄作と水準作はなくてすべて佳作以上。前作『遁走状態』も傑作短篇集でしたが、こちらはもっと完成度が高くて鋭い作品が揃っている
池上冬樹
@ikegami990
12月16日
▼2)ブライアン・エヴンソンの『ウインドアイ』(新潮社)のお薦めは、消えた妹を探すうちに兄の不安と恐怖がつのる「陰気な鏡」、縫いつけられた別の耳から聞こえる謎の声「もうひとつの耳」、殺した少年に何度も襲われる「タパデーラ」、殺人をめぐり対話者の尋問にあう「溺死親和性種」・・
池上冬樹
@ikegami990
12月16日
▼3)少年が祖母の家で体験する地獄譚「グロットー」、愛と悪意がおぞましく交錯する(ラストが怖い!)「アンスカン・ハウス」などがベスト6。そのほかにも「モルダウ事件」「赤ん坊か人形か」「不在の目」などもお薦め。ともかくブライアン・エヴンソンの『ウインドアイ』(新潮社)は必読です!

■ぼくが信頼している書評家の豊崎由美さんも、信毎日曜版の書評欄で「稀有な体験をもたらす25の物語」と題して、この本を紹介している。

(前略)ブライアン・エヴァンソン作品のつかみの魅力は超ド級だ。一気に引きずりこまれる感じ。いきなりヘンテコな世界に連れ込まれた揚げ句、何が起こりつつあるのかよくわからないまま右往左往させられ、不安な気持ちを抱えたまま物語の中で宙づりにされてしまう。(中略)

それまでわたしたちが盤石と信じていた世界を、気味の悪いゼリーのように不確かな何かに変えてしまうのだ。

 なかでも、慣れ親しんでいるはずの家の、外からは見えるのに中に入ると存在しない窓に気づいてしまった幼い兄妹にふりかかる出来事を描いた表題作が、いい。今回の短編集には、家や屋敷が魔窟と化す話や、自分が事実と思っている記憶や出来事が別の貌(かお)を見せるという展開の物語が多いのだけれど、表題作にはその双方が活かされていて、じわじわと怖ろしいのだ。

■読み始めて、もうずいぶんと経ったので、巻頭の表題作『ウインドアイ』のことは正直よく憶えていない。ただ、主人公の幼い妹が(自宅外壁を覆うヒマヤラスギの板張りの一部が雨風の影響で反って捲れあがっていて、)その「すき間」に軽々と「小さな手」を差し込むことができた、その時の、何だか暖かくて、ちょっとゴワゴワしたに違いない彼女の手の感触を、ものすごくリアルに記憶している。本を読んだだけなのに、触感が残っているのだよ。

■以下は、読み終わってはリアルタイムでツイートした各短篇の感想です。

 

@shirokumakita
1月20日
猛吹雪の中、進路を見失い彷徨する少年2人に赤い鬼が追いかけて来る。と言えば、宮沢賢治『ひかりの素足』だが、僕が読んでいたのは『ウインドアイ』ブライアン・エヴンソン著、柴田元幸訳(新潮クレストブックス)より『二番目の少年』。こんな悪夢はゴメンだ。醒めても醒めても夢の続き。無間地獄だ
1月27日
『ウインドアイ』ブライアン・エヴンソン著、柴田元幸訳(新潮社クレストブックス)より、1日1篇ずつ読んでいる。昨日は『ダップルグリム』を読んだ。もともとダークなグリム童話をエヴンソン流に料理したらどうなるか? そうなるのか(笑)。
 
1月27日
続き)『ウインドアイ』。今日は『死の天使』を読む。確かアストル・ピアソラの曲に「天使の死」があったが、これは凄かったな。『どろんころんど』とコーマック・マッカーシー『ザ・ロード』と『デスノート』を足して3で割った黙示録であり、人間が生きて行くことを端的に表す哲学書でもあると思う。
昨日は『ウインドアイ』より「陰気な鏡」を読む。これは怖いな。でも大好き。『猿の手』みたいなゴシック・ホラーをエヴンソン流に料理したら…。話の途中に、古事記の「イザナギ・イザナミ・黄泉の国」の話が出てくるのだが、これって、世界中にある神話なのだろうか?

