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2019年11月

2019年11月17日 (日)

英国在住の保育士「ブレイディみかこ」さんて、何モノ?

英国在住の保育士「ブレイディみかこ」さんて、何モノ?

 北原こどもクリニック 北原文徳

 (「長野県小児科医会会報:最新号」に投稿した原稿より)

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 『ぼくはイエローでホワイトで、ちょっとブルー』ブレイディみかこ(新潮社)が、ベストセラー爆走中です。僕も出てすぐ読みました。テンポのよいパワフルな文章に引き込まれ一気読みでした。たまげました。傑作です。特に小児科医は絶対に読むべき本だと思いました。

 日本よりもずっと貧富の格差が進み、移民が次々と流入するイギリス。本来先住の「ホワイト」の方が貧困にあえぎ、反対に、努力した移民が中流住宅街に住んで子供たちを中上流小中学校に通わせているとう現実。その結果として、移民が「ホワイトのアンダークラス」をヘイトし差別するという「ねじれ」が生じています。

 そんな中、彼女の息子(11歳)は、地元のアンダーな白人だらけの「元底辺公立中学校」に入学し、学校が力を入れている音楽部に入部します。最初に仲良くなったのは、ハンサムで歌も上手く、見事ミュージカル『アラジン』の主役を射止めたハンガリー移民の子ダニエル。レストラン経営で成功した父親がとんでもないレイシストで、その影響から息子も当然レイシスト。差別発言だらけのダニエルと何故か友情を育む息子。

 ところが、ダニエルは学校内で次第に陰湿な「いじめ」に会うようになります。正義が悪を懲らしめるのは当然だという理由で。それでも、彼は毎日学校へ通い続けます。父親に怒られるからです。そんな彼に、彼女の息子はずっと寄り添い続けます。

「いじめているのはみんな(彼に)何も言われたことも、されたこともない、関係ない子たちだよ。それが一番気持ち悪い。僕は、人間は人をいじめるのが好きなんじゃないと思う。……罰するのが好きなんだ」(p196)

 クールでスマートな息子の言動に、読んでいて胸がすく思いがしました。もう、すっかり真っ暗闇の世の中ですが、彼のような若者が世界を変えてくれる希望の星なのかもしれません。そんな彼は、どんな両親のもとで生まれ育ってきたのでしょうか?

 ブレイディみかこさんが世間で認知されるようになった契機は、内田樹先生の「それ」とよく似ています。二人とも遅咲きのコラムニスト・批評家で、40歳代までは全くの無名人だったのに、当時アップしていたネット上のブログ記事が一部で話題となり、注目したプロの編集者がコンタクトを取って書籍化、それが次々とベストセラーになったのです。

 ただ、ブレイディさんの場合は「この本」が世に出て初めてブレイクしたと言ったほうが良いかもしれません。

 彼女は1965年6月、福岡県福岡市に生まれました。先祖に隠れキリシタンや殉教者がいるカトリック教徒でしたが、極貧家庭に育ち、荒廃した中学校でイヤイヤ学び、地元でヤンキー娘として一生を終えるはずが、担任教師の強引な薦めで福岡一の有名進学校、県立修猷館高校に見事合格。ところが……。

 

「70年代から80年代にかけての『一億総中流時代』が政府とマスコミによってクリエイトされたまことに愚かなスローガンであった。でも一番愚者だったのはそれを本気で信じていた一般市民であり、『親が定期代を払えないので学校帰りにバイトしている』という10代の少女に『遊ぶ金欲しさでやってるくせに嘘をつくな、いまどきの日本にそんな家庭はない』と断言した福岡の某県立高等学校の教諭などは、その最たる例であった。

少女はバカたれは許すが愚者は許さん性質だったので、翌日には髪を金髪にしてつんつんにおっ立てて登校した。担任の生徒管理能力の低さを世に示すために」

p221(『子どもたちの階級闘争 ブロークン・ブリテンの無料託児所から』みすず書房より)

 当時からとんでもなくトンガリ・パンク少女だった彼女のアイドルは、大正時代に名を馳せた同郷のアナキスト伊藤野枝でした。彼女は関東大震災直後の戒厳令下、同志であり愛人であった大杉栄と甥の宗一と共に甘粕大尉率いる憲兵隊に惨殺されます。ちょうど同じ頃、大逆罪容疑で恋人の朝鮮人パクヨルと共に警察に逮捕され、死刑判決から一転恩赦がおりたにも関わらず獄中で自死した金子文子もまた、彼女のアイドルでした。

 ゴミのように親に捨てられ戸籍にも登録されなかった金子文子は、日本における闘う女性の元祖と言ってもよいかもしれません。ブレイディさんは、授業をサボっては図書館に入り浸り、この2人を発見したのだそうです。

 高校卒業後、彼女は大学へは進学しませんでした。親にその資金がなかったことはもちろん、彼女がパンクロックにはまっていたことも関係しています。当時の彼女が生きる糧にしていたのは、アイルランド移民で労働者階級出身のジョン・ライドンが率いるイギリスのパンクバンド「セックス・ピストルズ」でした。彼女は福岡の中洲や銀座でバイトして金を貯めては渡英し、パンクロックのシャワーを全身で浴びました。渡英を何度も繰り返すうち、1996年に入国した際、空港の入国審査官が、ニコッと笑って「ようこそ!英国へ」と言ってくれたのだそうです。この時彼女は電撃的に「私はここに永住するのだ」と確信しました。

