『きつねのつき』 3.11 後のエンタメ小説(その2)
■3.11 の震災後、比較的早い時期に発表された文芸作品の中で、ぼくが読んだのは『なのはな』萩尾望都・画(『月刊フラワーズ8月号』小学館)と、『小説新潮5月号』に掲載された「川と星」彩瀬まる・著 だった。
前者は中日新聞のコラムで、後者はツイッターで知った。
両者ともに、リンクのとおり現在「単行本」として出ている。
■「川と星」彩瀬まる著は、読んでみて大変な衝撃を受けた。「このブログ」に詳しいが、東京在住の新人作家が、たまたま私的東北旅行をしていて、昨年の3月11日の午後、仙台発の上り常磐線普通列車に乗っている時に、地震と津波に遭遇し、避難先で原発事故にあう。旅行先で知人親戚も誰もいない中で、福島在住のいろんな人たちに助けられ、生死の境を彷徨いながらも無事帰還できた顛末が綴られていた。
なによりも驚いたことは、TVで放映された幾多の津波映像よりも、彼女が書いた文章のほうが数十倍もリアルに読んでいて「体感」できた(させられた)ことだ。ただの文字だけで、写真もビデオ映像も、視覚的インプットは何もないのに、その振動、轟音、におい、寒さ冷たさ、空腹感。そして、まるで著者の隣に佇んで同時に感じている恐怖と不安と絶望を、ぼくも確かに「体感」したのだ。
これが「文学の力」なのではないか。
「この感覚」とほぼ同じ想いを、『きつねのつき』北野勇作(河出書房新社)を読みながら、何度も感じた。
夜が来ると、あの夜のことを思い出す。妻を返してもらいに行った、あの月も星もない夜のこと。
闇に沈んだ地上のさらにその下で、ざわざわと海だけが騒いでいた。(中略)
いちどは登った長い坂を、そのために再び下っていった。
私と同じことを考えたのかどうかはわからないが、私と同じように下った者は、何人もいた。彼らがどうなったのかは知らない。
あの闇に呑み込まれてしまったのか。それとも、呑み込まれながらも、ここではない別の岸へと泳ぎ着くことができたのか。
いや、私だってそう。(中略)
後ろめたい幸せを抱えて、私はここに立っている。いつまで立っていられるのかはわからないし、あるいはもうとっくに立ってなどいないのかもしれないのだが。とにかく、ここにこうしている。(『きつねのつき』p4〜5)
この冒頭の文章は、たぶん単行本にするに当たって、震災後に新に書かれた文章なのではないかと思った。もちろん震災の2年前に書き上がった小説とはいえ、出版に当たっては加筆訂正が随所に為されているのであろう。
■例えば『どろんころんど』の場合、なにかとてつもなく大変な事態が「世界中で」平等に起こってしまったあとのはなし、であることは判る。ところが、『きつねのつき』の場合は、大変なカタストロフィーに陥ったのは大阪の下町の「ごく一部の区域」に限られていて、「中の人」である主人公と、「外の人」とのカタストロフの受け止め方が全く異なっていて、そんな主人公の諦念や怒り、やるせなさを、読者はじわりじわりとリアルに追体験させられることになる。
地面が傾斜している。
つまりここは、坂の途中だ。
あの台地の方向からまっすぐ続いている坂道。それがこのあたりからさらに急になって、まだまだ先まで続いている。
ずっとずっと下まで、まっすぐ。
たぶん、死者の国まで。
そういう坂だ。
たぶん。
真っ暗なはずのそんな坂の先がどこまでも見通せるのは、その途中に携帯電話がたくさん落ちているからだ。
それらが呼出しを続けながら、その小さな四角い液晶画面を光らせているから。
狐火のように。
持ち主がもうこの世にはいない携帯電話。
死者の数だけ、いや、ひとりでいくつも持っていた者もいただろうから、それより多くの携帯電話が散らばっている。
生きている者が生きている者の国から、死者を呼び出そうとして、あるいは呼び戻そうとして、鳴らし続けている。
テレビの向こうにあるあの生者の国から。(p244〜p245)
それと「死者たち」だ。この小説には、上記抜粋を含めて、そこかしこに彼らがいまも共存している。
彼らこそ、当事者なのだからね。
■そういった背景があった中での「父と子」の日常が描かれるのだ。
どんな状況下でもあっけらかんとたくましい2歳児の女の子がとにかくいい。いつも元気だが、疲れるとすぐ父親におんぶをねだる。そんなひとり娘のために、それでもどっこい生きてゆく(生きてゆこうとしている)父親。そして、そんな父娘を見守る母親。家族にとっての掛け替えのない(今ここにしかない)時間と空間を愛おしむ小説なのだった。
そのことが、3.11 後に発表された幾多の文芸作品の中でも、この『きつねのつき』が特別の作品であると思うのは、ぼくだけだろうか?
折角だから、もっともっと強さが欲しい!
私的旅行で遭遇された3.11。
わたしも読みましたが、すごい作品でした。
心の動きまでも伝わってくる感じでした。
ただ、個人的にはもっともっと伝え続けてほしい。
伝え続ける強さを感じたいですね。
彩瀬まるさんが最近出した『あのひとは蜘蛛を潰せない』は
ちょっと情けない系のお話なんですが、
作者が情けないとの論評も見つけました。
http://www.birthday-energy.co.jp/
ちょっと情けない男子っぽいってちょっと分かる気がします。
投稿: いさむ | 2013年4月13日 (土) 22:42