(まだまだ続く)

 

2月5日
ブライアン・エヴンソン『ウインドアイ』より、今日は『モルダウ事件』を読む。「ストラットン事件」だったはずが、いつしか事件名が変わっている不思議。ある組織に所属する秘密諜報部員(工作員)の調査報告書という体裁の文章なのだが、いったい誰が書いているのか?

2月8日
ブライアン・エヴンソン『ウインドアイ』より、今日は「スレイデン・スーツ」を読む。これはいいな。何故か諸星大二郎の漫画で読んだイメージがする。古びたゴムの旧式潜水服の「臍の緒」から中に入って行く主人公。すえた汗と血の臭い。船の外は嵐。甲板にはナイフで殺された船長が『白鯨』状態でいる
続き)「スレイデン・スーツ」の着かた。図説があった。これだ。

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2月15日
エヴンソン『ウインドアイ』より、今日は「知」を読む。面白い。推理小説かと思ったら、哲学の思考実験だった。読んでいて妙に納得されてしまったことが怖い。その次の「赤ん坊か人形か」も同じテイストだな。
2月18日
『ウインドアイ』より「トンネル」を読む。これは不気味だ。ゾワゾワくる。トンネルの中で起こった出来事を『藪の中』的に3人がそれぞれの視点で順番に語るのだが、誰が正しいのか?ではなく、自分たちに何が起こっているのか誰一人分かっておらず、でもこの後、酷いことが起こることは皆わかっている

『ウインドアイ』より「食い違い」。腹話術師「いっこく堂」の得意持ちネタ「口の動きから数秒遅れて声が聞こえてくる」アレを、テレビを見ていた彼女は実際に体験する。しかし、いっしょに横で見ている夫には、何も違和感がないという。じわじわと現実感が崩壊してゆく感じが、実にリアルで怖いぞ

 

2月24日
『ウンドアイ』より一昨日は「不在の目」を読む。潰されてしまった主人公の片目は取り除かれ、後には眼窩と視神経だけが残った。眼球と網膜を失った視神経はしかし、特別なものが見えるようになった。それは、自分と他の人たちの「背後霊」だった。

2月26日
ボン・スコットって知らなかったからApple Music で『地獄のハイウエィ』AC/DC を聴いている。ハードロックは苦手なんだ。それにしても、カーティス・メイフィールドなみの高音だな。いや実は『ウインドアイ』で「ボン・スコット 合唱団の日々」を読んだんだ。モルモン教とオーストラリア出身のロック・ミュージシャンとの意外な接点とは?

2月28日
ブライアン・エヴンソン『ウインドアイ』は読んでいて「その当事者にだけはなりたくないな」っていう短篇ばかりが並んでいるが、昨日読んだ『タパデーラ』は中でも特に嫌な話。野球で言えば、9回表からいきなり小説が始まって、後攻X勝ちかと思ったら、先行がゾンビ復活して恐怖の延長戦を強いられる

続き)「先行」→「先攻」。ところで「タパデーラ(Tapadera)」って何のこと? 調べてみたら、スペイン語の「Taper 覆う、ふさぐ」から来ていて(キッチンで使うタッパーですね)転じて、アメリカ中西部のカウボーイが馬に乗る時に足を保護するための厚い革製の鐙覆いのことらしい。

 

3月3日
昨日は『ウインドアイ』より「もうひとつの耳」。西洋版『耳なし芳一』的だが、でも逆に失った片耳を新たに移植される話。展開が読めず怖い。そして今日は「彼ら」を読む。こちらは『リプレイ』だな。ただし、時間が何度も戻るんじゃないんだ。そこが不気味。「彼ら」って何? システム?
3月6日
今日は『ウインドアイ』より「酸素規約」を読む。これはSFだ。地球から遠く離れた何処かの惑星に植民した主人公。しかし、このコロニーはどうも上手くいかなかったらしい。残存する酸素を皆で分け合う為には、住民が人工冬眠して消費する酸素を節約するしかないのだった。しかし、主人公は拒む。
続き)たぶんこれは著者の暗喩だ。『彼ら』と同じ「システム」に支配された人間と、それに逆らおうとした人間の悲喜劇。「壁と卵」のはなし。はたして、どちらの人間が幸福なのだろうか?