 ロンドンではキングスロードに下宿し、某日系新聞社のロンドン支店で事務員として数年間勤務。そうこうするうちに、金融街で働くアイルランド移民で9歳年上の銀行マンと結婚。ロンドンから南へ列車で1時間の海辺の保養地ブライトンに移り住みます。ところが、旦那は銀行をリストラされ、自らミドルクラスから転落して、子供の頃から憧れていた「大型トラックの運転手」となるのでした。

 日本でも英国でも貧困に喘ぐ日々。しかも亭主はガンに罹患。彼女の最初の著書『花の命はノー・フューチャー』(ちくま文庫)を読むと、こんなことが書いてあります。

 

「先なんかねえんだよ。あれこれ期待するな。世の中も人生も、とどのつまりはクソだから、ノー・フューチャーの想いを胸に、それでもやっぱり生きて行け。」(p18)

「わたしも子供が嫌いである。なぜなら、小さな人々とは、文字通り、人間の未熟なものだからだ。純粋だのイノセントだのという言葉で彼らのことを表現する方々もおられるが、子供がよからぬことや邪なことばかり考えて生きていることは、大人と呼ばれる年齢の人間であれば、自らの経験から誰しも知っているはずである。そもそも、子供には人生における挫折の経験がない。」(p199)

 

 そこまで言っていた彼女が、何故か40歳を過ぎて体外受精で男児を高齢出産しました。そして生まれたのが彼です。そしたら、わが子は可愛いし面白い!

 2008年、その乳飲み子を抱えながら彼女は地域のアンダークラス(失業者、生活保護受給家庭)を支援するセンター付属の「無料底辺託児所」にボランティアとして参加します。そこには「幼児教育施設の鑑」と専門家からもリスペクトされている責任者アニーがいて、彼女の元で幼児保育の実践教育を受けながら2年半かけて保育士の資格を取りました。

 当時、労働党のトニー・ブレア政権は抜本的幼児教育改革を行い、移民保育士を積極的にリクルートしました。ブレア政権では多様性(ダイバーシティ)を大切と考え、子供たちがいろんな人種の外国人と共に生活することに、小さな時から慣れて行く必要があるとし、外国人移民の保育士養成費用を政府が負担したのです。

 ところが、2010年に保守党が政権を握ると一気に緊縮財政へと梶を切り、労働党が作った福祉制度を次々とカットしたため、底辺託児所の様相は一転します。『子どもたちの階級闘争』(みすず書房)には、保育士として働くブレイディさんのリアルな毎日が綴られていて、こちらも必読です。水泳が得意なリアーナの凶暴だった幼児期の記載もありますよ。

 

 『ぼくはイエローでホワイトで、ちょっとブルー』は、そんなパンクでホットなかあちゃんとクールでワイズな息子の成長物語でもあります。しかも現在進行形で新潮社の月刊PR雑誌『波』に続編が連載中です。

 僕は椎名誠の名作『岳物語』『続岳物語』(集英社文庫)のことを思い出していました。ただ『続岳物語』は岳君が中学入学の場面で終わっていて『続々岳物語』が書かれることは残念ながらありませんでした。なぜなら……。

 

「もうこれ以上彼のことを小説の題材として書いていくのは申し訳ない、という気持ちをじわじわと感じていたからである。そしてそれとまったく同じ時期に、岳本人からそのことを言われたのであった(中略)猛烈に怒っていた。その怒り方は、親の私が萎縮してしまうくらいだった。それはそうだろうな、とその時私は思った。中学ぐらいになれば彼の友達もいろんな本を読む。『岳物語』はベストセラーになり、教科書などにも載りはじめていた」(椎名誠『定本岳物語』あとがき より)

 岳君本人も「『岳物語』と僕」という文章を寄せています。

「残念ながら、僕はまだ『岳物語』を読んだことがありません。読めないのです。過去に何度か挑戦してみたこともあるのですが、成功したことはありません(中略)

僕はこの本が嫌いでした。大嫌いでした。トウサン、あなたはいったい何てことをしてくれたんですかい、何度もそう思いました。ある時期には、この本、そしてこれを書いた父親のことを真剣に憎んでみたりもしました。」

 (『定本岳物語』p452、『本人に訊く(壱)よろしく懐旧篇』椎名誠・目黒孝二:集英社文庫 p230〜236 )

 

 ブレイディさんの話では、日本語が読めない息子ケン君も「この本」のことが気になっていて、スマホで接写すると日本語を英語に自動翻訳してくれるソフトを使って密かに内容をチェックしているらしいというのです。それはちょっとマズいんじゃないか? 

でも、椎名父子と違って、母親と息子だから険悪な親子関係に陥る危険性は少ないかもしいれないし、そもそも彼の生活の基盤はイギリスです。だから、寛大な彼のこと、きっとパンクな母ちゃんを許してくれるに違いありません。

 

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