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2014年10月31日 (金)

『霧に橋を架ける』キジ・ジョンスン著、三角和代・訳(東京創元社)

キジ・ジョンスン『霧に橋を架ける』(東京創元社)を読む。これはよかった。

以下ツイートから。

10月7日
キジ・ジョンスン『霧に橋を架ける』(東京創元社)より「26モンキーズ、そして時の裂け目」と「スパー」を読む。猿のサーカスの話はしみじみよかった。「スパー」は……凄まじすぎるぞ。検索したら、いろいろと深読みできるんだね。不変の愛か。愛なんかないじゃん。


続き)「スパー」って、普通はボクシングの「スパーリング」のことを言うのか。まぁ、エイリアンとのスパーリングみたいな話だもんなぁ。


10月9日
キジ・ジョンスン『霧に橋を架ける』(東京創元社)より、「シュレディンガーの娼館(キャットハウス)」を読む。どこかで聞いたことのある名前だ。読み終わって思い出した。『昔、火星のあった場所』北野勇作(徳間デュアル文庫)94ページ。量子力学の怪談「シュレーディンガーの猫」の仮想実験の話


10月13日
キジ・ジョンスン『霧に橋を架ける』より「蜜蜂の川の流れる先で」を読む。西村寿行『蒼茫の大地、滅ぶ』みたいに、蜜蜂の大群が川のようになって連なる先を目指して、老犬のジャーマン・シェパードと旅する話。伊藤比呂美『犬心』も同じ犬種だったな。泣けた。


キジ・ジョンスン『霧に橋を架ける』より、表題作を読む。7年かけて巨大な吊り橋を建設する話。これは読み応えがあった。淡々とただ工事の進行具合が綴られてゆくだけなのだが、いやいやどうして、しみじみと味わい深い傑作だ。


小説の冒頭は、西部劇みたいだ。主人公の設計士キットが「川」の右岸町に到着する。よそ者には冷たい人々。触れると皮膚が爛れてしまう腐食性の霧の中には《でかいの》が何匹も潜んでいて、川を渡るのは容易でない。椎名誠『武装島田倉庫』の感じでもあるな。だから、橋を架けるのだ。


そこに、ナウシカみたいな男勝りで凜としたヒロインが登場する。左岸町のラサリ・フェリーだ。名前には職業を付ける。フェリーとは、川の渡し船の船頭という意味。映画『ダンス・ウイズ・ウルブス』を思い出した。だから、この小説の原題は「The Man Who Bridged The Mist」なのだ。ただ、この二人。読んでいてじれったくなるほどのプラトニック。


野坂昭如の『黒の舟歌』ではないが、川とか、七夕とか、舟を出すとか、橋を架けるという言葉は安直に考えると「理解不能な相手に対するコミュニケーションの可能性」を象徴している。しかし著者が言いたいことは逆で、ディスコミュニケーションの諦観なのだった。ただ著者は諦めきってはいない。最後に祈りと微かな希望がある。


誤解を恐れずに言えば、著者は『火星の人類学者』ほどではないかもしれないが、人間関係に困難を感じているに違いない。だからこそ、動物(犬や猫やポニー)の気持が判るのだ。テンプル・グランディンさんみたいにね!

 


10月27日
キジ・ジョンスン『霧に橋を架ける』(東京創元社)より「《変化》後のノース・パークで犬たちが進化させるトリックスターの物語」を読む。面白い。我が家にも、いま僕の横のソファーで寝ている犬がいる。犬は「今ここ」の瞬間瞬間を生きている。もしも彼らが「言葉」を獲得したら…という話。


続き)犬は、仲間の犬たちに向かって「とある犬の物語」を語るのだ。10匹の「とある犬の物語」を。こうして犬たちは「記憶」を共有し、子孫に語り継いでゆく。「言葉」はそのために必要なのだ。なんか、人間との関係は『猿の惑星』みたいでもあったな。

("覚えている"というのは枠組みだ。犬は言葉を知る以前のことを"覚えて"はいなかった。長いか短いかのいまを生きていただけだ。記憶は憤りを生む。あるいは、そのようにわたしたちは恐れている)。『霧に橋を架ける』p255〜256より。

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「読書メーター」にあがった感想を読んでいたら、「vertigo」さんの感想が完ぺきだった。そうだよ。そのとおりだよ。ほんと、上手いこというなぁ。リンクがはれないので、すみませんが勝手に転載させていただきます。ごめんなさい。

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「vertigo」8月10日

素晴らしい。『26モンキーズ、そして時の裂け目』の不思議な猿たちがなぜ消え、なぜ現れるのかの理由。壮大な物語の何気ない始まり『水の名前』の爽やかさ。『スパー』や『ポニー』の絶望。表題作の永遠に一緒にいられないことはわかっている男女の触れ合いの切実。私がフィクションに求めるものの嗜好はこういう方向なのだなあ。残酷なディスコミュニケーションの物語を描いてもキジ・ジョンスンは「わかりあえなさをわかりあおう」とする者たちの孤独や淋しさや願いの切なさに対してどこまでも優しい。身を切られるように痛いけど優しい短編集。

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