3月8日
『ウインドアイ』より「溺死親和性種」を読む。これは気に入ったな。訳分からないうちに捕まって尋問される主人公。しかも、自分の記憶にない弟から一通の手紙が来て、仕方なく行方不明の弟を探す日々。一体何が本当の記憶で何が植え付けられた偽物の記憶なのか?「本当の事を言え」対話者は尋問する。

読んでいて、ガラガラと地盤が崩れていく感じ。何が何だか分からなくなってゆく不安。あ、そうそう。『プリズナー No.6』と同じだ。毎回「No.2」から尋問される No.6。「No.1 は誰だ?」No.1 て誰?何処にいるの?なんでこんな目に会わなければならないのか?「溺死親和性種」

 

3月11日
今日は『ウインドアイ』から「グロットー」を読む。なんか「やまんば」が登場する『三枚のおふだ』みたいな民話的味わいもあるのだが、やはり絶望的に怖い。後半の展開は、キングの『シャイニング』みたい。

3月15日
『ウインドアイ』より、ラストの「アンスカン・ハウス」を読む。その前の「グロットー」といい強烈な終幕だな。古典的『猿の手』みたいな、願いを叶えてもらうためには、自身の犠牲を必要とされる話。幽霊も悪霊も背後霊もゾンビも「もののけ」も、この短篇集には多数登場するが、なんだ生きた人間が、

続き)なんだ生きている人間が、一番怖いのか。そう思った。実際、フィクションの世界よりも、籠池のおっさん、おばはんと、この夫婦に群がる人々(自民や維新の政治家、財務省官僚、国土交通省官僚、文科省官僚、マスコミ、そして菅野完氏)それぞれの思惑で蠢く魑魅魍魎たちの同行から目が離せない。

2017年3月16日 (木)

伊那のパパス絵本ライヴ(その130)上田市子育て支援センター

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■去る 3月5日の日曜日。上田市子育て支援課からのオファーで「ひとまちげんき・健康プラザうえだ」まで行って絵本を読んできた。

年度末とあって、めちゃくちゃ忙しい小学校の先生の伊東パパと、やはり市役所職員で大変な宮脇パパは欠席。倉科さんの運転で、坂本・北原・倉科の3人だけで初の上田市へと乗り込んだのであった。

しかし、上田は遠いなぁ。伊那から2時間余り。倉科さん、結膜炎で眼が腫れて、アレルギー性鼻炎も悪化の一途という体調不良にもかかわらず、往復の運転すみませんでした。訊けば、坂本さんもこのところ血圧が高く不調が続いていて、この2週間は禁酒しているとのこと。

なんとか気合いでやり切るのだ!

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  ■ <本日のメニュー> ■

1)『はじめまして』(すずき出版)

2)『くんくんくん これはどなたのわすれもの?』はやしますみ(岩崎書店)北原

3)『ねこガム』きむらよしお(福音館書店)→坂本

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4)『かごからとびだした』(アリス館)

5)『おかん』平田昌広・作、平田景・絵(大日本図書)→倉科

6)『ちへいせんのみえるところ』長新太(ビリケン出版)→北原

7)『ぐやんよやん』長谷川摂子(福音館書店)→坂本

8)『うんこしりとり』tuperatupera(白泉社)

9)『おーいかばくん』中川いつ子、中川ひろたか、あべ弘士(ひさかたチャイルド)

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10)『なんでやねん』中川ひろたか・文、あおきひろえ・絵(世界文化社)倉科

11)『ふうせん』(アリス館)

12)『世界中のこどもたちが』(ポプラ社)

13)『すてきなぼうしやさん』増田裕子・文、市居みか・絵(そうえん社)→アンコール

(終了)

2017年2月23日 (木)

浜田真理子の新譜『Town Girl Blue』がイイぞ!

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(写真をクリックすると、もう少し大きくなります)

■ちょっと心配だったのは、浜田真理子さんが昨年から事務所を離れて、真理子さん自身がマネージメントするようになったと聞いたことだ。彼女の個人レーベル「美音堂」には、優秀なマネージャーさんがいて、いつも二人三脚で全国をライヴ活動に行脚し、スタジオ・レコーディングを行ってきたはずだ。それがどうして活動を辞めてしまったのだろうか? 仲違いしてしまったのか? それとも、マネージャーさんにのっぴきならない事情(例えば、親の介護とか)が生じて、仕事を辞めざろうえなかったとか……。

いやいや、事情はまったく分からない。「ここ」の、おしまいのあたりに少しだけ書かれてはいるが。

(まだまだ続く予定)


