司馬遼太郎『胡蝶の夢(一)』を読み始める
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■大学の同級生だった菊池君が、正月に久々のメールをくれて、この司馬遼太郎の『胡蝶の夢』を教えてくれたのだ。主人公は、順天堂大学医学部の創始者、佐藤泰然の次男で、江戸幕府御医師の家系「松本家」の養子となった松本良順と、その弟子の島倉伊之助(のちの司馬凌海)。
これは面白いぞ!
ちょうど、月刊誌『東京人』(2018年2月号) の特集が「明治を支えた幕臣・賊軍人士たち」で、医療分野の偉人たちとして、佐藤泰然、佐藤尚中、松本良順、司馬凌海のイラスト・紹介記事が載っている。順天堂は、170年以上の歴史があったのか。驚きだ。
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佐藤泰然が天保14年(1843) に開いた佐倉順天堂は、東国一の蘭方医学(外科)と蘭学の養成所だった。同じ頃、大阪では緒方洪庵が「適塾」を開き『花神』の主人公大村益次郎や福沢諭吉らが学んでいた。東の順天堂、西の適塾と言われ、日本の2大蘭学養成学校だった。
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■佐藤泰然の父、藤介の出自は、山形庄内藩の農民だった。兇悍(きょうかん)としか言いようのない不良で、このままでは、やがてこの子は鶴岡城外の処刑場の露になるだけだと思った母親が、息子の将来を憂い「ひょっとすると江戸が適うかもしれない」と思い、あり金を集めて旅費として懐中にさせ、郷村からひっぺがすようにして旅に出した。(189ページ)
江戸までの道中15日間、藤介は旅籠に泊まる毎夜女郎を買った。で、江戸の入り口「千住」に着いた時にはすっからかんだった。困った藤介は宿の女衒に相談した。「おれのような男を、どこかへ嵌めこむ腕はあるか」と。で、紹介された先が貧乏旗本・伊奈遠江守の妾が囲われている家の下男の職だ。
住み着いた3日目、妾が用人と密通している現場を目撃。主人殿様の伊奈遠江守に直訴した。その功績で、藤介は伊奈遠江守の用人になってしまうという、うそのような離れわざをやった男である。
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そんな策士の息子が佐藤泰然だ。父親の後を継いで伊奈氏の用人となったが、藤介のように巧みな権謀術数を駆使する力はないことを、父親とは正反対の温厚な性格の彼自身が熟知していた。
■主人公の一人である佐渡の裕福な質屋(町民)の長男「伊之助」は、本を読み始めて直ちにわかる典型的な「高機能自閉症児」だ。幼少の頃から近所の子供たちとは隔離され、蔵の2階で祖父に漢文などの学問を教わり、小便の時以外はハシゴを外され、強制的に勉強するしかない環境の中で育った。だがその驚異的な記憶力は化け物級で、近所でも評判の神童だった。ただ、性格・社会性・空気を読む力が欠落している高IQ児童。
自閉症児には「カメラアイ」と呼ばれる、見えている物をまるで写真で撮ったかのように瞬時に頭の中に焼きつける能力がある。サヴァン症候群とも呼ばれる障害児に時に認められる超人的で不思議な力だ。司馬遼太郎氏も、資料を読むときは「カメラアイ」を駆使していたらしい。
自閉症児が小説の主人公というのは本当に珍しい。しかも日本の時代・歴史小説でね。海外小説でも少ないぞ。『ぼくはレース場の持ち主だ!』パトリシア・ライトソン(評論社)ぐらいじゃないか?
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■『胡蝶の夢』が、朝日新聞で連載されていたのは、司馬遼太郎が『翔ぶが如く』を書き終わった、昭和50年代前半だ。当時は自閉症児もアスペルガー症候群も誰も知らなかったはずなのに、司馬遼太郎氏は不思議なことに「高機能自閉症児」の特徴を、まるで見てきたかのように正確に描写する。これは驚きだ!
あくまで個人的な感想だが、司馬遼太郎氏の身近に「伊之助」そっくりのモデルとなる人物が実際に存在していたのであろうな。
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