『なずな』堀江敏幸(集英社)を読んでいる
■年末から『なずな』堀江敏幸(集英社)を読んでいたら、124ページ、142ページに思いがけず僕の大好きな絵本のことがでてきた。うれしいじゃないか。
このマンロー・リーフの『おっとあぶない』『けんこうだいいち』渡辺茂男・訳は、最初は学研から出ていて、ぼくもブックオフで見つけて購入したのだが、確かに「白い表紙」の絵本だった。先ほど、この絵本が置いているはずの待合室の本棚を探したのだが、どうしても見つからないので、しかたなく、フェリシモから復刻されたほうの絵本を写真に撮りました。
でも、絵本作家マンロー・リーフといえば、花の好きな牛「ふぇるじなんど」が主人公の『はなのすきなうし』(岩波子どもの本)でしょう。もしかして、このあと小説に出てくるのかな?
ところで、あまり注目されていないのが不思議なのだが、この『なずな』の装丁は、なんと著者の堀江敏幸さんなのだ。クレヨンで子供がいたずら書きしたみたいな感じなのだが、すっごくいい。
この「著者自装」って、案外ありそうでいてそうはない。
ぼくが知っているのは、村上春樹『ノルウェーの森』(上・下巻)ぐらいかな。
■この小説『なずな』は、読みだしていきなり事件で始まる。状況が判らない読者はええっ?とビックリする。というのも、40代半ばの独身中年男が、ある日突然、生後2ヵ月半の乳児(女の子。名前は「なずな」)を一人で預かって育てるはめに陥るのだ。つまり、今で言うところの「イクメン」小説なのですね。
主人公が、どうして「そういう」境遇に陥ったのかは、読み進むうちに少しずつ少しずつ明かされてゆく。
現役小児科医が読者として読みながら注目した点は、ヒロイン「なずな」の年齢を、2ヵ月半に設定したことだと思う。これは絶妙だな。生まれて1ヵ月以内の赤ちゃんは、正直いって人間というようりも「うんち、おしっこ、おっぱい、ねる、泣く」を繰り返す動物だ。しかも、天上天下唯我独尊の世界で、おっぱいを与えるお母さんは、ほとんど一方的に奉仕させられるだけの召使いみたいなものだ。
でも、首がすわって、3〜4ヵ月健診に来る頃の赤ちゃんは全然ちがう。「母と子」の関係性が出来上がっていて、親子の愛着の絆の基礎がすでに出来上がっているのだ。
それまでの中間点である「2ヵ月半」というのは、微妙な月例だ。体重は5〜6キロとどんどん大きくなるが、夜中も3〜4時間ごとにおなかを空かせて泣くし、まだまだ新生児に近いんだけれど、母親の顔をじっと見つめて「にこっ」と笑ったりもする。つまりは、コミュニケーションの基礎である「応答」を求めているのだ。
■ところで、この主人公が暮らす地方都市「伊都川市」というのはたぶん、著者が生まれ育った岐阜県多治見市か、それとも中津川市のことだろうか。そうなると、高速道路から分岐する環状線とは、土岐ジャンクションから伸びる「東海環状自動車道」のことを指す。となると、インターチェンジ近くの巨大ショッピングモールとは、「土岐アウトレット」のことに違いない。
そうなると、風力発電の建設予定地はどこになるのか、いろいろと想像するのも楽しい小説だな。
読みながら感じることは、なんかとっても心地よいということだ。主人公を取り巻く人間関係が、なんかほのぼのとしていて暖かい。前に読んだ同じ著者の本『いつか王子駅で』(新潮文庫)と共通する懐かしさ、居心地のよさがある。悪人は誰一人登場しない。読みながら、そういう確信はある。
主人公と赤ちゃんを支える、小児科開業医も登場する。ジンゴロ先生だ。これまた愛すべきキャラに描かれていて、なんかうれしい。
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