YouTube: 浜田真理子 『Town Girl Blue』 (全曲試聴)

■湯川れい子さんの弟子で、音楽評論家&お相撲評論家、コンビニのパート勤務体験手記(これが面白い!)の著者でもある、和田静香さんのツイート。

和田靜香#石ころ‏ @wadashizuka  2月16日

 ■その和田静香さん自身による「このCDの解説」より、以下抜粋。

真理子さんはレコーディング後にこう言っていた。

「久保田さんとやってイヤな思いなんて微塵もしなかった。すごく気を遣ってくださって、曲へのダメ出しも『もうちょっとこんな感じの曲ない?』って風に言う。ジェントルマンだわ。ああ、でも曲はいっぱい書いた! 普段書かないような曲も書いた。それは採用されてないけど(笑)。今回はドロドロした感情を沈殿させ、その上澄みのところを歌った感じかな。決して真水じゃないのよ。元は泥水でそれをろ過したもの」

久保田さんというのは、あの久保田麻琴さんのことだ。1970年代前半、あの細野晴臣にトロピカル・南国無国政音楽を伝授した「久保田麻琴と夕焼け楽団」の久保田さんが、今回彼女のレコーディングをプロデュースしたのだった。となると、真理子さんもトロピカルになるのか? いや、そうはならなかった。

和田静香さんの解説つづき。

驚いたのはインスト曲が2曲もあったこと。

「最初のアルバム『mariko』(2002年)の重要な魅力にピアノがあったんですよ。インストの比重があった。浜田さんは手が大きくないけど、ピアノに渋いヴォイシングと健気な響きがある。そこを意識して聴いてほしい」

久保田さんは『mariko』をとても愛してらして、真理子さんとも打ち合わせの最初の頃に「ああいう感じ」を今また違うアプローチでやろうというような話をしていたらしい。ああ、言われたみたら、『mariko』に入ってる「song never sung」なんて、ピアノが歌詞より多くを語っていたなぁと思い出す。あのピアノを聴くと、私が置いてきてしまった、無下にした、放り出した、色々大切なものが胃のあたりでモワモワと動き出してキュ~とした気持ちになるんだ。

ちなみに『mariko』を聴くと私は、真理子さんてクリスティン・ハーシュに共通するものあるなぁと思って真理子さんにそう言うと、
「いつもみんな自分の好きな誰かに私を似ているという。たぶん8割方はその人の言う誰かに似てて、それが私の親しみ易さになっているのかも。でも残り2割は似てないという自負がある。私にロールモデルはいない。アイデンティティーないのがアイデンティティー。浜田真理子という棚に置かれるのが私の音楽なの」

■長年連れ添ったマネージャーさんと離れたことが、結果的には正解だったのかもしれない。久保田麻琴さんは、彼女の原点回帰を見事に成し遂げてくれたのだった。実際、新作『Town Girl Blue』は、浜田真理子の伝説的デビューアルバム『mariko』に匹敵する(いや、いまの時代状況を考慮すれば、2cmくらい上を行っているんじゃないか。)傑作だと、ぼくは思ったぞ。

以下、ツイートより一部改変あり。

 

@shirokumakita
2月16日
浜田真理子さんの新譜が届いた。メチャクチャ音がいいぞ。インスト・ナンバーの『Yakumo』と、昭和歌謡調ボサノバ『愛で殺したい』が、まずはお気に入り。 pic.twitter.com/p3LeOQbYIn

@shirokumakita
3月5日
浜田真理子『Town Girl Blue』から、「明星」と「静寂(しじま)」を聴いている。このCDはホント音がいいな。また今年も、3月11日がやって来る。 「おまえは生きたか どれほど生きたのか ほんとに生きたか いのちぜんぶ生きたか」思わず背筋を伸ばして深呼吸し、襟を正さなければ、絶対に聴けない唄だ。

   
しかし、浜田真理子の『Town Girl Blue』の真価は、CDの後半にこそあるのだ。和歌山県那智勝浦に住む孤高のシンガー・ソングライター濵口祐自さんの「なにもない Love Song」から続くインスト・ナンバー「Yakumo」そうして、昔サーカスが歌っていた「愛で殺したい」。「好きなの ラヤヤ、ラヤヤ。ラヤヤ、ラヤヤ。 行かないで…」聴いててゾクゾクする。オリジナルよりずっとイイじゃないか!

続き)その後に続く曲が「Mate」。これがね、めちゃくちゃいい曲なんだよ。真理子さんのオリジナル。そしてラストに収録されているのが、あがた森魚『春の嵐の夜の手品師』のカヴァー。真理子さんはどうして、誰も知らないこんな素敵な歌を見つけて来るのだろうか?

■ツイートはしなかったが、このCDには「洋楽のカヴァー」が2曲入っている。「You don't know me」と「Since I fell for you」だ。この2曲、ジャズと言うよりは、アメリカ・ディープサウス(ミシシッピー・リヴァー河口のニューオーリンズ周辺)の、レイジーなブルースの感じがする。

正直言って、真理子さんは決定的にジャズのタイム感覚が欠落している。彼女の歌は決してスウィングしないのだ。ゴメンナサイ。でも、不思議なことにブルースを唱わすと「めちゃくちゃ黒いブルース」になるのだ。

気怠い日曜日の午後ひとり。何の予定もなくただ無為にすごす贅沢な時間を、彼女の新譜は間違いなく保証してくれている。


2017年2月15日 (水)

舞台『陥没』シアターコクーン

■2月11日(土)に、東京で大学の同窓会があったので、久々に上京した。今まで4回開催されているという、我々4回生の同窓会に今回初めて僕も出席した。大学入学から40年が過ぎた。みな、58〜60歳(加藤さん、江原さんはもっと上だが)になる。懐かしい顔が50人以上そろった。みんな変わらないなぁ。

当時、谷田部町春日3丁目にあった木造2階建てアパート(家賃12,000円)「学都里荘(かとり荘)」の201号室に僕は住んでいたのだが、あの時の同じアパートの住人が、102号室の佐久間君以外全員顔をそろえたのは驚いたし、ほんと嬉しかった。その「学都里荘」も、ずいぶん前に取り壊されて今は存在しないのだそうだ。

楽しい時間を過ごさせていただき、幹事さん、本当にありがとうございました。

■いささか飲み過ぎで、二日酔の翌日曜日。せっかくなので午前中に上野へ出て、国立科学博物館で「ラスコー展」を見る。期待が大きすぎたのか、正直イマイチだったな。

午後は渋谷へ移動して、東急文化村「シアターコクーン」でお芝居を観る。ケラリーノ・サンドロヴィッチ作・演出『陥没』だ。当初同窓会は欠席するつもりでいたのだが、今年に入って急きょ出席を決めたので、このお芝居のチケットは取っておらず、仕方なく「立ち見」での観劇となった。

中2階、舞台上手側の横に並ぶ前から2番目のドアの4席並ぶ一番前の席の後ろに立つ。

舞台上手の端にあるカウンターとテレビは見えない位置だ。しかも、15分間の休憩を入れて3時間半の上演時間。二日酔に寝不足の体調不良に加えて立ちっぱなしなワケで、かなりキビシイ観劇条件だったのだけれど、いやぁ、面白かったなあ。笑ったなあ。さすが絶好調のケラさん。優れた役者さんを集めて見事な群像喜劇を完璧に仕上げてくれたのだった。『グッドバイ』といい『キネマと恋人』といい、ケラさんて、天才なんじゃないか。

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以下は、ツイートより。一部改変。

シアターコクーンで『陥没』ケラリーノ・サンドロヴィッチ作・演出を観てきた。立ち見で足疲れたけど面白かったなぁ。『グッドバイ』に続いての小池栄子。『キネマと恋人』直後の緒川たまき。『消失』以来の犬山イヌ子。まずは女優陣が圧倒的に素晴らしい。それから松岡茉優の初々しさ、高橋惠子の貫禄。

続き)もちろん男優陣もみな熱演だ。NHK朝ドラ『あさが来た』で知った山内圭哉、瀬戸康史。山内さんは NHKBSドラマ『奇跡の人』のイメージ。基本いい人なんだよ。瀬戸さんの弟役は『消失』みのすけ氏と同じ、知能は足りないけれど無垢でイノセントなトリックスター。彼が舞台に登場すると、劇場内の空気が変わる。凄い存在感だ。このお芝居では、彼がキーだと思った。

続き)ネタバレ注意! 小池栄子の父親役の山崎一。開幕早々に死んでしまうので驚いた。京大卒の山西惇さんは「ハンバートハンバート」好き。井上芳雄さんは、松本で観た『ひょっこりひょうたん島』よりぜんぜん良かった。そして生瀬勝久。舞台では初めて観た。凄いな。『べっぴんさん』とぜんぜん違うじゃん。

続き)緒川たまき。彼女は最高のコメディエンヌとして、もっともっと認識されていいんじゃないか。先だってNHKBS地域発ドラマ(山口編)を見た時にもそう思ったぞ。

■シアターコクーンの舞台『陥没』のポスター。真ん中に描かれた女性のイラストは小池栄子に間違いない。じゃあ、右上から彼女を見下ろす男性は? 井上芳雄ではないな。山崎一だろう。

では、お芝居のタイトル『陥没』の意味はなにか? それは、オリンピックを3年後に控えた1961年の東京。行け行けどんどんの高度経済成長の波に上手く乗った人たちの陰で、変に「ためらい」が邪魔をして沈んでしまっている舞台の登場人物たち。

そして、同じく東京オリンピックを3年後に控えているのに、まったく明るい未来を想像できないで、むしろディストピアが眼前に迫っている「いま」を生きる僕ら自身の「へこんだ」思いではないのか。

だからこそ、ケラさんは主人公にあえて「夢」を語らせるのではないか。僕らは彼らの夢破れた現実を生きている。その陥没感が逆に56年前の「彼らの希望」を浮き上がらせる。いい時代だったのだ。

続き)それはつまり、明日はやって来ないかも知れないという、ほとんど、どうしようもない絶望感を抱えて生きるしかない「いま」のわれわれに、もしかして、それでも「明日はあるのかもしれない」と観劇後に確信させる不思議な力が、このお芝居には確かにあると思ったんだ。

■終演後、夕暮れの家路を急ぐ観客たち(ケラさんのことなんて全く知らない、井上芳雄ファンのおばさん達に違いないぞ)の会話が聞こえてくる。「楽しかったね!」「面白かったね!」って、みなニコニコの笑顔だ。幸せなお芝居だな。まだまだ上演は続きます。当日券も立ち見券もあるみたいなので、お芝居好きの方はぜひ、劇場シアターコクーンへ足をはこんでみて下さい。

2017年2月 7日 (火)

ドクター・ジャズ(その2)

■ジャズ評論家ではなくて、現役医師でなおかつ、プロのジャズ・ミュージシャンという「二足のわらじ」を履く人もいる。

まず思い浮かぶのは、女性ジャズ・ヴォーカルのアン・サリーだ。旧姓は安佐里。卒業大学は不明だが(東京女子医大らしい)アメリカ・ニューオリンズに留学経験のある循環器内科の医師だ。

■「ジャズ 医者 二足のわらじ」で検索すると、結構引っかかる。これはツイッターで教えて頂いたのだが、綾野剛主演、星野源共演でドラマにもなった漫画『コウノドリ』の主人公、産婦人科医:鴻鳥サクラには、実在のモデルがいた! 香川医大卒で、大阪府りんくう総合医療センターで産婦人科医を務める荻田和秀先生だ。

■アメリカには、臨床医とジャズ・ミュージシャンの「二足のわらじ」はいるか? いる。

・Denny Zeitlin(デニー・ザイトリン)。プロのジャズ・ピアニストであり、精神科医。

・Eddie Henderson(エディー・ヘンダーソン)も、精神科医でジャズ・トランペッター。ぼくの大好きな『You've got to have freedom』で、華麗なトランペット・ソロを聴かせてくれている。


YouTube: Pharoah Sanders - You've Got To Have Freedom



2017年2月 5日 (日)

ドクター・ジャズ(その1)

■ジャズ好きの医者は多い。

持ち前の探究心が昂じて、玄人はだしの「ジャズ評論」を専門誌で展開した先生もいた。粟村政昭氏がまさにそうだ。粟村氏は、京都大学医学部卒。1933年生まれだから、ご存命であれば現在83歳。ただ、ネットを検索しても最近の消息は全く分からない。スクロールして行くと、2013年に亡くなったというツイートを見つけた。寂しいな。

「スイング・ジャーナル」で同じく古くからジャズレコード評を載せていたのが、牧芳雄氏だ。じつはペンネームで、本名は牧田清志。児童精神医学の専門医で、慶応大学医学部助教授だった。1974年に東海大学医学部精神科初代教授に就任。ジャズ評論では、ビッグ・バンドや女性ヴォーカルに造詣が深かった。彼のコレクション(3000枚以上のレコード収集)は現在、東海大学湘南校舎図書館に寄贈され保管されているそうだ。

■それから、1990年代に突如出現した気鋭の若手ジャズ評論家がいた。加藤総夫氏だ。『ジャズ最後の日』洋泉社 (1993/06)、『ジャズ・ストレート・アヘッド』講談社 (1993/07)の2冊の著書が出ているが、現在は絶版。当時ジャズから気持ちが離れてしまっていた僕は、これらの本を読んでいない。

それでも、納戸から『名演! Jazz Saxophone』(講談社)を出してきて見たら、207ページに彼が書いた文章を発見した。『アウト・オブ・ドルフィー(笑)』加藤総夫 だ。冒頭の部分を引用する。

まずは「笑う」ことからエリック。ドルフィーを聴きはじめることにしよう。その早すぎた死の重さに沈み込むのではなく、ドルフィーを聴いて不意に笑い出してしまうという経験をその入口として共有するために、たとえばオリバー・ネルソンの代表作『ブルースの真実』あたりから聴きはじめてみることにしよう。

曲は「ヤーニン」。冒頭、ビル・エバンスとしてはちょっと珍しい「ゴージャス」(笑) な2コーラスのソロが、いやが上にも「ジャジー」(笑) な雰囲気を高めたのち、きわめてネルソン的な、現代楽理によるブルース解釈ともいうべき4管のアンサンブルが、感動的にテーマを唱い上げる。

そしてその最終小節、ロイ・ヘインズの派手なスネア・ロールがズドドドーッとクレッシェンドする。さあ、アドリブ。ソロだ。その瞬間、我々の耳に凄じい速度をもって飛び込んでくるドルフィーのアルトの音に耳を傾けることからまずはまずは始めてみよう。

 さて、このような圧倒的な体験を、あるいは感覚を、いったい我々はどう受け止めたらいいのだろうか? このあまりにも突然の、あまりにもとんでもないソロへの導入を耳にしたあとでできることといったら、ただ茫然自失としてぽかんと口をあけたまま、形にならない「笑い」を浮かべることしかないのではあるまいか。(『名演! Jazz Saxophone』p207

吉田隆一/黒羊㌠ 吉田隆一/黒羊㌠
@hi_doi
12月18日
大学生のころに読んだこの本にはむちゃくちゃ影響うけたのですが、その中でも特にこの一節は印象的でした。著者の加藤総夫さんは現在、慈恵会医科大学教授(神経科学研究部)jikei.ac.jp/academic/cours…

つい最近、バリトン・サックス奏者の吉田隆一氏の「このツイート」を読んで驚いた。知らなかったな。加藤総夫氏は、慈恵医大の神経生理学教授だったのか!

検索してみたら、加藤総夫氏は慈恵医大卒ではなくて、東大薬学部卒だった。医者ではないけれど、薬学博士でかつ医学博士。1958年生まれだから、オイラと同い年じゃないか!

(まだ続く予定)

2017年1月15日 (日)

ダウン症の書家、金澤翔子さんの個展(伊那市「はら美術」2Fギャラリー)に行ってきた。

■先週の月曜日(成人の日)に、伊那市郵便局の前にある画廊「はら美術」へ「金澤翔子さんの個展」を見に行ってきた。彼女の最近の書が数十点、展示販売されていた。もしも買えるなら、手元に欲しい! そう思って出かけたのだが、「夢」とか「愛」とか、これは!と思う作品はみな売約済みだった。残念。

金澤翔子さんの大作の実物を見たのは、一昨年の夏に京都を訪れた際、「風神雷神図屏風」の所有者であるところの「健仁寺」に行き、俵屋宗達の傑作:風神雷神図(レプリカ:本物は京都国立博物館所蔵)の左側に、対峙するように描かれた金澤翔子さんの「風神雷神」の屏風(こちらはホンモノ)だった。素晴らしかった。感動した。

以前から、テレビでお母さんと二人三脚で努力されてきた様子は見聞きしていたが、彼女の展覧会には行ったことがなかった。超大作の展示はなかったけれど、これだけ一度に見たのは初めてだけに、その書から発せられる「オーラ」みたいなものに圧倒された。なんなんだろう。この「気」みたいなパワー。凄いな!

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